1:2012/09/29(土) 17:58:55.89 ID:
短編ですが投下させていただきます。
地の文多めのけいおん!の二次創作となります。

中野梓


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2:2012/09/29(土) 17:59:29.80 ID:
「それってつまり、自己満足なんじゃない?」


何でも無い事みたいに、純が言った。
普段通りの口調と普段通りの語調で、微笑みさえ浮かべて。
前々から分かってはいた事だけど、本当にマイペースな子だなあ、と思った。
普通はこんな言いにくい言葉を歯に衣を着せずに言えるなんて、そうそう出来る事じゃないよね。
こんな事を続けてたら、友達がどんどん減ると思う。

私だって結構胸を抉られた。
自分のやって来た事、やろうとしてる事が、
自己満足だって言われて、平気で居られる人なんて少ないんじゃないかな。
とりあえずでも正しいと思ってやってる事なのに、
そんな簡単な言葉で片付けられるとやっぱり傷付くなあ……。

でも、純はあっけらかんとしてて、言ってる事も多分間違ってなくて……。
いつも私がフォローする立場なのに、純はこんな時だけちゃんとした答えを出していて。
楽しそうに、思いのままに、
単純な答えを出せる純にはちょっと腹が立っちゃうけど。
だけど、そんな純だから、私は……。


3:2012/09/29(土) 18:00:41.61 ID:





きっかけは放課後、
誰も居なくなった教室で純が口に出した言葉だった。


「梓さあ……、好きな人って居る?」


家の用事があるとかで憂が先に帰って教室で二人きり。
二人で席に座って話をしていると、何でも無い事みたいに純がそう口にした。
携帯電話を操作しながら、視線すらこっちに向けずに、単なる雑談みたいに。
ううん、確かに普通なら単なる雑談だった。
私達も一応女子高生なんだし、恋の話に花を咲かせたって不自然じゃない。

でも、私達はそんな自然な話を滅多にしなかった。
たまに純が訊ねて来る事があったけど、その度に憂が微笑んで有耶無耶にしてくれてた。
有耶無耶にしてくれてたのは、その話題が出る度に私が視線を逸らしてたからだと思う。
目を伏せて、軽く下唇を噛んでいたりもしてたくらい。
物凄く不自然だったけど、私はそうする事しか出来なかったんだ。
そうしなきゃ、自分の想いや胸の痛みに耐えられない気がしたから。

実は私にも好きな人は居る。
傍に居たいし、笑い合いたいし、言葉に出して好きと伝えたい。
それが出来たらどんなに嬉しいか、っていつも思ってる。
だけど、それが出来ない事も自覚してるんだ。
あの人との関係を壊したくないし、
壊すのが怖いし、あの人はきっと私の想いを困ると思うから。
私の事なんかで困らせたくなんてないから。
だから、私は自分の想いを言葉になんて出来ない。

私の想いは、私の気持ちは、きっと普通じゃないから……。


「梓……?」


私が何も言わない事を不審に思ったのか、
それとも、最初からそれを予期していたのか、純が軽く顔を上げて私に視線を向けた。
純は何を言い出すつもりなんだろう……。
どんな話に展開させるつもりなんだろう……。
胸が強く鼓動して、話を逸らそうとしても緊張で声が出て来ない。
私の想いを知られてしまったら、純との関係まで壊れてしまうかもしれないのに、
多分、壊れてしまうに違いないのに、私は嫌な汗を掻いて純の次の言葉を待つ事しか出来なかった。


4:2012/09/29(土) 18:01:31.40 ID:
「前から思ってたんだけど梓ってさ、恋バナになると黙り込んじゃうよね。
その顔を見る限り、好きな人が居ないってわけじゃないよね?
もしかして、何か付き合うのに問題がある人に恋してるんじゃないの?
例えば……、掘込先生とか!」


予想外の中年男性の名前を出されて、私はどう反応していいのか迷った。
純、本気で言ってるのかな……?
真意を掴めない以上、私は軽く笑って「そんなわけないでしょ」と肩を竦めてみる。
掘込先生はいい先生だと思うけど、恋愛対象には全然ならない。
奥さんとお子さんの話を授業中にいつも聞かされてるしね。

