コジゼラ

よもやま話を雑文で

2009年10月

遭難

hibiyakouenn平成21年10月30日(金)
(日比谷公園)

伊豆諸島の八丈島近海で24日から行方不明だったキンメダイ漁船「第1幸福丸」(8人乗り)を捜索していた第3管区海上保安本部は28日午前、現場海域で転覆している船体を発見した。船内から同日昼ごろ、3管の潜水士が男性3人を救助した。救出されたのは、いずれも甲板員の宇都宮森義さん(57)、早川雅雄さん(38)、鳰原貴光さん(33)。3人はヘリで八丈島に運ばれ、町立八丈病院に入院した。病院によると、3人とも脱水症状はあるが、意識ははっきりしていて会話もできているという。

世紀の大救出劇だったが、転覆した船底に残っていた酸素を吸いながら救出を待っていたという。救出時を報道するNHKヘリコプターによる報道写真はまさに出色のできだった。臨場感溢れる上に、ピントがしっかりと合った鮮明な撮影が目についた。しかし偶然とはいえ、3人が九死に一生を得た理由の一つと考えられているのが、自然の摂理だったという教訓には驚かされた。

狭い密室に取り残され、限られた酸素を吸い合い、二酸化炭素を排出しているわけだから、命運は尽きかけていたはずだ。それが元気で発見された大きな要因が自然の摂理だったのだ。足下に迫りつつある波が二酸化炭素を吸収し、泡立つ波が酸素を供給したという。この循環により新鮮な空気が供給され、あとは気力と体力だけ、3人がお互い励まし合えたのもよかった。

ところで、この記事を読んでいて、救出された甲板員の一人、鳰原(にゅうはら)さんって、ずいぶん変わった名前だなって思ったね。最初、鳩原さん、つまり「きゅうばら」さんと間違って読んでいたが、考えてみれば、鳩は「九ー鳥」と書くが、こちらは「入ー鳥」と書くから「にゅうばら」さんとなる。

鳰は「にお」又は「にほ」と読み、カイツブリの古名。におどり。[季]冬。カイツブリ(鳰)とは、カイツブリ目カイツブリ科に分類される鳥類の一種。全長は25cmほどで、ヒヨドリと同じくらいの大きさ。目は黄白色で真円に近く、小さく黒い瞳を持つ。季節にかかわらず、くちばしのつけねから目の前方まで黄白色の線が入る。日本では公園の池などを含む多くの川・湖・沼等に生息していて、古くから「にお」と呼ばれている。多くの地域で1年中みられる「留鳥」だが、寒い地方で繁殖する個体は冬には温暖な地域へ移動する「漂鳥」である。

ついてる

日比谷公園平成21年10月28日(水)
(日比谷公園ガーディニングショー金賞受賞作品)

迷走台風による寒波で、おとといは終日、篠つく雨、気温もぐっと下がり肌寒い一日だった。一夜明けたきのうは一陽来復、ガラリと変わって、朝から雲一つないピーカン、強い太陽の光が目にまぶしい。きょうは朝から縁起がいいと思っていたが、出掛けてみて、さらにその意を強くした。

っていうのも、バスの一番前の特等席に座れたこと、そして、バスが走り出すと、まさにノンストップ走行、とにかく信号に引っかからないのである。むろんバス停には止まるわけだが、そのマイナス部分でさえプラス要因となる。バスが走り出すと、信号が青に変わる。右折ラインに並んだ途端、右折信号が青に変わる。そんな調子で、豊洲交差点、晴海一丁目交差点、月島交差点、勝ちどき交差点と快進撃は続き、勝鬨橋もすんなり通過、最後は鬼門である築地の交差点で漸くストップとなった。

