ここまで、ルネサンスが14世紀のイタリアで始まった理由について概説し、ルネサンス絵画の特徴について「遠近法」の確立と「解剖学」の発達によるリアリティの追求から、さらに理想の「プロポーション」の追求 そして、油彩技術ての確立に後押しされた新しい描画技術の発達(カンジャンテ、スフマート、ウニョーネ、キアロスクーロ)について説明してきました。


 まとめておくと

 ルネサンスとは、14世紀にイタリア・フィレンツェで始まった、古代ギリシアやローマを規範とする文化復興の潮流です。ルネサンス絵画の特徴は、遠近法解剖学、光学などの科学に根ざした「リアリズム」と理想的なプロボーションによる「普遍的な美」との調和、そして古代ギリシアやローマのヒューマニズムに基づいた「人間性の発露」にあります。


 14世紀にルネサンスがイタリアで始まった理由をざっくり箇条書きにすると以下のようなものになります。

 1)十字軍の失敗や皇帝と教皇の権力争いによってキリスト教の力が弱くなったこと。
 2)イスラム圏などとの東方貿易によって自治都市が栄えたこと。
 3)オスマン帝国の侵攻でビザンチン帝国が崩壊し、古代ギリシア・ローマの知識が流入したこと。


 ルネサンスでは、新しい技術や技法が多数開発され確立しました。
特に特筆すべきは、「油彩技術」の確立です。油彩技術は古くからありましたが、ルネサンス期にオランダの画家ヤン・ファン・エイクによって一般的になりました。

 油彩技術は、安価で簡便になった絵画を社会へ広める役割を果たすと同時に、新しい絵画技法の開発も後押ししました。

 ルネサンス期に開発された絵画技法カンジャンテ、スフマート、ウニョーネ、キアロスクーロは、「ルネサンスの4大技法」と呼ばれています。
 
 1)カンジャンテ: 黒や白を用いず、異なる色で対象物の明暗を表現する方法
 2)スフマート: 対象物の輪郭線をなくす、ぼかしの技法
 3)ウニョーネ: スフマートよりぼかしの範囲を狭め、鮮やかな色で仕上げる技法
 4)キアロスクーロ: 「明暗」のコントラストを強調し、劇的に表現する技術


 詳細については前回までの記事を参照してください。

 3分で読むルネサンスのはじまり
 3分で読むルネッサンス絵画の特徴1 ー遠近法ー
 3分で読むルネサンス絵画の特徴2 ープロポーションと理想の美ー
 3分で読むルネサンス絵画の特徴3 ー解剖学の発達と人体表現ー
 3分で読むルネサンス絵画の特徴4 ー油彩画の確立と4大技法ー

 次回からの記事は前期ルネサンスの画家たちについてです。

 3分で読む前期ルネサンスの画家たち1 ーフィレンツェから前期ルネサンスへー

 さて、ここから今回の内容です。


 ルネサンス絵画の特徴5 ーパトロンの台頭と画題の変化ー 

1)パトロンの台頭と画題の変化 

 中世までは、画家は教会や君主から絵画のコミッションを受け取っていました。特にカトリック教会は大きな注文主でした(カトリック教会からのコミッション)

 ルネサンスになると東方貿易などによる富の蓄積により、商人などの一般市民が大きな力を持つようになってきます。さらに、油彩技術の発達により、絵画が安価で身近なものになりました。このため、画家は教会や君主以外に、一般市民からのコミッションも得ることができるようになりました(シビック・コミッションおよび、パトロン・コミッション)
 

・カトリック教会からのコミッション

 ルネサンスは古代ギリシア・ローマへの回帰と人間性の回復として特徴付けられていますが、キリスト教を否定していません。そのため、ルネサンス期には、中世と同様にカソリック教会の依頼によって多くの巨大なフレスコ画が制作されました。