「やっぱり?」と苦笑した後、
「だとすると……」って言いながら、純が口元に手を当てて首を傾げて唸り出した。
これから思い当たる候補を全部挙げてくつもりなのかな……。
だったら、私の好きな人について、詳しく分かってるって事じゃないのかも。
私は胸を撫で下ろす気分で、純のジャズ研の事に話を逸らそうと口を開いた。
単なる雑談なら、それくらいの事で話を逸らせるはず。
そう思ってたのに、純は私が何かを言うより先にその言葉を出していた。


「ひょっとして……、梓が好きなのって軽音部の先輩?」


そんなわけないでしょ!
って、すぐに返せばよかったんだと思う。
それが普通だし、それこそが私の取るべき普通の反応なんだから。

でも、私にはそれが出来なかった。
ただ顔を青くして、自分の身体から力が抜けていくのを感じて、泣きたくなった。
だって、純の言葉は一つも間違ってないんだから。
否定なんて、出来なかった。
これからの私達のためにも否定しなきゃいけなかったのに、
否定してしまったら自分の想いまで否定するみたいに思えて出来なかった。
これで純と私の関係が終わっちゃうかもしれないのに……。

思えば、憂は何となく私の好きな人に気付いていたから、純の話を止めていてくれてたんだと思う。
私が自分の想いを否定出来ない事を分かってたから、手助けしてくれてたんだ。
憂はそんな風に私を思いやってくれてたんだ……。
でも、今、私の傍には憂が居なくて、私は自分の想いを誤魔化し切れなくて……。


「えっ? 当たりっ?
梓の好きなの人って本当に軽音部の先輩なのっ?」


純が目を丸くして私を見つめる。
その視線に耐え切れなくて、私は純から顔を逸らしてしまう。
その行為で完全に私が軽音部の先輩の事を好きだって事が悟られてしまったはずだった。
同性の……先輩の事を……。


5:2012/09/29(土) 18:07:06.37 ID:
私の中にこんな感情があるなんて、あの人を好きになるまで思ってなかった。
中学生の頃までは周囲の同級生と同じ様に、歌って踊れる男の子のアイドルが好きだった。
女子高に進学はするけれど、文化祭か何かで男子と知り合う事もあるのかな、って軽く考えてた。
あの人の事だって最初から好きだったわけじゃない。
予想とは全然違うのんびりした部に入ってしまって、
どうしたらいいのか戸惑ってしまって、あの人の事も変わった先輩だな、としか思わなかった。
他の先輩達もどこかしら変わってたから、そういう部なんだろうなって思っただけだった。

いつから好きになったのかは、私も憶えてない。
時期としては、一年の頃の学祭のライブが終わったくらいだったと思う。
気が付いたら、あの人の事を目で追うようになって、あの人の事を考える時間も増えていた。
その想いが好きだって気持ちだと認めるのには、それからとても長い時間が掛かった。
多分、普通じゃない自分。
一般からはかなり外れてる自分。
そんな自分の事を思うと悲しくなった。

でも、今はそれより純の事だった。
口が軽くてマイペースだけど、純はいい子だと思う。
私が軽音部の先輩の事を好きだって知っても、誰かに言い触らしたりはしないだろう。
私の秘密を胸の中に仕舞い込んでくれるだろう。
だけど、それと純自身が感じる事とは別問題だった。
純が私を見る目を変えてしまっても仕方が無い。
私の想いはそういう普通じゃない想いなんだから……。
嫌われたって何も不思議じゃないんだから……。

身体が緊張で震えるのを自覚しながら、恐る恐る視線を純の方に戻してみる。
純は見た事も無いような無表情で私を見つめていた。
何か言わなきゃ……。
何かを言葉にしなきゃ……。


「あの……、あのね、純……。
私ね……、私……」


言葉に出来たのはそれだけだった。
それ以上の言葉は、どんなに努力しても溢れ出そうになる嗚咽に掻き消された。
何も、言葉に出来ない。


6:2012/09/29(土) 18:09:31.58 ID:
そのまま時間だけが無為に過ぎて行ってしまって、
気が付いた時には、純が無表情のままで小さく息を吸い込んで、
私の一番聞きたくなかった言葉を口に出してしまっていた。


