子どものころにヒーローになりたいって思いましたか?
誰もが一度はあこがれるヒーロー。
そのヒーローになるべく動き続ける一人の学生が京都にいる。
初めて彼のコトバに触れたのは、第1回個展『夢追い言葉(こと)魂(だま)展−和−』
それまでアンケートは書かされるもの、
もしくは書かなければいけないものだと感じていたが、
彼の言葉を見て初めてすすんでアンケートを書きたいと思った。
いや、正確に言うと、その感動を「ありがとう」という言葉で彼に伝えたかった。
それからはや一年。
今回はその時のありがとうという気持ちを心に秘めて京都に足を運んだ。
−行動からしか、チャンス生まれない−
その言葉通り彼は本当によく動く。
残りの学生生活のすごし方を聞いてみると、
「一流クリエイターを取材して、本を出版する。」
「京都検定2級をとる。」
「
Project-USA/大学生1000人の卒業文集プロジェクトを成功させる」
「読書1600冊。映画800本を見る」という答えが返ってきた。
どうしてそんなにも動き続けるのか?
答えは意外なものだった。
「自信がないから。不安だから。」
そう言いながらも、彼の表情がどこか嬉しそうなのは、
いつも彼の中には目指すべきヒーローが存在しているからなのだろう。
彼のように目指すべきヒーローがいる人。
つまり「夢」や「やりたいこと」が明確に決まっている人は少ない。
「やりたいことがわからない」
「やりたいことはたくさんあるけど・・・」
「どうせできひんやん」
こうした声をよく聞く。
「好きなことや、やりたいことを見つけるためにはどうしたらいい?」
思わず聞いたその質問に彼の口からはまたもや意外な言葉が返ってきた。
「なんとなくやりたいことがある人には、なんとなくやりたくないことがある。
そのなんとなくやりたくないことを絶対にやらないって決める。」
「やりたいことがたくさんあって、どれも中途半端になってしまう人は、
これだけは絶対にやらないって決める」
そう決めればやらないって決めたことに使う時間を、自分のやりたいことに使うことができる。
たとえば、彼は大学に入学した際に語学は一切やらないと決めた。
というのも、
彼が4年間を使って英語を勉強したところで帰国子女の英語力は身につかないと思ったからだそうだ。
こうして彼は抽象的な夢から、
具体的な目指すべきヒーローを見出した。
日本を、世界を勇気づけられるクリエイターになりたいという彼の目は、
すでに遠いところを向いているのかと思っていたが、
「クリエイターってなんですか?」という質問に、
「僕はクリエイターって言葉をとても大きな意味でとらえていて、
日常を少しでもよくしようと工夫している人はみんなクリエイターやと思っているんです。
たとえば、母親だって子どものクリエイター。
だから、クリエイターってそんな特別なものではなく、誰もが何かのクリエイターなんです」
「誰もが何かのクリエイター」
彼の行動や企画や言葉はたしかにすごい。
しかし、本当にすごいのはそうした目に見えるものではなく、
「心」という目に見えないものの豊かさにあるのかもしれない。
だからこそ彼の言葉は人に伝わり、心を動かす。
僕は彼の生まれ育った町に行って彼の父親と母親に会いたくなった。
Written by 武井伸悟
堤藤成プロフィール
15歳にして、『クリエイティブ』を決意。地元九州の高校を卒業後、京都へ活動拠点を移す。大学入学後は、放送団体、報道局カメラアシスタントを経て、宣伝会議コピーライター養成講座へ。金の鉛筆賞を5回獲得、また250ページ(10万字)に渡る詳細なクリエイティブ・レポートをまとめあげる。また、世界のクリエイティブを知るため、学生としてはたったひとりタイのアジア・パシフィック広告祭へ乗り込む。また、家賃1万8千円の下宿(通称『忍者屋敷』)で生活費を切り詰め、平均週3回以上、飲んで語りあう生活。資格は、デザインに生かすため色彩検定2級を取得。また趣味として、2002年開始の読書録は1000冊、映画録は500本を超える。一方入学直後に立ち上げた団体『CMプロジェクト』では、「CMディレクター中島信也氏講演会」をプロデュースした。2004年夏、冬と個展を開催。2005年は就職活動の傍ら、メルマガ『クリ就-クリエーティブ就活-』を発行し続け、自身も念願の第一志望の広告代理店へ内定を頂いた。現在は、『Project_USA-1000人の卒業文集企画-』を初め、複数のプロジェクトで活動中。将来の夢は「『日本を、世界を、勇気づけられる『一流のクリエーター』になる」こと。
Posted by kokkara_part1 at 08:50│
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