コジゼラ

よもやま話を雑文で

2008年07月

どうでもいい話

東京タワー7月31日(木)
(麻布心光院から見た東京タワー)

連日の熱帯日、一体いつまで続けば気が済むのだろう。半日歩いただけでもTシャツは汗でぐっしょり、家路に向かう足も乱れがちだ。熱中症にご用心、ご用心。

「アルベルト」、ミカンなど柑橘類の白い筋。「XOジャン」、最高級を意味するエキストラ・オールドの略。「らっきょう玉」、財布の鰐口の一つ。「雷紋」、ラーメン丼のへりにある模様。「カルトン」、 元々は厚紙でできた皿。転じて釣銭用の皿。「スーパーサイン」、駐車場の空車表示。「キャスケット」、ハンチング帽の一種。「ホルターネック」、ヒモまたは身頃から続いた布地で首からつるすように着る服で、正式にはタンクトップと重ね着する。

「アルベルト」、あの絶えて久しい、名前のわからなかった代物の名前が、な、なんと洋名で出てきたのにはびっくりこいたねえ。まだちょっと時期外れだが、ミカンといえば、あの白い筋、邪魔でもあるし、丹念にむく楽しみでもあるし、うまい具合にスルスルとむけた時なんか、「きょうはついてる」なんて思ったりして。知った以上使わなきゃ損だが、「さあ、アルベルトをむこう」なんていったって、まず違和感があるし、およそ、コタツ、小春日和、転寝など、冬の風物とはおよそ合わないんだなあ。

「キャスケット」とはフランス語で鳥打帽という意味である。主にハンチングでトップが2枚・4枚・6枚・8枚と分かれているもの、もしくはキャップ型でボリュームの大きめなものをキャスケットと呼ぶことが多い。戦前はデカキャップと呼ばれ嫌われた帽子だったが、キャップと並び、いまの若者たちには大流行、キャスケットならまだ許されるが、このクソ暑いのに、冬のニット帽を被っている若者もよく見かける。「はやり」っていうものは辛抱強さも要求されるんだなあ。

「ホルターネック」というと、去年の夏若い女性の間でチョー人気になり、男の目をたっぷりと楽しませてくれた代物だ。ヒモまたは身頃から続いた布地で首からつるすように着る服で、いってみれば下着またはネグリジュ、またはシュミーズのようなもの、正式にはタンクトップと重ね着するもんらしい。だけどこの暑さの中で、今の若いネエチャンは勇気凛々、威風堂々とホルターネックだけで街ん中を闊歩してくれるから、男としちゃあこんな嬉しいことはない。太陽の下で堂々とストリップまがいのショウを無料見物できるんだから、もうたまんないよな。

カニコロ

リコとジュリ7月29日(火)
(リコとジュリ)

日曜日、義母辰子13回忌の法要を行った。今年初めて長男、次男家族が顔を合わせたわけで、リコとジュリの初顔合わせがハイライトだったが、やはりうまくいかなかった。リコは美少女に変身していたが、はにかみだけは変わらず、ジュリちゃんに対しても恥ずかしがっていた。真夏日の法事、二度とやりたくない暑さだったね。

突然だが、カニコロッケといえば、ドライカレー、テンプラとともに、にょうぼのもっとも得意な料理だった。長男、次男がまだ家付きの時、夕食何にするっていえば、異口同音にこの順番でリクエストが入った。クリコロなんか揚げるそばから大皿に盛られるのだが、あっという間に二人の胃袋に消えていった。コチトラなんか入り込む余地もない凄まじさだったから、別メニューにならざるを得なかった。いまでも、どちらかが親子で我が家に来るときのリクエストは、未だにその順番も変わらないし、あっという間になくなるのもおんなじだ。

カニコロっていったって、本物のカニが入っているわけじゃなし、カニ風味の例のやつをたっぷり使ったものだが、どうして、こんなものが我が家で人気になるのか、そもそもクリームコロッケなるものに、違和感があるコチトラにはちっともわからない。コチトラは、にょうぼの作るジャガコロが大好物で、これさえあれば、翌日の朝食、昼食、晩飯に出てきても文句一ついわないね。

