コジゼラ

よもやま話を雑文で

2008年02月

ミカン

ユリカモメ2月27日(水)
(ユリカモメ、別名都鳥)

どうやらミカンのおいしい季節が過ぎたようだね。今年の冬はミカン三昧で、一つ食べ終わると、また次とへ手を出すようになった。元々ミカンは好きな果物ではなかった。っていうのも、皮をむき甘皮を丹念に取るのが面倒くさかったからである。それが、閑人となったいま、1袋ずつ丹念に甘皮を取るのがとっても楽しくなってしまった。A型人間のおかしな性癖がこんなつまらないことでも、完璧さを要求してくる。そうしておいて、1袋ずつ果肉にかじりつくようにして、果汁を吸い取る。だが、ミカンも熟してくると、皮も柔らかくなるので、そんなまだるっこいことは止めにして、丸ごとかじりつくようになる。

むかしは茶の間といえば、部屋のど真ん中に置炬燵が置かれ、ここで食事もし、テレビを一緒に見、おやつを食べ、転寝をする、いってみれば家族団らんの場所だった。ふだん炬燵のテーブルの上には山盛りにされたミカンが置かれ、みんなでワイワイいいながら、それぞれのやり方で、食べあったものだ。コチトラは丹念に甘皮をとるもんだから、どうしても早食いはできない。だから、あらかじめ自分の分を2ケ程確保してから、おもむろに作業に取り掛かっていた。周りが食べ終わって、炬燵で横になって寛いでいるとき、一人黙念と作業に熱中するのだ。

にょうぼはどうしても散らかし放題になりがちの炬燵が嫌いなようで、ここ数10年我が家には炬燵というものがない。コチトラはストーブやエアコンのような不自然な温かさより、じかに温かさを感じられる炬燵大好き人間、あの雑然とした乱雑さも大好きだ。いかにも日本文化を象徴するような、ごちゃ混ぜ、多様性、温もり、便利さ、簡便さ、合理性、だらしなさ、こういったものが雑然と盛り込まれているのがいい。

なんて書いていたら、昨日あたりから気温が上がり、15度、18度といった具合に急上昇、窓越しに射し込む日の光も一段と激しさを増すようになった。日溜りの中でまどろんでいると、暑すぎて一枚一枚と着ているものを脱がざるを得ない状態だ。こうなると人間なんて勝手なもんで、炬燵なんかもうどうでもいいやって気になってくる。にょうぼにしかけようと思っていた炬燵論争は今年の秋以降に持ち越しだ。

春一番

国立博物館2月25日(月)
(上野・国立博物館)

気象庁は23日、関東地方で「春一番」が吹いたと発表した。日本海上の低気圧に南風が吹き込んだため、この日の関東地方は南部を中心に南よりの風が強まった。最大瞬間風速は東京都心で15.9メートル、千葉では22.9メートル、横浜で23.4メートルを観測した。 春一番によって気温も上昇。最高気温は都心で17度、横浜では15.9度を観測し、4月上旬並みの暖かさとなった。

春一番は、立春から春分の間に風速8メートル以上の強い南風が吹き、前日より気温が上がるなどの条件を満たしたときに気象庁が認定する。強風の影響で23日、首都圏のJRでは総武線や京浜東北線など11路線で一時運転を見合わせた。JR東日本によると、同日午後4時現在で運休となっているのは武蔵野、川越の各線で、全線が運休。運転を再開した路線もダイヤが乱れている。

いやあ、驚いたね。春一番はよく分かったけど、午前中の南風は午後になると、激しい北風に代わり、砂塵をまき散らし、突風が舞い散り、散々のありさまとなった。さて、季節は巡り、いままで昼近くまで部屋の中に射し込んでいた日の光が、どんどん短くなってきて窓辺あたりで止まってしまう。太陽が次第に高くなっているからだ。さあ、困ったぞ、午前中はじっくりと日だまりの中で転寝を決め込んでいたのがダメになってしまった。閑人閑居して不善をなす、お得意の怠惰で、アンニュイの世界に浸ることは諦め、別の仕掛けを考えなきゃならなくなった。

