コジゼラ

よもやま話を雑文で

2009年02月

映像

豊海橋平成21年2月28日(土)
(豊海橋・日本橋川の河口)

最近めっきり映画を見る機会が減った。近くに二つも劇場シアターができたのに、それも60歳以上1000円という特典があり、必ず座ってみられるというのに。その理由はなんなんだろうか。まず挙げられるのは映画がつまらなくなったということと、映画を見て感動するってことが少なくなったこと、映画以外のレジャーが多くなったこと、それから、テレビの存在も大きいかもね。

いままで見た映画で一番印象に残っている映画は、なんといってもキャロル・リード監督作品「第三の男」だろうか。あまりにも、仕掛けが凝っていて、印象的なシーンが多すぎて、あっけにとられた、非常に格調の高いサスペンス映画の傑作だ。第二次世界大戦直後のオーストリアで、四ヶ国(米英仏ソ)によって四分割統治される首都ウィーンの殺伐とした世相を背景とするサスペンス映画である。光と影を効果的に用いた映像美、戦争の影を背負った人々の姿を巧みに描いた内容は高く評価されており、カットなしで撮影された墓地でのラストシーンは映画史に残る名場面として非常に有名だ。音楽にアントン・カラスが演奏する民俗楽器のツィターを採用し、この味わい深いテーマ音楽も広く知られた。

一番有名なシーンはラストで、アリダ・バリが墓地の道を歩いてくるシーンだろう。カメラを据え置きにして、遠くからこちら近づいてきて、そして遠ざかっていくシーン。なんと切なくて、なんと厳しくて、含蓄のあるラストシーン。最後のシーンは映画史に残る名高いものだが、実はこれは当初の予定にはなかった。本来ならば通俗的なハッピーエンドとなるはずであった。それが逆になったことで、深い余韻を残すようになった。

地下の下水道を逃げ去る大きな影と空間にこだまする足音、猫の声に驚いた家の灯りががついたとき、黒一色の中にくっきりと浮かび上がったオーソン・ウエールズの顔、いたずらっぽくニヤっと笑った冷徹な表情。その鮮烈な一こま一こまがくっきりと脳裏に残っている。それだけ、鮮烈な印象を残したキャロル・リードだったが、その前後となる作品「邪魔者を消せ」、「落ちた偶像」などはその能力の片鱗はあったけど、「第三の男」を凌駕するものではなかった。世界的な巨匠の位置にランクされるようになったあとも、ハリウッド独特の商業主義の前で、独特の個性は失われてしまった。

季節感

永代橋2平成21年2月26日(木)
(永代橋)

暮れから正月にかけて、東京周辺だけは、連日冬うららの天気が続いて、とっても得したような気分になっていた。ところが、氷雨が一日中降ったあと、天気は良くなったものの、強い木枯らしが吹き荒れて、一段と寒さが増してきた。遅ればせながら、ようやく冬本番といった雰囲気になってきた。こうなるときつくなるのが、家からの出入り、運河が周囲を巡っているから、風の通り道があちこちにある上に、超高層ビルの乱立により、思わぬ場所にも新しい風の十字路が出現した。豊洲から家への通り道、激しい突風に悩まされることになる。

日中、昼過ぎまで日差しが部屋の奥へと差し込んでくるので、夜になっても南側の部屋はなんとなく暖気が残っている。それでもこれだけ寒さが厳しくなると、夜ともなれば、さすがにストーブなしとはいかず、ガンガン燃やしている。室内はさながら春の如し、徒長したスパティフィラムも、気がつきゃ、しおれて枯れそうな風情、触ってみれば、土がカラカラに乾いている。それだけ、室内の空気が乾燥しているわけだ。

今年は1月早々帯状疱疹にかかってしまい、例年に比べてだいぶ立ち後れてしまったようだ。冬枯れの季節が長く続きそうだからと、自分をだましだましきたんだけど、季節の移ろいはそんなことに関係なく進んでいるようだ。寒さが厳しいから、花の咲くのも遅れそうだという憶測も見事に裏切られてしまった。たとえばウメ、密かに見つけておいた穴場では、コウバイは三分咲きだったが、シラウメは満開だった。

