1:2013/07/01(月) 20:15:12.63 ID:

 前回の反省を生かして。

 このssはB'zのNational Holidayを元にしています。
読む前に聞いていただけると少しは楽しめるかもしれません。

「B'z National Holiday」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1372677312

2:2013/07/01(月) 20:17:07.09 ID:

 ……柔らかな感触が唇に触れた。


3:2013/07/01(月) 20:17:37.09 ID:

 締め忘れていた窓から朝日が溢れ出し、夏が終わったことを告げる風が薄いカーテンを揺らす。
薄ぼんやりとした頭に光と風が通り過ぎる。

 胎児のように丸まっていた体を軽く伸ばし、枕元の時計を見る。時計の短針は頭を右に垂れていた。
霞ががった頭はまだ夢の後ろ姿を探している。

 何か、夢を見ていた気がする。
ろくに乾かしもせず眠りについたため、縦横無尽に跳ねまわっている猫っ毛の髪を掻き毟る。

P「……あれ、もしかしなくても遅刻?」



4:2013/07/01(月) 20:18:11.36 ID:

 無数の白線。スタートライン。いつの間にか自分はトラックに居た。
赤みを帯びた硬土で固められた地面は限りなく広がっている。

 そのトラックには自分の他にも銃声の音を今か今かと待つ競争者が並んでいた。
彼らの服装は割烹着であったり、ユニフォームであったり、スーツであったりと皆仕事上での作業着を着ている。

 足元を見ると、くたびれた革靴を履いていることを思い出す。営業や挨拶回りでくたびれた革靴だ。
革靴は足に吸い付き、トラックにある僅かな突起や土の感触を直接伝える。まるで裸足でいるようだった。

 そう感じた途端、馬色の革靴が自分の足になった。素足と感じたのだから当たり前だ。
いつの間にか着ていたスーツも自分の肌になる。トラックに吹く風を感じる。

 走り出す準備が出来た。軽く脚に力を入れると血液が流れ、力が貯まる。心臓がエンジンのような唸りを上げる。
体が軽い。陸上部にいた頃のような体のキレ。指先まで。いや、毛細血管の一本一本まで体を知覚することが出来る。

 前傾姿勢を取る、途端、空気が破裂する音が聞こえた。
それが銃声だと気づく前にはすでに走り出していた。

 体は一瞬で加速し、最高速度に達する。スーツ越しに風を切る感触を感じる。
が、それは間違いだった。スーツはもはや肌の一部なのだから。

 他の競争者を出し抜き、先頭集団に加わる。ここから先は一筋縄ではいかない。どうやら皆同じ考えのようだった。
調理着を着ている男の袖を掴み、地面に叩きつける。白青のストライプのユニフォームを着た女の足を払う。



5:2013/07/01(月) 20:18:40.17 ID:

「ちょっとプロデューサー、もう朝ですよ!
 まったくソファーで寝るなんて美希じゃないんですから」

「ま、まあまあ律子さん。
 プロデューサーさんは昨日も遅くまで残ってらしてみたいですから」

「甘い! 甘いですよ小鳥さん!
 日頃からアイドル達の体調管理に気を使わせている私たちがこんなんでどうするんですか!」

「う、すいません律子さん」

「ほらプロデューサーもさっさと起きる」

 すまんすまん、もう起きるよ。



6:2013/07/01(月) 20:19:12.87 ID:

 競争者を出し抜く。出し抜かれてはいけない。
体勢を崩した奴らから距離を取るためにまた足に力を入れる。

 瞬間。足が動かなくなった。



7:2013/07/01(月) 20:19:50.46 ID:

「朝練にみんな来る前にシャキっとしてくださいね?」

「……うん、いい! 寝癖のプロデューサーさんもいい!」

 何言ってるんですか音無さん。……顔洗ってきます。



8:2013/07/01(月) 20:20:18.30 ID:

 体中を流れていた血液が鉛に変わる。関節が錆付いたように動かなくなる。肺が焦げる匂いがする。
踏みしめていた硬土は泥沼になっていた。



9:2013/07/01(月) 20:21:02.37 ID:

「あれ、プ、プロデューサーさん?! 大丈夫ですか!!」

「! プロデューサー!!」

 あれ?



10:2013/07/01(月) 20:21:34.84 ID:

 目の前の風景が何もないことに気づく。
目指していたゴールは無くなり、暗闇が口を開けて待っていた。



11:2013/07/01(月) 20:22:13.19 ID:

「り、律子さん! どどどどうしやおう!!」

「……小鳥さん! 救急車呼んでください! 終わったら社長に連絡! 朝練は中止!
 それから、それから……スケジュールの確認も!」



12:2013/07/01(月) 20:22:46.68 ID:

 おい、俺の前を走るな。



13:2013/07/01(月) 20:23:19.87 ID:

「…………彼女達には彼が休暇を取ったと伝えよう。」

「活動に支障を出さないため、ですか」

「勿論その為だ。私ならそう頼む」

「そんなの社長のエゴじゃないですか!」

「……私もそうします。多分」

「ぎ、業務はどうするんですか」

「私が巻き取ろう。律子くんと音無くんは普段通り業務を続けてくれたまえ。
 ……何をしているんだ私は……!」

――――――――――――――――――――



14:2013/07/01(月) 20:23:59.16 ID:

P「……そっか自分で止めたんだ」

 昨日時計の電池を抜いていたことを思い出す。なので今の時刻を知るには携帯を取り出すしかなかった。
液晶を確認しようと思い、止める。手が携帯を持つことを拒んだ。

 外を見ると秋特有の薄い雲が散り散りに広がっていた。日は高い。
止まっている短針の指す時刻が間違いであることを確認する。

 太陽に照らされ頭の霞が取れる。脳が現実と繋がる。
気分が悪くなるほど爽やかな朝日が自分を責める。「お前は此処で何をしている」、と。

 逃げるように視線をそらす。そらした視線の先には薄暗い自室が広がっていた。
夢の続きのような薄暗さに耐え兼ね視線を逃せる先を探すと、いつも枕元に置いているスケジュール帳が目に留まった。

 鉛のように重く感じるスケジュール帳を手に取る。いつもの癖で記入した予定を確認してしまう。
そこには色分けされた細かい文字が詰まっていた。

 カレンダーは文字で埋め尽くされ、分単位で細かく管理されている。その几帳面さに、今ここで怠惰を貪っている自分と、これを書いた自分が全くの別人に思えてくる。
よく見ると、今日は国民の祝日らしい。

P「がら空きだな。スケジュール」

 仕事が無くなるとスケジュールは白紙になった。



15:2013/07/01(月) 20:24:37.12 ID:

 アイドル達のスケジュールを見ていると、響が丸一日オフであることに気づく。
最近のスケジュールからするとそれは珍しいことだった。

 響は何をして今日という日を過ごすのだろう。彼女のことだから家族の餌を買い出しに出かけるのかもしれない。
流行りの服でも見に行くのかもしれない。友達を誘って遊びに繰り出すのかもしれない。

 それは今の自分には眩しく、幸せな休日の過ごしかたのように思えた。
なんとなく太陽が思い浮かんだ。

P「…………」

 寝巻きを乱暴に脱ぎ去る。運動不足、栄養不足で貧弱になった体が顕になる。
そんな体を隠すように、すっかり袖を通していなかった私服に着替える。

 身だしなみは整えていない。服にも少しシワが出来ている。
そのくたくたになった感じが今の自分のようだった。

P「…………」

 あることを思いついた。

――――――――――――――――――――



16:2013/07/01(月) 20:25:13.97 ID:

響「みんなー! お昼だぞー!」

 声をかけるとみんなが集まってくる。
愛情をこめて作ったお昼の山が少なくなっていくのを眺めていると嬉しい気持ちになる。

 部屋の掃除も、たまっていた洗濯も。休みの日にやりたかったことが全部終わってとても清々しい気持ち。
そう、この秋晴れのように!

響「ふ、ふふふ。今日の自分は詩的だぞ。詩的で素敵。なんちゃって」

「……ジュイ」「ワン」

響「……二人共おやつ抜き」

「ジュッ?! チュジュジュ!!」「ワウワフワウ!!」

響「あーあーあ~。聞こえない聞こえない~」



17:2013/07/01(月) 20:25:56.40 ID:

 おやつ抜きに不満のある二人が近寄ってくる。
ちっちゃい首元とふわふわの背中をかいてあげる。

 お昼を食べ終わったみんなも集まってくる。シマ男はもう眠そうでうとうとしている。自分もベッドの縁に体を預けて目をつぶる。
掃除をしてきれいになった網戸からふわりと風が吹く。

 久しぶりのオフ。一日オフ。う~ん、何しよう。あ、そいえばプロデューサーもお休み取ってるんだったっけ。えっと、リフレッシュ、リフレッシュ……なんとか。
大きなあくびが溢れる。……眠くなってきたぞ。

 ぼんやりとした頭でこれから何をするか考える。やりたいことが浮かんで消える。
しゃぼん玉みたい。

響「……ね、ちゃい、そう」

 …………。



18:2013/07/01(月) 20:26:38.38 ID:

 ピーンポーン

響「は、はい! 我那覇響起きてます!! ……あれ?」

 チャイムの音に起こされる。ひ、冷や汗かいたぞ。夢の中でまで補習はやめてほしいぞ。
時計を見るとまだ10分ほどしか立っていない。誰も玄関に行かないってことは悪い人が来てるんじゃないんだな。

響「いま開けるぞー」

 裸足のまま玄関に向かう。春香かな、真かな? あ、でも今日は仕事かぁ。じゃあエリかな、ミサトかな?
宅急便とかだったらへこむなー。でもにぃにから差し入れとかだったら嬉しいかも。

 勢いよく玄関の戸を引くと。

P「よっ」

 少しくたびれたプロデューサーが立っていた。

――――――――――――――――――――



19:2013/07/01(月) 20:27:27.04 ID:

P「よっ」

 元気よく開け放たれた玄関扉から夏の太陽のような笑顔が弾ける。
笑顔からの驚きが訝しみに変わり、最終的にそれらをごちゃ混ぜにしたような顔が張り付く。

 その百面相が可笑しく、思わず顔が崩れる。
自然に笑い声が漏れていた。

響「な、なんで笑うんだよー!」

 その笑顔に少し救われたんだよ。あれだけ嫌な目覚めだった今日が素晴らしい日になる気がしたんだ。
……何て言えるわけもなく。甲斐性もなく。紡がれた逃げの言葉は。

P「いや、響の間抜け面が面白くてな」

響「うー! プロデューサーに言われたくないぞ! はっ?! お前偽物だな! そうだ偽物プロデューサーだな!」

P「おいおい、昨日今日で人の顔を忘れてくれるな。鶏か、それとも茗荷か」

響「騙されないぞ! 壷も買わないぞ! 自分のプロデューサーはそんなに髪爆発してないし、服だってしわしわしてないし、そんな疲れた顔してないぞ!」

 数秒前の感動を返せ。
怨嗟の念を送っていると胸元に響の鼻を押し付けられる。

響「……あれ? プロデューサーの匂いがする」

P「鶏って行って悪かったな。犬だいぬ」

響「褒めてないぞ。ま、上がってってよプロデューサー!」



20:2013/07/01(月) 20:28:32.31 ID:

