ココロに華を咲かせましょう

京都府宇治市 心華寺 金港弁財天 -しんげじ きんこうべんざいてん-
カッコよく華を咲かせたい仲間による日々の想いをつづります。
電話0774-445380,メールbonsan01@wao.or.jp

「熱田酔笑人神事」 「青 柏 祭」

おはようございます。

「にんげん学」東京講座に。ゴールデンウイークのなか、大勢様の熱心な皆様、ご受講ありがとう御座居ました。

国民の祝日「憲法記念日」・九州博多では、どんたく・浜松祭り・小田原では、北條五代祭り・山口では赤間神宮のお祭り、先帝祭 「安徳天皇」の御霊を鎮める「しものせき海峡まつり」のメイン行事。五月は、春の祭りが華やか。


 ☆  熱田酔笑人神事   (あつたえようどしんじ)

5月4日、名古屋市熱田区、熱田神宮の神事。 「会影堂神事」 とも書き、 「オホホ祭」 とも言う。 天武天皇朱鳥元 (686) 年、 遠くにあった神剣が勅命によって還座したのを喜んで笑ったことに由来するという。 夜間、末社影向間社(ようごうのましゃ) の前に禰宜(ねぎ)以下祭員が立ち並び、 笛役が授ける神面を袖で受けて隠し持ち、下臈(げろう)二人が中啓で神面を袖の上から三度軽くたたき、 一度ごとに 「オホ」 とかすかな声で唱える。これをいま一度行い、笛役が笛を吹き、 全員が大声をあげて三度笑う。 この儀礼を、 さらに神楽殿前と別宮八剣宮前、清雪門前で繰り返し、 終わると祭員は神面を笛役に返す。 祭員は祭のあいだ神面を見ることが許されない。


 ☆  青 柏 祭    (せいはくさい)

5月3〜5日、石川県七尾市山王町、大地主神社の祭。 神饌を青柏に盛って献じることからこの名があり、 また 「七尾曳山祭」 ともいう。 さらに一名 「デカ山祭」 と呼ばれるは、大きな山車が曳き出されるからで、 氏子町の鍛冶町・府中町・魚町から三基出る曳山は、高さ一五メートル、上部横二二メートル、奥行五メートル、車輪の直径二メートルという巨大なもの。 山の左右が末広形に開いているのが特色で、 中央に舞台を設け、 「仮名手本忠臣蔵」 「義経千本桜」 など歌舞伎狂言にちなむ芝居人形を飾る。 3日の宵祭に山の飾りつけと修祓(しゅうふつ・みそぎの式)式などがあり、 4日は、零時過ぎから末期にかけて各町の曳山が町へ繰り出し、神社では青柏の神饌を献じての祭典が行われる。 6日は裏祭で、 午後3時、三基の曳山が太鼓橋を通過する見せ場がある。


     世界平和をお祈りいたしましょう  ありがとう ・ 心に華を咲かそう         合掌 

「憲法記念日」 「千帝祭」 「博多どんたく」 

おはようございます。

今日は「憲法記念日」・明日は「みどりの日」・その翌日は「子供の日」(立夏・端午の節句)です。菖蒲湯に入る日・ちまきを食べる日でもあります。 ご近所では、鯉のぼりが、いっぱい有りますが、幟をたてる場所がなく、マンションのベランダ用の可愛らしい「鯉のぼり」が、いっぱい見えております。
 昨日は「八十八夜」でした。 立春から数えて八八日目を云う。今年は5月2日でした。(新茶・緑茶の日)。
 
憲法記念日 国民の祝日の一つで、 5月3日。 日本国国憲法は、 昭和21 (1946)  年11月3日に公布され、 翌 22年5月3日に施行された。 「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」 趣旨で定められた祝日。

 
 ☆  千 帝 祭   (せんていさい)

