コジゼラ

よもやま話を雑文で

2010年05月

痛いよう


先日痛いのを我慢しすぎて、大失態を演じてしまったが、この大失態には伏線がある。まずその1だが、痛さの度合いがよく分からなかったこと。ただ、針を刺したところが異常に痛いのと平行するように、古傷の左膝がキューンとばかり骨身に染みいる痛さを訴えたことが起因となった。人間の身体ってちゃんと感覚がつながっているんだなあって、後になってつくづく述懐したもんだった。

さて、その2だが、豊洲の腎クリニックには20床ほどがあって、ほぼ満床状態。初心者であるコチトラはなんとなく周囲に気を遣っているのだが、それでも呆れてしまったのが、あるジジイ、のべつ幕なしに「痛いよう、痛いよう」の連発。毎度のことだと見えて、医師もナースも見向きもしない。コチトラも男のくせになんてだらしないんだろうと思っていた手前、痛くても男なら少々は我慢しようって思っちゃったのもいけなかった。ナースによると、あの内出血の痛さは尋常じゃない痛さだそうで、あのやせ我慢が、この見るのも無残な入れ墨状態となったんだから、どうしようもないね。

辛いのは冷房完備なこと。とにかく寒くてしょうがない。もともと我が家は年に数回ぐらいしか冷房を入れない生活、周囲を開け放しておけば、自然に風が通り抜けて快適な状態になる。そんな生活を送っているから、地下鉄に乗ってもスーパーに入っても冷房には敏感に反応する。だから、3時間も冷房の中で拘束されることは、地獄の責め苦に値する。そして、透析の日はTシャツの上に長袖を着て、さらにもう1枚重ね着し、バスタオルで肩先が冷えないように完全防御している。むろう上掛けは掛かっている。

iPADには悪戦苦闘の上、すでに100曲ほど入れるのに成功した。古いCDばかりなので、銀座の天賞堂で、ラトル指揮ベルリン・フィル「ブラームス交響曲全集」を買ってきた。さすがに録音が新しいせいか驚天動地のような音を出している。マーラーの5番とブルックナーの7番と9番は、けちって1000円版を買ったので、風呂場で屁を垂れてるような情けない音を出している。つまりステレオ録音になっていないのだ。やはり安物買いの銭失いってこのことか。

図書館でも数本借りてきたが、やはり廉価版ばかり。いわゆる緩い演奏ばかりといったところだが、借りたのがブルックナーの4番、8番など、人気のない曲ばかり。それでも手垢にまみれていると思い込んでいたが、清潔そのもの、3時間の時間稼ぎの役には立ってくれそうだ。

近況報告


1ケ月に渉る入院生活を終え、満を持しての退院のはずでありんした。入院生活での体験を面白い可笑しく伝えるべく、草稿も大量に用意し、準備万端のはずだった。だけど、退院して2週間、ちっとも気勢が上がらぬまま、無為な毎日を過ごしている。そりゃあそうかもしれない。体験入院で気楽に入ったのが1ケ月も拘束され、あまつさえ出された結論が思いもかけない透析生活とは!!

しばらくはショックの余り唖然とするばかり。これからの人生が機械相手の牢獄生活とはねえ。週に3回も拘束され、3時間も透析を受けないと余生を送れないなんて、なんて因果な人生なんだろうか。ある程度食べたいものを食べられるようになるという好条件はついていたものの、なるようにしかならないと、悩んだ末、自分を納得させての再スタートだったがね。

スタート早々、2本刺している針の1本から、内出血を起こす事態に遭遇した。余りに痛いので、ジッと我慢の子だったのを恥を忍んで痛いと叫んだら大騒ぎとなり、よくこの痛さを我慢できたわねとおだてられるやら叱られるの大騒動。結果は左の腕が丸太ん棒に太くなり、腕全体が内出血でドス紫に染まっていた。応急処置の結果事なきを得たが、2日ほど、痛さのせいで腕は上がらなかった。

いまじゃ痛みもなくなったが、腕は見るも無惨なクロ紫色のまんま、これがオレの腕かいといわんばかりのミジメな状態。せっかく盛り上げてきた気運も雲散霧氷、目下失意のどん底にいる。と言えば大袈裟になるが、やる気に水を差されたのは事実だ。おとついは透析が終わった直後に低血糖症状。なにせ、やることなすことが初めてのことばかりだから、すべてが試行錯誤、当分は他のことに気が回らない。っていうのもコジゼラ、コジバナなどの原稿執筆どころではない事の言い訳の材料に使いたかったってなこと。