なにせ、この交差点は日本でも有数の渋滞地域、普段では信号待ちが3ー4回は当たり前田のクラッカー、そこをたったの1回待ちで通過できたんだから、つきも本物だ。銀座4丁目、数寄屋橋もスムースに通過、西銀座6丁目でバスを降りる。シャバダバダー、スカっとさわやかコカコーラ、ファイト一発オロナイン、気分爽快、ルンルン気分で歩き出す。いつも不機嫌そうな顔してハンドルを握っている運転手さんも、心なしか、唇がほころび、上機嫌のようだった。そりゃそうだろう、こんな幸運なんて滅多に味わえるもんではないものね。まさにモーゼの十戒の再現みたいなもんだもの、イヤー応えられない快感だったね。

話はガラリと変わる。見るとのなしに見せられているCM、ここんとこ無闇矢鱈と目につくっていうか、耳障りなのがニッサン・デューダのCM、「おかいどき」という言葉をしつっこく使う。たんびに「おかいどく」の間違いじゃないかって思わされる。たった「き」と「く」の違いだけなんだけど、「お買い時」と「お買い得」では、意味はかなり違うだよなあ。どっちが正しいのか、いつも思案にふけっちゃう。

さて、きょうの御利益っていうと、なにがあったっけな。日比谷公園でいい写真が一杯撮れたこと、晩飯のおかず、イカフライが滅法うまかったこと、深夜に見たイングランド・サッカー、マンチェスター・ユナイテッドとリパプールのまれに見る激闘、快い寝覚め、そんな程度であったけど。

消毒薬

銀座八丁目平成21年10月26日(月)
(銀座八丁目)

土曜日の午後、歩行者天国になった銀座八丁を撮影しながら、銀座八丁目の「天国」を過ぎた当りで、淵石につまづいて、片膝をついた。転んだという感覚はなかったが、膝の辺りに生暖かいものが流れ出した。幸い 始発のバス停が近かったので、やってきたバスに乗り、奥の席でズボンを上げてみたら、ステテコは既に真っ赤に染まり、膝の辺りから血が噴き出していた。手持ちのテイッシュで強く抑えていると、バスが走り出す頃には血も止まっていた。久し振りの同窓会でビールを飲み過ぎたのが、大量の出血とは無縁ではない。

さて、再三にわたり、奇跡の消毒薬、赤チンに対する郷愁を述べてきたが、10月24日付朝日新聞be「サザエさんをさがして」に興味ある記事が載っていた。本文は下記に掲載するが、この記事を読んでいて、そうか、すっかりオキシフルのことを忘れていたって気がついた。あの無色無臭の強烈なヤツ、赤チンの強烈な赤さの陰に隠れて、記憶の断片から消え去っていたのだ。そうそう、あの強烈な痛さといったら、忘れられない記憶だったが、都合の悪い事ってけっこう記憶に残っていないのも事実である。

1954年8月18日記載のサザエさんの場面で応急処置の消毒薬として使われているのは、過酸化水素の水溶液「オキシドール」だ。画面のワカメの真の恐怖心は、いまの子には分からないかもしれない。無色無臭のオキシドールを塗ると、酸素が分解して傷口がブクブク泡立つ。その酸化作用に殺菌力があるのだが、元々の傷の痛みを数倍増幅するぐらい、しみた。それでのたうち回った幼児体験があると、無意識にオキシドールを目のカタキにする習性が身についてしまうようだ。

今時の消毒薬は当たり前のように無色でしみない。この消毒薬の無色「激痛」時代と現在の無色「無痛」時代をつなぐのが「赤色無痛」時代。つまりいまや見る影もないマーキュロクローム液、通称赤チンの黄金時代だった。原料のマーキュロクロームを精製水で溶かした2%溶液を25ミリリットル入りガラス瓶に詰めて売り出したのが、世田谷にある零細企業「三栄製薬」だった。全国の大手メーカーも参入し、家庭用救急箱に赤チンが常備された60年代後半に、月産最高4万本を記録した。

