コジゼラ

よもやま話を雑文で

2010年03月

花冷え


「あいたたた、のた」、2日続けて外出したツケが早速現れた。寝転がってテレビを見ていて、身体の向きを変えようとしたら、右脹ら脛に激痛が走った。思わずイテテって飛び上がったもんだが、その途端、今度は左足親指当りに激痛が走った。思わぬダブルパンチにのたうち回ったが、膝を曲げたり、足の指を立てたり、思いつく限りの応急措置をしたら、なんとか直ってしまった。最近手の指がつるなんてことはよくあったけど、両足を同時に襲うとは神も仏もないもんだ。

花冷えといえば聞こえがいいけど、きのうは寒かったね。サクラの開花宣言が出てから、2日続きの雨模様、漸く上がったので、どの程度開花したのか気になってしょうがなかった。で、出掛けてきたわけだが、あんに相違してまだ1分咲き程度、ところが、江東区では和船を繰り出して、船着き場は押し合いへし合いの満員状況、北風が吹き荒ぶ大横川を行ったり来たり、花も咲いていないのにご苦労なこった。気の早い連中は前夜の雨で濡れている地べたに大きなシートを敷いて、お花見見物、この寒いのに、なんともおめでたい話だよなあ。

しかしサクラの開花宣言なんか出ちゃうと、ほんと、気が気じゃなくなるね。1年で最も華やかなビックイベントだから、足が痛いとか、下痢気味だとか、足がつるとか、オカチメンコだなどと、ご託を並べる前に家を飛び出したくなっちゃうね。だけど、ホームグランドである新宿御苑にはそうそう行けないだろうなあ。あの広い敷地を歩き回るのはちょっと自信がないね。サブグランドである小石川植物園は到底無理だろうな。あの急坂を往復するなんて大それたことはゼッタイできないだろうし。

「花冷えや剥落しるき襖(ふすま)の絵/水原秋桜子」
「花冷えの闇にあらはれ篝守/ 高野素十」

句面で見ると、「花冷え」とは名言のように思えるが、桜の花が少し開いた時に必ず寒くなるなんて、サイテイ、優雅でもなんでもない。梅の花が咲いた時に寒くなっても、別になんにも感じなかったのに、サクラだと、どうしてこうもショッキングなんだろうか。今年は不安定な天気だから、花の開くのが一時停止するのは許せるとして、また暖かくなって満開になると、土砂降りの雨で散ってしまいそうだ。

カレンダー


弥生3月、我が家の茶の間にぶら下がっているカレンダーは小野竹喬が描く「春」である。画面を横三層に分け天の部分はブルー、人の部分はオレンジ、地の部分はグリーン、いずれも淡い色調で描かれ、画面中央には若芽を伸ばそうとしている、サクラの大木が佇立している。ただ、それだけの構図だが、迫り来る春の歓びが満ちあふれている。京都画壇らしいユッタリとした落ち着きの中で、悠揚たる春の訪れを表現している。とりわけオレンジの配色が鮮やかで目に焼き付く。

小野竹喬といえば、京都画壇の大御所で、竹内栖鳳に師事、同期生にあの華麗な色遣いで一世を風靡した土田麦僊がいる。50歳前後で没した麦僊に対し、竹喬は戦後も日本画壇の重鎮として活躍し、1967年には文化勲章を受章している。

桜を描いた名作といえば、すぐ思い浮かぶのは横山大観の「夜桜」と加山又造の「月朧」だろう。夜桜」は真っ赤に燃える篝火に映える桜と松が織りなす一大交響詩で、絢爛たる構図の中で雅やかな桜が豪華に咲き誇るさまは、限りない幽玄の世界を現出している。その凛とした光景はまさに男性的な叙事詩といえよう。一方「月朧」が満月と臈たけた桜の構図であって、華やかながら、淫蕩で退廃的とさえ感じられる女性の肢体を思わせる色気がある。

