コジゼラ

よもやま話を雑文で

2010年01月

りょうま


龍馬が行く」は司馬遼太郎の原作で、龍馬の生涯を闊達に描いた名作だ。司馬史観という物がまだ確立されてなかった頃の作品なので、こうるさくなく新鮮味溢れる傑作だった。さて、NHKが自信を持って送り出した日曜日の大河ドラマ「竜馬伝」が好調なスタートを切ったようだ。茫洋としてつかみ所のない龍馬を福山雅治は好演している。脇を固める香川照之の薄汚さには辟易するところもあるが、画面構成が新鮮で、スピーデイな展開と相まって、今後の展開が楽しみだ。

NHKの大河ドラマをじっと腰を据えて見るのは久し振りで、先代尾上松緑が主演した「花の生涯」、緒形拳主演の「太閤記」以来のことである。マンネリ状態が長かったので、日曜8時台はずっと別のチャンネルを見ていた。最近のNHKはとにかくせこいから、日曜日のこの大河がなんと3回も放映されるっていうの知っていた?つまりBS−hiで午後6時から、BS−2で午後10時から、ご丁寧にも放映しているのだ。だから、8時台に他に見たいテレビ番組があれば、早く見ちゃうか、遅く見るかという選択肢がある。

「龍馬伝」は一般的にも好評のようで、東京新聞でその評価が次のように論議されていた。「トップとして紹介するにふさわしい出来」との声がある一方、「民放の作品が不作なので」という消極的な理由で選んだ部員もいたようだ。

A 映像の質感とか、光と影の案配とか、今までの大河とは違う異質な作品。“定番”に挑戦する姿勢を買った。

D 深みのある映像が撮影できるという「プログレッシブカメラ」を、大河で初めて使っているそうだよ。

B 映画を見ているような印象なのはそのせいか。主演の福山雅治はやはり華があるね。

C 柔軟でおっとりしている“草食系竜馬”が新鮮。竜馬といえば男くさい、豪快、暑苦しい。しょせん男がほれる男でしょ、と思っていたが、これなら女性も共感できる。

B 香川照之らがしっかり脇を支えているのも好発進につながったか。

E 香川の存在感はさすがだけれど、「坂の上の雲」でも似たようなポジションを演じていて、ダブり感は気になる。

D 内容は別として、番組宣伝の多さにはへきえきした。見てもらいたいという気持ちは分かるけれど、度が過ぎれば不快に感じるものなのに。

民間療法

銀座八丁平成22年1月28日(木)(銀座八丁)

民間療法っていうと、けっこういい加減なものも多いようだが、バカにできないものもある。喉に違和感を感じたり、クシュンとクシャミが出たときなどに効果的な素人療法が紹介されていた。その一つ、コーラに生姜のスライスを入れて温めて飲む。コーラの糖質がエネルギーになり、元気が出て風邪が吹っ飛ぶそうだ。二つ目、片栗粉に黒砂糖を入れ熱湯で溶く。ほんのりと甘くとろみのある湯で、「特に喉が痛いと思ったときによく効く。三つ目、ホット牛乳に生姜、風邪の引き始めは食事を抜くと胃腸が休まり免疫力を存分に発揮できて悪化しない。でも、栄養不足になりがち、その点この方法は胃腸も休まり栄養もとれる。

年末から三が日にかけて口内炎で悩まされ、ようやく完治したと思ったら、また再発し、食事も満足にとれなくなった。思案熟慮の末、まあ、そんなの大袈裟でもないが、取り敢えず歯医者へ行ってみた。そしたら、「歯をちゃんと磨いていないんでしょう、これは歯肉炎ですよ、いまクリーニングしますからね」「先生、薬はないんですか?」「もう大丈夫ですよ」、やけに自信満々の態度、一応信用することにして家に帰ったが、その晩も痛さは変わらず。なんだ藪医者め、もう二度と行かないぞ、って悪態をついていたが、翌日、まずベロの痛さが治り、唇の裏側のパンク状態も肉が盛り上がっている。

