1:2018/04/21(土) 06:23:04.95 ID:46VT0rF00


――CiRCLE カフェテリア――

氷川紗夜「はぁ……」

湊友希那「あら、紗夜?」

紗夜「湊さん……こんにちは」

友希那「ええ、こんにちは。どうしたの? まだスタジオ練習まで1時間くらいあるわよ?」

紗夜「そういう湊さんこそ、随分と早くないでしょうか」

友希那「私は少しやることがあったのよ」

紗夜「……そうですか」

友希那「何か悩みごとかしら?」

紗夜「そう見えますか?」

友希那「ええ。こんな天気のいい日にため息を吐いていたら誰だってそう思うわ」

紗夜「…………」

友希那「対面の席、座るわね」

紗夜「やることがあるのではないんですか?」

友希那「別に、いつでも片付けられる用事よ。それよりも今は紗夜のことが気になるもの」

友希那「話を聞くくらいなら、私だっていつでも出来るわよ」

紗夜「そう、ですね……1人で悩んでいても仕方のないことですし、少し話に付き合ってください」

友希那「ええ」

紗夜「……湊さん、今の私のギターはどう聞こえますか?」

友希那「紗夜のギター?」

紗夜「はい」

友希那「そうね……いつも通り正確で頼もしい音、ね」

紗夜「……やはりそうですか」


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2:2018/04/21(土) 06:23:49.66 ID:46VT0rF00


友希那「……それが紗夜の悩み?」

紗夜「はい。自分の音に誇りを持つと誓ってから、色々と考えてギターを弾いてはいるのですが……最近はどう弾いても何も変わり映えがしない、という印象が拭えないんです」

紗夜「もちろんあの秋の頃のように悩みすぎて自分を見失うということはありませんが、今よりも上を目指すためには何かが足りないような気がしてしまって……」

紗夜「引っ込み思案な白金さんも、自分自身を変えようと色々な部活に体験入部していました。そして、それをきっかけに自分からピアノのコンクールに出場すると決意をしています」

紗夜「……それに比べて私は新しいことにも挑戦せず、ただ足踏みをしているだけなのではないか、と。だからいつまでも何も変わらないのではないか……そんな風に考えてしまうんです」

友希那「なるほどね……」

紗夜「悩みだしたらキリがないことは分かってはいるんです。ただ私はこういう性分ですから、一度考えてしまうとそれが気になってしまって……」

紗夜「今日も早くここへ来たのは、そういった考えを整理しようと思ってのことなんですが……考えれば考えるほど深みに嵌まってしまっている状況、といったところなんです」

友希那「……分かったわ。それじゃあ、こうしてみるのはどうかしら」

紗夜「え?」

友希那「一度、ロゼリア以外の人とバンドを組んで演奏をしてみましょう」

紗夜「他のバンドと、ですか?」

友希那「ええ。あなたは実感がないのかもしれないけど、私は紗夜のギターは少しずつ良い方へ変わってきていると思うわ」

友希那「それでも紗夜自身が何も変わり映えしないように感じるのなら、いっそ周りの環境を変えてみればいいのよ」

友希那「ロゼリアにはロゼリアの音楽がある。当然、他のバンドにも他のバンドの音楽がある」

友希那「その中に少し身を置いて演奏をしてみれば、きっとその紗夜の悩みも良い方向に改善できると思うわ」

紗夜「……そうでしょうか」

友希那「私はそう思うわ。幸い直近で大きなライブも控えていない。今はロゼリアだけに集中をしていなくても大丈夫なんだし、これも良い機会じゃないかしら」

友希那「あなたの学校にもガルパに参加したバンドのメンバーが沢山いるでしょう? 彼女たちはみんないい子だし、快く協力をしてくれると思うわよ」

紗夜「…………」

紗夜「そうですね。いつまでも考えてばかりいるだけでは何も変わりませんし……それがいいかもしれませんね」

友希那「ええ。いつもとは違う環境でギターを弾くのはきっといい刺激にもなるわ」

紗夜「ありがとうございます、湊さん。早速明日から知った顔に声をかけてみます」

友希那「これくらい仲間のためなら当然の行動よ。紗夜のギターにどんな変化が起こるのか楽しみにしてるわね」

紗夜「はい、期待を裏切らないように精進します」


――――――――――
―――――――
――――
……


3:2018/04/21(土) 06:25:02.10 ID:46VT0rF00


――翌朝 花咲川女子学園――

紗夜(湊さんからアドバイスは貰ったものの……誰に声をかけようかしら)

紗夜(風紀委員の仕事として、校門で登校してくる生徒たちの服装チェックを行いながら、脳裏に知り合いの顔を思い浮かべてみる)

紗夜(暦は4月。春休みも終わり、私は3年生になっていた)

紗夜(入ってきたばかりの新入生には顔見知りはいない)

紗夜(1つ年下の2年生にはポッピンパーティーの5人。それとハローハッピーワールドの弦巻さん、奥沢さん、北沢さん、パステルパレットの若宮さん)

紗夜(私と同い年では、松原さん、丸山さん、白鷺さん……白金さんは今回の趣旨からは外れるわね)

紗夜(この中のギター以外の人間に話を持ちかけるのだけれど……普段、あまり接点のない人ばかりだ)

紗夜(どうしたものかしら……)

北沢はぐみ「おはよーございまーす!」

松原花音「おはようございます」

紗夜「はい。おはようございます、北沢さん、松原さん。……北沢さん、元気な挨拶は結構ですが、制服はどうしたんですか?」

はぐみ「バッグの中に入ってるよ~!」

紗夜「……質問が悪かったわね。どうしてあなたはジャージで登校しているのかしら?」

はぐみ「1時間目が体育だし、どうせ着替えるなら家から着ていった方が早いかな~って思ったんだ!」

紗夜「気持ちは分かりますが、登下校の際は制服を着用するようにと校則で決まっています。……これは何度か言いましたよね」

はぐみ「うっ……確かに言われたよーな気が……」

紗夜「はぁ……」

紗夜(悪気のなさそうな反応にため息を吐きながら思う。どうにも彼女が少し苦手だ)


4:2018/04/21(土) 06:25:34.08 ID:46VT0rF00


紗夜(……いや、苦手というのは語弊があるわね)

紗夜(北沢さんの、良くも悪くも純真で人懐っこいあどけなさが……幼いころの日菜と少し重なって見えてしまう)

紗夜(そうなるとどうにも強く注意が出来なくなってしまうのだ)

紗夜(日菜に対して未だに何かの負い目を感じている、という訳ではないと思う。ただ思い出はいつでも美しく見えるものだ)

紗夜(北沢さんの笑顔を見ると、小さなころの妹の屈託のない笑顔が脳裏をかすめる。すると私のものさしは幾分か甘い方向に狂ってしまうようだった)

紗夜(本来ならば再三の指摘に応じないとなると生徒指導室に呼び出すことになるのだが、私は何度か同じことをしている彼女を見逃してしまっている)

紗夜(与えられた職務に対して責任を全うしていないことに後ろめたさを感じるが、それでも私は『次から気を付けるように』という言葉を出してしまうのだ)

紗夜(しかしいい加減にこんな贔屓じみたことをするのはやめなくてはいけないだろう)

はぐみ「ごめんなさい、紗夜先輩……」

紗夜「…………」

紗夜(しゅんと落ち込んだような表情を見て、「次から気を付けるように」と喉元まで出かかった言葉をどうにか飲み込む)

紗夜「生徒指ど……いえ……」

紗夜(しかし用意しておいた「生徒指導室へ来るように」という言葉も、『そこまでするのは可哀想か』という身勝手な情状酌量によって止まってしまった)

紗夜(中途半端なところで区切ってしまった言葉の続きをどうするべきか悩む)

