コジゼラ

よもやま話を雑文で

2009年05月

雨模様

アジサイ平成21年5月30日(土)
(アジサイ)

今年もアジサイが咲き出したけど、例年に比べると、花の色が落ちる気がする。ブルーにしろ、ピンクにしろ、色の鮮度がいまいちで、全体に白っぽく感じられるのが残念だ。とりわけ、ガクアジサイの場合、ピーク時に見られる、紫がかった青と紫がかった赤の濃厚かつ微妙な変化がいまいち深みがなく、楽しみがない。

雨に打たれるアジサイの姿は中々味わいのあるものだが、その魅力も今年は一段と薄れる。今年のアジサイは季節変動の影響で、少し早く咲きすぎたようだ。だから、「卯の花腐し」の雨には似合わない。本格的な梅雨空に咲くからアジサイはしっとりと麗しく見えるのだ。

きょうは朝から雨模様、「五月雨」というのか、「小糠雨」というのか、細かい雨が振ったり止んだりしていた。ところが夕方が近づいてくると、一転して「篠突く雨」となった。シトシト、パラパラ降っていたのに、いつにまにかザーザー、ピッチャンといった感じになっている。この時期に降る雨は「走り梅雨」、陽暦五月、梅雨に先駆けて長雨の降ることがある。このような雨を「卯の花腐し」(うのはなくだし・くたし)というようだ。

あたかも卯の花(ウツギ)が盛りの季節。初夏の太陽のもとで輝いていた花々は、雨に濡れてうなだれ、生気を失っているように見える。普通、適度のお湿りは花の美しさを引き立てるもので、この花も例外ではないのだが、しばらく雨が続くとクタクタになってしまうのだ。外遊びの好きな子供が雨を嫌うように、雨を嫌って「腐って」いるかのようでもある。

「卯の花腐し」は卯の花を朽ちさせるほど長く振り続ける雨をいい、五月雨すなわち梅雨の異称ともされるが、卯の花の盛りは梅雨より前にずれるので、走り梅雨の頃の方が季感としてはふさわしい。梅雨の終盤に降る、まとまった激しい雨を「暴れ梅雨」または「荒梅雨」といい、梅雨の終わりに降る、雷を伴うような雨を「送り梅雨」、梅雨明けの後に再びやってくる長雨を「帰り梅雨」または「戻り梅雨」ともいう。

私事で恐縮だが、昨5月29日夜半、にょうぼの母が亡くなった。間もなく95才、大往生だった。

天気予報

ジュリ平成21年5月28日(木)
(5月のジュリ)

<本日、私が住んでいる地域に、ものすごい雹が降りました。雹が積もるなんてところ、初めて見ました。グリーンピースよりも大きかったです。直径1cmくらいです。停電になりました。使用中のパソコンも突然に電源が切れました。パソコンは大丈夫でしたが、上記の期間のメールを失ってしまいました。同時に他のファイルも失いましたが、みなさんからのメールを失ったことがショックです。ご質問や疑問へのお答えがいくつも届いていたのですが、申し訳ありません>

いつも愛読しているウエブメール「雑木話」からだが、相当ひどい落雷だったらしいね。この日、江東区では音はひどかったが、残雷といった感じで2番煎じはなかった。とっさにパソコンの電源を切ろうとも思ったが、躊躇してしまった。こういう被害が起きるのであれば、やはり躊躇なく電源を切るべきなんだろうね。

天気予報はNHKのニュース番組で見ることが多い。6時、7時、8時45分、9時、12時などである。午後6時「首都圏ネットワーク」では、いまや、NHKの顔となっている、キュートな美人、鈴木菜穂子アナ、達者なしゃべりで注目の気象予報士、関嶋梢に会えるのが楽しみである。7時「ニュース7」では、天気予報にオジサンに人気の気象予報士、半井小絵が登場する。豊満なバストを地味な服装で隠し、番組の終わりに、やや藪にらみ的な表情で笑顔を作り、うなずくような仕草で画面を見詰めるのがいとおかし、である。

9時「ニュースウオッチ9」、キャスター青山祐子はスポーツニュースからの顔なじみで、明るいキャラクターと人怖じしない度胸の良さが魅力だったが、最大の欠点はよくトチルことだった。いまや出世して、看板番組のキャスターを張るようになったが、きょうは幾つトチルかを数える楽しみがある。天気予報の場面では、堅実で的確な気象予報士、平井信行とのからみがいい。