気がつけば、今年は4年に1度の閏年だった。そして、さらに気がついたのは、今年は北京オリンピック、っていうことは、五輪は閏年の年に開かれるんだ。そういえば東京五輪が開かれたのは1964年、60年安保で世情騒然とした中を、ノンポリのまま社会に巣立っていったのだった。あれから40年以上も経ってしまったんだなあ。

閏年っていうと、なんか得をした気になってくる。とりわけ、会社をやっていた頃、この余分な一日が切ないほど有難かった。ニッパチといわれる物が売れない時期に、資金繰りの助けになったからである。29日が日曜日だったら最高、3月1日が会計上、晦日になるからだ。ただし、29日が土曜日だったら、地獄の沙汰みたいに感じたけどね。

福祉

モニュメント2月23日(土)
(錨のモニュメント)

帰りの道すがら、あるバス停の前に、数人の女性がたむろしていた。雰囲気からいって路線バスを待っているようにも見えない。やがてやってきたのは福祉車両、身体障害児を預かるバスだった。バスの扉が開くと、レールがするすると伸びてきて、その上を車いすに乗った障害児が何人か降りてきた。女性たちは出迎えに来た母親たちだった。こういう車両がバス停を利用するんだっていうことも初めて知った。確かにこの方がお互い分かりやすいもんなあ。この光景を見ていて、まず頭に浮かんだのは、まことに申し訳ないが、我が家の二人のマゴたち、五体満足に生まれてよかったなあって思いだった。

われわれが住んでいる建物の1階に、在宅ケアサービスセンター、老人介護サービスセンターがあり、土日を除く毎日、3−4台のバスが大勢の老人たちを運んできて、夕方になると、また乗せていく。要するに身体が不自由なお年寄りをまとめて介護する施設らしい。ときどきのぞいてみたりすると、元気な老人たちは自転車をこいだり、屈伸運動をしたりしている。この設備はちょっとうらやましいね。だが、大方は疲れきったような顔をしたお年寄りたちで、無表情に与えられたカリキュラムをしぶしぶこなしている。

昨年より税金を払うようになって、収入は公的年金だけ、支出は増えるばかり、とりわけ顕著なのは介護保険だ。毎年のように、金額が改定され、それも減ることは決してない上に、少ない年金から、自動的に引き落とされる。いずれは介護保険のご厄介になる身だから、あまり文句もいえないが、厚生省の行う施策は抜本的なものがまるでなく、いつもその場限りの緊急対策ばかり。なにかが起これば、たちまち火だるまとなり、世間の批判を浴び、事後対策にてんやわんや、結局なす術すらない。そのくせ、自分たちの身分については将来を見据えた見事な設計がなされている。どうやら、厚生省の高級幹部を、そっくり他の省のそれと入れ替えるくらいの荒療治が必要なようだね。

睡眠時間

おもちゃ2月21日(木)
(お手玉用の人形)

毎日触っているコチトラのパソコン・キーボード、朝の光に照らされて、細かいゴミがまるで威張ってるように挑発してくる。なめられてたまるかとばかり、サッサでせっせと磨く毎日だが、翌日になると、たちまち元の木阿弥、落下キンが舞い降りている。この落下キン、パソコンだけならともかくとして、コチトラも毎日吸わされているんだと思うとぞっとするね。だから、ホコリを舞いあげる掃除機の存在には疑問を感じるんだ(掃除機嫌いの自己弁護でした)。

人間には、一日平均8時間の睡眠が必要という定説があるけれど、これはどうやら俗説らしいね。妥当な睡眠時間はその人独自のもので、ナポレオンや渡辺和民社長のように3時間しか寝ないショート・スリープ派と、アインシュタインの10時間、ノーペル賞受賞者小柴博士のように11時間も眠るロング・スリープ派、そのどちらでも間違っているとはいえないそうだ。要は目覚めたときの爽快感を重視すべきで、睡眠時間には個人差があるという。