紗夜「……お昼休みに話があります。昼食を食べ終わったら、中庭まで来てくれませんか? 出来れば松原さんも一緒に」

はぐみ「はーい……」

花音「えっ、わ、私も……!?」

紗夜(そして最終的に出された言葉は、贔屓どころかただの私用にすぎないものだった)


……………………



5:2018/04/21(土) 06:26:30.94 ID:46VT0rF00


――昼休み 中庭――

紗夜「……いい天気ね」

紗夜(私は中庭にあるベンチに座り、誰に聞かせるでもなく独り呟く)

紗夜(自分の勝手な都合で北沢さんと松原さんを呼び出しておいて遅刻する訳にはいかなかった。だから私はお昼休みになってすぐに中庭までやってきた)

紗夜(ここで昼食を済ませてしまえば彼女たちを待たせるようなこともないだろう。その目論見通り、中庭にはまだ2人の姿は見えなかった)

紗夜(大きな桜の木と、その周りで友人同士とお弁当を広げる生徒たちを眺めつつ、私も自分の膝の上に自作のお弁当を広げる)

紗夜(羽沢珈琲店でのお菓子教室以降、たまに自分でも簡単な料理を作ってみたりしている。腕の方はまだまだ未熟であるが、自身で食べる分には問題ないくらいのものは作れるようになった)

紗夜「いただきます」

紗夜(小さく声に出してお弁当を食べ始める)

紗夜(時おり吹き抜ける風が桜の花びらを舞わせる。今年も気付けば春になっていて、いつの間にか桜も半分ほどは舞い落ちてしまっていた。もう今年の桜は散る一方だろう)

紗夜(ただ、私は今くらいの桜がそれなりに好きだった。ありふれたノスタルジーに浸れる寂しげな雰囲気が妙に心地いい)

紗夜(花は桜木、人は武士……とはよく言ったものだ)

花音「あ、さ、紗夜ちゃーんっ」

紗夜(お弁当を食べ終わってぼんやり桜を眺めていると、右手側から松原さんの声が聞こえた。そちらへ顔を向けると、彼女がこちらへ走ってくる姿が見える)

花音「ご、ごめんなさい、遅くなっちゃって……」

紗夜「いいえ、いいんですよ。私が早く来すぎただけですから」

花音「う、うん……」

紗夜(私の返事に頷くものの、何故か松原さんは直立不動になっていた)

紗夜「……どうしてそんなに畏まっているんですか?」

花音「え、えっと……私、なにか気付かないうちに校則違反でもしてたのかなって……」

紗夜「ああ……なるほど……」

紗夜(どうやら松原さんは、私から呼び出されたのは何かをしでかしてしまったからだと思っているようだった)



6:2018/04/21(土) 06:27:32.33 ID:46VT0rF00


紗夜「すみません、松原さん。言葉足らずでした」

花音「え?」

紗夜「あなたと北沢さんをこちらに呼んだのは風紀委員としてではありません。その、非常に申し訳ないのですが、個人的なお願いがあってのことだったんです」

花音「そ、そうだったんだ……よかったぁ……」

紗夜(松原さんはそう言って大きく息を吐き出した。その反応を見るに、私の配慮が足りなかったせいでいらぬ気苦労を負わせてしまっていたようだ)

紗夜「本当にごめんなさい。本来ならお願いする立場の私があなたたちの元へ出向くのが道理だったんですが……あの場でもっと説明するべきでした」

花音「あ、ううん、全然大丈夫だよっ」

花音「それで、私とはぐみちゃんにどんな用事があったの?」

紗夜「それはですね――」

はぐみ「こんにちは~っ! 紗夜先輩、かのちゃん先輩!」

紗夜(言いかけた言葉が大きな声に遮られる。声のした方へ視線を動かすと、元気いっぱいな笑顔で駆け寄ってくる北沢さんの姿が見えた)

花音「こんにちは、はぐみちゃん」

紗夜「こんにちは」

はぐみ「お待たせしちゃってごめんね。ちょっと迷子になってる新入生の子がいたから、職員室まで案内してあげてたんだ」

紗夜「いえ、いいんですよ。私の都合でここに来てもらったんですから。それよりも、下級生に親切にするのは素晴らしいことだと思いますよ」

はぐみ「えへへ、困ってる人がいたら助けろってとーちゃんにもよく言われてるからね! 当然の行いだよ!」

はぐみ「それに道案内ならかのちゃん先輩で慣れてるしね!」

花音「うぅ……いつもごめんね、はぐみちゃん」

はぐみ「んーん、全然ダイジョーブだよ! それで、紗夜先輩の用事って? あっ、もしかして……ジャージで登校してたから、罰として中庭の草むしりをやれとか!?」

紗夜「いいえ、違いますよ。ジャージの件は今後気を付けてくれれば結構です」

紗夜「今日ここに来てもらったのは、私の個人的なお願いがあるんです」

はぐみ「個人的なお願い?」



7:2018/04/21(土) 06:28:04.64 ID:46VT0rF00


紗夜「ええ。2人とも、もし今後予定が空いているようなら……しばらく私とバンドを組んでくれませんか?」

花音「バンドって……」

はぐみ「はぐみたちがいつもやってる、あのバンド?」

紗夜「はい、そのバンドです。あ、もちろんあなたたちのバンドを抜けて、とかそういった話じゃありませんよ。私もロゼリアを脱退する訳ではありませんから」

花音「そ、そうだよね、よかった……。でも、どうして?」

紗夜「……恥ずかしい話なのですが、最近、自分のギターに何かが足りないと悩むことが多くなっていまして……」

紗夜「それを湊さんに相談したら、ロゼリア以外の人たちと1度演奏をしてみればいいとアドバイスを貰ったんです」

紗夜「ですから、これは完全に私の身勝手なお願いです。都合が悪いようなら断ってもらって平気な――」

はぐみ「はぐみはいーよ!」

紗夜(言い切る前に、北沢さんから元気な声が発せられる。それに少し呆気に取られてしまった)

紗夜「……お願いしている立場で言うのもなんですが……そんなにあっさり了承してしまっていいんですか?」

はぐみ「え? どうして?」

紗夜「どうしてって……北沢さんにも松原さんにも個人的な事情や、ハローハッピーワールドの活動があるでしょう?」

はぐみ「それならヘーキだよ! はぐみ、ソフトボールも今はそんなに忙しくないし!」

紗夜「だとしても、バンドの方は……」

はぐみ「はぐみたちは世界を笑顔にするバンドだもん! 紗夜先輩が困って笑顔じゃないなら、紗夜先輩を助けて笑顔にするのもハロハピの活動だよ!」

紗夜「北沢さん……」

花音「そうだね、はぐみちゃん。私も大丈夫だよ、紗夜ちゃん」

紗夜「松原さんも……」

紗夜「……すみませ――いや、ありがとうございます、2人とも」

紗夜(2人の厚意に感謝の気持ちと少しの申し訳なさが胸中に沸き起こる。本当に、この1年で私は素晴らしい人間関係に恵まれたのだと思う)

紗夜「短い間ですが、よろしくお願いします」

はぐみ「うん! よろしくね!」

花音「よろしくお願いします」


……………………



8:2018/04/21(土) 06:28:37.97 ID:46VT0rF00


紗夜(お昼休みに北沢さんと松原さんにバンドの件を快諾してもらい、それから残りのメンバーをどうするかという話になった)

紗夜(残りはボーカルとキーボード。ちょうどハローハッピーワールドのメンバーがギターの瀬田さん以外全員花咲川に通っているので、そこに私が入るのはどうか、という案もあった)

紗夜(しかし、「せっかくならいつもとほとんど違うメンバーで演奏をしてみたい」という北沢さんの要望があり、私もそれに頷いた)

