1:2015/07/03(金) 23:02:37.15 ID:
アイドルとなり、この寮に住み始めてから幾月の時間が経過したかは覚えていない。
しかしアイドルの仕事は相変わらず面倒ではあるが、部屋の住み心地は実家と
同じくらい良いものにはなった。

おおよそ六畳ほどのワンルームとキッチン、ユニットバスという実家に比べれば
大分手狭ではあるが慣れてみると広すぎず狭すぎず丁度良い具合である。
住めば都とはこのことだ。

しかしこの私の都には主に二人の天敵が存在する。

ベッドに寝転がり漫画を読んでいた私はその足音を察知した。私は転がって
ベッドから降りると脇にある衣装ケースの一番下に潜り込んだ。この時のために
中を空けて入れるようにしておいたのだ。控えめなノックの音を聞きながら
引き出しを閉める。半透明ではあるがよもやこんなところに隠れているとは思うまい。

「杏ちゃーん! きらりのお部屋で遊ぼう☆」

天敵の一人、諸星きらりだ。男性に混ぜても違和感のない高身長と奇抜な言語センス
のインパクトは見るもの全てに強烈な印象を残すと言う。これで私と同年齢というのは
到底信じられない話だ。そしてどういうわけか

「寝てるのかなー? 静かにお邪魔するにぃ」

この部屋の鍵を所有している。どのような経緯から所持するに至ったかはわからないが
その事を知らず、居留守作戦を使っていた当時の私にとってはきらりが入ってきた時の
驚きと戸惑い、そして迫り来る絶望感はこれからの人生で早々体験できるものではないだろう。

「あれー? 杏ちゃんいない?」

あの身長では到底衣装ケースの一番下などまともに見えまい。部屋を見渡した後、
きらりは私の寝ていたベッドに手をついた。

「暖かいにぃ……。さっきまでここにいた……」

諸星きらり48


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2:2015/07/03(金) 23:03:18.90 ID:
思わぬ推察にぎょっとする。彼女の口調から一部の人間は所謂『お馬鹿アイドル』として見る
向きがあるようだがそれは断じて違う。彼女はその仮面の影響からか一般人以上の常識と
観察眼を持っている賢い人間なのだ。ただ少しばかりやりすぎることはあるが。

「かくれんぼ……見つけたらいっぱいはぐはぐするにぃ」

私の体は小さいけれど隠れられる場所はさすがに限られている。五分もしないうちに
ベッドに腰掛けて唸り始めた。そして両手を上げて降伏した。

「きらりの負けー! 杏ちゃん出てきてー!」

出るべきか少し悩む。私の勝利だと言いながら出てもおそらくは「杏ちゃんすごいにぃ!」と
褒められながら結局誘拐されていく未来がなんとなく見える。ここはおとなしくきらりが
部屋から出て行くのを待とう。

「出てこないの? もしかしていないの?」

そこでふと違和感を覚える。いつもより声が暗い。何か思い当たる事は無いかと
思案していたら、きらりの今日の仕事はバラエティ番組の出演だったことを思い出す。
なるほど。そういうことか。私は仕方なく引き出しを開ける。

「杏の勝利ー。ご褒美を要求するぞー」

きらりの曇っていた表情が晴れていく。

「杏ちゃんすごいにぃ! ご褒美の飴ちゃんいっぱいあげゆー!」

そういうと私を持ち上げて、そのまま部屋から出ていく。目的地はきらりの部屋
通称きらりんルーム。彼女の趣味であるかわいい物集めによって構成された場所。
明日は私もきらりもオフだ。今夜は長くなるだろう……。


4:2015/07/03(金) 23:04:05.51 ID:
コンビニから帰宅し、居間を通りかかったときに声をかけられた。

「杏さん! ちょうど探してたんだよ。今暇?」

三好紗南だ。年がら年中ゲームをしている所謂ゲームオタクであり、私の友人である。

「私はごろごろするのに忙しいかなぁ」
「それじゃああたしの部屋でごろごろしなよ! 新しいゲーム買ったんだー」

特に用事もないのでお呼ばれする事にした。新しいゲームというのにも興味はある。
しかし以前同じ誘い文句に乗って行ってみればこのご時世に遊べる鈍器こと
ゲームキューブのソフトだったということもあった。あくまでも新しく買ったゲーム
なだけで新作ではないということを留意しなければならない。

