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印象派 ー負け組が世界を変えるー


 今回はクロード・モネの第4弾です。
 第1回目から第3回目はこちら

 3分でわかるクロード・モネ 印象派クロード・モネの危機的前半生とその作品

 
3分でわかるクロード・モネ(2) モネの後半生と連作 積みわら、ポプラ、ルーアン大聖堂、国会議事堂、橋

 3分でわかるクロード・モネ(3) ジヴェルニーのモネの庭 花の庭と水の庭と連作「睡蓮」

 先日、宮崎駿監督の「風立ちぬ」をテレビで観ました。「風立ちぬ」では飛行機の設計士であった堀越二郎という実在の人物に焦点を当てているのですが、その奥さんとして菜穂子という女性が出てきます(こちらは架空の人物だそうです)。

 この菜穂子のポスター(下)がモネの「日傘をさす女性」(下2枚目)を下敷きにしたのではないかと一部で話題になりました。
 風立ちぬ Woman with a Parasol 1886
 確かに似てると言われれば、土手や空の感じ、風、傘、帽子など似ていますよね。私自身はこのポスターを知りませんでした。

 菜穂子は結核で亡くなり、最後に二郎の夢の中に現れます。そのシーンを見たとき、私もモネの絵をイメージしました。ただ、私がイメージした絵はこちらでした。
The Promenade, Woman with a Parasol1875
 こちらの「散歩、日傘をさす女性」は1875年に描かれています。モデルは、妻であるカミーユと息子のジャンです。
 カミーユはこの4年後、結核と子宮がんで亡くなります。モネは、息子のジャンにも1914年に先立たれてしまいます。菜穂子も結核で死亡するので、カミーユのイメージが重なったのかもしれません。

 この絵では、ジャンとカミーユが土手の上にいて、鑑賞者との間にギャップが存在します。さらに逆光となっており、土手の向こうに開けた世界の存在を想像させます。
 ジャンは半身だけ見えており、カミーユの体の向きから考えても、向こう側へと行こうとしているように見えます。振り返ったカミーユの表情は少し悲しそうです。

 このような構成と、カミーユとジャンがモネより先に死んでしまったという知識から、この絵を見るとなんとなく私は悲しい気持ちになるのでしょう。

 でも、実際にはこの絵は1875年に描かれており(カミーユもジャンもピンピンしている)、本当は単なる楽しい散歩の絵なのです。

 つまり、私の感じ方はモネの意図したものでは全くないはずなのです。鑑賞者のこじつけがいかにいい加減かがわかりますね(すいません、私のことです。でも、ほとんどの人が、自分の感覚と経験、知識で他人の描いた絵を勝手に解釈しているのだからしょうがないですよねぇ)。



 一方、最初の「日傘をさす女性」は、1886年に描かれており(カミーユのものより10年以上あと)、モデルはアリスの三女スザンヌであると言われています(カミーユは死んでいました)。

 モネは子供がたくさんいます。自分の子供は、最初の奥さんであるカミーユとの間に生まれたジャンミカエル、そのほか、2番目の奥さん、アリスの連れ子であるブランシェ、ジャーマイン、スザンヌ、マルテ、ジャン・ピエール、ジャックスの8人です。



 最初の奥さんのカミーユとは、1860年代半ばに出会い、1867年には長男ジャンが生まれています。モネはその後、セーヌ川で入水自殺を図っています。下はこの頃のモネの描いたカミーユとジャンです。
Camille 1866
Camille with a Small Dog1866
Lunch on the Grass (central panel)1865
Women in the garden1866
Jean Monet in the Craddle1867
The Luncheon1868
The Dinner1868
The Dinner1869
Portrait of Jean Monet1869
 1871年、モネはアルジャン・トゥイユに居を構えました。この時期はモネにとって、貧しいながらも幸せな時期だったのでしょう。