だが、70年代初めに水銀を発生する原料製造から国内メーカーが手を引き、赤チンは一気に淘汰されてしまった。だが、三栄製薬だけは、いまでも僅か月産2000本ばかりだが、原料を海外から輸入し手間暇掛けて製造している。当然利益はない。社長はこう語る「最初の製品は我が子も同然でね、愛着も深いのです」。しかし、中高年世代の万能薬信仰は、いまなお廃れきっていないらしい。「かって、赤チンは魔法の秘薬でした」という郷愁まじりであったり、手に入りにくい赤チンを冷蔵庫に保存し、後生大事に使っているなど、愛用者からの便りも時折、届くのだという。

きびす

日本未来館平成21年10月24日(土)
(日本未来館)

「きびすを返す」という言葉がある。これは引き返すという意味だが、同じように「きびすを接する」という言葉は聞き慣れない。きびすとはカカトのことで、漢字で書くと同じ踵という字になる。きびすを接するとはカカトが接するほど次々と人が訪れるという状態をいう。これが転じて物事が次々と起こるという意味になった。「きびすを接するほど友達が結婚していく」といった風に使うそうだ。なんだかピンと来ない使い方で、たとえ使ったとしても相手には通用しそうもないね。

「こむら返り」と「ハムストリング」はどう違うのか調べたら、こむら返りは、こむら即ち脹ら脛の筋肉がひっくり返ることをいうそうだ。ともに同じような状態だが、痛めた箇所が太腿なら肉離れ(ハムストリング)、脹ら脛ならこむら返りということになる。ところで、「脹ら脛」って、すねのこと、脛ってどこになったんだっけ。

「五臓六腑にしみ渡る」なんていうが、五臓六腑とは人間の体の中にある内臓の事で、五臓とは、心臓、肝臓、肺臓、脾臓、腎臓、六腑とは、大腸、小腸、胆、胃、膀胱、三焦。「五臓六腑が煮え返る」「五臓六腑にしみわたる」というように、腹の中という意味にも使われることが多いようだ。ところで三焦とは、漢方で、三つの熱源の意で、上焦は横隔膜より上部、中焦は上腹部、下焦はへそ以下にあり、体温を保つために絶えず熱を発生している器官とされ、呼吸・消化・排泄をつかさどるという。「三の焦」と書いて「みのわた」ともいう。

「臍で茶を沸かす」はおかしくてたまらない、ばかばかしいほど滑稽である、笑止千万である、などの意。主に、嘲りの気持ちを込めて使う、例えば、「ちゃんちゃらおかしくて、臍が茶を沸かすぜ」。大笑いして腹が捩れる様子を、湯が沸き上がるのに似ているとして言われた言葉という。臍といえば「臍をかむ」という言葉もあるが、これは臍(ほぞ)を噬(か)むと読み、どうにもならないことを悔やむことで、自分の臍をかもうとしても、口が届かないところから転じたことば。

「へそくり」は臍繰り金の略。紡いだ麻糸を環状に巻いた手巻きを「綜麻」といい、綜麻を繰る内職で貯めた金が「綜麻繰り金」だが、この綜麻が同じ意味の臍と混同されたらしい。一方、江戸時代に銭を臍に巻き付けた胴巻が語源ともいわれている。この場合は臍の場所に納め、必要なときに繰り出すという意味になる。

階段

お茶の水平成21年10月22日(木)
(新お茶の水駅の長いエスカレーター)

我が家は4階にあるが、いまでも当たり前のように外階段を上っている。頭ん中にはエレベーターに乗ろうって気は起きてこない。さすがに4階にたどり着くと、息切れがして一息入れたくはなるけどね。ま、これは例外として、やはり年のせいだろうなあ、外へ出た時、とりわけ駅の階段を上るのがしんどくなった。古い設備のまんまの山手線や私鉄、特に都営地下鉄は深いとこを走っているから階段も多い。

