コジゼラ

よもやま話を雑文で

2010年12月

大つもごり



なんにもしないうちに、この1年もあっという間に過ぎていった。
きょうはおおつもごり。
あまり使わない言葉だが、妙に寒々しくて、なんか滑稽味もある。
さすが、夜ともなれば身を刺すような寒風が吹き荒び、
他人事ではない、年末を実感させられるが。

だけど、全国各地が大吹雪に見舞われ、元旦も雪なんて報道を見ると、
東京だけが、暖かい日差しに恵まれているのは、不公平な気がする。
今年に限らず、台風が来れば逸れてくれるし、
炎熱地獄も豪雨も竜巻も、逃げていってしまう。
なんか東京だけが仲間はずれにされている感じ。
高いところから眺めれば、自然界が敬遠したくなるような、
やばいことが現象が発生しているようだ。

なにもしないまま、慌ただしく過ごした1年だったが、
個人的にはかなり厳しい年だった。
これからは融通無碍な行動がかなり制約されるだろう。
ま!それもいいか。
与えられた環境に順応し、調和して生きていくのも悪くはない。

さすがにウサギのように、ピンピンと跳ね回ることは無理だろうが、
頑張ればなんとかなるだろう。
それでは、良いお年を。

年の暮れ



2010年も終わりに近いというのに、にょうぼの40年来の友人が亡くなった。
にょうぼ、一時は茫然自失の体だったが、訃報を友人達に伝える大事な仕事も残った。
訃報が本人であるという事実は悲しことだが、現実は冷酷なものだ。
一頃は、新聞の訃報欄を見て、年齢が70代だと、ドキっとさせられたが、
いまじゃあ、現役真っただ中というんだから、寄る年波には勝てない。

2010年というのはゴロが良くて覚えやすい年だったが、
あっという間に終焉を迎えてしまった。
個人的には色々あって、どちらかといえばブルーの年だったが、
世情的にも、世界経済が生きづまって、閉塞の年であった。
やりきれない事件が多発した年でもあった。

それにしても、いままでに記憶したことがなかった暑さだった。
世界中で異常気象が続き、農業国ほどダメージが多かった。
日本みたいに中途半端な国でさえ、大きなダメージを被ったほどだから。
地球壊滅の先駆けがはっきりと現れた年だった。

明るい話題としては、ご贔屓、ジャイアンツが優勝を目の前にしながら、
失速てしまったことだった。これは逆説的いいかただが、
あれだけ投手陣が壊滅的打撃を受ければ、さもありなんと思える。
しかし、あの横暴な読売新聞の傘下にいることが不幸の始まりだった。

楽興の時



ショパン生誕100年の今年、世界各地で記念演奏会が開かれている。
記念すべき今年、5年に1回開催されるショパン・コンクールで優勝したのはロシアの女性ピアニスト、ユリアナ・アヴデーエワだった。
女性ピアニストの優勝は、アルゼンチン出身のアルゲリッチ以来45年ぶりだそうだ。
優勝のご褒美の一つに、NHK交響楽団との共演があり、早々と来日した。演奏したのは受賞曲、ショパンのピアノ協奏曲だった。

大きな目をした小柄なピアニソトだが、25才という年齢に見合わない、落ち着いた熟練さを発揮し、NHK交響楽団相手に堂々の演奏をしてみせた。
時には演奏しながらオーケストラをリードするような仕草もみせ、余裕綽々といった演奏だった。
小さなミスタッチもあったが、あの程度ではご愛敬だろう。

N響とはテレビの画面を通して20年近いおつきあい、その間メンバーの入れ替えもあったが、見慣れたメンバー達も、応分に年を取っってきた。
コンサート・マスターの堀正文が、今日の演奏会、アヴデーワの後ろに何度も映っていた。
若い女性との対比だから、尚更そう思ったのだろうけど、随分年を取ったなって感じた。そういえば指揮をしたシャルル・デュトワもめっきり老けた。

