kokokurumiのブログ

日々のこと。

二年近く更新していないのに消えていないのはありがたい。
夕方飼い犬のココが死んだ。
このブログのアーカイブにココを飼い始めた時の日記が転記してあった。
2004年からだと思い込んでいたが、2005年の12月からだったのだなあ。
それでは満11歳か。
短かったな。
もう少しいっしょに居られると思っていたのに残念です。

こうして書いておけばまた何かの折に役立つかもしれないから、ここに記録しておこう。

病に気づいたのは2016年の春ごろある日曜日だった。
身体が大きく左に湾曲して明らかにバランスが悪い。
思い起こせば以前から、身体を曲げていることがあると感じていたけれど、単なるクセみたいなものだろうと気にしていなかった。他に不調も見当たらなかったし。
でもその日曜日は、元気が無く身体をまっすぐにしようとするとキャンと泣いて嫌がった。
たまたま、どこか打ち付けたかなんかだろうと様子を見ていたけれど、日に日にバランスを崩しよく転ぶようになった。
クリニックで血液検査をしても全くの健康体で、外傷もないので脳の障害かもしれないとのことで、とりあえずサプリメントを処方してもらい、一ヶ月様子を見るように言われた。
腑に落ちなかったので、罹りつけの動物病院に連れて行ったが、ここでも同じような診たてだった。
7月の末にレントゲンを撮ってくれる病院に連れて行き、これまでの経過を伝えると、首の骨が曲がっているが、なぜ曲がっているのかはもっと詳しい検査をしないとわからないとのことで、大学病院を紹介していただいた。
8月3日大学病院でCTとMRIを撮ったところ、脊椎に腫瘍の疑いがあるとの診断だった。
場所が場所なので生体検査ができず、悪性か良性か判別できないので治療のしようがなかった。
癌と決め打ちして抗がん治療をしても、リスクの方が大きいと判断して、紹介状を書いてくださった病院でステロイド剤投与の治療を開始した。
夏の間は横ばい状態だっが、右前脚の麻痺が進行し10月ころからは横になっていることが増える。
筋力が衰え草に足を取られて立ち上がれなくなる。
食欲が衰え固形フードが嚥下しにくくなったので、ささみを煮て横になったまま食べるか、抱き起こして食べさせる。
11月頃から口呼吸になる。
11月6日から食べなくなり、ベビーフードを舐めさせるも拒否、11月11日から水分も拒否。

それでも、おしっこがしたくなると出口付近に移動したり、クウンクウンと泣いて私を呼ぶので、外で身体をささえてさせた。
11月12日午前中は衣装ケースに入れて二階に連れて行った。
午後からは勝手口に戻し、4時頃抱いて庭を歩いた。
日向ぼっこをして寝床戻す前におしっこをさせたら直後に意識消失し、じょじょに呼吸が浅く減り、5時前に永眠した。

留守の間にひとりで死に逝かなくてよかった。
自分で食べられなくなっているのに、無理に食べさせると苦しいのだと、ターミナルケアの番組で視たので、ココの意志を汲んだ。
ココは、自分の引き際を自分で決めたのだと思う。
最期のおしっこも、立たない足を踏ん張って土の上ですませたのは立派だ。
なにより、腕の中で看取ってやれてよかった。
もっと散歩に連れ出してやればよかったと、後悔もしている。わりと放りっぱなしだった。
けれども、私たちには幾つかの合言葉があって通じ合っていたと思う。
だから、ココが身体が痛くて触られたくない時に誤って触れても「噛まない」と言えば噛まなかった。
「噛まない」とはどういうことか、ココはちゃんと理解していた。
ぐったりしている時も、「かわいいココちゃんだね。おりこう。」と言ってあげると、目を細めて嬉しそうだった。
そう言われるのはどういうことか、ココはちゃんと理解していたのだと思う。
あまり良い飼い主ではなかったけれど、ココはよく懐いてくれた。
最期のお別れは充分できた。
伝えたいことはすべて言って聞かせた。
何を話したかはふたりだけの秘密です。





今年もよろしくお願いいたします。
お正月も過ぎてしまいましたが^^;

元旦と二日は次男の応援に出かけていました。
昨春大学を卒業し実業団に入りましたので、一日に群馬県で開催されているニューイヤー駅伝です。 
区間が決まるより先に宿を予約しましたので、どの区間の応援ポイントでもアクセスのよい伊勢崎に宿をとりました。
レースは朝早いので大晦日に都内入りし東京スカイツリーで遊び、夕方東武線で伊勢崎に向かいました。
伊勢崎は東武伊勢崎線のターミナル駅で、特急を利用して新幹線の半分以下の運賃でした。
群馬県の交通状況が分かりませんでしたので、移動は鉄道と徒歩とタクシー利用でした。
出かけてみたら交通規制のう回路も分かりやすいですし、それほど込み入った道路事情でもなさそうなので、来年も行けたとしたらレンタカーを利用しようと話しました。

レースの結果は目標には到達できなかったものの、昨年より順位を上げられてよかったです。 
次男も貢献できほっとしました。

レース後は次男も合流して久しぶりに一家そろって温泉宿に泊まりました。
この前に全員で家族旅行をしたのは次男が中学三年の夏でしたから、かれこれ八年ぶりという事でしょうか…
これから何回ニューイヤー駅伝に出られるか分かりませんが、お正月は群馬県を拠点に新潟、長野、栃木などの温泉を回りたいとはやくも楽しみです。

初日は羽田から定刻12時25分に旭川空港に到着しました。
競技は旭川から車で30分ほどの深川市陸上競技場で開催されます。
次男のスタートに間に合うように余裕を持って、夕刻5時ごろには深川市入りしたいと思いました。
予約したレンタカーの手続きと、計画した目的地をナビに登録し終わって、午後1時ごろいよいよ出発しました。
空港から西に深川市方面に向かう道すがらに、マップから立ち寄りたいところをピックアップしていました。
もし予想より滞在が長引いたら変更すればいいですし、そこは一人旅気楽なもので(^_^)

初めに三浦綾子文学記念館を訪ねました。

特に強い関心を持っているのでもなかったのですが、三泊目の宿を塩狩に予約していまして、近くに三浦綾子さんの旧宅を再現した施設があるとの情報を得ていたので、合わせて訪ねようと。

塩狩に宿を取ったのも偶然でした。二戦目の競技会場付近の宿が満杯で、また当初は鉄道を利用するつもりでしたので、沿線にある駅から最寄りの宿が第一条件となると、塩狩以外に当たらなかったのです(⌒-⌒; )



三浦綾子さんといえば「氷点」、子どもの頃に母がテレビドラマで視ていたのを覚えています。
当時としては破格の一千万円の懸賞小説だったそうです。
今年は発表されて五十周年で、何度目かの盛り上がりとのこと、母も一緒だったら喜んだかも(^_^)
どちらから?と声をかけてくださる方があり、うかがえば三浦綾子さんのご主人である三浦光世さんでした。
著書も未読の場違いな来訪者を温かく迎えてくださいました。
三浦綾子さんについてはその後塩狩で理解を深めることになりました。


今日はここまでのところで。

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