5月2〜4日、山口県下関市阿弥陀寺町、赤間神宮の祭。 神宮のご祭神は寿永 4 (1185) 年3月24日、源氏に追われて長門の壇ノ浦に入水した安徳天皇で、薨去後(こうきょご)、漁夫となった中島四郎太夫などの遺臣と遊女となった女官たちが、ご命日に阿弥陀寺境内の御墓に詣で香華を献じたことに始る祭という。 建久 2 (1875) 年、阿弥陀寺(あみだいじ) に 御影堂を建立し千帝会(せんていえ) を営んだが、 明治 8 (1875) 年、 寺を赤間神宮と改め、 千帝祭として祭儀を整えた。 現在、2日に安徳帝御陵前祭を行い、 3日に遺臣・女官墓参の威風もとづく上臈道中(じょうろう)を催す。 4日には、入水した安徳天皇を海から引き上げたとの伝えのある海岸のお浜殿へ神輿が渡御するご神幸祭がいとなまれる。
 見ものは上臈道中で、女官であった赤間の遊女が昔の姿に返り、十二単衣を着して上臈を名乗って道中した風俗を、市内稲荷町の遊女たちが伝え、その後、 前田町や新地の芸妓が受け継ぎ、 昭和41 (1966) 年以後は、 舞踊協会の舞踊家が勤めるようになった。 現在、選ばれた五人の太夫が、 立兵庫の髪に簪(かんざし)を挿し、 豪華な打掛を羽織っての花魁姿で、禿(かむろ)・稚児・官女たちを従えて、市内新地から豊前町を経由して神宮まで道中するが、 途中のところどころで花魁道中の外八文字(そとはちもんじ) を踏んで見せる。 下関市ではこの祭にならべて、 3日に八丁浜踊、 4日に源平船合戦、巌流島フェスティバルなどのイベントを催し、全体を 「しものせき海峡まつり」 の名で多くの観光客を集めている。


 ☆  博多どんたく

福岡市の5月3・4日の祭。 もとは室町時代に流行した松囃子を名乗る正月15日の祝賀行事で、福神・恵比寿・大国天に扮した者が稚児などと行列を組んで福岡城へ参り、町内では人形や踊の屋台などが出てにぎわった。 明治5 (1872) 年、一時中止令を受けたが、 明治11年に、オランダ語の休日を意味するZontag を名にして 「博多どんたく」 と称し、その後、 祭日が4月5日と変更があったが、 昭和24 (1949) 年から現行の月日に定まり、 港祭も合わせて全市民が参加しての祝祭となった。 豪華な曳山や 「ぼんち可愛や」 の俗謡にのせてシャモジ踊、鼓笛隊など新旧さまざまな一〇〇組近い団体が市中をパレードし、期間中、市内は三〇〇万近い人出で燃え上がる。


 ☆  「にんげん学」東京講座の日、本日の講座は、図らずも「憲法記念日」に行うことになりました。
     本日の会場受付は、pm3:00.です。 開講時間は、pm3:30.〜5:00.を予定しております。
     皆様のご来講を会場にて、お待ち致します。                            関照


     世界平和をお祈りいたしましょう  ありがとう ・  心に華を咲かそう              合掌  


 

「五月」 「日本赤十字社創立記念日」

おはようございます。

五月一日を迎えました。  昨日の四月三〇日は、朝一番で、板橋の大学病院・外来診療に行って参りました。 3ヶ月振りに診療していただきましたが、雰囲気が可也変り驚きました。 ゴールデンウイークの最中と言うことを忘れ、早朝から来院されている 、 (予約なし) 外来患者の、老人の愚痴(不満)が、待合室のソコかしこで、聞こえて参りました。 幸い私は、予約時間が一番でしたので、安心して診療していただきました。  


 ☆  五月

行く春を惜しみ、 夏のはじまりを感じる月。 明るい新緑が野山を埋め尽くし、 湿り気のない爽やかな風が初夏の匂いを運んで来る。 寒くも無く、暑くも無い、過ごし易い日々が続く。 ハイキングなどの行楽に最適の時期。
 端午の節句には、 高く澄み切った空に鯉のぼりがひるがえり、中・下旬には、渡り鳥ホトトギスが姿を見せ、鋭い声で鳴く。 また、新茶の季節でもあり、八十八夜に摘んだ茶の葉は極上といわれる。
 陰暦の月名 「皐月」(さつき) は、 田に苗を植える早苗月(さなえづき) の略。 また、 狩猟の幸を得る幸月に由来するともいわれる。 