試用期間を終えて、樫本大進が天下のベルリン・フィル・コンサートマスターに正式の就任した。
楽団員3分の2の承諾を得るという難関を突破したんだから、たいしたもんだ。
まだ若いんだから、前途洋々といえる。
ただ、あの身体を前後に大きく揺するオ−バーアクションをなんとかしないと、目障りだろうね。

ある日



今日は清々しい朝で始まった。
まるで早春を思わす爽やかさである。
ベランダを点検すると、
なんと購入したばかりのゼラチャンに虫がついている。
旺盛な食欲で、葉を食い散らしている。
独特の異臭がするゼラチャンだけに、異様な気がしたが、
殺虫剤をタップリとお見舞いした。
園芸店からのとんだクリスマス・プレゼントだ。

パソコンをオンして、ベランダへ出たのだが、
まだガチャガチャやっていて、中々開かない。
インプットしてある幾つものソフトがレベルアップと称して、
勝手に動き回っているのだ。
もうこの段階で、インターネットをいじるのがしんどくなる。
むろん、コジゼラを含めての話だ。
とにかく、うちのパソコン、開くまでに時間がかかりすぎる。

相変わらず自堕落な生活を送っている。
医師は歩け歩けというんだけど、
北風ビュービューの外には出たくないね。
自宅で少しばかりだが、筋肉のストレッチをやったら、
重かった左足が上がるようになった。
小春日和のうららかな光を浴びながら、
ストレッチしているほうが、精神的にも健全と思えるね。
そのあとには転た寝というボーナス付だけにね。

ものぐさ



立つているものを横にもしない。
すべてが面倒くさい。
動くのも面倒くさい。
立って歩くのはトイレに行くとき、
上げ膳据え膳で食べる3食の時のみである。

毎日好天が続いているけど、
やれ、北風が冷たいの、足が痛いのなどと
難癖を付けて、外に出ない算段をする。
快食快便、肉体の方はほぼ完璧なのに。
なんという自堕落な生活だろう。

とにかく眠い。
横になると、あっという間に爆睡状態となる。
目覚めては寝るの繰り返し。
寝るのが楽しくてしょうがない。
目が爛々と輝き出すのは、午前12時過ぎ。

例えば、ある日。
9時起床、9時半朝食、10時半転た寝、
12時半透析開始、3時半終了、その間爆睡。
4時軽い昼食、5時帰宅、7時まで爆睡。
7時半夕食、8時からテレビ視聴、その間転た寝。
10時半、機能が動き出す。12時深夜放送視聴。
4時就寝。

およそ13時間眠っているわけだが、まだ眠気が覚めぬ。
ああ、やんなっちゃうなあ、驚いた。
快食快便、心身充実、一陽来復。
健康な生活を取り戻すのは、正月過ぎだなあ。

怠け心



透析の医師から、毎日30分程度歩くのが必須条件だと言い渡され、これはこれで、願っても叶ってもない条件だった。透析日は家への往復と散歩など、まさにぴったしかんこんと合致する。だけど、世の中は便利一辺倒になっているから、この好条件でも怠惰に負けてしまうのだ。なにせ家の前を頻繁にバスが往来し、しかも、なんということでしょう、そのうちの1路線はなんと病院の前へ停まるときたもんだ。

つまり家を出てから5分後には病院へ着いているって寸法だ。かくして通院に行き帰りは当然のようにバス乗車、ラクチンの罪は徐々に足腰を弱らせている。ちょっと歩けば、足の節々は痛くなり、呼吸は上がる。徒歩で帰るには地獄の1丁目である急坂、朝凪橋を征服しなければならない。坂が急になると足が重くなり、前へ進まなくなる。

まっことウラメシイ橋だが、このままさぼっていては体力が益々低下するのは目に見えているので、最近は帰路だけでも歯を食い絞って頑張っている。ここをクリヤーすれば、あとはスイスイ、ゆっくり歩けばどうってことはない。本当に目に見えるほど急速に体力の衰え、とりわけ下半身の強化が緊急の宿題になってしまった。筋肉がすっかり緩んでしまったからである。

