【近代史】奇跡の指揮官 木村昌福提督 第4回平泉澄【先哲を仰ぐ】を読む 第13章「国体と憲法」

2015年07月29日

【映画】太平洋奇跡の作戦 キスカ


松子「5日間連続で、大東亜戦争において大活躍された海軍中将・木村昌福(きむら・まさとみ)提督をご紹介しています。前回まで、将口泰浩『キスカ 撤退の指揮官』をもとに伝記をまとめましたが、いよいよ最終回となる今回は、映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』をご紹介します。今年はちょうど公開50周年です」 注1

優希「奇跡のキスカ島撤退作戦! 第一水雷戦隊、突入! 1943年7月29日、つまり72年前の今日のことだよ

キスカ1s 








キスカ2s








太平洋奇跡の作戦 キスカ
1965年6月19日公開、東宝
製作:田中友幸・田実泰良
監督:丸山誠治
特技監督:円谷英二
音楽:團伊玖磨
脚本:須崎勝彌
(千早正隆「太平洋海戦最大の奇跡」『呪われた阿波丸』より)
アドバイザー:近藤敏直
資料:小林新一郎・有近六次

大村司令官(木村昌福):三船敏郎
先任参謀(有近六次):稲葉義男
阿武隈艦長(渋谷紫郎):田崎潤
木曾艦長(川井巌):伊藤久哉
福本気象士官(橋本恭一):児玉清
川島司令長官(河瀬四郎):山村聡
第五艦隊作戦参謀:中丸忠雄
秋谷司令官(秋山勝三):藤田進
先任参謀(近藤敏直?):土屋嘉男
軍医長(小林新一郎):平田昭彦
伊7潜水艦長(長井勝彦):佐藤允
軍令部総長(永野修身):志村喬
軍令部作戦部長:西村晃
久保明、黒部進、船戸順、堺左千夫、山本廉、二瓶正也、石田茂樹、佐田豊、桐野洋雄ほか

約1時間44分
評価(10点満点) 松子8点 優希6点

松子「監督や脚本家があまり好きではないので、演出がちょっと淡白かなあと思ってしまうのですが、團伊玖磨の音楽(メインタイトル=キスカマーチは名曲ですね!)や円谷英二の特撮、三船敏郎をはじめとする演技陣が素晴らしいので、やっぱり昔の映画はいいなあと思います」

キスカ6s








優希「まーた三船司令官に田崎艦長か。ここは空母飛龍かっての!(山村聡が大村艦隊は健在なりとか言ってたし)」

松子「いいじゃないですか、魅惑のマンネリズムですよ。60年代の戦争映画はほとんどが三船主演です。三船といったら黒澤・戦争です。それと、『イ-57』と同じく平田昭彦はまた軍医長ですね。いやあ、似合うの何の。あと、稲葉義男は五郎兵衛、志村喬は勘兵衛ですね」

優希「はいはい、サムライ・セブンね。そういえば、木村昌福提督の名前が大村昌太郎になってるし、あのトレードマークの立派なカイゼル髭もないし。どうなってるの?」

松子「他の人物も名前が変えられています。それ以外にも、作劇上、史実からの変更点が多々見受けられますね。まあ歴史モノは映画にせよ小説にせよ少なからずフィクションですから。ちなみに、木村中将は公開当時には既に逝去されています」 注2

キスカ3s








松子「北方を担当する第五艦隊の旗艦・重巡洋艦『那智』です。史実のキスカ島撤退作戦(第二次)では第五艦隊司令部は軽巡洋艦『多摩』に乗艦して同行しましたが、この映画には多摩は出てきませんね」

キスカ4s








優希「こっちが第五艦隊に所属する第一水雷戦隊の旗艦・軽巡洋艦『阿武隈』 これ以後、レイテ沖海戦で沈没するまで木村昌福提督の旗艦を務める! 後ろに水上機を積んでるのが見えるね(1944年3月に撤去し、25mm三連装機銃に換装)」

キスカ5s








松子「ヒゲの水兵、綽名は司令官だそうです(もちろんフィクションです)」

優希「このヒゲを三船につければよかったのにぃ!

