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創価学会のインターナショナル会長である、池田大作先生は、文字通り、創価学会の指導者(しどうしゃ)であり師匠(ししょう)です。また、創価学会員でなくても、池田先生を師匠とあおぐ人たちは、世界には多くいる。また、世界中の有識者たちが、こぞって池田先生に注目し、賞賛(しょうさん)を贈(おく)っている。

世界の大学が、池田先生に贈った名誉称号(めいよしょうごう/名誉博士とか名誉教授など)は、300をはるかに越(こ)えていますし、世界の都市から贈られた名誉市民の称号も、700を越えている。

それは、池田先生と創価学会に、世界の平和と幸福に関する、卓越(たくえつ)した価値(かち)と行動があるからだと思いますが、日本では島国根性(こんじょう)と未熟(みじゅく)な精神性からか、デタラメなデマ記事は多くても、その真実は、あまり知られていないと言えるかもしれない。

アルメニア芸術家同盟(どうめい)のアガミャン総裁(そうさい)という方が、以前、池田先生に対して、とてもわかりやすい話しをしていますので、紹介いたします。

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人生には、何となく過(す)ぎ去っていく時もあれば、鮮烈(せんれつ)な出来事に出あう時もある。鮮烈な出来事でも、そのうち忘れてしまうものもあれば、思い出の一つとして残(のこ)るものもある。

さらには、消えることのない足跡(そくせき)を残し、価値観(かちかん)を変え、新たな思想を形成(けいせい)する出来事に出あう時もある。私の人生にとって、そのような胸揺(むねゆ)さぶられる出来事が、池田会長(池田先生)との出会いでした。

人類史上、池田会長ほど充実(じゅうじつ)した豊かな人生を歩(あゆ)み、あらゆる分野で、これほど活躍(かつやく)できる人は、希有(けう)であることは確かです。

大いなる志(こころざし)と努力、精神性と忍耐(にんたい)がなければ、そのような高みに達(たっ)することはできません。ゆえに私は、会長を尊敬してやまないのです。

同時代を生きる偉大(いだい)な人と出会えた2010年という年は、人生観を見直す大きな契機(けいき)となっていることに気付(きづ)きます。自身の世界観や信念(しんねん)に対する確信を深めることができ、その一方で、もっと高い頂上(ちょうじょう)を目指(めざ)すべきではないか、との考えにも駆(か)られました。その新たな目標を、池田会長という卓越(たくえつ)した人格が示(しめ)してくれたのです。

そのような模範(もはん)があればこそ、現状(げんじょう)に甘(あま)んじてはいけない、人間の可能性に限界(げんかい)はない、他者への愛情は無限(むげん)であると理解することができる。その意味で、会長のような偉人(いじん)は、大きな触発(しょくはつ)を与(あた)えているのです。

周囲(しゅうい)と、目の前の一人に対する愛情。平和を愛する心。人間主義。こうした精神こそ、池田会長が示(しめ)しておられる世界観です。

私は、2010年4月、池田会長との出会いを刻(きざ)むことができました。

日本滞在中(たいざいちゅう)、会長の活動が現実にいかに素晴らしい実(みの)りをもたらしているかを目(ま)の当たりにしました。なかでも関西創価学園で受けた歓迎(かんげい)は、生涯(しょうがい)忘れることができません。

そして、創価大学で池田会長とお会いし、握手(あくしゅ)した瞬間(しゅんかん)、感動は頂点(ちょうてん)に達したのです。

池田会長との出会いから2年。思い出は、いまだに語っても語っても尽(つ)くせません。

偉大な哲学者(てつがくしゃ)、作家、詩人、教育者、写真家である池田会長に、これから何度でも頭(こうべ)を垂(た)れる機会(きかい)が持てることを、願わずにはいられません。

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このような心情(しんじょう)と感動を抱(いだ)くのは、なにも今日、紹介したアガミャン総裁だけでなく、池田先生に会った、あらゆる人が感じ、抱(いだ)くことです。だから、世界は、池田先生を賞賛し、創価学会に大きな期待をいだいている。

そして、その池田先生に会った、庶民であろうと、国家の指導者(しどうしゃ)であろうと、芸術家であろうと、科学者であろうと、その人たちに、どれだけの勇気と希望、蘇生(そせい)のエネルギーをもたらしていったか、計(はか)り知れないと思う。また、そのことによって、もたらされた、平和と幸せも、計り知れないと思う・・・。