筋肉の強化が簡単にできるというストレッチをはじめたが、たとえ緩めでも、長い間さぼっていたツケは如何ともしがたく、たちまち、そこここの筋肉が悲鳴を上がる。文字通り3日と続かずダウン、ちょっと体調も悪かったが、体を動かすことが面倒だったのも事実だ。とはいえ、毎日歩き、ストレッチを続けるのが最良の方法、毎日苦難の日が続く。

追記:実態はこんなひどくはないけどね、ちょっとオーバー目に書いてしまった。いずれにせよ主曰く「怠惰は最大の罪である」っていったかどうか。

氷雨



今日は朝からシトシト氷雨が降っている。
いやあ閑だなあ。ヒマを通り越して、全身がマヒしてしまっている。
斯くなる時は伝家の宝刀、「転た寝」の巻をひもとくしかないんだが、
余り使いすぎたので、伝家の宝刀も刃こぼれが目立ち、単なる凡刀に成り下がってしまった。
確かに偶に使うから効果があるんであって、こう毎日じゃ居眠りも楽じゃあなくなる。

閑話休題、先週の日曜日、12月5日は、マゴジュリ3才の誕生日だった。
母親と同じ日に生まれるなんて、ご同慶の行ったり来たりだ。
来年は幼稚園ということらしいが、近頃の児は母親ベッタリに育てられているので、
簡単になついてくれないのがちょっとうらめしい。
もっとも、あまりベタベタとまつわられても、体力的におつきあいできそうもないから、
この程度がほどほどなのかもしれない。

誕生日祝いに先だって、ムスコが八王子の山奥へ墓参に連れて行ってくれた。
しばらくぶりの墓参で、気分がすっきりした。車じゃないと、とても行く気になれない場所だ。
お墓に入っても可笑しくない年齢になって、自分の身に置き換えると、「冗談じゃない。こんなとこに入れられてたまるか」って思いが満ち満ちてくる。
そっとムスコ夫婦に聞いてみると、こんな遠くじゃ墓参も出来ないよ」。
やれやれ、前途は多難だが、死んじゃえば、どこに葬られようと一緒だという強弁も出てくる。
それにしても、いままで無縁と思われたことが、わが身に降りかかってくる年頃になってきたなあ。

師走


穏やかな小春日和に恵まれて、師走が開いた。師走という語句には何かおぞましい響きがあって、あまり好きじゃないが、今年は違った。今年は猛暑が激しすぎて、這々の体でやり過ごしてきた残滓みたいなものである。新しい月、師走を迎えて以来、皮肉なことに連日晩秋の高い空が広がっている。例年ならカメラ片手に駆けづり回っている筈だった。ところが今年は1日おきに、よく晴れた空を恨めしげに見上げながら、透析に通う身分となってしまった。たまたま、この時期は鬱つまり負の時期に入ってしまったから、心身ともまったくグルーミーな気分で過ごしてしまった。

早いもので、透析生活に突入して半年が経過した。たとえ、1日3時間も拘束され、多少は痛い思いもするが、このお陰で、己の生命が生かされるんだからって、前向きの気持ちで取り組んできた。だけど、人間には心身とも表と裏の関係が厳然と存在する。11月を過ぎた頃から裏世界に頭を突っ込みすぎ、なにをやるにも鬱陶しいと感じるようになった。

ブログを書くのも面倒くさい、なにも書けない、新聞や本も読むのがいやだ、外出も億劫だ、パソコンを開くのも鬱陶しい、って具合に負のスパイラルに巻き込まれてしまった。これをようやく克服できたのが、12月初め、ようやく負の構造から離脱できたのだ。おかしいものだね、人間の気持ちなんて。ちょっとしたきっかけで、ガラリと変わってしまう。

っていうわけで、今月初めてのブログ作成と相成った。なにせ10日ぶりの書き物だから、当初から誤字脱字に悩まされ、えらく時間がかかってしまった。指が思うように動かないのだ。読みにくい文面だが、お許し願いたい。
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