 下の絵はアルジャン・トゥイユ時代のカミーユとジャンですが、なんとなく幸せそうな感じがしませんか?まあ、鑑賞者のこじつけが如何にいい加減かは先ほど指摘したとおりですが・・・。 
Camille Sitting on the Beach at Trouville1870
Camille on the Beach at Trouville1870
The Beach at Trouville1870
Camille on the Beach1871
Meditation, Madame Monet Sitting on a Sofa1871
Camille and Jean Monet in the Garden at Argenteuil 1873
Camille Monet at the Window, Argentuile1873
Jean Monet on a Mechanical Horse1872
Lilacs, Grey Weather1873
The Garden1872
The Luncheon1873
The Promenade near the Bridge of Argenteuil1874
Camille Monet and a Child in  Argenteuil1875
Madame Monet Embroidering1875
Meadow at Bezons1874
Meadow at Bezons1875
Poppy Field, Argenteuil1875
The Promenade near Argenteuil1875
The Promenade near the Bridge of Argenteuil1874
The Promenade, Argenteuil1875
The Promenade, Woman with a Parasol1875
Woman with a Parasol in the Garden in Argenteuil1875
Camille Monet in the Garden at the House in Argenteuil1876
Camille with Green Parasol1876
Gladioli1876
In the Meadow1876
Japan's1876
Woman in a Garden1876
The Garden, Hollyhocks1877
 1876年、カミーユが結核を患い、体調を崩します。
 そんな中、1878年には次男のミカエルが生まれます。この出産でカミーユの体調はさらに悪化します。さらに子宮がんも併発してしまいました。

 モネ一家は、この年からパトロンであるデパート経営者ヴェトゥイユエルネスト・オシュデの家に居候しています。オシュデには妊娠したアリスという妻と5人の子供たちがいました。
 ところが今度はオシュデが破産し、家を出てしまいました。

 下1枚目はミカエル、2枚目はジャン、3枚目はアリスの第5子のジャン・ピエール、4枚目はアリスの次女のジャーマイン、5枚目はアリスの長女で将来ジャンと結婚するブランシェです。
Portrait of Michael1880
Portrait of Jean Monet1880
Jean-Pierre Hoschede1878
Portrait of Germaine Hoschede with a Doll1877
Blanche Hoschede1880
 1879年、1876年に結核を患い、さらに、1878年以降子宮がんとなったカミーユが亡くなってしまいます。
    モネはカミーユの死顔を描いていますが、カミーユの死を悼んでではなく、その顔色の変化に魅せられて、死んだカミーユの顔(下)を描いたと手紙に記しています。

    ホドラーも恋人の死に行く姿を絵にしていますが、どのような心境だったのでしょう。ホドラーは純粋に死を悼んでいたんだと私は思いますが・・・。ホドラーの場合、付き合って4年ですからね。しかも、年齢も20歳違うし・・・。私だったら悲しみます。

 モネは、このころカミーユではなくアリスに惹かれていたと一般には考えられています。しかし、本当のところはどうなんでしょう。

 最愛の妻が死に、オシュデというパトロンが破産して家を出て行ってしまったという最悪の状況も、もし、モネがアリスに惹かれていたとするならば必ずしも最悪とは言えなくなりますね・・・。邪魔な妻が死に、恋心を抱く人妻の旦那が出て行っちゃったんですから・・・人間みな裏と表があるものです。
Camille Monet On Her Deathbed
 1883年、モネとアリスと8人の子供たちはジヴェルニーに居を構え、「花の庭」「水の庭」を造成、モネは連作に取り組むようになりました。このころからモネはアリスの姉妹たちをモデルに絵を描くようになりました。
The Promenade (study)1886
Woman with a Parasol 1886
Woman with a Parasol1886
The Stroller (Suzanne Hoschede)1887
Young Girls in a Row Boat1887
In the Norvegienne Boat at Giverny1887
In The Woods At Giverny Blanche Hoschede1887
The Blue Row Boat1887
The Promenade near Limetz1887
Young Girl in the Garden at Giverny1888
The Pink Skiff1890
Portrait of Suzanne Hoschede with Sunflowers1890
In the Garden1895
 1911年、アリスが亡くなり、1914年には長男ジャンに先立たれてしまいました。ジャンは、長女のブランシェと結婚しており、その後のモネの面倒はブランシェがみました。

 では、次回は5回目です。

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