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シュールレアリスムの系譜(1) シュールレアリスムの歴史と手法 ダダからシュールレアリスムへ
シュールレアリスムの系譜(2) シュールレアリスムの主要画家リストと詳細記事へのリンク・リスト
今回はスペインのシュールレアリスト、サルバドール・ダリ(Salvador Dali 1904−1989)の第1回目です。
・ダリの2、3、4回はこちらです。
サルバドール・ダリ(2) ダリと二人のミューズ、ガラとリア ダリの生涯と作品
サルバドール・ダリ(3) ダリとヒトラー サルバドール・ダリの中盤の人生と作品
サルバドール・ダリ(4) ダリ劇場美術館とダリの終盤の作品
・ダリのすべての作品はこちらです。
http://www.salvador-dali.org
ダリの有名なこの写真は椅子をワイヤーで吊るし、水と猫を放り投げ、ダリは飛び上がるという瞬間を撮影しています。簡単そうに見えますが、なんと28回も撮り直したんだそうです。

最後の写真の左のフレームでは、飛んでくる猫にビビってますね。
ダリは、「Paranoiac-Critical Method(偏執狂的批判的方法)」という方法で意識下にアクセスし、夢や心象風景を写実的に描写しました。
また、一つの物を二つに見立てるダブルイメージなど、だまし絵的な作品も多数制作しています。
もっとも有名な作品は、下の「Persistance of Memory(記憶の残渣 1931)」でしょう。別名「Melting Clock(溶ける時計)」とも呼ばれています。
Tate美術館の説明によれば、溶けている時計は、ダリの大好きなカマンベールチーズとのダブル・イメージになっているそうです。
真ん中に横たわっている変な生き物は、ダリ自身、背後の風景はダリの故郷カダケスです。左に群がるアリは腐敗を表します。腐ったものにはたくさんの虫が寄ってくるので、ダリの絵ではアリ、ハエなどの虫は腐敗や死を象徴しています。
現在の自分は、明確な時間の流れの中にいますが、過去の記憶の中の時間はゆっくりと崩れ、溶けていきます。腐敗した時間の中で残った過去の記憶は、「記憶の残渣」として心の留まり、自己の深層を形成していくのです。
下は1954年(Nuclear Mysticism時代)に制作した「溶ける時計」です。立方体はハイパーキューブと呼ばれ、原子核を表します。
ダリは1950年、原子核のイメージを夢で見て「これこそ宇宙の統一原理だ」と思うようになりました。