まともな透析生活に間もなく戻れそうだから、そうじゃなくちゃ困っちゃうが、しばらくは合間合間の執筆になることをご勘弁願いたい。目下最大の格闘相手は、透析中の無聊を慰めようとして購入した「iPODnano」(今日売り出したiPADじゃあないよ)、なにせ初めての音楽録音の上に、動作がすべてフィンガー・タッチ。その微妙な感触が年寄りにはシンドイ。それでもなんとかだましだまし使えるようになったのは、まずヨシとするか。取り敢ず近況まで。

ボケナス


1ケ月近く世間から隔離されていると、久し振りに娑婆に戻ってみると、いま浦島といった感じになる。なにせ、生活の殆どが寝たきりといった状態だったから、気になっていた荒れ果てたベランダの水遣りを真っ先に始めたものの、立ったままでいると、すぐに疲れて座り込んでしまう。

それにしてもひどいベランダの状態だった。花期の終わったものと、咲き始めたものとがごっちゃのまま、ほったらかしてきちゃったもんだから、悲惨なものだ。鉢はカラカラに乾き、そのくせ花期をを迎えた花々、特にゼラチャンはツボミというツボミを開いていて、もう既に枯れかけた物さえあった。枯れた花殻をつまみ取るだけでも、幽閉された身にとっては重労働もいいとこ、体力の衰えは隠しようもない。

まあ、たとえまともな身であったとしても、74才という思いもしない高齢に実際鳴っているわけだから、73才で出来たものがもうできないっていうことが意外に多いのである。それのしても、我が家のゼラチャンのすごいこと、あんなにほったらかしにしていたのに、まさに百花繚乱、もっと手入れしていれば、さぞかし立派だったろうにと、後悔ばかりが先に立つ。それでも水をたっぷり降り注ぐと、いかにも嬉しそうに強い香りで応えてくれる。愛しい者よ、それはゼラチャン。

ところで、1ケ月近い世間から隔離された狭い社会だったが、それはそれなりに、色々と話題の絶えないネタの宝庫ではあったね。おかげでブログに書く素材に事欠くことはなかった。とりあえず、見聞きしたことをメモに箇条書きしておく。それを見ながら、内容を膨らましていくという手法で、コジゼラも、ここしばらくは命脈を保てそうである。

まずは透析のことだが、既に3回行ったが、たんび身体がポット温かくなり、命の証が放り込まれる感じがする。あれほど倦怠感の強かった日常に、物に対する関心や、文章を書きたい、写真を撮りたいなどという欲求が勃然と湧いてくる。要するに生き返ったなっていう実感が強くなった。いまは気力だけで体力が伴わないから、全力投球とは行かないけど、いわゆるリハビリで身体を徐々に慣らしていけば、意外に早く社会復帰が出来るかもしれない。この項も水遣りの途中に思いあま合って書きだした次第である。こうした意欲が湧いてきただけでも大収穫だと思っている。

地獄からの帰還


待ちに待った百花繚乱、風薫る5月だというのに、検査入院という名目で、大病院に幽閉され、さんざ検査のたらい回しの挙げ句、宣言されたのは最悪の選択、腎不全のため週3回を透析受けるという地獄への一里塚だった。3週間にわたって、こんな不味い物をよく食えるなあっていう極限状態に追い込まれ、食べたいものをバランスよく食べたいなら透析生活に入りなさいと言う医師のご宣択。飢餓状況に追い込まれ否応無しの選択となった。

この宣告を受託した翌朝の朝食の豪華なこと、3週間ぶりに味わった味のある食事のおいしさ、ボリュームに、餓鬼状態だった身体はたちまち反応してしまい、一種の詐欺的魔術によって、ルビコンの川を渡ってしまったのである。賽は投げられた!!いまさらブツクサ言っても始まらない。透析生活へ否応なく投げ込まれてしまった。家から40分かかる病院へ透析を受けるため、週3回通うなんて地獄の沙汰だと思っていたのが、まあ、幸いなことに、自宅からバスで2分足らずの豊洲駅前の腎クリニックへの転院が可能となった。

一般的に透析受託者の生存率は約10年、我が身の置き換えてみれば、まあ、84才まで生きられるということを保証されたわけで、後顧の憂いなく、あと10年生きられる訳だから、有り難いといわざるを得ないね。そのためには週3回3時間の透析を受けることになるわけだが、その空白な時間をどう過ごしていくかが当面の大きな課題となった。約1ヶ月ぶりのご帰還となったわけだが、世の中の騒がしいこと、日の光の眩しいこと、足腰の弱っている我が身には、いささか辛い復帰第一日だった。
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