昨日は掘り出し物、ルイ・アンクタンでした。きょうはナビ派の最も若いメンバーで理論派、モーリス・ドニとナビ派のリーダー、ポール・ランソンです。

 モーリス・ドニ 1870−1943
 1882−1887まで、リセ・コンドルセ(コンドルセ高等学校)で学び、ヴァイヤールと親交を結ぶ。1888年、アカデミー・ジュリアンに入学し、セリュジエ、ボナール、ヴァロットンに出会う。ドニとセリュジエは意気投合し、ナビ派を結成。セザンヌを二人で訪問し、イタリアやスペイン、中東も訪れた。
 ナビ派きっての理論派と言われ、「絵画とは、ある秩序で集められた色彩に覆われた平面である」という言葉は有名。まあ、今ではしごく当たり前の内容ではあるが、「絵画は何でもありだ」と宣言したところが当時としては目新しかった。考え方は極めて前衛的なのにも関わらず、本人は古典主義に傾倒しているのが面白いですね。
 ドニはその後、新古典主義の方向に進み、1919年「聖美術アトリエ」を創設。宗教画の復興に努める。ヨーロッパの伝統的な絵画の主題に戻り、大規模な装飾画を手がけるようになる。
 ドニが晩年を過ごした邸宅は美術館としてナビ派の作品が展示されている(下左)。右側は、ドニの自画像。背景の邸宅が左の写真と一致する。
美術館のHPはこちらhttp://www.musee-mauricedenis.fr(フランス語)
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 ポール・ランソン 1864−1909
 1886年、アカデミー・ジュリアンに入塾。1988年にはセリュジエと出会い、ナビ派を設立。1990年にはナビのクリエイティブ・リーダーとなり、メンバーは毎週土曜日に彼のアトリエに集まっていた。ナビ派は、ナビ語と呼ばれる暗号を使用するが、この暗号を導入したのはランソンである。まあ、早い話が秘密結社好き。
 1909年、妻マリー・フランスとアカデミー・ランソンを設立し、ナビ派の技術やテクニックを教えていたが翌年死亡。
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 ナビ派だけあって二人とも装飾性がたかいですねぇ。私はきらいじゃありませんが、みなさんはいかがですか?

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