実際には、座っている椅子の背もたれにスプーンを置き、ウトウトするとスプーンが落ちて目が覚める、という方法で夢を記録していました。また、意識を失う寸前まで逆立ちをする、という方法も使っていたようです。
インドのヨガの行者のようですね。Paranoiac-Critical Methodという大げさな名前が付いていますが、もはや方法ではなく修行の域です。
下は、典型的なダブル・イメージの作品、1937年の「Metamorphosis of Narcissus (ナルキッソスの変容)」です。
ナルキッソスは、ギリシア神話に出てくる美少年です。美少年のナルキッソスは言い寄ってくる女性やニンフに冷たい仕打ちを繰り返していました。
見かねた神様は、ナルキッソスを湖に誘い出します。水に映る自分の姿を見たナルキッソスは、一目で恋に落ちますが、水の中の自分に触ることは出来ません。そのため、欲求不満が溜まり死んでしまいました。
ふつうこんなことで死にませんけどね。でも、まあ、お話ですから。ナルキッソスの死んだ後には水仙が咲きました。
この作品では左が湖面のナルキッソスです。巨人のようで不気味です。とても美少年には見えません。
右側はナルキッソスが手に持った卵に変わり、卵から水仙の花が出てきたところです。
下もダブル・イメージのだまし絵的な作品です。
ダリは自分のイマジネーションやだまし絵だけでなく、ナルキッソスや、「聖アントニウスの誘惑」(下)のように神話に基づいた作品も制作しています。
聖アントニウス(大アントニウス)は修道士の元祖とされる聖人で、3世紀ころエジプトで生まれました。
アントニウスは20歳で全財産を捨て、砂漠で修行に入ります。砂漠で修行していると、悪魔が次々と幻覚を見せてアントニウスを誘惑してきます。
この作品では、砂漠で修行するアントニウス(左の素っ裸の人)が悪魔の誘惑に打ち勝とうとしているところを描いています。
象は欲望を、馬はその強さを象徴します。最初の象の上には裸の女性、2番目の象の上にはベルニーニに影響されたオベリスク、3番目の象の上にはベネチアの大伽藍、そして遠方の象の上には雲を突き破る塔が描かれています。塔は男根を象徴していると言われています。
下はベルニーニの象とオベリスクです。
サルバドール・ダリ(Salvador Dali 1904−1989)は、1904年、スペイン・カタルーニャ地方 のフィゲーラスで生まれました。
本名をサルバドール・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク(Salvador Domenec Felip Jacint Dali i Domenech)と言います。
父親は、公証人をしていたサルバドール・ダリ・イ・クシ、母親はドーニャ・フェリパ・ドメ・ドミネクです。ダリにはアナ・マリアという妹がいます。
ダリには同じ名前の兄がいました。しかし、ダリが生まれる9ヶ月前に、2歳足らずで胃腸炎のために死亡してしまいました。
長男を亡くし、失意の底にあった両親は、ダリが長男の生まれ変わりだと思い、同じ名前をダリにつけています。
5歳の時、ダリは兄の墓に連れて行かれ、両親から兄の生まれ変わりであることを告げられます。死んでしまった見たことのない兄と自分、まさにダブル・イメージです。
ダリは、自分はキリストのように復活したのだから、それだけの価値のある人間なのだと思うようになりました。
ダリは並外れて早熟で知的な子供でした。しかし、情緒が不安定なところがあり、さらに怒りやすく、友人を意味もなく橋から突き落として重傷を負わせるなどサディスティックな一面がありました。
ダリ本人も、最初のサルバドール(兄)は完璧すぎて生きていけなかった。私は彼から善なる部分を捨てて生まれてきたのだと言っています。
ダリのこのような性格は、生真面目な父親の間に軋轢を生み出しました。この軋轢は父親が死ぬまで続きました。さらに、長じては暴露本(丁寧に言えば自伝)で妹とも揉めています。
一方、母親はダリに優しく接し、ダリも母親に懐いていましたが、1921年、ダリが16歳の時、母親は乳がんで亡くなってしまいます。
すっかり落ち込んでしまったダリですが、さらに落ち込むことに、父親はすぐに母親の妹(ダリのおばさん)と再婚してしまいました。微妙な年頃ですから、もう少し父親の配慮が欲しいところです。
ダリは、小さい頃から絵に興味を持ち、両親もその後押しをしました。すでに6歳で油彩画(下)を描き、画家のラモン・ピショット(Ramon Pichot)から才能を認められています。
1916年、12歳でデッサン学校に通いジュリアン・ニュヌスに師事、さらに、1922年、18歳でマドリードのサンフェルナンド美術学校に入学し、詩人のフェデリコ・ガルシア・ロルカや 映画監督のルイス・ブニュエルと知り合いました。
下は10歳、12歳、14歳、14歳、16歳の作品です。




ダリは大学にアカデミズムを期待していましたが、当時の大学は流行を追うばかりでダリの期待に沿うものではありませんでした。
1922年、入学したばかりのダリは、教授の選考に対して大学側と対立し、学生の暴動を扇動した罪で放校処分となってしまいました。
退学後、ダリは故郷のフィゲーラスに戻り、一人きりで3年間絵を描き続けていました。
1925年、マドリードのダルマウ画廊で最初の個展を開催します。この頃のダリは印象派的な作品から、キュビズム。フォービズムまであらゆるスタイルの絵を描いています(下)。
自分だって流行ばかり追っているのだから、大学に文句を言えた義理ではありません。