彼女の部屋も私と同じ間取りのはずなのだが妙に狭く感じる。理由はゲームと攻略本だ。
毎月新作を数本、あるいは数十本買い、さらに旧作も買い漁る。そんなことをしていれば
当然ソフトは山積みになり、部屋を圧迫する。そのうえちゃんとクリアしているという。
眠そうに目をこすっていることはあるが、それでも仕事やレッスンに穴を開けない姿勢は
アイドルの鑑だと関心する。見習おうとは思わない。

「今日はこれ!」

と私の前に差し出したのは鈍器よりもさらに二世代ほど前のスーパーファミコンだった。
思わず驚愕とも悲鳴とも感嘆とも取れるような声が出てしまう。


5:2015/07/03(金) 23:04:47.41 ID:
「こんなのよく手に入れたね……。もう二十年くらい前のハードでしょ。動くの?」
「もちろん! 状態も結構いいしね。コントローラーも買ったよ」
「……いくらだったの?」
「……三万五千円ぐらい」

蛙が潰れたような情けない声が出る。生産終了しているとはいえ、あと少し足せば
そこにあるプレイステーション4だってもう一台買えるのではなかろうか。いらないけど。

「こうやって世代ごとにハードを並べると時代を感じるね……」
「そう?」
「そうだよ。だってほら、ゲームキューブが出たのって2001年だよ? あたしの生まれた歳……
 あれ、今年は2015年であたしは14歳で去年は……あれ……」

紗南が何かに気付きそうだ。私は慌てて話題を変える。

「で、でもゲームキューブよりもDSとかPSPのほうが馴染みあるよね。携帯ゲーム機のほうが
 気楽に出来るし」
「そうなんだけどね。ほら、テレビの大画面で大迫力のゲームってのもいいじゃん?」
「それで今日はこの大画面なテレビで何をやるの?」
「じゃーん! これだよ」

そういって取り出したのは木目調にキャラとタイトルが焼き印のように押されたデザインの
パッケージだった。

「スーパーデラックスじゃん! Wiiで出来るじゃん! というかやってたよね!」
「リメイクもやったよ」
「杏もやったよ! もー、せめてバーチャルコンソールで配信されてないゲームにすれば
 いいのにー」
「どうしてもスーファミの実機でやりたかったんだよね」

ゲームのセットを始める彼女の傍らで私はポテチの袋を開ける。実機でやりたいという気持ち
はわからなくはないがそのためにお金をつぎ込めるのはやっぱりゲームが好きだからなのだろう。
好きな物にまっすぐでいられるのはきっといいことだ。だから私はさぼる。

「実は我慢出来なくてちょっとやっちゃったんだよね。一人で。クリアしたけど」
「クリアをちょっと表現するかな……。でもやるなら最初からでしょ?」
「もちろん。これでよしと。スイッチオン!」

黒いテレビ画面が揺れてオープニングが始まる。赤いAボタンを押して画面を送った先で彼女は
「あれ!? 消えてる!?」と予定調和の悲鳴を上げた。


6:2015/07/03(金) 23:05:19.05 ID:
夢を見ていた。かすかに聞こえる何かの楽器の音を道しるべに巨大なきらりから逃げている。
やがて楽器の音が空から降り注いでいることに気付いた。ならばと私はジャンプして
空高く舞い上がる。きらりの手の届かない、雲を突き抜けたその先へ。
音が段々と大きくなっている。雲の先に光が見える。もうすぐだ。
雲を抜けた先で三日月に腰掛けたヘレンがバイオリンを弾いていた。

目が覚めると見慣れた天井がそこにあった。上半身を起こし、意識の覚醒を待つ。
なぜあのような夢を見たのかと少し考えたがそんなことわかるはずもないのですぐに諦める。
もう一度寝ようかと思ったが腹が空いているのが気になるので仕方なく着替えて
余り物を求め、食堂に向かうことにした。

階段を下りていると楽器の音が聞こえてきた。まさかと思ったが聞いた具合ではバイオリン
ではなさそうだ。思い返してみれば最初聞こえていた音もバイオリンではなかった。丁度
今聞こえているような試すように、あるいは確かめるように一音ずつ出していたような気がする。