コチトラが好きな作品は奥村土牛の「醍醐」である。京都の名刹・醍醐寺三宝院前の土塀のしだれ桜に魅せられた作品である。静謐の中、ポツンと咲いているサクラは朧ではかないが、しっかりと地べたを抑えている。悠揚迫らない中で、その存在感は極めて大きく感じられる。前二者と比べると、スケールの点でも余りにも地味だが、サクラの持つ華やかさと寂しさを見事に表現していると思う。

こんなことを書いていたら、次のような記事が飛び込んできた。<東山魁夷「緑響く」や加山又造の「月朧」「華と猫」など「贋作」4点が、計1億2800万円で売却された詐欺事件の判決公判が16日、岡山地裁倉敷支部であり、篠原康治裁判官は、「贋作」を描いたとして詐欺幇助罪で逮捕、起訴された福井市の画家(65)に、無罪(求刑懲役2年)を言い渡した。絵はあくまで模写として描いたもので、詐欺に使われると知らなかったという画家の主張が認められた。画家の弁護人は「模写は画家にとって普通の仕事。それが罪に問われるなら、画家はみんな犯罪者にされる」と話している>。



さくら咲く


我が家のゼラチャン、数日前の強風で倒壊の危機に瀕していたが、応急処置の結果どうやら再生できそうだ。いつになく花つきがよく、毎朝楽しく見ているだけに、取り敢ず一安心ってとこ。ところで、ところ続きだが、ココントコロ、コジゼラの執筆がままならず、停滞している。好奇心を失っていることも一因だが、なにせ書くことに対して、情熱を失っている。パソコンを開けるのも面倒くさい。要するにスランプ状態なのである。

今回のスランプはいつもに比べると、ちょっと長いようだ。体調不良が加わっているから尚更である。東京はきょうソメイヨシノの開花宣言が出た。これを立ち直りのきっかけにしようなんて考えていたら、明日は真冬並みの寒さになるという。しかも氷雨が終日降り続き、明後日まで続くという。まさに頭から冷たい水をぶっかけられた気がする。もっとも、ソメイヨシノは開花後寒さが続くとツボミを開かないというから、いつもよりは長続きするかもしれない。

昨年まではサクラ咲くと、じっとしていられずに、あちこちと掛けずり回ってていた。だけど、今年はどうなんだろう。そんな意欲が湧いてくるだろうか。新宿御苑は広すぎてバテバテになるだろうし、千鳥ヶ淵は土地柄高低差が多いから、足に応える。さりとて、家にいればすぐに眠くなってしまうから、困っちゃうなあ。

まだ、未整理のマゴや花の写真が1000枚近くある。これも何とかしなくちゃと思いつつ、徒に時を過ごしている。そろそろ決断の時期が迫っている。マイナスシフトをプラスにさせるにはどうしたらいいか。まさに正念場だねえ。

やるじゃない


日一日と春めいてくる。心ならずも、比較的というより圧倒的に引きこもりの生活を送ってしまった。そんな毎日だったが、嬉しいことが二つほどあった。4年目になるシクラメンが今年もまた大量の花を咲かせている。シーズンが終わっても、独特の葉が青々としているのを知り、夏場は日陰に置くなどして養生した結果だとすれば、こんな嬉しいことはない。人間なんて愚かな者で、そうなったらなったで、やたらとかまいたくなり、毎日のように手入れにいそしんでいる。

もう既に家に来て10年近くになるか、茶の間に置かれてきて、たいした手入れもされずにほったらかし状態だったスパティフィルムに、な、な、なんと花が咲いた。それも花茎が勢いよく、ドンドンと伸びて、それも3本、まだ増えそうな気配である。これまた嬉しい出来事だね。一陽来復というけど、心身ともに活気づいてくるね。遅まきながら、水を切らさないように、肥料を定期的に施すなんて、滅多にやらない善行に励んでいる。

