1:2011/10/23(日) 00:26:59.38 ID:
『けいおん!』と『ダイハード』シリーズのクロスオーバー作品です。
ハリウッドの脚本みたいな上手いものは書けませんし、こういうスタイルのSSは初めてですが、
楽しんで頂ければ幸いです。

平沢唯

2:2011/10/23(日) 00:29:00.53 ID:
20XX年12月25日 東京湾の沖合い10km 豪華客船ヨシノブ・タカギ号

~パーティホール~

社長「最先端技術の結晶。まさに、巨大スーパーコンピューターがそのまま海を航行している。
   そう言っても過言ではない、このヨシノブ・タカギ号。船内のすべての機能がコンピュータ制御され、
   乗客の皆様に快適と安心を――」

一段高いステージの上ではジョン・フィリップスのスーツに身を包んだ白人男性が滔々とスピーチを
続けている。
そして、華やかなパーティホールの片隅。受話器を握っているのは、くたびれたスーツすらも似合わない
初老の男性。

マクレーン「ああ、ルーシーか? 俺だよ。船の上からかけてる。衛星電話ってヤツらしいんだけど」

ルーシー「船? どうして、また」

マクレーン「実は今、日本にいるんだ。ナカトミ・コーポレーションのクリスマスパーティに呼ばれちまってさ。
      引退のお祝いをしたいからゲストで来てくれって」

ルーシー「へえ、すごいじゃない」

マクレーン「まったく義理堅い事だね。三十年近くも経ってるってのに、俺なんかを憶えてるんだから」

ルーシー「フフッ、父さんはナカトミビル占拠事件を解決したヒーローだもの」

マクレーン「……ヒーロー、か」

ルーシー「あ、待って。マットが電話を代わりたいって」

マクレーン「おおい、勘弁してくれ。俺は代わりたくない。大体、俺はアイツを義理の息子だなんて
      認めてないぞ。俺の知らないうちに子供まで作って――」

ルーシー「その話はもう済んだはずでしょ! 父さんの考えを一方的に押しつけるのはやめて。
     そんなだから、いまだに母さんとも仲直り出来ないのよ。もう切るわ」

マクレーン「ルーシー、ちょっと待て! ルーシー! ルーシー・マクレーン!」

ルーシー「ルーシー・ファレルよ!」ガチャリ



マクレーンは自嘲の笑いを浮かべながら、通話の終わった受話器をしばらく眺めていたが、やがて手近な
ウェイターにそれを渡した。

マクレーン「ああ、君。電話をありがとう」

気を取り直し、と行きたいところだが、そう簡単にはいかない。
それでも水っぽいシャンパンを手に取り、豪華な料理の並ぶテーブルの前に立てば、何となく嫌われ親父から
招待客の気分には立ち返れる。
しかし、どうも物足りない。
隣に若い女性が数人いたのだが、マクレーンは特に気にする事無く、懐からゴロワーズを取り出して
火を点けた。

澪「ケホッ、ケホッ」

澪「あの、すみません。煙草は遠慮して頂けますか。会場内は禁煙ですし……」オドオド

マクレーン「ああ、こりゃ失礼」

マクレーン(昔は空港のどこにいても吸えたもんだがねえ。今じゃ屋根のあるとこは、例え大海原の上でも
      禁煙ときたもんだ……)


3:2011/10/23(日) 00:33:02.07 ID:
 
紬「……」ジーッ

マクレーン「……」

紬「……」ジーッ

マクレーン「……」

紬「……」ジーッ

マクレーン「……あの、どこかでお会いした事でも?」

紬「もしかして、ミスター・ジョン・マクレーンでは? あの全米サイバーテロ事件を解決した」

マクレーン「ああ、まあ……」

紬「まあ、やっぱり! TIMEの表紙でお顔を拝見した事がございましたので! 光栄ですわ!
  私、あなたにお会いするのが夢でしたの!」

マクレーン「そりゃ、どうも」

彼女の一際高い声に、他のメンバーも興味を示す。

律「ムギ。誰? このおっさん」

唯「ムギちゃんの知り合いさん?」

紬「おっさんだなんて失礼よ、りっちゃん! この方はニューヨーク市警のジョン・マクレーン刑事!
  1989年のロサンゼルス・ナカトミビル占拠事件、1990年のワシントン・ダレス国際空港占拠事件、
  1995年のニューヨーク連続爆破テロ事件、2007年の全米サイバーテロ事件と、数々の事件を
  解決してきたヒーローなのよ!」ハアハア

律「そ、そりゃ、すごい、ですね……」タジッ

唯「ホント、すごいねえ!! ハリウッド映画の主人公みたい!」

澪(ふうん、そんなにすごい人なんだ。でも、そうは見えないな。パッとしなさそうな雰囲気だし、
  筋肉ムキムキって訳でもないし、頭ツルツルだし)

マクレーン「君達は確か…… パーティのオープニングで歌ってたガールズ・バンドのメンバーかな?」

紬「まあ! まぁあ! マクレーン刑事に私達の演奏を聴いて頂けたとは! なんて光栄!
  光栄の極みですわぁあああああ!!」

律「ムギ、うるさい」

唯「私達、『放課後ティータイム』っていうんです! 今はそんなに売れてないですけど、プロで頑張ってます!
  よろしくお願いしますね! って通訳してムギちゃん」

マクレーン「よろしく。ええっと……」

彼が目を走らせた来賓用ネームプレートには、アルファベットでそれぞれのファーストネームが記されている。

マクレーン「ユイ(YUI)と、ミオ(MIO)と、リツ(RITSU)と、ツムギ(TSUMUGI)と、エィズサ(AZUSA)か」

梓「あずさです! あー、ずー、さー! あずさ!」

唯「『あずにゃん』って呼んであげて下さいね! ぎゅー!」ギュッ

マクレーン「エィズニャン?」

梓「だから、『あずにゃん』ですってば!」

マクレーン「ああ、アズニャン」

梓「誰が『あずにゃん』ですか! あずさです!!」

澪「……」


4:2011/10/23(日) 00:38:19.31 ID:
 
そのうち、五人とマクレーンの談笑の中に、ある人物が近づいてきた。パンツルックのリクルートスーツに
赤いアンダーリムの眼鏡が知性を感じさせる女性。

和「もう、こんなとこまで来て何を騒がしくしてるの? ……あら、マクレーンさんじゃない」

澪「なんだ、和の知り合いなのか?」

和「知り合いではないけど、私はナカトミの人間だからね。ご招待したゲストは知っていて当然でしょ」

和「はじめまして、ミスター・マクレーン。私は真鍋和。ナカトミ・ミュージック・エンターテインメントの
  社員で、この子達のマネージャーを務めております」

マクレーン「へえ、ナカトミは音楽業界にも進出していたのかい?」

和「米企業に買しゅ、ええと、米企業と合併して経営陣が入れ替わってからは、多角的な経営方針と
  なりましたので」

マクレーン「なるほどね…… ま、何にせよ、こんな美人のエプスタインがいるんなら、
      ホーカゴ・ティー・タイムもいずれ大ヒット間違い無しだな」

和「まあ、お上手」クスクス

唯「澪ちゃん、えぷすたいんってなぁに?」ヒソヒソ

澪「ビートルズのマネージャーのブライアン・エプスタインの事。ジョークだよ、ジョーク」ヒソヒソ

社長「それでは皆さん、ここでスペシャルゲストをご紹介しましょう。1989年のちょうど今日、
   ナカトミ・ロス支社を悪の手から救ったヒーロー、ミスター・ジョン・マクレーン!」

マクレーン「まいったな……」

和「さあ、ミスター・マクレーン。スピーチを」

拍手と好奇の視線の中、渋面に溜息のマクレーンはステージに足を運ぼうとしたが、ふと何かを
思い出したように足を止めた。

マクレーン「ああ、ツムギ」

紬「はっ、はぁい!」

マクレーン「俺はもうニューヨーク市警の刑事じゃない。引退したんだ。今は少ない退職金と年金、
      それにガードマンのアルバイトで食ってるしょぼい年寄りさ」

紬「えっ……」

マクレーン「俺はヒーローじゃない……」


5:2011/10/23(日) 00:41:48.01 ID:
 


~ブリッジ~

副船長「今のところ何の問題もありませんね、船長」

船長「うむ」

副船長「それにしても素晴らしい船です。操縦を含む船内のすべてがコンピュータ制御。
    ごくわずかな人員と手間で、お客様に最高のクルーズを楽しんで頂ける。ナカトミの開発した
    画期的な豪華客船ですね、これは」

船長「……」

副船長「どうかされましたか?」

船長「いや、年寄りの戯言と笑われるかもしれんがね。何もかもを機械任せにするというのは、どうもな……」

副船長「フッ、船長は『海の男』ですからね」

突如、操舵室のドアが乱暴に開き、初老の黒人男性と背の低い東洋人男性の二人組が室内に入ってきた。

副船長「おい、君達。ここは立ち入り禁止―― うっ……!」

プシュッという消音器付き拳銃独特の音が東洋人の手元で響いたかと思うと、副船長はその場に崩れ落ちた。

東洋人「交代の時間だ」プシュッ

船長「ぐうっ!」

黒人男性は船長の死体をまたいで、中央のデスクに座った。
そこには大きなディスプレイとキーボードが備え付けられている。
器用に片手でキーボードを操りながら、黒人男性は腰に差していた無線機を手に取った。

黒人「こちらイーグルネスト。“クラブハウス”がオープンした。どうぞ」

通信相手1「こちらファルコン。そちらの連絡と同時に“ステージ”を開幕する。どうぞ」

通信相手2「こちらカッコー。“郵便配達”が終わり次第、そちらへ向かう。どうぞ」

通信相手3「こちらヒナドリ。これから“ティーセット”を片付けにかかる。どうぞ」

黒人「了解。どうぞ」

彼は眼鏡を指で押し上げ、両手をキーボードに添える。

黒人「さあてと。ドカーンと一発、やってみようか」


6:2011/10/23(日) 00:49:58.07 ID:
 


~パーティホール~

律「うめええええ! ローストビーフうめええええ! 七面鳥うめえええええ!」ガツガツ

唯「りっちゃん、これすごいよ! フォアグラの上にトリュフが山ほど乗ってるよ!」ハグハグ

梓「私、ワインよりもシャンパンが飲みたいです」

ウェイター「申し訳ありません。未成年者のお客様に酒類は……」

梓「ぷぅううううう! 私、これでも23歳です!」

ウェイター「しっ、失礼致しました! 只今、お持ち致します!」

紬「ああ、マクレーンさん。お話する姿もステキ……」ウットリ



澪「あのさ、和」

和「ん?」

澪「すごく感謝してるよ。ありがとう」

和「何よ、改まっちゃって」

澪「いや、ほら。まだまだ有名じゃない私達が、こんなセレブとかお金持ちとかが集まるパーティの
  オープニングアクトなんてやらせてもらってさ。ま、私は緊張で膝が笑っちゃってたけどな」

和「所属レーベルの親会社主催だし、そんなに難しい事ではないわよ」

澪「それでもさっ…… それでも、和のマネージメントのおかげで、私達は日の目を見られたんだ。
  大学を卒業してからずっとマイナーバンドだった私達が、ナカトミみたいな大手と契約出来て、
  デビューしてすぐにオリコンにも名前が載るようになって。だから、感謝してる」

和「……感謝するにはまだ早いわよ。チャートのTOP20にも入ってないのに。武道館ライヴ、
  チャート1位、そして世界進出。それからなら感謝されてあげる」

澪「ん、そうだな。まだまだ、これから」

和「あなた達の為なら、何だって出来るんだから」ボソッ


7:2011/10/23(日) 00:51:11.33 ID:




唯「ふぅ、お腹いっぱ~い」ポンポン

梓「ホントによく食べましたね。太っても知りませんよ」

唯「だいじょーぶ、だいじょーぶ。私、いくら食べても太らない体質だから。それにこぉーんな
  豪華な料理、私達じゃめったに食べられないもんね」

梓「まあ、そうなんですけども」

唯「よ~し、お腹もいっぱいになった事だし、船の中、探検しちゃお!」

梓「ええっ! まだパーティの途中ですし、それに船内は広いから迷子になっちゃいますよ。
  唯先輩の事だから」

唯「へーき、へーき!」ダッ

梓「あっ、待って下さい! 澪先輩、和先輩。私、心配なので唯先輩に付いて行きます!」ダッ

澪「おー、頼んだぞー」

和「まったく、あの子ったら幾つになっても……」

澪「いいじゃないか。唯のあの性格に救われる事も多いしな。あ、そうそう、今回のステージスタッフ
  だけどさ」

和「何か問題あった?」

澪「問題どころか、その逆。あんないい感じのスタッフに囲まれて仕事したのは初めてだよ。
  全員外人だったから、最初はかなり緊張したけどな」

和「音響から機材運搬まで最高のスタッフを、って思ってね。アメリカから呼び寄せたのよ」

澪「特にコンピュータ担当の、あの少し年取った黒人の人。あの人とは話してて、いっぱい刺激を
  もらったな。これからの参考になりそう。名前、なんて言ったっけ……」

和「あら、路線変更してミクスチャー・ロックでも始める? チリ・ペッパーズっぽく」

澪「いやぁ、それもなぁ」


9:2011/10/23(日) 00:56:37.18 ID:
 


~機関室前の廊下~

プレートに『機関室』と刻印されたドアの前にたたずむ唯。
ドアをジーッと見つめていたが、その向こうに何があるか、どうにも気になるらしい。

唯「……えへっ」ニヘラッ

梓「ちょ、ちょっと、唯先輩! ダメですよ! どう見ても“関係者以外立入禁止”な場所じゃないですか!」

唯「ほんの少し! ほんの少し見るだけだから! お願い、あずにゃん」グイグイ

梓「『お願い』とか言いながら、私を引っ張らないで下さい! ホントに怒られちゃいますよ!」

唯と梓がやいのやいのと姦しい、そのはるか向こう。
ようやく招待客の輪(+紬)を逃れたマクレーンは、船内廊下に陳列された日本の美術品をブラブラと
見て回っていた。

マクレーン「サムライソードにサムライアーマーか。シブいね」

マクレーン「ん……?」

マクレーン「あれは…… ユイとアズニャンじゃないか。あんなとこで何やってんだ」



~機関室内~

男1「よし、これで“郵便配達”はすべて終わった。クソッ、予定より大分時間がかかっちまったな」

男2「それじゃ俺は“ステージ”で隊長と合流するからな」

男1「わかった。俺は“クラブハウス”に戻る」

彼らの背後の暗がりでガタリと音がした。
何者かがつまずいたか、転んだかのような音だ。

男1「誰だ!?」

唯「ひぇえ、ごめんなさい! つい、出来心で!」ドキドキ

梓「すみません! すぐに出て行きますので! ……って、あれ?」

梓「私達の音響スタッフの人だ。こんなとこで何してるんだろ」

男1「お、おい、“ティーセット”だぞ」

男2「ああ、そうだな。こりゃいいや、手間が省けるってもんだ」

男1「おい、よせ。それはヒナドリの仕事だぞ」

男2「構うかよ。仕事は速い方がいいだろ」

二人組の一人が唯と梓にズカズカと近づき、梓の肩を乱暴に掴んだ。

男2「さあ、こっちに来い。手間かけさせんな、このファッキンジャップ」グイッ

梓「むっ……」

唯「えっ……? な、何するんですか?」

梓「この!」ドガッ

男2「いってえ!!」

男は情けない悲鳴を上げ、しゃがみ込む。
梓が男の脛を強烈に蹴り上げたのだ。

梓「『Fucking Jap』くらいわかるです!」

男2「このクソガキ!」バキッ

男が梓の頬を激しく殴りつけた。

梓「ぎゃっ!」ドサッ


10:2011/10/23(日) 01:00:46.12 ID:
 
小柄な梓は簡単に後方へ飛ばされ、倒れ込む。

唯「あずにゃん!? やめて! 乱暴しないで!」

男2「さっさとこっち来い!」ガシッ

男が唯の髪の毛を鷲掴みにして引き寄せたその時、機関室の入口近くで声が聞こえてきた。

マクレーン「おい、お前ら。そんなとこで何やってんだ」

男1「警備は全員殺ったはずだろ。他にもいたのか?」

男2「チクショウ、暗くて見えねえ」

マクレーン「ユイ、アズニャン。君達もいるんだろ」

男2「何でもいい。とっとと殺っちまおう」プシュッ プシュッ

マクレーン「うおっ!? おおっ!? 何だ何だ!?」

空気を弾くような音。足元の床や手すりで突然、散り始めた火花。
即座に消音器付きの拳銃で撃たれていると判断したマクレーンは、慌てて機関室のドアに身を隠した。
長年の習慣から反射的に腰の辺りへ手を伸ばすも、そこに望む物は無い。

マクレーン「クソッ、そういえば俺、もう民間人なんだよな……」

何か無いかと周りを見回した視線の先には、“船舶用発炎筒”と書かれた金属製の箱が壁に掛けられていた。



男1「おい、逃げられたのか? 厄介な事になるぞ」

男2「うるせえな! 追っかけて殺しゃあいいだけだろうが!」

男の一人は煩わしそうに怒鳴ると、マクレーンを追う。
しかし、機関室を出ようとした次の瞬間、何故か強く目が眩んだ。

男2「うわっ!」

控えめの照明に慣れた目に、マクレーンが激しく光る発炎筒の信号紅炎を突きつけたのだ。

マクレーン「こんの野郎!」

マクレーンは怯んだ男の拳銃を押さえ、発炎筒を彼の口内深くへ押し込んだ。

男2「おごぉ!」

マクレーン「くたばれ! くたばれコンチクショウ!」

もみ合う二人。
やがて、プシュプシュと続けざまに銃声が鳴ったかと思うと、男の方がズルリと崩れ落ちた。
拳銃を奪ったマクレーンは、遠慮無しにズカズカともう一人の男との距離を詰める。

