2020年12月31日

ご挨拶

森最小

ようこそ「思索の木蔭」へ。管理人の荻野誠人です。当ブログでは、心のあ
り方や生き方などを自分なりに考えた文章を載せていきたいと思います。同好
の方と交流できればうれしいです。皆さんのご意見もお聞かせください。

ブログの文章は、最近書かれたものが中心に読まれる傾向がありますが、
古くても出来れば読んでいただきたいものもあります。以下は、2015年までの
文章で、私の考えのもとになっているものです。古い順です。よろしかったらどうぞ。

自分は知り尽くせない失敗の勧め自分を好きになれない人へ死生観の自由
不仲もまたよし「暗い性格」の復権正論の攻撃メールの人間関係と寛容
目の前の人「ありのまま」と努力わたしが人を批判できなくなったわけ
人生に定められた目的はない時には「逃げてもいい」他人の感動
自由な心冬木立悪を教える他人の心の中本物の友情は分からない
「短所は長所」の死角他人の生き方関わるか、関わらないか
他人は変えられないか夢はもっても、もたなくてもまず寄り添う
骨の折れる時代
 
ライブドアブログでは、コメントした方のURLを表示することが出来なくなってしまいました。 お手数ですが、よろしかったら、コメントの中にURLをお書きください。のちほどご訪問いたしますので。

このブログには掲示板やBBSがありませんので、この「ご挨拶」のコメント欄を
代わりにお使いください。

え〜、それから、先日私の小さなエッセイ「『木星感謝の日』を」が賞を
頂きました。拙文が人様から評価されるなんて、最初で最後でしょう。
その発表のページを、よろしかったら、どうぞご覧ください。

では、どうぞよろしくお願いいたします。

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kokoro_no_fukei at 16:00コメント(32)雑文 

2020年02月26日

いやな知らせは午前中に


 いやな知らせは、出来れば午前中にしてくれるように、親しい人には頼んでいます。人の不幸など、至急の知らせは当然除きますが、半日ぐらい遅れても特に問題のない事柄です。

 その理由は、寝る前などにいやな知らせに接すると、頭に血がのぼったりして寝られなくなるからです。不眠の時間はつらいですし、翌日も調子が悪くなるので、是非避けたいところです。

 もちろん、朝いやな知らせを受け取ったからといって、気分が悪くならないわけではありません。ですが、寝るまでの時間にある程度気分が落ち着きますし、昼間に運動をたくさんして、寝付きやすくすることも出来ますので。

 そう頼んだ相手にあきれられたことがあります。その人はいやな知らせに接しても、寝られなくなることはないからです。うらやましいですね。

 私のような人間(最近の言葉ではHSP?)が私一人ならいいんですが、そうではないでしょう。少数派ではあっても、何十万何百万と存在していると思います。

 何の悪意もなく、無造作にしている連絡が、ひょっとしたら一部の繊細な人を不眠にしているかもしれません。


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kokoro_no_fukei at 13:26コメント(0)健康 

2020年02月22日

寂しくは思わない


 昔々、大昔、塾のバイト時代。

 「オレたちがいなくなったら、先生、寂しく思うんだぜ〜」

 これは勝手気ままな態度で手を焼いた生徒のセリフです。似たようなことは、卒業の時期が近づいた頃に、何度か言われました。厚かましい連中です。

 私は否定しました。向こうは笑って信じようとしませんでしたが、強がりではなく、本当に寂しくないのです。

 なるほど、寂しく思う人は大勢いるでしょうし、漫画やドラマなどではそういう場面がよくあります。生徒達はそれに影響されたのかもしれません。

 ですが、人の性格の種類は無数にあって、どんな性格もあると思っています。漫画やドラマの人物と違う反応をする人など、いくらでもいるんです。

 「さよならだけが人生だ」という名言がありますが、私も多くの別れを体験してきました。ですが、人と別れて寂しく思うことは、まずないですね。何も感じないわけではありませんが、がっくりしたりはしません。

 なぜそういう性格なのか。生まれつきか。それとも子供の頃から一人でいることが多かったからか、その辺は分りませんが。

 「寂しい」とか「孤独」については、もう少し書いてみたいと思います。


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kokoro_no_fukei at 17:33コメント(0)思索 

2020年02月15日

「来る者は拒まず」、挫折


 「来る者は拒まず、去る者は追わず」

 名言ですね。そうありたいものです。以前ネット上で私も自分のグループの方針として掲げていました。ですが「来る者は拒まず」の方は、私には無理だと分って、看板を下ろしました。

 あるタイプの人とつきあうのは、私にとっては我慢を強いられることになるようで、次第に精神的に苦しくなっていきました。なまじ看板があったため、がんばって余計に傷を広げたようです。

 ついに限界を感じて、丁重にお引き取りをお願いしました。すると、「来る者は拒まず」と違うじゃないか、と抗議されました。その通りです。弁解できません。

 もちろん、そういう人たちともうまくやっていける人は大勢いると思いますし、その方がいいと思います。ですが、残念ながら私には荷が重い方針でした。

 「来る者は拒まず」のようなすばらしい方針でも、やはり自分に合ってこそです。合わないことが分ったら、それを早く見直した方が心の安定のためになると思います。


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kokoro_no_fukei at 09:50コメント(0)出来事 