「それって変だよ、梓。
……気持ち悪い」


その一瞬、自分がどんな顔をしてたのか分からない。
目の前が真っ白になって、頭の中も真っ白になって、
泣いたらいいのか、叫んだらいいのか、それも分からなくなって……。
ただ、純に嫌われてしまった、って事だけが分かって……。
それが辛くて……悲しくて……。
この世界から消えてしまいたい気分になって……。
そうだよね……、こんな私なんて消えてしまった方が……。
あの人にだって、この私の想いはきっと迷惑なだけなんだから……。


「ごめっ……」


それだけ言って、鞄を手に持って、
席から立ち上がってその場から逃げ出そうとして……。
自分の足に力を込めた瞬間、私の頭の上に柔らかい感触を感じた。
誰かの手のひら……。
軽く撫でられる。優しく、温かい体温で……。
誰の手のひら……?
そんなの……決まってる……。
この教室には……、私と純しか居ないんだから……。
これは……純の手のひらだ……。

何が起こったのか分からないままに視線を向けると、
そこには優しい表情で微笑んで私の頭を撫でている純が居た。
ごくたまに私に向けてくれる優しい表情の純が。


「……なんて、言われると思ってた?
そんな事、私は言わないよ」


純が静かに言葉を紡ぐ。
その言葉も優しくて、それが逆に胸に突き刺さって……。
何だかたくさんの感情で目まぐるしくなって、
気が付いたら私の目の前がぼやけてしまっていた。
勿論、私の瞳から大量の涙が流れてしまっているからだった。
悲しいわけじゃないし、辛いわけでもない。
ただ涙が溢れて……。


「あ……あら、あらら……。
ご、ごめん、梓、びっくりさせちゃったみたいだね……」


純が動揺した口振りで私の頭をまた優しく撫でる。
何度も何度も、心を込めて撫でてくれる。
でも……。


「撫でないで……よ、もー……!」


私は軽く純の手を払ってから、それだけ言ってまた声を上げて泣いた。
純の行動が嫌だったわけじゃないし、純の事が嫌いになったわけでもない。
ただ何だか多分嬉しくて、でも照れ臭くて、頭を撫でられてる気分にはなれなかったから。
恥ずかしかったんだ、単純に……。
それからかなり長い間。
私は声を上げて大粒の涙を零してしまっていたけど、純は何も言わずに傍に居てくれた。
傍に居て、見守っていてくれた。
もう……、これじゃいつもと逆じゃない……。
そう心の中では毒づいていてしまったけど、私はとても心強かった。


7:2012/09/29(土) 18:11:03.56 ID:





完全にってわけじゃないけど、私がかなりの涙を流し終えた頃、
純がスカートのポケットの中から絹のハンカチを出して、渡してくれた。


「落ち着いた、梓……?」


「一応……ね……。
って、これ、お兄さんから貰ったって言ってたハンカチじゃ……。
こんなの使えないよ……」


「いいから使いなってば。
梓を泣かせちゃったのは私にも原因があるわけだし、
ハンカチってのは手と涙を拭くためにあるんだから。
ハンカチは用量、用法を守って正しく使いましょう」


「何よ、それ……」


呟きながらも、私は純のハンカチを受け取って流れた涙を拭いた。
想像以上に泣いてしまったらしく、完全に拭き取るまで時間が掛かった。
私、こんなに涙を流せる子だったんだ……。
そう思いながら一息吐くと、純がとても真剣な視線を私に向けてから言った。


「さっきはごめんね、梓。
こんなに泣いちゃうくらい悩んでたなんて思ってなかったよ。
ずっと一人で悩んでたんでしょ?
でもね、梓、私の言いたかった事も、分かってるよね?」


「……うん」


泣いている最中、気付いた事がある。
純は私をからかうためにあんな事を言ったわけじゃないんだって。
現実を私に教えてくれるために、わざと言ってくれたんだって。
自分の口元を結んで純と目を合わせると、純がまた真剣な表情で続ける。


8:2012/09/29(土) 18:12:07.53 ID:
「世の中には色んな人が居るもんね。
テレビとか観てるとさ、
男同士とか女同士とかの恋愛に寛容に思える事もあるけど、
テレビでやってる事と現実とじゃ、結構違ってるみたいなんだよね。

ねえ、知ってる、梓?
前に一年生が三年の先輩に告白したみたいなんだけど、
「気持ち悪い」って言われて、断られたらしいんだよね。
その噂を聞いてたからさ、梓にも言っておいた方がいいかもって思って。
それで必要以上に驚かせちゃったみたいで、ごめんね」