 フローリングの床から直に木の温度が伝わる。
その規則正しい直線に今朝のトラックを思い出す。沈むはずなどないのに足を踏み出すのを躊躇ってしまう。

 立ち止まっているといぬ美に袖を引かれる。されるがままでいると響の自室に辿り着く。
いぬ美、盲導犬の才能あるな。

響「そこらへんにあるクッション使っていいぞ!」

 姿なき声が聞こえる。おもてなしをしてくれるとかで響はキッチンにいるらしい。
手元にあるクッションを取ると先客がいた。小さな体を丸めリス男がしっぽを枕がわりにして寝ていた。

 仕方がないので傍のベッドに腰掛ける。沈み込むように体を受け止められる。
横になると背骨が真っすぐになった。少々辛い。かなり狭い。

響「でも初めてだよね。プロデューサーがうちに来るの!」

 空いている方の耳に張りのある声が響く。
ここから見える景色は自室とは違い、まるで世界に祝福されているように照らされていた。

響「いつもはご飯に誘ってもスキャンダルがーとかパパラッチがーとか言って来てくれなかったのに」

P「……あっ」

 響に言われて初めて気づく。普段なら考慮するリスクを欠片も考えていない。今の頭は数本ネジが緩んでいるようだった。
ここで巻けたらどんなに楽か。いやいっそ誰か外してバラしてくれ。



21:2013/07/01(月) 20:29:22.26 ID:

 ドアが開く。
お盆を片手で持っている様子が様になっている。

響「ってあー! なに寝てるのプロデューサー! クッションに座ってって言ったでしょ!」

P「……いいじゃん減るもんじゃないし」

響「はやく降りる!」

 怒られたので仕方なく直で座る。
響は顔を赤くして何やらブツブツ言っている。怒らなくたっていいじゃないか。

 足元でじゃれていたいぬ美が響の膝下に座る。小さな響がすっぽりと隠れて二人羽織を見ているようだ。
いぬ美の脇から細い腕が生え、自分の前に紅茶を差し出す。次いでにょきっと響が生えてきた。

響「……プロデューサー、あのな。その……お、女の子の部屋で、それも一人暮らししてる子の部屋でベッドで寝ちゃ駄目だと思うぞ」

P「? エロ本でも隠してるのか?」

響「あるわけないだろ!! にぃにじゃあるまし! ……デリカシーって言葉を知るといいぞプロデューサー」

 ないもんを求められても困る。デリカシーも気力も体力も今切らしてるんだよ。
せっかく貰ったので紅茶を頂く。

 ペットボトルでも、缶でもない紅茶を久しぶりに飲んだ気がする。
上品な甘さと鼻腔をくすぐるやさしい匂い。砂糖の量は紅茶の魅力を損なわない程度に。カップはほんのりと温められている。

 ちょっと普段の響からは想像ができなかった。
麦茶がぶ飲みしてる方が性に合ってそうだが。

P「……美味いな。うまいよ」

響「だろ、だろ! 淹れた人が上手だからだな。愛情とか友情とかあとえっと……とにかくいろいろ入ってるからな!」

P「空きっ腹だからかな」

響「……ふーん」

 コロコロと変わる表情が面白くてついからかってしまう。
その笑顔も、その拗ねる姿も。すっと心に染み込んでくる。

P「あー腹減ったなー。きっと紅茶を淹れるのが上手い人は料理もうまいんだろうなー」

響「べー、残念でしたー。買い物してないから材料がないんだぞー。……また今度ね」

 ぐぅ。と腹の虫の鳴き声。
その音に反応してか、いぬ美が二人から離れる。



22:2013/07/01(月) 20:30:23.78 ID:

響「餌ならあるよ?」

 自分の腹の虫だった。
まだ草を食べて生活はしたくない。

P「よし、響飯食いに行こう」

響「うん。行こう!」

 打てば響く。まさにこのことだった。
あまりの反応の良さにこちらが戸惑ってしまう。

P「…………」

響「ん? 行かないのか?」

P「いや、いいんだけどさ。……少しは嫌がったりしないの?」

 何時もなら口から出ないような言葉が滑り出た。
頭のネジだけではなく、いろいろと弱く脆くなっている。

響「プロデューサーが行きたいんでしょ? 行こうよ! 自分もお腹空いてたし!」

 屈託の無い笑顔を見せてくれる。こんな自分に。
きっと俺と響では見える世界が違うのだろう。彼女が光を移せば自分の目には影ばかり映る。

 そんな自分が彼女を担当していることが、彼女といることが、彼女の世界に影を落としはしないだろうか。
そんな考えが胸に去来する。

P「……頼もしいな。響は」

響「えへへ。あ、でもほかの子には駄目だからな!」

P「ダメって何が?」

響「……一人暮らしで心細い女の子の家に、事前の連絡もしないで押しかけて、家族をたらしこんで、手作り料理を共用して。
  ベッドで寝るし。身だしなみも整えてないし。まぁそこそこ見れちゃ……があれ……ど…………」

響「それに男の人と違って女の子は出かけるのに時間かかるんだぞ。だから次からはちゃんと連絡してね。まぁ自分だったら何時でもいいけどね!」

P「……ごめんなさい」

響「シャキっとするシャキっと! あ、お風呂入る?」

P「それは流石に」



23:2013/07/01(月) 20:31:16.56 ID:

響「ほらほら早く! 冷たい水で洗えば頭もさえるぞ!」

P「分かったから、分かったから! 押すな押すな!」

響「休みだからって怠けすぎだぞプロデューサー!」

 背中を押されながら洗面台に歩かされる。さながら鎖で繋がれた囚人のように。
短い距離を歩くと洗面台に辿り着く。一人暮らし用のそこは二人で入るには少し狭い。

P「狭い」

響「はいはい聞こえないぞー。ほら頭下げて」

P「いや、それくらい自分でや……」

 やる、と言いかけた所で響と目が合う。日が湖面に当てられ反射しているかのような瞳の色。
……端的にいえばキラキラしている。やらせてやらせてと顔に書いてある。

P「毛づくろいじゃないんだぞ?」

響「いいからいいから」

 中腰の体制でうつ伏せになる。響宅の洗面台の蛇口はシャワーよろしくの仕組みになっていた。
ぬるめのお湯をかけられ、わしわしと撫でられるように頭を掻かれる。

響「おきゃくさまー、かゆいところはありませんかー」

P「……背中がかゆい」

響「自分でかくといいぞー」

 しばらくするとお湯が止められる。髪から滴り落ちるお湯で顔まで水浸しだった。
頭に何かが掛けられる感触。タオルを掛けられ揉まれるように髪についた水分を落とされる。

響「えへへ、プロデューサー子供みたいだぞ」

 誰のせいだ。とは言わないでおく。右に左にと頭を振られる。
幼い頃母と入った風呂上りを思い出した。純粋無垢だった昔を。

響「どう? さっぱりした?」

P「ん。ありがと」

響「どったまして。じゃあ次は髪型整えないとね」

P「え? ……いやいいよ。そんなことしなくても」

響「ダメだぞ。ほらしゃがんでよプロデューサー。手届かないでしょ」

P「……ベタベタするじゃんあれ」

響「? いつもは何かつけてるよね」

P「素」

響「? 髪伸ばしてるんじゃないの?」

P「切りに行く時間がないだけです」

響「……あぁ! パーマかけてるのかプロデューサー」

P「残念ながら自毛です。くせっ毛で悪かったな。
  あで。なんで殴ったんだよ」

響「今プロデューサーは全国の女の子を敵に回したぞ! ハゲろ!」

P「ひでぇ!」



24:2013/07/01(月) 20:31:59.57 ID:

響「ん。自信作に仕上げてあげるからしゃがんで」

P「……お手柔らかに」

 薄く伸ばされたワックスを揉み込まれる。
慣れた手つきで髪を立たされたり捻られたり。

響「いいなー髪質が柔らかくて。自分硬いから大変なんだぞ」

P「譲ってやろうか?」

響「……どうやって?」

P「さぁ」

 ものの5分と掛からずにセットが終わったらしい。
自分にはさほど違いが分からないが分かる人にはわかるのだろう。

響「うん、完璧! やっぱ人の髪いじるのは楽しいな!」

P「そういうもんなの?」

響「だぞ。真の髪立たせてみたりとか、貴音の髪結ってみたりとか。結構楽しいぞ!
  じゃあ準備もできたしプロデューサー、どこ行くの?!」

P「どこ行こうか」

響「え? 決めてなかったの?」

P「うん」

 小突かれた。

――――――――――――――――――――



25:2013/07/01(月) 20:32:32.63 ID:

響「うっわーすごい人だなプロデューサー!」

 休日のショッピングモールは殺人的なほど混み合っていて、大勢の人間を飲み込む入口を前に尻込みをしてしまいそうになるほどだった。
さながらRPG最終面といった様相。

P「確かにすごい人だかりだな。まあそれもいいか」

響「ねぇねぇ! 『あ! アイドルの我那覇響だ!』とか言われちゃうかな、かな!」

P「……戻るか。ここは危ない」

 踵を返そうとすると響に腕を掴まれた。というより抱かれた。
駄々をこねる子供のような表情。身長差からの上目遣い……やわらかいかんしょく。ちくしょう反則だ。

響「大丈夫! 堂々としてればばれないさー!」

P「そ、そうだな」

響「えへへ。行くぞプロデューサー!」

 腕を抱きしめられたまま魔窟の門を潜る。
勇者は随分と頼りない男だったが、お姫様とその一行は勇者なぞ居なくてもその身を守れるだろう。



26:2013/07/01(月) 20:33:20.88 ID:

 ひびきパーティーは ち ず をてにいれた!

響「プロデューサー! 自分このお店がいいと思うぞ!」

P「どれどれ……高そうだな」

 フロア案内三階ランチ街の平面地図。響の示す指の先には横文字の店名が踊るような字体で書かれている。
ショッピングモールの中は思ったより混んではいなかった。あくまで思ったよりの枕詞付きだが。

 響の持つ地図を覗き込みながらブラブラと二人で歩く。
あちこち歩き回る響とはぐれそうになる度、ペットショップに置いてあったリードのことを思い出していた。

響「んー高いかなぁ? ……あ、椅子空いてるぞ」

 言うが早いかすでに二人分の椅子を確保している響。
手のひらで示された休憩スペースの椅子に自分も腰を落とす。

P「……お、ATMあるのか」

 地図には頼もしいセーブポイントが点々と示されていた。
手持ちのゴールドでは少し、いやかなり厳しい気がしていたので有難い。

響「お金おろしてくるの?」

P「そーする。待ってていいぞ響」

響「や、一緒に行くぞ」

 自分が立ち上がると同時に響がついてくる。その姿に昔買っていた柴犬のことを思い出した。
散歩するぞと一言かければ弾かれてように立ち上がり、自分のリードで絡まるようなバカ犬だった。