ヤブだなんていってしまい、いささか心苦しかったが、取り敢えずはほっと一安心。内科へ行って治療してもらう決心だったが、これをご破算にして、願いましてー。高級スーパーでちょっと高目の弁当を買い、豊洲の海辺っていうか川のほとりの指定席(といっても階段だが)で、群がってくるスズメを追っ払いながら、二日振りの白米にかぶりついた。いやーうまかったのなんの、普段感じたこともない米の甘さを実感したね。滅多に食べない白身の魚もうまかった。やはり健康が第一だなあ。

最近欲求不満なのは出掛けるところがないこと、とにかく花の類がまるでないから、どうしようもない。風景写真って余り関心がないし、高層ビルばっかしの風景なんて,撮る気にもなれないし、やたらと多い他人の赤ん坊や犬っころにもまるで興味がない。とにかく早く春になってくれないと、欲求のはけ口がない。

雑餉隈


福岡県に雑餉隈という地名がある。「ざっしょのくま」って読むんだが、流石ニッポンは狭いようで広いねえ。各地になんでこんな読み方をするの、なんでこんな字を当てるの、なんて思ってしまうような奇妙奇天烈な地名とか駅名がある。まずは次のまっことくだらない散文を読んで頂きたい。この稚拙な文章の中に、数多くの地名・駅名が隠されている。

「ある日、山ん中、若いおなごがしっけからおたのしげに、おおくそをたれているのを、木のはさまからつつぬけにのぞき見た。いさ、わらうないとこらえて、あのうくそうずのおわいをしっかり見届けた。なんじゃいと思う間もなくすんじゃったが、そのくさみにこっといあせりしが、あっそと見る間もなく、頭がはげておにゅうとなった」

さて、このつたない文章を地名に置き換えてみよう。
「ある日、山ん中、若いおなごが「尻毛」から「大楽毛」に「大湫」を垂れているのを、木の「?山満」から「甘一」に「及位」見た。「石原」「笑内」とこらえて「穴太」「草水」の「大饗」を「尻労」見届けた。「南蛇井」と思う間もなく「住道矢田」が、その「朽網」に「特牛」「安栖里」しが、「朝来」と見る間もなく頭が「半家」て「遠敷」となった」

尻毛(しっけ・北海道)、大楽毛(おたのしけ・北海道)、大湫(おおくそ・岐阜)、?山満(はさま・千葉)、甘一(つつぬけ・島根)、及位(のぞき・福島)、石原(いさ・京都)、笑内(わらうない・秋田)、穴太(あのう・三重)、草水(くそうず・新潟)、大饗(おわい・愛知)、尻労(しっかり・?森)、南蛇井(なんじゃい・長野)、住道矢田(すんじゃった・大阪)、朽網(くさみ・福岡)、特牛(こっとい・島根)、「安栖里」(あせり・京都)、朝来(あっそ・、半家(はげ・高知)遠敷(おにゅう・福井)。

マイクロソフト


例のサイバーテロの一件を思い起こすと、怒りがこみ上げてくるね。EXのお陰で随分嫌な思いもさせられたし、マイクロソフト社の提供するソフトは独善的で、けっこうイライラさせられる。EXも使わなくなったので、MSのソフトで使用しているのはアウトルックエックスプレスだけになってしまった。ワードは重いし、使い勝手が悪いから、とっくにメモ帳に変えてしまったし、同じく使い勝手の悪かったIMEは、多少の料金を支払ってでも、一太郎のATOKに変えてしまった。

エクセルも中国製のキング・ソフト、スプレッドシートに変えてしまった。エクセルと寸分違わない上に、動作も速く、エクセルみたいにややこしいこともない。積年の望みがようやっと果たされた気がする。OXも一度はファイアフォックスのサンダーバードに変えたのだが、こちらはどうも使い勝手が悪かったので、再利用している次第だ。どこでも見られるウエッブメールも度々悪さをするホットメールからグーグルのGメールやヤフーメールに変えてしまった。