ところが小石川植物園では、コウバイは既に散っていて、シラウメは五分咲きだった。また、この時期の楽しみであったカンザクラ、永代橋東詰の名物はまだ蕾だけで、見頃は3月に入ってからだという、ところの人の話しだったのに、小石川植物園ではもう散っていた。なんか家に閉じこもってばかりいると、微妙な季節の移ろいに鈍感になっている自分を思い知らされる。

なつかしい

隅田川の対岸平成21年2月24日(火)
(隅田川の向こう側)

朝日新聞地方版に、北区立紅葉中学が来年春、統合され廃校となるって記事があった。在校生がその記念のために、力を入れてきたのが、かって滝野川村名産の牛蒡だったという。この何気ない記事を読んで遠い昔を思い出してしまった。小学校3年生の時、B29による度重なる東京大空襲により、母校谷端小学校が完全消失し、敗戦を迎えた昭和20年9月から、紅葉中学に作られた仮校舎で5年生まで授業を受けていたんだった。態度のでかいエラそうな中学生と顔を合わせるのが嫌だった記憶もある。

狐塚のさびれた商店街を抜け、国道17号線の横断歩道を渡り、左手に巨大な2基のガスタンクを見ながら、長い急坂を上がり下りしていた。先日試してみたら、予想以上の急坂で、たちまち息が上がってしまった。巨大なガスタンクは近代的なドーム状のものに変わっていて、やはり違和感を感じたね。国道17号には志村から神田橋までの都電18番線がひっきりなしに走っていて、巣鴨からは日比谷までの35号線もあり、都心に出るのにも、もっぱらこちらを利用していた。省線赤羽線は乗り換えがやっかいの上、混雑がひどかったから敬遠していたのである。

牛蒡というと、滝野川の名産で昭和初頭まで生産されていた。そういえば家の裏手にあった旧中山道には、種苗屋が幾つも店を出していた。そして、かれらはいずれも地元の資産家で、大きな邸宅に住んでいた。我が家は借地で、地主はやはり、いま思い起こせば種苗屋だったけ。牛蒡に限らず野菜類の栽培が盛んだった名残なんだろうねえ。ゴボウ料理といえばキンピラかドジョウ鍋だが、煮染めにしてもおいしいし、豚汁には欠かせない食材だ。どちらも決して目立たず控え目だが、入っていないと間が抜けたものになる隠れたヒーローだ。

競争などで後方からほかの選手を一気に抜き去ることを「牛蒡抜き」というが、これは厳密には間違いである。というのも、ゴボウはそれ自体が長く、根毛も多いから、するっと抜くことができない。事実、農家では、ゴボウは「抜く」ものでなく、「掘る」ものと認識されている。この言葉はむしろ、抜きにくいゴボウを一気に抜くことができるほどの力を持っている、という意味で用いるほうが正確のようだ。「太平洋で牛蒡を洗う」なんて、猥談でよく使った隠語だね。

ゾロ

永代橋平成21年2月22日(日)
(永代橋と佃リバーサイド)

バスが目の前で発車しちゃったり、ホームを駆け下りたら、目の前で電車のドアが閉まってしまった時、ああ、ついていないなあって嘆息する。それが度重なると、きょうはなにか悪いことがおきるのではないか、三隣亡なのかよなんて思ったりする。逆にバスの窓からや、電車のドア越しに乗れなかった人の顔を眺めながら、つまらない優越感に浸ったりする。自分もそうだろうけど、間一髪間に合わなかった人って、たいていは笑っているね。畜生、間に合わなかったという無念を笑いで誤魔化しているんだろうね。

ゾロというと、タイロン・パワーが颯爽と活躍した「怪傑ゾロ」をまず頭に思い浮かべる。剣先で壁や敵の背中に、鮮やかにZの字を描くシーンが鮮やかだった。目元だけの覆面と見事に調えられたヒゲとの対比も格好良かった。勧善懲悪って筋書きは当たり前すぎるんだけど、やはりワクワクさせられたもんだった。