しばらく外へ出なかったから、バスの窓から見える風景も随分変わって見えた。途中の小公園や街路樹の木々がすっかり芽吹いている。木場公園ではハクモクレンが満開だった。近づくと、「毎年熱心にオレを撮ってくれる人が、今年は来ないから、ハラハラしながら待っていたよ。満開に間に合って良かった」って、声ををかけてくれた。たわわに枝を膨らませたギンヨウアカシアが重そうに風に揺れていた。サンシュやヒュウガミズキもいまが盛り、ユキヤナギやレンギョウも花を付け始めている。いよいよ春爛漫となってきたなあ。元気出さなくちゃね。

涙もろくて


近頃涙もろくなってどうしようもない。年を取ってあちこちが緩んでしまったのは致し方ないとしても、とりわけ涙腺に緩みは余りにも締まりがない。テレビから聞こえてくる歌声。山口百恵が歌った名曲「秋桜」、歌っている歌手の名前は定かではなかったけど、かなり上手、情感豊かに歌っている。懐かしい歌なので、じっくり聞いてしまったのがよくなかった。涙が止めどなく流れてきて止まらない。

ダレが、なんで、こんなに人を泣かせる歌を作ったのか、それがなんと、あの「さだまさし」だった。最近では音楽家というより、コメデイアンといった趣の強い人って印象だったがね。そういえば、自分の持ち歌である「無縁坂」って名曲も母を歌った泣かせる歌だった。この細かい描写と繊細さ、とても男が想起する感性とは思えない。それにしても山口百恵の凄さがここにあるねえ。和製ポップスの旗頭である、さだまさし、谷村新司、宇崎竜童などが挙って楽曲を進呈するんだから、すごかったんだなあ。

♪うすべにのコスモスが秋の日の
何気ない ひだまりに揺れている
この頃 涙だもろくなった母が
庭先でひとつせきをする

縁側でアルバムを開いては
私の幼い日の思い出を
何度も同じ話 くりかえす
独り言みたいに 小さな声で

こんな小春日和の 穏やかな日は
あなたの優しさが 浸みて来る
あした嫁ぐ私に
苦労はしても
笑い話に時が変えるよ
心配いらないと笑った♪

バンクーバー五輪、女子フィギュアスケート・フリー。自分の名前がコールされるのを緊張の面持ちで待っている浅田真央。直前に滑ったキム・ヨナがノーミスの完璧な演技で高得点をマークしていた。ほぼ絶望的なシチュエイションである。それでも真央チャンは敢然と3回転半のジャンプに挑んだ。成功、そして2回目にチャレンジ、これまた成功、もう泪が流れちゃって、とてもじゃないがマトモには見ていられない。そして3回目のジャンプ、あ!失敗した、そしてエッジを氷の溝に挟んでよろけてしまった。でも、真央ちゃんは一生懸命頑張った。よくやった、もういいよ。テレビに向かって思わず叫んでいた。

これ以上無理すると銀メダルもあぶなくなる。何故なら、母親の急死という悲劇を克服して、ほぼノーミスで頑張ったカナダの選手が好得点を得ている。あとはただただ、無事に滑ってくることを祈るだけ。そして終わった。表彰台に立つ真央ちゃんの顔、可哀相でマトモには見られなかった。こういう採点競技っていうのは、どうしても感情が入ってしまうからやだね。

クレジット


最近テレビを見ていて、おや?って思うことがある。まさかって、この目を疑ったものだった。なんと、あのタモリがこともあろうに、消費者金融の大手「アコム」のCMに登場したことだ。消費者金融も過去の悪行をひた隠しし、あるいはくい改めて、大手銀行の傘下に入り、その看板の影に隠れていい子ブリを始めたのだ。その象徴がタモリのCM起用となったのか。テロップには堂々と東京三菱UHJグループと明記してある。世間体をよくするために、銀行が融資できない相手に迂回融資させるのだろう。アコムに融資することによってダブルの利益を上げることが出来るわけだ。