ところで、コチトラなどが「天気予報」といっていることを、NHKでは「気象情報」として報道していることが最近になって分かった。気象情報は関係行政機関、都道府県や市町村へ伝えられ、防災活動等に利用されるほか、報道機関などを通じて地域住民へ伝えられる。一般的に天気予報と呼んでいるもので、正式には「府県天気予報」という。「府県予報区」を地域ごとに細分した「一次細分区域」単位で、毎日5時、11時、17時に発表され、天気が急変したときには随時修正して発表している。

ハイブリット

豊洲新市街平成21年5月26日(火)
(豊洲新市街)

世界的不況の中でで、自動車メーカーが苦境にあえいでいる。アメリカのビックスリーほど壊滅的な影響は少ないけれど、後退なんてあり得なかったトヨタ神話がもろくも崩れ去ったことも印象深い。ただ、ガソリン危機で、さんざ煮え湯を飲まされた消費者のハイブリット・カーに対する関心は薄れていないことが救いとなっている。

トヨタ自動車が5月中旬に発売する新型プリウスが、発売前1カ月にもかかわらず、受注台数が1万台を超えた。ハイブリッド車をめぐっては、ホンダのインサイトが発売後1カ月で1万8千台を受注して注目を集めているが、「先輩格」のプリウスは低価格路線に転換したことで、猛烈に巻き返している。 政府も登録13年未満の車の買い替えや新規に車を買う場合も、省エネ自動車を買えば普通車で10万円、軽自動車で5万円を助成する方針だ。10年度燃費基準より15%以上燃費がいい車が対象だが、新車の4割程度が該当するという。

車を運転しなくなって久しいので、このような報道を見ても、心は動かないが、アメリカの例を見ても、基幹産業の再生は官民一体とならなければ成果が上がるはずもなく、おそまきながらだが、政府のバラマキ政策の一つが土ツボにはまったのは
ご同慶の行ったり来たりである。それはともかくとして、都バスにもハイブリット・バスが走っているのをきのう初めて知った。普通のバスよりも車高が高く、天井上にラックを背負っているようなごつい車体のバスである。

アイドリング時の音が騒がしくなったような気がする。乗り心地が格別よかったという感想はないが、バス内の座席の配置が変わったことは分かった。通路が三段式になり、最後尾の席がやや高く設定されている。見晴らしがぐっとよくなったが、つまずきやすい老人は遠慮しろという暗黙の命令なのかもしれない。排気ガスうんぬんといえば、信号が赤になると運転手はエンジンを止める。走り出すときスターターを回すのだが、一発でかかる。車の技術が進歩したのだろうが、道路上でエンストをした経験のある人なら、走行中にエンジンなんか切って大丈夫かなあって思う人も多いと思う。


 

さらせん

はしりのアジサイ平成21年5月24日(日)
(はしりを迎えたアジサイ)

第一生命が22日発表した「サラリーマン川柳コンクール」のベスト10で、妻の体形を、人気歌手グループとアニメ映画の名前を使って嘆いた作品が1位に選ばれた。今回は「朝バナナ 効果があったの お店だけ」(4位)、「胸よりも 前に出るなと 腹に言う」(9位)など、健康や「メタボ」にまつわる4作品がベスト10入り。一方で、「久しぶり ハローワークで 同窓会」(2位)など不況やリストラを嘆く作品は、2作品だった。今年2月に選ばれた入選100作品を対象に人気投票が行われ、全国から約10万票が寄せられた。

 ◆ベスト10◆

 第一位 しゅうち心 なくした妻は ポーニョポニョ 

 第二位 久しぶり ハローワークで 同窓会 

 第三位 ぼくの嫁 国産なのに 毒がある 

 第四位 朝バナナ 効果があったの お店だけ 

 第五位 やせたのは 一緒に歩いた 犬の方 

 第六位 「ストレスか?」 聞かれる上司が その原因 

 第七位 コスト下げ やる気も一緒に 下げられる 

 第七位 「パパが(・)いい!」 それがいつしか 「パパは(・)いい」 

 第九位 胸よりも 前に出るなと 腹に言う 

 第十位 篤姫に 仕切らせたいな 国会を )