ゾロといえば、「効果は同じで値段は半分」がうたい文句のジェネリック薬。薬を開発メーカー以外の会社が同じ成分で作った後発薬のことだ。医療費を少しでも安くしたい身にはありがたい薬だが、ジェネリックを敬遠する医師も少なくない。コチトラも同じ口で、増え続ける薬と単価の値上がりに悲鳴を上げたくなるほどだが、担当医の決意のほどを聞くと、なるほど、そんなもんかと納得させられる。

首都圏にある大学病院の医師によれば、うちの病院では2000種近い薬を使っているが、ジェネリック薬は20種類ぐらいしか認められていないという。その理由は品質への不安だそうだ。大学内である先発薬と数種類のジェネリック薬を独自に調べたが、薬の血中濃度が先発薬の1/11しかないジェネリック薬があった。薬の製法自体は特許切れで後発メーカーと同じ薬を作れても、それを薬剤やカプセルにするためのやり方は特許切れとなっていないケースがほとんど。そのため錠剤やカプセルにするための添加物や製法が異なり、薬の溶ける時間、吸収量などにも影響するという。

ジェネリック薬は特許が切れると、ゾロゾロでてくるので、ゾロ薬といわれていた。ゾロ薬は在庫が切れると販売中止になるケースも多く、医師が使い始めた矢先に、薬がなというトラウマが消えなかった。また、薬を開発していないから、適応症、副作用情報など使用上の注意が先発薬の丸写しのケースもある。結果、「いまは先発薬と同列には考えられないと考える医師も多いのだ。

故事来歴

清洲橋平成21年2月20日(金)
(改装された清洲橋)

奥の細道序文にある「月日は百代の過客にして 行きかう年も又旅人也」という文言はあまりにも有名で、年降るに従って一層現実味を伴って共感させられる。ところが、この原文は唐の詩人「李白」の詩、「春夜宴桃李園序」にある<夫天地者 萬物之逆旅(夫れ天地は萬物の逆旅にして)光陰者 百代之過客(光陰は百代の過客なり)>から取られていることは、あまり知られていない。っていうより、芭蕉そのものの人生哲学から生まれたわびさびだと思っていた。

東京メトロ鉄有楽町線の「こうじまち」駅には、2種類の「こうじ」という漢字が仲良く同居していて、異体字マニアの間では有名なスポットになっているのを知っていた?
この「こうじ」という字、もともとは「旧字体の麦に菊」が正字体で、「麹」の方は、「麥」という漢字が第2次世界大戦後の国語改革で「麦」になったのにならって、JIS規格で採用された、いわゆる「JIS字体」で、どちらが正しいかといえば、おそらく難しい字の方が正しいということになる。「こうじ」の国字は「糀」だというから、日本語ってやつ本当に紛らわしいね。

昔は鏡を磨くのに、石榴の実を使っていた。あの酸っぱい汁で磨けば、鏡の錆がよく落ちる。そういうことから、銭湯など湯槽の入口は仕切が低く、身体を屈めないと入れない。身体を屈めないと入れない、そこで、「鏡入る」つまり屈め入るに引っかけ、石榴口というようになった。ところで、銭湯の入口などに書かれている弓矢は弓射る、つまり湯に入るという駄洒落からきたものだ。

大相撲の天井からぶら下がっている「蒙御免」という文字は「儲かりごめん」と読む。これは江戸時代、寺社などを管轄する寺社奉行が勧進相撲を認可したことに由来する。
「問われて名乗るもおこがましいが、・・・・」とは、歌舞伎十八番「白波五人男」で日本駄右衛門が吐く渡り台詞だ。通称「白波五人男」は河竹黙阿弥作の白波物で正式の表題は「青砥稿花紅彩画」(あおとぞうし はなの にしきえ)という難しい名前だ。

さて、ここまでが前段、「おこがましい」とは身の程を弁えないという意味で、漢字で書くと「烏滸がましい」と書く。そもそも「烏滸(をこ)」とは何か、というと、要は「ばか」とか「あほ」とか言った類の罵語なのだが、その程度が違う。「ばか」や「あほ」は、辞書などでは「愚かなさま」などとあっさり済まされているが、烏滸に至ると「笑いたくなるほどに愚かなさま」「思慮の足りない行いをする人」というように一ランク上なのである。 

大河ドラマ

奇妙な平成21年2月18日(水)
(奇妙なモニュメント・松永橋)