ところが、子供たちが旅立って、夫婦二人きりになると、そうそう大がかりなデモンステレーションをやるわけにはいかない。依然として、コチトラのリクエストは、一にジャガイモとニンジンのテンプラ、二にジャガコロ、たくさん作っても翌日の楽しみがあるから、ちっとも問題はないんだが、にょうぼにしてみれば、量的にも納得できないし、まず面倒くさいのである。ってことで、ジャガコロは口に合わない冷凍物、テンプラはなしという状態が続いている。

だから、子供たちが親子で押し掛けてくる時こそ、フラストレーションを晴らす絶好のチャンス。先日、長男夫婦が来宅したときは、待望のテンプラ、揚げたそばから出されるテンプラを久し振りに、長男と先手争いを演じ、気がつけば食べ過ぎてしまい、ご飯を遠慮する破目になってしまった。思い起こせば、長男もはや四十路、むかしみたいな迫力あるガッツキはなくなっていたね。そうなればそうなったで、かっての壮絶なる取り合いがなくなっちゃったのは、ちょっとさびしい気がしたね。

警句

歩行者天国7月27日(日)
(銀座歩行者天国)

何もかも怪しかった今年前半を投稿川柳でたどってみよう。「六か月残す今年の気味悪さ」。3月荒川沖駅で連続八人殺傷事件が起こった、「包丁も拳銃なみになるおそれ」。そして、秋葉原、「天国と地獄の交差点になり」、「繁華街みんな目つきが悪くなり」、「列並ぶすぐに振り向く前の人」。再建を目指したはずの船場吉兆だったが、「何食わぬ顔で食わせる食べ残し」。未だに真相が究明されていない、中国のギョーザ問題も、「いくたびもギョーザの産地尋ねけり」、「命かけもの食う時代いきており」。次から次へと起こる新たな事態にギョーザも忘れられる、「チベットもギョウーザもガレキの下になり」。

さて、話題にもならない福田首相だが、「後期より末期をしめすこの数字」、「支持率と間違えそうな消費税」、でも「他人事と思えば楽し総理の座」なんだろうなあ。それにしても、なんにもせずに、まるで他人事のように、泣き言ばっかり言っている首相の出現なんて、前代未聞といえるかもね。チンピラ知事も頑張っている。「薄型の政治家テレビで幅利かせ」、「ものいえば朝令暮改新府知事」、「知事が泣き、その後府民が泣く手順」。元気のないのが大物都知事だが、「銀行は札作れると勘違い」、東西合わせて、「知事席の唯我独尊江戸なにわ」。

自民党は道路、道路と大騒ぎ、「この執念なにかあるのか道路には」、「通るバス減るのに増えていく道路」。冬柴国交相も一貫して元気、一生懸命謝っている、「国交相すっかり自民の顔となる」。「物価高給料だけが優等生」、「大砲は足りたがバターは底をつき」、「酒たばこそろそろ食をやめる番」、後期高齢者には応える、「日々暮らす特定財源わが年金」、道理も何もない厚生官僚の冷酷さ、「わけもなく区切りにされた七十五」「人の期限も七十五年」。「老いを看てすぐ老いが来る世の無常」だけど、ならば開き直って、「国がその気なら意地でも長生きし」ようじゃないか。

「山動き山が崩れて山が消え」岩手・宮城地震から1カ月、「もしかして人は無用とでも地球」、「人の死が万の単位で数えられ」、中国・四川大地震は決して他人事ではない。だが、「わが国もあるのは死者の試算のみ」、現実はお寒い限りだ。でも、われわれは今日を生き明日も生きたい。「明日あると明日の服置く枕元」「生きていくみんな辛いが素手で生き」。(朝日新聞コラム「平成落首考」より)

ピン芸人

歩行者天国7月25日(金)
(歩行者天国・銀座4丁目)

最近のテレビだが、チャンネルはまずNHKの5系統と決めていて、民放で見るのは、クイズ番組か、古館伊知郎の「報道チャンネル」ぐらいしかない。そういうわけで、偶に民放の番組を見ていると、3の倍数になると、奇声を発する「薄汚い男」とか、きれいな顔をした中年美人が突然指を突き出して「グー」ってやる、そんな今まで見かけなかった、お笑いピン芸人がしばしば顔を出す。どちらもギャグの面白さがイマイチなので、お笑いの世界もずいぶん落ちたもんだと内心では思っていた。