紗夜(それから「かーくんとかに一緒にやらないか聞いてみるね!」という北沢さんの厚意に申し訳ないが甘える形になった)

紗夜(誘ったメンバーとは、放課後に、昼休みの時と同じく中庭で顔合わせをすることになっていた)

紗夜(そしてそれが今である)



9:2018/04/21(土) 06:29:34.86 ID:46VT0rF00


戸山香澄「紗夜先輩っ、よろしくお願いしますね!」

若宮イヴ「よろしくお願いしますっ!」

紗夜「戸山さん、若宮さん、私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます」

香澄「いえいえ! ガルパの時もみんなで演奏してすっごく楽しかったですし、むしろはぐに誘ってもらえて嬉しいですよ~!」

イヴ「義を見てせざるは勇なきなり、です! 困っている人を助けるのはブシドーの心得ですから、どうぞお気になさらないでください!」

紗夜「そう言ってもらえると助かります。2人とも、よろしくお願いしますね」

紗夜「北沢さんもありがとうございます。私だけではこんなにスムーズにメンバーを集められませんでした」

はぐみ「どういたしまして! えへへ、きっとこの5人なら楽しいね!」

花音「そうだね、はぐみちゃん」

紗夜「…………」

紗夜(メンバーを集めてもらったことはとてもありがたいことだ)

紗夜(それにこんなわがままにも笑顔を付き合ってくれる良い人ばかりなのも感謝してもし足りないくらいだ)

紗夜(それはもちろん分かっている。ただ……)

香澄「こうやってポピパ以外の人と演奏するの久しぶりだなぁ。えへへ~、なんだかすっごくドキドキする!」

イヴ「私もです! こうしてまた一歩、ブシドーを極められますね!」

はぐみ「どんな曲やろっか? はぐみはしゃらら~ってしてシューン! ってする感じの曲とかがいいな!」

紗夜(……先行きに若干の不安じみたものを感じるのはどうしてだろうか……)

香澄「んー、しゃらら~ってしてシューン! とする感じの曲か~、どんなのがあるかなぁ~。紗夜先輩はどういう曲がやりたいっていうの、ありますか?」

紗夜「私は……そうですね……」

香澄「あっ、ちなみに私はありますっ! やってみたいな~って思ってた曲があるんですよねっ! でもそれはポピパでっていうのとはちょっと違うかなって思ってたんで、それがやってみたいです!」

紗夜「そ、そうですか。であれば、私はそれでも――」

はぐみ「あー、かーくんずるい! はぐみもやってみたいなって曲あるよ~!」

イヴ「私はみなさんにおまかせです!」

花音「わ、私も、おまかせで……」

紗夜「……では、戸山さんか北沢さんのどちらかの希望の曲にしましょうか」



10:2018/04/21(土) 06:30:11.24 ID:46VT0rF00


香澄「ぃよーし、それじゃあはぐ! 正々堂々、じゃんけんで決めよう!」

はぐみ「負けないよー、かーくん!」

紗夜(そう言って、2人は真面目な顔をして向き合う。ロゼリアであればじゃんけんで演奏をする曲を決めるなど見られない光景だ)

紗夜(仮定の話だけど、実際にそんなことで曲を決めるとしたらどんな時だろうか。……精々、ライブの最後のアンコールで演奏する曲を決める時とか、そのくらいだろう)

香澄「やったーっ、勝ったぁ~!」

はぐみ「うぅ~……負けちゃった……」

紗夜(そんなどうでもいいことを考えていると勝負がついたようだ)

香澄「えへへ、それじゃあ曲は私のやりたいやつでお願いします!」

紗夜「はい、分かりました。……北沢さん、残念でしたね」

はぐみ「うーん、残念だけど負けちゃったものはしょうがないもんね。よーし、それじゃあかーくんの曲で頑張るぞ~!」

紗夜(しょぼんと落ち込んだ様子から一転して、北沢さんはすぐに笑顔になって右こぶしを空へ突き上げる)

紗夜(その変わり身の早さ……というか、後腐れのしないさっぱりとした明るさに思わず笑みが零れた)

香澄「うん、一緒に頑張ろーっ!」

イヴ「カチドキですね! えい、えい、おーっ!」

花音「が、頑張ろうね、紗夜ちゃん」

紗夜「……ええ、そうですね」

紗夜(松原さんの言葉に頷く。改めて顔ぶれを見ると、所属もバラバラのちぐはぐなバンドだ。どんな音楽が生まれるのか想像も出来ない)

紗夜(でも、心の中に明るい感情が生じているような気がしていた)


――――――――――
―――――――
――――
……



11:2018/04/21(土) 06:31:15.01 ID:46VT0rF00


――氷川家 紗夜の部屋――

紗夜(臨時のバンドを組むことになってから1週間が過ぎた)

紗夜(私に付き合ってくれるみなさんには自身の予定を最優先してもらって、その合間に演奏する曲を練習して欲しいと言ってある)

紗夜(当然私もロゼリアでの練習が最優先であり、戸山さんの希望する曲を練習するのは主に1日の終わり、床につく前のこの時間だった)

紗夜(フレットに手を滑らせ、弦を押さえる。そしてピックでそれをはじく)

紗夜(普段ロゼリアでは演奏をしないような調子の曲だった)

紗夜(エレキギターに繋いだヘッドフォンアンプからは私の音が聞こえる。いつも通りの音だ)

紗夜(でも、その音がいつもと少し違って聞こえるような気がしないでもなかった)

紗夜(それは普段演奏しない曲調のものだからか、それとも春の夜の温い空気が私を感傷的にさせているからか)

紗夜(新鮮さと懐かしさ、そんな矛盾している感情の波音が胸中で穏やかにさざめき合う。言葉にすると理解が追い付かないが、そんな気分だった)

紗夜「……? メッセージが来てるわね」

紗夜(視界の隅でスマートフォンのランプが点滅しているのに気付く。ヘッドフォンを外してディスプレイを覗き込むと、戸山さんからのメッセージだった)

香澄『夜遅くにすいません! 紗夜先輩、ちょっとこの曲のフレーズで気になる場所があって、どういう感じで弾けばいいかアドバイスをくれませんか??』

紗夜「…………」



12:2018/04/21(土) 06:31:52.21 ID:46VT0rF00


紗夜(きっとこれは何でもないメッセージだろう。分からないところがあるから教えてほしい、というありきたりなやり取りだ)

紗夜(それがやけに新鮮に感じられる)

紗夜(ロゼリアではギターは私1人だ。だから全体的な音楽の方向性でメンバーにアドバイスをすることはあっても、ギターだけに限ったアドバイスをすることはなかった)

紗夜「……あの頃はどんな気持ちだったかしら」

紗夜(ポッピンパーティーに誘われて、ガールズバンドパーティーに参加したことを思い出す)

紗夜(その時も戸山さんにギターの指導を行ったが、あの時の私は『技術が全てだ』と言っていた記憶があった)

紗夜(それは確かに間違いじゃなく、今までも1番確かな、誰の耳にでも分かる『演奏技術』に重きを置いてギターを奏でてきた)

紗夜(……であれば、これは遠回りじゃないか)

紗夜(迷っても、変わり映えしないと感じても、ひたむきに練習を重ねること。それが氷川紗夜のギターだった)

紗夜(人にアドバイスをしている暇などなくて、足を引っ張るメンバーは切り捨てて、ただ高みを目指す。それが私の理想)

紗夜(……の、はずだった)

紗夜『こんばんは。ええ、大丈夫ですよ。どのフレーズかしら?』

紗夜(戸山さんに返信をしてから、自嘲に似たため息が口から漏れる)

紗夜(こんな音楽も悪くはないんじゃないか……と)

紗夜(そう思う私を昔の私が見たらどんな反応をするのだろうか。きっと『そんな甘えた考えで音楽をやるだなんて、ふざけないで』と言うだろう)

