1:2016/07/30(土) 17:35:04.69 ID:JAN9zXbv0




あるとき、彼女が放った言葉。

―――うん。楽しい。プロデューサーがくれる仕事は、みんな楽しいよ。

―――――もちろん、歌の仕事が一番嬉しいけど。

俺の持ってきた仕事に笑顔と成果で応えてくれる彼女のためにも
この笑顔だけは守らなくてはいけない。

全てに代えても守る、俺はそう誓った。

誓ったはずだった。




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2:2016/07/30(土) 17:35:30.03 ID:JAN9zXbv0


総選挙の結果発表から数週間後、
渋谷凛を担当する俺の元へとある仕事が舞い込んできた。

『総選挙上位メンバーによるラジオ企画へのゲスト出演の依頼』

全くふざけた話だ。

うちの凛は14位、これでは見世物ではないか。

『仮題:シャイニーナンバーズ 第四回 パーソナリティ森久保乃々』

なるほど。

『単独での進行の困難が予想されるため、進行の委任とその詳細を記載する』

そうか。

『今回の順位に対する気持ちは?』

まぁ、総選挙絡みのラジオだ。聞かなくてはならないのだろう。

『今回、他の上位アイドル数名とCDデビューするにあたって、その気持ちは?』

………。

出演に際しての資料を読み進めていけばいくほど怒りは増していく。

本当に、無神経にも程がある。



3:2016/07/30(土) 17:36:15.88 ID:JAN9zXbv0


この仕事は総選挙絡み、つまるところはうちのプロダクションからの直々のオファーということになる。

だから、断り辛い。…とでも俺が思うと考えたのだろうか。

事務所からの評価など端から、どうでもいい。

俺は俺が…俺と凛が楽しく仕事ができる環境を守りたいだけだ。

無論、突っ返す。今すぐにでも突っ返す。

そう思って、荒々しくデスクから立ち上がったその瞬間、事務所のドアが開いた。

「おはようございます」

凛だった。

凛は俺に気付くと事務所に入り他の社員に軽く会釈をしながら、俺のデスクまでやってきた。

「プロデューサー、おはよう」

「…おはよう。早いな」

「うん。今日の段取りは頭に入れてあるから問題ないんだけど」

「だけど?」

「その辺で時間潰すのも、めんどくさかったからプロデューサーのとこに来たってわけ」

「なんだそれ。俺は喫茶店か何か」

「ふふっ、かもね。それで、今日はプロデューサーが付き添ってくれるんでしょ?」

「まぁ、新規で取ってきた案件だからな。挨拶も兼ねて」

「…じゃあお仕事の時間まで、ちょっと付き合ってよ」

「んー、まぁいいか。そうだな。いつものとこにでも行こうか」



4:2016/07/30(土) 17:36:54.92 ID:JAN9zXbv0


その後、俺達は事務所から少し歩いたところにある喫茶店へ。

いつもなら弾むはずの道中の会話は俺の心情のせいか、あまり軽快とは言い難かった。

そして、店に到着し、からんころんと鳴るドアを開けと
「いらっしゃいませ、…2名だよね」と、顔見知りの店主が迎えてくれた。

「ええ。いつものでお願いします」

「あ、待って。すみません。私は今日はちょっと甘いのが欲しいです」

「ん。了解、じゃあ凛ちゃんにはアイスココアとかどうだろう」

「じゃあそれで」

「よっしゃ。それじゃあ腕によりをかけて淹れちゃうよ」

「「ありがとうございます」」

同時にお礼の言葉を受け取った店主は「仲良いねぇ」なんて言いながら奥へと入っていった。



5:2016/07/30(土) 17:37:22.28 ID:JAN9zXbv0


「ここ。おいしいし店長さんもいい人なのになんで流行らないんだろうね」

「流行っちゃったらいけなくなるけどな」

「それもそっか」

飲み物を待つ間、そんな失礼な会話を繰り広げていると
銀のトレンチに2つのグラスと何やらパイケーキのようなものを乗せた店主がやってきた。

「お待たせ」

「あれ、それって…」

「うん。これはサービスだよ」

「いや、いつもよくしてもらってるのにそんな申し訳ないです」

「…実はね、これね。うちのカミさんが自信作だから持ってけってうるさいんだ」

「ははは、本当にすみません。お言葉に甘えていただきます」

「押し付ける形でごめんね。味は保証するよ。それじゃ、ごゆっくり」

「「ありがとうございます」」

またしても重なる言葉を店主は「ホントに仲が良いねぇ」と冷やかすと、そのまま奥へ入っていった。

こんな感じで、ここの店は基本フロアに店員がいない。

店員と言っても店主とその奥さんだけなのだが。

毎度毎度、食い逃げ被害などに遭ってはいまいかと心配になるが今まで一度もないらしい。



6:2016/07/30(土) 17:38:07.27 ID:JAN9zXbv0


俺と凛は運ばれてきたアイスコーヒーとアイスココアに口をつける。

ああ、おいしいなぁ。暑い時期にはやっぱりアイスコーヒーだよな、と思った。

凛の方も丁寧にホイップの立てられたそれを口に付け、
にへぇと笑っているところを見るとどうやらおいしいらしい。