日本中央競馬会(JRA)は8日、クレジットカード決済で馬券を購入できるシステム「JRAダイレクト」を2011年春にスタートさせると発表した。インターネット環境のもと、パソコンを使って購入手続きをする。購入限度額やシステム利用料などの詳細は今後詰めていく。今のところ利用できるのは、JCBカード、三井住友カード、UCカードの3種類。海外では同様のシステムはあるが、日本国内ではJRAダイレクトが初めてになる。JRAも売り上げ不振が顕著となり、この方法を導入するんだろうが、射幸心を刺激して、悪貨が良貨を駆逐する先例とならなければいいが。

米政府の管理下で経営再建中の米保険大手AIGは8日、日本などで生命保険を手掛けるアリコを、米同業大手メットライフに約155億ドル(約1兆3950億円)で売却することで合意した、と発表した。アリコは日本をはじめ東欧や南米などで事業展開しているが、日本事業が全体の保険料等収入の約7割を占める。米証券大手リーマン・ブラザーズが倒産した直後の2008年9月に米政府の管理下に入ったAIGは、公的資金の返済のため、アリコを売却する方針を表明していた。

AIGは今月1日にも、傘下の香港の生命保険グループAIAを、同業の英大手プルデンシャルに355億ドル(約3兆1950億円)で売却すると発表したばかり。AIGは8日の発表で「アリコとAIAの売却だけで、500億ドル(約4兆5千億円)超相当の公的資金を返済できる」としている。両社の売却で、現金だけで計約315億ドル(約2兆8350億円)を手に入れることになったという。

アリコはなんとなく怪しい保険会社だった。CMではかっこいいことばかりいっているが、いざ、カタログや案内を取り寄せると、やたらと条件がついていて、複雑な仕組みになっている。そのくせ、一度でもコンタクトを取ると、さあ、大変、しつっこく電話勧誘やカタログ勧誘を繰り返す。さて、ご本家「AIG」も気になることがある。経営再建中だというのに、膨大な資金投下が必要となる、イングランド・プレミア・リーグのマンチェスター・ユナイテッドへの広告投資は依然として続けている。 ルーニーやベルバトフなどがグランドを駆けずり回るたんびに、いやでもAIGの3文字を見せられる仕組みだ。

ダービー


第63回日本選手権競輪は松戸競輪場で行われ、村上兄弟(京都)は32年ぶりに兄弟制覇という快挙を成し遂げた。弟の村上博幸が師と仰ぐ兄村上義弘の果敢な先行策に乗り、ゴール直前にチョイ差し、兄を2着に残す完全な兄弟制覇だった。冷たい風雨の中でのレースだったが、ナミダ、ナミダのゴールとなり、村上兄弟の魂がダービーの決勝という大舞台でアツく輝いた。

「キセキが起こりました」表彰式を終え、検車場に引きあげてきた村上義弘は開口一番にそう言った。G?の舞台で兄弟でワンツーを飾り、2着という結果にも満足した表情で語る。「自分の力を出し切るつもりでいたので、迷わず先行した。こういう機会は、そう簡単に実現できることじゃないと思うし、全力を出し切った。今日の2着は負けじゃなくて、二人でGPにという夢に近付いた1歩だと思います」

荒川区立第四峡田小学校では3年生の総合学習で、算盤を授業に取り上げている。それも、単なる算盤計算だけでなく、1桁に珠が10ケならんだものや黄色やオレンジといったカラフルな珠のものなど、様々なオリジナル作品が登場した。算盤を自分たちで作る狙いは位取りを学べることに加え、珠の数や色の塗り分け、計算方法をあれこれ考えることで、算盤の仕組みや構造、昔の人の知恵に興味や関心を持ってもらう意図がある。

今年で創立74年を迎える北区立谷端小学校はコチトラの母校、奇しくも昭和11年創立、同い年である。家から徒歩3分の至近距離だったが、この学校で授業を受けたのは、ほんの僅かだった。太平洋戦争の真っ直中、B29の格好な標的になり、全焼してしまったからだ。戦争が終わってからも、再建されるまで、近くの小学校、中学校の間借り授業が続いた。やっと戻れたのは小学6年の時だった。校長先生の家が小学校に隣接していたこと、正門前に銭湯があったことが奇妙に思い出される。