小柴博士など、冥途の一里塚に立っているような老齢だが、「きみー、たくさん寝なけりゃ、いいアイデアなんて浮かばないよ」ってうそぶいている。どうやら、ロング・スリープ派は夢想家の範疇に入るようだが、一日10時間寝てもまだ眠いコチトラなんか、いいアイデアなんかちっとも浮かんでこないぜ。午前3時に寝て、9時に一時起床、10時半から1時頃まで、陽の光を窓越しに浴びながら熟睡する。これだけ寝てんのに、テレビを見ていたりすると、もう居眠りしている。ただ、習慣って恐ろしいもので、午前12時を過ぎると俄然、目がギラギラしてくるね。

日の光は1日に最低2時間は浴びるのが身体にはいい、という話を聞いた。日向ぼっこっていうと、年寄りっぽい感じがするが、コチトラの行動が理論で実証されたんだから大したもんだ。ただ、積極的に日向ぼっこをしているのは、生っちろいハゲ頭を病人くさいので、陽に焼いてやれっていう単純な発想というのが情けない。むろん、紫外線による肌の劣化なんて副作用を伴うらしいが、そんなのかんけいない、そんなのかんけいない。


ステージ

満開2月19日(火)
(満開のウメ)

「早混OBOG合唱団」第8回演奏会に出かけた。厳冬を思わす寒さだったが、会場は満員の盛況、ちょっと遅れて入場したら、1階は既に満杯、2階隅の客席しか空いていなかった。すごい熱気で、これだけの観客動員できたのは、まずはおめでたい限りだ。コチトラ、合唱団出身の身ながら、コーラスにとんと興味がなく、できれば行きたくはなかったが、若しかしたら、にょうぼ最後のステージになるかもしれないという意味合いもあって、やってきた次第。

今回のステージは難曲が多かったせいか、毎晩夜遅くまで練習しているし、にょうぼなりに努力しているのは分かっていた。優れたボイストレーナーの指導のおかげで、高音もよく出るようになったし、きょうのステージでも発声の仕方と口の開け方も一段と上達して、余裕をもって歌っているように思った。この調子だと、引退するのはちょっと早すぎるかなとも感じたね。

最近の合唱曲って、不必要な高音を要求したり、リズムを頻繁に変えたり、転調したり、不協和音をやたら使ったり、変な技巧に走っている傾向がある。歌い手も大変だろうが、聞かされる方もたまったもんじゃないね。コーラスなんて、本来おおらかで豊かなハーモニーを楽しむものだと思うんだけど、違うかな。きょうのステージの印象としては、コーラス、朗読、ピアノ爆奏と、なんでもありの「ごった煮」っていった感じで、この演奏会のテーマがなんなのかが漠然としていたね。

それにしても「パブリック讃歌」の編曲はかなりムリがあったようだね。中盤からテナーの音程が下がり始め、他のパートもそれにシンクロして最後まで修正できなかった。歌い手のミスというより、あんな不協和音の多い曲を選んだほうが悪い、不協和音が不調和音になってしまった。音が濁り、本来なら明るいはずの曲調がすっかり暗い感じに化けてしまった。ジブリの数曲は、ある意味で手慣れていたが、あの妙な動きはぎごちなく、お笑いだった。藤沢たまきさんの独唱は、ちょっと気の毒だったね。あまりにハイキー過ぎて、声が伸びずにかすれてしまった。セミプロにあのような音を要求してはいけない。

メンデルスゾーンの詩篇数曲は、八尋先生の手慣れた曲のせいもあって安心して聞けたね。ハーモニーも美しく、要所でよくハモっていた。ジジババの多い合唱団なんだから、それでいて確実にうまくなっているんだから、身の丈にあったアナログに徹して、この辺りで手を打った方が持ち味もよく出ると思ったね。なにはともあれ、大盛況だったのはメデタシ、メデタシ。

グルメ

赤い木2月17日(日)
(冬なのに真っ赤な木)

グルメ(仏:Gourmet)とは食通のことをいい、人並みはずれて美食を追求する人物を示す美食家とほぼ同義で用いられることが多い。また、一般人が常食の範囲を超えレストラン巡りなど美食を追求する風潮のことをグルメブームと呼ぶ。そういった風潮の結果、グルメ雑誌やグルメ番組、料理番組等が増加し、かつての食通の役割の一部を担うフードライターや食評論家といったそれを専門とする職業も現れてきている。