ところが、この記事である。<今年の「フレッシュスターランキング」は、3の倍数だけアホになるギャグでCMでも引っ張りだこの「世界のナベアツ」、「グ〜」のギャグと上品さも持ち合わせたインパクトのあるキャラで人気の「エド・はるみ」が「男性部門」「女性部門」のそれぞれ1位に輝き、男女ともお笑い芸人が制覇した。昨年は、「男性部門」では「ハニカミ王子」「ハンカチ王子」「マー君」とスポーツ界が上位を独占、「女性部門」では、長澤まさみ、沢尻エリカ、蒼井優といった女優陣が目立ったが、大いなる異変となった>(オリコン調べ)

最近小学校では原因不明な奇病が大流行していて、社会問題になりつつある。数学の時間、生徒が3との倍数のときだけアホになった。5の倍数を入力しようとしたら生徒の動作がイヌっぽくなってしまった。正解だったとき、先生に向かって生徒が両手親指を突き出し「グー」と叫んでいた。学芸会で全裸に海パン一丁で、「そんなの関係ねえ」と叫ぶ芸を披露しようと別室で準備していたら、同じことをしているヤツが5人以上いた。

それにしても、いつからこんなにテレビがお笑い芸人で溢れかえるようになったんだろうね。 1980年代にも「MANZAIブーム」なんてのがあったけど、クイズ番組だろうが歌番組だろが、どっかに必ずお笑い芸人がいるって今みたいな現象はなかった。

それが今じゃ「バラエティー」というワケのわからん番組カテゴリーができて、歌手もタレント(この職業も正体不明)もお笑い芸人も、あげくの果てにはスポーツ選手までが仲良く並んでクイズ番組の回答者になってたりする。あるいは司会がお笑い芸人だったりする。「うた番組」とか「お笑い番組」とかの垣根がぶっ壊れて、シェイクアップされて、みーんな「バラエティー番組」化しちゃったてことなんだよなあ。

モチノキ

木村や7月23日(水)
(銀座・木村屋)

普段は地味で、まるで気がつかないのに、ある日突然のように、その存在感を示す木がある。7月の暑いさなか、やたらと目立つのが、白い小さな花を房状に咲かせる木、ネズミモチだ。名前の由来は果実がネズミの糞を連想させ、葉がモチノキに似ているからだと。一方、春先あちこちの垣根で赤い若葉を勢い良く伸ばす植物、ベニメカナメモチだ。夏頃になるとだんだん緑色の普通の葉になり目立たなくなる。名前の由来は、新芽の赤芽がカナメに転訛、モチはモチノキに外観が似ているからだという。

っていうことは、本物のモチノキがあることになるわけで、いってみれば、二つとも似非モチノキということになる。カナメモチはバラ科カナメモチ属、ネズミモチはモクセイ科イボタノカ属、本物はモチノキ科モチノキ属、名前の由来は樹皮から鳥もちを採取するからとある。このモチと名のつく植物は、いずれも他の事象から名前が付けられたことになる。

ガキのころ、学校が終わると、長い竹竿の先にモチを塗り、竿を回しながら、つばきでそれをこねて延ばし、さんごっぱら(三五原)に飛び出していった。むろん、トンボをとるためである。トンボが密集している中でモチ竿を振り回し、竿の先にトンボをくっつけるのである。うまく捕まえたつもりでも竿を手繰り寄せると、羽にベッタリとモチがついてしまい、はがせなかったりした。オニヤンマを捕まえたときなんか、仲間同士で大喝采、一躍ヒーローに躍り出たもんだった。オニヤンマを捕まえた時の、あのズシンと重い手応えはすごかった。いまじゃオニヤンマなんてとんでもない、ギンヤンマ、シオカラやムギワラでさえ見かけない。

「竹とんぼ」は、プロペラと軸によって構成される日本の伝統的なおもちゃだ。竹のひごを削って作った、自家製の竹とんぼは中々うまく飛ばなかった。竹飛ぶ棒、竹飛ん坊、竹とんぼの名前となったともいわれる。そういえば、自分で作った竹馬も、出来上がりも乗り方も一向上達せず、下手糞のまんま、切歯扼腕したものである。

長じて高校時代、野球の練習をする時、真っ先にやるのが運動場を「とんぼ」で、きれいに整地することだった。弱小チームだから、野球場などあるはずもなく、グランドはいつも荒れていた。とんぼとはT字型の整地用具の俗称で、トンボの全身に似ていることからこの名で呼ばれるそうだ。かっこよくいえばグラウンドレーキ、大きな熊手みたいなものだった。