 結局老衰で死ぬまで散歩するぞは回復の呪文だった。

響「? プロデューサー?」

P「ん、なんでもない」

 セーブポイントがもしあるなら、その章からプレイさせてくれ。
空想のセーブポイントを思う。実際にセーブポイントなどありはしないけれど。



27:2013/07/01(月) 20:34:05.07 ID:

P「……なぁ響、犬みたいって言われないか?」

 並んで歩いていると疑問が口から漏れ出ていた。好奇心旺盛な犬は飼い犬の前を歩き、臆病な犬は飼い主の後ろを隠れるようにして歩く。
行き先の見当がついていないのに自分の前を歩く響の背中あたりから尻尾が生えている気がした。

響「うん、真に言われたことあるぞ。響って動物だと柴っぽいよねって」

 前を歩く響が立ち止まってこちらを向く。
……やっぱあるよな尻尾。

響「プロデューサーはどう思う?」

P「俺もそう思う」

響「ふーん」

 そんな取り留めも無い会話を続けているとATMに辿り着く。
四桁の暗証番号を叩き、指定した金額を引き落とす。

P「うし、行くか」

響「……ねぇプロデューサー、そこにまっすぐ立ってみて」

 後ろで見ていた響に声を掛けられる。
言われるがままに姿勢を正す。

P「? こうか」

響「ちゃんとまっすぐ立ってる?」

P「立ってるぞ」

 響をお偉いさんに見立てて彼らに会う時用の姿勢を作る。自分の中では敬礼に近い気持ちだった。
そんな立ち姿をまじまじと見られる。

響「……やっぱりさっきのお店はキャンセル! 焼肉行くぞプロデューサー!」

P「金額が変わってねぇぞ!」



28:2013/07/01(月) 20:34:48.24 ID:

 結局従者である自分は肉を焼きに足を動かしていた。
ショッピングモールを抜け、少し歩く。

 秋の空は突き抜ける様に高く、穢れひとつない青空から降る日が地面に二つの影を作っていた。
片方の影が近づいたり離れたり。リズムを取るように揺れている。

P「……焼肉がそんなにうれしいか?」

響「焼肉がうれしいんじゃないぞ」

 肉問答を繰り返しながら目的地に向かう。
きっと響の頭の中ではすでに熱されている銀の金網と湯気を立てる白米。そして金網の上で踊るカルビが見えているのだろう。

 腹の虫の鳴き声を殺していると、ショッピングモールへ向かう車の列が目に入った。
信号待ちをしている車は思い思いの時間の潰し方をしている。それぞれの車が一つの幸せの形のように思えた。

 白いワゴンが目に留まる。窓ガラス越しに家族が歌っている。

響「お、やよいの歌だな」

P「ほんとだな」

 穢れを知らないような笑顔、幼稚な歌声は人の心を洗うようで。前の席の両親も幸せそうに笑っていた。
それぞれの、十人十色な幸せの形。そんな幸せを皆歯を食いしばって目指すのだろう。

 まるで印象画のような、幸福の色彩に彩られた世界が瞳に焼き付く。

P「……生きてるっていいもんだな」

 今日はよく、心の声が漏れる日だった。

響「当たり前だぞ。……当たり前だぞプロデューサー」

 道路に伸びる影の手が、自分の袖をギュッと掴んだ。

――――――――――――――――――――



29:2013/07/01(月) 20:35:19.41 ID:

HP:100

P「おお! 久しぶりの肉だ!」

響「にくだー! 食うぞー!」



30:2013/07/01(月) 20:35:52.24 ID:

HP:95

響「うぎゃー! それは自分の肉だぞー!」

P「ふはは! 網の上は戦場なのだよ! 領地などありはしないのだ!」



31:2013/07/01(月) 20:36:18.51 ID:

HP:80

P「ぶた飼ってても食えるもんなの?」

響「それはそれ、これはこれだぞ」



32:2013/07/01(月) 20:36:47.82 ID:

HP:75

響「次はれーめん!」

P「定番だな。すいませーん!冷麺二つー!」



33:2013/07/01(月) 20:37:48.73 ID:

HP:70

P「ずるずる」

響「ずずず」



34:2013/07/01(月) 20:38:28.87 ID:

HP:45

響「プロデューサー、次何する?」

P「もう軽めでいいや」

響「すいませーん! 牛タン二人前で!」



35:2013/07/01(月) 20:39:02.55 ID:

HP:20

P「……タンも美味いな」

響「はいプロデューサー。ご飯おかわりだぞ!」

P「…………はい」



36:2013/07/01(月) 20:39:31.65 ID:

HP:10

響「おお! レンガだレンガ! お肉のレンガ!」

P「ははは……」



37:2013/07/01(月) 20:40:17.32 ID:

HP:5

P「ひ、響さん。お腹いっぱいで……す」

響「ほら口開けて。あーん」

P「(´;ω;`)」



38:2013/07/01(月) 20:41:25.16 ID:

P「ああ、川の向こうに死んだ母さんが見える」

響「ぷ、プロデューサー?!」

 …………。



39:2013/07/01(月) 20:42:08.19 ID:

 向かい同士、二人で両手を後ろにつき体を支える。小さな体躯に似つかわしくないメロンが二つ強調されるような体勢。
そんなことも気にならないくらいお腹が肉に苦肉に苦肉肉。