テレビのグルメ番組は相変わらず人気番組となっており、テレビ各社は、これ幸いとばかり、安直な方法で、同じような番組を粗製乱造している。最近の傾向を見ると、彦麻呂や石塚のように気の利いたコメントを発せるグルメ・タレントが引っ張りだこなんで、ひな壇芸人や若手女優が起用され、当然オバカさんタレントも数多く含まれているから、見ている方もかなわない。そういっちゃ悪いけど、普段コンビニ弁当やマックなどで食いつないでいる貧乏芸人に、高級料理を食わせるという趣向も悪趣味だし、ぜいたくな料理をゴミ箱に捨てるような行為は、もったいないを絵にかいたようなものだ。

高級料理を食べさせられての感想といえば、やたらに、「うめー」、「すげー」、「やべー」の連発、「うまい」、「おいしい」という当たり前の言葉さえ出てこない。確かにうまいものを食べたとき、とっさに口に出るのは男なら「うまい」、女なら「おいしい」ぐらいしか言葉には出ないとは思う。食感から「プルプル」、「プリンプリン」、「ホクホク」、「モチモチ」、「シコシコ」、「アツアツ」、「シットリ」、「とろける」、「こくがある」、「ジューシー」なんて言葉も多いけど、とっさには出にくい表現ではある。

玄人筋で使われる言葉として、「もったり」、「まったり」、「こってり」という表現がある。「もったり」はとろみが強く、舌の上に長くとどまる味をいい、例えばゴマ豆腐、「まったり」はコクがあり、まろやかな味わい、例えば、ウニやプリン、「こってり」は油っこい、しつっこい味をいうのだそうだ。一字違うだけで、まったく意味が違ってしまう、日本語の奥の深さにはただただ感嘆するばかりだが、同時に日本語の難しさも痛感させられるね。

寓話

けやき2月15日(金)
(ケヤクの大木・木場公園)

第一話
新宿の駅頭で小学生の一群による募金活動が行われていた。同級生の一人が生まれついての心臓病で、米国で移植手術を受けるための資金が1億2000万円必要なのだという。小学生に交じって、まだ若い両親が涙ながらに訴えていた。「どうか、息子の命を救ってください!」

オレは新宿場外馬券で、当たり馬券を取りかえるつもりだったが、その中から当り馬券1枚を寄付することにした。「この馬券は間違って入れたのではない。どうぞ、ご子息の手術の足しに」と書いたメモと馬券を1万円札で包み、小学生の捧げる基金箱にそっと入れた。「ありがとうございます」、という子供の声を背中で快く聞き流した。

夕方のテレビはどのチャンネルでも、ビッグニュースで沸騰していた。ナゾの馬券王子の話である。大勢のカメラマンと記者が新宿駅頭をバックに、興奮気味に騒いでいる。両親がインタビューに引っ張り出され、小学生たちが入れ替わり立ち替わり、記者たちの質問に当惑しながら答えている。いつものように、物知り顔の専門家がもっともらしい解説といい加減な推測をしている。キャスターの声は上ずっていて悲鳴に聞こえた。募金箱の中から出てきた馬券は、なんと3連単55万x1万円、5、500万円の当たり馬券だった。

第二話
オレは12月の深夜、蒲田駅近くのキャバレーの駐車場で、一人苦しんでいた。建て前で駆け付け三杯を一気飲みし、関係者と連れだってキャバレーに繰り込んだ途端、むっとした暖かい空気に触れ、胃の中のものが一気に逆流してきたのである。オレは慌てて口元を手で押さえながら、駐車場に駆け込んだ。ふと気がつくと、一人の男が、この寒い中、一生懸命にオレの背中をさすっている。顔を知っている程度だった工事関係者の一人だった。