音源を探るべく居間に顔を出すと佐城雪美がハーモニカを吹いていた。多種多様なアイドルの
いるプロダクションの中でもかなり大人しい子供だ。かと言って大人びているわけではなく
歳相応の子供らしさがたまに垣間見える。私は夢の中で彼女の音を聞いていたようだ。

こちらに気付いて、手招きをしてくる。どうしたのかと近寄るとハーモニカを差し出された。


7:2015/07/03(金) 23:05:45.78 ID:
「杏……吹いて……」
「えぇ? 杏吹けないよ」
「きらり言ってた……。杏、やらないだけで……何でも出来るって……」
「何でもなんて出来ないよ。出来るのは杏の出来ることだけ。まぁいいや。ちょっと貸して」

名を聞く事はあれどこうやってじっくりと見るのは初めてだ。思ったよりも小さい。子供用
なのだろうか。まだ傷もなく、手にしたばかりだということが伺える。試しに恐る恐る吹いてみる。
間延びした音がゆっくりと湧くように鳴り、そして吐息に合わせて止んでいく。

「結構難しいんだね。呼吸も大変みたいだし。大丈夫?」
「……頑張る」

小さくガッツポーズして意気込みを表す。協力して上げたい気持ちが湧いてくるが私には難しい。
他のアイドルでハーモニカが吹けそうな人は浮かぶが、私が勝手に手回ししていいものかと悩む。
そんな私を見て何かを勘違いしたのか

「もしかして……うるさかった?」

と申し分けなさそうに訊いてきた。私は首を横に振る。

「平気だよ。そんな音が大きいわけじゃないしね。どうすれば力になれるかなって考えてたの」
「大丈夫……。きらりの言ってた事……試したかっただけ……。ありがとう」

彼女が少しだけ微笑む。ちょっと照れくさくなりそっぽを向いて頭を掻く。協力だのなんだのというのは
やはり私の柄ではない。食事のことを思い出し、私は彼女と別れた。

それから数日後。彼女含めるリトルマーチングバンドガールズの小さな演奏会が寮で行われた。
ライブの予行の意味合いもあり、みなが同じような衣装に身を包み、手には各々の楽器を持っている。
一人だけ楽器を持たない橘ありすが演奏隊の前に立ち、指揮棒を振るう。
まだ少しちぐはぐな音楽が寮に響き渡った。


8:2015/07/03(金) 23:06:14.23 ID:
この寮には食堂が存在する。味も量も十分だと評判だがいつでも開いているわけではなく
やっているのは朝と夕方の数時間だけ。寮費に食費も含まれているので食べなければ損なのだが
私の場合気付けばこの時間が過ぎている事が多い。そういった場合はどこかで買って済ます。
人によっては自室で調理したり、開いているのであれば事務所のほうにある食堂を利用することもある。

その日も目覚めると朝過ぎて昼だった。調理師が残っていれば余り物を恵んで貰えるかもしれないと
着替えて食堂に向かっている最中に私は後ろから声を掛けられた。

「杏、待ちなさい」

振り向かなくてもわかる威圧的な口調。果たしてそこには財前時子が立っていた。
彼女については鞭を人に対して平気で振るう人間だと言えばわかるだろう。

「今暇ね。来なさい」
「これからご飯食べようと思ってたんだけど」
「なら都合がいいわ。来なさい」

選択権がないので渋々彼女の部屋に案内される。

部屋の内装は至ってシンプルで生活に必要最低限な物しか置いてない。
台所周りが他の部屋よりも充実しているくらいだろうか。とは言っても探せば
間違いなく鞭が出てくるはずだ。触らぬ神に祟りなし。言われるがままに小さな
テーブルの前に座る。

なにやら台所で準備をする時子を眺めること十分。小さなお盆に乗せて出されたのは
白いご飯と味噌汁、そして豚の角煮だった。空腹だったころもあり、余計においしそうに
見える。涎がこぼれそうになるのを抑える。

「食べていいの?」
「アァン? 当たり前でしょ」
「じゃあいただきます」


9:2015/07/03(金) 23:06:40.75 ID:
箸を手に取り、改めて目の前の料理を眺める。
まずはご飯。白くつやつやしている。陶器のような茶碗に綺麗に盛られている。
次に味噌汁。こちらは木製の茶碗で、具はわかめのようだ。
そして最後に主役となる豚の角煮。ごろごろと食べ応えのありそうな豚が数個と
半分にカットしてある大根。さらに卵がまるまる一つ付いている。どれも色は煮汁で
染まっている。どこから手を出したものか。

