コジゼラ

よもやま話を雑文で

2010年04月

新宿御苑


アイスランドの噴火も一段落のようで、ヨーロッパの各飛行場に缶詰状態になっていた旅行者も漸くそれぞれが帰国の途とについたようだ。スペースシャトルの山崎直子さんも1日遅れとはなったが、7人の仲間とともに、無事地球に帰還した。そして、きょうは朝からいままでの悪天候が嘘のようにピーカン、だけどそれも束の間、明日からは再び異常気象が始まるらしい。

きのう現在の天気予報では今日から雨が降り出すとのことだったので、昨日思い切って新宿御苑へと出掛けた。昨年秋の菊花展にも行かなかったから、約1年ぶりとなわけで、行こうと決断した前の晩は興奮して眠れないほどだった。ナップザックを何度も点検する初々しさ、たかが御苑くんだりに出掛けるのにそりゃあないだろうというような異常な雰囲気だった。実を言えば、豊洲、門仲、木場、晴海の至近距離から電車に乗って外に出るのは、病院通いを除けば、ほんと久し振りだったのである。

左足脹ら脛の痛さを感じて以来、極端な外出拒否症になっていたわけで、毎日ダラダラと過ごす自堕落な生活を送っていた。しかし、サクラの季節がやってきて、ソメイヨシノはともかくとして、八重桜が咲き出すとなると、流石に血が騒ぎ出す。
初めは豊洲や晴海周辺でお茶を濁していたが、新宿御苑の夢まで見るようになり、遂に意を決して、重い腰を上げたわけである。

行って良かった。本当に良かった。あの広々とした新宿御苑に点在する各種八重桜を求め、足は自然に動く。なにせ、自分の庭みたいだったから、何処になにがあるかはそらんじている。ウコン、ジュズカケザクラ、フクロクジュ、ギョイコウ、イチハラトラノオ、メインのフゲンゾウ、イチヨウ、カンザン、ああ、来て良かった。どれもがまさに満開だった。豪華絢爛、まさにいうことなし、なんでや探れて引き籠もりなんかしてたのか、あまりのバカバカしさに、我ながら笑いが止まらなかったね。

さあ、これで少しは外出恐怖症も駆逐できただろう。5月は厄月ではあるが、これをなんとかクリヤーして、アジサイ、ハナショウブの季節を心ゆくまで楽しみたいね。気がつけば、足の方も坂の上りさえ気を付ければ、文句も言わないようで、やはりそれを理由にして引き籠もりの正統さの言い訳にしていたように思えるね。

不調


パソコンのスイッチを入れると、電気はつくのだが、中々画面が出てこない。漸く出てきたと思ったら、インターネットにつながるまで、またまた時間がかかる。そんな手間が鬱陶しいから、最近では日に1度はいじっていたPCはほったらかす。すると立ち上がりが又悪くなる。この悪循環の繰り返しが色々と副作用をもたらす。

たとえば、メール。しばらくいじっていないと、3−4日分のメールがたまっていて、堰を切ったようにどっと出てくる。その数およそ200通余り。おかしなメールは紛れ込んでいないが、日経各種、アマゾン、ブックオフ、価格コム、NHK、競輪、NFL、各種統計会社のデータなど、メンバー登録している各社からの自動的メールが音を立てて吐き出されていく。最近では内容も録に見ずに、ただ機械的にゴミ箱へ直結させている。

最近張り巡らせている琴線がだいぶ緩んでいるせいもあって、情報収集に対する興味とか関心とかがかなり薄れてしまっている。いつもなら気になる事件なり、事柄がまるでザルで水をすくっているように手の間から落ちこぼれていく。それが分かっていながら平気で見逃している自分がいる。