男1「そ、それ以上近づいたら、このガキを[ピーーー]ぞ!」グイッ

唯「ひいっ!」

マクレーン「殺れよ。俺にゃ関係無い」

男1「てっ、てめえ……」

マクレーン「!」プシュッ

額を撃ち抜かれた男は唯の襟首を掴んだまま、その場に倒れた。

マクレーン「引き金を引く時はためらうな。おわかり?」

唯「あ、わわっ……! こっ、こ、この人、し、し、しっ、死ん……――」

唯「そ、そうだ! あずにゃん! あずにゃんが!」

マクレーン「大丈夫。気絶してるだけだ」

唯「よ、よかった……!」ギュッ

マクレーン「それにしてもこいつら、何者だ? こんなとこで一体、何をやってやがったんだ?」

マクレーン「何だか嫌な予感がするなあ、おい」


11:2011/10/23(日) 01:03:19.55 ID:
 


~ブリッジ~

リズミカルにキーボードを打つ音が続き、最後に一際高くエンターキーを打つ音が部屋に響いた。

黒人「よし」

黒人男性は眼鏡を押し上げると、無線機を手に取る。

黒人「クラウス隊長、船内の全システムを掌握した。外部への連絡手段もすべて遮断してある。
   もうコードネームも暗号も必要無い。次の段階に進むぞ。どうぞ」

通信相手『了解。我々も行動に移る。どうぞ』

黒人「……本当に任せて平気だろうな」

通信相手『荒事は我々に任せておけ。雇い主であるアンタの計画通りに事を進めてやる。それに、
     マクレーンは私にとっても仇だ』

黒人「わかった。こっちはこっちの仕事を続けさせてもらう」

通信相手『了解、ミスター・テオ』

テオと呼ばれた黒人男性は無線機を傍らに置いた。
無線機からは続けて通信音声が聞こえてくる。

通信相手『点呼を行う。イェン、アリ、コルネリウス、ディードリッヒ、エルヴィン、フランツ、
     ジェラルド、グレゴール、ギュンター、ハルトマン、ヨハン、ルッツ』

通信相手『アリ、コルネリウス、応答しろ。アリ、コルネリウス』

テオ「んー、こっちはハンスの仇、って事にしておこうかね」

再び室内にカタカタとキーボードを打つ音が戻ってくる。



~機関室~

マクレーン「さあ、とっとと皆のとこへ戻るぞ。この子は俺がおぶってやる」グイッ

唯「は、はい…… ありがとう……」

マクレーン「何だ、英語が話せるのか」

唯「ええっと、ちょっとだけなら」

マクレーン「よし、行こう。……ん?」

急に機関室内のモニターに電源が入り、映像が浮かんだ。
天井に向かってマシンガンを発砲する兵装の男達。叫び逃げまどう着飾った男女。

唯「パーティ会場だ……!」

マクレーン「おいおいおいおい、どうなってんだよ……」

そして二人は気づいていなかったが、天井にあるいくつもの防犯カメラが、いつの間にかすべて
マクレーン達の方を向いていた。


12:2011/10/23(日) 01:06:05.41 ID:
 


~パーティホール~

和「律! ムギ! こっちへ来て! 離れないで!」

澪「あ、ああ、ああ…… 何なの…… 怖いよ……」ガクガクブルブル

律「な、なあ、これってもしかしてシージャックとかテロとかってヤツじゃないのか……」

紬「そのようね。それに…… 彼らをよく見て」

律「あいつら、私達のステージスタッフじゃないか!」

和「そ、そんな…… ちゃんと身元確認も確かな、一流の人達ばかりなのに……」

ステージにゆっくりと一人の男が上がる。
他の男達と同じ兵装。背はあまり高くなく、禿げ上がり気味の黒髪はリーゼント風のオールバックに
固められている。

クラウス「静粛に願おうか」

律「あいつ、機材運搬係の班長だ……」

クラウス「マクレーン、そちらでは私の顔も声も確認出来るだろう。こちらでも同様だ」

ステージ後方の巨大なスクリーンに三人の人物が映し出される。
梓を背負ったマクレーン。そして、彼のスーツの端を握る唯。

律「おい、唯だ! 隣に唯がいる!」

紬「梓ちゃんも一緒だわ」

澪「えっ、唯……? 梓……?」ガクガクブルブル

和「唯!!」

クラウス「はじめまして、ジョン・マクレーン。私の名はクラウス。もっとも、君は私の名に
     聞き覚えなんて無いだろう」

マクレーン『ああ、確かにな。そのマヌケ面も見覚えが無い』

クラウス「しかし、『サイモン・グルーバー』という名前には聞き覚えがあるはずだ」

マクレーン『……』

紬「サイモン…… ニューヨーク連続爆破テロの主犯ね」ヒソヒソ

律「何でそんな事を知ってんだよ」ヒソヒソ

紬「TIMEに記事が出てたの」ヒソヒソ


13:2011/10/23(日) 01:09:55.62 ID:
 
クラウス「マクレーン? 聞こえているかな?」

マクレーン『ああ、聞こえてるぜ。それで? お前は何者だ? まさかグルーバー三兄弟なんて
      コミックみたいなオチじゃないだろうな』

クラウス「いや、違う。私はかつて彼の部下だった。東ドイツ時代からな。あのニューヨークの
     一件の時も彼の為に働いていた」

マクレーン『そして、ヤツが死に、仲間達が逮捕される中、運良くあの場から逃走出来たってとこか?』

クラウス「その通りだ。面白味の無い背景で申し訳無い」

マクレーン『んで、今回のこれはサイモンの仇討ち、と』

クラウス「ああ、重ね重ね面白味が無くてすまんね」

マクレーン『ようし、じゃあ問題を出してみろよ。“サイモン・セッズ”だろ? 簡単な問題なんか出してみろ。
      ケツの穴に手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやるぜ。このなぞなぞ好きのジャガイモ野郎が!
      ああん!? どうした!?』

クラウス「マクレーン、マクレーン、マクレーン。悪いがサイモン・セッズは無しだ」

クラウス「こう見えても私は典型的なドイツ人でね。ジョークは得意じゃないし、勤勉に仕事に
     取り組む以外に能が無いんだ」

クラウス「だからお遊びは一切無しだ。余計な事は抜きで、全力を挙げて君を[ピーーー]」

マクレーン『ハッ、そいつはすげえ。じゃあ、さっさとここに来て俺と勝負しろよ、ボケ。
      男同士、サシの勝負だ!』

クラウス「何故、私がそんな非効率的で危険な作戦を遂行せねばいけないのかね? ……既にそちらへ
     部下を送った。人数と物量で君に何もさせず、始末する」

マクレーン『上等だ。迎え撃ってやるぜ、アホンダラ』

クラウス「それも困るな。では、こうしよう。ディードリッヒ」スッ

クラウスの傍らに控えていた男は合図を見ると、持参のラップトップのキーを素早く打った。



~機関室~

クラウスの言葉に続き、天井の数ヶ所から白いガスが勢いよく噴き出した。

マクレーン「クソッ、火災用の消火ガスだ! 体を低くしてろ!」

唯「ゲホッ、ゲホッ! うう、このままじゃ息が出来なくて死んじゃうよ!」

マクレーン「いや、違う。[ピーーー]為じゃない。俺達をこの部屋から出す為だ。ガスにまいって部屋から
      出たところを、待ち構えたヤツの部下共がバンバンバン、さ」

唯「そんな……!」


14:2011/10/23(日) 01:13:42.50 ID:
 


~機関室前の廊下~

そこにはガスマスクを着けた四人の男が、ドアの前に控えていた。
無線機を握る一人がクラウスに通信を入れる。

グレゴール「五分経ちましたが、出てきません。突入します」

クラウス『よし。細心の注意を払え』

グレゴール「了解」

室内は煙が充満しており、視界がひどく悪い。
足を進めていくと、発炎筒をくわえた男の死体が床に転がっている。
更にそこから少し離れた場所にももう一人、男が倒れていた。
どちらも射殺されている。

グレゴール「やっぱりか…… 隊長、アリとコルネリウスが殺られています」

ギュンター「マクレーンがいないぞ……?」

ハルトマン「ど、どこへ消えた……」

ルッツ「おい、アレを!」

一人が指差した、その先。
天井近くの通風孔のカバーが外され、脚立が立てかけてある。

グレゴール「通風孔です! 奴ら、通風孔の中を通って逃げました!」



~パーティホール~

クラウス「ふむ、やるものだな。……テオ、少し手を止めてこちらを手伝ってくれ。マクレーン達は
     今どこにいる?」

テオ『ああ、状況はモニターでずっと見てたよ。だけど、さすがのタカギ号も通風孔を通る生物の
   位置まではわからないな』

クラウス「そうか。少し欲張り過ぎかな」

テオ『その代わりと言っちゃ何だが、無人の部屋やスペースの防犯用動体感知システムをすべて
   最大精度にしておいた。マクレーンが穴から這い出た瞬間、アラームが鳴って、カメラが姿を捉える。
   いかが?』

クラウス「申し分無い」

テオ『だが、船外に出られたら厄介だぞ。カメラはあるが中よりもずっと少ないし、さすがに
   防犯システムも届かない』

クラウス「外に出る分には問題無い。奴にとって、我々の制圧や人質救出が一層困難になるだけだ。
     少々仕掛けも施しておいたしな。ありがとう、テオ」

テオ『どういたしまして』

クラウス「では、人質の選別に入ろう。エルヴィン、招待客はこのままパーティホールだ。
     フランツとヨハンは社員や関係者を大会議室へ。ジェラルド、“ティーセット”をブリッジへ
     連れて行け。彼女らが二手に分かれてしまったのは誤算だったがな……」


15:2011/10/23(日) 01:16:50.50 ID:
 


ジェラルド「おい、お前らはこっちだ!」グイッ

律「離せよ! 触んな!」

紬「抵抗しちゃダメ、りっちゃん。今は大人しくしていましょう」

律「くっ……!」

澪「ひいぃ……」ガクガクブルブル

ヨハン「ノドカ・マナベだな? ナカトミ社員はこっちだ」ガシッ

和「あっ! み、みんな!」

律「和!」

紬「和ちゃん!」

ジェラルド「ホラ、さっさと歩け!」ドン



~機関室前の廊下~

グレゴール「よし、俺達はパーティホールに戻るぞ」

廊下を歩き出した四人の背後。
天井の通風孔のカバーが音も無く外れ、マクレーンと彼の握る拳銃が顔を覗かせた。

マクレーン(そう言わず、ゆっくりしていきな……!)プシュッ プシュッ

ギュンター「うっ!」

ハルトマン「ぐおっ!」

グレゴール「な、何だ!? どうした―― ぐえっ!」

瞬時に二人の後頭部と、振り返った一人の喉を撃ちぬいたマクレーンは、すぐに通風孔の奥に引っ込んだ。

ルッツ「う、上か!」バババババババババッ

慌てて天井の通風孔付近を撃ちまくるが、何の反応も無い。

ルッツ「隊長、三人殺られました! ギュンターとハルトマン、それにグレゴールです!
    マクレーンは逃げていません! 近くで俺達を狙っています!」

クラウス『交戦はするな! お前だけでもパーティホールへ戻れ。すぐにだ』

ルッツ「りょ、了解!」

残った一人は天井を警戒したまま、足早にその場を去る。
通風孔の奥、パイプの中では梓を抱えたマクレーンと唯が息を潜めていた。

マクレーン(さすがに親玉は馬鹿じゃねえか)

マクレーン「ユイ、ついて来い。外に出るぞ」ズリズリ

唯「は、はい……!」ズリズリ

マクレーン「引退してまでパイプん中を這いずり回るなんてな。俺の人生、いったいどうなってんだ。
      なんで俺ばっかりこんな目に……」ズリズリ


21:2011/10/23(日) 20:23:13.33 ID:



~船外・船尾の上甲板~

ゆっくりと通風孔のカバーを外すと、マクレーンはそこから静かに顔だけを出し、周囲を見回した。

マクレーン「見張りはいないか……」キョロキョロ

慎重に、出来るだけ慎重に外へ出て、再度周囲を見回す。
入念な安全の確認を済ますと、通風孔の中の梓へ手を伸ばしながら、唯に声を掛けた。

マクレーン「よし、アズニャンを下ろすぞ。そっと、そっとな」

マクレーン「次は君だ。さあ」

二人を下ろし終えたマクレーンは急いでスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外した。
梓は床に寝かされ、唯も疲れ切ったように座り込む。

マクレーン「さぁて、どうすんだ。考えろ。考えるんだ、ジョン。どうする。どうやったらあの悪党共を
      ブッ殺して、人質を助け出せる……?」

考えながら、拳銃から消音器を外し、弾倉の残弾数を確認する。残り七発。予備の弾倉は無い。

マクレーン「足りねえなぁ…… 五人殺って、あと何人だ?」

そして、機関室で唯と梓を襲った男達の一人が持っていた無線機を見つめる。

マクレーン「それに何故、奴らは人質を三つに分けた? 一ヶ所に集めといた方が楽なのに、
      なんでわざわざ? 何を企んでやがる」

唯「あ、あの」ドキドキ

マクレーン「あ? 何だ」

唯「犯人の数は十四人、かもしれません。もしかしたら、ですけど」

マクレーン「どうして? 何故、君にそれがわかる?」

唯「私達のステージスタッフだったんです。機関室にいた二人も、パーティホールの人達も、全員……」シュン

マクレーン「何だって? じゃあ、ブリッジに連れていかれた“ティーセット”って人質は……」

唯「りっちゃん達かも……」

マクレーン(どういうこった? それじゃ最初から彼女らが標的に入ってたって事か? 目的は俺への
      復讐じゃなかったのか?)

マクレーン「……」


22:2011/10/23(日) 20:25:30.37 ID:
 
マクレーン「ユイ。君はアズニャンとここにいろ。すぐ戻ってくる」スック

唯「ど、どこに行くんですか?」ギュッ

唯は立ち上がったマクレーンに寄り添うと、彼の服をギュッと掴んだ。
顔には恐怖と不安の色がありありと浮かんでいる。

マクレーン「シージャックじゃ悪党の親玉がいるのはブリッジと相場が決まってる。そこにはリツとミオ、
      それにツムギもいるだろうしな」

マクレーン「様子を見てくる。もし隙があったら、奴らをブッ殺して三人を助け出す」

唯「……」ブルブル

『シージャック』『悪党』『ブッ殺して』『銃』『人質』
怖い。怖くてたまらない。
しかし、震える拳は固く握られ、唇は真一文字に引き絞られた。

唯「わ、わかりました。ここでマクレーンさんを待ってます。わ、私があずにゃんを守らなきゃ……」ブルブル

マクレーン「……君は強い子だな。少しルーシーを思い出した」

唯「ルーシー?」

マクレーン「娘だよ。君には全然似てないけど。年も少し上だ」

唯「マクレーンさんの娘さんだからやっぱり強いんでしょうね」

マクレーン「ああ。前にテロリストに拉致された時は、俺にそいつらの人数を知らせて、その中の一人の
      足を撃った」

唯「わ、私はそこまでは無理かも……」

マクレーン「ハハッ。まあ、そりゃあそうだ」

唯「フフッ」

マクレーン「じゃあ、ちょっと行ってくる」


23:2011/10/23(日) 20:29:03.44 ID:
 


~船内・ブリッジ~

ジェラルド「ほら、入れ!」ドン

律「いてえな! 押すなよ!」

ジェラルド「座れ! お前もだ! 座れ! おい、イェン。縛るのを手伝ってくれ」

イェン「……ああ」

イェンと呼ばれた東洋人は渋々といった面持ちで、三人の緊縛に手を貸す。
手足を縛られて座る律達の前には、ディスプレイに向かい、キーボードを打つ男の背中があった。
やがて、椅子がクルリと回転し、にこやかな黒人男性の顔がこちらに向けられた。

テオ「ようこそ、お姫様方。歓迎するよ」

澪「あっ、あ、あのコンピュータ担当の…… そんな……」ガクガクブルブル

律「あー腹立つ! こんな悪党と一緒に仕事して気分良くしてたかと思うと、すげー腹立つ!!」

紬「……」ジーッ

ジェラルド「ミスター・テオ。段取りは?」

テオ「ああ、あとはダウンロードだけだ。もうここに用は無い。社長と船長のかけら、それにこのラップトップが
   あれば充分」

ジェラルド「なら、イェンと一緒にコンピュータルームへ移動してくれ」

テオ「わかった」

テオ「それじゃ失礼致します、お姫様方。大人しくしていれば殺しはしないよ」

テオはイェンの先導で操舵室から去り、後には彼女らを連れてきたジェラルド一人が残った。
マシンガンをぶら下げ、視線は常に三人から外さない。

律「はぁ…… 一体、何がどうなってるんだろ…… クリスマスの豪華客船でステージ&クルーズの
  はずだったのに……」

紬「安心して、りっちゃん。きっとマクレーンさんが助けてくれるわ」

律「そもそもあのおっさんのゴタゴタに私達が巻き込まれたようなもんだろ! あのテロリストの
  親玉みたいのが、復讐って言ってたし!」

紬「……その“復讐”って、嘘だと思うの。たぶん」

律「何でわかるんだよ」

紬「あのテオっていう黒人。どこかで見た事があると、ずっと思っていたんだけど」

紬「ナカトミビル占拠事件のハンス・グルーバーの元仲間よ。紹介された名前が違ったし、
  前に見た顔写真が若い時のものだったから気づけなかった……。あの事件から三十年近くも
  経ってるんだから、釈放されていたとしても不思議じゃないわね」