今回華々しく登場したMSのウインドウ7は当初PC市場の救世主として大手各社の期待も大きかったが、前評判とは違い、悪評ぷんぷんのようだ。いま発売されている新型パソコンは、このソフトを搭載しているが、メーカーの思惑とは裏腹に、発売数が思うように伸びていない。一向に代わり映えしていないという理由からだ。そういえば、ウインドウ7の前のソフト、ウインドウ・ヴィスタ」も評判が悪かった。

今回の中国による恣意的なグーグル攻撃も、勘繰れば、落ち目のMS社が密かに行った、ライバル潰しの一環かもしれない。このまま、グーグルの優勢が続けば、マイクロソフトの存在さえ脅かされるからだ。なにせ、グーグルはすべてオープン、しかも基本的には無料提供、MSはコア部分は隠蔽し、しかも有料なんだから、勝負の行方ははなから見えているようなもんだ。

ただ、ファイアフォックスに変えて困惑してしまうのは、やたらと遅くなってしまったことだ。自分の領分を奪われたEXと自社ソフト、エクセル、EXに対しては異常な執念を発揮しているようだ。自分たちのしでかした不始末を棚に上げ、勝ち誇ったように自民党から攻められる民主党と同じ立場だが、ただただジッとガマンするしかないようだ。

◆便乗


すでにお気づきだと思うが、ブログ「コジゼラ」の前に、外国通信社の写真と記事を貼り付けることにした。コジゼラの掲載する写真に苦労する今日この頃だったから、渡りに船とばかり、飛びついたわけである。AFPといえば、かってはAP、UPとともに世界の三大通信社といわれた老舗である。ふとしたこととから、AFPが無料の報道写真を提供していることを知った。一日当りおよそ100件の記事とそれに伴う写真が数枚掲載され、それを自由に選ぶことが出来る。

取り上げた写真が異常に欧米の雪景色が多いと、お気付きの向きもあろうが、これは当方の初歩的ミス、初めのうちは戸惑いが多くて、次々に出てくる写真への対応が分からず、初めの方ばかりを取り上げていたからである。慣れてくると、欧米の写真だけでなく、日本の風物なども掲載されているのが分かった。こちらは時事通信社の提供のようである。ただ、圧倒的に欧米の写真が多いようだから、こちらが馴れるまで、しばらくはバタくさい写真が多くなりそうだ。

産経新聞でも同じような企画を始めているが、使用法がちょっと面倒くさそう、慣れてから徐々に取り上げていくつもりでいる。実を言えば、幾つかのブログの中で、写真を載せていないブログが「あうん」など幾つかあり、記事の短いのが気になってしょうがなかった。それを補完できる写真の提供だから飛びついたわけだが、「コジゼラ」にも便乗してみようという気になった。いずれ手元の写真が充実してきたら、元に戻すつもりだが、こちらの方が悩まずに選択できそうなのでらくちんそうだ。

まあ、便利な世の中になるのはけっこうだが、怠け癖だどんどんついてきてしまうのも困ったもんだ。それと利用できる写真はけっこう多いんだけど、必ずしも気に入った写真が多いとは限らない。不本意ながら、本文とはまるでかけ離れた写真を掲示することも多くなる。その辺のギャップは見逃してちょうね。

サイバーテロ


いやー、驚いたのなんの、ぶっ飛んじゃったねえ。っていうのも、年初めからブログへの投稿が思うようにならない。おかしいなあとは思っていたが、時々起きるブロバイダーの故障なんだと思っていた。事実、「コジバナ」を掲載している「エキサイト」は数日後には直っていたからである。ところが、「コジゼラ」の「ライブドアー」、「あうん」の「ニフテイ」、「コジコジ」の「ヤフー」など主要各社のブログが入力できなくなった。