紗夜(その自分の姿が易々と想像できて、それが少しおかしかった)


――――――――――
―――――――
――――
……



13:2018/04/21(土) 06:32:54.04 ID:46VT0rF00


――CiRCLE スタジオ内――

紗夜(戸山さんにアドバイスを送った夜が明けた今日、臨時バンドの初の音合わせとなっていた)

紗夜(放課後に校門で待ち合わせて、5人揃ってCiRCLEを目指して歩いた)

紗夜(当然と言えば当然のことだった。しかし私はそれに対して、またもどこか新鮮さを感じていた)

紗夜(……ただ、あまりにも元気すぎる年下3人組に少し呆れはしたけれど)

香澄「ふんふんふーん♪ いつも有咲の蔵で練習してるから、こうやってスタジオに入るのってなんか新鮮だなーっ」

紗夜「戸山さんたちはあまりスタジオには来ないんですか?」

香澄「はい! 有咲の家に蔵があって、いつもそこでポピパは練習してるんですよっ」

紗夜「へぇ……」

はぐみ「はぐみたちもスタジオにあんまり来ないかなぁ~。こころんのお家で練習することが多いと思う」

花音「そうだね。私のドラムセットもこころちゃんのお家に置かせてもらってるし」

紗夜「……確かに弦巻さんのお宅であれば大抵のものは揃いそうね」

イヴ「パスパレもあまり、ですね。事務所にそういった設備がありますから」

紗夜「みなさん、恵まれた環境にいるんですね」

紗夜(改めて思い起こしてみると、確かにスタジオでよく顔を合わせるのはアフターグロウのメンバーだった。毎度毎度スタジオを借りる必要がないのであれば、金銭的にもずいぶんと助かるだろう)

紗夜(そういえば昔に日菜が言っていたわね。音楽関係の出費はパステルパレットの経費で落とせると)

紗夜(……あの時も私は日菜に対してキツく当たってしまっていたな、などという思い出も一緒に蘇り、少しだけ胸の内に苦いものが広がる)

はぐみ「あれ? 紗夜先輩、ちょっと辛そうな顔してない? どこか調子とか悪い?」

紗夜「いいえ、なんでもありませんよ」

紗夜(自分としてはそういう気持ちを顔に出したつもりはなかった。しかし北沢さんにそれを見透かされたように、心配の言葉を投げられたことに少し驚く)

紗夜(彼女はいつも明るくまっすぐで……失礼な話だが、感情の機微に関しては疎そうだと勝手な印象を抱いてしまっていた)

はぐみ「そう? ならよかった!」

紗夜「……心配してくれてありがとうございます。優しいのですね、北沢さんは」

はぐみ「えへへ、はぐみ、ソフトボールでもキャプテンだからね! みんなに優しくするのは当然のことだよ!」

紗夜(謙遜するでもなく照れるでもなく、褒められたことが誇らしいというように北沢さんは胸を張る)

紗夜(その微笑ましい反応を見てフッと笑みが漏れる。それと一緒に胸中の苦みも出ていってしまったようだ)

紗夜「それでもありがとうございます」

はぐみ「うんっ、どういたしまして!」

紗夜「では、準備をして早速始めていきましょうか。まずは1度、通しで合わせてみましょう」


……………………



14:2018/04/21(土) 06:33:30.17 ID:46VT0rF00


紗夜(普段は違うバンドで演奏しているメンバーだからある程度のちぐはぐな部分はどうしても出てくるだろう)

紗夜(ただ、ベースの北沢さんとドラムの松原さんは同じハローハッピーワールドのメンバーだ。リズム隊が慣れた人同士ならばそんなに崩れた音楽にはならないはずだ)

紗夜(……なんて思っていた私は甘かったのかもしれない)

香澄「イェーイ!」

イヴ「ブシドー!」

はぐみ「あははは!」

花音「ふえぇ……」

紗夜「…………」

紗夜(テンションが上がった戸山さんのギターが走る。とにかく走る。歌声も走る)

紗夜(若宮さんはそういう走る音に慣れているのか、戸山さんに合わせて実に楽しそうに鍵盤を叩いている)

紗夜(北沢さんも同じく、笑いながら戸山さんに追いつけ追い越せと言わんばかりに弦を弾いている)

紗夜(その中で松原さんだけが迷走しているリズムを留めようとしていたが、結局3人に引きずられている)

紗夜(そしてそんな先走り続ける4人に私も合わせるしかなく、演奏はどんどん駆け足になっていくのだった)

香澄「ふぅ~! やっぱりポピパ以外の人と演奏すると新鮮だなぁ~!」

イヴ「はい! 私もなんだかとても楽しかったです!」

はぐみ「だねだね! いつものもいいけど、こういうのもすっごく楽しいね!」

紗夜(最後のフレーズを弾き終わると、戸山さんは大きく息を吐き出して満足そうに声を上げ、それに若宮さんと北沢さんが同調していた)

紗夜「…………」

紗夜(仲良くじゃれ合う3人を眺めつつ、私は今の感情をどう表現するべきかを考えていた)



15:2018/04/21(土) 06:34:27.28 ID:46VT0rF00


花音「あ、あの、紗夜ちゃん……?」

紗夜「……どうかしましたか、松原さん」

花音「えっと、気持ちは分かるけど……あんまり香澄ちゃんを怒るのは……その……」

紗夜「大丈夫です、松原さん。いま頭の中を整理していますが、怒るとかそういう気持ちはないですから」

花音「そ、そう?」

紗夜「はい。……それにしても、松原さんはすごいですね」

花音「え?」

紗夜「力強く芯のある音をずっと出していました。3人のリズムに引きずられても大元のリズムは崩れそうにありませんでしたし……とても頼りになるドラムです」

花音「あ、うん……」

花音「でも、ハロハピだとリズムがあっちこっちに行っちゃうのはよくあるから……そういうのに慣れちゃっただけかもしれないけど……」

紗夜「そうだとしても頼りになることは間違いありませんから。あなたを誘って本当に良かったと思っていますよ」

花音「そ、そうかな? えへへ……ありがと、紗夜ちゃん」

紗夜「はい」

紗夜(ふにゃりとはにかむ松原さんを見ながら、自分の中にあった感情が大体整理できた気がする)

紗夜(……ちぐはぐで、元のリズムなんかを無視した、おおよそロゼリアではしないような演奏。それを私は少し楽しいと感じていた)

紗夜(もちろん正確なリズムを刻まなくては、という気持ちも胸中にはあった)

紗夜(しかし北沢さんと戸山さんと若宮さんがとても楽しそうな表情で演奏しているのを見ると、そんな音楽もいいか、と肩の力が抜けるのだ)

紗夜(力の抜き加減がどうこうと今まで考えていたけれど、それを考えること自体が少し違っていたのかもしれなかった)



16:2018/04/21(土) 06:35:03.07 ID:46VT0rF00


紗夜(『余裕』)

紗夜(自分の目指す音以外を許容して、ありのままに音楽を奏でること。走る音の中にいればそれに合わせ、きっちり決める音の中にいれば自分の目指す音を奏でる)

紗夜(私に1番足りなかったものは、ギターを弾くことを楽しみ、色々な音楽を受け入れられる『余裕』だったのかもしれない)

香澄「紗夜さんはどうでしたか、今の演奏?」

紗夜「……そうね。このメンバーらしい演奏だったと思います」

紗夜(戸山さんから声をかけられて、私は思考の海から意識を現実に戻す)