律「ナカトミビルって、あのおっさんが解決した?」

紬「そう。それにあの傭兵のリーダーは、ニューヨーク連続爆破テロ事件のサイモン・グルーバーの元部下。
  この二つの事件には、ある共通点があるの」

律「何だよ、それ」

紬「お金よ。お金目的の単なる泥棒」

律「え……?」

紬「ナカトミビルの時は、世界各地の刑務所に収監されたテロリストの釈放を要求する一方で、
  大金庫にあった6億4000万ドル分の無記名債券を狙ったわ」

紬「そして、サイモン・グルーバーは、ニューヨーク連続爆破テロがマクレーンさんへの復讐と
  思わせておいて、その隙に連邦準備銀行に保管されていた1400億ドル分の金塊を強奪したの」

律「すっげえ…… スケールが違う……」

紬「ハンスの元仲間とサイモンの元部下が手を組んでいる。それとさっきテオが言った『あとはダウンロードだけ』。
  たぶん、ただの復讐じゃない。この船のコンピュータにある何かを狙っているのよ……」


24:2011/10/23(日) 20:31:06.46 ID:
 
律「はぁ……」ジロジロ

紬「……どうしたの? りっちゃん」

律「いや、なんでそんなに詳しいの? ムギってもしかして犯罪マニア?」

紬「ち、違うわ! 2007年のサイバーテロ事件の特集の中で、マクレーンさんが解決した過去の事件が
  ピックアップされてて、それで知ったの!」アセアセ

律「それにしても、随分あのおっさ、いやマクレーンさんにこだわってるよな」

紬「うん…… だってね、マクレーンさんって私達の父親みたいな年齢でしょ? 風貌だってすごく
  格好良い訳でも、すごく強そうな訳でもない。FBIやCIAみたいな特別な仕事って訳でもない。
  それなのに、大暴れして、悪い人をやっつけて、いろんな人を救って……」

紬「ちょっと変わったヒーロー…… でも、ああいう人がお父さんだったらなぁ、って……
  だから私、マクレーンさんに会ってお話するのが夢だったの」

律「ふーん」

紬「大丈夫よ。マクレーンさんが助けに来てくれる。絶対!」

律「お、『きっと』が『絶対』になったな」

紬「え? あっ……」

律「まっ、こうなった以上、ジタバタしてもしょうがないか。ムギが信じるマクレーンさんを、
  私も信じてみるよ。唯と梓も一緒にいるようだし」

紬「ありがとう。りっちゃん」

律「澪は怖がり過ぎで、ついに気絶しちゃったしな」

紬「あ、本当ね」

澪「……」ピクピク


25:2011/10/23(日) 20:33:22.67 ID:
 


~船外・ブリッジの窓ガラス近く~

紬と律の信じるマクレーンは、実はこの時、彼女らのすぐ近くに来ていた。
窓から操舵室の中をこっそりと覗いていたのだ。

マクレーン「やっぱり三人はここか。だが、中は見張りの雑魚が一人だけだと? クラウスの野郎は
      どこにいやがる……」

マクレーン「また、通風孔を使うか? パイプん中を伝って、ブリッジの中へ…… いや、それじゃダメだ――」

クラウス『マクレーン。マクレーン、聞いているか』

マクレーンは不意の声に慌てて腰の無線機を確めたが、それではない。
スピーカーによる艦内、艦上の一斉放送だ。

クラウス『まったく君は大したものだ。我々は君の捕捉が出来ずにいる。君が船内にいるのか
     船外にいるのかすらも、まったくわからない。これは困った事だ』

マクレーン(勝手に困ってろ。今、てめえんとこに出向いてやるぜ)

クラウス『そこで可能性をひとつずつ潰していく事にする』

マクレーン(あん……?)

クラウス『まずは船外からだ。カメラの届かない、人が隠れられそうな場所に、あらかじめ遠隔操作式の
     クレイモア地雷をいくつか仕掛けさせてもらった』

マクレーン(なんだと!?)

クラウス『安心したまえ。炸薬量を大幅に抑えてあるから、近距離で爆発しても君なら致命傷には
     ならないだろう。君なら、ね……』

マクレーン(嘘だろ、おい! 船尾にユイとアズニャンがいるんだぞ!)

クラウス『時間が惜しい。三つ数えてから、一斉爆破させてもらうぞ』

クラウス『ひとつ』

クラウス『ふたつ』

マクレーンは急いで立ち上がり、防犯カメラに向かって怒鳴りながら、大きく手を振った。

マクレーン「よせ!! やめろクラウス!! 俺はここだ!」

クラウス『ああ、いたな。マクレーン』

マクレーン「ここにいるぞ! さあ、殺れよ! 殺しに来い!」

チラリと操舵室の中へ目をやると、紬と律がこちらを見ながら何やら騒ぎ立てている。ついでに
見張りの男も同様に、無線機に向かって喚いていた。
三人を助けてやりたいが、今は無理だ。
マクレーンは船内へ続くドアへ猛然と走り出した。

マクレーン「チクショウ、こうなりゃなるようになれだ……!」


26:2011/10/23(日) 20:35:37.82 ID:
 


~船内・特等船室~

クラウスとディードリッヒの前には三台のラップトップがあり、更にすべての画面が幾つかに分割され、
そのどれにもマクレーンが映っていた。
だが、次々と映像が乱れていき、砂嵐のノイズのみとなっていく。

クラウス「ほう、ご丁寧に防犯カメラを壊していっているぞ」

やがて、マクレーンはある部屋に飛び込んだ。
すぐに室内の様子が映し出されたが、カメラに銃を向けたマクレーンの姿を最後に、砂嵐となる。

ディードリッヒ「リネン室です」

クラウス「ジェラルド。リネン室だ。ブリッジのお前が一番近い」

ジェラルド『しかし、ティーセットは?』

クラウス「構わん。行け」

ジェラルド『りょ、了解!』

クラウス「フランツ、ヨハン。今、大会議室だな? お前らも行け」

フランツ『了解!』



~船内・リネン室~

ジェラルドはすぐにリネン室の前に駆けつけていた。
命令を受けた他の二人はまだ到着していない。
とはいえ、それを悠長に待っている訳にもいかない。

ジェラルド「野郎、ブッ殺してやる!」

思いきりドアを蹴り開け、マシンガンを室内に向けて構える。
ダストシュート、乾燥機、プレス機。
しかし、マクレーンの姿は無い。
ジェラルドはゆっくりと室内へ足を運ぶ。

ジェラルド「どこに消えやがった……!」

マクレーン「あああああ!!」

絶叫と共にドアの陰からマクレーンが襲いかかる。
背後を取られたジェラルドがマシンガンを乱射するも、当たるはずが無い。

マクレーン「このロクデナシが!」ドガッ ドガッ

ジェラルド「ぐへぁ!」

脇腹、右腕と連続で殴られたジェラルドはマシンガンを取り落とした。
勢いづき、顔となく腹となく、矢継ぎ早に殴りつけるマクレーン。

マクレーン「この! この!」ドゴッ ドゴッ ドゴッ ドゴッ

ジェラルド「ぐおっ! んぐっ!」

怯んで上体を折り曲げたジェラルドの襟首を掴むと、マクレーンは彼の体をプレス機の方へ放り投げた。
そして、素早くスイッチを押す。

ジェラルド「うぐう……」

プレス機の上でグロッキー状態のジェラルドへ向けて、分厚く重い鉄板が上から迫ってくる。

ジェラルド「うわっ、わああああ! ぎゃああああああああ!!」グシャリ


27:2011/10/23(日) 20:38:18.55 ID:
 


ジェラルドの悲鳴がリネン室に響き渡り、途切れた直後、ヨハンとフランツの二人が到着し、
室内に踏み込んだ。

ヨハン「おい、いないぞ!」

フランツ「た、隊長、マクレーンがいません! それと、うえっ…… ジェ、ジェラルドが殺られています!」

クラウス『いないはずがないだろう! 逃げ場は無いんだ! 部屋中を撃ちまくれ!』

フランツ「撃て! 撃て撃て撃て!」バババババババババッ

ヨハン「うわあああああ!」バババババババババッ

二人が全弾を撃ち尽くし、マシンガンの弾倉を交換する数瞬。
ダストシュートから上半身を現したマクレーンが、ジェラルドから奪ったマシンガンを撃ちまくる。

ヨハン「ぐあっ!」

フランツ「ヨハン!? このクソ野郎!」チャキッ

マクレーン「うおっ!」バッ

銃口を向けられると同時に両手を離し、ダストシュートの中を階下へと落ちていくマクレーン。
落下地点の鉄製のダストボックスの中はゴミだらけで、一応のクッションにはなったが痛いものは痛い。

「クソッタレ、腰が……」

いや、痛がっている暇も無かった。
フランツがダストシュートの中に身を乗り出し、こちらに銃口を向けている。

マクレーン「やばい!」

全力で体重を乗せて、ダストボックスを横様に倒す。
ダストシュート内に銃声が鳴り響き、ダストボックスはカンカンと金属的な着弾音を響かせている。

フランツ「吹っ飛ばしてやるぜ、へへへ……!」

間を置かず、フランツが胸の手榴弾のピンを引き抜き、一個、二個、三個とダストシュートへ投げ込む。
マクレーンが状況を把握する暇も無く、三つの手榴弾が爆発した。

マクレーン「うわああああああああああ!!」

強烈な爆発音と爆風によって、マクレーンはダストボックスごと部屋の端まで吹き飛ばされる。
痛みと痺れが強く打った全身を駆け巡った。
そのおかげで、ひどい耳鳴りと身体中の出血に気づくのに、しばらく遅れてしまった。

マクレーン「いってえええ…… くううう、チックショウ…… あんの野郎……!」

マクレーンはフラフラと起き上がると、足を引きずりながら部屋を出た。
リネン室では大興奮のフランツが無線機を耳に当てているところだ。

クラウス『フランツ、状況を報告しろ。爆発の影響でその辺一帯のカメラと防犯装置がイカれた。
     こちらからは確認出来ない。フランツ!』

フランツ「隊長、殺りました! マクレーンの奴、手榴弾で木っ端微塵です!」

クラウス『死体は確認したのか?』

フランツ「い、いえ。しかし、あの爆発じゃあ――」

クラウス『馬鹿者! 相手はジョン・マクレーンだぞ! たとえバラバラになってても生首を
     見るまでは安心するな!』

フランツ「はっ、はい!」ビクッ


28:2011/10/23(日) 20:41:01.28 ID:
 
慌ててドアに向かうフランツ。
ドアを開けると、そこには怒りと笑いを同居させた表情のマクレーンがいた。
唸りを上げた拳がフランツを襲う。

マクレーン「親分の言う通りだぜ!」ドガッ

フランツ「ぶはっ!」

よろけたフランツの胸にぶら下がった手榴弾。
それに目をつけたマクレーンは、そのうちのひとつのピンを素早く引き抜いた。

フランツ「うわああ! ピンが! ピンがぁ! あああああ!」

マクレーン「シャツがきたねえ! ママに洗濯してもらえ!」ドンッ

フランツ「わああああああああ!!」

マクレーンに激しく蹴りつけられたフランツは、ダストシュートの中を悲鳴と共に落下していった。

クラウス『フランツ、状況はどうなっている!? マクレーンの死体は確認したか!?』

無線機を拾い上げると同時に、階下から爆発音が響き渡る。

マクレーン「いよっ、隊長ぅ。俺まだ生きてる。ヘヘヘヘヘッ」

クラウス『マッ、マクレーン……!』

マクレーン「フランツとヨハンと、あー、それとジェラルドがくたばって、残りの射的クラブは
      何人になったかなあ。当ててやろうか? お前を入れてあと六人だろ。ん? 違うか?」

クラウス『ちょ、ちょっ、調子に乗るなよ……!』

マクレーン「ちょ、ちょっ、調子に乗ってんのはてめえだ、クラウス。いいか、ケツを蹴っ飛ばして
      地獄のサイモンのとこまでブッ飛ばしてやるぜ。ズボンとパンツを下ろして待ってな」

クラウス『き、貴様ァ……』

マクレーン「……おおっと、言い忘れるとこだった。アレは隠しとけよ。てめえの粗末なモノなんて
      見たかねえからな。あばよ」

無線機を床に叩きつけると、興奮で忘れていた痛みが戻ってきた。
フラフラになりながら、マクレーンは様々な意味で頭を抱える。

マクレーン「さて、どうしたもんかな……」



~船内・特等船室~

クラウス「……」

ディードリッヒ「隊長……」

クラウス「……テオ。状況は?」カチャ

テオ『そろそろ大詰めだ。社長と船長の虹彩、指紋認証が終わったから、すぐにダウンロードに取り掛かれる。
   ダウンロードそのものは、まあ二、三十分ってとこだね』

クラウス「そうか。出来るだけ急いでくれ。それと、人質を少し使わせてもらうぞ」

テオ『ティーセット以外ならな。彼女達は生かしといてくれよ。そういう契約になってる』

クラウス「わかった」

クラウス「ディードリッヒ。大会議室とパーティホールを完全封鎖して酸素濃度を下げろ。二時間で
     ゼロになるようにだ」

ディードリッヒ「なっ……! 隊長、それは――」

言い終わらないうちに、ディードリッヒの眉間に拳銃の銃口が当てられる。

クラウス「二度は言わん」

ディードリッヒ「りょ、了解しました……」


29:2011/10/23(日) 20:43:47.86 ID:
 


~船外・船尾の上甲板~

マクレーン「よう、戻ったぜ……」

唯「マクレーンさん! 良かった! 無事だったんだね!」ギューッ

マクレーン「いだだだだだだだだ! 痛い痛い痛い! あんまり無事じゃないって!」

唯「あっ、ご、ごめんなさい」

マクレーン「ああ、大丈夫。また何人か悪者をやっつけてやったぜ。へへへ」

梓「マクレーンさん、怪我だらけ……」

マクレーン「お、アズニャン。ようやく目が覚めたようだな」ナデナデ

梓「なっ……!」カァッ

マクレーン「ん? どうかしたか?」

梓「な、なんでもありません。あの、さっきは助けてくれて、あ、あー、ありがとうございます……」モジモジ

唯「あずにゃん、照れてるー! かわいー!」ギューッ

梓「ててててててれてません!」

マクレーン「さあ、お喋りはその辺にして、中に入るぞ」

唯「えっ、中に……?」

マクレーン「心配するな。カメラも防犯装置も壊れている場所があるんだ。それに奴らの残りの人数から推して――」

言葉を切り、ゆっくりと船全体を見渡す。

マクレーン「――もう船の中をくまなく探し回る程の余裕も無い。行くぞ」



~船内・コンピュータルーム~

イェン「ミスター・テオ。あとはダウンロード終了を待つだけなんだな?」

テオ「ああ、そうだよ」

イェンは腰に差した無線機を取り出し、クラウスに通信を送る。

イェン「クラウス隊長。俺が出ます」

クラウス『……お前の強さは信頼しているが、マクレーンは手強いぞ』

イェン「俺が、マクレーンを、始末します……!」

クラウス『わかった。行け』

イェン「了解」

テオ「おいおい、君が行っちゃったら、僕の護衛がいなくなるだろ」

イェン「アンタにはわからんだろうがな、ミスター・テオ。マクレーンが生きている限り、
    護衛がいようといまいとアンタの運命は変わらん」

テオ「ああ、何を言っているのかまったくわからん。東洋思想ってヤツか?」

もうテオの言葉には答えず、イェンはコンピュータルームを後にした。


30:2011/10/23(日) 20:46:59.42 ID:
 


~船内・キッチン~

マクレーン「ここなら安全だろ。ちょっと一服、失礼するよ」シュボッ

唯「……フフッ」ジーッ

マクレーン「何だ?」スパー

唯「ムギちゃんの言った通り、やっぱりマクレーンさんはすごいヒーローなんだね!」ニコッ

マクレーン「よしてくれ。俺はヒーローなんかじゃない」

唯「で、でもヒーローだよ! 私達を助けてくれたし、悪者をやっつけてくれたし」

梓「あの、私も唯先輩に賛成です」オズオズ

マクレーン「……」

唯「マクレーンさん……?」

マクレーン「ヒーローだの何だのって祭り上げられた男の末路を知ってるか? 悲惨だぞ」フゥーッ

マクレーン「駆けずり回って、撃たれて、ボロボロになって、ご褒美と言えば褒められるだけ。
      『アンタは偉い』とか何とか書いてある賞状くらいなもんだ」

マクレーン「四十年間、必死になって務めて、もらえたのはビックリするくらい僅かな年金。
      それだけじゃ生活費と借金返済にゃ足りないから、警備員のアルバイトでもしなきゃならん」

マクレーン「女房とはずいぶん前に離婚。アイツの人生に俺はいなかった事になってる。
      娘とはたまに電話をしても、最後は必ずケンカ。孫になんて会った事も無い」

マクレーン「家に帰ってたった一人で食べる夕食はシリアルとバドワイザー。なあ、これのどこが
      ヒーローだってんだ」

唯「……」

梓「……」

マクレーン「いつも思ってたよ。『こんな人生、まっぴらごめんだ。誰か代わってくれ』ってな」

唯「……」

マクレーン「すまん……」スック

立ち上がり、拳銃をベルトに挟む。視線は二人と合わせない。

マクレーン「君達はここにいろ。一応、マシンガンを置いていく。使い方は――」

梓「どうしてですか……」グスッ

マクレーン「あん?」

梓「じゃあ、どうして私達を助けてくれたんですか? どうしてそんなになってまで悪者と
  戦おうとするんですか!? ヒーローじゃないのに!!」グスッグスッ

唯「あずにゃん……」

マクレーン「……他にやる奴がいないからだ。誰かが代わってくれた事なんて無かった」


42:2011/10/30(日) 01:36:25.83 ID:
 


