5:2008/05/21(水) 14:34:26.35 ID:
 展示場の外。
 巴がほうきでゴミを掃いている。
 ちりとりでそれを集め、時計を確認する。
針は10時55分を指している。
 ギィ、と音がして、事務所から白髪混じりの男性が出てくる。
「あっ、高橋課長」
「ん」
「どうされました?」
「もうすぐ来るよ」
「え」
 それだけ言うと、課長は道路端へ立ち、起立した状態で左右を見渡す。
 巴は一瞬、訳が分からなくなるが、すぐに思い出す。
「そうだわ、今日は名古屋から…」
 急いで掃除用具を仕舞い、巴も課長の脇に立つ。
「いいよ柏葉。電話番がいなくなるだろ」
「あ」
 言われて気づく巴。
「中入ってて。別に気にしなくていいから」

ローゼンメイデン

9:2008/05/21(水) 14:38:20.21 ID:
 数分後、白のレガシィが駐車場へ入ってきた。
課長が軽く会釈をし、事務所内へと案内する。
「お疲れ様です」
 チリン、チリン、という音と共に入ってきた白髪の壮年の男性。
巴は立ち上がり、深々とお辞儀をした。

「お茶でよろしいですか」
「うん、お願い」
 課長が応接室に消え、巴はお茶を淹れ始める。
昨日、今日と、ジュンは風邪で休んでいる。
「……」
 お盆を持ったまま、巴は回覧と資料で真っ白になったジュンの机を見つめた。


10:2008/05/21(水) 14:43:13.61 ID:
「失礼します」
 カチャ、とお茶を置き、軽く会釈する。
「おお、ありがとう」
「彼女も、桜田君と同期です」
「ほう」
 白髪の男性が、巴の表情をちらりと見やる。
「今日は彼は?」
「あいにく、風邪で」
「そうか、こっちに来たら、より一層体調管理に気を配ってもらわないとな」
「申し訳ございません」
 ぺこりと頭を下げる課長。
「失礼致しました」
 巴が退室した。


12:2008/05/21(水) 14:49:51.52 ID:
「………」
 事務所で巴がため息をつく。
 名古屋の本社、大阪支社、東京支社、仙台支社、全216人の営業成績が貼られた壁。
上の方、49番目の位置に、
 『東京 桜田ジュン 3年目 8棟』
と書かれてあるのが見える。
 住宅営業として、月イチ、つまり、年間12棟の契約、完工を達成するのは、
そう簡単な事ではない。そこに食い込んでいくには、才能が必要である。
 同期30人の内、営業を続けているのは9人。よく続くものだ、と巴は思った。
巴のように、一年間営業として動き、その後展示場アドバイザーに変わる者もいれば、
一戸建ての営業、という厳しさに耐えられなくなり、辞めた者もいる。
「………」
 巴には、先ほどの会話の意味が理解出来ていた。
 そしてそれが、胸にちりちりとした感覚を残している。


14:2008/05/21(水) 14:54:36.66 ID:

 ぼんやりと、ジュンは天井を見つめていた。
部屋の中は、綺麗に片づけられている。
「……」
 昨日よりは、幾分楽になってきた。
 ガラッと窓が開いて、ベランダから真紅が入ってくる。
「ジュン、あと、洗っておきたいもの、あるかしら」
 少し顔を上げる。
「…んん、もうないよ、ありがとう、真紅」
「そう、もう少し寝てて頂戴ね」
「うん」
 ジュンは枕に頭を沈め、目を閉じた。


17:2008/05/21(水) 14:58:13.79 ID:
 踏み台の上に乗り、真紅がスイッチを押すと、
ゴウン、ゴウン、と洗濯機が回り始める。
「……ふう」
 一息ついた真紅は、何気なく下を見やる。
 眼下に、世田谷区の閑静な街並み。
バタバタバタッ、と音が響く。
「きゃっ」
 びくっとなり、思わず頭を抱える真紅。
「な、何……?」
見ると、隣の民家のベランダ、トタン屋根に、先ほどはいなかった猫がいる。
どうやら屋根から飛び降りたらしい。
 真紅が睨む。
 猫はちらちらと真紅を見ながら、やがて1階へと飛び降りた。
「……何よ、忌々しい」
 額に手を当て、深いため息をつく。
「だから猫って嫌いなのよ」
 洗濯機に手をつき、真紅は頭をかいた。


20:2008/05/21(水) 15:02:38.55 ID:
「きゃーっ、この子可愛いーっ」
「顔キレーイ」
 みっちゃんとのりの頓狂な声に、水銀燈は閉口していた。
「………」
「す、水銀燈」
 笑顔が引きつっているのは金糸雀。
「の、のり、とりあえず服を何とかしてほしいです」
 両手をあわあわと振りながら答えるのは翠星石。
「うーん、そうねぇ、じゃあ、この私のお下がりとか」
 のりが取り出したのは、ひまわり柄のワンピース。
「………」
「こ、これは……」
「ねぇねぇ、着てみてぇ」
 きゃいきゃいと騒ぐ。
「……」
 水銀燈は喋らない。
 それに構わず、服を着せてゆくのり。
「きゃーっ、可愛い!」
 二度目の絶叫。


21:2008/05/21(水) 15:07:49.19 ID:
「……」
 ますます虚ろな眼になる水銀燈。
「麦わら帽子とかかぶってみない?」
「の、のり、悪ノリし過ぎです…」
「……」
「んー、でも、コレ以外で水銀燈ちゃんに合うサイズって、今のところ無いのよぅ」
 服をたたみながら困惑した表情になるのり。
「なるたけ早いうちに繕っとくから」
 ぼろぼろのドレスをナイロンに入れ、苦笑するみっちゃん。
「……ええ、お願いするわぁ、本当に」
 ため息すらつかず、水銀燈が呟いた。


23:2008/05/21(水) 15:11:00.94 ID:
 昼食を食べ終え、みっちゃんがごそごそとバッグから冊子を取り出す。
「これが、翠星石ちゃんの言ってたイベント?」
「ですぅ」
「そうなの、去年カナ連れてったんだけど、おんなじお人形さんたちが
いっぱい来るのよ」
「楽しかったかしらー」
 ぺらぺらと冊子をめくりながら笑う金糸雀。
「色んな人形がいるのですね」
 翠星石が覗き込む。
 ページの最後をめくった時、金糸雀ははっとした。
 シルクハットをかぶった人形が大きく記載されている。
「……」
 翠星石がうつむく。
 ぱたんと冊子を閉じる金糸雀。
「ら、来週の水曜日からイベントがあるのよ!
 だから翠星石も水銀燈も、真紅も一緒に行くかしら」
 口元を引きつらせたまま、顔色を窺う。
「……」
 水銀燈が翠星石をそれとなく見つめている。



26:2008/05/21(水) 15:18:40.55 ID:
「…そ」
「…」
「そうですねぇ、翠星石もどっか行きたいと思ってたとこですぅ!」
 ガタッと立ち上がる。
「ね、水銀燈」
 振り返る翠星石。
「…私はやめとくわぁ」
「え?」
「この足と腕を人に見られるのは、ねぇ…」
 ふう、と息を吐く。
「……」
 皆黙っている。
「ちょっと、私の言葉くらいでいちいち黙らないで」
「……」
「いいから、翠星石」
「…何です?」
「楽しんできて頂戴。おみやげ楽しみにしてるから」
 ふふっと笑う。
「……」
 翠星石は困ったような、安心したような、変な顔をした。


27:2008/05/21(水) 15:24:06.67 ID:



 ジュンが寝息を立て始めた頃、真紅は洗い物を終えて
部屋に戻ってきた。
「…ジュン?」
 すう、すう…という音で、真紅はそれ以上声を掛けるのを止めた。
「……」
 枕もとに座り、その寝顔を見つめる。社会に出たとは思えない、
昔の頃の無邪気な寝顔。
 真紅は身体を前かがみにし、ジュンの顔を覗きこむ。
「……」
 顔が近い。
 少し胸がどきどきする。
「う…ん……」
 寝返りを打つジュン。横向きになり、丁度顔がこちらを向く。


29:2008/05/21(水) 15:30:03.80 ID:
「……」
 ぼふっと音を立て、真紅は横になった。
 同じ目線で間近にジュンを見ていると、何だか身体が熱くなってくる。
 むず痒い。
「ん……」
 もじもじと身体を動かす真紅。

「ジュン……」
 ふらりと手を伸ばす。
 頬を撫で、その手をあごに這わせる。
「ん…む…」
 くすぐったかったのか、ジュンがあごを引いた。
「……」
 真紅はくすっと笑い、そのままゆっくり瞳を閉じた。


30:2008/05/21(水) 15:33:58.78 ID:
「おはようございます!」
 元気な声が、朝の展示場に響く。
「おはよう、桜田」
 課長が机から声をかける。
「申し訳ありませんでした課長、ご迷惑をお掛けしました」
 直立不動から、90度のお辞儀をするジュン。
「んん、まあ体調管理には気をつけてな、桜田」
「はい」
「あと、一昨日の山田さんのアポの報告しとくから」
「はい、申し訳ありませんでした」
 再びお辞儀をする。
「い、いや、別にそんな、何度も謝らなくていいよ、桜田」
 ぷっと笑う。
「結論から言うと、うちで建ててもらう事になったから。おめでとう」
「えっ」
「お前の事気に入ったってさ。融資の事前審査も、他社でOK出てたらしい。
でも、営業が合わなかったらしくてウチに来たってのが本音で」
「……そ、そうだったんですか」