 ☆  日本赤十字社創立記念日

明治一〇年(1877)  の今日、佐野常民が、 西南戦争の負傷者救護を目的とする博愛社設立の請願書を提出した。 のちの日本赤十字社の前身である。 日赤は、この日を創立記念日としている。


 ☆ 「にんげん学」五月度・東京講座は、明後日五月三日「憲法記念日」に、秋葉原で行います。pm3:00.受付



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国民の祝日「昭和の日」 「日高神社火防祭」 「花嫁祭」

おはようございます。

四月も余すところ明日一日 となりました。明日は、板橋の「大学病院」 の、消化器内科へ参ります。 5月に内視鏡検査と伺って居りますので、外来診察をして頂き、その上で、検査日時と検査内容をお伺い、致します。
 おもえば今から七年前の、4月3日に入院そして、およそ3ヶ月、再入院・検査入院などを繰り返して参りました。その後は外来診療で、今まで元気に生活をさせて頂いております。
明日「消化器内科」の主治医の先生から外来検査のお話を、お伺いに、朝一番で、主治医の先生のもとへ参ります。四ヶ月振りに、ラッシュアワーの電車に乗り・バスを乗り継いでの病院通いです。 元気に行って参ります。


 ☆  国民の祝日「昭和の日」

昭和天皇のご即位から第二次世界大戦終結までは 「天長節」、 戦後は 「天皇誕生日」 として国民の祝日であったこの日は、 昭和天皇崩御後、「みどりの日」 と改められ、国民の祝日として残された。1989 年 (昭和64年1月7日の天皇崩御により、同年4月以降、4月29日はその後 「昭和の日」 をを目指す。 平成17年 (2005) に 「昭和の日」。 昭和天皇は明治34年 (1901)  4月29日生まれ。 従前の 「みどりの日」 は 5月 4日に移動した。 また、今上天皇は昭和 8年 (1933)  12月 23 日生まれで、 この日は平成元年以降、 「天皇誕生日」 として新たに 国民の祝日となっている。


 ☆  日高神社火防祭   (ひだかじんじゃひぶせまつり)

岩手県水沢市日高小路、日高神社の4月28・29日の祭。 享保20 (1735) 年の大火のほか、度重なる火災で亡くなった人々の慰霊と、防災への祈りを込めた祭で、 合わせて土地の安泰と五穀豊穣を祈念する。 町ごとの町名をかかげた大万灯の 「町印」 を先頭に、打ちはやし・はやし屋台と称する稚児や囃子連をのせた華麗な屋台が市内を練り歩く。 日高囃子と呼ばれる名物の祭囃子は、享保の大火を機会に町の火消し連によって始められたといい、町それぞれで一声とか祇園ばやし・剣ばやしくずし・松の緑・つるべ井などの曲を伝承している。


 ☆  花嫁祭

4月28日、千葉県君津市白鳥神社の祭。 この日に参詣すると、 安産・開運のご利益があるという。 かつては、白鳥神社の祭と同市、鹿野山神野寺の夜祭が一対となり、神野寺の夜祭で結ばれた二人が、翌年の春、白鳥神社の祭に嫁入り衣装で参詣した。 4月第二酉の日に同県市原市高滝、高滝神社でも行われる。 また花嫁市ともいい、 戦前までは東京都練馬区長命寺でも行われた。