香澄「えへへ、やっぱりそう思います?」

紗夜「はい。……ただ、戸山さん。気持ちは分かりますが走り過ぎです」

香澄「うっ……」

紗夜「北沢さんと若宮さんもです。戸山さんに釣られすぎですね」

イヴ「楽しくってつい……」

はぐみ「ごめんなさーい……」

紗夜「謝る必要はありませんよ。それがみなさんの持ち味なんですから。ただ、少しだけ松原さんのドラムを意識して弾いてみてください」

花音「ふぇ!? わ、私の音を……!?」

紗夜「はい。松原さんのドラムは力強いですからね。迷子になりそうなリズムも少しは抑えられるはずです」

香澄「あ、確かに! 花音先輩のドラムってすっごくいい音しますよね!」

イヴ「はい! まるでお城の石垣のようにどっしりとしています!」

花音「そ、そうかな……」

はぐみ「そりゃあそうだよ! だってしょっちゅうドラムのスティック折るくらいだもん!」

はぐみ「意外と力持ちだよね、かのちゃん先輩!」

花音「それ……褒められてるのかな……」

紗夜「ふふ……」

紗夜(和気あいあいと話をする4人を眺めながら、口元には自然と笑みが浮かんだ)

香澄「それじゃあ紗夜先輩のアドバイス通り、次は花音先輩のドラムを意識してみますね!」

紗夜「ええ。ただ、あまり意識しすぎなくても平気ですよ。いざ走ったとなれば、私と松原さんがそれに合わせますから。北沢さんと若宮さんも同じくです」

香澄「はい! ありがとうございますっ!」

はぐみ「よーし、それじゃもう1回合わせてみようよ!」

イヴ「そうですね! サヨさんのアドバイスを生かしましょう!」

花音「その、役に立てるか分からないけど……頑張るね」

紗夜「はい。頑張りましょう」


――――――――――
―――――――
――――
……



17:2018/04/21(土) 06:36:13.69 ID:46VT0rF00


――CiRCLE カフェテリア――

紗夜(北沢さんたちとの初めての音合わせを行った次の日、今度はロゼリアでのスタジオ練習があった)

紗夜(いつも通りに早めにCiRCLEまでやってくると、春の陽気を浴びながらカフェの一席でコーヒーを飲んでいる湊さんを見つけた。私はそれに声をかける)

紗夜「こんにちは、湊さん」

友希那「ええ。こんにちは、紗夜」

紗夜「対面の席、よろしいですか?」

友希那「どうぞ」

紗夜「失礼します」

友希那「……どう? いつもと違うバンドの中で演奏した感想は?」

紗夜「湊さんの言った通り、とてもいい刺激を受けていますよ」

友希那「ふふ、やっぱりね。最近はとてもいい顔をしているもの」

紗夜「そう見えますか?」

友希那「ええ。明るい表情になっているわ」

紗夜「……ありがとうございます、湊さん」

友希那「お礼を言われることなんてしていないわ。私はただきっかけを提案しただけだもの」

紗夜「そのきっかけがとても重要だったんです。なので、お礼は言わせてください」

友希那「そう? それなら素直に受け取っておくわね。どういたしまして」

紗夜「はい」

友希那「ところで、紗夜」

紗夜「なんでしょうか?」

友希那「花咲川で組んだバンドなんだけど……これからのこととかって何か考えてる?」

紗夜「これからのことですか? いいえ、特には……」

紗夜「もちろん1度あのメンバーでステージに立ってみたいという気持ちはありますけど、みなさんの都合もありますからね。そう何曲も練習に付き合ってもらう訳にはいきませんし」

友希那「そう。ならよかった」



18:2018/04/21(土) 06:36:46.87 ID:46VT0rF00


紗夜「……はい? 何がよかったんですか?」

友希那「ふふふ……紗夜ならそう言うと思って、私の方でも色々と準備を進めていたのよ」

紗夜「準備ですか? 一体何の?」

友希那「対戦的な意味での対バンよ」

紗夜「……はい?」

友希那「紗夜が花咲川でバンドメンバーを集めたように、私も羽丘の生徒でバンドメンバーを集めたのよ」

紗夜「えっ……」

友希那「紗夜の率いる花咲川バンド対私の率いる羽丘バンドね。大丈夫、もうまりなさんに話は通してCiRCLEも押さえてあるわ」

紗夜「……随分と準備がいいんですね」

友希那「あなたならきっとすぐにバンドメンバーを集めて、その子たちとステージに立ってみたいと言うと思っていたからよ」

友希那「日付は来週の月曜日か、もしくはあなたたちの都合のいい日。お互いに1曲ずつ演奏をして、お客さんの受けが良かった方がもう1曲を演奏する……というルールで行いましょうか」

紗夜(そこまで言うと、湊さんはとても挑発的な目で私を見つめる)

友希那「私からの挑戦、受けてくれるかしら?」

紗夜「……そこまでお膳立てされて逃げる訳にはいきません。受けて立ちます。日付の方はみなさんに確認をとってからになりますが」

友希那「紗夜ならそう言うと思っていたわ。それじゃあ、楽しみにしているわね」

紗夜(湊さんはそう言って小さく微笑む。つい勢いで決めてしまったけれど、みなさんはなんと言うだろうか)

紗夜(……恐らく、乗り気で付き合ってくれるだろう)

紗夜(相手は湊さんがボーカルで、羽丘のバンドならば日菜がギターかもしれない)

紗夜(とても強大な相手だ。でも、その相手に真っ向から音楽でぶつかるんだと思うと……私の胸中には楽しみだという感情が沸き起こるのだった)


――――――――――
―――――――
――――
……



19:2018/04/21(土) 06:37:36.86 ID:46VT0rF00


――花咲川女子学園 中庭――

紗夜「……という訳で、湊さんの率いる羽丘の混合バンドと対バンをすることになったんですが、みなさんは――」

香澄「わっかりましたー!」

はぐみ「了解だよ!」

紗夜(湊さんから対バンの話を持ち掛けられた翌日。中庭に集まってもらった花咲川バンドのメンバーにそのことを話すと、予想通りの返事が戸山さんと北沢さんから返ってきた)

イヴ「対バン……つまりユキナさんたちとの一騎打ち、ですね! ブシドーを志すものとして、逃げる訳にはいきません!」

紗夜「では、若宮さんも問題ありませんか?」

イヴ「はい! 腕が鳴りますね!」

紗夜「ありがとうございます。松原さんは……」

花音「う、うん。私も大丈夫だよ、紗夜ちゃん」

紗夜「ありがとうございます。それで、湊さんからの提案ですとちょうど1週間後の月曜日という話になっているんですが、みなさんの予定はどうでしょうか?」

香澄「えーっと……はい! その日ならOKですよ!」

はぐみ「はぐみもへーきだよ!」

イヴ「私もその日であれば、パスパレの活動も部活もないので大丈夫です!」

花音「私も平気だよ」

紗夜「分かりました。では、湊さんには来週の月曜日で、と話をしておきます」

紗夜「それから……負けるつもりは一切ありませんし、演奏する曲をもう1つ増やさないといけないのですが……この1週間で今の曲と新しくもう1曲を仕上げられますか?」

香澄「はい!」
はぐみ「うん!」
イヴ「任せてください!」
花音「が、頑張りますっ」

紗夜「頼もしい返事ですね。ありがとうございます」

紗夜(少し無茶なお願いだったとは思うけれど、それでも私に付き合ってくれる4人は力強く返事をくれる)

紗夜(それを見ると、私ももっと精進しなければとやる気が湧いてくるのが実感できた)