歓び

RIMG148347月21日(月)
(シコンノボタン)

6日も続いた夏日、そして3連休の始まる土曜日は朝から真夏日となっている。ずっと閉じこもり生活をしていたが、生活防衛のため、朝から買い物に精を出すことになった。きょうはにょうぼ殿、月に1回の俳句の吟行?とかで一日中いない。だから昼食と夕食の支度をしなけりゃならないのだ。当然料理をつくるなんて面倒くさいから、ちょっと高級な惣菜店で、2回分の総菜を買った。

昼飯用として、しばらく食べていないイカフライとクリームコロッケ。クリコロなんて決して好きじゃあないが、メンチやコロッケよりもカロリーが少ないのでやむを得ない。量り売りは、20種類もある中から、さんざ迷った末、ホタテとイカの野菜五目煮(中華風)を選んだが、欲張りすぎて100gのつもりが300gになってしまった。いつもそうなんだけど、量り売りの場合、自分の思ったより、かなり多めになってしまう。けっきょく昼夜合わせて1300円の豪華版となってしまった。

せっかくここまで来たんだから、かねてより予定していたユニクロに向かうことにした。いま、値引き販売真っ盛り、パンツ1着、短パン2着を購入、当初価格の半値である。ユニクロの製品は一般的にサイズが小さいのが欠点だが、縫製への目配りが抜群で、デザインもまあまあ、生地のばらつきもなく、とっても着心地がいい。端境期に翌年用を夏、冬製品を大量に買い込んでいたが、今年は入院のため冬物の廉価販売が間に合わなかった。

ユニクロっていうと、発売当初バカ売れしたフリースの店というイメージが強いが、どうして、どうして、綿シャツ、ジーンズ、Tシャツなどカジュアル製品も圧倒的に強い。同じ階層に「ギャップ」や「無印良品」などもあるが、品揃え、価格、デザイン、サービス等々、すべてに見劣りがする。

お金を使うことなんかないから、普段は1万円札を1枚とにょうぼからせしめた2000円ぐらいしか、財布に入っていない。たまたま、故あって使わないはずの万札を崩してしまったので、この際全部使ってしまえ、いってみれば大盤振る舞いする気で出かけた。物を買い込むってこと、これって、ほんとすっきりと気持ちのいいものだ。まるで大金持ちにでもなったような気になって、気分は高揚し、歩く姿勢も威風堂々となる。次に大好な、だが、いつも売り切れ必至の海苔煎餅が、たまたま残っていたので、残り6袋全部買う。してやったりという気持ちになったね。


山場コマーシャル

RIMG148157月19日(土)
(ユリ)

場面を盛り上げるだけ盛り上げておいてから「正解はCMのあとで」「最新情報はこのあとすぐ」。こんなテレビの「山場CM」が多い番組に視聴者が不快感を抱いていることが、榊博文・慶応義塾大教授(社会心理学)らの調査で明らかになり近著で発表された。国際比較でも日本の山場CMは欧米より格段に多い。テレビ局側の思惑とは裏腹に、そうしたCMへの好感度が低くなり商品の購買意欲も下がるという。

調査では、視聴者をCM明けまで引っ張ろうとする山場CMに対する印象として、強い肯定から強い否定まで九つの尺度で聞いた。「不愉快」について86%が肯定。CM明けのシーンの繰り返しには、74%が「イライラする」と回答した。山場CMを含む番組については、84%が「好感が持てない」。山場CMの商品について42%が「好感が持てない」、34%が「買いたくない」と回答。それぞれ60%前後あった「どちらともいえない」を除けば大半がマイナスの評価だった。

話の流れが落ち着いたところで出る「一段落CM」と比較すると、山場CMが「商品を買いたくない」で3.8倍、「商品を覚えていない」も2倍と本来の効果をうち消していた。また、日本と欧米のテレビ番組の山場CMを02〜03年に比較した。ニュース、ドキュメンタリー、ドラマなど7分野で各国の代表的な3番組ずつを録画して比率を調べた。その結果は、日本の40%に対し米国は14%で、CMのタイミングが法律で規定されている英国は6%、フランスにいたってはゼロだった。