松子「平田昭彦が誰かを探しています。ハヤタ隊員、まさかウルトラマンに!? と思ったら自決してしまいました(イデ隊員も出てますね。平田昭彦は岩本博士ですね)」

キスカ7s








傷病兵「敵が上陸を開始したら、軍医長自らの手で我々を射殺してください。嫌だと言われるなら、手榴弾は渡しません。どうなんです!」
軍医長「よーし! ぶち殺す! だが、ギリギリのその時まで、生きられる命を無駄にする奴がいたら、容赦はせんからそのつもりでおれ! いいな!」

優希「自分の生命よりも、仲間の生命。戦場にあって敵と戦うその理由は、ただ自分と自分の戦友の生命を守ることにある。国家でも故郷でも家族でもなく、ね」

司令官「1時間でやれ

松子「ここは史実通りだと思います。木村提督は作戦を絶対に成功させるべく、収容時間は1時間以内とし、綿密な計画と武器の放棄を決めたのでした。それに協力した陸軍(樋口季一郎中将)も非常に偉かったと思います

優希「この伊7潜水艦砲術長、マンガみたいに目が光ってるんだけど」

キスカ8s








松子「久保明ですね。さてこの作品、大きな戦闘こそないものの、特撮の見せ場は案外多いんです。それにモノクロなので合成も違和感がありません。黒澤映画もそうですが、モノクロというのは本当に良いものです。最近の映画でも何となくセピアにしているものがありますが、映画的な雰囲気を出したいのでしょうね。いっそモノクロでやればいいのにと思いますが」 注3

キスカ9s








優希「第一水雷戦隊がキスカ島へ向かう!」

キスカ10s








先任参謀「司令官、突っ込みましょう
島風艦長より意見具申「突入されたし
朝雲艦長より意見具申「突入されたし
先任参謀「司令官、決断していただきます」
司令官「引き返す。帰ればまた来ることができる
先任参謀「では、島の連中に何か一言」
司令官「いかん。敵の制海権の真っ只中だ。無電は一切打つな。黙って帰ろう

優希「艦これ界隈でも有名な『帰ろう、帰ればまた来られるからな』のシーン。でも艦これと違って、帰投したら敵軍が上陸して守備隊が玉砕する可能性もあったんだよね。夏になって霧が出なくなる可能性もあった。様々な方面からの非難もあった。ここで引き返す決断がどれほど重いものであったか、その場に居なければ想像もつかないよ

松子「木村中将は判断力・決断力に加え、運も良かったと思います。東郷平八郎元帥が連合艦隊司令長官になったのは『運のいい男』だからという話もあるくらい、運というのは大きいんです(もちろん、本当にそれが理由で選ばれたわけではありませんが)。実際に東郷元帥も木村中将も運が良かったわけで、木村中将が連合艦隊司令長官だったらどんな歴史になっていただろうか、なんて思ってしまいます。まあ水雷屋と司令長官ではまた全然違うとは思いますが……」

「艦隊参謀、すみませんでした」
「もういい」
「いえ、私たちは今初めて、5200人は生きるも死ぬも一緒の仲間だということがジーンと来たのであります

優希「気付くのおっそーい! でも観てるこっちもジーンと来ちゃうシーンだね。そして艦隊がキスカ島の西側をほぼ一周してキスカ湾へ向かう! 至烈ノ闘魂、至高ノ錬度、困難な航海を無事に終える」

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松子「大発(大発動艇=上陸用の小型舟艇で小発よりは大きい)に乗って入港した阿武隈などを目指します」

キスカ12s








優希「キスカ出港で終。握り飯やアッツ島黙祷のエピソードや幌筵入港を描いても良かったと思うけど、映画的にはこのほうがサッパリしてていいのかな?」

松子「これでひとまず木村昌福提督のお話は終わりになりますが、まとめてみてどうでしたか?」

優希「やっぱりすごい!って思った。あんまり詳しくないからあれだけど、この時期の帝国海軍では一番好きだなあ

松子「そうですね。本当に素晴らしい人物だと思います。あとは山口多聞提督あたりも、いずれ調べてみたいですよね」

優希「楠公を継承した多聞丸! いいね! 陸軍も調べたいけど、誰がいいかな?」

松子「硫黄島の栗林忠道大将、パラオの中川州男中将あたりでしょうか」

優希「パラオがいい! 天皇皇后両陛下の行幸啓があったし、私は艦これのパラオ・サーバに居るから……」 注4

松子「艦これはともかく、大御心に副うためにも、中川中将について調べてみるのがいいと思います。しばらく後になってしまうかもしれませんが、中川州男中将や山口多聞中将について調べましょう!」