都営三田線の白山駅、ここの階段を上るのがしんどい。小石川植物園にあまり行かなくなったのも、ここの階段と小石川の坂の上り下りがきついからである。駅の出口の階段をクリアーすると、まず「蓮花寺坂」を上ることになる。この坂、一見するとなだらかそうに見えるが、どうしてどうして、だらだら坂が長々と続き、体力を消耗する。続く「御殿坂」は急な坂道だけど、下りだからどうってことはないが、帰路はこれが地獄の一丁目と化す。実際はそれほどオーバーではないにしても、坂の多い街はやはり敬遠したくなるもんね。

やはり坂の多い谷中、根津、千駄木は好きな町ながら、何となく足が遠のいてしまうし、小石川植物園にしても、行けば来てよかったと思えるホームグランドでありながら、ついついご無沙汰してしまうのである。先日にょうぼと出かけた、地下鉄月島駅出口の階段もきつかった。にょうぼは逆に階段を上るのは平気だが、降りるときは手すりにつかまって、ソロリソロリと降りてくる。つまずいて何回か転んだことがあるからだ。コチトラ降りる方は大丈夫だが、最近は用心して、両手をポケットに入れる習慣や駆け降りるなんてバカなことはしなくなった。

気持は若いつもりでも、鏡を見れば、おい、これがオレの顔かって、自分でもびっくりするくらいっジジー顔だし、おっかない顔になっている。だけど、不思議だねえ。外で写真を撮っていると、どういうわけか、誰か(っていうより圧倒的の多いのが図々しいオバチャン)が近づいてきて、シャッターを押してくれって頼まれる。それが当たり前のような顔で来るから、必ずお断りすることにしている。断るときはこの顔が有利になるのは当然として、なぜ頼まれるんだろう。花を撮っているときに表情が無心だからだろうか。そうだとすれば、つまり、好ましい顔に見られてるんなら、これからは恐縮しながら頼まれたら撮ってやろうかな。

デジカメ

ボサギク平成21年10月20日(火)
(ボサギク)

最近町中を歩いていると、若い女性が首からデジカメ一眼レフを首からぶら下げているのが目につく。また公園などに行くと、中年女性が重い一眼レフを首からぶら下げ、片一方の手にはやはり重そうな三脚を持っている。本格的装備だから、さぞかし立派な写真を撮れることだろう。一眼レフが10万円を切るようになったし、軽いデジカメ一眼レフが5万円前後で買えるようになったんだから、マッコト有り難いことだ。

一眼レフ願望はずっと以前から持っていたが、価格が高いのと、交換レンズの取り替えが面倒ということもあって、ずっとためらっていた。そこへ価格の下落と、軽く小さいデジカメ一眼レフの登場である。まさに、待てば海路の日和とは、である。大きく心を動かされたが、やはり従来通りデジカメ1本で行くことにした。高級なカメラを使えばもっといい写真も撮れるだろう。だけど、それじゃあ面白くない。自分のデジカメの持っている機能をフル活動して、目一杯の写真を撮った方が面白いと結論づけた。

むろん女性が使いこなせそうもない一眼レフを気楽に持ち歩いている事への反感もあった。最近よく知ろうと写真家の投稿や展示会を見ることがあるけど、圧倒的に女性からのそれが多い。むろんいい写真も多いが、あーあ、あんな高級機を使ってこんな程度の写真かよ、なんて思ってしまう。しょせん、引かれ者の小唄みたいなもんだけど、

コチトラ、いま使用しているのはリコー、1000画素、F3,2,7倍ズーム、1CM接写などが主な仕様だが、いまのカメラがリコーの4台目、リコーのチョット玄人っぽい仕掛けややむにやまれない奇妙な愛着があって、リコー1本で来てしまった。しかし、リコーさん、毎年新機種を発表し、翌年春には改良型も発売するから、とてもじゃないけどついて行けない。だから、春の改良型または秋の新機種の発表を待って、前年度の格落ち製品を購入することにしている。発売当初5万円近いものが2万円前後で手に入るのだから、こんな嬉しいことはない。