カレが自営業を始めたとき、オレは無担保で2000万円を貸し付けた。間もなくして、その会社は倒産し、カレは消えてしまった。オレはカレの家に乗り込み、家中を探し、息子と娘名義の貯金通帳と印鑑を、泣き叫んで抵抗するにょうぼ子供を突き倒し、借金のかたに取り立てた。後日、蒲田界隈で、秘かに評判となったヌード写真が出回った。カメラ自慢のカレが写したにょうぼの晴れ姿だった。

雑学

超高層ビル2月13日(水)
(夕日に輝く豊洲の超高層ビル)

いい天気だけど、風が強くて冷たいね。最近テレビでクイズ番組が増殖している。深夜番組からゴールデンに進出したテレ朝「Qさま」、「クイズ雑学王」のほか、テレ朝「ガリベン」、フジ「脳内エステIQサプリ」、「クイズ!ヘキサゴン2」、「熱血!平成教育学院」、TBS「世界・ふしぎ発見」、NHK「クイズモンスター」など、クイズ番組はほぼ毎晩放送されていることになる。問題を用意して、スタジオにタレントを仕込めばよいという、安直な製作費でできることがこの傾向を助長している。

現在のクイズ番組ブームは、視聴者参加型ではなく、タレント出演型が多いのが特徴だ。その背後には粗製乱造された若手お笑い芸人の受け皿という笑えない事情も潜んでいる。番組の多くはエリート組とオバカサン組に仕分けされ、オバカサンたちがバカにされ、いじめられ、笑いを取る構成になっている。この嚆矢となったのが島田伸助の「ヘキサゴン」、多くのオバカサンが発掘され、知名度を上げては出世していった。

ただ、エリート組となると、どの番組も同じようなメンバー編成となり新味に欠けてしまう。西川史子なる女医、いったいいつ診察してるんだろうって思うほど、クイズ番組に出ずっぱり。そんなに利口じゃないなって思うのは、やはり聖マリアンヌなんて3流の医大を卒業しているからなのか。また、現役東大生が売り物の八田亜矢子もやたらと出まくっているが、東大医学部っていうからヘーって思っていたら、保健学部だそうで、昔でいう看護学校、東大でも一番やさしい学部だった。こうした一角も二角も落ちる飛車落ち軍団が果たしてエリートといえるんだろうか。

もともと、雑学や漢字の分野は、コチトラのホームグランドだから、初めのうちは興味津々で見ていたが、どの局もおんなじ仕掛けで工夫がなく、段々興味が薄れてしまった。難易度が高くて本格的クイズ番組である「クイズ雑学王」は別格、漢字以外の分野で、さすがのコチトラも知らないことが多すぎて、勉強させられるね。「ヘキサゴン」は伸助の闊達自在の司会ぶりが鮮やかで、クイズというよりオバカサンたちの行動が面白いから、毎週楽しみにはしている。

上野寛永寺

寛永寺五重塔2月11日(月)
(上野寛永寺五重塔)

上野寛永寺を創設した天海は徳川家康のブレーンとして江戸幕府の設立に活躍した政僧。家康の命により、比叡山の再興、川越・喜多院の造営に携わり、さらに家康より日光山貫主を拝命し、本坊・光明院を再興した。また、天海の提言により、家康の神号は「東照大権現」と決定された。その後も、2代将軍徳川秀忠・3代徳川家光に仕え、秀忠に日光東照宮の造営を奨め、江戸の鬼門である上野忍岡に寛永寺を創建し、広大な敷地に数多くの塔頭が立ち並んだ。108歳で没する。

その出自の曖昧さもあり、墓所である日光に「明智平」という場所があることなどから、天海が明智光秀と同一人物という説がある。また、家光の乳母として絶大の勢力を誇った春日の局は光秀の従兄弟で重臣だった斎藤利三の娘だったことも、その説を裏付けている。ちなみに、家光の墓所は日光東照宮、春日の局の墓は喜多院にある。

幕末官軍に対して、彰義隊が上野寛永寺に立てこもって抵抗したため、これを排除するため、官軍はこの一帯を焼き払い、わずかな場所のみを寛永寺に残し、残りすべてを没収した。跡地には美学校、音楽学校、美術館、博物館などを建設した。これが現在の上野公園であり、東京の文化の中心地となった。