私は首を横に振った。
やられた身としては辛かったけど、今は純に感謝していた。
純は私に最悪の状況を前もって教えてくれたんだ。
純が謝る必要なんて無いよ……。
でも、一つだけ疑問に思う事がある。
私は少し緊張しながら、純にそれを訊ねてみる事にした。


「純は……」


「何?」


「純は……、私が気持ち悪くない……?」


「気持ち悪くなんて、無いよ、梓。
梓は梓なんだし、私って結構自由と友情を大切にする女なんだもんね」


「そんなので……いいの……?」


「まあ、私が好きなのは男の子なんだけどね……。
でも、人を好きになる気持ちには、
相手が同性でも異性でも変わりは無いって私は思うよ。
それに梓が好きなのは、別に私ってわけじゃないんでしょ?」


「それは……そうだけど……」


9:2012/09/29(土) 18:12:41.54 ID:
「分かってても、あっさり言われるとちょっと傷付くなー……。
まあ、いいけどね。
だったら、私の梓に対する態度は変わるわけないでしょ?
私の事が好きってわけじゃないなら、ならばよし!
逆に応援したい気分だよ」


「そうなんだ……。ありがとう……」


「お礼を言われるような事でも無いけどね」


純が少し照れ臭そうに微笑んで頭を掻く。
その笑顔には何の嘘も含まれてないみたいに見えた。
本気でそう思ってくれてるんだろうな……。
その考えはまた私の涙腺を緩くした。
さっきまでと違って、辛さや悲しさじゃなくて、嬉しさからの涙が出そうになる。
それをぐっと堪えて軽く微笑むと、純が急に表情を崩して悔しそうに続けた。


「あー……、でも悔しい!
やっぱり、梓って軽音部の先輩の事が好きだったんだね。
変わってるけど素敵な先輩が多いもんね。
唯先輩は面白いし、澪先輩はカッコいいし、
律先輩は元気で楽しそうだし、ムギ先輩はミステリアスで魅力的だし……。
よりどりみどりのハーレムじゃん!
悔しいなあ……、私も軽音部に入っとけばよかった……!」


残念だけど、それに関しては私に言える事は何も無かった。
……にしても、純って澪先輩以外の事も気になってたんだ。
結構浮気性なのかな……?
私が苦笑しながら首を傾げていると、純が今度は私の手を強く握って言った。


「それで梓の好きな人って誰なのっ?
唯先輩? 澪先輩? 律先輩? ムギ先輩?
先輩の誰かが好きなんだろうな、
ってのは前から薄々思ってたんだけど、その相手が分からなかったんだよね。
ここは私の顔を立てると思って教えてくれないっ?」


候補の人を全員出して訊ねて来るなんて、何だか純らしい。
ちょっと躊躇ったけど、私は意を決して純にあの人の名前を伝えた。
私の今までの嘘を受け止めてくれた純だから、正直な答えを伝えたかったんだ。


10:2012/09/29(土) 18:13:14.35 ID:
「そうだったんだ!
これは盲点だったなあ……、梓が好きなのがあの人だったなんて……。
好きになった理由……はまた今度訊かせてもらおうかな」


「訊くつもりなんだ……。
でも、純、先に私にも訊かせて。
私が先輩の事を好きだって事、薄々気付いてたって本当?」


「あ、うん、何となくだけどね。
大体、梓が好きになる人って言ったら、先輩の誰かしか居ないよ。
だって、男子が傍に居る様子が全然無いし、
一番長い時間一緒に居るのは軽音部の先輩達だしね。
だから、先輩の誰かの事が好きなんだろうな、って思ってたんだ」


「そうなんだ……。
ねえ、純……、先輩達……、私の気持ちに気付いてると思う……?」


「どうかなあ……?
先輩達は皆鈍感そうだから、あの人も含めて全員気付いてないかもね。
普通は同性の後輩が自分の事を好きだなんて思わないだろうし。
私が梓の気持ちに気付けたのもさ、
私が梓の好きな人の話をする度に、梓が辛そうな顔をしてる事に気付いたからなんだ。
憂もそれを分かってていつも話を止めてたみたいだけど、
いつかはちゃんと梓に訊いておきたかったんだよね……」