このカメラ、いろんな仕掛けがあって、興味がつきないが、まだまだマスターしていない部分が結構ある。だが、なんといっても圧巻は1cmまで近寄れる接写の威力である。また、7倍ズームを駆使したマクロ撮影も、ぼかし効果がきれいに表現できる。弱いのは動きと室内撮影で、孫ジュリなんか元気一杯に駆け巡り、踊り回るから、しかもムスコの家の照明が暗いから、ずいぶん無駄打ちもする。ま、何枚かグッドショットがあればいいんだけど、撮影後の手間に一苦労する。

投稿川柳

医科歯科平成21年10月18日(日)
(日本医科歯科大学・お茶の水)

今日も天気がいいので、午後から出掛けるかって思ったが、朝から不愉快なことがり、そんな気持ちも吹っ飛んでしまった。ブログを書く気力もすっかり失せてしまった。申し訳ないが、ネットサーフィンで、近頃流行の投稿川柳から選んでみた。

毛髪川柳コンテスト
「ストレスか 遺伝か それとも運命か」
「ああ無情! メタポな身体に 痩せた髪」
「シャワー後に ビックリ! 日焼けもバーコード」
「生え際が 先生追い越す 同窓会」
「昆布好き 味よりなにより 髪のため」
「父の日に 毎年違う 養毛剤」

「住まいづくり川柳」コンテストより「マイホーム 買ったつもりが ママホーム」
「いつの間に 妻が現場の 監督に」
「間取り見て 寝室別と 知る夫」
「ローン組む 時だけ主役の 世帯主」
「コウノトリ 急遽間取りを 変更し」
「夢巨大 頭ひねらす 狭い土地」

大阪弁川柳コンテストから
「えべっさん あんたもメタボ 気いつけや」
「あらへんの 地球を冷やす 冷蔵庫」
「団塊は これからでっせ やりまっせ」
「あほやなあ 言うて一緒に 泣いてはる」 
「残しなや アンタのせいで 肥えるんや」

キッチン周り川柳コンテスト
「愛情で 美味しくなるほど 甘くない」
「キッチンで 妻の機嫌が 音になる」
「米とがぬ 嫁はせっせと 爪を研ぐ」
「手伝うよ 嬉しさ100倍 手間2倍」
「なに食べたい 聞いたくせして 作らない」

大掃除川柳コンテスト
「ノーメイク 妻の気合いが 伺える」
「おばあちゃん 指示するはずが 主戦力」
「粗大ゴミ きょうのあなたは 貴重品」
「上司より 僕を使うの うまい妻」
「大掃除 透かして捨てる のし袋」

いい夫婦川柳コンテスト
「医者よりも 看護師よりも あなたの手」
「花嫁の 父の涙を 母が拭き」
「人混みで 母の手を取る 父が好き」
「秋の夜 残りの一口 妻に注ぐ」
「いまだから 愛しているより ありがとう」

コジーの愚痴川柳
「ネタ不足 ネット駆けずり 息をつく」
「あきれちゃう あれだけ寝たのに まだ眠い」
「昼下がり 閑ばかりなのに やる気なし」 
「誰だっけ 聞いたそばから 忘れてる」
「二人して テレビ見ながら いびき競り」
 

金斗雲

枝川平成21年10月16日(金)
(枝川)

きょうは朝から雲一つないいい天気。ゆうべ最後のタバコを吸ってしまったから、
朝一番で近所のコンビニへ。なにせ朝日に輝く風景など、滅多に撮ったことがないから、カメラをポケットに。朝日をまぶしがっている枝川交差点周辺を無作為に撮りまくった。やはり夕日に比べると朝日は数段と冴え渡って見える。天気晴朗なれど波高しなんていうけれど、一体どうなっちゃったんだろう。頑固一徹、決して自己主張を下げないあいつ、朝からやけにご機嫌麗しく、結局3回も呼び出しがかかって、快便を連発、こんなことって滅多にないから、コチトラ嬉しいやら、悲しいやら、どうしていいか戸惑ってしまったね。