~船内・ブリッジ~

澪「う…… う~ん……」ムクッ

律「やっとお目覚めか? 澪」

澪「夢じゃなかったんだ…… 夢だったら良かったのに……」ドヨーン

律「ムギ、どうだ?」

操舵室の中央に位置するデスクのディスプレイ。
紬は両手両足を縛られながらも、何とか立ち上がってそれにジッと見入っている。
しかし、すぐに溜息を吐きながらゆっくりと座り込んだ。

紬「うーん、ダメね。私じゃわからないわ。テオはずっとここをいじっていたから、何か出来るとは
  思うんだけど」

律「ムギがわかんないんじゃ、私や澪にわかるワケもないよなー」

紬「和ちゃんだったら、もしかしたら…… こういうのにすごく詳しいから」

律「和は他の社員と大会議室。どっちにしてもダメか……」

不意に天井のスピーカーから太い声が響いてきた。

クラウス『マクレーン。よく聞け、マクレーン』

紬「また、マクレーンさんに向けての一斉放送ね」

律「とっととこっから出せよー!」

クラウス『貴様が予想外に暴れ回るせいで、我々は大分損害を被ってしまった。そこで貴様の動きを止める為に、
     ある手段を取らせてもらう事にした。ナカトミ社員、及び招待客の方々、恨むならマクレーンを恨め』

律「な、何言ってんだ? コイツ……」

クラウス『ナカトミ社員のいる大会議室と、招待客のいるパーティホール。この二ヶ所を完全に封鎖、
     密閉し、室内の酸素濃度を急速低下させる。本来はこれも火災対策用のシステムだがな』

律「はあ!?」

紬「何て事を……!」

クラウス「二時間で酸素濃度が0%になる。まあ、そのはるか前に皆、意識を失い、そのまま
     死ぬだろうな」

澪「そんな…… それじゃ……」ガクガクブルブル

クラウス『さあ、どうする? 貴様一人の手で、少なくとも三十分以内に排気システムを停止させ、
     ロックされたドアを開けて人質を救出しなければならん。しかも、二ヶ所共だ。
     ハァーッハッハッハッハァ!』

歯を食いしばる律。
眉根を寄せる紬。
青ざめる澪。

クラウス『もがき苦しめ。絶望しろ。またな、マクレーン』


43:2011/10/30(日) 01:37:00.21 ID:
 


~船内・ブリッジ~

澪「う…… う~ん……」ムクッ

律「やっとお目覚めか? 澪」

澪「夢じゃなかったんだ…… 夢だったら良かったのに……」ドヨーン

律「ムギ、どうだ?」

操舵室の中央に位置するデスクのディスプレイ。
紬は両手両足を縛られながらも、何とか立ち上がってそれにジッと見入っている。
しかし、すぐに溜息を吐きながらゆっくりと座り込んだ。

紬「うーん、ダメね。私じゃわからないわ。テオはずっとここをいじっていたから、何か出来るとは
  思うんだけど」

律「ムギがわかんないんじゃ、私や澪にわかるワケもないよなー」

紬「和ちゃんだったら、もしかしたら…… こういうのにすごく詳しいから」

律「和は他の社員と大会議室。どっちにしてもダメか……」

不意に天井のスピーカーから太い声が響いてきた。

クラウス『マクレーン。よく聞け、マクレーン』

紬「また、マクレーンさんに向けての一斉放送ね」

律「とっととこっから出せよー!」

クラウス『貴様が予想外に暴れ回るせいで、我々は大分損害を被ってしまった。そこで貴様の動きを止める為に、
     ある手段を取らせてもらう事にした。ナカトミ社員、及び招待客の方々、恨むならマクレーンを恨め』

律「な、何言ってんだ? コイツ……」

クラウス『ナカトミ社員のいる大会議室と、招待客のいるパーティホール。この二ヶ所を完全に封鎖、
     密閉し、室内の酸素濃度を急速低下させる。本来はこれも火災対策用のシステムだがな』

律「はあ!?」

紬「何て事を……!」

クラウス「二時間で酸素濃度が0%になる。まあ、そのはるか前に皆、意識を失い、そのまま
     死ぬだろうな」

澪「そんな…… それじゃ……」ガクガクブルブル

クラウス『さあ、どうする? 貴様一人の手で、少なくとも三十分以内に排気システムを停止させ、
     ロックされたドアを開けて人質を救出しなければならん。しかも、二ヶ所共だ。
     ハァーッハッハッハッハァ!』

歯を食いしばる律。
眉根を寄せる紬。
青ざめる澪。

クラウス『もがき苦しめ。絶望しろ。またな、マクレーン』


44:2011/10/30(日) 01:38:54.55 ID:
 


~船内・キッチン~

マクレーン「殺してやる……!」

拳を握り締め、怒りに燃えるマクレーン。
ベルトから拳銃を抜き、荒々しく立ち上がる。

マクレーン「ここにいろ! 動くんじゃないぞ!」

唯と梓の方は向かず、それだけを言い捨てると、マクレーンは廊下を駆け出した。

唯「マクレーンさん!」

梓「行っちゃった……」

唯「……」

梓「……マクレーンさんが戻るまでここにいるしかないですね。私達なんかじゃ何も出来ないです」

唯「……」

梓「……」

唯「……マクレーンさん、『誰も代わってくれないから、自分がやるしかなかった』って言ってたよね?」

梓「え? ああ、そうですね。そんな感じの意味でした……」

唯は床に転がるマシンガンを手に取ると、勢いよく立ち上がった。

唯「私も行くよ。あずにゃん」

梓「ええ!? 何、馬鹿を言ってるんですか、唯先輩!」

唯「代わりにはなれないけど、手伝う事なら出来る。それに空気を止められた大会議室には和ちゃんが
  いるんだよ?」

握り締めた拳と光を宿した瞳には、怒りではなく、強い“意志”が込められている。

唯「りっちゃんと澪ちゃんとムギちゃんも捕まってる! 私も、私が出来る限りの事をするよ!!」フンス

梓「無茶です! 相手は武器を持ったテロリストです! 私達はただの一般市民じゃないですか!」

唯「あずにゃんはここにいて。みんなを助けて、マクレーンさんと戻って来るから」ナデナデ

梓「ゆ、唯先輩!」

呼び声を背に、唯はマシンガンのストラップをたすき掛けにして、キッチンを飛び出した。
梓はしばらくの間、見送ったままの姿勢で動けずにいた。
マクレーンの言っていた事も、唯の行動も、梓の理解を超えている。しかし――

梓「ああ、もう!」

頭を振って理解の出来ない何かを振り払うと、梓は唯に追いつくべく、キッチンを後にする。
背中に追いつき、横に並ぶのにそう時間はかからなかった。
それが唯には嬉しい。

梓「……私も行きます」

唯「ありがとう。あずにゃん」ニコッ

梓「唯先輩一人じゃ心配なんです。おっちょこちょいで頼りないですから」

唯「えへへっ」


45:2011/10/30(日) 01:41:25.74 ID:
 


~船内・ブリッジ~

澪「和…… 和が、死んじゃう……」ガクガクブルブル

律「時間が無さ過ぎるよ、クソッ……!」

紬「マクレーンさん。お願い…… 早く……」

澪「……」ガクガクブルブル

自分より確実に早く失われるであろう親友の命。
それは、澪の恐怖の種類を明らかに変えていた。
自分が殺される恐怖ではない。
親友を失う恐怖。いや、違う。親友を見殺しにしてしまうかもしれない恐怖だ。
それでいいのか。臆病で小心な性格がその免罪符になるというのか。

そんな訳が無い。

澪「……た、た、助けに、行かなきゃ」ガクガクブルブル

か細く、消え入りそうに小さい声は、その一部しか律の耳に入らない。

律「ん? 何か言った? 澪」

澪「だ、だ、だから、た、助けに行こう。和を。わ、私達が……」ガクガクブルブル

律「……縛られて身動きも取れないのにか?」

澪「ああ……」ガクガクブルブル

律「電子ロックの部屋に閉じ込められてんだぞ?」

澪「そうだよ……」ガクガクブルブル

律「外には銃を持った傭兵がウロウロしてるぜ?」

澪「わかってる……」ガクガクブルブル

澪「和は私達の大切な友達だ…… わ、私達が助けるんだ…!」ガクガクブルブル

紬「澪ちゃん……!」

律「勝ち目なんかないぜ? それでもやるのか?」

澪「あ、当たり前だ……!」ガクガクブルブル

律「いよっしゃ! 乗った!」

威勢よく叫ぶと、律は澪に身を寄せ、その頬に唇を寄せた。

律「澪。私、やっぱお前が大好きだわ」チュッ

澪「な、何言ってんだよ、こんな時に!」

紬「お、思いがけないところで……w ウフフ……w」

両手両足を縛られている律は、ゆっくりと慎重に立ち上がると、バランスに注意しながらピョンピョンと
連続して飛び跳ねる。
そうして移動した先は、ドアの前だった。
操舵室の出入り口であるドアとは別の、船長室に続くドアだ。
ドアにはガラスがはめ込まれており、そこからデスクや小さめの本棚、重そうな金庫が見える。


46:2011/10/30(日) 01:43:14.33 ID:
 
律「おーっし、絶対に和を助けるぞー」

小さく気合いを入れた律は、倒れないように注意を払いながら、大きく“頭”を振りかぶった。

律「せーっ、の!」ゴン!

何を思ったのか、律はガラスに強く頭を打ちつけた。

澪「律!?」

紬「りっちゃん!?」

律「いってええええ! チックショー、まーだビビッてんな。私」

ハッハッと短く呼吸を整える。“それ”をする事によって生じる“結果”が生み出す恐怖を消し去るように。

律「せぇーっ、の!」ズガン!!

先程よりも大きな音が操舵室に響き渡る。
カチューシャはどこかに飛んでいき、自身では決して評価していない長い前髪が視界に下りてきた。

澪「何やってんだ!? 律!」

紬「やめて! 危ないからやめて! りっちゃん!」

怖くない。
痛みも傷も怖くない。
本当に怖いのは、怖がって何も出来ずに親友を見殺しにする事だ。

律「私達が和を助けるんだ! 絶対に! せぇーっ、の!!」ガシャーン!!

床に撒き散らされる大小のガラスの破片。その上に点々と滴り落ちる赤。
顔の半分以上が、額から流れる鮮血で紅に染められていく。

律「やった……! へへ、割れたぞ…… いたたた……」

律は比較的大きく鋭い破片を口にくわえると、這いずり這いずり、皆のところへ戻った。

律「ほら、これでロープを切ろうぜ…… ううっ」グタッ

澪「馬鹿! 馬鹿律! なんて無茶するんだよ!」

紬「こんなに、こんなに血が出てるよ……」グスッグスッ

律「大丈夫だって…… 早くロープを切るぞ。何とかこの部屋から出なきゃ」

律の心意気を無駄には出来ない。
受け取った破片で、まずは澪が後手に紬のロープを切る。
そして、紬が律、澪とロープを切っていく。
自由を取り戻した澪は、すぐに上着を破り、それで律の額を強く縛った。
紬がハンカチで、血に染まった律の顔を拭う。
それでもなお、澪は律を抱きかかえて出血量の多さに気を揉んでいたが、やがて紬が窓の外に見えた
人影に声を上げた。

紬「……あれ? ね、ねえ! あれ、唯ちゃんと梓ちゃんじゃない!?」


47:2011/10/30(日) 01:44:57.46 ID:
 


~船外・ブリッジの窓ガラス近く~

操舵室の中に三人を見た唯は、急いで窓に手を突き、顔を寄せた。

唯「よかった! みんないるよ! ……って、りっちゃんが血まみれになってる!」

梓「唯先輩! 早く助けましょう!」

唯「んん? ちょっと待って。澪ちゃんが何か言ってる」

澪もまた、窓に顔を寄せて、必死に何かを伝えようとしている。
声が届かぬ今、唯は澪の口の動きに注視した。

唯「あー?」

唯「あー?」

唯「うー?」

唯「おー?」

唯「あー?」

唯「えー?」

唯「ええっと、何を言ってるのかわからないよぉ」

梓「たぶん『ガラスを割れ』って言ってるんですよ。その銃で」

唯「あ、ガラス、ガラスね。よーし!」

意気込んだ唯であったが、何故か手元でマシンガンをいじくってばかりいる。

唯「……これ、どうやって撃つんだっけ。あずにゃん」チラッ

梓「んもう! ここの安全装置を外して、このコッキングレバーを引くんですよ。マクレーンさんが
  教えてくれたじゃないですか」カチャ カチャッ

梓「で、構えて、狙って、引き金を引くです。……代わりましょうか?」

唯「だいじょーぶ! 私がやるよ!」

ジト目の梓を後ろに下がらせた唯は、手を振って三人を部屋の隅まで避難させた後、窓に向かって
マシンガンを構えた。

唯「せーの!」バババババババババッ

初めて撃つ銃の反動は容易にその身をふらつかせた。
そもそも反動という概念が唯には無かったのだから。

唯「うわわっ!」ドテッ

梓「大丈夫ですか!?」

唯「うん、へーき。それよりガラスは?」

梓「そ、それが…… 割れてないです……」

唯「ええっ!?」

窓を見ると、中心に弾丸が食い込んだ蜘蛛の巣状の小さなヒビが、撃った弾の分だけ付いているだけ
であった。

梓「強化ガラス、なのかも……」

唯「もう一回!」バババババババババッ

素早く立ち上がり、射撃を再開するも、只々ヒビの数が増えるだけ。
ガラスは砕け散る様子を見せない。

唯「割れて! 割れて割れて割れて! 割れてー!!」バババババババババッ


48:2011/10/30(日) 01:46:52.92 ID:
 
絶叫と共に引き金を引き続ける唯だったが、やがては銃身から反動を含む手応えが消え去ってしまった。
弾丸が尽きたのだ。

唯「……」

梓「貸して下さい、唯先輩。弾倉を交換します」

唯「うん……」スッ

暗い表情で梓にマシンガンを手渡す。
しかし、すぐにガラスの向こうでこちらを指差しながら、澪が何かを叫び始めた。

唯「え? 澪ちゃん、何?」

唯と梓は先程のように、澪の口の動きを見つめる。

唯「う?」

梓「し?」

唯「ろ?」

梓「後ろ!?」バッ

慌てて振り返った二人の後ろには、拳銃をこちらに向けた兵装の東洋人が立っていた。

イェン「銃を捨てるんだ」

唯「わわ……!」

梓「そっちこそ銃を捨てて!」チャキッ

マシンガンを構える梓にも顔色を変えず、イェンは噛んで含めるように言い聞かせる。

イェン「……いいか、よく聞くんだ。俺は兵士であって、殺人鬼じゃない。だから俺に女子供を
    撃たせないでくれ」

唯「あ、あずにゃん……」

梓「……」

イェン「それに女子供を殺人者にしたくもない。さあ、銃を捨てるんだ。悪いようにはしない。
    お前達は殺さないように命令もされている」

唯「……」

梓「……」

イェン「頼む」

梓は僅かに銃口を下げ、重苦しそうに口を開いた。

梓「大会議室から和先輩を出して、六人を同じ部屋にして……」

イェン「約束は出来んが、隊長に掛け合ってみよう」

梓「……」ガチャン

マシンガンをイェンの足元に放り捨てた梓。
唯は血相を変えて、そんな彼女の両肩を掴む。

唯「あずにゃん!?」

梓「少なくとも私達と和先輩の六人は助かります……」

唯「そんな! マクレーンさんは船の中のみんなを助ける為に頑張ってるんだよ!?」

言い争う二人に、マシンガンと拳銃の銃口が向けられる。

イェン「さあ、行こう」


49:2011/10/30(日) 01:48:51.84 ID:
やってしまった…… 同じ書き込みを二回してしまった……
すげえショック……
とりあえず、今日はこの辺で。
明日また投下出来ると思います。9時からの『4』の前に。


50:2011/10/30(日) 20:55:51.85 ID:
 


~船内・ブリッジ~

澪「唯と、梓が、連れてかれる……」

律「クソッ! ガラス割るぞ! あと少しなんだ!」

律はフラフラと立ち上がると、手近にあった椅子を持ち上げた。
澪もまた同様に、椅子を手にする。
二人は椅子を大きく振りかぶると、力任せにガラスへ叩きつけ始めた。

律「わああああ!」ガン!

澪「割れろぉ!」ガン!