20:2018/04/21(土) 06:38:29.35 ID:46VT0rF00


イヴ「もう1つの新しい曲はどうしましょうか?」

紗夜「それは北沢さんがやりたいと言っていた曲でどうでしょうか」

はぐみ「え、いーの?」

紗夜「はい。若宮さんと松原さんはおまかせでと言っていましたし、私もそれと同じ気持ちですから」

花音「そうだね。私もはぐみちゃんがやりたいって言ってた曲でいいと思うな」

イヴ「はい! 私も異論はありません!」

香澄「私はもうやりたい曲やってるもんねっ。それにはぐにちょっと申し訳ないな~って思ってたし、それがいいな!」

紗夜「……という訳で、北沢さんの曲で決まりですね」

はぐみ「わーい! ありがと、紗夜先輩っ!」

紗夜「きゃっ……」

紗夜(北沢さんは自分のやりたい曲を選んで貰えたのが嬉しかったのか、飛ぶような勢いで私に抱きついてくる。それを少し戸惑いながら受け止める)

紗夜「……いきなり抱きついてくると危ないですよ、北沢さん」

はぐみ「えへへ、だって嬉しかったんだもん!」

紗夜「まったく、仕方ないわね……」

紗夜(言いつつ、自然と右手が彼女の頭に伸びて、そのショートカットの髪を撫でていた。思っていたよりずっとふわふわしている髪質が手に心地いい)

紗夜「……あっ、ごめんなさい」

紗夜(実に無意識にその行動をとっていた。我に返って北沢さんの髪から手をどけるのに少しの時間がかかってしまう)

はぐみ「え? なにが?」

紗夜「いえ、急に髪を撫でたりなんかしたので……」

はぐみ「んん……?」

紗夜(北沢さんはますます何に対して謝られているのか分からなくなったのか、思案顔で首をひねっていた)

紗夜(その様子を見て、髪の毛を撫でるのは馴れ馴れしくて失礼だという思考が自意識過剰だったなと思う)



21:2018/04/21(土) 06:39:18.03 ID:46VT0rF00


紗夜「……いえ、何でもありません。気にしないでください」

はぐみ「うん、分かったよ!」

紗夜(北沢さんは元気よく返事をして私から身を離した。細かいことを気にしないというか、本当に純真無垢というか、それがやっぱり美しき思い出の中にいる小さな日菜に被るというか……)

紗夜(そういう姿を見せられてしまうとどうにも彼女を構いたくなるような衝動が自分の中に芽生えてしまうのだった)

花音「ふふ……」

紗夜(そしてそんな自分の心境を見透かしているかのように、松原さんがやけに温かな視線を送ってきているのが目に入る)

紗夜「……どうかしましたか、松原さん」

花音「ううん、なんでもないよ」

紗夜「…………」

紗夜(明らかに『微笑ましいなぁ』と思っている顔で、松原さんは首を横に振る。私はそれに少し気恥しい気持ちになり、わざとらしく咳ばらいをした)

紗夜「……それでは、ライブの日時も、演奏する曲も決まりました。期間は短いですが、頑張りましょう」

香澄「はい!」

はぐみ「うん!」

イヴ「これがいわゆる修羅場、というものですね! 頑張ります!」

花音「イヴちゃん、それはちょっと違うと思うな……」

紗夜(各々の反応を見て私は思う)

紗夜(ここまで協力してくれるみなさんのためにも、機会をくれた湊さんのためにも、あと1週間はより一層練習に励もう、と)

紗夜(それからふと気付く。ついこの間まで悶々と抱えていた悩みも、いつの間にかどこかへ消えてなくなっていた)

紗夜(今はただ、目の前のメンバーとギターを奏でるということにとても集中出来ている。それがなんだか不思議だった)


――――――――――
―――――――
――――
……



22:2018/04/21(土) 06:40:09.45 ID:46VT0rF00


紗夜(それから瞬く間に時間は過ぎていった)

紗夜(この1週間の多くは、スタジオで、あるいは北沢さんと松原さんに案内された弦巻さんのお宅で練習を重ねた)

紗夜(その度に、ちぐはぐだった音がどんどん1つに合わさっていくような感触を得られた)

紗夜(それがとても楽しい)

紗夜(ギターを弾くことが純粋に楽しい。ロゼリア以外のメンバーとも音を合わせられることが楽しい)

紗夜(初めてギターを手にした時も多分こんな気持ちだったと思う)

紗夜(遥か遠い記憶という訳ではないけれど、それでも心地の良い懐かしさに胸がくすぐられる)

紗夜(今なら素直に自分のことが見れる。そして気付く。私は変われていたんだな、と)

紗夜(小さな出来事の積み重ねだから気が付かなかった。でも1年前の自分と今の自分はほとんど別人に見えるし、きっと半年前の、もっと言えばひと月前の自分と比べてもまた違って見えるだろう)

紗夜(そう思うと、何か目の前が拓けたような気がした。今よりももっと高みへいけるような気がした)

紗夜(それはきっと私は前へ進めているんだ、という自覚が持てたからだろう)


……………………



23:2018/04/21(土) 06:41:08.52 ID:46VT0rF00


――CiRCLE 楽屋――

紗夜「本日はよろしくお願いします、湊さん」

友希那「ええ。お互いに精一杯のもの出しましょう」

紗夜(ライブ当日。楽屋で湊さんと顔を合わせ、握手を交わす)

紗夜(同じバンドとしては何度もここへやってきたけれど、こうして別のバンドとして楽屋に入るのは初めて会った時以来だった)

紗夜「……それにしても、日菜がいないのは意外ですね」

紗夜(湊さんが率いる羽丘バンドの面子を見る。ベースに今井さんは想像していた通りだった。それからドラムには大和さん、ギターは瀬田さんと美竹さんの2人がいた)

友希那「今回の件はいわゆるサプライズというものだから。日菜を誘うと紗夜に話が漏れそうだったし、敢えて候補にしなかったのよ」

紗夜「……確かにそうですね。あの子ならすぐに私に口を滑らせるでしょう」

友希那「他にも理由はあるんだけどね。私も今回はキーボードを弾く訳だし」

紗夜「えっ?」

友希那「そんなに驚くようなことかしら。ロゼリアで作曲をしてるのは私でしょう?」

紗夜「それはそうですが……」

友希那「キーボードやギターだって、燐子や紗夜ほどではないけれど弾けるわ。それに、たまには私もリサと同じように楽器を演奏したいのよ」

今井リサ「さーよっ。今日はよろしくね~」

紗夜(何故かしたり顔で頷く湊さんにどう言葉を返すべきかを考えていると、今井さんがやってきた。私はそれに挨拶を返す)

紗夜「はい。よろしくお願いします、今井さん」

リサ「友希那がキーボードって、驚いた?」

紗夜「ええ、少し」

リサ「あはは、やっぱそうだよね。アタシも驚いたな~」

紗夜(今井さんは晴れやかな笑顔を浮かべる。やけに上機嫌だった)

紗夜(そのまま湊さん、今井さんと言葉を交わしつつ、楽屋の中を見回す)

紗夜(みなさんはそれぞれ、普段同じバンドを組んでいる人と話をしているようだった)

紗夜(その中で、同じバンドメンバーがこの場にいない戸山さんは美竹さんに抱き着いたりしてじゃれついている)

紗夜(美竹さんはそれを困ったように笑いながら受け止めていた)

友希那「……そろそろリハーサルの時間ね」

紗夜「そうですね。では、私たち花咲川が先攻ということで、先にやらせて貰います」

友希那「ええ。主役は遅れて登場するものだから、悔いのないようにやるといいわ」

紗夜「湊さんたちが登場する前に決着がついていなければいいですけどね」

友希那「あら、紗夜も言うわね」

紗夜「負ける気は一切ありませんから」

友希那「ふふ、私もよ」

紗夜(普段は協力し合う仲だけれど、今日は向かい合って競う相手だ。挑発的な言葉には同じような言葉を返して、それを聞いた湊さんは楽しそうな顔をする)

紗夜(……私も同じような顔をしているだろうことを自覚しながら、私は花咲川のみなさんに声をかけるのだった)


……………………



24:2018/04/21(土) 06:42:27.98 ID:46VT0rF00


――ライブステージ 舞台袖――

紗夜(リハーサルも滞りなく終わった)