やはり、きのう1万歩以上も歩いたことが好循環をもたらしたのだろうか。今日は左右の脹ら脛がパンパンに張って痛かったけど、好天でじっとしていられず、きょうも7000歩も歩いちまった。そして帰る早々、3度目の呼び出しがかかったのだ。やはり人間の身体ってうまく出来ているんだなあ、血液の循環が良くなって、痛いところはあるものの、心身とも爽快に歩き回ってきた。

それにしても、ここんところ便秘がずっと続いていて、黄門様との激烈な闘いはほんとに辛気くさかった。今日の状態では、これにて一件落着と相成りそうだが、あの強烈な相手だから油断もスキマもない。依然として激しい闘いの日々が続くだろう。その闘いに臨んで嘆く心境を表したのが、以下、列記した現れては消える、ことわざの数々と二字熟語及び喩えの羅列である。

「待てば海路の日和なり」「急がば回れ」「乾坤一擲」「臥薪嘗胆」「隔靴掻痒」「金城鉄壁」「運賦天賦」「優柔不断」「意気消沈」「沈思黙考」「割れ鍋に閉じ蓋」「撃ちてし止まん」「一心不乱」「一進一退」「金科玉条」「一瀉千里」「難攻不落」「八方塞さがり」「打つ手なし」「心頭滅却」「一意専心」「頑固一徹」「艱難汝を玉とす」「新陳代謝」「起死回生」「一気呵成」「運鈍根」「合運気運」「武運長久」「鼓腹撃壌」。

孤独、絶望、敗戦、降参、悪魔、焦燥、不運、不快、不満、不信、苛々、悪寒、気合、圧力、力感、辛抱、我慢、希望、努力、念力、快感、恍惚、忘我、満足、抵抗、打破、怨敵、脱力、落胆、非情、無情、発酵、熟成、腐臭。璽光尊、板門店、水戸黄門、一気通貫、金斗雲、一本どっこ、イヨマンテ、連合艦隊、ソ満国境、チチンプイプイ、金隠し。

雑学ブーム

otedama平成21年10月14日(水)
(お手玉用の犬)

最近の漢字ブームは凄まじい物だが、テレビでも各局が同じようなひな壇芸人を集めて、競い合っている。原則として民間放送はCMの合間に放映されてる感じがイヤでしょうがないから、ほとんど見ないけれど、漢字や雑学番組となれば別腹だ。だけど、同じようなメンバーが争うんだから、興を殺がれるのも当然だが、ややマネリ化しているのも事実のようだ。

漢字といえば男性なら宇治原史規、やくみつる、女性なら宮崎美子、有賀さつき、雑学は男性なら伊集院光、女性なら麻木久仁子、豊富な知識の持ち主は東貴博など。このような番組がなかったら、宇治原なんて知る機会もなかったね。漫才が本業だそうだけど、華がない上に、面白いギャグがあるわけじゃあない、その下手さ加減といったら、これがプロの話芸かとあきれ返ってしまうお粗末さだ。

麻木久仁子は変に自信満々でふてぶてしいのが厭味だ。レギュラー番組を降ろされ、路頭に迷いそうなときに、まさに神の助け、思わぬブームに恵まれ女王の地位を得た。ま、しかし、一生懸命勉強して知識を習得しているなといった、プロとしての意地みたいなものはある。東大とか京大現役またはOBといった、美人女性がやたらと登場してくるが、この貫禄と自信の前には勝てそうもない。

伊集院光は知識も豊富だが、獲物を見つける猟師のような勘の鋭さが売り物だ。チ−ムの一員として登場する時こそ、かれの真価が発揮される。一か八かの選択が実に的確なのが素晴らしい。宮崎美子は終始控えめな態度で目立たないが、まさに隠れた女王といった存在だ。応用問題に弱いのが愛嬌だが、漢字、雑学知識が豊富だ。これも勉強の跡が歴然と見て取れる。