 ☆ 「にんげん学」五月度・東京講座は、五月三日(金)「憲法記念日」に秋葉原で行います。pm3:00.受付。
     
   大勢の皆様が御来講くださるようにお待ち致します。駅中央口より徒歩一分。神田川畔会場です。 関照




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「アースデー」 「四天王寺聖霊会」 「壬生大念仏」

おはようございます。

アースデー (地球の日) の朝を迎えました。  

 
 ☆  アースデー

1970年にアメリカで始められた 地球環境保護運動の日。   この第一回 アースデーは全米で二千万人以上の参加者を集めた。 二〇年後の一九九〇年、 規模は全世界に広がり、 参加国一二七を数えた。 日本でも、 この日、ゴミ問題をテーマにした東京・夢の島でのフェスティバルをはじめ、さまざまな催しが行われた。


 ☆  四天王寺聖霊会  (してんのうじ しょうりょうえ)

4月22日、大阪市天王寺区四天王寺、 和宗総本山四天王寺の法会。  四天王寺は、聖徳太子 (574~63) の発願によって、 推古天皇元 (593) 年に建立された古刹(こさつ) で、 太子のご命日に当たる旧暦 2月22日に、その聖霊をおまつりして遺徳をたたえる法会をいとなんできた。 途中、中絶などの危機もあったが、古格の伝承に努めて、舞楽法会を今に伝えている。
 祭日は、 4月に移して陽春の野外法会として多くの観衆を集めている。 主式場は寺の中心道場で六時礼讃を修する六時堂と、 その前庭に造られた石舞台で、石舞台の四隅には、 高さ六メートルの棒に、紅色の丸籠に朱色の枝を放射状に垂らした曼珠沙華が立てられている。 法会の開始は12時半。 本坊より楽人・衆僧が一舎利 (導師) ・ 二舎利 (副導師) を中心に二列 に行導し、途中石舞台で前庭の儀、次いで石舞台を渡って共に入堂する。 一舎利・二舎利による式は諷誦文(ふじゅもん)・願文や長者による祝詞などとともに四個法要(しかのほうよう) を行う。 唄(ばい)・散華・梵音・錫杖の四種の声明を誦しての儀式である。
 石舞台での舞楽は、 天王寺楽所雅亮会(がくそがりょうかい)によるもので、 「振袖」 「太平楽」 「蘇利古」(そりこ) 「菩薩」 「獅子」 などと、童舞の 「迦陵頻」(かりょうびん) 「胡蝶」 などが演じられる。 「菩薩」 「獅子」 は珍しく、四天王寺独特の曲目である。 天王寺舞楽はかつて、 京都と南部(奈良) と並んで三方楽所(さんぽうがくそ) と称された舞楽の一大勢力で独自の伝統を養ってきた。  明治維新後、楽人は宮中の楽部に吸収されたが、 その後、地元有志の努力で伝統の継承がはかられている。


 ☆  壬生大念仏会   (みぶだいねんぶつえ)

4月21日から29日まで、 京都市中京区梛宮町、律宗壬生寺で行われる法会で、 俗に壬生狂言と呼ぶ仮面劇が連日催される。 正安2 (1300) 年3月14日、壬生寺中興の祖円覚上人が悪疫駆除のために鎮花(はなしずめ) の法会を営み、 融通念仏を修じたことから始められたといい、その念仏の真意と功徳を大衆にわかりやすく説明するために狂言が考案されたと伝える。 行事は 1月下旬にまず脛切会 (スネキリエ・出役狂言師の誓いの式) があり、 3月中旬に面棒巻 (メンボウマキ・狂言に用いる棒を作る) を行う。
 4月下旬、 大念仏会始行に当たっては、前日に開白式を行い、 夕刻から大念仏堂で初夜の勤行が行われる。 翌日から毎日、 大念仏堂で日中に狂言を催し、 終演後に勤行が営まれる。 現行の狂言演目は三〇番で、桶取・餓鬼角力・棒振・山端(やまばな)とろろ・湯立・大原女・賽の河原・大黒狩・炮烙割(ほうらくわり) などが有名で、このほか橋弁慶・道成寺・羅生門・紅葉狩・舟弁慶・大江山・花盗人など、 能・狂言に材を取った曲目も多い。 このうち炮烙割は毎日最初に演じ、湯立・棒振は壬生大念仏会の最終日の最後に演ずる。 いずれも地蔵菩薩の化身としての資格で勤めるといい、 現在は壬生大念仏講の人たちによって奉仕される。 