響「ふー。お腹いっぱいだぞー」HP:20

P「………………さいで」HP:0.1

響「プロデューサーもお腹いっぱいなった?」HP:50

P「しばらく肉食わなくてもいいくらいにな。
  ……響ぃ、なんだあの量は。俺ばっかり食わせやがって! コロ助か!」HP:ナイナリヨー

 机に身を乗り出し、新緑のような瞳で見つめられる。
自分の核を見つめられるような視線。それでいて何故か包容力を感じるような視線。

響「元気が出ない時はね、あったかい食べ物をお腹いっぱい食べて、そしたらいっぱい遊んで、ゆっくり寝るんだぞプロデューサー。
  ……元気になった?」

P「……どうだかな」HP:40

響「あとな、痩せすぎだぞプロデューサー! ちょっと太れ!」

P「大きなお世話だ!」BMI:15

響「あはは! 元気になったねプロデューサー! じゃ次はいっぱい遊ぶぞ!」

――――――――――――――――――――



40:2013/07/01(月) 20:42:51.15 ID:

響「ねぇプロデューサーどう? 似合う?」

P「んー、もうちょっと明るい色の方がいいかな」

響「じゃーこっち?」

P「お、いいんじゃないの?」

響「プロデューサーってこういう服が好きなんだね。じゃ、次はプロデューサー改造計画ー!」

P「そんなの誰も望んでないし、誰も得しないよ!」

響「自分がするからいいんだぞ!」

P「うぎゃー!」

響「あー! ぱくるなー! 逃げるなー!」

――――――――――――――――――――



41:2013/07/01(月) 20:43:48.32 ID:

P「アウトレットっていっても高いよなー」

響「そうだね。あ、これかわいい」

P「すぐ壊れそうだな」

響「だからかわいいんだぞ」

P「ふーん」

響「ねぇねぇ付けて付けて!」

P「はいはい。…………ぁ」

響「あ」

P「……買ってくる」

響「じ、自分も出すぞ」

――――――――――――――――――――



42:2013/07/01(月) 20:44:21.57 ID:

響「へへっ」

P「人ってやさしいな」

響「見て見てプロデューサー!」

P「ちゃんと似合ってるよ」

響「ねっ! やっぱり自分は完璧だな!」

P「こういう路線もありだな」

響「なんでも来いだぞ!」

P「……やっぱ辞めた」

響「なんでさー!」

――――――――――――――――――――



43:2013/07/01(月) 20:45:45.10 ID:

響「ねぇねぇプロデューサー! あれ食べたい!」

P「まだ食うのか……」

響「甘いものは別腹だぞー!」

P「なら仕方ないな。何にする?」

響「えっとね、プロデューサーと違うやつ。分けっこしよ」

――――――――――――――――――――



44:2013/07/01(月) 20:46:38.03 ID:

P「はぁはぁ……はぁ。も、もうげんか、い」

響「ふぅ。な、情けないなプロデューサー。あと一曲残ってる、ぞ」

P「あ、足ががががが」

響「さあ、難易度14だぞ!」

P「ひぃ!」

――――――――――――――――――――



45:2013/07/01(月) 20:47:10.99 ID:

響「うぎゃー! ゾンビ! ゾンビ! プロデューサー助けて!」

P「待ってろ! 今行く!」

響「うん! ってどこ行ってるんだよ!」

P「急にライフルが来たので」

――――――――――――――――――――



46:2013/07/01(月) 20:47:39.55 ID:

P「んー、もうちょっと右。そうそう……ストップ」

響「えー、もっとこっちじゃないか?」

P「こんなもんだって。ほらゴーゴー」

響「……あ」

P「あーあ」

響「難しいね」

P「だな」

――――――――――――――――――――



47:2013/07/01(月) 20:48:45.91 ID:

 喧騒はその鳴りを潜め、気まぐれに吹く風が火照った体を冷やす。
暫く同じ姿勢を取っていたため、立ち上がると少しふらつく。

 二人で暗くなった空を掴む様に伸びをする。
硬くなった関節が心地よく引き伸ばされる。

響「んー、なんかあまり面白くない映画だったね」

P「おこちゃま響には難しかったか」

響「子供じゃないぞ! 確かに話はよくわからなかったけど。
  ねぇプロデューサー。最後のシーンってどういう意味だったの?」

P「……ごめん、俺もよく分かんなかった。とりあえず、金が掛かってた事は確かだな」

 目をつぶる。銀幕に映っていた創作の世界を思い出す。
豪華絢爛。一握りの人間しか立つことを許されない世界。

 目を開ける。そんな世界に立つことを許された少女達。
光り輝く世界に、舞台に綺羅星のごとく輝くアイドル達。

響「自分も映画出てみたいぞ!」

P「出ようと思えばすぐ出れると思うぞ」

響「ほんと?!」

P「ああ。以前オファーくれたところもあるしな。でも仕事のスケジュール組み直す必要とかがあると思う。
  ……映画だと時間単位の割が合わないんだよな。あんまり美味しくないっていうか。まぁその後の露出度とかを考えればプラスなんだけど。う~ん」

 腕を組み思考の海に身を沈める。
前貰ったオファーは買い叩こうとする気が満々だったために断った。今の知名度ならそんな心配はないか。

響「プ……ュ……ー」

 でも響だと冠もあるし帯もあるからまとまった時間が取りづらいんだよな。ほかの収録の都合もあるし。
規模が大きい話なら社長に相談する必要もあるな。律子と意識合わせする必要もある。俺の時間も取れるか?