1926年、学校に戻るものの、試験の直前に「自分を評価できるほど有能な教授などこの学校にはいない」と言い放ち、今度は永久追放となってしまいました。
1926年から29年まで何度かパリへ旅行したダリは、ピカソやミロ、イヴ・タンギー、ルネ・マグリット、マックス・エルンスト、トリスタン・ツァラ、アンドレ・ブルトンなどシュールレアリストの中心人物に会い影響を受けました。
3分でわかるジョアン・ミロ オートマティズムで独自の世界を切り開いたスペインのシュールレアリスト、ミロの前半生と作品
3分でわかるジョアン・ミロ(2) シュールレアリスムから抽象絵画へ スペインの画家ミロの後半生と作品
3分でわかるイヴ・タンギー 抽象とシュールレアリスムの間の世界を切り開いたタンギーの作品と生涯
3分でわかるルネ・マグリット(1) ポップアートに多大な影響を与えたベルギーのシュールレアリスト、マグリットの作品と生涯
3分でわかるルネ・マグリット(2) 意外と苦労人、マグリットのパリ時代の作品
3分でわかるルネ・マグリット(3)マグリットのルノワール時代から野獣時代とその周辺の作品たち
3分でわかるルネ・マグリット(4) 最終回 マグリットの晩年の作品集
その結果、作品は次第にシュールになっていきます。
下の上2枚はタンギーの作品、下3枚はダリの作品です。タンギーとミロの影響を受けていることがわかります。




1928年、シュールエアリスム映画「アンダルシアの犬」(下1つ目)を、また、1930年には「黄金世代」(下2つ目)を学友だったブニュエルと制作しました。
アンダルシアの犬は、ブニュエルの剃刀のような雲が月を切り裂くという夢が発想の原点になっています。そのため、この作品には最初に剃刀のような雲が月にかかっているシーンと、女性の目玉を剃刀で切る(実際には死んだ子牛の目をつかっていますが)シーンから始まります。
この作品は、ブニュエルの母親が出資し、予想を超えてヒットし、3ヶ月というロングランを記録しました。
1929年、ダリは正式にシュールリアリスト・グループに参加しました。このあと、除名されるまで10年弱に渡ってグループのメンバーとして活動します。
この年、シュールレアリスム詩人のポール・エリュアールと妻のガラ(Elena Dmitrievna Diakonova / Elena Ivanorna Diakonova)がカダケスにダリを訪ねて来ました。
皆さんはガラを覚えていますか??1922年からエリュアールとマックス・エルンストとガラは三重恋愛に突入し、その2年後に多重恋愛に疲れたエリュアールが失踪、ひと騒動あり、エルンストが身を引いています。
当たり前です。エリュアールとガラは夫婦なのですから。
3分でわかるマックス・エルンスト ダダとシュールリアリスムを結びつける画家エルンストの作品と生涯
3分でわかるマックス・エルンスト(2) コラージュ、フロッタージュなどを開発し、幻視を表現したエルンストの生涯と作品
3分でわかるマックス・エルンスト(3) 抽象表現主義の先駆け、エルンストの作品集
その5年後、今度はダリがガラに一目惚れしてしまいました。結局、ガラはエリュアールを捨て、ダリと駆け落ちし、ポルト・リガドの漁師小屋に住むようになりました。
1934年、30歳のダリはガラと結婚します。こんな女と結婚したってどうせ長続きしないよ。また、浮気されて終わるだけだぞ、って思うじゃないですか、普通。
ところが! 男女の仲とは不思議なものです。ガラとダリは一生を仲良く添い遂げました。
ガラは、ダリの良き理解者で、彼のミューズ兼マネージャーとなりました。
浮気する人間は本当に好きな人とまだ出会ってないのかもしれません。
1929年頃からダリのスタイルが確立されていきます。下は、1929年から1930年までの作品です。
下1枚目はダリ本人を表す「大自慰者」です。ダリの首から右ににょっきり生えているのはガラ、その鼻先にはさらにダリの股間があります。ダリたる大自慰者にはイナゴとアリンコがたかっちゃってます。



では、次回はガラと出会って以降のダリの人生と作品です。
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サルバドール・ダリ(3) ダリとヒトラー サルバドール・ダリの中盤の人生と作品
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ダリは、「Paranoiac-Critical Method(偏執狂的批判的方法)」という方法で意識下にアクセスし、夢や心象風景を写実的に描写しました。
また、一つの物を二つに見立てるダブルイメージなど、だまし絵的な作品も多数制作しています。
もっとも有名な作品は、下の「Persistance of Memory(記憶の残渣 1931)」でしょう。別名「Melting Clock(溶ける時計)」とも呼ばれています。