大ヒットとなった宮崎駿監督のアニメ映画「崖の上のポニョ」と人気ユニット「羞恥心」をもじって、太る一方の妻を皮肉った作品が1位に選ばれた。不況を反映し、「久しぶり ハローワークで 同窓会」(2位)、「『ストレスか?』 聞かれる上司が その原因」(6位)、「コスト下げ やる気も一緒に 下げられる」(7位)など、厳しさを増す雇用情勢や、切羽詰まった職場の様子を描いた作品が目立った。

またダイエットや健康ブームの影響を受けた作品も上位に。「朝バナナ 効果があったの お店だけ」(4位)、「やせたのは 一緒に歩いた 犬の方」(5位)など、思い通りにやせられない現実を嘆く作品が人気を集めた。政局の混乱に嫌気が差して大河ドラマの主役に期待を託す「篤姫に 仕切らせたいな 国会を」(10位)も入選した。

毎年恒例のサラセンだが、年々マンネリ化しちゃって、鮮度が失われているのは残念だね。サラリーマン総受難の大不況のさなか、世の中をおちょくる姿勢も、迫力も減退しているのはしょうがない。まず、自分の身が危ないんだから、呑気に他人や世相をからかってはいられないもんね。

暇潰し

エゴノキ平成21年5月22日(金)
(エゴノキ)

ここ数日、真夏日か夏日といった具合で、気温が高く、陽の光が一段と強い。といいつつも、インフルエンザ騒動に巻き込まれたくないから殆ど出掛けない。だから、身をもって熱さを感じるというより、へー、そんなもんかなってな感じである。
我が家は風通しがいいから、陽の入ってこない午後なんか、まるで秋のような涼しさである。

例によってウツラウツラしていたら、開きっぱなしの網戸越しに、ベランダが騒がしい。そっとのぞいてみると、スズメの番がやってきて、チュンチュンとお喋りに夢中のようだ。そういえば、毎日のようにやってくるのだが、用心深いスズメのこと、ちょっとでも音をたてると逃げてしまうから、その実態を見ることはなかった。花の蜜を食べに来ているのか、水を飲みに来てるのか、興味があったけど、、どうやら涼しさを味わいの来ているらしい。

最近、パソコンの動きが重くて仕方がない。パソコンを開くのにもえらく時間がかかるし、インターネットを開くにも、マイドキュメントを開くにも、同じような現象が起こる。どうも、そのいちいちの動作をウイルスソフト「ノートン」が生真面目にチェックしているのだ。職務に忠実で、それはそれで有難いことだが、有難迷惑のきらいもなくはない。とにかく万度イライラさせられるし、なんとか防ぐ方法はないものか。

姑息な手段だが、一つイライラを解消できる方法を見つけた。パソコンを閉めるとき、スタートから終了オプションを押すが、「スタンバイ」「電源を切る」「再起動する」の中から、通常は電源を切るを押してパソコンを切る。これの繰り返しだと、そのたんびにノートンが自動スタートして、ああでもない、こうでもないとチェックを始めてしまい、イライラさせられるわけだ。

そこで、終了オプションを押し、「Shift」キーを押しながら「スタンバイ」を押すと、色が変わって「休止」となる。これを使うのだ。既にチェックは終わっているから始動もスムース、できれば、「休止」にする前に開いていたインターネットの一つを「最小化」しておくと、インターネットを開くにも、ゴチャゴチャしたチェックを免れるから、スムースに移行できるのだ。姑息な手段であることに変わりないが、毎朝、パソコンの前に座ったときの不快感を考えると、ちょっと憂さ晴らしをした気持ちにはなる。

祭り

三社祭平成21年5月20日(水)
浅草・三社祭(東京新聞より)

江戸三大祭りの一つに数えられる神田祭のハイライト、神輿宮入が10日あり、神田明神の境内へ氏子町会の神輿約100基が代わる代わる練り込んだ。午前9時ごろ、トップバッターの外神田地区から一町会ずつ神輿が入場。拍子木の音を合図に、軽快なおはやしとともに、大勢の氏子たちが「セイヤー、セイヤー」と掛け声も威勢よく前進した。おはらいを受けると、次の町会が入れ替わりに練り込み、大勢の見物客が詰め掛けた境内は夕方まで祭りのにぎわいが続いた。