響「プロデューサー!」

 鈴を振るような声に現実に引き戻される。

P「ん、ああ悪い悪い。考え事してた」

響「今日はオフなんだから仕事の事は考えないの。……えへへ」

P「どうかした?」

響「休みでもみんなのことを考えてるってプロデューサーらしいなって思ったんだぞ」

P「……え?」

 そんなことはない。ありえない、ありえないはずだった。
スケジュール帳も、社用携帯も、スーツも、革靴も、仕事に関わること全てを拒否して。仕事のことを考えるだけで気が重くなって。

 同業者に、ライバルに、律子に、自分に。誰の後ろ姿も見ない為に、出し抜かれない為に走り続けて、突っ走り続けて。
……一人で走り続けて。

響「どうかしたのプロデューサー」

P「…………どうしたんだろうな」

響「?」

P「……なんでもないよ」

響「そっか。……うん、そっか」



響「プロデューサー。ちょっと散歩して帰ろ」



48:2013/07/01(月) 20:49:16.57 ID:

 元々山だった土地を切り崩して作ったこの街は、起伏が激しく、山の頂は小高い丘としてそこらに点在していた。
帰り道の途中。少し淋しげな道を踏みしめながら歩く。

 空へと向かう滑走路になっているその道を、まともに整備されていない道を二人で歩く。
並んでる足音だけが響いていた。

響「……」

P「……」

 笛吹男に導かれる子供のように、その不思議な時間の中を歩く。
車の音も、山の音も、木々の音も聞こえない。

 細い道を抜けると少し広い空間に出た。恐らくここが終着駅だろう。
開けた空間には背もたれのないベンチが二つ、柵の向こうには街の景色。

P「いい景色だな」

 暗くなり、明かりがともった街が一望出来た。
お世辞にも絶景とは言い難かったが、それなりの高翌揚感はあった。

響「ここはおまけなんだけどね。そこそこきれいでしょ?」

P「……おまけ?」

響「そ、おまけ。本命はもうちょっと向こうなんだ」

P「向こうって、道ないじゃん」

 示された先には木々の壁で出来た塀。到底道などあるようには思えなかった。

響「あるんだぞ。案内するから目つぶって?」

P「……いや、危ないだろ。舗装されてないし、木の根っこで足引っ掛けるかもしれないし、結構傾斜もあるだろ」

響「大丈夫。大丈夫だから目つぶってよ」

P「そうは言ってもなぁ」



49:2013/07/01(月) 20:49:49.32 ID:

響「ゆっくり歩けば大丈夫。大丈夫だからゆっくり歩こ。もしプロデューサーが倒れちゃいそうになったら自分が支えるから。……自分たちが支えるから」



50:2013/07/01(月) 20:50:35.67 ID:

 響の瞳に自分の姿が映っていた。朝露で濡れた新芽のような、懸命に命を謳歌する、その心が映し出したような瞳の色。
そんな瞳に自分の姿が映っていた。

 硝子細工を扱うような手つきで両手を握られる。自分より小さな手。その手の暖かさ。
自然と瞼が降りた。

「ゆっくり歩くからね」

 止まりそうになるほどゆっくり歩く。視覚が失われると目の前に質量を持った闇色が現れた。
その暗闇に悪夢の続きが思い出され、足が止まる。

「大丈夫。怖くないよ」

 息の詰まるような暗闇に、暖かな明かりが灯った。原始的な松明のような柔らかい光。
それは目の前に二つ。確かな意思を持って灯っていた。

 その光を信じ歩みを進める。
速度を持たない歩みのなか、繋いだ手を通して声のない会話が続いているような沈黙。

「着いたよプロデューサー。あ、でもまだ目開けちゃダメだぞ!」

 感じていた傾斜が無くなり、平らな大地に立つ。
浅葱色の風に吹かれる。

「ここにごろんって寝転んでみて」

 恐る恐る腰を下ろす。光に支えられながら、ようやく足裏が地面から離れる。
座るとチクチクとするような感触。どうやら芝生の上に座っているようだった。

 大の字に寝転ぶ。隣でとさっという音が聞こえる。
左手に熱を感じ、握られる。その手を握り返してみる。

「いいよプロデューサー。目開けてみて」

 目を開ける。そこには――



51:2013/07/01(月) 20:51:24.78 ID:

 ――星が降っていた。



52:2013/07/01(月) 20:52:20.33 ID:

 …………。

 数千年前から見上げてきた道しるべ。種族、国籍、性別、年齢、階級。全てに関係なく見上げ続けてきた本能。
体は重力を忘れ、空に近い場所へと吸い寄せられる。

 小さな惑星の、小さな国の、小さな人間の目に届く光全てが惑星であり、星であり。
気の遠くなるような年月を経て降り注いでいた。

 ただひたすらに。ただひたすらな静寂がここにあった。



53:2013/07/01(月) 20:53:40.89 ID:

 小さい頃、本で読んだ話を思い出した。星の一生の話。
星がその存在を亡くすまでの膨大な時間の話。ましてや宇宙の一生の中で今ここにいる自分はどれだけ矮小な存在なのだろうか。

 ……それでも、自分はここに存在している。
どれだけ小さくても、瞬きほどの生命であっても。確かに存在してる。

 宇宙から見たら塵のような存在かもしれない。
それでも、自分がここにいたという事実だけは残り続ける。

 ……ここにいたという事実だけは残り続ける。



54:2013/07/01(月) 20:54:26.02 ID:

 小さい頃、本で読んだ話を思い出した。星の一生の話。
星がその存在を亡くすまでの膨大な時間の話。ましてや宇宙の一生の中で今ここにいる自分はどれだけ矮小な存在なのだろうか。