2020年02月09日

私の親離れ


 よく行くブログで、親離れについて書いてあったので、ふと思い出したこと・・・。

 私の母は面倒見がよかったと思います。

 ところが、小学校の同級生は、そのことをからかいました。どんな言葉だったか思い出せませんが、要するに、いつまでも母親にべったりの甘えん坊、といったことでした。

 どうして彼らは面倒見のよさに気づいたのでしょうか。私の言葉や服装や持ち物などから何となく感じ取ったのでしょう。家に遊びに来て、母に会った同級生も何人かいましたし。

 甘ったれと見なされることは、当時、私たち子供の世界では屈辱的なことでした。そこで私は強く反発しました。

 反発の相手は、同級生だけでなく、母もでした。例えば、母が無断で私の部屋を片付けたりすると、食ってかかりました。しかし、母も癖になっていたようで、なかなかやめてくれませんでしたが。

 一方、弟は母の世話焼きを素直に受け入れていて、衝突は起こらなかったようです。これは性格の違いということになるのでしょう。私と違い、弟はずっと母とは仲がよかったように思います。

 私が激しく反発したのは、実は自分が甘ったれだということを無意識に自覚していたからではないかと思います。母には気の毒な気もしますが、自分なりに懸命に甘ったれの状態から抜け出そうと努力していたのかもしれません。

 その結果はどうだったのでしょうか。

 一応私は、まあまあ親離れしたように思います。しかし、30歳になっても、朝起こしてもらっていた弟の方が、今や色々な点で私よりもしっかりし、より自立しているように感じられます。

 たぶん弟は元々精神的に親離れしていたのでしょう。ですので、母の過保護なお世話も、大らかに受け入れていたのかもしれません。

 どちらがいい悪いではなく、やはりそれぞれの性格なりに生きてきたのだろうと感じられます。

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kokoro_no_fukei at 23:33コメント(0)思索教育 

2020年02月05日

勉強が出来ない子


 昔々、大昔、塾のバイト時代。

 勉強が全く出来ない生徒もいましたね・・・。

 自分のことを「どうせおれはバカだよ」と吐き捨てるように言う子も、「皆にバカにされてる」と言っていた子もいました。痛々しかったです。余り気にせず明るく生きているように見える子たちもいましたが。

 私はそんな生徒達にほとんど何もしてあげられませんでした。個人指導の塾ではなかったこともありますが。

 勉強が出来ても出来なくても、人としての価値に変わりはありません。そう伝えたこともあります。しかし、現実を前にそんな言葉にどれだけの力があったのか・・・。

 やはり人は、何かが出来ることを褒めます。出来ないことを褒めることはまずありません。九九が出来ることを褒めますが、出来ないことは褒めません。ですので、勉強が全然出来ない子は、褒められる機会が少なくなります。

 もっとも、勉強以外に褒められる点を何とか探そうという、優しい大人も大勢いるのは救いですが。

 褒めないだけなら、まだいいのですが、周囲の子供はあざ笑ったり、からかったりします。いや、場合によっては大人がそうすることさえあります。これはつらいでしょう。

 この傾向は本人が大人になっても続きます。そして残念ながら、勉強が出来なかったかつての子供は、収入など物質面でも、恵まれないことが多いです。

 ですが、勉強が出来ないのは、悪ではありません。そして本人の責任とは言えない部分もあります。生まれつきの能力差というものは、やはりあるでしょう。

 周囲は、出来ない子を、無理に褒めなくてもいいですから、せめてばかにしたりしないでほしいものです。出来ないのを見ても、黙っていればいいだけです。他人の出来不出来など、自分には関係ないのですから。そして、大人にはそういう指導をしてもらいたいと思います。
 

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kokoro_no_fukei at 23:51コメント(0)出来事教育 

2020年01月31日

新型肺炎の「解釈」


 私にとって新型肺炎は新型肺炎なのですが、一部の人にとっては「天罰」に感じられるのかもしれません・・・

 阪神淡路大震災の直後、私が入っていた大阪を中心とする異業種交流会のような集まりで、「大震災は天罰だ」という意見が会誌に載りました。被災者たちに対するあんまりな意見です。しかも、その会誌を被災者やその関係者が読む可能性さえありました。当時まだ議論を好んでいた私は、誌上で次のように反論しました。

 「自分はそんなことは信じません。万一それが正しいとしても、多くの人が苦しんでいる今、そんなことを言うことに意味があるのですか」

 大きな災害が起こると、デマや偏見が広まります。その中には上記のような、宗教的な色彩のものもあり、被災者を蔑視する傾向があります。

 今回の新型肺炎でも、すでにデマが広がっているそうです。かつて宗教をやっていた人間としては、「天罰」のような人を傷つける偏見も広まらないように願っています。


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kokoro_no_fukei at 11:34コメント(0)時事出来事 