何度も何度も叩きつける。
しかし、ガラスは割れるどころか、ヒビを広げる様子も見せない。
それでも尚、二人は叩き続ける。
澪の両手は痺れ、律は出血の影響で足をもつれさせている。
ガラスは無情に、その豊富な弾力を以て微かに揺れるだけ。

紬「二人共、どいて……!」フラフラ

息を切らせる二人の後ろから、不意に声がかかった。

澪「何だよ、ムギ―― って、うわわわわ!」

振り向いた澪の眼に映ったのは、船長室の金庫を肩に抱えて、ジリジリとこちらに近づく紬だった。
金庫と言っても持ち運ぶ用途のものではない。1m四方はあるダイヤルロックの頑強なものだ。
おそらく重量も三ケタを軽く超えているだろう。
腕力に自信のある紬も、流石に足下がおぼつかないでいる。

律「律、こっち来い! 危ない!」グイッ

紬「えええええい!」ブゥン

紬の両手から放たれた金庫がガラスに当たった瞬間、そのガラスは一枚がそのまま窓枠から外れて、
外に落ちた。
弾丸さえも通さない強度と弾力も、計算外の大型重量物には耐えられなかった。

律「やったぜ!」

澪「出られるぞ!」

紬「さあ、行きましょう!」

三人は窓を越えて甲板の床を踏むと、急いで船内に続くドアへと走り出した。


51:2011/10/30(日) 20:57:44.55 ID:
 


~船内・特等船室~

苦虫を噛み潰したような顔のクラウス。
彼はラップトップのディスプレイを不機嫌に見つめ続けていたが、やがて手元の無線機が陽気な声を
発し始めた。

テオ『ヨーホー、クラウス隊長。やっとシステムの全データをダウンロードし終わったよ』

クラウス「やっとか。部隊の被害が大きすぎて、割に合わない仕事だったな」

テオ『まあ、そう言いなさんな。タカギ号そのものが丸ごと手に入ったようなもんなんだぞ?
   これを軍事技術に転用したがっている国なんて腐る程ある。インドに売って、中国に売って、
   ロシアに売って。ヒャハハハハハ! 10億、20億どころじゃないぜ!?』

クラウス「ふん。まあな」

テオ『部隊なんてケチ臭いもんじゃない。“軍隊”が作れるぞ、クラウス隊長! ワオ!』

クラウス「浮かれるのもその辺にしておけ。今、部下にボートを用意させる。脱出の準備だ」

テオ『アイアイサー。ああ、ティーセットも連れてきてくれよ』

クラウス「わかった」

交信は終わったが、クラウスは無線機のアンテナ部分を前歯にカツカツと当てながら、何事か考え込んでいる。
やがて、無線機で頭を掻くと、彼は傍らのディードリッヒの方を向いた。

クラウス「ディードリッヒ、配達した“郵便”はどうだ?」

ディードリッヒ「C4のチェックは完了しています、隊長。このラップトップからの操作で爆破出来ます」

クラウス「よし。人質も、マクレーンも、ティーセットも、これでタカギ号もろともすべて海に
     沈んでもらおう。フフフ……」

ディードリッヒ「……ミスター・テオはどうします?」

クラウス「システムのデータを頂いた上で、やはり海に沈んでもらう。割に合わない仕事なんだ。
     追加の料金をもらわないとな」

ディードリッヒ「……了解しました」

クラウスは手に握ったままの無線機で、二名の部下に命令を送る。

クラウス「ルッツ、エルヴィン。ボートの用意だ。間も無く脱出する」

ルッツ『了解』

命令を終え、無線機を腰に差そうとしたその時、更に交信の声が聞こえてきた。

イェン『クラウス隊長、イェンです』

クラウス「何だ」

イェン『マクレーンと一緒に逃げていたティーセットの二人を捕らえました。それで……
    頼みがあります――』

クラウス「殺せ」


52:2011/10/30(日) 20:59:06.24 ID:
 


~船内・廊下~

両脇を日本の美術品が飾る廊下の真ん中で、イェンは立ち尽くしてしまった。

イェン「隊長。今、何とおっしゃいました?」

クラウス『その二人はすぐに殺せ。それとブリッジにいる三人もだ。彼女らは皆殺しにしろ』

イェン「……」

クラウス『命令だ。殺れ』

イェン「……」

クラウス『イェン』

イェン「……了解しました」

応答した後も、しばし逡巡のままに瞑目するイェン。
急に立ち止まった彼を、唯と梓はいぶかしげに見ている。

唯「どうしたの……?」

その声に反応するかのように目を開くと、イェンは振り向いて銃口を二人へと向けた。

梓「や、約束が違う!」

イェン「すまない……」

唯「あなたは兵士なんでしょ? 殺人鬼じゃない、って……」

イェン「兵士にとって上官の命令は絶対だ」

ヘナヘナとその場にへたり込んだ梓は、唯にすがりつき、嗚咽を洩らした。

梓「ううっ…… ごめんなさい、唯先輩…… 私が馬鹿でした…… ごめんなさい……」グスッグスッ

唯「あずにゃん……」ギュッ

唯は膝を突いて、梓を抱き締める。彼女が悪いとは思っていない。あの状況では誰しもがそうする
かもしれないから。
でも、これで終わりなんて。

イェン「せめて、最期に何か言いたい事は無いか?」

梓「あっ……!?」ピクッ

唯「しっ、あずにゃん……!」ギュッ

唯は梓を抱き締める力を強める事で、彼女の反応を隠そうとした。
イェンの方、いや、正しく言うのなら、イェンの“向こう”を見た、梓の反応を。

イェン「最期の言葉は何らかの方法でお前達の家族に伝える。これは約束する」

唯「言いたい事?」

イェン「ああ」


53:2011/10/30(日) 21:00:27.76 ID:

唯「……助けて、マクレーンさん!」

マクレーン「あいよ」

助けを求める女性の声。それに答えるヒーロー、ではない男。
後方より忍び寄っていたマクレーンが、イェンの後頭部に拳銃をゴリリと押しつけた。

マクレーン「銃を捨てて両手を上げな、チャーハン野郎」

イェン「……」ガチャッ ガチャッ

手に握る拳銃も、肩から下げていたマシンガンも、床に投げ捨てられる。
イェンに両手を頭の後ろで組ませると、ようやくマクレーンは唯達の方へ視線を向けた。

マクレーン「ユイ、アズニャン。なんで出てきたんだ。あそこにいろと言っただろ」

唯「でも! 私、マクレーンさんを助けたくて……」

マクレーン「……戻って大人しくしてろ」

視線をイェンの方へ戻し、銃口で頭を小突く。

マクレーン「おい。お前は親分のとこまで案内してもらうぜ」

イェン「……断る」ヒュッ

イェンは目にも止まらぬ速さで体を回転させると、マクレーンの方を向き、彼の拳銃を右手で掴んだ。
更にそのまま右手を少し動かしただけで、瞬時に拳銃を解体してしまった。
引き金を引く暇などありはしない。

マクレーン「んなぁ!?」

驚く間にも、マクレーンは胸を強く蹴り飛ばされ、大きく後ずさる。

マクレーン「ぐっ!」

唯「マクレーンさん!」

イェンは背中へ手をやると、それ程大きくない青龍刀を引き抜いた。彼がヒュンヒュンと手首で
青龍刀を回した次の瞬間、マクレーンは胸と左の太ももを切り裂かれていた。

マクレーン「いってえ……!」

イェン「殺す……!」ヒュンヒュン

迫るイェン。後退するマクレーン。
マクレーンは素早く周囲を見回す。何か無いか。何か。武器になる物は。
そして、その目に止まったのは、日本武士の鎧兜と大小二刀。

イェン「ハッ!」ブン

イェンが振り下ろした青龍刀は、何かにその軌道を阻まれた。
防ぎ得たのはマクレーンが咄嗟に引っ掴んだ日本刀。鉄拵えの鞘は青龍刀の刃を物ともしていない。
二歩、三歩と距離を取ると、マクレーンはスラリと刀を抜き払った。

マクレーン「かかってきな、カンフーボーイ」


54:2011/10/30(日) 21:01:24.50 ID:
 


~船内・大会議室に続く廊下~

律、澪、紬の三人は飛ぶが如く駆け続けていた。
目指すのは、和を始めとするナカトミ社員が捕らわれている大会議室。
頼りとするのは、廊下の所々に掲示してある船内の案内図のみ。

律「大会議室、大会議室は…… いてて……」

紬「大丈夫? りっちゃん」

律「これくらい平気だよ。何たって私はリーダーだからな」

澪「あった! 大会議室!」

金属製と思われる観音開きの大きなドア。その上には『大会議室』と刻印されたプレート。
律はすぐにドアに取りつくと、拳を打ちつけ、怒鳴り声に近い調子で和を呼んだ。

律「和! 和! いたら返事してくれ!」ドンドン

ややしばらくの間が空いて、ドアの向こうから聞き慣れた声が届いた。

和「……律? 律なの!? どうしてここに!?」

律「私だけじゃない! 澪もムギも一緒だ! 助けに来たぞ!」

和「なんでこんな危ない真似を…… 撃たれたりしたらどうするの……? 私なら大丈夫なのに……」

律「話は後! すぐにここを開けるから!」

『すぐにここを開ける』とは紛れも無く安心させる為だけの言葉だ。何の策がある訳でも無い。

紬「でも、電子ロックが……」

澪「どうやって開けよう……」

律「電子ロックって言っても、それは鍵の事だろ? ドアは普通のドアだよ。何とか出来るって! ……たぶん」

強がりの言葉とは裏腹に、方法は思いつかず、ドアの事も何ひとつわからない。傷の痛みと出血の
ふらつきも相まって、頭を抱えざるを得ない。
澪も同様だ。律の隣で、焦燥感にまみれた表情のままたたずんでいる。
しかし、紬だけは他の二人とは異なる眼光でドアを睨みつけていた。

紬「ドアは普通のドア…… ドアは、普通のドア……」キッ


55:2011/10/30(日) 21:04:22.55 ID:
 


~船内・廊下~

マクレーン「野郎!」

マクレーンが怒号と共に振り下ろし、振り払う刃はイェンの身にはまったくかすりもしない。
逆に、イェンがリズム良く連続的に繰り出す斬撃は、マクレーンの必死の防御を時折かいくぐって、
その肉体を少しずつ傷つけていく。
それだけではなく、イェンが斬撃に織り交ぜて使う蹴りもまた、マクレーンにダメージを蓄積させていた。

マクレーン「チョロチョロすんな! この!」

マクレーンが右片手で上段から斬りつける。これまでとまったく同じ調子だ。
イェンは事も無げに左の内回し蹴りでマクレーンの右手を捉え、そのまま壁に貼り付けにしてしまった。刀は手から
こぼれ落ち、床に転がる。
器用にもイェンは、右足一本で立ちながら、左足でマクレーンの右手を壁に押さえつけている。
そして、手は左右両方が自由だ。
青龍刀を両手で握り直したイェンは、渾身の力を込めてマクレーンの頭部に振り下ろした。

マクレーン「クソッ!」

マクレーンは空いた左手でイェンの手を掴み、何とか斬撃を食い止めた。
だが、両手の力と片手の力、どちらが強いかは明白だ。
青龍刀の刃が徐々にマクレーンの顔に迫ってくる。

マクレーン「んぐぐぐっ……!」

刃がマクレーンの額に触れたか触れないかの、その時。

イェン「うあああああっ!」

突如、イェンが悲鳴を上げて、青龍刀を取り落とした。
マクレーンが肉片らしきものをベッと床に吐き捨てる。青龍刀を握る手に噛みつき、肉を食い千切ったのだ。
そのまま、イェンの体を突き飛ばし、右手の拘束からも逃れる。

マクレーン「お返しだ!」

勢いづいて殴りかかるマクレーン。
しかし、深々と前傾姿勢になったイェンの右足が、まるでサソリの尾のような軌道でマクレーンの顔面を
カウンター気味に襲った。

マクレーン「ぐはっ……!」

ふらつくマクレーンの側頭部に、今度は右回し蹴りと左後ろ回し蹴りが連続でヒットする。

マクレーン「ぐおっ!」ドサッ

遂にマクレーンはダウンを喫した。


61:2011/11/05(土) 23:51:35.54 ID:
 
梓「マクレーンさんが、殺されちゃう……」

唯「助けなきゃ…… 私が、助けなきゃ……」

彼の窮地を前に、唯と梓は何も出来ず立ち尽くしていた。助けたいという気持ちは十二分にあれど、
方法が見つからない。

マクレーン「クッソ…… 調子に乗りやがって……」

悪態を吐きながら、フラフラと立ち上がるマクレーン。やはり、逆転の方法を見出せずにいる。

イェン「終わりだ……!」

そう呟くと、イェンは素早く右の後ろ回し蹴りを繰り出した。
いや、違う。蹴りではない。右脚はマクレーンの首に絡められ、そのまま彼は床に引き倒された。
脚の力で絞め殺す、もしくは首の骨をへし折るつもりだ。

マクレーン「ぐうううっ……!」

イェン「お前の負けだ、マクレーン。ツイていない人生だったな」グググッ

梓「マクレーンさん!」ダッ

唯「あずにゃん、だめ!」

梓は唯の制止を振り切って、二人の所へ駆け寄ると、イェンの頭や背中を力の限り叩き始めた。

梓「マクレーンさんを離せ! この!」ポカポカ

イェンは振り返りもせず、裏拳で梓の鼻っ柱を殴りつける。

梓「ぎゃっ!」ドサッ

唯「あずにゃん!!」

後輩の無謀な突貫が唯の背中を押す。
何としても彼を助けなければ。しかし、自分が割って入ろうものなら、梓の二の舞だろう。
それならば――

唯「えっと、ええっと……」

――唯の目に止まったのは、マクレーンが使った大刀と共に飾られていた脇差。

唯「マクレーンさん! これ!」サッ

マクレーン「……!」

唯はマクレーンの方へ、力一杯、脇差を滑らせた。
マクレーンも懸命にそれへ手を伸ばす。

イェン「ふん!」バシッ

しかし、廊下を滑る脇差はイェンの手によって押さえられ、マクレーンの指先の僅か手前で止まってしまった。
掌の下の物からマクレーンへと視線を移し、ニヤリと笑うイェン。

イェン「つくづくツイていない」

マクレーン「んあああああ!」グッ

それでもマクレーンは渾身の力で手を伸ばして、遂に脇差の柄を握った。
イェンの掌の下に鞘だけを残して、光る刃が一気に引き抜かれる。

イェン「!?」

マクレーン「ツイてねえのはてめえだ!」ブン

マクレーンは手に握る抜き身の脇差を、イェンの胸に深々と突き立てた。

イェン「ぐっ……!」

短い呻き声と共にイェンは床に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
だが、この強敵は死して尚、脚の力を抜こうとしない。
首に固く絡まる脚を解き、死体を向こうに押しやると、マクレーンはどうにか身を起こした。

マクレーン「ゲホ、ゲホッ! よこされたのが銃だったら死んでたな…… ありがとよ、ユイ」


62:2011/11/05(土) 23:55:15.94 ID:
 
唯「マクレーンさぁん!」

梓「マクレーンさん!」

駆け寄る唯よりも早く、梓はマクレーンにひしとすがりつく。流れ落ちる鼻血を拭こうともしない。

梓「よかった……!」ギュッ

マクレーン「おいおい…… フフッ」ナデナデ

涙と鼻水でぐしゃぐしゃの唯もまた、二人の前でへたり込むと、マクレーンに抱きついた。

唯「ぐすっ…… うえええええん! よかったよぉ! あずにゃん、マクレーンさぁん!」ギュッ

マクレーン「いててて! だから痛いっての……」



~船内・特等船室~

ラップトップのディスプレイに映る信じ難い光景。
ディードリッヒは己の顔から血の気が引いていくのがわかった。
これを上官に報告しなければならない我が身を呪いたい気分だ。

ディードリッヒ「た、隊長…… イェンが、マクレーンに殺られました……」

クラウス「ぬぅるあああああ!!」ガシャーン

テーブルは引っくり返され、グラスが音を立てて割れ砕け散る。

クラウス「あのタコ野郎がァ!!」

激怒の叫びが部屋中に響く。
全身を震わせるクラウスに、別の意味で震えるディードリッヒ。
クラウスはしばらく荒い息で肩を上下させていたが、ややしばらく経つと不気味な程に静かな
低い声で命令を下した。

クラウス「……早く脱出の準備に取り掛かれ。今すぐだ」

ディードリッヒ「は、はい!」



~船内・大会議室の扉の前~

紬「私がやってみる……!」グッ

そう短く言った紬は、大会議室のドアに両手を突いた。

律「やってみる、って…… ムギがこじ開けるってのか?」

紬「うん」

澪「いや、電子ロックがかかってるんだぞ!?」

紬「YES」

律「無理だよ! いくらムギが力持ちだからって!」

紬「どんとこいです!」

腰を落とし、両手を突っ張り、両足を踏ん張る。
ただ、単純に押す。それだけの動作。他に何の小細工も無い。
紬はそれに全精力を傾ける覚悟をしていた。


63:2011/11/05(土) 23:58:10.38 ID:
  
紬「んんんんんんんん!」ググッ

澪「お、おい、ムギ! 危ないからやめろって!」

親友の声を無視する。優しく、人を思いやる性格の紬が、初めてする行為。
だが同時に、親友の命を助ける、という行為も初めての事だった。

紬「うううううううう!!」グググッ

律「ムギ!よせ!」

ドアは何の変化も見せない。
そういえば、みんなと一緒に観た洋画では、蹴るだけで簡単に鍵の掛かったドアが破られていたなぁ。
そんなくだらない思考が脳裏に去来し、すぐに消えた。
紬は両手だけではなく、額もドアに押しつけた。

紬「りっぢゃんががんばっだんだもの……! わだじだっで……!」ググググッ

律「ム、ムギ……」

白目が充血し、ウサギのように赤く染まっていく。
ドアに強く押しつけた額からも、歯を食いしばった口の端からも、鼻孔からまでも、数条の血が
細く流れていく。

紬「ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙!!!!」メキッ メキメキッ

澪「!?」

それは、ほんの僅かな変化。
少しの音すらも立てていなかったドアが、微かにメキメキと鈍い音を立て始めた。
続いて、ドアの端がミリ単位で歪み始める。少しずつ直線ではなくなっていく。