各社とも、本人確認のため、定期的に投稿前に暗証番号の確認を求めている。当然登録済みの暗証番号を打ち込むのだが、都度この番号は登録されていませんと表示が出て、何度同じ番号を打ち込んでも、その先へ進めない。時間をおいてチャレンジしても全く同じ状態から進まない。

同じ時期、米グーグル社に対する中国政府筋によるサイバーテロに対抗する手段として、グーグルは中国本土から撤退するというニュースが駆け巡った。インターネット・エクスプロラーの脆弱な部分から進入し、マイクロソフト社はその欠陥をまだ補強できずにいるという。対岸の花火みたいな気で居たが、当方にもけっこう影響があるんだということを知らされた。

これはおかしいぞと思っていたら、次のような記事が掲載された。<昨年12月、中国から受けたサイバー攻撃と同じ手口の攻撃を可能にする情報が、インターネットで公開されていることがわかった。米コンピューターセキュリティー大手マカフィーが確かめた。被害が広がる恐れがある。手口は米マイクロソフトの閲覧ソフト「インターネット・エクスプローラー」の未知の弱点を突き、コンピューターに不正侵入したりするもので、グーグルを攻撃したソフトウエアとしてマカフィーが調べていたものと同じだった。マイクロソフトが弱点を修正するソフトを配布するまでやや時間がかかる見通しで「それまで別の閲覧ソフトを使うしかない」との声も出ている>

この最後の部分が気になった。他の閲覧ソフトを使うしかないというくだりである。EX9が発表されて以来、EXを使っているが、それまでは、使い勝手のいいファイアフォックスを使っていた。早速切り替えてみたら、まさにご名答、こちらの方は暗証番号が自動的に記入される方式だから、確りと保護されていて、ようやく愁眉を開くことになった。それにしても、EXの情けないテイタラク、呆れてしまうよねえ。知らない間に暗証番号を消されてしまうんだから。ファイアフォックスを入れておいて良かったって、ツクヅク思い知ったね。

たこ平成22年1月17日(日)
(たこ・豊洲公園)

「コジゼラ」は一日おきに掲載するつもりでやっているんだけど、最近、ともすれば、その間隔も忘れがちだ。以前はにょうぼのチェックがうるさくて、半日も遅れると、「今日はまだ出てないわよ」なんて注意され、慌てて掲載するなんてことも数多かった。ところが、最近ではそういうチェックも梨のつぶて、それにかまけるわけではないが、ついつい失念してしまうケースが多い。

確かに自分なりにマンネリを感じてはいるし、甲斐性が薄れてしまって、物事に対する興味や集中力が希薄になっているのも事実である。ざっくばらんにに言えば、段々と煩わしくなってきたのである。興味ある物を見つけ、その裏付けを取り、文章を書き、写真を精査して掲載する、このテダテが煩わしくなっているのだ。いつまで続けられるか、いささか自信もなくなっているが、頑張ってみよう。

今年は、忙しさにかまけて、べルリン・フィルのジルベスター・コンサートも、ウイーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」を見逃してしまった。そんなわけで、今頃になって、深夜放送で見る羽目になってしまった。ラン・ランのピアノは益々円熟してきて、まさに王者の風格さえ見せ始めている。ラフマニノフのピアノ協奏曲2番は叙情曲の定番中の定番だが、ランランが引き始めると、その興奮度もいや増してくるね。ただ、思うにラフマニノフが作り出すピアノとオケラの駆け引きの絶妙さが、この曲の魅力を見事に醸し出している。

チャイ様の「くるみ割り人形」第2幕をベルリン・フィルがステージで演奏したが、色んな楽器を駆使する姿を見ていると、バレーの名場面が頭に浮かんできて、とても楽しかった。サイモン・ラトルもすっかり貫禄がつき、コンサート・マスターの席に、樫本大進が座っていたのにも感慨を新たにしたね。なんか誇らしい気持ちにさせられたね。

この番組のインターバルに使われているのが、モーツアルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。バックに展開する羊の姿や犬の戯れる姿、終わりに車が車道を走ってきて手前に消えて行くとこで演奏が終わる。毎度見ているのですっかり覚えてしまったが、決して悪い気がしない。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」が大学1年の時、歌った曲だけに感慨も一入だ。朧気ながら原語の歌詞も覚えているんだから、よき時代の記憶の片鱗もまださび付いていないらしい。ラッキー!