真ん中に横たわっている変な生き物は、ダリ自身、背後の風景はダリの故郷カダケスです。左に群がるアリは腐敗を表します。腐ったものにはたくさんの虫が寄ってくるので、ダリの絵ではアリ、ハエなどの虫は腐敗や死を象徴しています。
現在の自分は、明確な時間の流れの中にいますが、過去の記憶の中の時間はゆっくりと崩れ、溶けていきます。腐敗した時間の中で残った過去の記憶は、「記憶の残渣」として心の留まり、自己の深層を形成していくのです。
下は1954年(Nuclear Mysticism時代)に制作した「溶ける時計」です。立方体はハイパーキューブと呼ばれ、原子核を表します。
ダリは1950年、原子核のイメージを夢で見て「これこそ宇宙の統一原理だ」と思うようになりました。

ダリのハイパーキューブは様々な場面で登場します。下の1954年の「Crucifixion(磔刑)」では、ハイパーキューブにキリストが磔となっています。
この作品について、ダリ本人は、なぜキリストを描いたかわからないと言っています。「まず、アイデアがあって、説明は後からついて来るんだ」
その通りですね、説明なんてすべて後付けです。でも宇宙の統一原理たるハイパーキューブに神が磔刑になっているのですから、いくらでもストーリーをこじ付けられそうですよね。
この作品について、ダリ本人は、なぜキリストを描いたかわからないと言っています。「まず、アイデアがあって、説明は後からついて来るんだ」
その通りですね、説明なんてすべて後付けです。でも宇宙の統一原理たるハイパーキューブに神が磔刑になっているのですから、いくらでもストーリーをこじ付けられそうですよね。
実際には、座っている椅子の背もたれにスプーンを置き、ウトウトするとスプーンが落ちて目が覚める、という方法で夢を記録していました。また、意識を失う寸前まで逆立ちをする、という方法も使っていたようです。
インドのヨガの行者のようですね。Paranoiac-Critical Methodという大げさな名前が付いていますが、もはや方法ではなく修行の域です。
下は、典型的なダブル・イメージの作品、1937年の「Metamorphosis of Narcissus (ナルキッソスの変容)」です。
ナルキッソスは、ギリシア神話に出てくる美少年です。美少年のナルキッソスは言い寄ってくる女性やニンフに冷たい仕打ちを繰り返していました。
見かねた神様は、ナルキッソスを湖に誘い出します。水に映る自分の姿を見たナルキッソスは、一目で恋に落ちますが、水の中の自分に触ることは出来ません。そのため、欲求不満が溜まり死んでしまいました。
ふつうこんなことで死にませんけどね。でも、まあ、お話ですから。ナルキッソスの死んだ後には水仙が咲きました。
この作品では左が湖面のナルキッソスです。巨人のようで不気味です。とても美少年には見えません。
右側はナルキッソスが手に持った卵に変わり、卵から水仙の花が出てきたところです。
下もダブル・イメージのだまし絵的な作品です。