2日目を迎えた浅草神社の三社祭は16日、氏子44カ町の町内神輿約100基が街に繰り出す「町内神輿連合渡御」を行った。今年の神輿は、集合場所が浅草寺の改修に伴い狭いので、南部、東部、西部の三方面ごとに時間差で集合。それぞれ神社でおはらいを受けた後、町内巡行へ。そろいのはんてん姿の老若男女が町自慢の神輿を担ぎ上げ、「エッサ、エッサ」と威勢のよい掛け声を響かせた。浅草のシンボル、浅草寺の雷門のちょうちんも折り畳まれて、神輿の行列に“主役の座”を譲った。

浅草神社の三社祭が17日最終日を迎えた。今年は「本社みこし宮出し」が復活、みこしが街を練り歩く「渡御」も行われた。午前6時、祭りを仕切る宮頭の音頭で1本締めをして「一之宮」「二之宮」「三之宮」のみこし3基が同時に境内から繰り出した。怒号飛び交う中、約1万人の男らがみこしを担ごうと「担ぎ棒」目がけて突進。約1トンのみこしが前後左右に揺れ動き、勇壮な祭りは最高潮に達した。

三社祭は、同好会と呼ばれる担ぎ手がみこしに乗る騒ぎが増加。2006年には一度に16人が乗り、担ぎ棒が折れた。昨年は本社みこし宮出しと渡御が中止された。境内を出たみこしは夜、44の各町会を練り歩いた後、神社に「宮入り」した。主催する浅草神社奉賛会などによると、今年は御輿に担ぎ手が乗るなどの行為はなかったという。

ずいぶん迷ったけど、今年も二つともパスしてしまった。大好きな祭り見物だけど、体力的に追いかける自信がいま一つ欠けていた。昨年は呼吸疾患で5月26日に2週間入院したし、1昨年も突発性胃潰瘍で10日ほど入院した。この時期、いわゆる木の芽時には、必ずといっていいほど、肉体的変調を来す。今年はなんとか乗り切れそうだったが、例のインフルエンザ騒動、まだ東京には上陸していないようだが、人一倍、この手の流行にとりつかれそうな体調だから、じっと我慢の子を決め込んだ。

記録

ハマナス平成21年5月18日(月)
(ハマナス)

「四月一日」と書いてわたぬきと読ませる名字がある。陰暦では四月一日を「綿抜きの朔日(ついたち)」と称していた。文字通り衣替えで、綿入れの着物から綿を抜く慣習に基ずいているからだが、「わたぬき」という名字は、この故事に由来しているようだ。「八月一日」と書いて「ほずみ」、「八月十五日」と書いて「つゆり」と読ませるのも、同じような故事に由来しているらしい。

また、まるで判じ絵みたいな名字の付け方もある。「小鳥遊」と書いて「たかなし」、「月見里」と書いて「やまなし」とはこれいかに?「鷹がいないから小鳥が遊べる」、「山がないから月見がきれいだ」、言われてみれば、その通りだけどおかしな名字だよなあ。明治時代になって、初めて名字を許された士農工商の士を除く人たちの混乱状態がよく分かるねえ。

二文字の熟語で一文字目を音読み、二文字目を訓読で読むのを「重箱読み」、反対に一文字目を訓読で読み、二文字目を音読で読むのを「湯桶読み」という。重箱とは、何段か積み重ねられた食物を入れる箱であり、かつてはお節料理や行楽によく使われていた。重箱読みの例を挙げると、重箱、音読み、額縁、客間、経木、金星、 工場、役場、残高、桟橋、新顔、雑木、台所、反物、団子、賃上げ、頭突き、番組、 本棚、本屋、豚汁、香醋などで、後半が濁音化する例が多く見られるようだ。

湯桶読みは「湯桶」のように、ある語の前半を訓読みで、後半を音読みでする読み方のこと。湯桶とは、湯や酒を注ぐための容器のことであり、かつてはよく使われていた。湯桶読みの例を挙げると、合図、相性、朝晩、雨具、 粗熱、粗利、返り点、株券、小兵、白菊、敷金、高台、手本、手数、手帳、鶏肉、荷物、野宿、豚肉、見本、湯茶、夕刊、甘食、遅番などがある。