31:2008/05/21(水) 15:38:09.99 ID:
「資金的にも問題なし、後は間取りの細かい打ち合わせだけだから、
今週間取りの出し直し、それでOKであれば、来週契約」
「あ…」
「今週も一応土曜日の11時からでアポ取ったけど、お前大丈夫?」
「は、はい!」
「ん。要望はまとめてあるから、それをもとに作ってみてくれ」
「わかりました!」
 お辞儀をする。
「あ、それと、掃除終わった後で、時間ある?」
 頭を上げるジュン。
「時間、ですか?」
「うん」
 表情一つ変えず、課長はジュンを見据えた。


33:2008/05/21(水) 15:42:14.36 ID:




「…………」
 ジュンはしばらく、何も言えなかった。
「どうした?嫌か?桜田」
「…い、いえ」
 目が泳いでいる。
「一応、6月から配属だけど、出来たらゴールデンウィーク明けから
来てほしいらしい。急な事なんで、お前にも、家族にも迷惑を掛ける形に
なる。それは申し訳ない」
「いえ、とんでもないです」
「今マンションに住んでるんだっけか、桜田」
「はい」
「月の途中で引っ越しして、家賃は日割り計算してくれるところ?」
「……すみません、ちょっと憶えてないです…」
「それも今日中に、会社の電話使って構わないんで、訊いといて」
「わかりました」
 頭を下げ、メモを取るジュン。


35:2008/05/21(水) 15:45:43.16 ID:

「本社は社宅がある。もうお前の住む部屋も手配してある。
ただ、出る時に『家賃は日割り計算しません』だとアレなんで、
出来ない場合は会社の方で費用は見るから」
「…えっ、構わないんですか」
「ああ、もう社長に稟議は通してある」
 ジュンを見据える。
「…そうですか…わかりました」
「引っ越しは自分で段取りしてくれ。一応何社か見積もり安くしてもらって。
これも住宅営業の知識で、お客さんに訊かれるからな。
『どっかいい引っ越し屋さんないですか』って」
「…はい」
「じゃあ、そういう事で。また正式に通達があると思うから。あ、それと」
 立ち上がろうとしたジュンを、課長が制止する。
「指輪さ」
「……はい」
 やや遅れた返事。課長はそれを察知したのか、少し言い淀む。
「………やっぱ、ダメだってさ」
 ジュンは下唇を思わずかむ。胸が急に締め付けられる。


36:2008/05/21(水) 15:46:57.46 ID:

「………」
「リングだけのならともかく、薔薇をあしらったモノなんてつけてたら、
会社の教養が疑われる可能性があるからって。
お前だけじゃない、ベテランだろうが、社長だろうが、同じだと」
 深いため息をつく課長。
「…大丈夫か?」
「…………ちょっと、考えてみます」
 ジュンはうつむいたまま、そう言った。


37:2008/05/21(水) 15:49:42.74 ID:
 昼過ぎ。
 事務所には、課長と巴の二人きり。
「柏葉」
「はい」
 パソコンに入力する手を止める。
「また正式に回覧するけど、桜田ゴールデンウィーク明けから名古屋に転勤するから」
「…えっ」
 目を見開く巴。
「…何だ、あんまり驚いてないな」
「いえ……」
 言いながら、昨日の応接室のやり取りを思い出す。
「でも、どうしてですか…?」
「ん」
 ギィッ、と椅子を回転させる。
「成績が優秀なんで、本社が引き抜いたんだ。新人のいい手本になるからって」
「……」
 少しうつむく課長。
「そういうわけだから、一応覚えといてくれ。また回覧するから」
「はい」
 巴は頷いた。


38:2008/05/21(水) 15:52:08.57 ID:

 仕事が終わり、時計の針が9時半を回った頃、ジュンは
レストランの前で眼鏡を拭いていた。
「お待たせ」
 後ろから声を掛けられる。
 巴が立っていた。

「どうしたんだ?柏葉からメシに誘うなんて…珍しいな」
「そう?まあいいじゃない」
 メニューを広げる。
「何食べたい?」
「ん、何でもいいよ」
 頬づえをつくジュン。
「あら、何でもいい、って、一番相手が困る言葉よ。営業マンなら、
もっとビシバシ決めちゃってよ」
「えー」
「私は鯖のみそ煮定食にするわ。桜田君は?」
「じゃあ、僕もそれで」
「…主体性がないわねぇ。期待のホープとは思えない」
 巴が口を尖らせる。


39:2008/05/21(水) 15:55:35.99 ID:
「別にホープじゃ……」
 水を飲むジュン。
「あら、東京から名古屋の本社にわざわざ引き抜かれる人間がホープじゃないの?」
 飲みかけた水をブッと噴き出しそうになる。
「お、お前……」
 ごほ、ごほ、とせき込む。
「課長に聞いたわ」
「すみません、ご注文はお決まりでしょうか」
「あ」
 店内を回っていたウェイトレスの女性が尋ねる。
「ええ、はい、二人とも鯖のみそ煮定食で」
「かしこまりました」



42:2008/05/21(水) 16:00:41.24 ID:
「…淋しくなるわね」
「ん」
 水を飲む。
「まあ、頑張るしかないよ」
「……そうね」
「………」
「ねえ、桜田君」
「うん?」
「向こう行っても、頑張ってね」
 微笑む巴。
「…ああ」
 ジュンは口元だけ緩ませ、笑った。


44:2008/05/21(水) 16:05:13.42 ID:
「真紅たちには?」
 味噌汁を飲み終え、巴が口を開く。
「………」
 ジュンの手が止まる。
「……どうしたの?」
「迷ってる。正直言うと」
「…」
「…どう言えばいいのか」
「でも、鏡を使えば、いつでも行き来出来るじゃない」
「そこが問題なんだ、柏葉」
「え?」
 カチャ、と箸を置くジュン。
「この指輪」
「…指輪がどうかしたの?」
「本社に行くなら、やっぱりつけてたらダメらしい」
「え」
「…つまり、真紅や翠星石とは、契約を解除しないといけない」
「………」
「鏡で行き来出来たり、気配を感知出来るのは、姉妹と、契約者のみ」
「…じゃあ」
「もう殆ど会えなくなる。って言っても」
 頬づえをつく。


45:2008/05/21(水) 16:06:28.00 ID:
「今までもそうだったから、別に…」
「………」
「でも、本当は怖いんだ」
「怖い?」
「…僕は、昨日と一昨日、風邪で倒れた。
でも、鏡を使えたから、真紅たちが来て、また昔みたいに
笑い合えた」

「……大丈夫よ、貴方が定期的に帰ってあげたら」
「ごめん、柏葉」
 顔を上げる巴。
「僕は器用な人間じゃない」
「…」
「多分、本社に行ってしまえば、またあいつらの事は
忘れてしまって、そのうち思い出せなくなるかもしれない」
「そんな事、ない…」
「今までがそうだった。昨日までのはたまたまさ。昔の僕と同じで、
あいつらと交流出来る時間がたまたま出来たから…」
「…そんな弱い事、言わないでよ…」
 言いながら巴はうつむく。


46:2008/05/21(水) 16:09:24.92 ID:
「でも、本来はそうあるべきなのかもしれない。過去にこだわったって、
周りが変わっていく以上は。社会に出た以上は…」
「やめて、桜田君」
「……」
「人の気持ちなんて、どうなるか分からないわ。分からないのよ。
だから、そうやって自分や真紅たちを決めつけてしまわないで」
「……ごめん」
「貴方の悪い癖。悩み始めると、そうやって、どこまでも」
「………」
「自分を追いこんでしまう」
「………」
「桜田君」
「…何?」
「貴方の近くに、貴方を必要としている人がいるのよ。今は」
「……」
「だから、悩むくらいなら、その人に相談して。難しいなら、私でもいい。
一人で悩んでも、何にもならないから」
「………」
 ジュンには答えられなかった。


69:2008/05/21(水) 17:01:41.97 ID:
指輪議論の補足

ローゼンメイデンの薔薇の指輪くらいの程度のデザインなら
婚約指輪と言っても基本的にはNGです。
つけてる住宅営業マンは基本的にいません。
信頼や評判が左右する世界なので、
「おちゃらけた会社だ」という目で見られないように、
どの会社も禁止しています。
リング程度の婚約指輪ならOKな会社もあります。
参考までに


70:2008/05/21(水) 17:02:25.37 ID:



「お帰りなさい」
「ただい……………何だよその格好は」
 アパートに戻ったジュンを待っていたのは、ひまわり柄のワンピースを着た水銀燈。
奇異の視線を向けるジュン。
「……何も訊かないで。お願いだから」
「………わかった」
 ネクタイをほどくジュンを、ぼんやりと観察する。
「…?」
 その表情がいつもより、少しだけ暗い。眼に力がない。
「何かあったの?」
「…ん」
「顔が暗いわよ」
 ぎくっとする。鋭い。
「別に、何でもないよ。水銀燈」
 声がぎこちない。
「そう、じゃあ、何かあったから表情が暗いって、勝手に思っとくわぁ」
「……」
 ジュンは何も答えなかった。
 プルルルル、と着信が鳴った。
「はい、もしもし」
『あっ、桜田くーん!夜遅くにごめんねー。草笛みつでーす♪」
 陽気な声が響いてきた。


71:2008/05/21(水) 17:06:34.47 ID:
「ドールショウ?」
 首をかしげ、ジュンが聞き返す。
『そうよ、今度の水曜日にあるんだけど』
「はあ」
『お願いがあるのよ~』
 すがるような声。
「…何ですか?」
『桜田君、水曜日休みだよね?確か』
「ええ、こういう業界なので」