紗夜(間もなく開演の時刻で、先攻の私たちは舞台袖で輪になっている)

香澄「うー、すっごくドキドキしてきた!」

はぐみ「うん! えへへ、今日も楽しいライブにしようね!」

イヴ「はい!」

紗夜(相変わらず元気一杯な3人を横目に、私は松原さんに声をかける)

紗夜「松原さん、緊張はしていませんか?」

花音「う、うん、大丈夫だよ。私がこのバンドの柱、だもんね。しっかり頑張るよ」

紗夜「ええ。ですが、いざという時は私もフォローできますので……そんなに気負わないでください。このバンドで1番大切なのは、きっと楽しむことですから」

花音「うん。ありがとう、紗夜ちゃん」

紗夜「はい」

香澄「紗夜先輩っ! ステージに出る前に掛け声やりましょう!」

紗夜「掛け声、ですか?」

香澄「ポピパだといつもやってますし、その方が気合入りますよ!」

紗夜「……そうですね。では、音頭は戸山さんがとって下さい」

香澄「はーいっ! じゃ、みんな真ん中に手を合わせて~」

紗夜(戸山さんはそう言って右手を輪の中心に差し出す。私はそれに自分の手を重ねる)

紗夜(続いて北沢さん、若宮さん、松原さんの順で手を重ねていった)

香澄「……掛け声、どうしよ。ポピパじゃないからいつものじゃ違うしなぁ……」

イヴ「えい、えい、おー……ではダメですか? よくヒマリさんがやっていますよ?」

香澄「んーよし! じゃあそれでいこう!」

紗夜(戸山さんは1つ咳ばらいをして、大きく声を出す)

香澄「みんなっ! 今日は一緒に楽しもーっ! せーの、」

『えい、えい、おー!』

紗夜(私と松原さんは遠慮気味に、戸山さんと北沢さんと若宮さんは思いっきり)

紗夜(そんな5人の声が合わさる。ライブ前の独特の緊張感と高翌揚感が煽られた。ロゼリアではやらないけれど、たまにはこういうのもいいかもしれない)



25:2018/04/21(土) 06:43:16.36 ID:46VT0rF00


イヴ「あ、もう時間ですね! そろそろ参りましょうか!」

紗夜(若宮さんの声に全員が頷く。遂に開演だ)

紗夜(私たちは舞台袖からステージへ足を進める)

紗夜(そこからの光景はいつもと変わらない。見慣れた、とも言えるものが広がる)

紗夜(ギターとアンプを繋ぎ、軽く音を鳴らす。いつもの私の音だ)

紗夜(それからステージ上へ視線を移す。全員楽器の調整が終ったようで、互いに顔を見合わせて頷いた)

紗夜(観客席に向き直る。ほぼ満員のそこに宇田川さんと白金さんの顔を見つけた。目が合って、宇田川さんに大きく手を振られる)

紗夜(私はそれに小さく手を振り返した)

香澄「みなさーん、こんにちはー!」

紗夜(戸山さんの声が会場に響く)

紗夜(演奏前のMCは全て戸山さんに任せてあった。『あなたがボーカルなのだから、好きなように喋ってほしい』と伝えてある。私はただそれに耳を傾ける)

香澄「今日はギターの紗夜先輩に誘われた、花女の特別編成のバンドです! いつもとは違うメンバーだからちょっと新鮮な気持ちです! あ、有咲ぁ~! みんなぁ~!」

紗夜(戸山さんは観客席の中に市ヶ谷さんを始めとしたポッピンパーティーの姿を見つけ、大きく手を振った)

紗夜(よく見るとガルパに参加したバンドのメンバー全員が会場にいるようだった。北沢さんと若宮さんも同じバンドのメンバーに対して手を振ったり、言葉を投げている)

香澄「えへへ、ここからポピパのみんなの顔が見えるとなんだか不思議だなぁ。……でも、こうやって歌うのもちょっといいかも。出会ってからずっと一緒にステージに立ってたもんね」

紗夜(戸山さんは1度言葉を切り、それから少し間を開けて再び口を開く)



26:2018/04/21(土) 06:43:56.86 ID:46VT0rF00


香澄「……昔、星空を見て、星の鼓動を聞いて、キラキラしてドキドキしてるものを探してました」

香澄「春は出会いと始まりの季節です。ちょうど1年前の春、ポピパのみんなに出会って、バンドを始めて、たくさんの素敵な友達が出来て、私はそれを見つけることが出来ました」

香澄「きっとみなさんにもそういう出会いや、キラキラしててドキドキしてて、とっても楽しくて素敵な出来事がいっぱい待ってると思います!」

香澄「今日、このメンバーで演奏するのはそんな始まりの歌です! 聞いてください、『流星群』!」

紗夜(戸山さんは言い終えると、一度俯いて息を吸う。それから顔を上げて、歌を紡ぎだした)



27:2018/04/21(土) 06:44:52.80 ID:46VT0rF00



「空を彩る星に乗って あたしは未来へ」

「願い事をたくさん詰めた 鞄を握りしめ」


「流星が降る夜に ドキドキして歩いた」

「あたしはヒトリボッチだけど怖くなかった」

「暗闇を照らすように 光が一筋浮かぶ」

「ココから未来まで 道が出来たみたい」


「足音が響いている 思わず走り出した」


「空を彩る星に乗って あたしは未来へ」

「願い事をたくさん詰めた 鞄を握りしめ」

「ずっとずっと夢みてた キラキラのステージへ」

「振り返らずに走ってゆこう たとえ遠くたって」


「悲しみが降る夜は 鼻歌を歌ってた」

「だれにも聴こえないあたしだけのメロディー」

「流れる星のように だれよりも輝いて」

「あなたの足元を照らせたらいいな」


「涙が落ちる音を 合図に走り出そう」


「空を彩る星に乗って どこまでも行けるかな」

「寂しくないと強がる手をあたしに握らせて」


「空を彩る星に乗って 輝く未来へ」

「願い事とあなたの手を 強く握りしめ」

「唇から零れ出すコトバを並べたら」

「高鳴る胸のリズムでほら歌声に変わるの」


「願い事はもう唱えた? あたしと未来へ」



……………………



28:2018/04/21(土) 06:46:03.13 ID:46VT0rF00


――CiRCLE カフェテリア――

紗夜(ライブは大盛況で終わった)

紗夜(湊さん率いる後攻の羽丘バンドの演奏も素晴らしいものだった。結局どちらが勝った負けたということはなくなり、最後は2つのバンド全員で『クインティプル☆すまいる』を演奏することになった)

紗夜(北沢さんの希望していた曲を演奏できないのが少し残念ではあったけれど、全員がとても楽しそうで、私も楽しかった)

紗夜(だから、それで良かったのかもしれない)

友希那「いい勝負だったわ」

紗夜「ええ」

紗夜(ライブの片付けも済んだあと、私はカフェテリアの一席で湊さんと言葉を交わす。湊さんの顔には充実感のようなものがあるように見えた)

友希那「どう、紗夜? 悩みはなくなったかしら」

紗夜「はい。音楽を楽しむことを思い出せました。それと、余裕を持つことを知りました。……今考えてみると、悩んでいたのが馬鹿みたいに思えますね」

紗夜(少しの自嘲を含んだ笑みが浮かぶ。それを見て湊さんは微笑んだ)

