2017年05月10日

つらかった母の日の作文


 今年も母の日が近づいてきました。中学時代、母親への感謝の作文が課題に出されたことがあります。小学校でもたぶん書いたでしょう。今でも多くの学校で行われているのではないでしょうか。この作文が私には重荷でした。(父の日の作文も同じです)。

 母はよい人だったと思います。もう亡くなりましたが、天国や極楽があれば、そこへ行っているはずです。しかし、世話焼きの母と、何でも一人でやりたがる私。世間体を重んじ平凡な生き方を望む母と、人まねが嫌いで自分の好きなように進もうとする私とはどうも合わなかったようで、私が年齢を重ねるにつれて、次第に心が離れていったように思います。

 理屈では母に感謝すべきなのは分かっていました。しかし、自然にわき上がってくるような感謝の気持ちは心の中には見つからず・・・。私はそれこそが本当の感謝だと思っていましたので、母親への感謝の作文を課されて、困ってしまったのです。

 親不孝で冷淡な子供でした。でも、書く以上は本当のことを書きたかったのです。本物の感謝があれば、それを書く。なければ、書かない。

 と言っても、宿題なので提出しないわけにはいきません。白紙で堂々と出すような勇気はありませんでした。そこで紋切り型の、実感の伴わない感謝の言葉を、手を休めつつ書きました。書き終えても、達成感のようなものはなかったようです。

 母の日に、母親への感謝を作文にするのは意義のあることだと思います。でも、様々な事情でそれがつらい子供もいるのではないでしょうか。そういう子供のために、例えば、感謝だけでなく、母親についてなら何でもいい、というような課題の作文も用意するというのはどうでしょうか。それなら当時の私にも書けたと思うのですが・・・


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kokoro_no_fukei at 10:15コメント(2)出来事 | 教育 

コメント一覧

2. Posted by 荻野誠人   2017年09月27日 14:25

 ◆ヨミト様

わざわざ書き込みありがとうございます。記事をお読みくださりありがとうございます。

実は以前にも書き込みを頂いております。「閉鎖の挨拶をどうぞ」という記事に対してです。http://blog.livedoor.jp/kokoro_no_fukei/archives/52181822.html

おっしゃるように感謝があっても、それをうまく文章にするのは難しいでしょうが、私の場合は心からの感謝がなかったものですから、余計につらいことでした。こういう子供は少数派だと思いましたので、トーナメントに参加いたしました。

どうぞいつでもお出でください。歓迎いたします。
1. Posted by ヨミト   2017年09月26日 23:33
このたびこちらで用意しました「異端児」トーナメントにご参加いただき、ありがとうございました。少々気になるタイトルでしたので、本記事といくつかを読ませていただき、何だかすーっとする清涼感を覚えつつ、貴方の文章に浸らせていただきました。
母親への感謝…たぶん心の底では感謝していても、なまじ言葉に表現すると空々しくなってしまいますよね。とてもよくわかります。的確な言葉の表現って気持ちよかったです。
また機会あればお邪魔させてください。トーナメントで知り合うも他生の縁ですが、よろしくお願いします。

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