東貴博は売れない漫才師だったが、一念発起して、雑学に挑戦して猛勉強したらしい。その成果が歴然と出ているが、なにせ、めくら暗記の類、宮崎同様応用問題に弱い。品川庄司の品川は最近、猛勉強を重ね上昇機運にあるが、その機に乗じた要領の良さ、自分の頭の良さを喧伝する態度が、器の小ささを目立たせ厭味となっている。有賀さつきはフジアナの時代はオバカキャラだったが、あまたの人生体験を経て、漢字特に書き取り問題では、王者やくみつるを凌駕する程の実力を付けてきた。ただ、一本調子で、ひねった問題には苦戦しているようだ。

自堕落な日々

RIMG37811平成21年10月12日(月)
(へのへのもへじ)

自堕落三昧な日々を送っていると、覿面に天罰が下される。ちょっと歩くと、足の
筋肉が痛くなったり、下手をすれば指がつったりする。年を取ってくると、筋力が
衰えてくるから、例え散歩でもいい、とにかく足を動かすようにしなさいってよく
いわれているが、とにかく身体をいじめるのは大嫌いと来ている。そのつまらない
信条がたちまちとツケとなって身体に表れるのだ。

歩くのは決して嫌いじゃなかったが、暑い夏とインフルエンザ渦を避けたいという
気持ちが怠惰とシンクロしてしまったようだ。自堕落な日々を過ごすということは
、傍目には楽でいいなあ。なんて思われがちだが、どうして、どうして、けっこう
辛いものもあるんだよ。一日中転た寝をしていればいいが、まだ恍惚の人になった
わけじゃあないから、無聊という名の電車には決して乗りたくはないんである。

ところが、夜中12時を過ぎると、俄然ハッスルしてくる。目は爛々と冴え渡り、
折から放映されるイングランド・サッカー「プテミアム・リーグ」、プロアメラグ
「NHL」、プロゴルフ「PGA」のトーナメント、クラシック音楽会などに見入
る。NHK−BSはとっても紳士だから、ダイジェストなどせずに、試合の最初か
ら最後まで生真面目に放映してくれる。その生真面目さ故に下手をすれば午前4時
まで起きていることになる。間が持たないからタバコもついつい余計に吸ってしま
う。いいことないよなあ、こんな生活してりゃあ。

愚痴はさておき、試合中でよく、きょうはあの選手はハムストリングで欠場してい
るというアナウンス。最近よく聞くようになった耳慣れない言葉だ。どうせヒマな
んだから、インターネットをひもとく。なんのことはない「肉離れ」のことだった
。ついでに「こむら返り」とはどう違うのか調べたら、こむら即ちふくらはぎの筋
肉がひっくり返ることをいうそうだ。ともに同じような状態だが、痛めた箇所が太
腿なら肉離れ(ハムストリング)、脹ら脛ならこむら返りということになる。とこ
ろで、「脹ら脛」って、すねのこと、脛ってどこになったんだっけ。

ハムストリングは太ももの筋肉の総称。ハムストリングの損傷(大腿後面筋の断裂
、肉ばなれ)は、太ももの裏側にあるハムストリングと呼ばれる筋肉群に損傷が生
じた状態をいう。ハムストリングは股関節を伸ばす動きや膝を曲げる動きに必要な
筋肉群だが、拮抗する関係にある大腿四頭筋ほどの筋力はない。ただし、ハムスト
リングの筋力は最低でも大腿四頭筋の60%はないと、筋力のバランスが悪くなって
けがをしやすくなる。ハムストリングの損傷は、短距離走のスタート時などこの筋
肉が急に強い力で収縮した瞬間に起こりやすく、太ももの裏側に強い痛みを生じる

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