これまで、朝食を済ませると、パソコンを開き、一通り各社のニュースに目を通し、コジゼラ、コジバナ、あうんなどのブログを立ち上げ、昼まで午睡するという明確なスケジュールがあった。その秩序が全く壊れているのが現状で、花の咲かない時期頃から、それが段々と顕著になってきた。毎日書いていたコジゼラも一日おきになり、それもやがては守れなくなる。食事が済むと、直ちに午睡に突入してしまう怠惰な生活が始まってしまった。

漸く不愉快だった天候も持ち直してきた。そろそろ、プラス志向に舵を切らねばと思いつつも、間もなく相性の全く悪い5月を迎える。今年もなんか起きるのかなあとちょっと不安だ。またまた繰り言になってしまったようだ。年をまた一つ余計に取るのだから、未知の世界への恐怖、つまり老いへの加速度が恐ろしい。

天候不順


鳩山由紀夫首相主催の「桜を見る会」が17日、東京都内の新宿御苑で開かれ、足元に雪が残り小雨が降るなか、著名人ら約1万人が遅咲きの八重桜など約1300
本を楽しんだ。首相は「雨の時に集まってくれる友こそ真の友。皆さんは鳩山政権の『雨天の友』です」とあいさつ。「桜も寒い時こそ美しさを競っている。新政権
も厳しい状況だが改革を前に進めたい」とも述べ、支持率低迷に苦しむ首相が天候にひっかけて心境を語った。

気候の異変が続いている。17日朝、東京都心で降雪を記録した。雪が降った日としては1969年に並ぶ41年ぶりの遅さとなった。強い寒気を伴った低気圧が通
過した影響で、関東甲信地方では、山沿いや内陸部を中心に広い範囲で季節外れの雪となった。横浜市や前橋市、宇都宮市でも雪が降った。イヤア、それにしてもも
の凄い寒さだった。超高層ビルの建ち並ぶ豊洲地区は強烈な風が吹き荒れ、日陰に入ると、まるで真冬のような寒さになる。バスを待つ列の中で、余りの寒さに歯
がガチガチと音をたてて鳴ってしまう有様で、恥も外聞もありゃしない。

そんな寒さにもめげず、春を彩るサトザクラは見事に開花していた。道行く人は寒さ故か、上を見て歩く人は少なく、足早に去っていくが、頭上ではサクラの大輪が
見事に開いていた。まず白いサクラ「イチヨウ」だが、いまがまさに峻、白い花がこれでもかとばかり重なり合って咲く様は、まさに豪華絢爛である。ピンク・サクラの代表格である「フゲンゾウ」は花心がやや赤味を増しつつあり、間もなく最盛期となる。赤いサクラ「カンザン」はのんびりと陣容を立て直しつつあり、間もなくあの大輪
の見事な花を咲かせてくれるだろう。

サクラばかりではない。地上には、色とりどりの鮮やかなツツジの群れ、ライラックの紫の花、真っ白なユキヤナギ、エニシダ、コデマリ、ヒメリンゴ、黄色いレン
ギョウと、淡い緑のオオデマリなどが妍を競うように咲き誇っている。1年で最も華やかなこの時期を、人間のエゴの産物である気候変動なんかに台無しにされたく
はないね。さいわい、きょうは朝からいい天気、しばらく続いて欲しいものだ。

お笑い芸人


23年ぶりにキッコーマンCMで「♪幸せって 何だっけ 何だっけ〜♪」を歌ったタレント、明石家さんま(54)が、今度は女優、広末涼子(29)と一緒に「幸せって 何だっけ?」を歌っている。昨年10月末からオンエアされた第1弾の「キッコーマン 特選 丸大豆しょうゆ」テレビCMは、09年11月度のCM好感度1位に輝いた。第2弾では、パン作り挑戦を動画連載するなど料理が得意な広末を起用し、さんまと初のCM共演を果たす。

25歳差をものともしない名コンビ誕生に、さんまは「大好きな広末涼子さんと一緒に歌うことができて“ 幸せでいっぱい”。なかなかの出来栄えですので、皆様楽しみにして」とコメント。23年前はまだ6歳だった広末は、当時のCMを振り返り「歌と踊りはとても印象に残ってる。その名曲を今回さんまさんと一緒に歌わせてもらえるなんて感無量です」と話した。