近年、新しい桜の名所として注目されている多摩森林科学園は八王子市廿里町にある。独立行政法人森林総合研究所・多摩森林科学園は森林の動植物の生態に関する研究施設で、56ヘクタールある園内には、研究成果を展示する森の科学館、多くの栽培品種や全国の著名なサクラのクローン1700本が集められたサクラ保存林、620種の樹木が観察できる樹木園が一般に公開され、特にサクラの時期は多くの人たちで賑う。なお、文中に出てくる固有名詞、峡田は「はけた」、谷端は「やばた」、廿里は「とどり」と読む。

なげき節


早くも今年、桃の節句を迎えてしまった。歳月はいつのまにかというか、当たり前のように日を刻み、ドンドンと過ぎ去っていく。間もなく4月、74才を迎えてしまう。74才?我ながら首をかしげてしまう年齢である。待望の春がやってくるのは大歓迎だが、それとともに、また年を取るというのはなんとも有難迷惑だ。ただ、年を取るだけなら、文句はないが、身体のあちこちに潜んでいたギグシャグが当たり前のように顔を出してくる。

脹ら脛の痛みが遠のいたと思ったら、整形外科医から処方された、痛み軽減の為に張った「経皮鎮痛消炎」がもとで皮膚にかぶれができる。あまり痒いので無意識のうちにかいていると、身体中に傷が出来て、これまた痒くてしょうがない。内科医で処方されたかゆみ止めを塗って、どうやら一安心と思ったら、今度は右手人差し指がつる。なんとかごまかしていたら、今度は足の指もつる。起き上がる際に腰も痛くなっている。要するに身体のあちこちにガタが来ていて、ギーコギーコと不満たらたらなんである。その不満を薬なんかで解消しようたってそうはいかないよねえ。74年も頑張ってきた身体だもん、そのきしみはそう簡単にはとっれないだろう。

久し振りに出歩いてみたら、自然界はとっくに春を迎えていた。ずっと啓蟄の状態で縮こまっていたから、気がつくはずもないんだけどね。カワズザクラの開花に間に合ったのは正直嬉しかった。あの濃い目のピンク、ちょっと毒々しさはあるけれど、やはりウメに比べると派手目だね。そして、オオカンザクラ、やはりサクラの本道を行く正統派、やっとサクラに出会えたってホットさせられた。まだ三分咲きだったけど、華やかさは群を抜いている。

シラウメが咲き誇っている地べたに点々と青い光りが点滅している。なんだ、オオイヌノフグリじゃあないか。小指の先ほどの小さい花だが、一日花。この日一日を精一杯生きようと頑張っている。精緻に考えられた青と白の縞模様、光り輝く白と黒のおしべとめしべ。いつも思うんだけど、愛しいよな、このシャレ模様が。そして、永遠に消え去ることのない奇妙奇天烈な命名、偏見というしかないふざけた名前だ。見るたんび、腹の虫が治まらなくなる。それにしても小さい。この花を正確に写すのは、まず至難の業と言えるね。

桃の節句


きのうは3月3日、桃の節句だった。暖かい日差しに誘われて、久し振りの遠出となった。いまや貴重な足代わりとしてなくてはならなくなった都バスを目一杯利用した。まず門仲へ出て、錦糸町行に乗り換え、猿江2丁目で降りる。ここにある税務署で、確定申告を済ませる。かなり混み合っていたが、申告だけの場合は手っ取り早く済ませる。僅かな金額だが、国民の義務を果たした気になって、気分は至って上々だ。