とりあえず味噌汁を飲んでみよう。茶碗を持ち、箸で少しかき混ぜてからすする。
覚えのある味が口に広がる。なるほど。これは確かにうまい。うまいのだがこれは
近くのスーパーで売ってるインスタントだ。私もたまに味噌汁が飲みたくなるとこれを
買ってくる。パック分けしてあって使いやすい。

覚悟が決まったので角煮へと箸を伸ばす。まずは肉から食べてみよう。油と肉の間に
箸を差込、二つに分ける。箸には多少の抵抗を感じたが、すんなりと二つに分けることが出来た。
おそらく長時間煮込んだ結果だろう。半分に分けた一欠けらを口に運ぶ。
噛むと甘辛い味が口に広がっていく。肉と絡み合った濃厚な味が舌の上を踊る。気付けば肉は
口の中から消えていた。思わずご飯を食べる。味が濃すぎたからではない。口がご飯を欲したのだ。
次に大根だ。外円に箸を入れて、さらに半分にして口に放り込む。染みた煮汁が溢れだして
再び口にご飯を投入する。さらに味噌汁を飲み、口の中をすっきりさせる。

「うまい」

ここで初めて私は呟いた。相手の性格を考えるならばもう少し着飾った言葉を言うべきだったの
かもしれない。実際料理を出されたときはそう考えていた。しかし食べた時の引力がそれを許さなかった。
テレビでやるような笑いながら「おいしいですー」などやってる場合じゃない。
ただ率直に。着飾らぬありのままの感想が漏れだした。

それを聞いて時子は少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


10:2015/07/03(金) 23:07:11.13 ID:
仕事が終わり、寮へ戻ると玄関が少し騒がしかった。出来れば面倒だし関わりたくないのだが
玄関なので通らざるを得ない。めんどくさそうなのでこっそりと通ろうとしたら残念ながら見つかった。

話を要約すると入寮日の連絡ミスで部屋が出来ていないから明日まで面倒を見てやってくれとのこと。
断ろうとしたのだが眼前にその入寮予定のアイドルがいるので断りきれず引き受けてしまった。

「まぁ一日だけだけどよろしくね」
「よろしくでごぜーます! 杏おねーさん!」

市原仁奈は元気よくそう答えた。

仁奈は多種多様なアイドルを揃える私の事務所の中でも最年少組である九歳児で変わった口調と
可愛らしいキグルミが特徴の子だ。親の帰りが遅いとかそんな話をちらりと聞いたような気がするが
私があまり深入りするようなことではないだろう。

やたらと多い荷物を一旦私の部屋まで持って行き、夕飯時だったので案内がてら食堂に連れて行く。
仁奈が寮に来る事を知らなかったアイドルが多いらしく、彼女が食堂に入ると至るところから質問の
嵐が飛んできた。仁奈にその回答を任せて、私は二人分の夕飯を運ぶ。今日はハンバーグのようだ。

席に戻るころには仁奈の机の席は全部埋まっており、仕方なく他の机から椅子を持ってきて割り込む。
食べ終わっている人ばかりなのでどいてくれと言いたいところだが仁奈が楽しそうなのでやめよう。
仁奈は私の運んできた料理を見て、目を輝かせた。


11:2015/07/03(金) 23:08:14.07 ID:
「ハンバーグでごぜーますか! 仁奈が食べていいですか?」
「うん、食べよっか。なんか人が多いけど……」

その後は楽しく食事を終えた後、そのままみんなで寮の大浴場に入り、各自部屋に戻った。
時間はまだ九時ぐらいであったが仁奈が眠そうだったので就寝しようとしたのだが、布団が足りない
ことに気付く。仁奈の荷物もほとんどが着替えのキグルミで布団は入っていない。誰かから借りようか
と考えていると仁奈が服を引っ張る。

「仁奈は一緒の布団でいいですよ?」
「え、いや、さすがに狭いんじゃないかな」

試してみたらすんなり入れた。思うところはあるがそれは置いといて今日はこのまま寝ることにする。

「明日になったら仁奈も部屋が貰えるですか?」
「うん」
「一人ですか?」
「そうだね。基本一人一部屋だし」
「……ひとりぼっちは寂しーですよ」
「寂しくなったら誰かの部屋で寝ればいいんじゃない? 私の部屋でもいいけど」
「それなら……寂しくねーですよ……」