下図(1〜6枚目)はカトリック教会から依頼を受けた主要なフレスコ画です。

 ジョット・ディ・ボンドーネGiotto di Bondone 12671337)パドゥヴァ教会
 アンドレア・ディ・ボナイウートAndrea di Bonaiuto 13431377)パドゥヴァ教会
 マサッチオとマソリーノMasaccio & Masolino)ブランカッチ教会
 ピエロ・デラ・フランチェスカPiero della Francesca, 14121492)聖フランチェスコ教会
 ドメニコ・ギルランダイオDomenico Ghirlandaio 1449〜1494年)サセッティ教会
 サンドロ・ボッティチェッリSandro Botticelli, 14451510
)システィーナ礼拝堂
Giotto padva
Andrea di Bonaiuto,
Masolino, the Brancacci Chapel.
Piero della Francesca,
Domenico Ghirlandaio,
Botticelli,
 とくに有名なのはミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂のフレスコ画(下図1〜6枚目)とラファエロによるバチカン宮殿(ラファエロの間)のフレスコ画(下図7〜11枚目)でしょう。ちなみにダ・ヴィンチの「最後の晩餐」もフレスコ画に見えますが、実はテンペラだそうです。
Sistine Chapel
Giudizio Universale
Sistine Chapel3
Michelangelo, (c. 1511) The Creation of Adam
Detail from the Great Flood
Sistine Chapel2
 ここからラファエロによるバチカン宮殿(ラファエロの間)のフレスコ画です。
Raphael Rooms5
Raphael Rooms1
Raphael Rooms2
Raphael Rooms4
Raphael Rooms3
 また、大小のテンペラや油彩によって、キリストと聖母マリアなどの祭壇画も数多く描かれました。

 下図1〜3枚目祭 壇画
 ヴィゴロッソ・ダ・シエナ(Vigoroso da Siena)1291年
 シモーネ・マルティーニ
Simone Martini1333年
 エイク兄弟(Hubert and Jan van Eyck)1432年
Vigoroso da Siena's altarpiece from 1291
シモーネ・マルティーニ1333
Ghent Altarpiece (1432) by Hubert and Jan van Eyck
 下図1〜7枚目 キリストと聖母マリア
 ロレンツォ・モナコ(Lorenzo Monaco, Florence)1410年
 ヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck)1435年
 フィリッポ・リッピ(Filippo Lippi)1450年
 サンドロ・ボッティチェリ(Sandro Botticelli)1480年
 ラファエロ・サンティ(Raphael)1505年
 クエンティン・マサイス(Quentin Matsys)1509年
 ヘラルト・ダヴィト(Gerard David)1510年
Lorenzo Monaco, Florence, c.1410
Madonna of Chancellor Rolin, Jan van Eyck, Burgundy, c. 1435
Madonna and Child (Lippina)1450
Madonna of the Book by Sandro Botticelli, 1480.
Madonna del Granduca, Raphael, 1505
Madonna and Child Surrounded by Angels by Quentin Matsys1509
Rest on The Flight into Egypt, c. 1510,[15] by Gerard David 

・シビック・コミッション

 都市部の富の蓄積により、商人などの富裕層が政治的な力を持つようになると、教会とは関係のない市庁舎などの建物にも寓話的もしくは宗教的なフレスコ画が描かれるようになりました。

 アンブロージョ・ロレンツェッティAmbrogio Lorenzetti 1290〜1348)は、良い政治と悪い政治とその影響を寓意的に表すフレスコ画「善政と悪政の寓意」をシエナ議事堂に描いています。当時の寓意画や宗教画は、わかりやすい絵を使って文字の読めない人々を啓蒙する目的も持っていました。
 

 下図 イタリア・シエナ議事堂のフレスコ画

 1枚目 アンブロージョ・ロレンツェッティAmbrogio Lorenzetti 1290〜1348
「善政と悪政の寓意(The Allegory of Good and Bad Government)」の「悪政」
 2枚目 同じく「善政」
 3枚目 シモーネ・マルティーニSimone Martini, 1284〜1344「尊厳(Maestà)
The Allegory of Good and Bad Government2 2
The Allegory of Good and Bad Government
Maestà (Simone Martini)