 ☆  5月度 「にんげん学」東京講座の開催日時変更について。

5月17日(金)を予定しておりましたが、諸般の状況変更に伴い・「にんげん学」東京講座の開催日時を下記の通り変更致しましたので、ご承知おきください。 期日 5月3日pm3:00.受付、pm3:30.開講〜pm5:00.終了。
(ぶら東京、を上野美術館に行こう。(タイトル仮)幹事Mika・T さんより後日ブログで詳細が知らされます。)


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「法然忌」

おはようございます。

「にんげん学」東京講座にご参加下さいました。皆様ありがとうございました。

初参加のSさん、ありがとうございました。 来月もぜひお待ち致しますので、ご参加ください。   関照


 ☆  法然忌

4月19〜25日、 京都市東山区林下町、浄土宗総本山知恩院の法会。 浄土宗開祖の法然上人 (1133~1212) の忌日法要。 法然は美作(ミマサカ・岡山県北部) の生まれで、押領使(オウリョウシ) 漆間時国の子。 一三歳で出家し叡山で修行。 のち京都大谷に住んで専修念仏による往生を説き、讃岐流罪の法難を受け、のち権暦元 (1211) 年に大谷に帰り、翌年弟子の源智に 「一枚起請文」 を与えて1月25日の八〇歳で死寂した。 知恩院は法然居住の大谷禅房の旧地に、弟子源智が建立して大谷寺と称したもので、本堂中央厨子に法然上人、東脇壇に阿弥陀三尊の影像を安置する。 忌日法要を 「御忌」(ぎょき) と称し、 4月18日の夜、経の紐解きといって、 僧侶が阿弥陀経を誦しつつ行道し、以後七日間末寺の僧侶も出仕して諸役を務め、開祖に対する報恩の大法要をいとなむ。 むかしは正月18日から七昼夜の法要で、 御忌に限って撞く鐘の音」を聞かぬうちは、 京都の人は正月の気分にならないといわれた。


 ☆ 5月度の 「にんげん学」東京講座は、会場の都合で、当初予定を変更致しました。
    五月三日、pm3:00.受付、引き続き  pm3:30.開講 pm5:00.終了。(ブラ旅など詳細は後日Mikaさんから)  


     世界平和をお祈りいたしましょう。  ありがとう ・ 心に華を咲かそう。         合掌

「古川祭」 「ぽんぽこ祭り」

おはようございます。


 4月19日(金)、「にんげん学」東京、新年度初講座の日を迎えました。 pm6:00.ころから、久し振りに皆様とお逢いできます事を嬉しく思いながら、西武池袋線と、JR山手線を乗り継いで参ります。宜しくお願い致します。


 ☆  古川 祭  (ふるかわまつり)

4月19・20日 (もと8月5〜7日)、 岐阜県飛騨市古川町、気多若宮神社の祭。  高山祭と並ぶ盛大な祭で、豪華な山車の曳き回しや、起し太鼓と呼ばれる行事が有名である。 19日に神輿が銀杏ヶ岡のお旅所に渡御し、神官・采女(うねめ)・各町代表者・旗・鶏闘楽(けいとうがく)・獅子など三〇〇人余りの供奉員が連なって市中を練る。 19日の深夜には、 大太鼓を据えつけた櫓太鼓と呼ばれる台を当番町の若者がかつぎ、 太鼓を打ち鳴らしながら町内をまわる起し太鼓がある。 迎えた町内では、付太鼓という棒の中央に太鼓を吊るしたものをかついで櫓太鼓の後ろについて突入し、櫓太鼓の若者達と争う。
 20日の朝、 神輿が台名旗を先頭に、各町から屋台が曳き出され、屋台の中の子供達が大太鼓・締太鼓・笛・摺鉦(すりがね)を奏しながら町内をめぐる。 屋台」は青龍台・麒麟台・白虎台・金亀譜台・神楽台・三光台・清曜台・鳳凰台の九台があり、 いずれも四輪車の台上に三層の屋台を組み重ねた豪華なもので、 精巧な人形の飾り物を据える。 


