2005年08月06日

原爆の日に思う

広島に原爆が落とされて今日で60年。

改めて哀悼申し上げます。

でも、それだけじゃダメなんだよね。

ここで、1日本国民として、
憲法に反核条項を盛り込むことを強く願います。

非核三原則を掲げるのもいいけど、
どこまで実効性があるかはわからないし、
今や、国会議員の中には「日本も核武装を」などと
口にする人もいます。

国是として日本が正式にそして絶対的に核兵器廃絶を憲法で宣言することは、核の怖さを知る国として、なおかつ国際的に発言権を持つわが国にとって、まさに今すぐしなければならない大事なことだと思います。

そんなことを考えながら、今日の8時15分を過ごしました。


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60年経ちました【黒猫の背中】at 2005年08月06日 11:55
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この記事へのコメント
トラックバックありがとうございます(^^*
トラバって片方だけするもんだと思っていました。汗
お互いにしてもいいんですねf(^^;

Posted by hanae at 2005年08月06日 14:50
記事に直接リンクすることによって、メッセージの輪を広めることができるというのが、旧来のHPにはない、トラックバックのいいところです。
思い切って、知らない人によるもので、自分の記事と関連のある記事にトラバするのもいいことですよ。
Posted by kokemaru工房 at 2005年08月06日 17:04
はじめまして。
TBありがとうございます。
日本が核武装‥‥こんなこと言っている政治家が許せません。
何のための非核三原則。核を作らない、持たない、持ち込まない。
核が無くなることが(もちろんテロ等も)平和につながっていくと思います。
Posted by へしこくん at 2005年08月07日 17:34
へしこくん 様
こちらこそTBありがとうございます。
核兵器の話を高校の社会の授業で話すたびに、
いや、こんなやり方じゃ何も変わらないだろうと思ってしまいます。変わらないどころか、核は確実にその脅威の範囲を広げています。
核兵器について、絶対にNOといい続けることが、今の日本人ができる、被爆犠牲者の皆さんへの何よりの哀悼だと信じています。
日本の憲法を、世界へ自慢できる憲法にするならば、当然反核条項を載せて欲しいものです。
Posted by kokemaru工房 at 2005年08月07日 23:09
トラックバックありがとうございます。
今NHKで放送している原爆の番組を見ながら書いています。
なにか書かなくてはと思うのですが、
あまりにも辛く、悲しく、何も思い浮かびません。
ごめんなさい。
Posted by みっぺる at 2005年08月08日 00:43
みっぺるさん

コメントありがとうございます。
今日の青空をありがたいと思うことも、我々にとっては実は必要なことだと、思わずにはいられません。
痛みを感じているうちに、その痛みの意味をきちんと理解しなきゃ、と、学校で生徒に問いかけたいと思います。
Posted by kokemaru工房 at 2005年08月08日 08:25
こんにちは。
先日のテレビ番組やNHKの特集は、やはり大きな波紋を投げかけたようですね。
私は、原爆が投下された事は知っているが、そこで何が起きたのか、多くの人がまだ知らないでいる..というコメンテーターの言葉にびっくりしました。
「アウシュビッツと広島を訪れるべきだ、そうすれば、こういった行為はなくなる..」といったスイス人の言葉にとても共感しました。
Posted by nao at 2005年08月08日 17:30
naoさん
社会科の授業で、平和の問題を取り上げるときには、この話は多分小中学校でさんざん聞かされているという仮定のもとに臨んでいます。で、生徒にくどいといわれようと、この辺はきちんと教えたいと常に考えています。
原爆の恐怖を語れるのは、なにも被爆者の方だけではないんです。教職にあるものも、子を持つ親も、これを語らなければならないと思います。
私は高校3年のときに広島に行きました。そのときの衝撃は今でも忘れません。
今日は長崎に原爆が落ちて60年、何度でも言います、「『いい戦争』なんてありえない」って
Posted by kokemaru工房 at 2005年08月09日 15:04