北白川宮能久親王は伏見宮邦家親王の第9王子(仁孝天皇の猶子)。青蓮院宮家を経て輪王寺宮家を相続、公現法親王を称し上野寛永寺の門跡となる。権謀術数の渦に巻き込まれ、戊辰戦争で官軍に対抗する奥州雄藩連合の総裁に擬せられ、賊軍の将として幽閉された。数年後還俗を許され伏見宮家に復帰、軍籍に就いた後、北白川宮家を相続、陸軍中将、近衞師団長として台湾出兵中、現地でマラリアを罹病し49歳で病死した。一説によると、討幕軍の司令官だった有栖川の宮の怒りを買い、その死後ようやく幽閉を解かれたという。

権力の中枢にいる有栖川宮に比べると、自分は出家させられ、日の当たらない場所で不遇をかこっている。その中で時代の波に翻弄され、夢を見たのはほんの僅か、賊軍の将として逃亡した末捕らえられ、虜囚の身となる。やっと名誉を回復し宮家を継いで将軍にまで上り詰めたものの、宮家としては初めて戦争の最前線に駆り出され、現地で病死する。

五重塔は動物園で切り離され、こじんまりとした上野寛永寺の小さな庭で、冬牡丹を見ながら、時代に翻弄された宮家を思い、しばし感懐にふけってしまったね。

駐車違反

変わり葉2月9日(土)
(変わり葉)

昨夜、久し振りの飲み会に出席し、牛飲馬食した。年寄り同士の集まりだから、二次会にまで繰り出して、いい気持ちで家へ着いたのが8時半だった。昔では考えられない早さだが、もっと考えられないことは、バタンキューして目覚めたのが、今日の昼前だった。

最近、自転車でリヤカーを引っ張るトラックの運転手をよく見かける。駐停車違反の摘発が民間に委託されて以来、見られるようになった光景だ。宅急便など運送会社が法令を順守し、配達便のトラックを契約した近くの駐車場に停め、そこをベースにリヤカーで運んでいるのだ。一刻も早く預かった荷物をお客に届けるのが宅急便の使命だとすれば、こうした法改正には著しい矛盾を感じてしまうね。

その一方で、昨年バカ騒ぎの末に発足した日本郵政公社のユーパックなんか、依然としてお殿様気分でいるようだね。民業圧迫という批判を聞き流し、旧態依然のやり方で悠々と配達している。たまたま外出から帰ると、留守だったので持ち帰ったというユーパックのメモがドアーに挟んであった。さっそく電話すると、「本日は取扱いを終了しました」、翌日電話して、その日の午後配達となった。これが宅急便だと、ドライバーがケイタイを持っているからすぐ連絡がとれ、間もなく配達される。

駐車違反の摘発で思うことは、日本人の悪い癖、法令が発布された当初は一生懸命やるけれど、日にちが経つにつれ、ダンダンなおざりにされてしまうことだ。枝川周辺で駐車違反の取り締まりなどめったに見られない。その証拠に、町内にある流通倉庫の大型トラックが、幹線道路の左右を占拠し、場合によっては裏道にまで入り込んでいるのに、駐車違反とはならない。すぐそばに交番があるんだけど、お巡りサンも知らん顔している。まさか、住民が住みつく前よりあった倉庫だから多めに見ているってこともあるまい。

大型車の違法駐車で気に入らないのは、冬の時期なんかはエンジンをかけっ放しで停車していること、うるさい上に廃棄ガスの洗礼を受ける。また、横断歩道のまじかに止められていると、見通しが悪くて危険な思いをさせられる。こういうことは倉庫会社が、運転手に周知徹底すべきことだろう。いつか、あまりにうるさいので、降りて行って注意しようとしたら、車は青森ナンバー、実直そうな中年男が疲れきった顔をして、運転席で窮屈そうに転寝していたので、気の毒になって止めてしまった。夜通し走ってきたんだなって思うと、思わず御苦労さんっていいたくなった。
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