日本の歴史に限らず、世界の歴史は、君臨した権力者の側で書かれたものが、いまでも厳然として残っている。とりわけ日本では、万世一系の天皇家なんてのはまったくウソッパチだし、戦後、熊沢天皇が出現するなんて出来事は、予想できないことではなかった。聖徳太子の存在も曖昧だし、南北朝の合一にしたって、非常に不自然だ。いずれにせよ、日本の統一は朝鮮の新羅王朝と高句麗出身の亡命者たちによる権力闘争の感が深いし、その争いは戦国時代まで続いている。宮内庁が未だに仁徳天皇陵などの天皇御陵の発掘を拒否しているのも、むべなるかな。

そんな昔にさかのぼらなくても、維新当初、日本政府を率先統括し、版籍奉還、廃藩置県、地租改正などの施策を実行した西郷隆盛の失脚にしたって疑問だらけだし、満鉄事業部の実態や真相などでさえ、未だに解明されないままである。朝敵として屈辱に塗れた会津藩の無念も歴史の闇に閉ざされたままである。なにせ、藩閥政府に不利になる記録や書類は、ことごとく焼却処理され灰燼に帰している。



読書三昧

バラ平成21年5月16日(土)
(バラ)

読書三昧というと、ちと大袈裟になるが、テレビのゴールデンタイムに見たいものがないと、テレビを消して読書にふける。テレビのことだが、最近では、合間に放映されるCMの多さに辟易され、CMの煩わしさがないNHKの5系統をもっぱり見る習慣がついてしまった。民放はどの番組でもくだらない内容で大袈裟に騒ぐ手のものが流行っているが、これなんか単なる騒音にしか過ぎない。ま、クイズ番組以外は、民放はほぼシャットアウト状態である。

ところで読書だが、イケショウなど、主立った作家の時代小説はほぼ読み終わったと思っている。そこで推理小説や時代小説の新人・中堅クラスに範囲を広げている。ただ、彼らについてはどういう作品があり、どんな内容なのかが分からない。そこで、活用するのがアマゾンだ。例えば、山本一力と検索すると、かれの全作品が次々と出てくる。書評欄が充実しているので、それを熟読し、ある程度の候補を絞る。次にブックオフを開き、同様な方法で、カレの全作品を出し、気に入ったもので古本で買るものを抽出する。

ブックオフは合計1500円以上の買い上げは、送料無料となるから、1500円をめどに購入本数を決める。文庫本で平均300円前後だから、5冊以上となる。中古品の在庫がないときは新刊の文庫本を加え、全部が新品しかない場合は同じく1500円以上だと送料が無料となるアマゾンに発注する。その理由は、原則としてブックオフには新刊がなく、納期が遅れるからだ。アマゾンに新刊を注文すると、週に1回の割合で、注文した本と同傾向の本を推奨するメールが届く。これが、けっこう利用価値があるのだ。いまどんな本が売れているかの情報も入ってくるのも有り難い。

これまで読んだ作家はほとんどが、いわゆる推理小説の範疇に入る作家ばかり。西洋かぶれしていた頃、日本の推理小説をバカにしていたから、っていうことは殆ど読んでいないわけだから、選択の範囲は広い。これまで読んできた作家というと、東野圭吾、横山秀夫、海藤尊、佐々木譲、黒川博行、東直己、垣根涼介、奥田英郎、岡島二人、萩原浩、福井晴敏、真保裕などだが、原則として女流作家は除外している。

一作家当り3−7冊当りをまとめ読みするわけだが、中々当りがこない。つまり、自分なりの評価基準をABCの三段階に置いてみると、A評価できる作品はほんのわずか、ましてA評価できる作家は数えるほどしかいない。A評価は黒川博行、佐々木譲の二人、B評価は東野圭吾、真保裕。選考基準としてシリアス物は嫌いだから、端から除外している。

霞か雲か

ショウブ平成21年5月14日(木)
(ショウブ)

♪かすみか雲か はた雪かとばかり匂う その花ざかり
百鳥さえも 歌うなり♪

「霞か雲か」は明治16年3月に作られた小学唱歌集(二)に取り入れられた曲で、 ドイツ民謡に加部厳夫が訳詞したものである。まだ、文語体全盛の時代に口語体で分かりやすく訳した苦労の程がしのばれる曲である。