前回は直江兼嗣を主役にしたNHK大河ドラマ「天地人」について概略を述べるに止まってしまった。久し振りに見ることになった大河ドラマだが、出足好調とは行かないようだ。いまが旬の妻夫木が泣いてばっかりいるのも冴えないし、薹の立った常盤貴子が相手役というのも、なんか間尺に合わない気がする。このままの展開だと、大好きだった反骨精神の権化、男・直江兼嗣の存在さえ否定されてしまいそうで、いつものように定型化された大河ドラマの範疇に組み込まれてしまいそうな気がする。


NHK大河ドラマといえば、かっては大人の役者が主役を張る骨格の太い作品が多く、見るものを画面の中でに引きずり込んだ。「花の生涯」、尾上松緑の井伊直弼、「赤穂浪士」、長谷川一夫の大石内蔵助、「太閤記」、高橋幸治の織田信長、いずれも凛とした佇いが周囲を圧倒していた。時代劇っていうのは、正確な時代考証に基づいたもので、メリハリある演技が出来る主役の存在が必須要件だ。花の生涯で、天下の2枚目、佐田啓二が扮した長野主繕も、松緑の貫禄の前では、影が薄くなってしまったほどだ。

第5作「龍馬が行く」は原作を読んだ後だけに期待が大きかったが、あにはからんや、主役の北大路欣也がまったく期待外れで、以後幕末物は当たらないという定説を作ってしまった。北大路の龍馬は完全なミスキャストだったし、脚本も原作の長さと饒舌な脚注にに翻弄され、筋を追うだけの単純なものになってしまい、竜馬の持つ得意なキャラクターを発揮できないまま終わってしまった。この1作に失望し、以後、日曜8時台のNHK大河ドラマはコチトラのスケジュールから完全に外れてしまった。その後、じっくり見たのは1996年に放映された「秀吉」、2000年に放映された「利家とまつ」だけである。

「秀吉」は、あまり期待してなかったが、蓋を開ければ竹中直人のエネルギッシュな前向きの演技や、厳格ながらも人間味溢れる信長像を演じた渡哲也の名演、おね役の沢口靖子、秀長役の高嶋政伸、なか役の市原悦子、足利義昭役の玉置浩二、千利休役の仲代達矢、光秀役の村上弘明などの脇役たちの存在感もそれぞれ光るものがあり、平均視聴率30,5%、最高視聴率は37,4%と、歴代の大河ドラマの中でも上位に位置する高視聴率を記録した。

「利家とまつ」は、織田信長・豊臣秀吉に仕えて加賀藩主前田家の祖となった前田利家と、賢婦人として知られる正室のまつを中心に戦国群像を描いたドラマで、主演の唐沢寿明まつ役の松嶋菜々子がいきいきと演技していたのが印象に残っている。

路線図

コウバイ平成21年2月16日(月)
(紅梅)

書斎のテーブルの下には、東京メトロと都営地下鉄が発行する路線図が置いてある。常に最新の路線図を取り寄せている。改めてみてみると、ずいぶんと新しい路線が出来ていて、路線図からいまにも掃き出されそうに思えるほど、パンパンに張っている。昔は地下鉄銀座線、丸ノ内線、東西線、都営浅草線ぐらいしかなかったから、とっても見やすく一目で目的地までの路線図が読めた。それが、いまじゃもう、こんなに多くなってしまうと、その行程の設定さえ迷ってしまいそうだ。

それにしても、まだ乗ったことのない路線がいかに多くなっていることか。一頃大きな話題となった、東京メトロ「副都心線」も関心はあるものの、わざわざ乗りに行くのもバカげた話だし、コチトラの生活範囲からは大きく逸脱しているし、恥ずかしながら、まだ、一度も乗ったことがない。そういえば、JR「つくばエクスプレス」も、都営「日暮里・舎人ライナー」も乗っていない。どちらもまったく乗る必要がない無用な路線だからだ。

都営浅草線とつながっている京成線経由の千葉県印旛日本医大駅までの「北総線」、東西線とつながっている千葉県勝田台駅までの「東葉高速線」、南北線とつながっている浦和美園までの「埼玉高速鉄道線」、これらはそういう鉄道路線があることは知っていても、まるで「縁なき衆生は度し難し」といった類だからどうしようもないね。高速鉄道だなんていっても、都内を走るときは、当然のように各駅停車だからしまらないね。それと、こういう過疎地を走る鉄道運賃って、かなり割高に設定されているようだ。