 ☆  ぼんぼこ祭り

富山県射水市、西ノ宮神社の4月19日の海上渡幸祭の通称。 神輿の先駆けに立つ恵比須舞をボンボコとも大和舞ともいう。 舞人は神社所蔵の面をつけ、 烏帽子をかぶり、太刀をはき、 弓矢を持ち、これに法螺貝・笛・太鼓の囃子方がついて、 漁で沖から帰った漁業関係者の家々を訪れて、 竹をたたいて 「はえったくく」 と呼び立て、 「これの恵比須はよい恵比須、舟に宝を積む恵比須」 と一同で歌って、舞はやす。 囃子の音がボンボコ 、ボンボコと聞こえるのでこの名がある。
 本来は、 御神体を海上にお連れして船上で御開帳し、神職が供え物を海上に投げ入れ、海の安全と大漁を祈願する儀式。 神主五、六名、宮総代一〇名、 舞人一名が中心となり、 大漁旗をなびかせた一〇艘ぐらいの伴船が周囲に従う。 実際は、海上へ出るこの渡幸祭は五年から一〇年に一度、不漁の年に行われるのみで、例年は供え物と木の札を海に投じる式典と社舞のみ行う。 4月20日 (春季例祭) と10月20日 (秋季例祭) には神社にて式典と直会(なおらい) を行う。 



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「出雲風流 花踊」

おはようございます。


  ☆  出雲風流 花踊   (いずもふりゅう はなおどり)

 4月18日、 京都府亀岡市千歳町、出雲大神宮で行われる踊り。 この日は、 和銅2 (709) 年、出雲大社から現在の地にお遷り(うつり) になった日という。 厳かな式の後に、花踊と称する風流踊が、 口上役の新発意(しんぼち 二人、笹竹を持った新発意二人、太鼓打ち一二人の踊り手によって舞殿の周囲ではなやかに演じられる。 もとは一二曲で構成されていたが、 現在は入葉(いりは) のほか、 一の宮踊・恋の踊・正月踊を伝承している。 もとは北出雲・中村・江嶋里・小口の旧四ヶ村が出て雨乞いに行われた。


 ☆ 「にんげん学」新年度初、東京講座は、明日19日(金) 秋葉原の会場で行われます。pm6:30.受付開始。


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「嵯峨大仏狂言」

おはようございます。


4月13日の朝を迎えました。「地震速報」が出た時、東京の我が家のサークラインのスイッチの紐が揺れ動き、気のせいか、揺れを感じたような気がしました。 AM5:00.前に珍しく朝早くブログを書こうなんて思うものだから、淡路島付近で震度6の地震が起きました。がらにも無い事はしない方が良いかもとおもいながら書きました。 四国・中国地方の皆様、そして被害に遭われた皆様お見舞いをもうしあげます。

今から思えば、凡そ70年前、昭和20年3月19日、の学童疎開の夜行専用列車、に乗って、福島県相馬郡原ノ町の朝、日の出の頃、到着しました。 猛烈寒かった事を憶えています。 西山館(今はビジネスホテルで健在と聞きました)、でした。旅館のお上は、子供には厳しい「女将」でしたが、「おふくろ」のお手本のように心の優しい女将でした。 「学校」での「お弁当」の御飯のりょうと、おかずの美味しさが、他の疎開先と際立って居たのを、今でも思い出します。
 