既に放映されているが、明石家さんまが広末涼子と嬉しそうな顔をしてヂュエットを唄っている。意外に思えたのが、歌手でもない広末涼子のリズム感ある歌声だった。折からNHKで「龍馬伝」が放映されており、広末涼子も平井加尾役で好演している。さながら、キッコーマンは地の利を得た上に、天の利をも得たという幸運に沸き立っていることだろう。

タレントのなかでは、さんまは嫌いじゃないタレントの一人だが、最近ちょっと鼻についてきた。あの早口でしゃべりまくる様が雑音に聞こえだしてきたからである。番組自体がさんまの番組なんだから、多少の自己主張なら許せるが、最近のさんま、余りにも自己礼賛が過ぎるように思える。島田紳助のように驕り高ぶりが目立つようになると、タレントとしての不快数はいや増してくる。伸助がかねかね威張っているように、かれは週に2日しかテレビに出ない。

画面では毎日のように見かけるのだが、その殆どをたった2日の間に撮りまくっている。各テレビ局のスタッフと出演者を、一堂に集め、伸助の命令一下、時間割を作り、それぞれの番組を作っている。まるで伸助の奴隷みたいなものだ。あとの5日間は、豊富な資金をバックに、最近土地、建物を買いあさっている石垣島で悠々自適の生活をし、時には買収したリゾートホテルにテレビスタッフを集め、ここで録画したりして、宣伝の一躍をかっている。一芸能人にここまで勝手な蹂躙を赦していいものか、不愉快きわまりないね。

あれこれ


美術専門の英国日刊紙アート・ニュースで、昨年世界で開催された美術展の入場者数(1日当り)を発表した。日本の施設が開催した特別展が上位4位までを独占し
た。トップは東京国立博物館の「国宝 阿修羅展」で1日平均15、960人が入場、以下2位は奈良国立博物館の「正倉院展」、3位は東京国立博物館の「皇室の
名宝ー日本美の華」、4位は国立西洋美術館の「ルーブル美術展 17世紀のヨーロッパ絵画」だった。6位に入ったブランスグランバレでの「ピカソと巨匠たち」
(7、670人)など欧米の著名な美術展を上回る集客力の凄さに、不況知らずの日本人と海外で評判になっているらしい。

阿修羅展は不幸にして観覧できなかったが、NHKで再三にわたり、豪華な特集を組んでいたから、十二分に堪能できた。縦横後ろとカメラは縦横に駆け巡り、その
美しいお姿を嘗め尽すように捕らえている。少年から大人へと成長していく姿を、立体的に捉えようとした先人の思いが画面一杯にみなぎっていた。あの可憐な姿を
敢て阿修羅に仕立てた思いとはなんだったんだろうか。それは、憤怒だったのか、憧憬だったのか、憐憫だったのか。今となっては、それぞれ見る人が自分の観点で
判断するしかないだろう。

作家の阿刀田高は1935年東京生まれ、昭和20年8月1日の真夜中に西荻窪の自宅で空襲に遭遇した。焼夷弾で街が焼かれていくのを鮮明に覚えているという。
<焼夷弾の火は燃え移るのではなくて飛びます。片方の家並みがやられて熱で温度が一定程度まで上がると、反対側の家並みに撒かれていた油が一気に燃え上がる>
。コチトラなんか防空壕の中で、恐いというより、あちこちに火の手が上がるのを、きれいだなあなんて感心してみていたわけで、たった一つしか違わないのに、空
襲を冷静に観察しているんだからたまげてしまう。流石小説家として名を上げるほどの人は違うわい。早稲田の先輩らしいが、焼夷弾が飛ぶなんて、古希過ぎて初め
て知ったよ、いやあマッコトお恥ずかしい次第だ。