『それでね、当日、皆で来てくれないかなぁ』
「皆?」
『真紅ちゃんや、翠星石ちゃんを連れて』
「ん~」
 ぽりぽりと頬をかき、水銀燈の方をちらっと
見やる。
 水銀燈は一瞬変な顔をするが、すぐにその内容に気づく。
「……私は気にしないでいいわよぉ」
 ぶんぶん、と手を振る。


73:2008/05/21(水) 17:09:24.37 ID:

『あとね、うちのカナも』
「えっ、金糸雀も?」
『ええ、私が前日から泊まり込みで仕事するから
カナを連れてけないのよ。任せて、いい?』
「…ええ、別に休みですし、自由は利きます」
『そう、ありがと~。今から住所言うから…』
「はい……。はい……」

「はあ」
 携帯を軽く放り投げ、ジュンは布団に倒れ込む。
「大変ねぇ、貴方も」
「ん、別にそんな事ないよ」
「………」
 会話が止まる。
 虚空を見つめ続けるジュン。
 その天を見上げる後ろで、水銀燈が
じっと視線を送り続けていた。



78:2008/05/21(水) 17:18:44.27 ID:
 明くる日の事務所。昼休み。
「相見積もりも面倒くさいなぁ」
 ぶつぶつ言うジュン。
 A4の書類を何枚も持ち、検討している。
「どこにするの?結局」
 巴が尋ねる。
「一番安いとこだよ、そりゃ」
「へえ」
「この際、家具の扱いが荒いとか、そんな評判は
どうでもいい」
「あら、そんな事言っちゃっていいの?」
「いいよ、どうせ、壊れモノなんて数えるほどしか
ない」
「そう…」
 沈黙が流れる。


81:2008/05/21(水) 17:21:48.58 ID:
「もう」
 ジュンが振り向く。
「もう話したの?真紅たちに」
「姉ちゃんには言った。でも、真紅たちには…」
「早く言いなさいよ」
「分かってるよ。でも」
 鞄の中から、ドールショウの冊子を取り出す。
「言うと、せっかくのイベントが楽しくなくなるから」
 巴が覗き込む。
「…それが終わってから、言うよ」
「そう」
 冊子を仕舞いこむジュン。


82:2008/05/21(水) 17:25:01.30 ID:

 夜。

 23時を回り、ジュンはようやく家に着いた。
「…仕事終わってから引っ越しの打ち合わせとか…き、きつい…」
 ドサッと荷物を下ろす。
「ちょっと」
 水銀燈が咎める。
「何だよ」
「部屋がまた汚くなってきてるわよ」
「…別にいいだろ」
「よくないわ。私は動けないんだから」
 口を尖らせる。
「いいだろ、もうじきこの…」
 はっと気づき、言葉を止める。
「…もうじき?何?」
「いや…別に」
「………」
 眼鏡を外すジュン。
「水銀燈さ」
「なぁに」
「お前、真紅たちと一緒に住みたくないか?」
「えっ??」


83:2008/05/21(水) 17:28:39.96 ID:
「どういう意味かしら?それは…」
「だからさ、こんな汚い部屋でいつまでもいるより、
真紅たちと楽しく過ごした方がいいだろ?」
「……」
「お互い嫌ってるんじゃないかと思って、あえて今まで
言わなかったんだけど」
「そうねぇ…」
「別にこの前の風邪の時とか普通だったし、そっちの方が
逆にいいかな、と思ったんだけど」
「………」
「どうする?そっちの方がいいだろ?」
 催促するような問いかけ。


84:2008/05/21(水) 17:32:26.59 ID:
「……まあ、夜いつも暗いし、
私もそっちが良いといえばそうだけど…」
「………だろ?」
 水銀燈が切れ長の目でジュンを見つめる。
「私の事を思っての提案、なのねぇ」
「…」
「でも」
「………」
「ジュン、正直に言って頂戴」
「…何?」
「貴方何を隠しているの?」
「え」
 ジュンが視線を逸らした。
「……何も」
「何も?」
「隠してなんか、ないよ、水銀燈」


88:2008/05/21(水) 17:36:20.14 ID:
「………」
 こちらを見つめ続ける水銀燈。
 まるで心の奥まで見透かしているような、
紫色の瞳。
「………」
 だが、ジュンも、それ以上視線を逸らす事は
しなかった。
 ふう、と水銀燈が息を吐く。
「…最近一人で、つまらないの」
「だから、変な事考えちゃったわぁ。ごめんなさいね、ジュン?」
「……ああ、別に、いいんだ」
 その嘘は、翌日すぐにバレる事となる。


93:2008/05/21(水) 18:05:33.82 ID:
 ジュンが出掛けていった後の事。
「少しは整理しなさいよぉ…」
 ぶつぶつ言いながら、右手でゆっくりと、机の上を整理する水銀燈。
 そして、直後、テーブルの上に乱雑に置かれた書類の山の中で、
水銀燈はある書類を見つけた。
「これは……」

『桜田ジュン様 引っ越し見積もりの件
 東京都世田谷区××  から
 愛知県名古屋市○○』

 文面が意味するもの。
「………」
 水銀燈はしばらく沈黙した後、呟いた。
「メイメイ」
 紫色の人工精霊が、水銀燈の周囲を飛ぶ。
「真紅たちを」
 その言葉と同時に、メイメイは鏡へと消えた。


95:2008/05/21(水) 18:11:14.46 ID:

 見積書を、両の蒼い瞳が凝視している。
 それを斜め後ろから、紫色の瞳が眺めている。
「そういう事らしいわ」
「………」
真紅は喋らない。
「どうして」
翠星石が憤慨している。
「勝手な話ですぅ!大体……」
「……」
「真紅も何とか言うですよ!」
「今言ったって、しょうがないわよ」
 紙をぎゅっと握りしめる。
「ジュンが戻ってきてから話しましょう」
「……真紅…」
 真紅は視線を動かさなかった。


101:2008/05/21(水) 18:16:30.42 ID:
「痛ってっ」
 ジュンが仰向けに吹っ飛ぶ。
「ふざけんなです!」
 体当たりをかました翠星石が、ジュンの脇腹を思い切り蹴る。
「契約を解除しろ、なんて、自分勝手にもほどがあるですぅ!!」

 ジュンは既にバレていた事に驚いたものの、全てを正直に
話したつもりだった。
「何すんだよ!僕が決めた事じゃないんだ!」
「うるさいですぅ!」
「………」
 翠星石とは対照的に、真紅は壁際に座ったまま、動かない。
「ちょっと待ちなさいよぉ、翠星石」
 見かねた水銀燈が制止する。
「何です水銀燈」
「いいから来なさい。ジュン、真紅を」


104:2008/05/21(水) 18:22:32.88 ID:
 ドアを閉め、キッチンで二人きりになる。
「こないだ言ったばかりでしょう。貴女はどこまで幼稚なのよぉ」
「そんな事言ったって……」
 はあ、とため息をつく水銀燈。
「じゃ、訊かせて翠星石。貴女はジュンとの何がイヤなの?」
「何がって…あ、あんまりにも理不尽ですぅ!勝手にどっかに
行っちゃうなんて…」
「ジュンと離れ離れになるのがイヤなの?契約を解除する事がイヤなの?」
「………それは」
 視線を下に移す。
「どっちがイヤ?」
「………私は……」
 口を尖らせる。
「うん、言ってご覧なさい」
「……………」
 沈黙。
「…………離れ離れになるのが、イヤです…」
 むくれっ面になる。
「…だったら、ついて行ったら?」
「え」
 顔を上げる翠星石。


110:2008/05/21(水) 18:30:20.12 ID:
「……そうでしょう?契約解除も何も、アリスゲームが事実上停止した今は、
何らの影響もないわけでしょぉ」
「……」
「貴女が凄まじい勢いで樹を生やし続けたらジュンの成績が上がります、
なんて、そんな馬鹿みたいな話があるわけでもないし」
「……」
 うつむく翠星石。
「……どうしたの?」
「水銀燈……それは、翠星石には無理です……」
 へたりと座り込む。
「何故?」
「……こっちには、蒼星石がいる…ですぅ…」
 水銀燈は、はっと気づく。
「私は……」
「……」


116:2008/05/21(水) 18:38:54.92 ID:
「翠星石は泣かなくなったですよ」
 水銀燈を見上げる。
「もう、いつの頃からか…忘れましたけど…」
「…」
「でも」
 再び視線が下を向く。
「あの子を置いて、どこかに行く事なんて、翠星石には出来んのです」
「……」
「翠星石は、ローゼンメイデンの第3ドール。そして」
「翠せ……」
「蒼星石の、世界で唯一の、双子の姉なのですから…」
 悲しそうに微笑む翠星石。
「翠星石は、それを誇りに思っているです」
 ごしごしと目をこする。
「『ずーっと、ずっと、一緒ですよ』」
「……」
「もう叶わない夢でも、いつか私が滅ぶ時が来ても」
 ぐすっ、と鼻をすする。
「あの、真面目で優しくて、でもガンコな蒼星石の姉で良かった」
「翠星石…」
「翠星石は、そう思っていたいのです」

 涙を流しながら、それでも翠星石は、水銀燈に笑顔を向けた。


119:2008/05/21(水) 18:49:56.97 ID:
「…」
 相変わらず動かない真紅。
 ジュンは立ち上がり、真紅の横で、壁にもたれかかる。
「真紅…」
 ちらっと真紅を見下ろす。
「ごめんな……」
 横目で、真紅がジュンを見上げる。
「……」
 言葉ひとつ発しない。
「僕は…」
「あれから10年も経つのに」
 真紅がおもむろに立ち上がる。
 その口調は以前の、高飛車なものだった。
「相変わらずくよくよと」
「え」
「使えない家来ね」
 腰に両手をあて、真紅がため息をついた。