友希那「なら良かった。私も今日は楽しかったわ」

紗夜「ええ、私も。……それにしても、キーボード、お上手なんですね」

友希那「ふふ、ありがとう。紗夜のギターも素晴らしかったわよ」

紗夜「ありがとうございます。どういう風の吹き回しだったんですか?」

友希那「楽屋でも言った通りよ。こういう機会でしか楽器を持ってステージに立つことはないもの」

友希那「リサと同じような立場で、目線で、あの子の隣に並んで立ちたかった。それだけよ」

友希那「それに、今回の曲は美竹さんが選んだものだけど……たまたまキーボードの目立つ曲だった」

友希那「特にCメロなんかは私とリサの音が目立つし、演奏していて新しい発見があったような気がするわ」

紗夜「……そうですか」

紗夜(穏やかな表情をする湊さんを見て思う。彼女も私と同じように変わっているのだ、と)



29:2018/04/21(土) 06:47:10.14 ID:46VT0rF00


紗夜(人は変わる。変わらないと思っていても、変わっている)

紗夜(1年前の私と湊さんであれば今のような言葉を交わすことなど絶対になかっただろう)

紗夜(それが良い傾向なのか、はたまた悪い傾向なのか)

紗夜(正しいのか、正しくないのか)

紗夜(そんなことを考えても、それが分かるのはどうせ未来だ。なら今は自分が思うように走ればいい)

紗夜(戸山さんが歌った歌を思い出す。彼女の明るい声にも教えられたことが多くあったように思える)

香澄「紗夜せんぱーい! あ、友希那先輩もここにいたんですね!」

友希那「お疲れ様、戸山さん。ライブ、とても良かったわよ。素晴らしい歌だったわ」

香澄「えへへ、ありがとうございますっ! 友希那先輩、楽器も弾けるんですね!」

友希那「ええ。紗夜や燐子ほどではないけれど、ギターとキーボードはそれなりにね」

香澄「へーっ、友希那先輩ってやっぱりすごいなぁ~! 私も負けてられないっ!」

紗夜「戸山さん、何か用事があったのでは?」

香澄「あ、そうだった。紗夜先輩、友希那先輩、このあと時間ってありますか?」

香澄「実はですね、せっかくだし、一緒にステージに立ったみんなで打ち上げをしようって話になってるんですよ!」

香澄「どうですか? 他のみんなは大丈夫だって言ってますよ!」

紗夜「ええ、分かりました。私も参加します。湊さんはどうですか?」

友希那「私も大丈夫よ」

香澄「ホントですか!? わーいっ! それじゃあみんなにも伝えてきますね!」

友希那「……戸山さんはいつでも元気ね」

紗夜(元気よくCiRCLEの中へと走っていく背中を見送りながら、湊さんは呟く。私もそれに頷いた)

紗夜「戸山さんと、さらに北沢さんと若宮さんがこちらのバンドにはいましたからね。みなさんはとても騒がしくて、とても元気で、とてもいい人たちです。……松原さんと私は、彼女たちが元気すぎて困ることが少しありましたけど」

友希那「ふふ、そうみたいね。でも……あなたも楽しそうな顔をしているわよ。いい経験だったんじゃない?」

紗夜(言われて、自分の顔に笑みが浮かんでいることに気付く)

紗夜「……ええ。とても素敵な、楽しい経験でしたね」

紗夜(しみじみとそう思う。彼女たちが手伝ってくれたからこそ、私はこうして笑うことが出来るのだ)


――――――――――
―――――――
――――
……



30:2018/04/21(土) 06:49:23.22 ID:46VT0rF00


――花咲川女子学園 校門――

紗夜(ライブの翌日、火曜日の朝。私はいつものように、登校してくる生徒の服装チェックを校門で行う)

紗夜(行いながら、昨日カフェテリアで思ったことを考える)

紗夜(人は変わる。変わらないと思えたことでも変わっている。それをなんと言葉にするべきなのか)

「おはよー、紗夜ちゃん」

紗夜「おはようございます」

紗夜(登校してきたクラスメイトに挨拶を返しながら、それは『成長』と呼べるものではないだろうか、と思い至った)

紗夜(変わらない、成長しないと思っていた私の音。だけど、それは私の思っている以上に変わっていて、成長していた)

紗夜(……そうであれば嬉しいし、そうでなくてもそれはそれでいい)

紗夜(多分、私が余裕を持つことが出来たからこういう風に考えられるようになったのだろう)

紗夜(そう結論付けたところで、北沢さんと若宮さんが並んで登校してくる姿が見えた)

はぐみ「おはようございまーす!」

イヴ「おはようございますっ!」

紗夜「はい。おはようございます、北沢さん、若宮さん」

紗夜「北沢さん、今日はちゃんと制服で登校してきていますね。言ったことを守ってもらえて嬉しいです」

はぐみ「もう失敗はしないよ、紗夜先輩!」

紗夜「そうですか、それはよかった」

はぐみ「えっへん!」

紗夜「ふふ……」



31:2018/04/21(土) 06:50:05.23 ID:46VT0rF00


イヴ「んー……」

紗夜「……若宮さん? どうかしましたか?」

イヴ「やっぱりサヨさんは、ヒナさんがいつも仰ってる通りの方ですね!」

紗夜「日菜が?」

イヴ「はい! とっても優しくて、面倒見がよくて、なんでも出来るおねーちゃんだってよく仰ってます!」

紗夜「あの子はまたそんなことを……。私はそんな出来た人間ではありませんよ、若宮さん」

イヴ「いえいえ! 私、一緒にバンドを組んで思いました! サヨさんはとても優しい方だなって!」

イヴ「みんなにアドバイスを与えてくれて、カノンさんと共に私たちの支えになってくれていました!」

イヴ「紗夜さんには義があって、仁があって、礼があって、誠もあって……とても立派なサムライのように見えます!」

紗夜「そ、そうですか。ありがとうございます」

紗夜(……多分、若宮さんなりの誉め言葉なんだろう。そう思ってその言葉を受け取る)

はぐみ「あ、イヴちん。1時間目体育だし早く行って着替えなきゃだよ」

イヴ「そうですね、遅刻になってはいけませんね。それではサヨさん、失礼します」

はぐみ「またね、紗夜先輩!」

紗夜「ええ。外はともかく、廊下は走らないで下さいね」

紗夜(その言葉に北沢さんと若宮さんは元気よく返事をして、昇降口へと小走りに向かっていった)



32:2018/04/21(土) 06:51:46.68 ID:46VT0rF00


紗夜(2人の後ろ姿が見えなくなってから、私はなんとはなしに中庭の木に目を移す)

紗夜(桜は既に全て散ってしまっていた。木々には緑色の葉桜が茂っている)

紗夜(……去年の私はその景色の移り変わりに何を思っていただろうか)

紗夜(少し考えて、それらに目をやる余裕もなかったか、と苦笑した)

紗夜「……未来は続く 明日の先へ」

紗夜(北沢さんが望んだ曲の1フレーズを口ずさむ)

紗夜(今年はどんな出来事が起こるだろうか。どんな人たちと巡り合えて、どんなことを経験できるだろうか)

紗夜(楽しいこともたくさんあるだろうし、逆に嫌なことだって起こるだろう。でも振り返ればそれらも良い思い出になるのかもしれなかった)

紗夜(今は私を待ち受ける全てのことが少し楽しみに思える。これもきっと成長と言えるのだろう)

紗夜(そう思ったところで、緑の匂いをした、柔らかくて温い風がふわりと頬を撫でていく)

紗夜「……春、ね」

紗夜(それがいつになく心地よく感じられて、私は目を細めるのだった)


おわり



33:2018/04/21(土) 06:53:16.64 ID:46VT0rF00


さよつぐ さよはぐ ←響きが似てる

そんな思いつきでした。ごめんなさい。

流星群はミリマスのジュリア(CV:愛美)のものです。
流星群もクインティプル☆すまいるもダウンロード販売なら1曲250円というお手頃価格ですぐに手に入りますので興味があれば是非どうぞ。


HTML化依頼出してきます。



SS速報VIPに投稿されたスレッドの紹介です。
元スレ:
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