偏差値

ソメイヨシノ平成22年4月9日(金)
(ソメイヨシノ)

「エッ!?そんな大学あったっけ」。文科省が実施した国立大学初めての「格付け」にはビックリさせられた。日本有数のエリートが集まる東京大学の6位、京都大学の10位を差し置いてトップを飾ったのは、奈良・生駒にある「奈良先端科学技術大学院大学」だった。全くおなじみのないこの大学が91点満点評価で70,00を獲得、2位の滋賀医科大3,75)以下を大きく引き離し、全86大学中1位になったのだ。それにしても、一体どんな大学なのか興味がある。

「1991年に設立されたばかりの新しい国立大学で、情報化学研究科、バイオサイエンス研究科、物質創成化学研究科に1000人余りの学生が在籍している。といっても、大学院大学なので、修士課程や博士課程の院生ばかり。教員は学部生の卒論などを見なくてもいい分、研究のしやすい環境と言える。規模も大きくないから、217名の教員1人当りの研究費は年間734万円と、全国2位にランクされている。産官学の連携に力を入れていることもプラス材料となっている」。この評価によって新年度交付金の配分も変わる。因みに最下位の弘前大学(35,39)はマイナス700万円。国立大学もうかうかしてられないことになる。

ところで、コチトラが大学受験した頃って、やはり偏差値なるものはあったんだろうか。あったとしても、そんなに過大に評価されていなかったような気がする。もっとも中学から私立に入ってしまったから、偏差値なんて縁がなかったのかもね。

さて、親子を悩ませている一流大学の偏差値だが、72,5は慶応の医学部・経済・法科、70,0が早稲田の政経、社学、法科、順天堂、慈恵医大の医学部、67,5が慶応・早稲田の文学部・先進理工、中央の法科、国際基督の教養、昭和大学の医学部、自治医大の医学部、65,0が慶応の理工、早稲田の文化構想・国際教養、立教の異文化コミ、上智の経済と続く。

東大や早慶と言った超難関校の位置づけは変わらないが、新しい大学や学部が増え、大きな地殻変動が起きている。たとえば、早稲田の社会科学部、昼夜開講制だった頃は、他学部と比べて一段下と見られ、入りやすい学科といわれていたが、69年に昼間部に完全移行した途端、人気を集め、偏差値も大幅にアップしてしまった。20年前は偏差値60で、立命館経済や学習院法学部と同レベルだったが、今や慶応文学部や上智法科を凌駕し、早大政経と肩を並べている。

早稲田は07年に第一・第二文学部を「文学部」「文化構想学部」に再編、理工学部も「基幹理工学部」「創造理工学部」「先進理工学部」にわかれた。07年に新設された学部はまだ卒業生を出していないため、まだ未知数だが、早稲田のブランド力によって人気も高く、偏差値も高い難関ではあるが、早稲田と慶応の同じ学部に受かった場合、慶応を選ぶ学生の割合が圧倒的に多いのも事実のようだ。

名産品


食べたい地方名産品

1  六花亭 マルセイバターサンド 北海道
2  とらや 竹皮包み羊羹 東京
3  ロイズ 生チョコレート 北海道
4  福砂屋 カステラ 長崎
5  聖護院 八つ橋 京都
6  草匠三金 萩の月 宮城
7  鳩サブレー 神奈川
8  トラピスト・クッキー 北海道
9  文明堂総本店 カステラ 長崎
10 坂角総本舗 ゆかり 愛知

いつだったか、こんな食べたい地方の名産品ベストテンという企画があった。コチトラ、酒飲みであった期間が長かったため、甘い物特に洋菓子系統のものには全く関心がなかった。ところが時が過ぎ、年を取るとともに、酒類はあまり嗜まなくなり、口寂しさから、無視していた洋菓子にも手を出すようになった。虎屋の羊羹、福砂屋のカステラ、仙台の「萩の月」はどちらかといえば和菓子系統なので、食する機会があれば喜んで味わってはいた。