ゼラチャン


欧州各地では大寒波が再襲来、中米ハイチ地震では数万人規模の死者、日本では東京地検特捜部による恣意的な強制捜査、世界的には地球、日本だけは人為的、どこか狂っているようだ。さて、こちらの閑人、内外の焦眉とは無関係で毎日閑をもてあましている。だからといって、忙しく動く気にもなれない。完全なマンネリと怠け癖、それに老いの追い打ちがあるんだからやりきれない。昨日できたことが今日できないなんてことを毎日のように経験していて、気分的にも益々老いていくって寸法だ。今日久し振りに寒い中を歩いてみた。ようやく左足脹ら脛の痛さもなくなったみたいだ。治るのに3週間もかかってしまった。すべてがこのテイタラク、嫌んなっちゃうというより、諦めの境地だね。

春先に比べると、冬のベランダはどうしても華やかさに欠ける。いま並んでいる面々はご存じゼラチャンとベコニア、パンジーとビオラだけ。元気に花を咲かせているけど、どうも寂しげな風情が漂っている。何故だろうか?例えばゼラチャン、いずれも大事にし過ぎて古木ばかりになってしまった。年々、幹は臈長けて太くなる一方で、花は年々小さくなる。もうとっくに取り替えの時期になっているんだが、とても可哀相で引き抜く気になれない。近くの園芸店もよくのぞくのだが、類型的な種類しか置いていないし、それじゃあ買う気にもなれない。

一方ベゴニアの勢いは止まらない。ドンドンと羽を伸ばし大きな固まりとなってしまった。ただ、葉っぱばかり増えて花は少くなる一方だ。もう2回も剪定したのに、この育ち用はなんだ。しかも同じプランターに植えた一方のベゴニアは衰えるばかり、鉢の片方が完全に空白となってしまった。これまでも経験していることだが、この小さな世界にも壮烈な競争原理が作用して、民主党が自民党を駆逐したみたいな世代交代が行われている。

そういえば、死んだ振りしていたシクラメンが急に元気を取り戻し、鮮やかな新芽を活発に出し始めた。夏場に日陰で休養させていたのが功を奏したのか、あれよ、あれよの成長ぶりである。一年草の筈なのに、昨年も見事生き残って、前年を越すような蕾を作り見事な花を咲かせた。全然ほったらかしにしてたくせに、まめに肥料をほどこしたり、枯れ枝を取り除いたりしたりしている。3年目の越年も無事成功したようだし、期待に胸弾ませて、毎朝眺めるのを楽しんでいる。

あの頃


以前にも取り上げた「ホテル・ニュージャパン」。義理の妹が結婚式を挙げた頃は、まだ「ホテルオータニ」なんかも出来ていない時代だった。赤坂の一等地にあり、地下には外人や芸能人が出入りする「ニューラテンコーター」、近くに国会議事堂、東京放送、NET、繁華街などがあり、芸能人が頻繁に出入りし、政治家や黒幕たちがニュージャパンに本拠を構え、銀座をしのぐあやしの空間だった。当時、政商、小佐野賢治がオーナーで、政界の黒幕と称された児玉誉士夫が事務所を構え、田中角栄、金丸信、竹下登、小沢一郎などが跳梁跋扈した魑魅魍魎の世界だった。

ホテルニュージャパンは東京オリンピック開催を目前とした第一次ホテルブームの先駆けとして、藤山愛一郎が率いていた藤山コンツェルンが設立母体となり、1960年に開業した。全体の平面構成は、全室から景色が見られるよう意図したものであるが、その結果、まるで迷路のような内部空間となってしまい、後の火災発生時にも避難を困難にした原因のひとつともなった。

