スーパーの天井12月27日(木)
(スーパーの天井)

隣の団地から、電動のこぎりの音が響く。職人が3人ぐらい入って、乱れた樹形の整枝を手際よく進めていく。日溜りにドップリつかりながら、「閑にまかせて」眺めている。枝が刈り取られ、さっぱりした姿になるのを眺めるのはちっとも苦にならないね。いつか自分でやりたいなあっていう羨望があるからだ。植物を伐採する際の、あの独特な青臭い匂いも乙だしなあ。

ところで、いつも何気なく使っていた「閑にまかす」という言葉、どうやら間違っているらしい。正しくは「閑に飽かす」というべきで、「閑に飽かす」とは「閑なのをよいことにして長い時間をかけるという意味で、任せるではない」、っていうことらしい。確かに漢字で「閑に任すと」書いてみると、やっぱ、違和感があるよねえ。このように、けっこう自分勝手に解釈して、間違って使っている言葉とか用語ってけっこうあるよね。

「小人閑居して不善をなす」なんて言葉がある。「凡人は閑があるとろくなことはしない」という意味のようだが、一概にそうとはいい切れないよね。「長閑」というと、ひまという意味を超越しているし、「閑話休題」は、さてって意味があるし、「忙中閑」と「閑古鳥」ぐらいかな、ひまを表す熟語は。一方、「暇つぶし」、「暇をつげる」って言葉や、「休暇」という言葉もあるように、「ひま」には閑と暇がある。コチトラ、字から受けるニュアンスから閑の方を愛用しているけど、これが正しいかどうかはわからない。

危機一髪にしても、ひと頃、「007危機一発」という映画の宣伝用造語が幅を利かしていたこともあった。確かに中国の故事を知らなければ、こっちの表現の方が現実に即して入る。そういう意味で、非常にうまい造語だと思ったね。あの頃は洋画全盛の頃で、洋画の題名にしても、優れたコピーライターが、映画の内容に即した題名を意訳していた。「哀愁」の原題は「ウオルター橋の上で」だったし、「慕情」は「恋はとっても素晴らしい」、「旅情」は「サマータイム」、「黄昏」は「池の上で」。

あの頃はよかったっていうと、とかく懐古趣味的な見方をされるけど、近頃の洋画題名ときた日にゃ、直訳どころか、英語の原題をカタカナ読みしただけのお粗末さ。映画っていうのは人々に夢やロマンを与えるもの、くだらない宣伝費をかけるなら、肝心かなめの題名ぐらい、内容に即した優れた意訳をつけてほしい。韓国のテレビドラマが日本で人気を博するのも、内容に即した題名が付けられていることも一因だと思う。