120:2008/05/21(水) 18:53:23.05 ID:
「貴方は、外に出るのを怖がっていた。
再び傷つくのを恐れていた」
「……」
「でも、それでも社会のルールの中に飛び込んでいった」
「真紅…」
「そして今、ようやく認められようとしている」
「…」
「生憎ね、私は、ジュン」
「何だよ…」
「貴方のなよなよした気遣いなんて必要ないのよ。気持ち悪いわ、そんなの」
 ジュンの目の前に立ち、睨んでくる。
「貴方が全力で得た信頼を」
 顎をつかむ真紅。
「下らない情に流されて無駄にするのはよしなさい、ジュン」
 目をぱちぱちとさせるジュン。
「わかったの?」
「……」
「返事は」
「……あ、ああ」


124:2008/05/21(水) 19:00:51.37 ID:
「契約の解除とか、別にそんなのどうだっていいじゃない」
「え」
「解除しなきゃ、いけないんでしょう?」
 ずいっと前かがみになる。
「真紅」
「出発する日に、解除くらいはしてあげるから」
「……」
 ジュンの両肩に、真紅が優しく手を置く。
「だから……」
「…」
「貴方は自分のやるべき事だけ、見据えてなさい」
「真紅……」
「私の事なんて、考えなくていいから…」
 頬を撫でる。
「ね、ジュン」
 そう言って、真紅は優しい笑みを浮かべた。


130:2008/05/21(水) 19:08:13.56 ID:


「いいの?別に私は…」
 下着を脱ぎ、下半身にシーツを纏っただけの水銀燈。
「いいよ、行く前にやるべき事はやっとく」
「ジュン…」
 千切れかけた左肩の球体関節。時計は午前1時を回っている。
 新聞紙を敷き、Tシャツに着替えて作業を始める。

「真紅は、何て?」
 水銀燈が口を開いた。
「怒られた」
 振り返る水銀燈。
「あんまり動いたら駄目だよ」
「あ……ごめんなさい」
 再び前を向く。
「怒られたって?」
「くよくよするなって」
「……」
「僕が全力で得た信頼を」
「信頼を?」
「下らない情に流されて、無駄にするのはやめなさいって」


133:2008/05/21(水) 19:13:02.25 ID:
「そう」
「正直」
 水銀燈の長い髪を、アップにしてピンで留める。
「あんな事言われるとは、思ってなかった」
「そうねぇ」
「元気なく、『たまには帰ってきてね……』とか」
 破損部分を観察するジュン。
「言うかと思ってた」
「そうね」
「腕、外すぞ。痛みとかあるの?」
「……腕を外すのは、別にないわぁ。破片が刺さったりしたら、痛いけど」
「そうか」
 慎重に、腕を取り外す。
「真紅は」
「うん?」
「何か、お前と似てるな」
「…私とぉ?」


135:2008/05/21(水) 19:21:06.38 ID:
「多分、初対面で真紅と仲良くなれる奴は、あんまりいない」
「……」
 水銀燈はうつむく。
「どこか高飛車で」
「ええ」
「器用に人付き合い出来る奴じゃない」
「そうね」
「お前も」
「……失礼ねぇ。レディに対して」
 はあ、とため息をつく。
「でもさ」
「うん?」
「なんか、一緒にいると楽なんだよ」
「…はあ」
 紐を用意する。
「何て言うかさ」
「……」
「優しい、というよりも」
「なぁに?」
「真紅は」
 言葉が止まる。
「……うん?」
「愛がある。誰に対しても」
「愛?」
「ああ。僕が思った事だし、それが正確に伝えられてるか、自信はないけど」


139:2008/05/21(水) 19:27:43.85 ID:
「水銀燈も」
「私?」
「僕は、お前をゴミ捨て場で見つけた時、どうしようかと思った」
「……」
 うつむく水銀燈。
「嫌いだったから」
「…そう」
「でも、それはお前が目覚めるまで」
「……」
「その後、お前と話してて思ったよ」
「…何を?」
「水銀燈は、やっぱりローゼンメイデンの第1ドールなんだなって」
「…??」
 首をかしげる。
「意味が分からないわ」
「いいよ、別に理解しなくて。僕が思った事だから」
「そう」
 手を動かしながら、ジュンは続ける。
「ただ、これだけは言える」
「…何かしら」
「水銀燈も、真紅も、愛情を沢山持った、ドールだって」
「……」
「この世界の人間以上に」
「…そう…光栄な言葉だわぁ」
 水銀燈は目を細め、小さく笑う。


140:2008/05/21(水) 19:32:25.31 ID:
「ねえ、ジュン」
「うん?」
「私、言ったわよねぇ、多分」
「…何だ?」
「大切な人が死んでしまったから、もうゴミ捨て場に捨てられて、粉々に
なってしまっても、いいって」
「……」
「言ったわよね?」
「ああ」
「私は、前の記憶の最後で、メイメイに伝えたわ」
「…メイメイ?」
「私の人工精霊よ」
「ああ」
「…『もう私はいいから、もうマスターなんて探さなくて』」
「……」
「『もう眠らせて頂戴』」
「……」
「ジュン、手が止まっているわよ」
「あ、ああ、ごめん」


141:2008/05/21(水) 19:37:52.95 ID:
「最後、どこで眠りについたか憶えてないけれど」
「ん」
「動かなくなった人形の末路なんて、あんなものよね」
「…水銀燈」
「今まで自己中心的に振舞ってきた罰よぉ。この右足は」
「…」
「この左腕も」
「そんな事、言うなよ」
「…ごめんなさい、でもね、ジュン」
「うん?」
「今は」
「…今は?」
「私は、目覚めて良かったと思っているのよ」
「へえ」


144:2008/05/21(水) 19:41:49.60 ID:
「真紅たちの、そして貴方たちのお陰で」
「…そうか」
「ええ」
「………」
「…………」
「……」
「……だからってわけじゃないけど」
「……何?」
「これが終わったら……」
「終わったら?」
 水銀燈はそこで口をつぐんだ。
「どうした?水銀燈…」
「やめとくわ」
「…何だよ」
「いいえ、気にしないで頂戴」


149:2008/05/21(水) 19:52:41.47 ID:
 ジュンが作業を終えた頃には、夜明けが近づいていた。
「よし、これで、丸一日は乾かしておいて、それから
関節繋げるから」
「悪いわねぇ…今日も仕事でしょう?」
「いいよ、後悔のないように僕は行動したいんだ」
 新聞紙を片付けながら、ジュンは答えた。


157:2008/05/21(水) 20:20:52.65 ID:


 翠星石が泣き疲れて眠ってしまったのは、その明け方近くだった。
彼女を鞄に運んだ後、壁を背に、虚ろな眼をしている。
「………」
 真紅はカレンダーを見る。今日は火曜日。
 みっちゃんが言っていたドールショウは、明日。
明日が終われば、ジュンは明後日から再び2日ほど仕事をして、
ゴールデンウィーク明けには、いなくなってしまう。
「……」
 真紅は鞄に入ろうとすらしない。
 眠いようでいて、眠りたくない。泣きたいような、毅然としていたいような、
でもどうすれば泣けるのか分からないような。
「ジュン…」
 窓の外を見やる。
 淡い紫色の空が、蒼い瞳には夕闇のように見えた。


161:2008/05/21(水) 20:27:45.91 ID:



 プルルル、と電話が鳴り響く。
「はい、○○建設の柏葉です」
 自然、右手でペンを持つ。
「お世話になります…。はい、桜田ですね、少々お待ち下さい」
 ジュンが巴を見る。
「桜田君、山田さんからお電話です」
「はい」
 言いながら電話を取る。
「お電話代わりました、桜田です。あっ、どうもお世話になります。
…はい、…はい、あっ、構いませんよ」
 課長がこちらを見る。
「ええ、明日でしたら、何時頃がよろしいですか。…はい、
あ、11時で…はい、わかりました。それでしたらご自宅の方に…」
 横目で見やる巴。
「はい、明日またよろしくお願い致します。失礼いたします」
 チン、と電話を切るジュン。


165:2008/05/21(水) 20:36:49.42 ID:
「何?今の」
 課長が声を掛ける。
「明後日のアポが難しいらしくて、明日に出来ないかと」
「明日?…休みの日に?」
「すみません」
 謝るジュン。
「いや、俺は別にいいよ。さっき見せてもらった資料でいいんだろ?」
「…はい」
「いや、だからそんなしょげるなよ。明日になったんだろ?11時っつった?」
 手帳を確認する。
「はい、自宅の方に」
 課長もしばらく手帳を眺め、ジュンを見る。
「ん、俺もいいよ。休日出勤申請書出しといて」
「はい」
「どうせ支社の総務までは間に合わないし、俺が部長には報告しとくから」
「わかりました」
 ジュンの手帳に書いてあった水曜日の欄の『10時 迎え』に、線が引かれた。


169:2008/05/21(水) 20:41:14.05 ID:
「…そうなのぅ、分かったわ」
 残念そうに電話を切るのり。
「…どうしたですぅ?」
 翠星石が、腫れぼったい眼をこすりながら尋ねる。
「明日、ジュン君来れないって」
「…何でですぅ?」
「仕事が入ったらしいのよ」
「……また仕事、ですかぁ」
 諦めたようにふうっとため息をつく。
 その隣の真紅は、かすかに視線を泳がせただけで、
持っていたティーカップをテーブルに置いた。