・パトロン・コミッション

 この頃になると巨大な富と権力を持つ一族が発生します。このような一族にはフィレンツェのメディチ家、ミラノのヴィスコンティ家とスフォルツァ家、フェッラーラのエステ家、マントヴァのゴンツァーガ家などがあり、多くの芸術家の後ろ盾となりました。

 ルネサンスには人間性の回復によって古典的題材が復活し、裕福なパトロンの装飾品として制作されるようになりました。さらに時代が進むと、重大な事件や普段の生活といった世俗的な絵画も描かれるようになります。

 サンドロ・ボッティチェッリSandro Botticelli, 1445〜1510)の「ヴィーナスの誕生」(下図1枚目)はメディチ家のロレンツゥオ・ディ・ピエロフランセスコ(Lorenzo di Pierfrancesco de' Medici)の以来により、カステッロ邸(Villa di Castello)を飾るために制作されました。
ヴィーナスの誕生
 パオロ・ウッチェロPaolo Uccello, 1397〜1470)は、バルトリーニ・サリムビーニ(Bartolini Salimbeni)の依頼で「サン・ロマーノの戦い」(下図2〜4枚目)を制作しました。この絵画は後にメディチ家のロレンツォが買い取っています。
The Battle of San Romano1
The Battle of San Romano2
The Battle of San Romano3
 ドメニコ・ギルランダイオDomenico Ghirlandaio 1449〜1494)は、メディチ銀行の頭取であるフランセスコ・サセッティの依頼でサセッティ教会のフレスコ画を制作しました(下図6〜7枚目)。
Sassetti Chapel
Sassetti Chapel2
Sassetti Chapel3
 ベノッツォ・ゴッツォリBenozzo Gozzoli, 1421〜1497)はメディチ家の依頼でメディチ宮のフレスコを制作しています。
Benozzo Gozzoli, the Magi Chapel, Florence, 1459.
 アンドレア・マンテーニャAndrea Mantegna 14311506)は、マントヴァのゴンザーガ家の依頼でドゥカーレ宮殿の婚礼の間のフレスコ画を仕上げました(下2枚目)
Camera degli Sposi 1
Andrea Mantegna, The Court of the Gonzagas, Mantua, 1471-74
 フランチェスコ・デル・コッサFrancesco del Cossa, 1436〜1478)はスキファノイア宮のフレスコ画をフェッラーラのエステ家から依頼されています。
Francesco del Cossa, Palazzo Schifanoia, Ferrara, c.1470

 油彩画の確立によって安価で軽い帆布製キャンバスが登場すると、絵画はより身近なものになり、ポートレートが描かれるようになりました。14世紀から15世紀初頭まではまだ一般的ではなかったポートレートも、盛期ルネッサンスには数多く制作されるようになり、様々なスタイルが出てきます。

 下図はパオロ・ウッチェロによる初期のポートレート「ジョン・ホークウッド(John Hawkwood 1436)の肖像」です。ジョン・ホークウッドはイギリスの将軍でした。この頃の肖像画は記念碑的な作品が種となっています。
Paolo Uccello (1436)
 肖像画の初期は、顔を真横から描いていましたが、その後4分の3正面像に変化していきます。さらに様々なバリエーションが生まれてきました。

 下図
 ピエロ・デラ・フランチェスカ(Piero della Francesca)1450年
 アントニオ・デル・ポッライオーロ(Antonio Pollaiuolo)1470年
 アレッソ・バルドヴィネッティ(Alesso Baldovinetti)1465年
 サンドロ・ボッティチェッリ(Botticelli)1495年
 アントネーロ・ダ・メッシーナ(Antonello da Messina)1476年
 ドメニコ・ギルランダイオ(Domenico Ghirlandaio)1488年
 ピントリッチオ(Pintoricchio)1500年
 レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)1507年
Piero della Francesca
Antonio Pollaiuolo,
Alesso Baldovinetti
Botticelli,
Antonello da Messina,
Domenico Ghirlandaio,
Pintoricchio,
Leonardo da Vinci,
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