律「澪、私達も手伝うぞ!」

澪「あ、ああ!」

律と澪も、紬の両隣でドアを押す。精一杯の力で。
三人の声と少しずつ生じ始めたドアの歪みが、何が起きているのかを室内の和に伝えていた。
そして、何をすれば良いのかも。

和「何か棒のような物は無い!? 私達も内側から開けるのよ!」

社員「よ、よし、わかった!」

力のある男性社員が何名か、少しの隙間に手をかけたり、パイプ椅子の脚をテコに使ったりして、
内側からドアを引っ張る。
和もドアノブを強く引き続けている。
一人の女性の覚悟を引き金に、皆が一丸となっていた。

紬「あう……」ドサッ

律「ムギ!」

不意に、何の前触れも無く、紬が倒れた。だが、それと同時にバキンと金属的な音を立てて、
ドアが内側へ開かれた。

澪「開いた!」

社員「やった! 開いたぞ!」

社員「良かった! 助かったんだ!」


64:2011/11/06(日) 00:01:28.71 ID:
 
大会議室には二、三十人の社員がいた。ある者は歓声を上げ、ある者は涙を流し、救助の喜びに
身を浸らせている。
しかし、律と澪、和は喜びとは程遠い表情で、倒れた紬を囲んでいた。

律「ムギ! しっかりしろ! ムギ!」

和「ドアは開いたわ! あなたのおかげよ!」

紬「うぅ…… 良かった……」ニコッ

澪「ムギ……」

律は紬を抱き起こし、澪はその手を握り、和は鼻や口、額から流れる血を拭いている。
そんな彼女らの気遣いも、人質救出の成功も、今の紬の頭には入ってこない。
紬は握られた手に力を入れると、澪の瞳を見つめ返した。

紬「早く…… 和ちゃんを…… 時間が……」

澪はその言葉に力強く頷くと、律に言った。

澪「律、お前はムギを頼む。私は和ともう一度、ブリッジに行くよ」

律「ああ、まかせたぜ」

澪「和、私と一緒に来てくれないか。敵がいじってたコンピュータがあるんだけど、私達じゃ
  どうにも出来ないから……」

和「……わかったわ」

立ち上がった和は、いまだ喜びに沸く社員達へ大きな声で諭した。

和「皆さんは安全が確認されるまでここにいて下さい! 今、動いたらテロリストを刺激するかもしれません!
  だから、もうしばらくここで動かないでいて!」

ざわざわと言葉が交わされていたが、反対するものは誰もいない。
せっかくの助かった命だ。下手に動いて撃ち殺されるのは御免というのが、偽らざる気持ちなのだろう。

澪「さあ、行こう」

和「ええ」

律「澪! 和!」

走り出そうとする澪と和の背中に声が掛けられる。
振り向いた二人の目に映ったのは、これまでに無い弱気な表情の律だった。

律「死んじゃ、ダメだぞ……」

こんな時の律に向けて、どんな顔をすればいいか。どんな言葉をかければいいか。
幼馴染の澪も、高校時代からの親友の和も、よくわかっている。
二人は笑顔で答えた。

澪「お前を置いて死ぬもんか!」

和「私が死んだら、誰があなた達の面倒を見るのよ」クスッ


65:2011/11/06(日) 00:05:14.18 ID:
 


~船外・船尾の上甲板~

船尾には事故、災害時の非常脱出用として数台のモーターボートが常備されていた。
クラウス配下の二人はボートを一台、移動させ、ウィンチに取り付けている。
間も無く、お宝と共に脱出し、船は爆破。
作戦決行前に何度も見直し、練り上げた計画の最終章だ。

ルッツ「よし、ボートはこれでいい」

エルヴィン「もうすぐ隊長達が来る。そうしたら脱出だな」

やれやれ一息と懐から煙草を取り出す二人。
そこへ、陽気に口笛を吹く何者かが近づいてきた。

テオ「やあやあ、兵士諸君。任務ご苦労」

エルヴィン「あっ、ミスター・テオ。随分と早い――」

消音器付き拳銃を握る、自分らの雇い主。
それが二人の見た人生最後の映像だった。

テオ「さようなら」プシュッ プシュッ

エルヴィン「ぐはっ!」

ルッツ「うっ!」

頚部の脈拍を確めると、テオは死体を担ぎ上げる。あまり腕力が強くないのか、その動作はひどく
緩慢で不安定なものだ。

テオ「よいしょっと。まったく、肉体労働は嫌だね」

ノロノロと死体を甲板の手すりの脇まで運び、一際力を入れて死体を海へと放り捨てる。
これをもう一度繰り返し、二人の死体を処理し終えると、テオは座り込んでラップトップを開いた。

テオ「ふー、これで準備OK。……奴の方は上手くやってるかねえ」



~船内・廊下~

突然、壁に設置された内線電話が鳴り始めた。
マクレーンも、唯と梓も、顔には警戒の色が浮かぶ。交信だの放送だのに散々な目に遭わされ
続けて来たのだから、それも仕方無い。
電話に一番近い唯が、無言でマクレーンを見やる。マクレーンもまた無言で頷くのを見届け、
唯はゆっくりと受話器を取った。

唯「もしもし……? 誰?」

澪『唯! 私だよ!』

唯「澪ちゃん!? 無事だったんだね!」パアァ

澪『ああ、律もムギも脱出したし、大会議室の人質も解放出来た。今、和と一緒にブリッジにいる』

唯「あうぅ、よかったよぉ……」ヘナヘナ

澪『そっちもみんな大丈夫みたいだな。防犯カメラで見えてるよ』

澪の言葉を受けて、唯は近くの防犯カメラに向け、笑顔で手を振った。
その間に、受話器の向こうから聞こえる声が変わっていた。それも唯には聞き慣れた嬉しいものだった。

和『唯? ちょっとマクレーンさんに代わって』

唯「和ちゃん!」

和『話は後! 早く代わって!』

唯「う、うん! マクレーンさん、はい!」


66:2011/11/06(日) 00:08:59.66 ID:
 
マクレーン「もしもし?」

和『ミスター・マクレーン? 和です。大会議室から助け出してもらって、ブリッジのコンピュータの前に
  いるんです。それで…… コンピュータを操作していて、わかった事があります。よく聞いて下さい』

マクレーン「ああ、話してくれ」

和『クラウスは現在、客室エリアの特等船室にいますが、どうやら脱出しようとしているみたいです』

マクレーン「逃がすかよ……!」

和『いいですか。そこからまっすぐ行って、突き当たりを左に曲がったところに階段があります。
  それを上がったら右へ行って下さい。キッチンのある廊下への近道です』

マクレーン「階段を上がったら右、っと……」

和『奴らは船尾にあるモーターボートを使うでしょうから、今から行けば、たぶんその辺りで鉢合わせます。
  でも、気をつけて下さい。おそらくボート置き場にも仲間がいます。挟み撃ちにされないように』

マクレーン「わかった。まかせとけ」

和「私はこのままブリッジのコンピュータで、パーティホールの人質を解放してみます」

マクレーン「ありがとよ、ノドカ」ガチャン

マクレーンは電話を切るとすぐにイェンの拳銃を拾い上げ、彼の死体を調べ始めた。弾倉は多い方がいい。
残弾数をチェックし、拳銃をベルトに挟むと、やっと唯達の方を向いた。

マクレーン「ユイ、アズニャン。君達はブリッジに行け。みんなと一緒にいるんだ」

唯「で、でも……」

マクレーン「助けてくれて感謝してるよ。でも、ここからは俺一人で大丈夫だ」

尚もそこから動こうとせず、視線を床に落とす唯。梓も同様に動かない。違いと言えば、マクレーンを
真っ直ぐに見つめ続けている事か。
マクレーンは苦笑いを浮かべると、二人を引き寄せ、両手で軽く抱き締めた。

マクレーン「さあ、みんなのとこへ」ナデナデ

唯「……うん」

梓「気をつけて下さいね……」

小走りで去る二人の背中を見送ると、マクレーンは通路を教えられた方向へ走り出した。

マクレーン「今行くぜ、クラウス」



~船内・ブリッジ~

和はテオの座っていたデスクで、懸命にキーボードを打ち続けていた。
ディスプレイでは目まぐるしくウィンドウが入れ替わり、文字が飛び交っている。
その後ろに立つ澪は、タイミングを計りつつ、当たり障りの無さ過ぎる言葉を掛けた

澪「どう? 何とか出来そう?」

和「……難しいわね」

画面から目を離さず、言葉少なに返答し、更にキーボードを打ち続ける。
しばらくの間、叩打音は続いていた。
しかし、それが途切れると、和は不意にデスクを強く叩きつけた。
澪はビクリと体を震わせる。

和「ダメだわ! パーティホールの電子ロックも排気システムも止められない……!」

澪「そんな……!」

和は立ち上がると、眼鏡を外し、指で目頭を強く押さえた。
やがて、眼鏡を掛け直すと、重苦しい口調で澪に言った。

和「澪、あなたは大会議室に戻っていて。私はコンピュータルームに行ってみる。あそこから直接
  トライすれば、もしかしたら何とか……」


67:2011/11/06(日) 00:12:58.89 ID:
 
澪「一人で行くのか!? ダメだよ! 危険過ぎる!」

和「あなたが一緒に来てもどうしようもないわ。それに、私の方がずっと船内を知っているしね。
  一人で大丈夫よ」

澪「でも……――」

和「澪!!」

澪「はい!」ビクッ

これまでの付き合いの中でも滅多に聞く事の無かった、和の激しい語気。
澪は思わず敬語で返事をしてしまった。

和「お願いだから、言う事を聞いて。今は出来る事を全力でするしかないのよ。私も、マクレーンさんも、
  あなたも」

澪の肩にそっと手が置かれる。先程の語気とは正反対に、その手は優しかった。

澪「わ、わかった…… 無事に帰ってきてね?」

和「約束するわ」



~船内・キッチン前の廊下~

クラウスとディードリッヒの二人は脱出用ボートに向かって、急ぎ足で歩いていた。
怒りが体中に充満し、気を抜くと簡単に冷静さを失いそうになる。
たった一人のマクレーンに、部隊は壊滅の一歩手前。右腕のイェンまで殺された。おまけにボートの
準備をしているはずのルッツとエルヴィンとは交信が途絶えてしまっている。
この損害と屈辱に対して、数十億ドルの価値を持つシステムデータだけでは、最早足りない。

クラウス「クソッ、何て事だ。このまま、おめおめ脱出するしかないとはな。マクレーンめ……!」

自然と呪詛の言葉が口をつく。前を歩くディードリッヒは上官の不機嫌を背中に感じ、胆を冷やしっ放しである。
キッチンを通り過ぎ、前に見える角を曲がり、階段を上がって甲板に出れば、すぐに脱出用ボートだ。
クラウスの胸の内では、『今すぐこの場を離れなければいけない』という思いと、『今すぐマクレーンを
八つ裂きにしてやりたい』という復讐心が、相反してせめぎ合っていた。
そして、その胸中を神は見抜いていたのか――

マクレーン「待たせたな!」

廊下の角から急に躍り出たマクレーンが、ディードリッヒの胸を撃ち抜いた。

ディードリッヒ「ぐおっ!」ドサッ

クラウス「なっ……!?」

クラウスが反応するよりも一瞬早く、マクレーンの銃口が向けられる。

マクレーン「てめえもサイモンも似たり寄ったりだぜ」

クラウス「くっ……」

先を急ぐあまり、クラウスはマシンガンには手を掛けず、肩から下げたままにしておいてしまった。
それが仇となり、反応が僅かに遅れてしまったのだ。
クラウスはマクレーンを刺激しないよう、ゆっくりとマシンガンの銃身部分を掴む。

マクレーン「おっと、動くなよ」

クラウス「……勝負しろ、マクレーン」ガチャッ

マクレーン「あん?」

マシンガンが床に捨てられた。
更に、腰に差してあった拳銃もゆっくりと引き抜かれ、やはり床に転がる。
丸腰となったクラウスは大きく両手を広げた。

クラウス「男同士、サシの勝負だ! さあ、来い! マクレーン! 銃など捨ててかかって来い!」

マクレーン「……アホか」パァン パァン

クラウス「ぐぶおぅ!」ドサッ

何の迷いも無く発射された二発の銃弾を胸に浴び、クラウスは仰向け様に倒れた。
床に大の字となり、両目は閉じられている。

マクレーン「へっ、親分に負けず劣らずの締まらねえ最期だったな」


68:2011/11/06(日) 00:18:45.44 ID:
 
マクレーンはそう毒づきながら、あくまで拳銃は構えたまま、ゆっくりとクラウスに近寄った。
その死を確かめ、彼が何者かを調べる為に。
死体の傍まで寄り、真上から見下ろす形になった、その時。

クラウスの両目が開いた。

クラウス「ふん!」ブン

不意に繰り出された蹴りで、マクレーンの拳銃は大きく弾き飛ばされる。

マクレーン「クソッ!」

ヘッドスプリングで一瞬のうちに跳ね起きたクラウスが、マクレーンの顔面をしたたかに殴りつけた。

マクレーン「ぐあっ!」

クラウス「防弾ベストだ、マヌケ」

矢継ぎ早のコンビネーションで顔面、腹とクラウスの拳が打ち込まれる。
マクレーンのケンカ染みた殴り方とは違う、明らかに訓練されたパンチ。
それだけでは終わらない。
顔面を狙ったパンチと見せかけ、途中から軌道を変えて奥襟を掴む。そこからマクレーンの体を引き寄せ、
強烈な膝蹴りを一発、二発、三発と打ち込む。

クラウス「この時を待っていたぞ、マクレーン」

マクレーン「ぐうっ……」

よろめき、フラつき、倒れ込むマクレーン。
形勢逆転の後、僅か数秒で大きなダメージを負わされてしまった。
膝を突き、うずくまっているところへ、クラウスが大股で近づいてくる。

マクレーン「ああああああああっ!!」

マクレーンは雄叫びと共にクラウスに掴みかかると、渾身の力を込めて自らの額を彼の顔面にぶつけた。

クラウス「ぶふぅおっ!」

クラウスの鼻からは鮮血がほとばしる。
そのままマクレーンとクラウスは揉み合い、絡み合いながら、キッチンのドアを破りつつ、その中へと
戦いの場を移していった。

マクレーン「死ねえ! 死ね、この野郎!」ドガッ ドガッ ドガッ バコッ

マクレーンはクラウスの体を調理台に押さえつけ、ボディを数発殴ると、再度頭突きを鼻っ柱に見舞った。

クラウス「ぶるぉあっ!」

そして、クラウスの首をヘッドロックの要領で締め上げながら、頭、額、顔面の別無く殴り続ける。

マクレーン「てめえみてえな野郎は! 死んだ方が世の為だぜ!」

クラウス「……ちょ、調子に、乗るなァ!」

クラウスは首を締め上げられた姿勢から、マクレーンの肩甲骨下、第11・12肋骨、腎臓と、
背部の急所を的確に打突した。

マクレーン「ぐおっ!」

調理台に突っ伏し、ガスコンロに頭をぶつけるマクレーン。その姿勢から、なかなか動かない。

マクレーン「うう……」

クラウス「さっさと起きろ。今度は私の番だぞ」

いつまでも調理台に倒れこんだままのマクレーンを、クラウスは無理矢理引き起こし、横っ面に肘打ちを
叩き込んだ。
マクレーンも反撃の拳を振るうのだが、クラウスに防ぎ捌かれ、何倍もの数の拳と蹴りを打ち込まれる。
やがて、マクレーンは戦う力も尽きかけ、フラフラと体を揺らせて棒立ちとなってしまった。
この格好の的をクラウスが見逃すはずも無い。
助走をつけたサイドキックによって、マクレーンはキッチンの外の廊下まで大きく蹴り飛ばされてしまった。

マクレーン「がはぁ……」

廊下で力無く倒れたままのマクレーンを見るに至り、クラウスは勝利を確信した。彼は目に付いた
ナイフスタンドに差し込まれた包丁へ手を伸ばす。

クラウス「ブッ殺してやる……!」チャキッ


69:2011/11/06(日) 00:22:17.03 ID:
 
だが、ここでクラウスはある異変に気づいた。

クラウス「……?」

目の前の空間が、風景が何かおかしい。陽炎のように揺らめいている。
クラウスはキッチン中を見回したが、どこを見ても空間がゆらゆらと歪んでいる。

マクレーン「へへへ…… その鼻血じゃ、臭いにも気づかねえだろ……」

クラウス「!?」

マクレーンの言葉からようやく思い当たり、慌てて調理台へと目を向けた。
やはり。やはり、そうだった。
ガスコンロのホースが引き抜かれている。元栓を開かれて。

マクレーン「俺からのクリスマスプレゼントだ……」シュボッ

その声の方へ向き直ると、廊下に倒れたままのマクレーンが燃えるジッポライターを手にしていた。

クラウス「マァクレェエエエエエエエエエエエエエンン!!」

マクレーン「受け取れ!」

放り投げられたライターが、廊下からキッチンに入った途端。
凄まじい轟音と共に、キッチンそのものが、室内全体が大爆発を起こした。
激しい爆炎に舐められ、クラウスはその声もその姿も掻き消される。

マクレーン「うおおっ!」

無論、爆発のショックは廊下にいたマクレーンをも巻き込んだ。逃げようとしていた彼を、爆風が大きく
吹き飛ばし、体を床に強く打ちつけさせた。

マクレーン「いってえええ……! チックショウ……」


74:2011/11/20(日) 18:11:08.71 ID:
 


~船内・大会議室~

約三十人程の社員達は皆、一様に口を閉ざし、座り込んでいた。
テロリストからの解放に歓喜していたのも束の間。自らが置かれた状況を考えれば、喜んでばかりも
いられない。
次の瞬間には、激昂したテロリストが乗り込んできて銃を乱射するという展開も、決して無くは
無いのだから。