猿江2丁目から東京駅東口行きバスに乗り、永代橋際で降りる。ここはサクラの走りとなるオオカンザクラの大木が鎮座ましましており、もう咲き出したかどうかが気になっていたのである。しめしめ、もう咲き出している。それも三分咲きといったところか、メジロの夫婦が忙しそうに飛び回って、ついばんだハナビラを落としてくる。久し振りに巡り会った花らしい花だった。交番を挟んで手前にあるカンヒザクラが満開で、その楚々たるアカに惹かれてか、見物客はこちらの方に集まっていて、三分咲きのオオカンザクラは余り人気がないようだった。

隅田川を眺めながら、用意した弁当を食べる。うららかな日差しとたゆとう川の流れ、咲き始めたサクラを眺めながらの優雅な昼食となった。コンビニで買ってきたオニギリだけだったが、こんな時ってなにを食べても美味しく感じるものだ。おそらく今年になって初めて感じた高揚感だっただろう。永代橋をくぐって、反対側二も植えられているオオカンザクラをのぞいてが、例年通り、こちらのほうはまだツボミのままだった。日照の関係だろうか、同時に咲いたことがない。ま、それだけ長く見られるんだからよしとしよう。

永代橋詰めから再び錦糸町行きのバスに乗り、木場駅前で降りる。ここからちょっと歩いて、木場公園を突っ切り、大横川河畔に向かう。おう、咲いてる、咲いてる、見事なピンク色の集団だ。10数年前に移植したカワツザクラが見事大輪の花を開いていた。もうすでに満開状態、一部には葉桜が生え始めた樹木もある。それにしても、まっこと鮮やかなピンク色だ。一見派手なんだけど、なんとなく寂しげに見えるのは気のせいか。マンサクやサンシュも満開だ。いよいよ春がやってきた。体調の悪さも回復し、なんとか春の訪れに間に合ったようだ。

バンクーバー五輪


きょうがバンクーバー五輪最終日、男女アイスホッケー決勝が期せずして、アメリカとカナダの決戦となったのも歴史の必然だろう。とにかく長いようで短かった五輪だったが、冬季五輪は、いままで見たこともない競技が多かったことも事実で、今更ながら新鮮な気持ちで見ることが出来た。今回は街頭で見る機会が多かったが、オバチャンたちの博識ぶりには驚かされた。女子カーリングの試合などを見ていると、周囲にいるオバチャンたちの論評と解説が素人離れしており、見事な岡目八目ぶりにビックリさせられた。

やはり、大会の花はなんといっても、男女アイスホッケーの熱戦だったろう。普段テレビでの観戦が少なかっただけに、氷上の格闘技と称されるスピードと力のぶつかり合いは圧巻の一言だった。とりわけ男子は、世界最強のNHL所属の名手たちが、国別に分かれて激闘するっていう図だから、たまんない光景だったね。ボブスレー、リュージュ、スケルトンなどの疾走競技も、文句ない迫力だった。恐怖に立ち向かう選手の気迫がヒシヒシと迫ってきたね。

いつも思うことだが、NHKの中継となると、練達のアナが揃っているから、下手な解説者は完全に浮いてしまう。とりわけ顕著だったのが女子フィギュアースケートの解説者、八木沼純子だった。その論評は常に後手となり、良かったですねって褒めることばかりで、至って平板、技の巧拙や技術の説明など、苅谷富士雄アナの補足説明のほうがよっぽど分かりやすかった。

カーリングがバカに人気だったのには理由がある。室内の狭い空間で行われているから、競技に没頭する選手の顔がクローズアップされる。競技の流れは大写しされる遠景から見て取れる。しかも解説が懇切丁寧だったから、まるで岡目八目のように、素人でも戦局の判断が出来る。だいたいが冬の競技というのは顔などがゴーグルなどで隠れているのが普通だが、唯一例外なのがフィギャースケートとカーリング。

選手が化粧して試合に臨むゲームなんてほかではみられないもんね。いきおい、見ているうちに選手の吟味も出来、例えば、ロシアのサードは若くて美人だったとか、日本のマリリンが画面に映し出される回数が圧倒的に多かったなど、ゲーム以外の評価も出来るのである。コチトラは英国のスキッパーが好みだったなあ。
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