「霞」とは、霧や靄、煙霧などで遠くの景色がぼやけている様で、文学表現であり学術的定義ではない。「すやり霞」は、日本美術独特の表現手法だが、画面の随所に“霞”を描き込むことによって、余白的効果をもたらして画面が煩雑になるのを避けたり、同一画面内で複数のシーンを共存させ、シーンからシーンへと自然な形で遷移させるような効果をもつ。元来野山にかかる雲や霞を不定形のもやで表現したものであったが、絵巻物などに多用されるなかで次第に様式化され、一定のフォルムをもつに至った。

大気中の水蒸気は地面近くが冷えることで凝固する。すると小さな水滴となり、空気中を浮遊する、その現象が霧や靄と呼ばれるものだ。で、その違いというと、ともに視界が悪くなる点では共通しているが、両者は水平方向で物の形がはっきり見える距離、いわゆる水平視程で区別される。水平視程が1km未満なら霧、1km以上なら靄になる。「朝靄の中で」と使うときは、意外に遠くまで見える状況といってよい。

視界を悪化させる気象現象には、ほかに煙霧や霞がある。煙霧は靄と同じ視程1km以上で、湿度が74%以下のもの指し、75%以上を靄という。なお、霞は気象用語としては定義されていない。煙霧というのは、あまり聞き慣れない言葉だが、れっきとした気象用語である。煙のようにに立ちこめた霧や靄をいうが、著しくロマンを欠く用語だ。雲、雷、霧、霞、靄、霰、雹、雫、雪、霜、咫∀、霖、電、震、零、霹靂、思いつくまま羅列したが、部首が雨という字、けっこう毛だらけ猫灰だらけ、多いもんだ。

天気予報で気になる言葉がある。時々耳にする鹿行地方という呼び方だ。茨城県は歴史的慣習から、その地域を県西、南、北、鹿行の4つに分けている。鹿行とは利根川の沖積地、北浦の埋立地、海岸埋立地などに造られた鹿島行政区域の略らしい。鹿行地方とは、茨城県の東南部、鹿嶋市、潮来市、神栖市、鉾田市、行方市の5市を指している。

知らなかった

虹平成21年5月12日(火)
(再びニジ・ベランダより)

漢字の部首の一つに「しんにゅう」があるが、この「しんにゅう」も漢字によって「一点」と「二点」とに使い分けをされているとは知らなかった。「道」「遅」「通」「速」「選」など一般の日常生活に使用される常用漢字には「一点しんにゅう」が、「辻」「迂」「腿」「槌」などの常用漢字以外の表外漢字には「二点しんにゅう」が使われている。

しんにゅうは「二点」が字形といわれているが、日本では戦後に定めた当用漢字(現在は常用漢字)は一点とした。そのために一点と二点が混在するようになったという。常用漢字の見直しを進めている文化庁の文化審議会は、新たに常用漢字に追加したいとする191字の中に「謎」「遡」「遜」の3文字を入れ、二点しんにゅうのままにするという。

そうなると大変なのは学校などで、大混乱が生じそうだ。児童や生徒から一点と二点が混在している理由を聞かれた時に、先生はどう答えるのだろうか。疑問はつきないよねえ。ちょっと調べてみたが、前記「辻」などや、遡及、謙遜、謎以外にも急遽、逗子、逍遙、逼迫、遁走、釈迦、急遽、遡及などがある。知らなかったねえ、もっとも間違いではないようだが、分かってみれば気になるよなあ。

愛媛、岐阜、大阪、栃木、埼玉、日本の都道府県名の中で、愛媛の媛、岐阜の阜、大阪の阪、栃木の栃、埼玉の埼は普通には使わない特殊な漢字である。おかしな話だが、普段使われてないから、常用漢字には入っていない文字もある。つまり、常用とはいっても、固有名詞(人名・地名等)を対象としないから、このほかにも、「藤」「岡」などは含まず、「個々の事情に応じて適切な考慮を加える余地のあるものである」とある。

栃木については面白い話しが残っている。そもそも、栃木という県名は栃木町(現栃木市)の名をとったものだが、この栃木という表記は誤字がそのまんま正式な都市名と県名になったという珍しいケースなのだ。そもそも、当時の漢字には栃という文字は含まれていなかった。だから、栃木県が成立した当初はトチギは「橡木」、あるいは「杤木」と表記されていた。ところが、県の役人が県の公式文書に「杤木」と記そうとして「栃木」と書いてしまった。それがきっかけとなって「栃」という字が使われるようになった。混乱期故の出来事だが、笑っちゃうね。
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