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今回は18世紀イギリスの画家ジョセフ・ライト(Joseph Wright 1734−1797)です。
 ライトは新古典主義からロマン主義の画家で、当時黎明期であった科学と産業の姿を絵画に留めたことで大変有名です。
ジョセフ・ライト
 下はライトの代表作「空気ポンプの中の鳥の実験」です。

 机の上の装置の上部には鳥の入ったガラス瓶が逆さまになっています。実験者である真ん中の赤い服の人物が空気ポンプのスウィッチを入れると、瓶の中の空気が外に吸い出され、真空状態となるため、鳥が窒息死するという実験です。

 右側では姉妹の姉の方が泣いています。もしかしたら、瓶の中にいるのは彼女の可愛がっていた鳥なのかもしれません。妹はお姉さんにしがみついています。
 そんな姉の心情も介さず、父親は「そら、鳥を見てごらん。空気がなくなるとどうなるのかな?」と姉に言っています。最悪の父親ですね!💢

 この絵は科学の残虐性を予見したものと言われていますが、それは考えすぎでしょう。
 真空が実証されたのは1643年のトリチェリと1657年のフォン・ゲーリゲの実験が最初で、18世紀にはこの絵に見られるような真空ポンプが一般に出回っていました。
空気ポンプの中の鳥の実験
 下は「賢者の石を探す錬金術師」です。この作品は錬金術師ヘニッヒ・ブラントが尿を煮詰めてリンを発見したところを描いていると言われています。

 ブラントはドイツの錬金術師で、尿の中に銀を金に変える成分があると信じていました。なんでそんなことを信じるようになったかは不明ですが・・・。

 彼は、尿中の銀を金に変える成分を抽出するため、日夜尿を煮詰めていました。きっと、すごい匂いがしたことでしょう。

 結局、ブラントは銀を金に変える成分を見つけることは出来ませんでしたが、リンを発見することになりました。この絵では、フラスコの中のリンが燐光を発してあたりを照らしています。
 ブラントは、この発見でフリードリヒ公から報奨金をもらったので、まあ、良かったんじゃないでしょうか?

 ちなみに、ブラントがリンを発見したのは39歳のときなので、この絵のブラントは歳を取りすぎています。
賢者の石を探す錬金術士
 次の作品は「太陽系儀の講義」です。真ん中で講義しているのは、天球儀製作で有名なスコットランドの天文学者ジェームス・ファーガソンだと言われています。
The Orrery
 天球儀はファーガソンの発明ではなく、古代ギリシャでヒッパルコスがすでに発明していました。中国では4世紀頃に最初の天球儀が作られ、8世紀のペルシャでは高度な改良版が製作されています。

 古代ギリシャと言えば、「アンティキティラ島の機械」(下)が有名ですね。最近までギリシャには歯車がないと考えられていましたが、1901年、古代ギリシャの沈没船から大変精密な歯車式の機械が見つかりました。

 研究の結果、これは天体運行計算装置であると考えられています。実際にこの技術に匹敵する機器は8世紀になるまで開発されていないので、まさに失われた古代ギリシャの技術です。
アンティキティラ島の機械
 ジョセフ・ライトはキアロスクーロ(明暗法)の名手でした。

 ライトは、科学を題材にした作品から、後の産業革命を体現した画家であると言われますが、本人はさほど科学や産業に興味があったわけではなく、そのモチーフの作る明暗に惹かれていたと言われています。
Three Persons Viewing the Gladiator
Dressing the Kitten
夕刻の洞窟
 ライトが科学や産業をモチーフとして描いたもう一つの理由は、彼の最大のパトロンが磁器を工業化したウェッジウッドと紡績を工業化したアークライトだったからでしょう。

 さらに、ライトが住んでいたダービーには進化論のチャールズ・ダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィンが住んでいました。
 エラズマス・ダーウィンは医師でしたが、毎月満月の夜に科学者の集まりである「ルナ・ソサイエティー」を1765年から開催していました。

 このソサイエティーには、エラズマス・ダーウィン、ウェッジウッドの他に蒸気機関の発明者であるジェームス・ワット、ベンジャミン・フランクリン、質量保存の発見者でフランス革命でギロチンにかけられたアントワーヌ・ラヴォアジェなどがいます。