現在は、将口泰浩『キスカ島 奇跡の撤退―木村昌福中将の生涯』(新潮文庫)として出ています。

映画 → 史実
ガダルカナル島 → 戦死者は多いがケ号作戦により撤退成功
伊7潜水艦(7月12日沈没) → 6月21日にキスカ島で擱座、艦長以下半数以上戦死
伊7潜水艦の乗員69人 → もう少し多い
潜水艦5隻喪失 → 3隻喪失
ラバウルから飛行機で幌筵へ → 船の「朝日丸」で呉へ(3月20日着)。6月10日汽車で東京を発つ。11日大湊で阿武隈乗艦。
大村司令官と川島司令長官が同期 → 河瀬が3つ上(38期)。日本軍は年功序列。艦隊司令長官と戦隊司令官が同期のはずがない?
キスカへ玉砕しろと打電 → 多分フィクション
司令官と伊7潜水艦長 → 多分会っていない?
那智と摩耶は南方へ → もう少し後の話
軽巡2隻・駆逐艦10隻(黒潮・早潮) → 駆逐艦は11隻(夕雲・風雲・響)
キスカ島守備隊のほとんどの兵はケ号作戦を知らない → 7月4日、キスカ島守備隊の全員にケ号作戦が周知される
艦隊参謀が潜水艦でキスカ島潜入 → フィクション
キスカ島の完全なる無電封止 → 多分フィクション
16時入港予定、18時まで待機 → 15時から20時まで
主計科は阿武隈と長波へ → 長波は最後尾の警戒隊なので入港せず
軍用犬が二頭(太郎と花子) → 三頭。勝・正勇(陸軍)・北(海軍)
7月16日に帰投決定 → 7月15日
キスカ島が艦隊帰投を知るのが数日後 → 帰投決定の約4時間後に入電
第五艦隊司令長官が寛大 → 多分フィクション
司令官、初めて祈る → 「独り恃む百神の慈」の漢詩のことか
米軍は数日後に上陸予定 → 8月15日の予定
気象士官が嘘の報告 → 多分フィクション
国後が行方不明になるのが7月26日 → 7月23日
7月26日、阿武隈が主砲を撃つ → 7月24日15時、阿武隈の陸軍高射砲
阿武隈の右20度から国後 → 右70度(7月26日)
初霜が若葉に衝突 → のみならず長波にも接触
阿武隈を残して木曾などが先行 → 多分フィクション
7月26日、国後、若葉、初霜が帰投 → 若葉のみ。初霜・国後・日本丸は28日に分離。
阿武隈が敵艦隊から攻撃を受ける → 多分フィクション
7月28日、キスカ島より電波あり → ラジオビーコン発射は29日11時から(艦隊がキスカ島を目視する直前)。
28日にも守備隊は待機 → 多分フィクション。突入予定は26日から29日に延期された。
その場でキスカ島の西側を周ることに決定 → おそらく最初からそのルートの予定。
28日に島を雷撃、守備隊が驚いて立ち上がる → 29日13時7分、キスカ湾到着直前。守備隊は伏せる。
28日、敵艦隊が何もない海域を猛攻撃 → 26日夜
キスカ島西側を航行 → 29日11時以降のこと
先頭は阿武隈 → 先頭は警戒隊の島風・五月雨と思われる。
司令官が一時阿武隈を操艦 → フィクションかもしれない。
入港直前に無線封止解除・打電 → 29日朝に打電(突入四時間繰り上げ)
艦が見えて立ち上がる → 敵艦と思い伏せる
艦隊が投錨してから大発乗船 → 第一陣は最初から大発で待機、見えたらすぐに出発。
入港は29日12時 → 13時40分


久保明って少し草彅剛に似てますよね。それとフランキー堺に似てるのは石田茂樹ですね。『イ-57』でも最初フランキーかと思いました。
あとこの潜水艦が沈む場面の合成シーン、ちょっとエビラっぽいですね。久保さん、エビラに出てた気がしたのですが、エビラじゃなくて「南海の大怪獣」のほうでしたね。海が似合う人ですが、若い頃に「潮騒」に主演してるんですね。 


【ニュース】天皇皇后両陛下、パラオ行幸啓の全て・前編
【ニュース】天皇皇后両陛下、パラオ行幸啓の全て・後編

ちなみに艦これのパラオ・サーバには新設当初に着任したから、パラオの提督とは大抵演習で当たったことがあるんじゃないかな。


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