北総線沿線といわれても、全くの処女地みたいなもので、ほとんど分からない。強いていえば、むかし中山競馬場から、人の行き来も疎らな木下(けおろし)街道を下っていくと白井分場というトレーニングセンターがあった。金指造船が所有する、カネの頭文字がつく馬を調教していた、成宮厩舎などが所属していた記憶があるくらいだが、とにかく辺鄙な場所だったことは事実だ。浦和美園といえば、埼玉スタジアムがあるところらしいが、日本のサッカーにはとんと無関心だから、乗るはずもない。

天地人

ウメ平成21年2月13日(金)(ほころび始めたシラウメ・大島川)

きのうは春なみのいい天気だった。さすがに全開とは行かないが、シラウメ、コウバイの類もぼちぼち咲き始めていた。ところが、今日は今年初めての「春一番」が吹き荒れるとのこと、いまの春一番は季節の訪れを喜ぶ前に、黄砂の来襲も心配しなければならないだから、たまったもんではない。昨日は神戸市内を黄砂が襲い、一時は見通しがまったく効かないほどだったという。

日本の歴史といえば、コチトラの大好物、様々な人物が現れては消えていったが、信長や秀吉のように、目立った存在ではないけど、歴史上にその人有りとの評価を残した人物には限りない愛着を感じてしまう。その中でもとりわけ関心のあった人物が数人いる。戦国時代では真田幸村・立花宗茂・蒲生氏郷・鮭延山城などが興味をそそる人物像だが、今回NHK大河ドラマに登場する「直江兼続」もその一人だ。

原作者の火坂雅志は膨大な資料を読みあさり、人物造形には定評のある作家、これまでは、どちらかといえば、歴史の陰に埋もれていた人物にスポットライトを当てる作風で知られていたが、満を持してこの「天地人」を書き下ろした。天地人とは天を最上とし、地・人の順となる。これは、孟子の教え「天の時 地の利 人の和」を上杉謙信が引用したと考えられるが、直江兼続もこの言葉を心の片隅におき、執政に当たったのかもしれない。主人公は上杉景勝に仕えた上杉家の家老・直江兼続。

主に舞台となるのは、戦国時代。大河ドラマ史上初めて関ヶ原の戦いに敗れた側の武将が主人公となる作品でもある。ひたすら利のみを求める戦国時代に、「愛」を重んじ、「義」を貫き通したヒーロー・直江兼続。主君・景勝をはじめ、師と仰ぐ上杉謙信や友人・真田幸村との深い係わりを主軸に、同時代に生きた戦国武将や妻・お船をはじめとする女性たちとの人間関係、利を求める社会において発生する格差など現代社会に通じる問題、といったさまざまとテーマを盛り込みながら、兼続の生涯が描かれる。

主人公の兼続役を演じる「妻夫木聡」は、大河ドラマへの出演自体が初めて。兼続が終生仕えることになる景勝役は北村一輝が演じる。他に、兼続より年上の正室・お船役には常盤貴子、景勝の義父であり、兼続に大きな影響を与えることになる謙信役には阿部寛、また、兼続とは生涯の親友同士である石田三成役の小栗旬、真田幸村役の城田優をはじめ、主要キャストの大半が平均年齢20〜30代の俳優で占められていることも特徴的である。

和風

ジュリ平成21年2月11日(水)
(1ケ月ぶり見参・ジュリ)

一段と寒さが厳しくなってくると、火の暖かさが恋しくなってくる。いまでは、石油ストーブとか、エアコンがその役割を果たしているんだけど、確かに全体的な暖かさは分かるんだけど、なにか物足りなさを感じるのも事実だよねえ。昔だったら、外から帰ってきたら、まっすぐに火鉢に向かって、熾火を起こして炭を足し、かじかんだ手を温めるとか、ダルマストーブにコークスを投げ込んで、そのあまりの熱さに驚くとともにほっとしたりしたもんだった。そうそう、寝るときには湯湯婆も必須アイテムだったなあ。