マイペースだけど、純もちゃんと色んな物を見てるんだ、って思った。
私の事を見てたんだ。
見てくれてたんだ……。


18:2012/10/02(火) 14:06:57.58 ID:
「でもね、梓。
気付いてるとは思うけど、きっと憂は梓の好きな人が誰か気付いてるよ。
憂はお姉ちゃんの事ばっかり考えてるようにも見えるけど、そうじゃないもんね。
お姉ちゃんだけじゃなくて、先輩達や私達の事もしっかり見てて、しっかり考えてくれてるよ。
いい子だもん、憂は。
だからね……」


「うん、分かってるよ、純。
まだちょっと無理だけど……、でも、いつか憂には私の好きな人の事、自分で伝えたいな。
自分の口で、ちゃんと憂と正面から向き合って、誤魔化さずに……」


私が言うと、「それがいいよ」と純が嬉しそうに微笑んだ。
優しい微笑みだった。
純は憂の事をいい子って言ったけど、純だって十分いい子だよ、って私は思った。
勿論、口に出しては言わなかったけどね。
そういう事は本人に言う事じゃない思うし、
私と純はそういう事を言い合わない方がお互いを大事にし合えるって思うから。


「ところで、こういう事を訊くのも変だと思うんだけど……」


急に真剣な顔になった純が、少し重い声を出して私に訊ねる。
私も緩め掛けていた表情を引き締めてから、静かに訊き返した。


「どうしたの、純?」


「あの人に告白……はしてないだろうけど、する予定はあるの?
勿論、そんな簡単に出来る事じゃないとは思うんだけど、梓はどう考えてるのかな、って」


純の言葉を聞き終わった後、私は大きく息を吐いた。
溜息にも深呼吸にも似た息。
私自身もどっちなのか分からないまま、気付けば純の質問に答えていた。
誰かに聞いてほしい答えだったのかもしれないし、
誰かに私の答えの是非を判断してほしかったのかもしれない。


19:2012/10/02(火) 14:07:25.89 ID:
「私の想いだけどね……、多分、ずっと伝えられないと思う……。
伝えない気がするんだ、私。
勇気が無いってのもあるし、これでいいのかって迷ってるのもあるんだけど……。
でも、やっぱり、私の想いを伝えて困らせたくないんだよね……。
先輩達は皆優しくしてくれるし、私が女の人の事を好きだって知っても、優しくしてくれると思う。
私の事を大切にしてくれると思うよ。

だけど、先輩達、私の気持ちを知ったら困っちゃうと思う。
私の好きな先輩達を困らせちゃう。
それは嫌だから……、凄く嫌だから……、
だから、ずっと伝えられないままなんじゃないかな……」


それは私の出した答え。
自分の想いに気付いて、悩み続けてようやく出せた答えだった。
私は自分のせいで先輩達を困らせたくない。
唯先輩も、律先輩も、澪先輩も、ムギ先輩も、誰も困ってほしくない。
だから、私は私の想いを胸の中に、鍵を掛けて仕舞い込んだままにしておくんだ。

純は私の言葉を聞き終わって、
何事かを頷きながら考えてたみたいだけど、すぐに何でも無い事みたいに私に返した。


「それってつまり、自己満足なんじゃない?」


普段通りの口調と普段通りの語調で、微笑みさえ浮かべて純は言った。
前々から分かってはいた事だけど、本当にマイペースな子だなあ、と思った。
普通はこんな言いにくい言葉を歯に衣を着せずに言えるなんて、そうそう出来る事じゃないよね。
こんな事を続けてたら、友達がどんどん減るってば、純……。

いきなり自己満足って言われて、私自身も結構胸が痛くなった。
突然の指摘にちょっと悲しくなっちゃうくらい。
でも、いつの間にか私は苦笑してしまっていた。
うん、そうだ……、そうだよね……。


「かもね……、ううん、きっとそうだと思うよ、純。
先輩の事を困らせたくないって気持ちは本当だけど、やっぱり私の自己満足なのかもしれないね。
本当は先輩達にちゃんと自分の想いを知ってもらった方が、
その方が先輩達も嬉しいって考えてくれるかもしれないよね……。
でも、私は……」


そうやって、私が思うままに言葉を続けていると、不意に純が私の頭に手を置いた。
何度か私の頭を撫でる。優しく、ほんの少しだけ強く。
それから静かな微笑みを浮かべて、ゆっくり口を開いた。