 ……それでも、自分はここに存在している。
どれだけ小さくても、瞬きほどの生命であっても。確かに存在してる。

 宇宙から見たら塵のような存在かもしれない。
それでも、自分がここにいたという事実だけは残り続ける。

 ……ここにいたという事実だけは残り続ける。



55:2013/07/01(月) 20:55:27.74 ID:

 その圧倒的な光景に時間が曖昧になってきた頃、小さな呟きが聞こえた。



56:2013/07/01(月) 20:56:10.50 ID:

 自分はさ、765プロに入る前は一人で頑張ってたんだ。自分の売り込みも一人で。お仕事も一人で。
 ……お仕事頑張っても、オーディションで勝っても。一緒に笑ったり、喜んだりできる人なんていなかった。
 それでも自分に負けたくなくて、誰にも頼りたくなくて。ずっと一人で頑張って……。

 そしたらさ、パンクしちゃったんだ。

 なに食べてもおいしくない。なにしても楽しくない。
 ……きっとその時の自分は空っぽだったんだね。
 だからね、今765プロに居られるのが、すごくうれしいんだ。一緒に笑ったり、一緒に泣いたり、一緒に怒ったり、一緒に喜んだり。
 一緒に頑張れる仲間が居る。そんなことがすごくうれしいんだ。

 ……一人で突っ走ってたら、きっと気がつかなかったと思う。

 今日ね、プロデューサーが昔の自分みたいに見えたんだ。
 一人で突っ走って、周りも見えなくなっちゃって。でも負けたくないから立ち止まれなくて。無理して走ってる。
 そんな昔の自分。

 自分、プロデューサーが空っぽになっちゃうのは嫌だ。笑った顔も、泣いた顔も、怒った顔も、喜んだ顔も見たい。一緒に歩いて生きたい。
 嫌だよプロデューサー。自分の好きなプロデューサーがいなくなっちゃうのは、嫌。

 ねぇプロデューサー。プロデューサーはこの景色を見て何か感じた? どう思った? きれいだって思った? すごいって思った?
 プロデューサーは空っぽじゃないよね? ……わ、私の大好きなプロデューサーだよね?

 ……走れなかったら歩けばいいんだよ。倒れそうだったら支えてもらえばいいんだよ。
 苦しいときは苦しいって言ってくれていいんだよ。きつかったらきついって言ってくれていいんだよ。泣きたくなったら泣いたっていいんだよ。
 だから、一人じゃ耐えられないときは言ってよ。話してよ。頼ってよ。教えてよ。

 だから。……いっしょにいようよプロデューサー。



57:2013/07/01(月) 20:56:47.89 ID:

 …………。

 景色が滲んでいた。福音が鳴り響いていた。
嗚咽を堪えるために、手を強く握っていた。

 そんな手をやさしく握り返された。

「こ……っこっち、み、見るなよ」

「…………うん」

 凪の音。草木の擦れる隻手の声。嗚咽。
音は、響きは空に吸い込まれていった。



58:2013/07/01(月) 20:57:27.85 ID:

 …………。



59:2013/07/01(月) 20:58:00.39 ID:

 空は色濃くなり、星はその輝きを増していた。

P「やっぱ、くたびれて見えたか?」

響「うん。元気がないなって思った」

P「そっか」

響「自分だから気付いたのかも」

P「……そっか」

 二人で空を見上げる。時折吹く風が心地いい。

響「……この空も、沖縄につながってるんだよね」

P「何処にだって繋がってるさ」

 手を握る二人の世界。それだけが全てだった。

P「響も疲れたらすぐに言えよ」

響「プロデューサーに言われたくないぞ」

P「それもそっか」

響「元気がなくなったらすぐに言うんだぞ」

P「はいはい」

 解放感に満ちた孤独の中、絡め合った手が自分を繋ぎ止めていた。



60:2013/07/01(月) 20:58:32.31 ID:

響「……まぁ、すぐに元気が出る魔法がひとつだけあるんだけどね」

P「是非に知りたいな」

響「…………知りたい?」

P「知りたい」

響「………………じゃあ目つぶって」

P「? おう」



61:2013/07/01(月) 20:59:11.28 ID:

「こ、これがね、女の子だけが使える魔法。」



62:2013/07/01(月) 20:59:40.19 ID:

 …………。



63:2013/07/01(月) 21:00:15.52 ID:

 朝。目覚ましが騒がしく鳴る。時計を止め、窓を開け朝日を浴びる。
時間は6時前。スケジュールを確認した後、熱いシャワーを浴び、シャツに袖を通す。ネクタイを締め、スーツを羽織る。

P「……髪切ってもらうか」

 いい加減目障りになってきた前髪を弄りながらつぶやく。
髪を弄るのが好きな人に切ってもらおう。多分切るのもうまいだろう。そんなことを考えながら靴紐を結ぶ。

 玄関の戸を開く。新しい扉。何も変わっていない新しい扉。
きっと変わったのはものじゃなくて気持ち。

P「行ってきます!」

 さあ、夢の手伝いをしに行こう。もちろん頑張りすぎず、ほどほどに。

 彼女たちが輝く星に。誰かにとっての星空になれるように。



64:2013/07/01(月) 21:02:20.56 ID:

 National Holidayは「イチブトゼンブ/DIVE」に収録されてるぞ!
Brotherhoodは「Brotherhood」に収録されてるぞ! まんまじゃないか!

 ……名前に[B'z]っていれると文字化けるの?




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