時代が下がると、こたつ全盛の時代、寒くて縮んだ身体をこたつの中で伸ばすと、ほのぼのとした暖かさが身体に戻ってきて、しあわせを感じたものだった。そういう意味で、確かに安全第一だろうが、いまの暖房器具っていう奴は、なんかよそよそしくて、他人行儀、暖かさという役目はちゃんと果たすものの、身体に密着した生活感というものが欠けているように思う。最近時代小説をよく読んでいるせいか、火鉢に当たり、銚釐 で酒を飲むなんていう図がとっても羨ましくなってきた。

ガスストーブにしても、結婚当初使っていたアメリカ製の石油ストーブ「パーヘクション」なんていうものは、ほんと、優れものだった。すぐ暖かくなるし、徐々に輻射熱が広がっていき、しかも空気を乾燥させないという利点もあった。取り扱いも簡単、利便性にも優れ、イギリス製のなんていったか、もっと小作りの石油ストーブと甲乙付けがたい性能があった。当時の国産石油ストーブは石油の匂いが強く、格段と性能落ちだったのだが、あれから数10年、いまじゃ、彼我の力が逆転し、日本産の性能は世界一と称えられている。

長年、こたつや火鉢など直接的な暖かさに慣れ親しんできたから、直感的な暖かさがないと、なんか心細いし、なんかうら寂しいのである。こたつの良さは家族団らんに最適だったし、寒い時には足下から暖めていく合理性があった。部屋が散らかるから嫌だという理由からか、なんとなく縁遠くなってしまったが、畳の生活は残っているだけに、尚更恋い焦がれるようになっている。これも年を取ってきた故の郷愁だろうか。確かに火の用心という観点から見ると、チョット不安にはなるけれどね。

ビット

佃平成21年2月9日(月)
(佃リバーサイド)

パソコンをいじっていると、分からないことがたくさんある。まず用語がほとんど英語なので、なんとなく分かっているつもりで、実はまったく分かっていないことが多い。その典型的なものに、「ビット」と「バイト」がある。日常よく見聞きする言葉だが、未だに判別しないまま、分かった振りしているのが現状だ。以下、やさしい説明を見つけたので書き記すが、あくまで記録と記憶のため、わずらしかったら、どうぞ飛ばし読みを。

コンピュータの情報量の単位に「ビット」と「バイト」があるけれど、どう違うの?」「かなり違いますね」「どれくらい?」「8倍くらい違います」「まず、コンピュータがデータを処理するときには、0と1の2つの数しか使っていないってことは、知ってるよね」「コンピュータは、2進数で計算するんだね。スイッチオンの状態が1、スイッチオフの状態が0だ」「ビット(bit)というのは、情報量の最小単位。1ビットといえば、0か1かを区別することができるということです」「つまり、スイッチがオンとオフの二つしかない」

「スイッチが2つになると、これが2ビットなんだけど、00、01、10、11の4つの状態を表現できるようになる」「3ビットだと、2の3乗だから、8通りになるんだね」「では、スイッチが8個だったらどうなる?」「2の8乗だから、2、4、8、16、32、64、128、256通りだ」「そう、8ビットだと、256通りの表現が可能になる。これだけあると、アルファベットの大文字、小文字、数字、記号などを表すのには困らない。そこで、8ビットというのが、文字を表す1つの単位になり、これを、1バイト(byte)という」。

「アルファベットだったら、1バイトあれば十分だ。でも、漢字を表現しようとなると、1バイトじゃ全然足りないんで、漢字は2バイト使って表すことにした。256×256=65536(通り)の組み合わせが用意されていることになる。今のパソコンの主流は、64ビットパソコン。<2^64=18446744073709551616(通り)>。「64ビットといえば、8バイトのことで、漢字4文字を一度に処理できる能力があるということだ」。

なるほどねえ。だけど、数字に弱いコチトラには、これだけ説明されてもいまいちピンとこない。要はからくりなんて知らなくてもパソコンが正常に作動していればいいわけで、難しいことなんか無理に覚えることなんかない。結論からいえば、そんなのかんけいない!そんなのかんけいない!オッパピーってこと。

月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