うつらうつらとしながら会話を繋いでいたがそこで瞼を閉じて、後は寝息を立てるばかりとなった。
今日の人気ぶりならみんな歓迎してくれるだろう。いや、きっと彼女が申し出なくてもみんなから
言い出すのではないだろうか。ここでなら彼女はきっと寂しくないだろう。
私は布団を少しだけかけて眠りに就いた。


12:2015/07/03(金) 23:08:41.45 ID:
この寮には大浴場がある。名前を聞くとまるで旅館についているような立派な物を彷彿とさせるが
なんてことはない。その通りなのだ。サウナ、露天風呂はないが水風呂とジャグジー風呂はある。
これはアイドル達の疲れを癒すために寮建設時に社長自ら提言したそうだ。金を惜しまず設備投資
してくれた社長には大変感謝したい。

しかしここも食堂と同じく利用可能時間が決まっている。大体夕方ぐらいから日付変わる少し前
ぐらいまでだ。風呂に入る時間というのは大抵夜だと相場が決まっているので特に不便に思うこと
はない。強いて言うなら朝風呂に入れないくらいだろう。だが部屋にユニットバスが付いているので
問題はない。

実は私はこの大浴場に密かな楽しみを見出している。それを行うにはまず誰よりも早く大浴場に入る
必要がある。そのため大浴場解放時間が近くなると私は入浴セットを持って、大浴場の前まで行って
待つ。ものぐさでぐうたらでめんどくさがりだと自他共に認める私がこの時間にはやっていたゲーム
もやめて、行って待つのだ。レッスンですらこんな時間厳守はしない。故によく怒られる。

解放時間になると掃除していた人が出てきて、ドアの横に掛けてある板をひっくり返す。準備中から
解放中になったと同時に私は更衣室に入り込み、すぐに服を脱いで浴室に突入する。桶と椅子を
引っつかみ近くの蛇口前まで移動。普段溜め込んだ力を解き放ち、体と髪を洗う。このたびに
自分の長い髪を恨めしく思い、小さい体に感謝を捧げている。しっかりと身を清めたら浴槽に入る前に
更衣室をみて誰も居ないことを確認する。誰かに見られるわけにはいかないのだ。

事が整ったらゆっくりと浴槽に足から入り、肩まで浸かる。そして頭に載っているタオルを浴槽の淵に
置いたら髪を結っていた紐を解き放ち、仰向けに浮かぶ。これが私の密かな楽しみなのだ。波のほとんど
ない湯船の上を力を抜いて浮かぶ。普段縛っている髪も解き放ち、何も身に着けずリラックスする。
幸いにもフラットなボディなので浮かぶのは容易い。


13:2015/07/03(金) 23:09:07.82 ID:
これを見つけたのは幼少組と一緒に入ってた時、幼少組と泳いで遊んでいる最中に発見したのだ。
もちろんそんなことすれば良識のある大人に怒られるので幼少組は大人の目を盗んでこっそりとやっている。
幼少組がおぼつかない様子で泳いでいるのを友紀と並んで見ている時に泳げるか尋ねられたので
面倒ながら犬掻きを披露したのだ。しかしすぐに疲れてうつ伏せで脱力しているときにこれがとても
気持ちがリラックスすることに気付いた。この状態だと息が苦しいが仰向けになれば、もっと気分が
いいかもしれない。だが私にも一応の羞恥心があるので人前で仰向けになって浮くことに抵抗があった。
なので別の日にまだ誰も入っていない解放直後に試してみたのだ。

こうして私は全裸で髪を解き放ち、誰も居ない中湯船に仰向けで浮かぶ楽しみに目覚めたのだ。
時折耳にお湯が入る事があるものの、そんなことが些細なものに感じられるほど気分が良い。
しかしそんな楽しい時間も長くは続かない。浮かびつつも耳を済ませていると更衣室の扉が開く
音が聞こえてくる。それがおしまいの合図なのだ。素早く起き上がり、濡れていた髪を浴槽脇で
絞る。そしてタオルを頭に乗せて、さも普通に入浴していましたという状態をかもし出すのだ。
そもそも私自身さほど長湯が出来る人間ではないので、誰かが来る前に引き上げる事もある。