不気味な静寂の中、律は大会議室の床に腰を下ろし、紬は律の脚を膝枕にして仰臥していた。

律「平気か? ムギ」

紬「うん。だいぶ楽になってきたわ。ありがとう、りっちゃん」

濡れタオルから半分覗く紬の目。
ドアをこじ開け、倒れた先程から比べれば、幾分かは生気を取り戻している。
そんな二人の耳に廊下の方から、バタバタと切迫感に溢れた足音が聞こえてきた。

澪「律! ムギ!」ハアハア

梓「先輩!」ゼエゼエ

律「梓! 無事だったのか! てゆーか、何でお前らが一緒にいるんだ?」

澪「そ、それが…… 和に言われて先に戻ってきたんだけど、途中で梓と会って」チラッ

梓「私と唯先輩はマクレーンさんに助けてもらって、ブリッジに向かってたんです。そしたら、
  唯先輩が『やっぱりマクレーンさんを助ける』って言って……! それで、私、止められなくて…… 
  ぐすっ、ごめんなさい…… 唯先輩、行っちゃった……!」ポロポロ

律「ったく、あの馬鹿!」

澪「たぶん、キッチンとかボート置き場の方に行ったんじゃないかな。和がマクレーンさんに言ってたから」

律「和は?」

澪「コンピュータルームに行ったよ。一人で。ブリッジのコンピュータじゃダメだったんだ……」

律「……」

言葉が続かない律に代わり、紬が口を開いた。額の濡れタオルを外し、ゆっくりと身を起こしながら。

紬「……唯ちゃんを探しましょう。おそらく今は和ちゃんより唯ちゃんの方が危険な状況だと思うの」

律「だな。唯と合流したら、すぐに和のとこに向かおう」

律が腰を上げる。しかし、疲労と大量の出血の為、上体はふらつき、足取りが大分怪しい。
すぐに澪がそばへ寄り添った。

澪「律、ホラ、つかまって」

律「ん、サンキュ」

梓「ムギ先輩、肩を貸しますよ」

紬「ありがとう、梓ちゃん」

四人の放課後ティータイムは支え、支えられながら、廊下を歩き出した。


75:2011/11/20(日) 18:14:34.07 ID:
 


~船内・ボート置き場へ続く廊下~

そこには壁に手を突き、片足を引きずりながらも前進するマクレーンの姿があった。
連戦に次ぐ連戦の負傷と疲労。銃はキッチンのガス爆発でどこかに行ってしまった。敵がまだ
残っているかもしないというのに。
嫌でも愚痴が口から漏れてしまう。

マクレーン「……ったく、何がクリスマスパーティだ。呼ばれる度に悪党共が湧いてきやがる。
      もう二度と、頼まれたって拝まれたって出てやらねえぞ、クソ」

妻ホリーとの結婚生活。ルーシーやジャックら、子供達の幼い頃。お世辞にも平穏とは言えない、
これまでの人生。
何の脈絡も無く、脳裏に浮かんでは消えていく。

マクレーン「一度でいい。マトモなクリスマスを過ごさせてくれよ……」

そのボソリと呟いた言葉が、聞こえるか聞こえないかのタイミングで、後ろから不意にマクレーンに
話しかける者がいた。

和「ミスター・マクレーン」

それは放課後ティータイムのマネージャーであり、ナカトミの社員でもある真鍋和だった。

マクレーン「ノドカ? なんでこんなとこにいるんだ」

和「クラウスは? 彼はどうなりました?」

彼の質問には答えず、周りを見回しながら、質問を返す。

マクレーン「ああ、アイツなら今頃キッチンでバーベキューになってるよ」

和「そう……」カチャッ

彼女の手には拳銃が握られていた。
人質として拘束され、その後はマクレーンと同じように他の人質を助け出す為に尽力しているはずの、
彼女の手に。
人物と状況のあまりのギャップに、マクレーンは和の行動を理解出来ずにいた。

マクレーン「おい、一体何の真似だ」

和「放課後ティータイム以外の人間に生き残られては困るのよ」

テオ「その通り。ここまでは概ね予定通りだからね」

聞き覚えの無い男の声。
マクレーンが振り返ると、ボート置き場の方から初老の黒人男性が拳銃を構えながら、こちらに歩いてくる。
声には聞き覚えが無かったが、彼の顔貌には何らかの記憶を思い起こさせるものがあった。

マクレーン「てめえは……」

テオ「“ほぼ相討ちに近い形でマクレーンが生き残る”。賭けは君の勝ちだね」

マクレーンを通り過ぎ、和へ近づくと、テオは人差し指と中指に挟んだ100ドル札を彼女へ差し出した。
和は少しも笑わず、それを受け取る。

和「ありがとう、テオ。でも、予定外の事も多かったわ。唯と梓を危険な目に遭わせてしまったし、
  律とムギには怪我までさせてしまった…… 私の不手際で……」

マクレーン「テオ……? そうだ、思い出したぞ。ナカトミビルでアーガイルにブチのめされて
      逮捕された野郎か」

テオ「おいおい、嫌な事を思い出させないでくれよ」

マクレーン「ヘッ、そうか…… グルだったのか、最初から。何もかも…… ヘヘヘッ……」

掌で顔を覆い、気違い染みた調子で笑い出すマクレーン。
壁にもたれかかり、そのままズルズルと廊下に座り込む。

マクレーン「だが、何故だ? 何でこんな事を?」

テオ「僕は美味しい儲け話に乗っただけ。計画の大元はこちらの敏腕美人マネージャーさ」


76:2011/11/20(日) 18:17:58.17 ID:
 
和「……YOU TUBEというものをご存知?」

マクレーン「……?」

和「知っている訳が無いわね。あなたはデジタル時代の鳩時計だもの」クスクス

ヒュッヒューという口笛が鳴り、マクレーンがテオの方へ顔を向ける。
テオが指差すラップトップのウィンドウには、YOU TUBEのトップ画面が映し出されていた。

和「そう、インターネットの動画共有サイトの事よ。毎日毎日、ありとあらゆる動画がここに
  アップロードされているわ」

和「今日から数日後、犯行声明と共に、ある動画がアップロードされる。それはクラウス・リンデマン率いる
  反ユダヤ主義旧東独武装グループが、ナカトミコーポレーション所有のヨシノブ・タカギ号を占拠し、
  最後には爆破するまでの一部始終。勿論、ある程度の編集はされているけれど」

和「そして、その中にはあの子達の姿も映っているわ。クリスマスパーティに呼ばれてテロに巻き込まれる、
  世界一運の悪いバンドの姿が」

テオ「世界一運が良いとも言えるよ。船は海の藻屑と化し、乗員乗客は全員死亡かと思われていたのに、
   放課後ティータイムだけは奇跡的に生還するんだから。マスコミが放っとかないだろうねえ」

マクレーン「……売名か」

顔を歪めて吐き捨てるも、和はどこ吹く風だ。

和「テレビや新聞の報道に加えて、ネット上での注目。この事件を機に、放課後ティータイムの
  知名度は飛躍的に高まるわ。いえ、元々の高い実力にようやく知名度が追いつく、と言った方が
  いいかしら」

テオ「放課後ティータイムは見事有名人となり、僕は数十億ドルの価値がある船のデータを手に入れる。
   みんなが美味しい思いをして、めでたしめでたしさ」

マクレーンはテオの言葉を無視し、和を睨み続ける。

マクレーン「大勢の命を犠牲にして得た人気を、ユイやアズニャンが喜ぶとでも思ってるのか?」

その時、笑いに緩むまではいかなくとも若干の余裕を湛えていた和の表情が一変した。
顔面のすべての筋肉が強張り、眼光に異常な光を宿している。
マクレーンの言葉、いや、言葉に含まれたいずれかの単語に、過剰な反応を見せたのだ。

和「……唯は、何も背負う必要は無い。大好きな音楽を、歌とギターを、精一杯やればいいの。
  手を汚し、血にまみれ、罪を背負うのは私の仕事……」

和「唯はこの世界のトップに立てる実力を持っている。そして、私は全力でそれを手助けしなければいけない。
  だって、私はあの子のマネージャーで、仲間で、幼馴染みで…… 親友なんだから」

和「小さな頃から唯と一緒だった。幼稚園、小学校、中学校、高校。ずっと唯の事を見てきた。
  大学時代も社会に出てからも、唯の為に何が出来るか、そればかり考えてきたわ」

銃口はマクレーンに向けられたまま。和はゆっくりと、実にゆっくりと彼の方へ近づく。

和「私は、放課後ティータイムの為なら、平沢唯の為なら、何だって出来る」

マクレーン「イカレてるぜ、お前……」

引き金に添えられた彼女の指に、徐々に力が入る。

和「あの子の為に死んでちょうだい、ジョン・マクレーン」


80:2011/11/23(水) 23:18:03.28 ID:
 
マクレーンは目を閉じ、努めて体の力を抜いた。
もはや諦めに支配されかけていたというより他は無い。
現役時代、幾多の危難を乗り越えて生き延びてきたのに、よりにもよって引退後にこんな異邦の地で
命を落とす事になるとは。

しかし、いつまで待っても引き金が引かれる様子は無い。
たまりかねたマクレーンは再び目を開けた。
銃口はこちらに向いたままだが、和の顔はマクレーンの方ではなく、後方へ向けられている。

唯「和ちゃん……?」

和とテオの後ろに、驚愕と混乱に目を見開く唯が立っていた。

マクレーン「ユイ!」

和「ゆ、唯……!?」

和の顔と手元。それにテオ。
いまだに事態が把握出来ていない唯が、その三ヶ所へ視線を堂々巡りさせている。

唯「和ちゃん、どうして銃なんて持ってるの……? それに、その人、悪い人だよね……?」

和「こ、これは、その……」

テオ「あ~あ、愛しのユイちゃんに悪事がバレちゃったかな?」

和「テオ!」

ニヤニヤ笑いのテオを睨み、怒鳴りつける。あくまで銃口はマクレーンに向けたままで。
だが、それが災いした。

テオ「君の仕事はここまでだ。ありがとう」

テオの持つ拳銃が和へ向けられ、そして、火を噴いた。

和「ぐっ……!」ドサッ

拳銃を取り落とし、腹に手を当ててその場に崩れ落ちる和。
指の間からはドクドクと血が溢れ出している。

マクレーン「ノドカ!」

唯「和ちゃん!」

テオ「おっと、君は僕と来てもらうよ」グイッ

和の方へ駆け出した唯は、すぐにテオの手によって絡め取られた。

唯「いや! 離して! 和ちゃん! 和ちゃあん!!」ジタバタ

右手に拳銃、左手に暴れる唯、ショルダーバッグにラップトップ。テオはマクレーンには目もくれず、
ボート置き場へと歩を進め始めた。

マクレーン「待ちやがれ!」

床に転がる和の拳銃を素早く拾い上げると、マクレーンは銃口をテオへと向けた。
しかし、それでも尚、テオの顔から余裕のニヤニヤ笑いは消えない。

テオ「僕を撃つとこの場の全員が死ぬけど、それでもいいのかな?」

マクレーン「何だと?」

テオ「実は僕自身にもC4をセットしてあってね。心臓の鼓動が止まると起爆スイッチがONになる
   仕組みなんだ。それで良ければどうぞ?」

真実かハッタリか。
マクレーンは一言も発さず、狙いは定めたまま。
彼の長考にウンザリしたのか、テオは銃を握ったままの手で自身が着ているセーターの裾をめくった。
そこから見えた物は、色とりどりのワイヤー、信管、レンガ型のプラスチック爆弾。


81:2011/11/23(水) 23:20:09.73 ID:
  
マクレーン「……クソッ!」

マクレーンは肘を曲げて銃口を天井へ向けた。
絶対的な危険を抱え込む事による絶対的な安全。
心底愉快そうなテオは、吹き出し笑いをこらえながら再び歩き始める

テオ「ああ、そうそう。パーティホールの人質は解放しておいたよ。クラウス一味を全滅させてくれた君への、
   せめてものお礼さ」

その時、突如として天井のスピーカーからオーケストラの奏でる音色が、直後にバリトンの歌声が
響き始めた。
これは、ベートーヴェン交響曲第九番第四楽章“歓喜の歌”だ。
テオが腕時計を覗く。

テオ「おっ、時間か…… メリークリスマス・アンド・ハッピーニューイヤーと言えばコレだねえ。
   まあ、爆発までの間、皆で聖夜を祝ってくれよ。ハハハハハ!」

唯「和ちゃん! マクレーンさん!」

音楽に歌声、それに高笑いと悲鳴を加えながら、テオは唯を引きずりつつ廊下の角を曲がり、
姿を消した。
何も出来ず、姿勢すら変えられないままのマクレーン。
彼の頭蓋の中身はこの窮地を覆す為にフル回転を続けていた。
船にセットされた爆弾もテオにセットされた爆弾も爆発させず、かつ唯を傷つけずに助け出す方法。
そんなものが果たして――

マクレーン「……よし、イチかバチかだ」

覚悟を決めてボート置き場に向かいかけたマクレーンだったが、すぐに足を止めてしまった。
振り返れば、床に倒れた和が短い呼吸を繰り返している。
腹を撃たれたようだが、出血量から見て肝臓や大動脈は無事なようだ。充分に助かる傷ではある。
とはいえ、ここに放置しては助かる命も助からない。
短い逡巡の末、マクレーンは踵を返して和に近づいた。

マクレーン「さあ、来るんだ」グイッ

身を起こさせ、肩を貸して、手荒く担ぎ上げる。
改めてマクレーンはボート置き場へ向かって歩き出した。

和「どうして、助けるの…… 私は……」

マクレーン「さあな。知るもんか」

和「……」

マクレーン「……」

和「……お願い」

マクレーン「あん?」

和「唯を…… 助けて……」

マクレーン「言われなくてもわかってらぁ」


82:2011/11/23(水) 23:22:17.94 ID:
 


~船外・ボート置き場~

二人がやっとの思いでボート置き場にたどり着くと、ボートは既に無く、テオと唯の姿も見当たらなかった。
その代わり、大型ウィンチのドラムが回っており、そこから伸びるワイヤーロープが船の下へと
続いている。
マクレーンは和を床に寝かせ、舷側欄干から身を乗り出し、船の外を見下ろした。
ワイヤーロープの先にはモーターボートがあり、テオと唯の姿も確認出来る。
ボートが着水するまでの距離もまだ半分といったところだ。

マクレーン「よっしゃ、まだ間に合うぞ。ボートに乗り込んでいって、あの野郎を海の底まで
      沈めてやるぜ。それなら爆発してもユイは無事だ」

ただし、ウィンチ横にひっそりと置かれた小型ビデオカメラの存在に、マクレーンは気がついて
いなかった。
ボートのテオが手にしているラップトップの画面には、マクレーンと和の姿が映っている。
この場に到着した瞬間から二人は捕捉されていたのだ。

テオ「こんなのはいかが?」カタカタカタカタッ カタッ

ラップトップのキーボードが連続して叩打され、最後にエンターキーが音高く打たれる。

ボート置き場のどこかからピッピッピッという電子音が聞こえてきた。
不審な音に、マクレーンが周囲へ視線を巡らせる。
ボート置き場の片隅。どちらかといえばマクレーンより和に近い位置。その辺りで赤い光が点滅
している物体が見えた。
音と光と物体の形状が、数時間前にクラウスが一斉放送した内容に変換され、マクレーンの脳内で
スパークした。

マクレーン「危ねえ! クレイモアだ!」

和に覆いかぶさるように、自分も身を伏せる。
その動作とほぼ同時のタイミングで、音と光の発信源が炸裂した。
爆発音と共に無数のボールベアリングがマクレーンと和へ雨あられと襲いかかる。

マクレーン「ぐああっ!」

クラウスの言った通り、確かに殺傷能力は低かった。しかし、軽傷で済んだ訳でもない。
頭の先からつま先まで、ボールベアリングが当たった箇所は大きな傷となり、血が噴き出している。
唯一の喜ばしい事といえば、マクレーンが覆いかぶさったおかげで和がほぼ無傷だった事くらいか。

テオ「ハハッ、クラウスからこっちの起爆コードも盗んでおいて正解だったね」

ボートのテオはご満悦である。
そうこうしているうちにも、ウィンチのドラムは回り続け、ボートは海に近づきつつあった。

マクレーン「お、おい…… 無事か、ノドカ……」

和から離れ、持てる力のすべてを以て懸命に身を起こすマクレーン。

和「ええ、私は、大丈夫……」

マクレーン「チクショウ、早く何とかしないとボートが出ちまうぞ……!」

マクレーンはどうにか立ち上がり、ボートに乗り込む方法を思案していたが、それを邪魔するものがあった。
それは、複数の足音。マクレーンと和が歩いてきた廊下の方から聞こえてくる。
あまり良い事態ではない。ここに新手が加わるならば、流石のマクレーンも万事休す、だ。
足音は徐々に高まり、高まり切ったところで出入口のドアが乱暴に開けられた。


83:2011/11/23(水) 23:24:44.73 ID:
 