20:2012/10/02(火) 14:07:53.59 ID:
「いいんだよ、梓、別に自己満足でもさ。
梓が先輩達を困らせたくないって言うんだったら、それが梓の一番大切な気持ちなんだよ。
恋をしたら告白するだけが人生じゃないもんね。
ずっと想いを抱えたままで生きてくってのも、私はありだと思うよ?
それが梓が悩んで出した答えなんだったら、自己満足でもきっとそれでいいんだよ」


純の言葉にはどう返したらいいか分からなかった。
私の答えを自己満足と言いながら、それを認めてくれる純。
傍から見てると荒唐無稽な気がしたけど、ちょっとだけ肩の荷が下りる気がした。
何だか嬉しかったけど、それを純に直接伝えるのも変な気がした。
私は小さく微笑んで、私の頭を撫でる純の手を軽く振り払った。


「撫でないでよ、もー……」


「あはは、別にいいじゃん、梓。
梓の頭って丁度撫でやすい所にあるし、撫でやすい雰囲気を漂わせてるんだもん。
こりゃ撫でないわけにはいかないでしょ!」


「何それ……」


「と、冗談はさておくとしてもさ、私、思うんだよね。
人を好きになるのも人から好きになられるのも凄く大変な事で、迷惑になる事も多いんじゃないかって。
漫画とかでよくあるでしょ?
『好きになっちゃったんだから仕方ない』って台詞。
先生と教え子とか、同性同士とか、兄弟姉妹の恋愛とか、
不倫関係とかでよく見る台詞だけど、それってすごく無責任だと思うんだよね。

だって、そうでしょ?
好きだから何をしてもいい、ってのはストーカーの理屈じゃない?
人を好きになるのは大切な事だけど、それを言い訳にしちゃったら駄目でしょ」


「それは……そうかも……」


「でしょ?
しかも、そういう台詞って、本人より周りの友達とかが言う事が多いじゃない?
いや、駄目でしょ!
そこは友達として、一緒に一番いい対策を考えてあげる所でしょ!
『好きになっちゃったんだから仕方ない』って言ってる場合じゃないでしょ!
って、いっつも思うんだよね」


妙に熱心に純が拳を固めて力説する。
熱くなり過ぎだよ、純……。
ほら、熱くなり過ぎてるせいか、留めてる髪が乱れて爆発しそうじゃない……。


21:2012/10/02(火) 14:08:22.84 ID:
でも、嬉しいな……。
純は私の想いを無責任な言葉で放り出さないで、まっすぐ受け止めてくれてるんだ……。
こんな面倒臭い私なのに、私の未来について考えてくれてるんだよね……。
だったら、私ももっと自分の未来について、強く決心しなきゃいけないと思う。


「大体、同性相手の恋愛がどれだけ大変か分かってるのか、って話だよね」


よっぽど語りたい事だったのか、まだまだ熱は冷めないみたい。
私は苦笑しながら、純の熱弁にまた耳を傾けた。


「同性同士だと結婚出来ないし、子供だって出来ないでしょ?
世間の目だってまだそれなりに厳しいし、何よりお父さんやお母さんが困るよね。
まさか自分達の孫の顔が見れなくなるなんて、中々割り切れる物じゃないと思うし。
家族や他人なんて関係無い。自分達が幸せならいい。
……なんてよく聞くけど、そんなの身勝手だよね。
今まで自分を支えてくれた友達や家族も居るのに、全部捨てるなんて酷い話だよ」


「……うん、そうだよね、純。
身勝手な話だよね、だから、私……」


「梓の話じゃないよ。
梓は悩むタイプだもんね。
悩んで悩んで自分の気持ちを隠す決心をしたんでしょ?
私に言われなくたって、さっき言った全部の問題点も考えてたはずだもん、梓は。
梓は真面目で融通が利かなくて色々面倒臭い所がある子だけど、でも、優しい子だもん。
家族や私達や先輩達の事を考えて、今の恋は黙っておく事にしたんだと思うから。
だから、私が梓に出来る事はそれを応援する事だけだよ」


「ありがとう、純……。
でも、今の恋……って?」


「今の恋だけが人生じゃないよ、梓。
もしかしたら、また誰かの事を好きになる事があるかもしれないし、
来年入って来る新入部員とかに好きになられる事もあるかもしれないでしょ?
その相手がまた女の人なのか、それとも男の人なのか分かんないけどさ、
いつか梓がまた恋をする事になったら嬉しいな、って私は思うよ」