私にだって乙女の秘密ぐらいあるのだ。だけどそれは誰にも言わないし、言えない。


14:2015/07/03(金) 23:09:36.14 ID:
アイドルマスターシンデレラガールズというアニメが放送されている。
わざわざ現実の私達をアニメ化して、しかも声は当人で揃えるというなんだかよくわからない
アニメなのだが、かつて違うプロダクションが同じ方法で成功したので私のプロダクションも
やることになったそうだ。私個人としては普段通り喋るだけでお金が貰えるので楽で良い。
内容はどのような選定基準で選ばれたのかわからない十四人のアイドルを中心に書かれる
成長物のようだ。なぜか私もその十四人に選ばれた。暗に成長しろと言われているような気がする。

評判は概ね好評。アニメなのに本当に私達とそっくりなことをするので少しばかし不気味ですらある。
未央が挫折から復活するシーンでは現実の未央が涙を流しながら応援し、蘭子回では現実の蘭子が
蘭子の言葉がわからないプロデューサーに最初は憤慨していたものの、終わり際には褒め称えていたり
最終回ではメインメンバー以上にちょい役で出れた奈緒が感動していたりと反応は様々だ。
私はアニメの中では縁の下の力持ちのようなやる時はやるみたいな描写をされていたが一体全体
どうすればあんな私が出来上がるのだろうとアフレコしているときから疑問に思っていたのだが
周りは納得している。これからはもっとやらない精神を出していこうと思う。

だがしかし、このアニメに対して真っ向から意を唱える人が一人いる。
プロデューサーだ。


15:2015/07/03(金) 23:10:05.66 ID:
実は言うとアニメのプロデューサーだけは別人なのだ。前回の別プロダクションがアニメ化した時は
アイドルもプロデューサーもその他もそのままの配役だったのだが今回はそうはしなかった。
プロデューサー自身がアニメ化の話を聞いたときには物語の枠組みや出演するアイドルなどと一緒に
プロデューサーだけは別の人にするということが決定していたそうだ。異議は無論却下された。
その代わりに白羽の矢が立ったのが当時事務員をしていた通称武内さんだ。どこでスタッフが彼の事
を知ったのかはわからないが、話は進められて彼がプロデューサーとして出演することになった。

私達と武内さんは今まで接点はなかった。アニメほどでないにしろ私達のプロダクションは巨大だ。
係わり合いのない人間は多数存在する。アニメ化の話を聞かされて、しかもいきなり初対面の人が
アニメではプロデューサーだと言われて、さらに武内さんもアニメと同様かなり口下手な人間
だったせいで収録する段階になってもまだギクシャクとしていた。だがアニメを通して、接点が増えていき
今ではアニメに出ていないアイドルからも「武内プロデューサー」と親しまれている。本人も最初は
困った様子だったが、満更でもなさそうな様子が伝わる。少し口下手だけど実直な良い人なのだ。

一方の本来のプロデューサーは「自分が見たいから」という理由で水着やらコスプレ系の仕事を
取ってきたり、アイドルの部屋に侵入して寝起きドッキリをしたりと人間性が疑われる行動が多いので
企業イメージを落としかねないということもあり交代に至ったのだろう。
ということ以前アニメ関連で絡んできたプロデューサーに話したら

「こんなクソ激務なんだからそのぐらい許されるだろう」

と真顔で答えていた。なんだかんだでこういったところを除けば面倒見の良い人ではあるから
アイドル達も付いてきているのだろうけど主役がこんな人間なのはよくないと思う。
私が言う事でも無いけど。


16:2015/07/03(金) 23:10:32.41 ID:
アイドルとなり、この寮に住み始めてからいくつの季節が巡ったかは覚えていない。
仕事は相変わらず面倒だけど、私の日常を守るためには頑張らないといけない。
今日も雪乃のお茶会に誘われたり、みくをからかったり、奈緒とアニメを見たり
かな子と智絵里とお菓子を食べたり、ライラに嘘の日本語を教えたりしながら
いつもの日常が過ぎて行く。


18:2015/07/03(金) 23:29:17.93 ID:
乙!
改行少ないのに読みやすいなんて珍しい


19:2015/07/04(土) 01:00:16.20 ID:
面白かった
こういうアイドルの秘密っていうか日常というか、とにかく好きだわ


20:2015/07/04(土) 09:29:42.12 ID:
梨木香歩の『家守綺譚』か




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元スレ:
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