2020年01月25日

愚痴の聞き役


 昔々、大昔、塾のバイト時代・・・。

 私は生徒の愚痴や苦情の聞き役みたいなところがありました。

 私は自分では、必要とあれば叱ることも辞さない、けっこう厳しい先生のつもりでしたが、生徒からは必ずしもそうは思われていなかったようです。よく言えば、話しやすいことになりますが、悪く言えば、権威がないことになるでしょう。

 「そういう文句なら、A先生に言ってくれよ」と、より事情に通じている先生の名前を出しても、「じゃあ、いい」という返事が返ってくることが多くありました。そういうことで、しばしば愚痴につきあうことに。

 ですが、そういう役割は嫌ではありませんでした。その生徒が心を許していることを意味しますので。

 愚痴は生徒の心情を知る貴重な情報源です。そして、生徒の抱える問題を解決することは出来なくても、聞いてあげるだけで、気持ちを多少なりとも楽にすることも出来ます。

 ちまたには愚痴を否定する意見が沢山あります。私も言わないに越したことはないと思っていますし、自分にそういう目標を課すのはいいと思います。しかし、生徒に「愚痴はやめろ」と、頭から否定するような指導をすれば、生徒は心を閉じてしまい、二度と何も言ってくれなくなったかもしれません。果たしてそれでいいのかどうか・・・。

 余りに愚痴の多いときは、「ちょっと、かんべんしてくれ」などと言うこともありますが、今でも愚痴につきあう姿勢を変えていないのは、塾時代の経験があるからだと思います。


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kokoro_no_fukei at 23:14コメント(0)出来事教育 

2020年01月21日

職人気質


 誰かが言っていましたが、日本は職人の国なんだそうです。なるほど、日本人の仕事や製品は質が高くて、世界から信頼されていますよね。ただ、これは私見ですが、商売が下手でカモにされやすいのも、いかにもお金にこだわらない職人らしいです。

 私はどちらかというと職人気質なんでしょう。とにかくいい仕事がしたいという気持ちが強いですね。

 塾のバイト時代は、変な授業をしてしまったときは、非常に気分が悪かったです。自己嫌悪には陥るし、生徒には申し訳ないし、経営側には悪いし、評判落ちるな〜と心配にはなるし・・・。

 でも周囲の先生達の中には、そんなこと、全然気にしていないような人もいましたね。明るく「失敗しちゃった〜」なんて言う人もいました。内心までは分りませんが。そういう人はたくましく生き延びるんでしょうね。

 私みたいなのは、仕事の完成度は高いかもしれませんし、うまくいっている間はいいのですが、逆境になると、ストレスを感じやすく、直ぐにつぶれてしまう恐れがあります。

 そういう人は、少し理想や目標を下げた方がいいのではないかと思います。仕事の理想が高いから、現実との差が大きくて、苦しくなるんですね。仕事の性質にもよりますが、そんなに高い完成度を求められていない場合もありますので。

 それは職人気質の人にとっては不本意だとは思いますが、精神がおかしくなって、続けられなくなるよりはましではないかと・・・。


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kokoro_no_fukei at 14:18コメント(0)思索 

2020年01月15日

「格下げ」時の配慮


 人を「格下げ」するときは、細心の配慮が必要だと思います。

 「格下げ」とは、今までより待遇を悪くするとも言えます。「格下げ」の対象は、地位や報酬も対象となりますが、親密さなども含まれます。

 例えば、係長だった人を平社員に降格したり、先発の選手を控えに回したりするのは明らかな例です。お中元や誕生日のプレゼントをやめるといったことも、ここでは「格下げ」に入れたいと思います。私たちはそういうことをせざるを得ない場面にしばしばぶつかるものです。

 細心の配慮が必要な理由は、「格下げ」は相手を怒らせたり、悲しませたりするからです。誤解や逆恨みを招くこともあります。

 人間関係をこわしたくないなら、その理由を前もって説明して納得してもらう必要があります。

 私が直接知っている失敗例を三つあげます。

 ある会社の社員が、いきなり遠方へ転勤するように言われて怒っていました。小さな会社だったので、経営側はいくらでも本人と直接話す機会はあったのです。事情を説明し、本人の希望も確認できたでしょう。そうする義務まではなかったでしょうが、話した方がより気持ちよく働けて、お互いのためになったはずです。

 次にある塾での話。あるバイト教師が新年度になって、いきなり授業数を半分にされて、激怒。その教師に問題があったのではなく、他の事情でどうしようもなく、そうなったらしいのですが、それならその事情をあらかじめ話して納得してもらうべきでした。

 最後に私の場合。以前「私の配慮不足」で書いた通り、ブログに沢山書き込んでくる人に対応しきれず、黙って返事をやめたら、縁を切られました。私は大したことではないだろうと思ったのですが、相手はそうは受け取らなかったわけです。この場合も返事をやめる理由を事前に伝えておけば、違った結果になっていたと思います。

 余り小さなことにまで気を遣っていたら、切りがなくなるとは言えます。自然消滅してもいい人間関係もあるでしょう。

 ですが、大事にしたい人間関係なら、それなりの配慮は必要になってくると思います。

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kokoro_no_fukei at 14:04コメント(0)思索出来事 
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