次の恋……か。
考えたくはないけど、純に言われるとあるような気もしてくるから不思議だなあ……。
勿論、あの人への恋心を捨てたわけじゃないし、
今も変わらず大好きだけど、そういう可能性もあるんだ、って思った。

私がちょっと微笑むと、語り過ぎたと思ったのか純が自分の頭を軽く掻いた。


「勿論、今の恋だって応援してるよ、梓。
先輩達を困らせたくないって梓の気持ちも分かるし、応援してる。
でもね、私としてはそれと同じくらい、あの人に告白してほしいとも思ってるんだ。
先輩達を困らせるかもしれない。
言わない方が今まで通りの軽音部で居られるのかもしれない。
それでも梓が自分の気持ちを告白したいって思ったんなら、私はそれを応援するから!」


「応援してくれるのは嬉しいけど、結局、どっちなのよ、純……」


22:2012/10/02(火) 14:08:49.52 ID:
「どっちも、だよ、梓。
どっちを選んでも、私は梓を応援したいんだ。
どっちの答えでも、それは梓が精一杯悩んで出した答えだと思うもん。
だから、私は梓の選んだ答えを応援したいんだ。
それが親友ってやつでしょ?」


「親友かあ……。
何か日和見なだけにも見えるけどね」


「あっ、酷いなー、梓は。
自由って言ってよ、自由って。
フリーダム! リバティ!」


自由……。
どっちを選んでも私の自由なんだ……。
その答えを選択した責任を取りさえすれば、純は私を応援してくれるんだね……。
簡単なようで難しくて、厳しいようで凄く優しい純の態度。
私は……、そんな純が友達で、ううん、親友で居てくれて、凄く嬉しいと思う。
純が親友で居てくれただけで、私は凄く幸せなんだ。

でも、一つだけ気になった事があったから、私は純に訊ねてみる事にした。
余計な事かもしれなかったけど、何となく気になって仕方が無かった。


「そういえば、純。
妙に同性同士の恋愛の大変さについて詳しかったよね。
子供が出来ないとか、世間の目とか、お父さんやお母さんの事とか……。
ひょっとして、純も誰かにそういう恋をした事があるの?
勿論、今じゃないだろうけど、前に女の子に恋をした事がある……とか?」


一瞬、純が珍しく顔を赤く染めた。
どうやら、完全に恥ずかしがってるみたい。
本当に女の子の事が好きだった時期があったのかな、って思ったけど、そうじゃないみたいだった。
純は私から目を逸らしながら、顔を真っ赤にして答えてくれた。


「あ、えっとね……、女の子の事を好きになった事は無いんだけど……。
うーっと……、梓も自分の秘密を教えてくれたから、いいかな……。
それが親友ってやつだもんね……。

ねえ、梓!
今から言う事、誰にも言わないでね!
憂にも、先輩達にもだよ!
絶対だからね!」


「う、うん……、それは勿論だけど……」


23:2012/10/02(火) 14:09:31.41 ID:
「じゃあ……、言うね?
実はね、私……、
あっちゃ……お兄ちゃんの事が……、好きだった……んだよね……」


「ええっ?」


「だって、仕方ないじゃん!
お兄ちゃん、カッコいいし、優しいし、恋するなって方が無理だって!
あっ、勿論、今はお兄ちゃんとして好きなだけだから!
男の人として好きだったのは、中学生の頃までだから!」


結構、最近じゃない……、とは言わなかった。
純が勇気を出して私に隠していた事を教えてくれたんだもん。
多分、私の秘密を自分だけが知ってるのを悪いって思ってくれて。
私と対等な立場で居てくれるために。

それにしても、これで純の言葉に納得が出来た。
子供が作れないって事以外、お兄さんへの恋は同性との恋愛と同じ問題を抱えてるもんね。
だから、純は教えてくれたんだ。
誰かに迷惑を掛ける恋を貫き通せるか……、
その覚悟が無いと恋なんて出来ないんだって事を。
同性同士だけじゃなく、肉親への恋だけじゃなく、
異性同士の恋でも、多分それは同じ事なんだって……。
自分も同じ事で悩んでいた時期があったから……。


