アーア、嫌だなあ、また年をとってしまったよ。
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」という、「奥の細道」冒頭の名文句も、ひとしお身にしみる今日この頃なんだなあ。
体力の衰えはそんなに気にならないが、なんといっても容色の衰えにはゾっとするねえ。昔鳴らした美男子のプレーボーイだっただけに、なおさらおぞましい、なんちゃって。なに、ほんの冗談コロコロだけど、こんな軽口を利ける元気さはあるんだってことなんかなあ。

しかし美男子なんて言葉も古いねえ。とっくに骨董入りしている過去の遺物そのものみたいだ。時代劇全盛の頃、長谷川一夫、大川橋蔵、市川雷蔵なんかは水も滴るいい男で、美男子の象徴だったけど、みんな早死にしてしまった。「美人履くめい」(美人薄命)というけれど、美男も早死してこそ値打ちってものがあるんだろうなあ。

サクラがやっと終わったと思ったら、もう古石場親水公園のボタン、根津権現のツツジが満開、引き続き明治神宮のアヤメ、白山神社のアジサイと花一杯の満艦飾である。去年まではただ見惚れていればよかったけど、今年はデジカメ片手だから容易ではない。せっかく撮った写真がピンボケだったりすると、口惜しいからまた撮りに行くことになる。おまけにDOKOMO、ヒト、ヒト、ヒトで溢れ返っている有様、低木の花は構図をきめることさえままならない。サクラだけでも7回も行ってしまったくらいだから、収拾がつかなくなるに決まってる。

近いこともあるけれど、もうすでにボタンを撮りに3回も行ってしまった。行けば行くほどいい写真が撮れるから病み付きになってしまうのが恐い。だ・か・ら、ツツジ、アヤメ、アジサイはカメラを持たずに出掛けようと決意しているんだけど、60の手習いって恐ろしいとこあるんだよなあ。