172:2008/05/21(水) 20:44:35.19 ID:
『え~、じゃあどうしよっか』
 電話の向こうで、みっちゃんが困惑した声を上げる。
「真紅たちは行けそうにないです…」
『そしたら、カナの迎えも難しいかな?』
「そうですねぇ…時間によります」
『そう…仕事って、何時から?』
「11時から目黒区の方です」
『ん~……』
 しばらく唸るみっちゃん。
『そしたらね、こうしましょう』
「はい」
『朝早くで申し訳ないけど、9時半にカナを浜松町まで連れて来て。
カナには言っておくから。出来る?』
「ええ、時間的には問題ないです」
『そう、ありがとうね、桜田君』
「いえ……それじゃ」
『本当にごめんなさい。無理言ってしまって…』
「はは、構わないですよ。それじゃ、また明日」
 ピッと電話を切る。


176:2008/05/21(水) 20:53:13.42 ID:
「………」
 うつむいたままのジュン。
 それを見つめる水銀燈。
「…ねえ」
「水銀燈、もう乾いた頃だろ。やすりがけして繋げてやるよ」
 携帯を布団に放り投げ、ジュンが立ち上がる。

「………」
 ジュンが何か作業をしている。だが、水銀燈はそんな事は
どうでも良かった。
「…ジュン」
「……」
「ねえ」
「………」


177:2008/05/21(水) 20:56:52.82 ID:
「ねえったら」
 ジュンの手が止まる。
「…どうした?」
 少し声がかすれている。
「貴方は……」
「……僕って酷い奴だろ」
「え」
 再び手を動かし始める。
「ゴールデンウィークにも仕事して」
「……」
「多分姉ちゃんも、草笛さんも残念がってるだろう」
「ジュン……」
「翠星石はきっと、僕の事を本当に嫌いになったかもしれない」
 目を泳がせる水銀燈。
 何を言っていいか分からない。
「…真紅は…」


179:2008/05/21(水) 21:00:46.01 ID:
 右手で胸を押さえる水銀燈。
「多分無表情で、あんまり何にも反応しないんだろうな」
「……」
「悲しいとか、怒るとか、そういうんじゃなくて」
 ははっと自嘲気味に笑う。
「よろしく言っといてくれ。水銀燈」
「……」
「僕は貴方の家来失格ですって」
「…何言ってるのよ」
「ごめんって…」
「…馬鹿でしょ貴方」
 肩が震え始める。


182:2008/05/21(水) 21:08:48.39 ID:
「貴方大馬鹿よ。営業が出来るだけで」
 振り向く水銀燈。
「なぁにそれ?カッコつけてるつもり?」
 こちらを睨む。
「貴方が今してる事は違うわ。自虐じゃない。ただの逃げよ!!」
「…っ」
「放して!!」 
 右手と身体を思い切りねじり、ジュンの手を振りほどく。
 不意にバランスを崩し、かしゃんと水銀燈が倒れる。
「あうっ」
「水銀燈!」
 助け起こすジュン。
「やめなさいよ!」
 ジュンの腕に、ぎゅっと爪を立てる。
「痛ッ…」
「貴方何も分かってないわ!いいえ、分かろうとしてない!」
 ギロッと鋭く睨みつける。
「……!!」
「どうして?」
「す…」


184:2008/05/21(水) 21:13:24.97 ID:
「どうしてあの子たちの事を理解してあげないの?」
「…」
「どうして、孤独に悩んでいるあの子たちを、迎えに行ってあげないの」
 うつむくジュン。
「翠星石は、蒼星石の肢体の横で、誰かが来てくれるのを待っている」
「………」
「真紅は、貴方にしか分からないような場所で、貴方を待ち続けている」
「水銀燈…」
「言ったでしょう。貴方にとって、もうあの二人がいらない人形でも、
貴方の心遣いが、あの子たちを救えるんだって」
 水銀燈はいつの間にか、涙を流していた。
「貴方最低よ」
「……」
 それだけ言うと、水銀燈は顔を伏せ、嗚咽を漏らし始めた。



185:2008/05/21(水) 21:14:34.53 ID:


「……腕の事は礼を言っておくわ」
「…」
「真紅たちにも、私が上手い事言っておくから」
「……」
「名古屋に行っても頑張ってね」
 感情の籠らない声。
「じゃ」
 水銀燈は立ち上がり、鏡の向こうへ消えた。

 ジュンはしばらく、立ち上がれなかった。


237:2008/05/21(水) 22:11:56.77 ID:


 車の後部座席に置いてある鞄から、金糸雀が
ひょこっと顔を出した。
「…これ、ジュン君の車?」
「…そうだけど」
 きょろきょろと見回す。
「凄いかしら」
「…何が?」
 信号で止まるジュン。
「自分で買ったんでしょ?」
「…ああ、ローン組んでな」
 首をかしげる金糸雀。
「ろーん、って、何なのかしら」
 振り向くジュン。
「何だ、草笛さんとこにいるのに、そんな事も知らないのか」
 プッと噴き出すジュン。
 瞬間、後ろからパパーッとクラクションが鳴る。


248:2008/05/21(水) 22:19:44.03 ID:
「っと」
「…気をつけるかしら」
「ああ、…ごめんな」
「話は戻るけど、カナは、大人の世界の事は、よく分からないかしら」
「ローンの事か?」
「そうかしら。だって、カナは知らなくてもいい事だし…」
 少しうつむく金糸雀。
「まあ、そうだな」
 ふと、左前方に眼をやる。
「あっ、ねぇねぇ、あれは?」
「金糸雀」
 呼ばれてジュンに視線を移す。
「あんまり顔出すな。僕のお客さんと、どこですれ違うか分からない」
「……かしら?」


251:2008/05/21(水) 22:22:12.45 ID:
「下手したら、『○○建設の営業さんは、小さな女の子を車に乗せて
気持ち悪い』とか噂が流れて、下手すりゃ会社の信頼に
関わるんだ」
「会社の?」
「ああ。営業マンは、会社そのものだから。僕が飲酒運転でもしたら、
○○建設は飲酒運転するような社員を雇っている。
○○建設はろくな会社じゃない、そこまで広まる」
「そんなものなの?」
「おっと」
 急ブレーキを踏む。
「……そうだよ。だから草笛さんも、電話のやり取りとか
全然雰囲気違うだろ」
 体勢を立て直している金糸雀。
「確かに…かしら」
 沈黙が流れる。
「みっちゃんの所に着いたら言って。それまではこの鞄から出ないから」
「ああ」
「………」
 金糸雀は、ジュンに淋しげな眼を向けたが、すぐにぱたんと
鞄を閉めた。



256:2008/05/21(水) 22:24:48.55 ID:
「………」
 頭が痛い。最近、あまり寝ていないのだ。
 水銀燈の補修、というより、心の中のもやもやで、
眠れないのである。
 パパーッと音がした。対向車線をはみ出しかけていたのだ。

「う……」
 ジュンが再びクラッとした瞬間、視界の動きがゆっくりになった。
 赤信号。

 気付かずに直進する。



257:2008/05/21(水) 22:25:41.33 ID:


次の瞬間、

 ゴシャッと、凄まじい衝撃が走る。

 車が宙に浮く瞬間、ジュンは目を見開き、

確かに自分が叫んだのを感じた。

 逆さまになり、車は一度大きくバウンドし、

 そして、運転席側のドアをぐしゃぐしゃに潰した状態で、

ようやく止まった。



270:2008/05/21(水) 22:36:12.62 ID:

「またあの猫ですぅ」
 翠星石が、窓の外を指差す。
 土手に散歩に行った時の、左足の付け根が黒ずんでいる、野良猫。
「………」
 真紅は窓の外を見ようともしない。
「……何考えてるのぉ、真紅?」
 真紅のステッキを借りて、歩けるようになった水銀燈が声を掛ける。
「…いえ、別に何も」
 ちらっと水銀燈を見やり、またすぐにうつむく。
「………」
 はあ、とため息をつく。
「真紅」
 直ったばかりの左手で、壁をトントンと叩きながら
再び話しかける。
「いつまでそんなカオしてるつもり」
「………」
「はーぁあ」
 水銀燈は頭をかきながら、ベッドにもたれかかる。
「つまんなぁい」
 口を尖らせて、ステッキで床を叩く。


275:2008/05/21(水) 22:43:32.52 ID:
「何なのよぉ、こんなにどんよりさせて。私は下へ行くわぁ」
 ぶつぶつ言いながら、開きっぱなしのドアから出ていく水銀燈。

 水銀燈が階下へ消え、翠星石は真紅を見やる。
「……真紅、本当は」
「……」
「行ってほしくないのではないですか?」
「……」
 答えない。
「あんたはいっつもそうです。我慢出来るだけ我慢して、
一人でずーっと塞ぎこんでるです」
「…そうね」
 ようやく口を開く。
「そ・う・ね・じゃないですよ。行く前に、ジュンに
何か言ってやるです」
「私だって、そりゃ、ここにいてほしいわ」
「えっ…」
 ドタドタドタドタ、と音がして、二人はその方向を見る。
「たっ、大変よ!二人とも!!」
 のりだった。


291:2008/05/21(水) 22:53:19.86 ID:




 真紅たちが駆け付けた病院の待合室。
「金糸雀!!みっちゃん!!!」
 悲しそうな表情で、みっちゃんが金糸雀を撫でている。
右腕をだらんと垂らした金糸雀。
 ぐす、ぐす、と泣いているその頬に、ひびが入っている。
 その光景に、息を呑む真紅たち。
「右腕が動かないの」
「……ジュ、ジュンは…」
 みっちゃんが、ちらっと手術室に視線を移す。
「金糸雀が、ずっと手をつかんで、力を送っていたの」
「………」
「それで塞がった傷もあった。致命傷があったわけじゃない」
 がくがくと震え続けるのり。
「でも……太ももからの出血が酷くて」
 うつむくみっちゃん。
「う………」
 両手で顔を覆う。
「うわあああああああああ!!」
 その場で、のりは泣き崩れた。


306:2008/05/21(水) 23:03:02.35 ID:

「…ジュン…!」
 いやいやをするように首を振る翠星石。
「どうして……こんなの……!」
 突如真紅が走りだす。
 手術室のドアに走り寄り、ドンドンと叩き始める。
「ジュン!!開けて!!私が助けるから!!」
「真紅ちゃん!!」
 のりが泣きながら駆け寄る。
「やめて!!今はダメよ!!」
 真紅の身体を、ドアから引き離すのり。
「ジュン!!私よ!聞こえないの!!」
 なおも叫び続ける真紅。
「真紅ちゃん!!やめなさい!!
 ぎゅっと抱き締める。
「い……」
 ふるふると首を振る。
「嫌よ!!嫌よ!!そんなの!嫌、ジュンお願い、目を覚ましてぇ!!」
 涙を流しながら、真紅は絶叫し続けた。



313:2008/05/21(水) 23:06:57.52 ID:
「うっ…うっ……」
 顔を何度も拭う真紅。
「………」
 泣き腫らした目で、座り込んでいるのり。
「お願い…ジュン……」
 両手で顔を覆っている、翠星石。
「もう、怒らないですからぁ……」
「……」
「…翠星石の力、全部あげるです…」
 真紅が虚ろな眼をして翠星石を見やる。
「あげるですからぁ……」
「……」
「自分のマスター一人、守れない能力なんて……」
 真紅が顔を上げ、下唇をかむ。
「す、翠星石」
 震える声で、真紅が話しかける。
「……」
 翠星石が真紅を見やる。
「ゆ、夢」
「…え…?」
「夢の扉を。翠星石」
「何…」
 両肩をつかむ真紅。
「翠星石」

「ジュンに、会いにいきましょう」
 涙の跡を残したまま、真紅は言った。


390:2008/05/22(木) 03:31:13.01 ID:

 整然と、どこまでも立ち並ぶ木々。
空にはあちらこちらに雲が流れていて、太陽の光が
草原を照らし続けている。

「これは…」
 夢の扉に飛び込んだ真紅と翠星石は、その世界の変容に
目を奪われる。
 以前、ずっと前には、ジュンの世界にはゴミ捨て場が
あった。
 ここからでは見えない。
 代わりに、溢れる自然、というより、まるで公園の中の
林、といった感じの、綺麗な世界。
 雑草が植わっているわけでもなく、花畑が広がっているわけでもない。
「……ジュン、変わったんですねぇ」
「……そうね」
 きょろきょろと辺りを見回しながら、二人が呟いた。


393:2008/05/22(木) 03:35:13.18 ID:

「広すぎて何だか迷子になっちゃいそうです」
「ジュンはどこにいるのかしら。急がないと…」
 ぎゅっと胸を押さえる真紅。
「ジュンの樹が気になるわ。翠星石」
「はいです?」
「場所、分かる?」
「当然ですぅ」
「行きましょう」
「了解です。スィドリーム」
 人工精霊を呼び出し、樹の場所に向かわせる。
「さ、追うですよ、真紅」
 翠星石が飛びあがり、真紅がそれに続いた。


394:2008/05/22(木) 03:38:20.68 ID:

 しばらく飛んでいくと、林が開けた場所が見えてくる。
その広場に見える、色とりどりの花。
「あれは……」
 菜の花の甘い香り。
「カラフルですねぇ」
 その向こうに、蓮華の花畑が見える。
「近いですよ」
「………」
 花畑を過ぎると、再び林が広がっている。
200メートルほど奥まったところで、翠星石は着地した。




396:2008/05/22(木) 03:41:03.98 ID:

「あっ」
 真紅は声を上げた。
 翠星石が駆け寄った先の、ひと際大きな樹。
その樹に、縦一直線に大きな亀裂が走っている。
「………」
 その根元で、真紅の薔薇が咲いている。その樹を取り囲むように、
まるで守っているかのように。
「ジュンの樹が…」
「………」
 樹に手を当て、翠星石がうつむく。
「こんな事になっているなんて」
「ジュン……」
 亀裂が痛々しく映り、真紅は思わず目を覆う。
「まだ」
 如雨露を取り出す。
「まだ折れたわけじゃないです」
 水が満ちていく。
「翠星石が水をやり続けるです。真紅」
 顔を上げる真紅。
「お前はジュンを探すです」
「……」
 真紅はこくっと頷いた。


399:2008/05/22(木) 03:46:17.23 ID:

 ホーリエに先導させ、ジュンの気配を探る。
 迷う事なく、一直線に飛び続けるホーリエ。
「……」
 しばらく行くと、林が途切れているのが視界に入る。
その先に広がっているのは…
「……あれは……」
 目を凝らす真紅。
「………海?」
 そのまま低空飛行を続ける。

 海の岸辺に沿って飛び続けると、岸辺の果てに、
誰かが立っている。
「!!」
 真紅はスピードを上げ、それが誰であるか確認しようとする。
「ジュン!!」
 その名を叫ぶと同時に、人影がこちらを向いた。



404:2008/05/22(木) 03:53:29.92 ID:

「真紅!」
 たっと舞い降り、駆け寄る真紅。
「ジュン!ジュン!!」
 ズボンの裾をつかみ、何度も呼ぶ。
「お前……どうしたんだ…こんな所に」
「いえ、貴方こそ、どうして昔の姿なの?」
 ジュンは、かつて真紅が出逢った頃の、10年前の姿を
していた。
「え、さ、さあ、何でか知らないけど」
 困ったように頭をかくジュン。
「夢では自分の理想の姿が映し出されるものだけど…」
 プッと笑う真紅。
「貴方、あの頃の方が良かったわけ?」
「何笑ってんだよ」
「いえ、だって」
 安心すると、何だか胸が熱くなってきた。
「はは……」
 真紅は涙ぐむ。
「真紅……」
 そんな真紅の頭を、ジュンは優しく撫でる。



406:2008/05/22(木) 04:00:05.88 ID:

「ねえ、ジュン」
 ごしごしと目をこすりながら、真紅が尋ねる。
「ん」
「…どうして」
「何だ?」
「こんなところに?」
 真紅が見上げる。
「え?ああ」
 海の方を見やるジュン。
 それを見て、反射的に裾をぎゅっと握る真紅。
「こうして」
 ジュンが視線を戻す。
「貴方のこの、水色のパーカーを見ていると、出逢った頃を思い出すわ」
 言われて、自分の服を見回すジュン。
「そうだな」
「まだあの頃は、貴方ものりを嫌悪してたわね」
「まあな」
「………」
「…………」


409:2008/05/22(木) 04:03:50.30 ID:


「ねえ」
「うん」
 少し視線を落とす。
「貴方は」
「…うん?」
「今、充実してるのかしら」
 ジュンは目を丸くする。
「そうだな……どちらかと言えば」
「そう」
 口元が緩む。
 それを見て頭をかくジュン。
「名古屋に行っちゃうの?」
「……」
 答えない。
 裾をつかんだまま、うつむく真紅。
「……」
「真紅、お前さ」
「…なに?」
「もっとワガママ言っても、いいんだよ」
「え」
 真紅が見上げる。
 ジュンの優しい笑顔が、そこにあった。



412:2008/05/22(木) 04:07:51.78 ID:


「どういう意味?」
「別に。ただ」
「ただ?」
 視線を逸らす。
「お前見てると、そう言いたくなってさ」
「……」
「真紅、お前はある意味、女の子らしくないんだ」
「へ?」
 首をかしげる。
「翠星石や金糸雀みたいに順応が早いわけでもない」
「…」
「水銀燈みたいに、自分で物事を消化出来るわけでもない」
「………」
「でも、その3人よりも、色んな事を我慢してる」
「ジュン…」
「だからさ、もっとワガママ言ってもいいんだよ」
「……」
 真紅は何も答えず、ただ、裾をぎゅっと握りしめる。
 うつむく真紅。

 足元に、潮が来ているのに気がついた。



416:2008/05/22(木) 04:15:25.74 ID:

 ひんやりと走る感覚。
 思わず背中に寒いものが走る。
「ねえ、ジュン」
「ん」
「潮が来ているわ。上がりましょう」
「潮?」
「ほら、足元」
「……」
 見下ろすジュン。その目が、虚ろになる。
「真紅、これは潮じゃないよ」
「えっ?」
「これは海じゃない」
「何ですって?」
 本能的に、裾を引っ張る。
「ね、このままだと濡れてしまうから…」
「真紅」
 今度は遠くを見つめたまま、ジュンが口を開いた。



424:2008/05/22(木) 04:24:46.97 ID:

「…なに?」
 裾ではなく、ジュンの左手を握る真紅。
「お前、猫が嫌いだったよな」
「猫?…ええ」
 ザザザ…と音がする。
「何でだっけ」
「……」
 風が二人を吹き抜けていく。
「単純に、理性的じゃないからよ」
「理性的?」
「そうよ。いつも本能剥き出しで」
 真紅も、海の向こうを見やる。
…いや、ジュンは、海ではないと言った。
 では、これは何なのだろうか。
「私は思うけど、知識や理性より、本能や感覚の方が
正しい事はままあるわ」
「…?」
「だから、頭ごなしに『本能』を否定するつもりはないけれど」
「そうだな」