「内緒だからね?」


上目遣いに純が呟く。
私はその純の手を取り、真正面から見つめ合って微笑んだ。


「うん、分かってるって」


私の友達……、私の親友の純。
私は純と友達になれて、友達で居られてよかった。
最後に一つ、純は私にとても大切な言葉を届けてくれた。


「私ね、お兄ちゃんの事は高校に入ってから諦めたんだけど、それは私達が兄妹だったからじゃないんだよ。
私が私で、お兄ちゃんがお兄ちゃんだから、諦めたの。
沢山の困難があっても自分の恋心を貫けるほど、お兄ちゃんの事を好きでいられなかったからんだ。

でも、そういう困難って、兄妹や同性同士じゃなくても起こる事でしょ?
勿論、困難の量は変わってくるけどね。
そういう意味ではどんな恋も一緒なんだよ、きっと。
自分の想いを抱えたまま好きな人と疎遠になる、なんてよくある事だもんね。
梓は梓の恋をしただけで、その恋が成就しても、諦める事になってもそれは恋なんだよ。
変な恋でも禁断の恋でも無くて、単なる梓の恋なの。
梓の恋がどんな結末を迎えても、
梓が自分の恋にどんな選択肢を選んでも、
それだけは……、梓に憶えていてほしいんだよね」


私は頷いて、握っていた純の手のひらに力を込めた。
そうだよね。
私は私の恋をしただけなんだ。
この恋が実らなくたって、秘めたままにしていたって、それは私の選んだ事。
同性の先輩に恋をしたからじゃなくて、極普通に訪れる極普通の失恋なんだよね。
多分、この恋は成就するどころか、届ける事も無いと思う。
私はやっぱり先輩達を困らせたくはないから……。
このままの軽音部で居たいから……。
でも、それも一つの恋なんだろうと思う。
純の言う自由な姿での自由な姿勢の恋なんだ。
私なりの失恋をしよう。
受け容れるまでかなりの時間が掛かるかもしれないけど、それでも。


24:2012/10/02(火) 14:10:08.51 ID:
不意に。
教室の外から私の名前を呼ぶ声が響いた。
純と一緒に視線を向けると、あの人が教室の外に立っていた。
私の好きなあの人……。
少しだけ、胸が痛む。
でも、それは今まで感じていた辛さじゃなくて、清々しい一瞬の痛みで。

私は自然に笑顔を浮かべて、あの人に向けて頷いていた。
そう言えば今日も部活で集まれる日だった。
時間を確認してみると、結構遅刻してしまっているみたいだから、あの人が呼びに来てくれたんだろう。


「ありがとう、純。
じゃあ、今日は行くね」


鞄を持って席から立つと、純も私と一緒に立ち上がって、また私の頭を撫でた。
満面の笑顔の楽しそうな純のその姿は私をとても嬉しくさせた。


「頑張りなよ、恋する乙女」


耳元で純が囁いて、私は苦笑する事でそれに応じた。
その間中も私の頭を撫でていたけど、私はその手を振り払わなかった。
純に頭を撫でられるの、本当は嫌いじゃないから。
大切な親友の温もりを感じられて嬉しいから。
だから、今回だけは、純の体温を頭に感じていたかった。
今回だけ……だけどね。


「うん、頑張る。
行って来るね、純」


私がそう言うと、頭から純の手が離れた。
二人で顔を合わせて笑う。
ありがとう、私の親友。
私も純に負けないように、自分の気持ちに素直に私も頑張るよ。
心の中だけでそう呟いてから、私は先輩の下に駆け寄った。


25:2012/10/02(火) 14:11:16.35 ID:





部室までの道中、私が嬉しそうな顔をしていたからか、
先輩が私と純が教室で何をしていたのか、と訊ねてきた。


「秘密です!」


多分、満面の笑顔で言うと、先輩は不思議そうに首を傾げていた。
うん、ずっと秘密。
私の想いを届ける事は、きっと一生無いだろう。
失恋のまま、この恋は終わるだろう。
だけど、それでいいんだって思った。
秘めたままの恋でも、自己満足でも、それが私の恋なんだもんね。

失恋で胸が痛んだって平気。
それは極普通の失恋で、私の責任で至る事になる失恋だから。
だから、きっと失恋を抱えても笑顔で生きていける。
それを教えてくれた親友が私には居るから。

私にはそんな大切な親友が居るんだ。




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