 下2枚はライト作のエラズマス・ダーウィン、3枚目はベンジャミン・フランクリンです。
Portrait of Dr Erasmus Darwin
Erasmus Darwin
Benjamin Franklin
 ライトもエラズマス・ダーウィンに誘われてルナ・ソサイエティーの会合に出席していました。ライトの周りには当時の最先端技術が集結していたのです。

 ちなみに、ウェッジウッドの娘とエラズマス・ダーウィンの息子が結婚し、その結果、チャールズ・ダーウィンが誕生します。
 彼は、後に「種の起源」を著し、進化論を世に広めますが、この「種の起源」の現本は現在世界に3冊存在し、その1冊は日本人が個人で所有していました。現在は東北大学に寄贈されています。



 ジョセフ・ライト(Joseph Wright 1734−1797)は、1734年、イギリス・ダービーのアロンゲートで弁護士で書記のジョン・ライトとハンナ・ブルックスの間に5人兄弟の三男として生まれました。

 ライトは、画家として有名になってからはその生誕地を冠して「ダービーのライト」と呼ばれるようになります。
 
 幼少時のライトは、ダービーの語学学校に通いながら独学で絵を描いていました。

 1751年、17歳のライトはトーマス・ハドソンのもとで2年間肖像画家としての訓練を受け、ダービーへ戻り、肖像画家として生活していました。

 トーマス・ハドソンはジョシュア・レイノルズの先生でもありました。レイノルズは1740年にやはり17歳でハドソンに弟子入りしています。レイノルズは3年間ハドソンのアトリエに在籍していました。

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 ライトは1756年に再度ハドソンのアトリエに1年ちょっとの間勤め、翌年にはまたダービーに戻り、肖像画家としての生活を送りました。
Anne Bateman
Portrait of a Lady
 1760年になるとダービーの街で肖像画を描くだけではやっていけなくなり、イギリス中央部の都市を巡り歩いてロウソクに照らされた人物など、独特のキアロスクーロを用いて肖像画を描くようになります。

 下は1762年の「手紙を読む少女と覗き込む若い男」です。
ライト1762
 さらに、エラズマス・ダーウィン「ルナ・ソサイエティー」を設立した1765年ころから、ライトは科学技術を主題とした絵画を描くようになりました。これらの作品によってライトはイギリスでの名声を確立していきました。


 1768年から1771年までライトはリヴァプールに引っ越し、肖像画を制作しています。

 1771年から1773年までは、肖像画以外にも「鍛冶屋の仕事場」(下)、「鉄工場」など、産業をテーマとした絵画を仕上げました。
An Iron Forge
 1773年、39歳のライトはアン・スウィフトと結婚、6人の子供をもうけました。しかし、3人は幼少期に亡くなってしまいました。

 同年、妻を連れ立ってライトはイタリアへ長期旅行に出かけ、ローマ、ナポリに滞在しました。ライトはローマでは過去の巨匠の作品に親しみ、ナポリではヴェスビオ火山を見て感銘を受けています。ライトは何度もヴェスビオ火山を描いています。
Vesuvius in Eruption
Vesuvius from Posillipo
Vesuvius in Eruption2
Vesuvius from Portici
 1775年、ライト一行はフィレンツェとヴェネツィアを経由してイギリスへと帰国しました。

 帰国するとライトはバースに居を定め、肖像画を描くようになりました。バースには1759年から1774年まで肖像画の巨匠トマス・ゲインズバラが住んでいました。
 ゲインズバラは名声が高まったこともあり、1774年にロンドンに引っ越しています。

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 ライトはゲインズバラのお客から注文が来ることを期待していたようですが、思うように注文が入らず、4年後の1779年に故郷のダービーに戻ることになりました。
 
 
1781年、ライトは英国王立アカデミーの準会員となりました。さらに、1784年には正会員に推挙されましたが、辞退しています。しかし、アカデミーの展覧会には作品を継続的に出品していました。


 1790年、妻のアンが亡くなりました。

 1797年、バースの自宅で64歳のライトが亡くなりました。晩年は喘息が悪化し、エラズマス・ダーウィンの治療を受けていました。



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