1時間の放映番組の中で、どのくらいCMを見せられるのか、この前試したら、通常のCMは5分に1回、8ケのCMが3回、5ケのCMが3回、これに山場CMが挿入されるんだから、もうたまったもんではない。つまり5分毎に、番組を細切れで見せられていることになる。あまりにもバカバカしくなって、途中でテレビそのものを消してしまったが、最後まで我慢して数えていたら、おそらく気の遠くなるほど多くのCMを見せられただろう。

そんなわけで、一人でテレビを見ているときは、NHK専門、地上デジタル3本、BS3本、計6本あれば、少しでもましな番組がある。民放で大好きな雑学関連の番組があるときだけ、やむを得ず見てしまうが,CMになると、音を消してしまう。だから、その頻度の多さに、かえって疲れてしまうという体たらくだ。

臭い

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(再度、クチナシ)

この時期、強烈な匂いを発するのが、道端に咲くクチナシの香り。決して嫌いな匂いではないけど、かなり個性的で臭覚を刺激する。カサブランカにしろ、バラにしろ、初めのうちはいい香りにうっとりするが、室内にあったりすると、その香りがあまりにも強烈すぎて、次第に気持ち悪くなってくる。このクチナシなんかは、多分その最たるものだろうね。

ひと昔前、まだ黒髪ビンビンだった頃、もっぱら愛用していたのがポマード「アメリカンブリアン」だった。しゃれた容器もかっこよかったが、なんといっても、その圧倒的な甘い香りに魅せられたね。髪にしっとりとなじみ、その上、ちょっとした風などでは乱れないのが憎かったね。当時の男性用整髪料は圧倒的に油性ポマードが全盛で、仕上げは丹頂チックだった。ほかのポマードが植物成分主体だったのに、このアメリカンブリアンはただ一つ鉱物性だったから、複雑な匂いも可能だったんだろう。

ただ、鉱物性ゆえの欠点もあった。洗髪すると、汚れと匂いが落ちにくく、シャボンで3回も洗わなければならなかった。当時、まだシャンプーなんてしゃれた代物はなかったから、なおさらだったね。シャボンは泡立ちのいい牛乳石鹸を愛用していた。もっとも、テレビ「光子の窓」の主題歌を歌っていた「ザ・ピーナッツ」の歌に影響されていたのも確かだね。ポマードも色々な銘柄があったが、「ケンシ」は上品だったが地味だったし、「柳屋」と「丹頂」はポピュラーだったから嫌だったし、岡晴夫の「エーワン」は甘ったるい匂いが気に入らなかった。

クチナシの花には強い芳香があり、学名の種名「jasminoides」は「ジャスミンのような」という意味がある。品種改良によりバラのような八重咲きの品種も作り出されている。乾燥させた果実は古くから黄色の着色料として用いられた。また、発酵させることによって青色の着色料にもなる。これは繊維を染める他、食品にも用いられ、サツマイモや栗、和菓子、沢庵を黄色に染めるのに用いられる。

ポマードの植物性は、ひまし油、木蝋などに香料を練り合わせたもので、べたつきが強い。植物油を用いるため原材料臭が強く、それを隠すための香料が多量に配合されている事が多い。 鉱物性はワセリン、ミネラルオイルなどを練り合わせたもの。植物性と比べると、さらっとした使用感があるが、洗い落ちが悪い。原材料臭の少ない鉱物油は香料が少なくて済むという特徴を持つ。

ぞく居酒屋タクシー

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(たまりゅう)

このシステム(年功序列・席次制)は、明治国家の創設以来、日本の官僚社会でずっとつづいてきた慣習で、これを破ることは事実上不可能といっていいほど日本の社会に根深く入りこんでいる。おそらくその起源は、奈良平安朝の昔まで、あるいはそれ以上に古いところまでたどれるのではないだろうか。

同じシステムが、陸軍、海軍の軍人の序列と進級にも働いている。昇級進級の基準が、陸軍の場合は士官学校の卒業席次、海軍の場合は海軍兵学校の卒業席次。日本の陸海軍をダメにしたのは、この順位席次システムであると昔からいわれつづけたが、それがゆるめられることはなかった。同じように、官僚の世界でも、このシステムがいけないと何度も言われながら、ほとんど全く変わることなく、明治以来今日までつづいている。