律「いたぁ!」

一番に響いたのは澪に支えられた律の声。
唯以外の放課後ティータイムのメンバーが揃っていた。
四人がマクレーンと和へ駆け寄る。

紬「和ちゃん……! マクレーンさんもひどい傷……」

澪「あっ! の、和ぁ!」

そう叫ぶと、澪は和にすがりつき、抱き起こした。
和と最後まで一緒に行動し、その身を案じていたのが澪なのだ。

マクレーン「お前ら、どうしてここに?」

梓「唯先輩を探しに来たんです! こっちに来ませんでしたか!?」

マクレーン「ああ。だが人質にされて連れてかれちまった……」ギリギリ

梓「そんな……!」

歯噛みするマクレーンが海の方を見下ろすと、ボートは遂に着水してしまっていた。
舌打ちをしても足りない思いで舷側欄干を離れ、今度は周囲をキョロキョロと見回す。まるで
何かを探すように。

澪「ねえ! 和は、和はどうしちゃったの!? 助かるの!?」

マクレーン「腹を撃たれてる。服か何かで傷口を強く押さえてろ。それでも血が止まらないようなら、
      傷口に直接布をねじ込め」

振り返りもせずに言い捨てると、マクレーンは一旦船内へ消えていった。

澪「ううっ、ぐすっ…… 和ぁ…… ごめんね、私が一人にしちゃったせいで……」ポロポロ

和「澪…… 私の方こそ、ごめん……」

マクレーンはすぐに戻ってきた。脇に小型のゴムボートを抱えながら。
そして、再びジッと眼下の海を、テオと唯の乗るモーターボートを見つめる。
上甲板からボートまでの高さは、およそ建物三、四階分はあろうか。

紬「マクレーンさん、どうしたんですか……?」

マクレーン「クソッ、すくむぜ……」


84:2011/11/23(水) 23:28:27.22 ID:
 


無事に着水を済ませたボートは、いまだワイヤーロープへ繋がれながらも、海面に揺られている。
テオは上機嫌で離脱の作業に取り掛かろうとした。

テオ「さてと、あとはワイヤーを外してっと」

脱出成功が間近い喜びのあまり、視線も銃口も唯から外れた、その隙に――

唯「んぁぐっ!」ガブッ

銃が握られているテオの腕に飛びついた唯が、ありったけの力を込めて噛みついた。

テオ「いててて! 離せ!」

驚きと痛みで手から拳銃がこぼれ落ちる。
この無力化が唯に更なる勇気を与えた。
視線が、これまでマクレーンや自分達を大変な目に合わせてきた、最も厄介なものに向けられる。
次に取った行動は、普段の彼女からは想像もつかない程の機敏、かつ大胆なものだった。

唯「えい!」ドボン

ボートの座席に置かれていたラップトップを海へ投げ捨てたのだ。

テオ「ああっ! な、何て事を!」

テオは平手で唯の頬を激しく叩いた。こちらも彼にしては珍しい、怒りに任せての行動だ。

唯「きゃっ!」ドサッ

テオ「クソォ! こ、これじゃ、船を爆破出来ないじゃないか……!」カチャッ

拾い上げた拳銃が倒れ込んだ唯に向けられた。
まだ怒りは収まらず、それどころか脱出への不安が増大していく。

テオ「こうなったら、無事に逃げ切れるまで君には人質になってもらうぞ」

唯「うう……」



一方のマクレーンはまとわりついてくる律や紬らに辟易していた。
腕や服を掴んで、口々に制止の言葉を叫んでいる。

律「こんな高さから飛び降りるなんて無茶だ! 下手したら死んじまうよ!」

梓「やめて下さい、マクレーンさん! 危険過ぎます!」

紬「お願い! やめて!」

マクレーン「黙ってろ! ヒーローの活躍を見たかったんだろ!?」

紬「ヒーローが死ぬところなんて見たくない!」

梓「死んじゃ何もならないです!」

マクレーン「いいからどけ!」

半ばやけくそ気味に彼女らを振り払うと、マクレーンはゴムボートを抱えて舷側欄干によじ登った。
足のすぐ先からは、断崖絶壁によく似た光景が続き、目標のボートが小さく見える。

マクレーン「神様、助けはいらねえから邪魔するなよ……」

わずかに宙を仰ぎ、ボソリと呟く。覚悟を決まった。ボートは既に動き始めている。
船外にまで響き渡る“歓喜の歌”は混声合唱となり、クライマックスを迎えつつあった。
マクレーンは乾坤一擲のダイブを敢行すべく、勢いよく欄干を蹴った。

マクレーン「わあああああああああああああああ!!」バッ


87:2011/11/28(月) 22:44:15.63 ID:
 
凄まじいスピードで自由落下していく中、ゴムボートをクッションにしようと強引に体の下へ
持っていく。
落下地点であるモーターボートは、もうすぐ目の前まで来ていた。

マクレーン「ああああああああああああああああ!!」ドォン!

マクレーンが着地した瞬間、モーターボートは交通事故にも似た衝撃と大きな揺れに襲われた。
唯もテオも危うく海へ投げ出されそうになる。

唯「ひゃあ!」

テオ「い、今のは何だ!?」

マクレーン「サンタクロースさ!」

パニック状態で振り返ったテオの顔面を、マクレーンは力任せに殴りつけた。

テオ「ぐえっ!」ドサッ

仰向け様に倒れ、ハンドルに頭を打ちつけるテオ。
殴られたせいか頭をぶつけたせいか、どちらが原因かはわからないが、半失神状態で白目を
剥いている。

唯「マクレーンさん!」

喜びと安堵で唯の顔は自然とほころんでいた。
マクレーンが後部座席から、彼女を引き寄せる為に手を伸ばす。
狭いボートではあるが、これからテオにする事を考えれば、少しでも遠くにいた方が良い。

マクレーン「さあ、こっちに来い。ユイ」

唯「うん!」

ボートはそのスピードを速め、どんどん船から離れていく。
揺れにふらつきながら、唯もまた懸命に手を伸ばす。
しかし、その横、運転席でのびていたはずのテオは、密かに意識を取り戻していた。
唯に噛みつかれて学習したのか、気絶中も握り締められた拳銃は手から離れていない。
急いでマクレーンに銃口を向け、引き金を引く。

マクレーン「ぐあっ!」

銃声と共に後方へ大きくよろめいたマクレーンは、衝撃と激痛に襲われた左肩を押さえた。銃弾に貫かれた
左肩は血にまみれ、左腕は自由を失ってしまった。
運転席ではテオがゆっくりと身を起こすところだ。

テオ「あ、あの時のようにはいかないぞ……!」

強く握り締めた拳銃は、まだマクレーンの方へ向けられている。
今度こそは正確に撃ち抜かんとばかりに、狙いは額へと定められた。

唯「うう、ううう……!」

助手席で唯が妙なうなり声を上げ始めた。体は細かく震えている。
恐怖か。いや、違う。
彼は船を爆破しようとした。彼は和を撃った。彼はマクレーンを撃った。
次々と大好きな人を奪おうとする卑劣な犯罪者。生まれて初めて接する本物の悪党という種類の人間。
テオが、滅多に表す事の無い彼女のある感情に、火を点けてしまったのだ。
つまり“怒り”だ。

唯「うりゃー!」ポカッ

その怒りに任せて放った握り拳が、テオの横っ面に命中した。
威力はマクレーンの十分の一も無いかもしれない。事実、テオは何のダメージも受けていなかった。
しかし、テオにとって運が悪かったのは、その脆弱な拳が眼鏡を弾き飛ばしてしまったという事だ。
眼鏡は運転席のシートの隅へ転がり落ちていった。

テオ「め、眼鏡がっ……! 眼鏡、眼鏡……」

慌ててかがみ込み、足元を探るテオ。
その様子を見たマクレーンは、ハンドルへ素早く視線を移し、更には備え付けの浮き輪へ目をやった。
ボートは最高速度に達している。最早、時間との勝負。
急いで唯へ浮き輪を投げ渡す。

マクレーン「ユイ! 海に飛び込め!」

唯「ふえっ!? でも、私あまり泳げないし、海冷たいし、ボートすごいスピードだし……」グズグズ


88:2011/11/28(月) 22:46:36.11 ID:
 
マクレーン「ガタガタ言ってねえでさっさと飛び込めってんだ!!」

唯「は、はいぃ!」

文字通りの有無を言わさぬ怒鳴り声に押され、唯は浮き輪を抱えて海へ飛び込む。
「つべたいぃいいぃぃぃいいいい」という悲鳴を背に、マクレーンは片手片足の動かぬ体を何とか
運転席近くまで移動させた。
そして、テオの脇から思いきり右手を伸ばし、ハンドルを掴んだ。

マクレーン「イッピカイエー、クソッたれぇ!」グイッ

目一杯、左へハンドルを切り、マクレーンもまた浮き輪を抱えて海へ飛び込んだ。
取舵一杯に切られたボートは大きくUの字を描いて方向を変えた。無論、その先にあるものは
豪華客船ヨシノブ・タカギ号だ。
揺れと戦いながらの眼鏡の捜索で、テオは進行方向が変わった事にすら気づいていない。
だが、低い視力と手探りの悪戦苦闘の末、ようやく眼鏡は見つかった。

テオ「あ、あった…… これで――」

眼鏡をかけ、体を起こしたテオが目にしたのは、そびえ立つ巨大な黒い船体。

テオ「うわああああああああああ!!」

タカギ号の船体に猛スピードで突っ込んだボートは、爆発を起こし、粉々に吹き飛んだ。ほんの一瞬遅れて、
C4の大爆発が船体のすぐ近くで巻き起こる。
燃え上がり、消えていく炎。立ち上る黒煙。さしたるダメージも受けていないように見えるタカギ号。
大海原に浮かぶ点となったマクレーンは、それらを達成感と虚脱感の中で眺めていた。

マクレーン「あの世でハンスによろしくな」

それだけ呟くと、先に飛び込んだ唯を探しながら、水をかきかきタカギ号の方へ向かう。
少しすると、青白い顔で浮き輪にしがみつく唯の姿が見えた。波間をユラユラと漂いながら、
こちらへ流されてくる。

唯「う、うう…… マ、マ、マク、マクレーン、さん…… さ、寒いよぅ……」ガタガタ

マクレーン「ユイ、よくやったな。お前のおかげだぜ」

唯「えへへ…… ぴ、ぴ、ぴ、ぴーす…… ささささむ、さむ、寒い、冷たいぃ……」ガタガタガタガタ

マクレーン「さあ、みんなのとこへ帰ろう」

マクレーンは唯の浮き輪から伸びる紐を自分にくくると、無事な右手で再び水をかき始めた。
タカギ号の甲板からは、律や梓ら四人の他、ナカトミ社員や招待客が大きく手を振っていた。


89:2011/11/28(月) 22:50:12.79 ID:
 


~東京湾~

タカギ号から次々と毛布に包まれた乗客が降りてくる。
それを出迎えるのは救急隊員、警察関係者、大勢の野次馬、それにマイクとカメラを手にしたマスコミ。
マクレーンと放課後ティータイムのメンバー達は、他の乗客のように毛布を肩からかけながら、
ある人物を見送っていた。
ストレッチャーに寝かされた彼女は、救急隊員達の手によって救急車へ運ばれる最中であった。
警官の厳重な監視下で。

唯「和ちゃん……」

澪「和っ……!」

マクレーン「よせ、行くんじゃない。今はな」グッ

駆け寄ろうとした唯と澪は、マクレーンの手によって引き止められた。

澪「でも……」

唯「……」

和は虚ろな目で宙を眺めたまま、一言も発する事無く、救急車に乗せられていく。

律「なあ、和はどうなるんだ?」

マクレーン「命は助かる」

律「いや、そうじゃなくってさ……」

マクレーン「……犯した罪は償わなきゃならない。ノドカにゃ法の裁きってもんが下される。
      それだけは確かだ」

唯澪律紬梓「……」

マクレーン「けど、大事なのはその後だ。“どうなる”じゃない。罪を償ってム所から出てきた
      ノドカに、お前らは“どうしてやれる?”」

五人の目を、マクレーンがじっと見据える。

唯「……」

唯「……私、和ちゃんが戻ってくるのを待ってるよ。お手紙も書く」

唯「それだけじゃない。戻ってきた和ちゃんがビックリするくらい、放課後ティータイムを
  すごいバンドにする」

唯「それから、それから…… ぐすっ……」ポロポロ

澪「和は私達のマネージャーで、仲間で、親友だ。今までも、これからも」

律「和は六人目の放課後ティータイムだぜ。やっぱ、アイツがいないとな!」

唯「……うん!」

その時、野次馬をかき分け、マスコミを押しのけ、一人の女性がマクレーンらの前に出てきた。
弾む息と共にポニーテールが揺れている。


90:2011/11/28(月) 22:59:09.35 ID:
 
憂「お姉ちゃん!」

唯「憂!」

二人はお互いを呼び合い、駆け寄り、抱き締め合った。

憂「ううっ、電話が全然通じなくって、そしたら警察の人が迎えに来て、ぐすっ、テロに巻き込まれたって……
  心配したよぅ!」

唯「うえええええん! ういぃ、ういいいいい! びえええええん!」

固く固く抱き締め合いながら、唯と憂は安堵と嬉しさの涙を流す。
その光景を、他の五人は立ち入る事無く、笑顔で見守っていた。
やがて、落ち着きを取り戻しつつあった唯が、思い出したように皆の方を振り返った。

唯「ぐすっ…… あ、マクレーンさん! 私の妹だよ! 妹の憂!」

状況が飲み込めず戸惑う憂の腕を引っ張り、マクレーンの所へ連れて行く。

憂「は、初めまして。平沢憂です」ペコリ

唯「マクレーンさんはね、悪者をやっつけて、私達を助けてくれたんだよ!」

憂「ええっ!? そうなの!?」

憂「あ、あの、姉が大変お世話になりました」フカブカ

マクレーン「いい姉さんを持ったな、ウイ。大事にするんだぞ」

憂「はいっ!」ニコッ

唯「えへへー」テレテレ

しかし、笑いに包まれた七人にも、ある種無情な救急隊員が手を差し伸べ始める。

救急隊員「皆さんも救急車に乗って下さい。被害に遭われた方々は全員病院に運ぶ決まりに
     なっていますので」

そして、その他の関係者達もだ。

公安「ミスター・マクレーン、そろそろ……」

大使「やあ、どうも。私は駐日アメリカ大使のジョンソンだ。色々と話を――」

マクレーン「わかった、わかった。今行くよ」

鬱陶しそうに手を振ってあしらうマクレーンではあったが、通常の刑事や警官とは毛色の違う者が介入し、
他の皆と明らかに扱いが違う。
その様子は、唯達にこの場での別れを、何とは無しに感じさせるものだった。

唯「あ……」

マクレーン「……それじゃ、な」

言葉少なに片手を上げるマクレーン。
それとは対照的に、彼を囲むようにして別れを惜しむ五人。

唯「私、マクレーンさんの事、忘れないよ。絶対……!」

紬「わ、私も! 危ない目にも遭ったけど、マクレーンさんと過ごせた時間は一生の宝物です!」

梓「ちゃんとした食事を取って、健康に気をつけて下さいね。あと、出来れば奥さんや娘さんと仲良くして下さい」

澪「みんなを助けてくれて、本当にありがとう。あ、あと、煙草は止めた方がいいと思う、かな……」

律「これに懲りずに、また日本に遊びに来てくれよな!」

マクレーン「ありがとよ、みんな」


91:2011/11/28(月) 23:02:44.10 ID:
 
惜別の言葉を受け取ったマクレーンは、公安課の刑事や米大使と共に救急車へ乗り込んだ。
座席に座り、少し考える。
引退後の人生にひとつ楽しみが出来たのかもしれない。それは、ほんの小さなものだが、少なくとも
これまでの自分にはあまり縁の無かった楽しみだ。
そう考えると、マクレーンは瞳を潤ませて見送る唯へこんな言葉をかけた。

マクレーン「来年のクリスマス、ニューヨークで待ってるぜ」

唯「……?」

マクレーン「招待してくれるんだろ? マディソン・スクエア・ガーデンのコンサートに」

唯「あ……! うん!」

唯は元気良く頷いた。
その返事を待ったかのように救急車後部の扉戸が閉められ、マクレーンの顔は窓から僅かに
覗くだけとなる。
すぐにエンジンがかかり、耳障りなサイレンを鳴らしつつ、車は発進していった。
いつまでもこちらを眺め続けるマクレーンが見えなくなるまで、いつまでも唯は手を振り続けた。

唯「放課後ティータイムの全米デビュー、待っててね!」



唯「よーし! みんな、これからも頑張るよ! 目指すは、まじこん・すーぱー・がーでん!」

梓「マディソン・スクエア・ガーデンですよ! わかってなかったんですか!? もう!」

紬「マクレーンさんは一番前の席にご招待しましょう!」

澪「一年でニューヨーク公演かぁ。時間が無いな」

律「大丈夫! 私達なら何とかなるって! 武道館ライヴ、チャート1位、全米デビュー!
  一気に駆け上るぜ!」

憂「私も応援します!」



乗客の救出が進み、放課後ティータイム自身も警官や救急隊員に誘導されていく中、律は鼻に
ひんやりとした冷たさを感じた。
ふと、空を見上げると小さな小さな雪の粒が静々と降りてきている。
律は寒さに少し肩をすくめながら、それでも嬉しそうに呟いた。

律「こりゃ来年のクリスマスも荒れるなぁ」



THE END



Oh, the weather outside is frightful.
But the fire is so delightful.
And since we've no place to go.
Let it snow, let it snow, let it snow.

It doesn't show signs of stopping.
And I brought some corn for popping.
The lights are turned way down low.
Let it snow, let it snow, let it snow.

When we finally say good night.
How I'll hate going out in the storm.
But if you really hold me tight.
All the way home I'll be warm.

The fire is slowly dying.
And, my dear, we're still good-bye-ing.
But as long as you love me so.
Let it snow! let it snow! let it snow!




→→もっとけいおんを読む←←