藤山コンツェルンの衰退により、小佐野賢治を経て、買収王として知られていた横井英樹がこのホテルを買収した。1982年にホテルニュージャパン火災の発生後廃業、債権者間の利害関係が錯綜し、長い間無残な姿をさらしていたが、プルデンシャル生命がこの土地と建設途中のビルを買収し、森ビルと共同で建設を進め、プルデンシャルタワーとして2002年12月に完成した。

1962年、東京オリンピックを2年後に控えオリンピック委員会と政府は、1日約3万人が訪れると予想される外国人客の受入れ施設確保を計画、財界に打診した所、大谷重工業社長の大谷米太郎がこれを受諾、ホテル建設に着手した。建設地は東京都千代田区紀尾井町の旧伏見宮邸跡地、施工は大成建設。 着工は1963年4月、竣工は翌年8月末、1965年9月1日開業した。

地上17階、客室数1085室という巨大ホテルを、僅か1年半で建設する必要からユニットバスや高性能カーテンウォールなど、数々の合理化工法が取り入れられた。 また、17階という当時最高層のビルディングであるため、後に超高層ビルの基本となる柔構造理論で初めて設計された。 シンボルともいえる最上階の回転ラウンジは直径が45mあり東洋一と謳われた。その回転機構にはかつて戦艦大和 の主砲塔を回転させた技術が応用された。

桃太郎


じいさんは山へ柴刈りに、ばあさんは川へ洗濯に、というくだりが桃太郎の中に出てくる。これは昔の話、21世紀の我が家では、じいさんは、冬の日溜まりを探しては転た寝、っていうより爆睡している。ばあさんはガサゴソと物音を立てながら探し物をしている。買物に行くのに買物リストをメモし、それを忘れて出掛けちゃうなんて、日常茶飯事。だけど、ぼけているのかと思えばそうじゃない、電話の応対なんて、聞くとはなしに聞いていると、しっかりとしている。物忘れの度合いがひどくなっただけかってほっとする。

ジイサンの方はボケは大丈夫のようだが、なにせ怠け者、心身ともに丈夫であるにもかかわらず、何かと屁理屈こいてはさぼりたがる。朝から眠いのは毎晩午前3時まで起きているせいもあるんだが、転た寝が習慣になってしまい、ばあさんが口うるさくないのをいいことに、やりたい放題だ。足が痛いのをいいことに殆ど外へ出ないで寝てばかりいる。これが、どういう訳か、ちっとも飽きないのだ。寝れば寝るほど、眠気が増してくるんだっちゅうから、バカに付ける薬はなさそうだ。そのかわりといってはなんだが、午前12時を過ぎると、俄然眼光が鋭くなり、勇気凛々となる。

バササンもボケのほうは大丈夫のようだが、時々思考がどっかにトリップしてしまい、その間起こったことを全く忘れてしまう。物忘れとは違うようだが、なにせ、自宅で20年近く、翻訳の仕事に携っていたから、その仕事を辞めちゃった途端、どう閑にどう対処すべきかいう戸惑いの真っ直中にいる。閑に向き合うには、それなりの対処法がある。閑に刃向かうのではなく、閑に身をまかせるのである。この呼吸は素人衆には難しいだろうが、達人にとってはわけもないことである。

「時の過ぎゆくままに 身をまかせ」沢田研二が熱唱した「時の過ぎゆくままに」の歌詞(これは亡くなった阿久悠の作詞だったが)のように自然体で時の流れに身をまかせるという境地に没入しなけりゃならない。世俗を捨てた世捨て人のような感覚が必要なんである。なんちゃってね。きょうもまたしても絶好の転た寝日、もたもたしていると、太陽が遠ざかってしまいそう、それではこの辺で、おあとがよろしいようで。
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