聖アントニウス(大アントニウス)は修道士の元祖とされる聖人で、3世紀ころエジプトで生まれました。
アントニウスは20歳で全財産を捨て、砂漠で修行に入ります。砂漠で修行していると、悪魔が次々と幻覚を見せてアントニウスを誘惑してきます。
この作品では、砂漠で修行するアントニウス(左の素っ裸の人)が悪魔の誘惑に打ち勝とうとしているところを描いています。
象は欲望を、馬はその強さを象徴します。最初の象の上には裸の女性、2番目の象の上にはベルニーニに影響されたオベリスク、3番目の象の上にはベネチアの大伽藍、そして遠方の象の上には雲を突き破る塔が描かれています。塔は男根を象徴していると言われています。
下はベルニーニの象とオベリスクです。
サルバドール・ダリ(Salvador Dali 1904−1989)は、1904年、スペイン・カタルーニャ地方 のフィゲーラスで生まれました。
本名をサルバドール・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク(Salvador Domenec Felip Jacint Dali i Domenech)と言います。
父親は、公証人をしていたサルバドール・ダリ・イ・クシ、母親はドーニャ・フェリパ・ドメ・ドミネクです。ダリにはアナ・マリアという妹がいます。
ダリには同じ名前の兄がいました。しかし、ダリが生まれる9ヶ月前に、2歳足らずで胃腸炎のために死亡してしまいました。
長男を亡くし、失意の底にあった両親は、ダリが長男の生まれ変わりだと思い、同じ名前をダリにつけています。
5歳の時、ダリは兄の墓に連れて行かれ、両親から兄の生まれ変わりであることを告げられます。死んでしまった見たことのない兄と自分、まさにダブル・イメージです。
ダリは、自分はキリストのように復活したのだから、それだけの価値のある人間なのだと思うようになりました。
ダリは並外れて早熟で知的な子供でした。しかし、情緒が不安定なところがあり、さらに怒りやすく、友人を意味もなく橋から突き落として重傷を負わせるなどサディスティックな一面がありました。
ダリ本人も、最初のサルバドール(兄)は完璧すぎて生きていけなかった。私は彼から善なる部分を捨てて生まれてきたのだと言っています。
ダリのこのような性格は、生真面目な父親の間に軋轢を生み出しました。この軋轢は父親が死ぬまで続きました。さらに、長じては暴露本(丁寧に言えば自伝)で妹とも揉めています。
一方、母親はダリに優しく接し、ダリも母親に懐いていましたが、1921年、ダリが16歳の時、母親は乳がんで亡くなってしまいます。
すっかり落ち込んでしまったダリですが、さらに落ち込むことに、父親はすぐに母親の妹(ダリのおばさん)と再婚してしまいました。微妙な年頃ですから、もう少し父親の配慮が欲しいところです。
ダリは、小さい頃から絵に興味を持ち、両親もその後押しをしました。すでに6歳で油彩画(下)を描き、画家のラモン・ピショット(Ramon Pichot)から才能を認められています。

下は10歳、12歳、14歳、14歳、16歳の作品です。





1922年、入学したばかりのダリは、教授の選考に対して大学側と対立し、学生の暴動を扇動した罪で放校処分となってしまいました。
退学後、ダリは故郷のフィゲーラスに戻り、一人きりで3年間絵を描き続けていました。
1925年、マドリードのダルマウ画廊で最初の個展を開催します。この頃のダリは印象派的な作品から、キュビズム。フォービズムまであらゆるスタイルの絵を描いています(下)。
自分だって流行ばかり追っているのだから、大学に文句を言えた義理ではありません。






1926年から29年まで何度かパリへ旅行したダリは、ピカソやミロ、イヴ・タンギー、ルネ・マグリット、マックス・エルンスト、トリスタン・ツァラ、アンドレ・ブルトンなどシュールレアリストの中心人物に会い影響を受けました。
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下の上2枚はタンギーの作品、下3枚はダリの作品です。タンギーとミロの影響を受けていることがわかります。





アンダルシアの犬は、ブニュエルの剃刀のような雲が月を切り裂くという夢が発想の原点になっています。そのため、この作品には最初に剃刀のような雲が月にかかっているシーンと、女性の目玉を剃刀で切る(実際には死んだ子牛の目をつかっていますが)シーンから始まります。
この作品は、ブニュエルの母親が出資し、予想を超えてヒットし、3ヶ月というロングランを記録しました。
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この年、シュールレアリスム詩人のポール・エリュアールと妻のガラ(Elena Dmitrievna Diakonova / Elena Ivanorna Diakonova)がカダケスにダリを訪ねて来ました。
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1934年、30歳のダリはガラと結婚します。こんな女と結婚したってどうせ長続きしないよ。また、浮気されて終わるだけだぞ、って思うじゃないですか、普通。
ところが! 男女の仲とは不思議なものです。ガラとダリは一生を仲良く添い遂げました。
ガラは、ダリの良き理解者で、彼のミューズ兼マネージャーとなりました。
浮気する人間は本当に好きな人とまだ出会ってないのかもしれません。
1929年頃からダリのスタイルが確立されていきます。下は、1929年から1930年までの作品です。
下1枚目はダリ本人を表す「大自慰者」です。ダリの首から右ににょっきり生えているのはガラ、その鼻先にはさらにダリの股間があります。ダリたる大自慰者にはイナゴとアリンコがたかっちゃってます。




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