2月29日(リュウキョウカンヒザクラ・芝東京プリンス)

「月日は百代の過客にして、行き交う年も又旅人なり」。松尾芭蕉の奥の細道の前文だが、あのいかにも軽重浮薄そうな古舘伊知郎が、どこかのコマーシャルで得意そうにのたまわっているのを、なんとなくバカにしながら聞いていて、あれ、百代は「はくたい」って読むのか、なんて思わぬ余録を得た気になった。テレビ朝日の看板番組「ニュースステーション」が久米宏の退陣により、古館プロジェクトによりお色直しすることになった。軽薄短小、饒舌舌禍のやつがれが重厚肥大な報道番組をどう導いていくのか、興味深いが、得意のバライテイ化で低きに導く、安直なゴーイングマイウエイ驀進ってところか。

百代の過客はともかくとして、今年が4年ぶりの閏年だったことは、たった今知ったばかりだ。なんか得したような、それでいて損もしたような気がする変な一日だ。このオリンピックみたいな一日をなんとか元気に過ごせそうなのは、けっこう毛だらけ猫灰だらけなんだけど、じゃあ4年後も同じような状態でいられるかっていえば、まったく自信がないね。
にょうぼの母がまもなく90歳を迎えるけど、矍鑠としていて元気半杯、爪の垢を煎じて飲ませたい。誰にって、むろん、にょうぼにだけだけどさあ。さすが親子、歩き方、おしゃべり、鼻息の荒さ、血圧の上昇、ひざの痛み、この辺までまったく完全コピー化が進んでいる。ただ、長生きのコピー化についてはどうなんだろうかねえ、コメントを控える。

「そんな騒ぎもあったな」っていうのがコンピュータの西暦2000年問題(Y2K)だったね。大騒ぎした割にはネズミ一匹って感じだったが、大事に至らずよかったよ。「4で割り切れる年は閏年でオリンピックがある。」というわけで、今年もオリンピックイヤーなんだねえ。っていうことはまた2000年問題の再現かっていうとそうじゃあない。ヤフーBBによる個人情報の大量流失なんて事件があったけど、これはあくまで人災でそれも確信犯。

暦の上ではそんな下らぬ間違いを起こさぬようちゃんとできている。「グレゴリウス暦」での閏年の決め方は<1.閏年とは西暦年が4で割り切れる年は閏年。.閏年の例外:上記、1であっても西暦年が100で割り切れる場合は、閏年としない。3.閏年の例外の例外:上記、2であっても西暦年が400で割り切れる場合は、閏年。>

西暦2000年は3の「例外の例外」に該当する400年に1度の珍しい年だった。その辺の4年に1度巡ってくるような普通の閏年と一緒にしてもらっちゃ困るんだな、これが。やっぱ、人類って偉いもんだ。「400年に1度」しか起こらない例外中の例外に対しても、ちゃんと予防措置を執っていたんだからなあ。