425:2008/05/22(木) 04:27:22.52 ID:


「でも、生きている以上、他人と、他の動植物と、共存
して行かなければならない」
「……」
「私は、対するものがある以上は、生き物は最低限
理性的であるべきだと思うわ。でも猫にはそれが感じられない」
「……」
「だから、嫌いというか、そもそも好きになれないの」
「そうか…」
「……」
「でもさ、真紅」
 ピチャピチャ、と音がする。
「本能的じゃなかったら、猫はエサが取れないだろ」
 見上げる真紅。
 ジュンがこちらを見下ろしている。



427:2008/05/22(木) 04:35:16.73 ID:

「僕らは、昔は親のお金で生活していた」
「……」
「今は、会社に入って、毎月25日に給料をもらって、
そのお金で生活してる」
「……」
「お前だってそうだろ。誰かに養ってもらって、
生きてきた」
「…ええ、そうね」
「でも、猫は違う。野良猫は」
「……」
「道端に捨てられた、泥だらけの肉を食べないと、
生きていけない。でも」
「……」
「それを食べられるのは、一匹だけ」
「……」
「そうなった時に、僕らが家の中で本を読んでいようと、
受験勉強していようと、猫は生きるために必死で闘う」
 真紅はうつむき、黙っている。
「生きるという事は、闘う事」
「……」
「お前の言葉だよ、真紅」


430:2008/05/22(木) 04:40:37.79 ID:

「こんな話知ってるか?」
「何かしら」
「飼われていた猫は、主人を失くしてしまうと、野良猫になるよな」
「ええ」
「そうなると、大体生き残れないんだよ。飼われてた猫って」
「…どうして?」
「それはな」
「…」
「エサを毎日主人からもらっているうちに、暖かい部屋で過ごして
いるうちに」
「……」
「生き残るために、どうやってエサを取ればいいか、忘れて
しまうんだ」
「……」
「威嚇されるともうダメ」
「勝つために、死に物狂いで相手を倒そうとする」
「………」
「覇気っていうのかな、そういうのが抜けてしまう。だから生き残れない」
 真紅はかつての姉妹に思いを馳せる。
 どこか、自分たちにも通じる話。



433:2008/05/22(木) 04:46:02.70 ID:

「何かさ、社会に出て、逆に本能の大切さもわかったよ。
モチロン、協調性って大事だから、理性も必要なんだけど」
 うつむいたまま。
「営業しててさ、結構、直感が後で正しかった、って事が
ままあるんだよ。ああ、このお客さんはダメだ、このお客さんは
大丈夫だっていう」
「……」
「僕はそう思うから、本能を信じて、これまで仕事してきた」
「ジュン…」
 真紅はジュンの顔を見上げた。
「結果、真紅、お前たちを置き去りにしてしまってた」
「そんな事ないわ」
 両手でジュンの左手を握る。
「でも……」
 ザパッと音を立てて、ジュンがしゃがみ込んだ。




434:2008/05/22(木) 04:48:13.95 ID:

「真紅、ごめんな」
 両肩を抱き、こちらを真っ直ぐ見据えるジュン。
「そんな…私は別に」
 自分の膝まで、水が来ている。
「でも」
「ねえジュン」
 その両手に、自分の手を乗せる。
「とりあえず、上がりましょう。ね、その後でいいから…」
 声が震えていた。
 真紅は、その本能で、何かを理解し始めていた。
「僕はお前たちと出逢えて」
「やめて」
 首を振る。
「幸せだった」
「お願い」
「ありがとう」
「やめて!!」
 真紅が叫んだ。


438:2008/05/22(木) 04:53:31.53 ID:

 目をぎゅっと瞑り、思い切り体当たりをかます。
「うわっ」
岸辺に倒れこむジュン。
「ジュン!!」
 胸ぐらをつかむ真紅。
「貴方何考えてるの?」
 真紅の声が泣きそうになっている。
「何よ」
「……」
「死にたいなら、勝手に一人で死ねばいいわよ」
「……」
 掴んだ手が、かたかたと震えている。
「でもね、ジュン、よく聞きなさい!!」
 ゆっくりと流れている水。
「貴方はこれからもっと仕事を頑張って」
「……」
「いい人にめぐり逢って」
「真紅…」
「幸せにならなきゃいけないのよ」

 それは、川だった。



444:2008/05/22(木) 05:02:12.51 ID:
「ジュン、分かってないの?」
 真紅の目から、ぽろぽろと涙が零れている。
「貴方はいつからそんな馬鹿になったの」
「……」
「マスターをあれだけ慕っていた蒼星石は、もういない」
「……」
「貴方を最初、怖がっていて」
 鼻水をすする真紅。
「でも、貴方の優しさに触れてから…」
「……」
「一番貴方に懐いていた、雛苺も、もうどこにもいない」
 ジュンがつらそうな顔をする。
「どうして勝手に行ってしまうの」
「し…」
「貴方はいざとなると塞ぎこんでしまって、誰の言う事も聞かなくなる」
「……」
「私だって、そりゃそんな時はあるわよ、私だって、貴方と同じで、馬鹿ですもの」
 ジュンは圧倒され、言葉が出ない。
「でも、一人で勝手に行ってしまうなんて、彼女たちにも、翠星石にも、のりにも、
失礼だと思わないの!!」
 思わず、ジュンをぱしっと引っぱたく真紅。


445:2008/05/22(木) 05:06:32.68 ID:

「『幸せだった』とか『ありがとう』とか」
「……」
「綺麗な言葉を並べるだけ並べて」
「……」
「カッコつけないで」
 視線を合わせられないジュン。
「私は、自分がとても恥ずかしいわ」
 滴が頬に落ちる。
「ずぶ濡れで泣きながら、鼻をすすりながら」
「……」
「人形のくせに偉そうに説教垂れてる自分が」
「真紅」
 そこで真紅の手が緩み、両手をジュンの顔の横につく。
「でも、それで貴方がこの世界にいてくれるのなら…」
「……」
「私は何だってする」
 胸に倒れこむ。
「ジュン、お願いだから、行かないで」
 くしゃくしゃの顔を伏せ、胸で泣く真紅。


449:2008/05/22(木) 05:09:57.50 ID:

「私は貴方に、この世界にいてほしいの」
「……」
「どれだけ貴方が遠くに行ってしまったとしても」
 ジュンの視界が霞む。
「もう、貴方にとって、私が不要な存在であっても」
「……」
「私は……」
 そこからは言葉にならなかった。

 いやいやと首を振りながら泣き続ける真紅。
 ジュンはその震える背中を、抱きしめた。








454:2008/05/22(木) 05:23:49.76 ID:



 翠星石が二人を探し当てた時、
真紅は左手をジュンのそれに重ね、眠っていた。
「ジュン!!」
 振り返るジュン。
「翠星石」
「……」
「真紅のネジは、もう切れてる」
「えっ?」
「それなのに、僕にまだ力を送ってくれてるんだ…真紅は」
 何度となく右手で頭を撫で続ける。
「もうすぐ、お前たちもこの世界から出なきゃいけないんだろ」
「ええ……もうじき30分ですぅ」



455:2008/05/22(木) 05:29:17.20 ID:

「……」
 眠る真紅を膝に抱くジュン。翠星石が隣に座り、それに寄りかかる。
「…なあ」
「…何ですぅ?」
「ネジが切れたら、戻れないんだっけ」
「いいえ、その人形だけでは戻れなくなる、というだけです。まだ翠星石がいるから…」
「そうか、安心したよ」
 残った左手を手に取り、ジュンの胸にもたれかかる。
「ジュン」
 左手に、自分の両手を絡ませる翠星石。
「…行っちゃうのですか?」
 見えない向こう岸を見つめたまま、翠星石が呟く。
「いや……」
 言葉が止まる。
「……分からない」
 翠星石が見上げる横顔。
「でも、最後まで闘うよ」
「…そうですか…」
「………」
「…………………」
「……」
「……敵わない、ですねぇ……」
「…ん?」
「ねぇ、真紅?」
 淋しそうに、しかし安心したかのように、翠星石は、笑った。



457:2008/05/22(木) 05:33:23.12 ID:
「じゃあ、翠星石たちはこれで帰るです。ジュン」
「……ああ。これが別れにならない事を祈るよ」
「当たり前ですぅ」
 小さく笑う。
「いいですか、ジュン」
「うん?」
「……」
 翠星石は、自分が泣きそうになっているのを理解する。
「この子を泣かせたら」
「……」
「承知しねーですよ。姉として」
 手に抱く真紅に、涙が落ちた。

 ジュンは、ほっとしたような、惜しむような表情で、
最後は笑っていた。




476:2008/05/22(木) 06:32:18.10 ID:



 真紅は、読んでいた本をぱたんと閉じた。
「ジュン」
 パソコンに向かっていたジュンが、こちらを向く。
「どうした?」
「紅茶を淹れて頂戴」
「おう」
 頭をかきながら、立ち上がるジュン。
「あっ、ヒナも手伝うの」
 寝そべって絵を描いていた雛苺がクレヨンを放りだし、
ジュンの後をついていく。
「待ちなさい雛苺。ちゃんと整頓してから行きなさい」
「う~。わかったの」
 クレヨンを戻し、ととと、と駆けていく。


481:2008/05/22(木) 06:41:19.89 ID:

「真紅ちゃーん」
 階下から呼ぶ声。
「なぁに、のり」
 ドアの所から返事をする。
「おやつにするわよー」
「わかったわ。今下りるから」
 踏み台に乗り、ドアを開ける。

 とんとんとん、と下りていくと、
ふんわりといいにおいが漂ってくる。
「……いいにおい…」
 ふふ、と笑い、リビングのドアを開ける。
「遅いですぅ。もうチビ苺は食べ始めてるですよ」
「まぁ、行儀の悪い子ね。雛苺」
「お前が遅いんだろ」
 ツインテールがジュンを弾く。
「痛ってっ」
「うるさいわね。私の勝手でしょ」
 口を尖らせ、席につく。


482:2008/05/22(木) 06:45:03.65 ID:

「翠星石とのりで、クッキーを作ったです。さっさと食べるです」
 真紅の向かいで、翠星石がえへん、と鼻を鳴らす。
その横に、口を動かし続ける雛苺。
「美味しそうね。紅茶は?」
「お前の言う通り、僕が淹れたよ」
 真紅の横から、ジュンが答える。
 ふう、と息をつくジュン。
「そう、あら、これはセイロンね。いい香りなのだわ」
「そうか?僕にはよくわかんないんだけど」
「ええ…やっぱり貴方の淹れる紅茶が、一番おいしいわ」」
 ジュンを見上げる真紅。

「また、おいしい紅茶、飲ませて頂戴ね。ジュン」
 真紅が嬉しそうに笑った。




483:2008/05/22(木) 06:51:02.89 ID:






「真紅、起きるです」
 翠星石が鞄を開け、光が飛び込んでくる。
「……」
「もうのりは支度済ませてるですよ。出掛けるです」
「…出掛ける?」
「病院ですぅ。…水銀燈は、本当にいいのですか?」
 ベッドの上に座っている水銀燈。
「私はいいわぁ。ステッキがあっても、
やっぱり歩くのしんどいですもの」
「……そうですかぁ」
 淋しげに、翠星石は呟いた。



485:2008/05/22(木) 06:56:43.69 ID:

「金糸雀ちゃんは、大丈夫なんですか?」
 助手席から、のりが尋ねる。
「うん、知り合いのとこに連れていったら、ちゃんと直るって」
 運転しながらみっちゃんが答える。
「そうですか…」
「……」
「…………」
 後部座席で、真紅と翠星石が並んで座っている。

「ねえ、翠星石」
「…何ですかぁ?」
 寄り添う二人。
「今日ね、夢を見たわ」
「夢?」
「ええ」
 翠星石の右手に、自らの左手を重ねる。
「貴女とのりが、クッキーを焼いてて」
「私が?」
「もういないはずの雛苺が、それを美味しそうに食べてて」
「……」
 のりがちらっと振り返る。



486:2008/05/22(木) 06:59:28.20 ID:

「ジュンが紅茶を淹れてくれてたわ」
「……」
「何で、こんな昔の夢、見るのかしらね」
 目を閉じる。
「………」
「……」
「ごめんなさい、変な事言っちゃったわ」
「……」
 そこから病院に着くまで、真紅は翠星石に抱きついたままだった。



489:2008/05/22(木) 07:10:18.74 ID:

 真紅たちは病室に入る。

「ジュン」

 真紅が声を掛けた。

 ベッドの上。
 痛々しく右足を吊った状態。
 人工呼吸器をつけたまま、ジュンが静かに眠っている。
「………」
「信じられない回復力です。一時はもうダメかと思いましたが」
 医者が背後から説明する。
「ただ、動けるようになるのは、もう少し先でしょう」
「………」

 ベッドの脇の椅子に、のりと真紅が座っている。
「ねえ、真紅ちゃん」
「何、のり?」
「目が覚めたらね、お願いがあるの」
 のりを見上げる真紅。
「真紅ちゃん…」
 のりはしばらく言葉をつぐんでいたが、
小さく笑った後、話し始めた。



491:2008/05/22(木) 07:14:41.63 ID:

 窓の外で、オレンジ色の夕焼けが見える。
「………」
 窓に手を当て、真紅がじっと、外を見つめている。
 のりたちは帰宅し、真紅だけが残った。
「綺麗な夕焼けね…」
 ほうっと見とれる真紅。

 静かな病室に、ピッ、ピッ、と、機械音だけが響く。
「………」
 真紅はジュンを見やり、再びベッドの横の椅子に座った。
「ジュン」
 左手の指輪に手を重ねる。



492:2008/05/22(木) 07:19:22.18 ID:

「……ねえ、ジュン」

「…貴方、憶えているかしら」

「初めて出逢った時、私、ネジが切れて」

「止まっちゃったわよね…」

「…貴方は最初、私に奇異の目を向けていた」

「…そりゃそうよね、私」

「言い換えれば、怪奇現象ですものね」

「…でも、貴方は私が動かなくなった事に、涙を流してくれて」

「……自分で、ネジをまく方法を見つけた」

「…私はあの時、素直になれなかったけど」

「本当は、嬉しかったのよ。誤解しないでね」




494:2008/05/22(木) 07:24:46.70 ID:

「時に喧嘩したり」

「…私が腕を失くして、拗ねたり」

「……貴方が塞ぎ込んで、目覚めなくなったりしたけど」

「貴方は私を見てくれていた」

「………私も、貴方の事が心配で」

「どう言えばいいのかしら。この気持ちは」

「……よく分からないけれど」

「…貴方が安らいでくれると、私は嬉しかった」

「貴方の傍にいる事で、私は幸せだった」




495:2008/05/22(木) 07:29:05.69 ID:
「それと」

「……私、のりにお願いされた事があるの」

「『ジュン君の目が覚めたら、名古屋に一緒に行ってあげて』って」

「…………」

「この暖かい春の季節も……」

「暑いけど、アイスが美味しい夏の季節も……」

「木枯らしが吹く、秋も…」

「寒くて、淋しい冬も……」

「構わないのなら……」

「………」

「私は、貴方の傍で、眠りたい…」


497:2008/05/22(木) 07:33:05.56 ID:
「でもね、ジュン」

「………私は、それを断ったわ」

「『私はジュンにはついて行かない』」

「『それは、ジュンが人間で、私がお人形だから』」

「……やっぱり、私とジュンは、同じ歩幅では、歩けない」

「遅れる私を、ジュンがちらちら振り返りながら」

「時に抱っこしてくれる」

「たまにはそれもいいかもしれないけれど……」

「……いつもそうだと、きっとジュンは疲れてしまうわ」

「だから……私とジュンの物語は」

「………もう、終わらせないといけないわ」

「……………」

「……………」


499:2008/05/22(木) 07:35:32.19 ID:

「でも、私は、ジュンに対するこの気持ちを」

「ずっと大切にしておきたい」

「……だって、私はきっと………」

「……………」

「貴方の事を……」

「愛してるから…………」

「…………」



500:2008/05/22(木) 07:38:42.56 ID:
「……私は、また」

「……貴方に、力を送るわ」

「きっとまた、私はネジが切れて止まってしまうのでしょうけど」

「その時は、また……」

「ネジを巻いて頂戴ね、ジュン」

「………」

「それが…」

「私の最後の、ワガママだから…」

「……………」

「…………」


501:2008/05/22(木) 07:40:05.89 ID:

「…眠くなってきたのだわ」

「………もうそろそろ寝ないといけないみたいだわ………」

「……じゃあね」

「……」

「………おやすみなさい、私のジュン」




 真紅はジュンの左手に手を重ね合わせたまま、
ゆっくりと目を閉じた。




506:2008/05/22(木) 07:50:13.88 ID:

 ジュンは、うっすらと、両の瞳を開ける。
「………」
 病院の白い天井。
「ジュン君…?」
 姉の声が聞こえる。
 視界の隅に、のりと、翠星石の姿が映る。
「………姉ちゃん」
「ジュ、ジュン…」
 翠星石の顔がくしゃくしゃになるのが分かる。
「良かったぁあ!」
 がしっと抱きつくのり。
「痛っだだだっ」
 足が動き、ジュンは悲鳴を上げる。
「あっ、ご、ごめんなさい…」
 ぱっと離れる。
「………てて」
 ジュンは左手に、何やら重たい感触を受ける。
「………」
 紅色のヘッドドレスから伸びる、長く美しい金髪。
左腕に覆いかぶさる形で、真紅が眠っていた。



507:2008/05/22(木) 07:53:18.01 ID:

「………」
 ジュンは夢の中の言葉を思い出していた。

 真紅が一人だけ部屋の中にいて、ゆっくりと
指輪に手を重ねてきたことを。
 そして、自分に対して、伝えてくれた想い。

 それが現実だったのだと、ジュンは気付く。
「………」
「姉ちゃん……」
 真紅の頭を撫でながら、ジュンが口を開く。
「何?」
「ゼンマイを、持ってきてくれない?」
「え」
 ごそごそとポケットを探す翠星石。
「翠星石持ってるです」
「ありがとう」

 真紅を後ろ向きに座らせ、動く左手で、ジュンはゆっくりと、
一巻きずつ、ゼンマイを回した。



511:2008/05/22(木) 07:59:33.54 ID:
「…………」

 ブルーの瞳を、ゆっくりと開く真紅。
その視界に、ベッドに寝ているジュンが飛び込んでくる。

「………」
 ジュンが笑った。
 真紅の目が完全に開き、涙があふれ出てくる。

「ジュン!」
 首に抱きつく真紅。

「おはよう、真紅…」

 真紅を撫でながら、ジュンが呟く。
真紅も鼻をすすりながら、呟いた。



「おはよう、私の可愛いジュン」








【完】




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