このようなシステムの中で、事務次官会議を仕切る官房副長官は官僚トップの身分である全省庁の次官を集めてそれを仕切る役だから、官僚の最高のポストと目されている。そして、これまでは、全官僚から、この人ならと目される人が選ばれてその椅子に座ってきた。通例それは旧内務省系(警察庁、自治省、厚生労働省など)の次官が選ばれてきた。そしてその椅子に座る人は、それなりの存在感を持って全官僚を威圧できる人だった。その典型とされるのが、田中内閣時代の後藤田正晴官房副長官である。

田中内閣時代の田中角栄の支配力の半分くらいは後藤田官房副長官の威圧力によるものといわれた。そのパワーを大いに評価した田中角栄は、後藤田が官僚を引退すると、これをすぐに選挙に出して、代議士にし、田中派の重鎮にしてしまった。後に中曽根が総理大臣になると、この後藤田の能力をもう一度利用したいということで、官房長官にしてしまい、中曽根時代は後藤田時代でもあったといわれるほどの辣腕をふるって内閣を切りまわした。

後藤田さんがあまりにも目立ちすぎたので、以後の官房副長官はできるだけ目立たないよう黒子の役割に徹してきた。だから、町村内閣官房長官の傲慢さ、不遜さが、事情を知る人ほど鼻についてならないのである。「なんだよ、猿回しに自在に操られているエテ公のくせして、威張るんじゃないよ」ってなもんだ。この構造は自民党政権腐敗の原動力にもなったのは否めないが、逆に民主党政権になっても基本的に変わるはずがないのである。政府は先月26日、内閣府事務次官に旧自治省出身の山本信一郎官房長を充てる人事を固めた。

居酒屋タクシー

RIMG155867月13日(日)
(クチナシ)

政府は先月、国家公務員が公費でタクシーに乗った際にビールなどの提供を受けていた「居酒屋タクシー」問題の調査結果を発表した。17省庁・機関で計1402人に及び、うち3人が現金を、55人が金券を受け取っていた。政府は33人を国家公務員法に基づく懲戒処分とし、623人を各府省の内規に基づく訓告・厳重注意などとした。

問題発覚直後の6日に発表した際は13省庁で計502人だったが、その後の職員の自己申告やタクシー事業者の聞き取り調査の結果、3倍近くに膨らんだ。提供を受けた職員が最も多かったのは財務省(600人)で、2番目に多い農林水産省(197人)の約3倍。予算編成や国会答弁の準備などで特に残業が多いことが背景にあると見られる。

毎度、お馴染みの役人による使い込みだが、罰を受ける連中、「おいおい、いったい何が悪いんだよー」って思いでいっぱいだろう。だって公金なんて役人にとって自分たちの金なんだから、どう使おうと勝手だし、自己申告しなかった連中が罰せられないなんて、とんでもない話だ。なくなればカラ出張したり、帳簿に細工したりして裏帳簿を作ればいいんだ。

どうせ罰せられるのはノンキャリばっかし、トカゲの尻尾切りで、ここら辺で幕引きとしようという政府の魂胆はミエミエだよねえ。記者会見で町村官房長官は偉そうにくっちゃべっているが、実はカレなんと猿回しの猿みたいなもの、陰で操っているものは別にいる。日本の官僚機構は律令時代から延々と続いている、鉄壁の国家の基本システムである。施政者がどう変わろうと、関係ない。日本のまつりごとを決めるのは首相や内閣ではない。

官僚機構を総括しているのは、霞ヶ関の基本構造を知っている人は誰でも知っているように、その要のポストが内閣官房副長官である。実質的な国家統治の重要事項は、閣議の前日に行われる事務次官会議で決まる。事務次官会議で決定されたものだけが、翌日の閣議にかけられる。その事務次官会議を仕切るのが、官房副長官なのである。

官僚の世界で何が一番大切かといえば、順位である。官僚の世界の基本ルールは、幾つかあるが、最大のルールは順位を乱さないことである。順位の基本は何かというと入省年次プラス入省時の席次である。同じ年に入った官僚たちは、毎年席次に従って同じように出世していく。一定のポストをローテーションでまわりながら階級を一つずつ上がっていく。上位に行くに従ってポストの数が減り、上がれない人は外局に出るか、外部に転出していく。本省局長になれる人は局の数だけしかいないし、次官になれるのは一人だけだ。(以下次回に続く)

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