幸い長男が長崎赴任中の土産といえば、ご存じ福砂屋のカステラか、文明堂のカステラだったし、現在札幌に赴任中の次男が里帰りする際のお土産といえば、六花亭のバターサンド、ロイスの生チョコ、函館のトラピスト・クッキーが定番ということで、これら人気名産品は比較的多く口にしているようだ。鳩サブレーはこども達に喜ばれる逸品だが、コチトラにとっては有難味はない。八つ橋はお土産には買うこともあるが、土産にもらっても絶対口にしない商品だ。あのぐちゃっとした感覚と上品ぶった匂いが大嫌いだ。

絶品は福砂屋のカステラ、あの濃厚な黄色の肌を見るだけで、気分が高まってくる。一切れを口に入れると、濃密な甘さがあっという間に広がり、幸せってなんだっけ、なんだっけ、思わずさんまのCMソングが口の中でハモる。六花亭のバターサンドは中々手に入りにくい商品だが、これは確かに旨い。口の中でバターと甘さと干しブドウの酸味が微妙な味を演出してくれる。滅多に口に出来ないから、この手のものが食べたくなったら、銀座7丁目・ウエストの「ジンジャータルト」か「ヴィクトリア」だ。風味といい、感触といい、おいしさといい、甲乙付けがたい味だ。

ただ、気になるのが10位にランクされた愛知の「ゆかり」という菓子だ。聞いたこともないし、むろん食べたこともない。さっそく調べてみた。クチコミによると<えびせんべいといえば坂角のゆかり、えび本来の味が楽しめるお菓子ではないでしょうか。塩味で誤魔化した、そこいらのえびせんべいとは訳が違います。8枚入り682円と家使いにしては決してリーズナブルとは言えないおやつではありますが、値段だけの価値はあると思います>とあった。

日比谷公会堂


かつてクラシック音楽の殿堂だった日比谷公会堂で、66年前にN響の前身楽団が演奏したのと同じ曲が3月15日、N響によって再演された。公会堂開設80周年記念コンサート「あのときの感動を再び」で、音楽の殿堂の復活を試みる。タクトを振るのは、当時指揮した故尾高尚忠さんの次男で、1月にN響正指揮者に就任したばかりの尾高忠明さん(62)だ。

プログラムは、チャイコフスキー「交響曲第五番」など。太平洋戦争中の1944年3月15日、N響の前身、日本交響楽団が定期演奏会で演奏したのと同じ。当時は2000人を超える聴衆が音楽を求めて集まった。忠明さんは「子どものころ、ホールへ向かう階段を上がると、ワクワクした」と日比谷公会堂での演奏会の思い出を語る。

父が音楽活動での過労で早世したため、母は音楽の道に進むことを望まなかった。だが、中学三年のとき、公会堂でN響のワーグナーを聴き、体に「電流が走った」。指揮者を目指すきっかけになったという。父の記憶はほとんどない。今度の記念演奏会に「おやじの霊と対面できるかも」とほのかな期待を抱く。66年前と比べ、演奏技術は格段に向上しているが、ホールには独特の響きがあり、懐かしい音がよみがえりそうだ。忠明さんは「日本の洋楽の原点に近い演奏会になる。音楽の歴史を感じてもらえればうれしい」と話す。

日比谷公会堂といえば、青春時代を音楽で過ごした者にとっては、まさに夢の殿堂であった。ここで演奏会を開きたいという野望は、音楽を志す者にとっては当然の如く抱いたものだった。いまでも日比谷公園に行くと、いつのまにかその姿をカメラに納めている。当時はコンサートホールでは日本一と称されたものだったが、その後あちこちに豪奢な音楽ホールが建てられ、日比谷公会堂の価値は相対的に低下していった。この前もその前を歩いていたら、某大学の応援団の同窓会が開かれており、時代の流れとはいえ、ちょっと寂しい思いにさせられたね。





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