「…おいし」

笑みでは抑えきれず口からも零れたようだった。

「プロデューサー、これ。アップルパイかな」

「たぶん。熱いうちに食べようか」

「そうだね」

そう言って二人して、フォークを入れると
パイケーキはさくっという小気味の良い音を立てる。

そうして、切り分けたそれを口に運ぶと自然と笑みが零れた。

「うまっ」

「ふふっ、ほんとにおいしいね」



7:2016/07/30(土) 17:38:39.53 ID:JAN9zXbv0


間もなく俺と凛の皿は空になった。

「おいしかったね」

「ああ、後でお礼言わなきゃな」

「そうだね。………それで、さ」

相槌を打った後、急に凛は装いを正す。

「どうした。また改まって」

「プロデューサー、今日イヤなことあったでしょ」

情けなくて、泣けてくる。

どうやら担当アイドルに、見透かされていたようだ。

そうか。凛は俺の気分転換を図って誘ってくれたのか。

「……顔に出てたか?」

「ううん。普通だったよ」

「じゃあ、なんで」

「分かるよ。自分のプロデューサーだし」

どうやら俺は凛の前では今後隠し事は出来ないらしい。



9:2016/07/30(土) 17:39:41.39 ID:JAN9zXbv0


「それ、で。イヤなことあったんだよね? 話してみなよ」

凛はそう言った後に、「どうせ私のことでしょ?」と付け加えた。

隠すのはもう無理だな、と悟った俺は観念して全てを凛に話した。

仕事のこと。それから、俺がどう思ってるかについて。

凛は俺が全部を話し終わるまで、口を挟むことはなかった。

「……そっか。ありがとね」

全てを知った凛は少し寂しそうにそう言った。

「…だからな。この仕事、突っ返そうと思うんだ」

「…プロデューサーは突っ返したいんだ」

「ああ。もちろん」

「…私が、やるって言ったら?」

「だめだ。許可できない」

「私が傷つくから?」

「…………」

「やる。私やるよ。その仕事。私は大丈夫だから」

そう言って凛は息を大きく吸い込んだ。

「もう、心配しないでって。大丈夫。私には世界一の魔法使いがついてるからね」

震える声で言ったところで説得力ないだろうに。




10:2016/07/30(土) 17:41:10.81 ID:JAN9zXbv0


***



喫茶店で凛とアップルパイを食べた日から数週間が過ぎた。

ラジオの仕事は、結局受けた。受けてしまった。

そして、今日はその放送当日。

凛をスタジオに送ると、そのまま俺はスタジオの駐車場に車を停め車内でラジオに耳を傾けていた。

『…始まってしまった。無理です、無理。パーソナリティなんて森久保にはむーりぃ』

森久保乃々さんの高めの悲鳴と共にラジオが始まった。

ラジオから流れてくる凛の声は普段のものよりも、優しく宥めるような声だった。

おっかなびっくりの森久保さんを一つ一つ、誘導していくさまは流石とさえ思った。

ラジオは台本通り、進行しとうとう質問コーナーの時間となる。

『今回の総選挙についての感想。
卯月ちゃん、楓さん、三船さん、芳乃ちゃんとのCDデビューについての感想を教えてください
ってことだけど、まずは総選挙の結果についてはどう?』

『結果を見たときは何の冗談かと思いましたけど
そして今は引きずり出されて吊し上げられた森の動物のようなそんな気持ちです』

『え、えっと。嬉しく、ないの?』

『あの、どう受け止めたらいいのか森久保には荷が重い順位ですし』

『……んー、難しく考えなくていいと思う』

『さっき言ってたじゃない。応援してくれた人にはお礼を言わないと、って。
その気持ちを伝えたらいいんじゃない?』

やはり、酷ではないだろうか。

どれだけ望んでも手に入らないものを、引きずり出されたなどと言われては。

それでも、凛は声の調子を変えることなく先輩として、アイドルとしてアドバイスをする。

彼女の精神をただただかっこいい、素敵だと思った。



11:2016/07/30(土) 17:41:56.15 ID:JAN9zXbv0


『それじゃあ、卯月たち4人と一緒のCDデビューについては?』

『むーりぃ』

…言葉が出ない。

当事者ではない自分がここまで心を痛めているのだから、凛の気持ちは計り知れない。

にもかかわらず、声音を乱さず平静を装い後輩をサポートする彼女はプロフェッショナルという他なかった。

断言する。間違いなく俺の担当アイドルは世界一だ。

そう言い切れるだけの仕事をしていると思った。



12:2016/07/30(土) 17:42:27.10 ID:JAN9zXbv0


『じゃあ乃々、最後を締めてくれる?』

『終わりの言葉は私の憧れの言葉です。みなさんがこれからもずっとずっときらきらの魔法につつまれますように』

『せーの』

『ばいばーい』

『あ…ばいばい』

『ふふっ』

こうして、放送は無事終了した。

さぁ、迎えに行こう。

自慢のアイドルを。

世界で一番頑張ったシンデレラを。



おわり



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