 「相馬の野馬追い」 の本場で、本陣は陸軍航空隊の「はやぶさ」などの格納庫に変身していました。
野間追いの原は、滑走路・整備工場など、無数な建物と要塞などで、かたまっていました。 それをアメリカの艦載機が、我々の授業中に攻撃してきます、我々疎開児童が与えられた教室は、教壇の横に、囲炉裏があってお弁当は、囲炉裏で温めて食べました。 お昼時の米軍艦載機の攻撃の時は、障子張りの窓から、パイロットの顔がみえました。3ヶ月後、に磐梯山の見える。信夫山の麓「土湯温泉」に再疎開していました。ここで終戦を迎えました。 今でもたまに夢みることが、あります。原の町駅の貨車入換えの老蒸気機関車を見に行く夢です。


 ☆  嵯峨大仏狂言

4月第一日曜日と第二土・日曜日の三日間、京都市右京区嵯峨、清涼寺の大念仏会で行われる。 後宇多天皇の弘安2 (1279) 年に十万上人、後の円覚上人によって始められたといわれる。 円覚は融通念仏を広め、その布教の手段として念仏の教理・道理と、狂言風の動きに仕組んでみせた。  室町時代初期にはすでに恒例の行事となり、多くの人を集めていたと思われるが、 大念仏に狂言が伴うようになった確実な時期は定かではない。
 嵯峨大念仏は大念仏講または鉦講といわれる組織によって伝えられる。 講員は本来世襲的に上嵯峨と高田 (太秦・うずまさ) の住民10名で構成される定めであったが、 衰退の危機もあり現在はその限りではない。 鰐口・太鼓・鉦を打ち 「ハハミタ、ハハミタ」 と唱える。 円覚が幼いときに別れた母を求めて、夢の告げのままに融通念仏を説き歩くうち、 釈尊の法力によって群集の中に母なり狂女百万(観音の化身) を見出したという故事に由来すると伝える。 この特有の念仏が唱えられる中で、独特の衣装と狂言面をつけて無言で、身振りだけのパントタイム狂言が演じられる。
 昭和38 (1975)  年 を最後に中絶していたが、50 (1975)に復活。 現在は嵯峨大念仏狂言保存会が 二四番の曲を継承している。 一日三曲から四曲。 最終日の最後には 「餓鬼角力」(がきずもう) を演じる慣わしがあり、演者全員で楽器や小道具を手にし 「明年じゃ明年じゃ」 と乱舞する。 ことばを発するのはこのときだけである。 壬生狂言・閻魔堂狂言とともに京都の三大念仏狂言の一つとされる。 


 ☆ 「にんげん学」新年度初東京講座は19日(金)に秋葉原会場で行います。pm6:30. 受付開始。


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「日吉山王祭」

おはようございます。

北朝鮮のミサイル攻撃のニュースが毎日TV・新聞を賑わせております。爆撃・空襲を体験した私は、毎日の報道を、見る度毎に、学童疎開と我が家、我が町が、爆弾・焼夷弾によって攻撃され、町が壊滅状態になった4月13日が思い出されてなりません。疎開から帰って、焼け跡を探しに行きました。同じ思いのご夫人たちが、焼け跡で、食料品を探している姿をみて、その場所が、我が家の焼け跡だと気づきました。営業用のうどん粉の焦げた中に白い部分を探し当て、大切に袋に入れている姿を、みてその場を去ったことが、昨日のことのように思い出されました。


 ☆  日吉山王祭     (ひよしさんのうまつり)

4月12〜15日に行われる滋賀県大津市坂本、日吉大社の祭礼。  古く平安時代に始るという。 日吉大社は、 全国に分布する日吉神社・日枝神社 (山王社ともいう) の本宮で、歴代皇室の崇敬を受け、  また天台宗本山延暦寺の鎮守神として長らく勢威を保った。 祭礼は3月の第一日曜日の神輿上げからはじまり、4月3日の大榊神事、 12日の午(うま)の神事、 13日の神輿入れと宵宮落とし、 14日申(さる)の神事、 15日の酉(とり)の神事とつづく。
 14日は午前中に例祭せ桂奉幣を行い、午後、宮司以下が西本宮で御浦(みうら)神事を行い、ついで大津の四宮天孫神社から大榊が還幸する。 午後1時過ぎ、駕與丁(かよちょう) 数百人が西本宮に参集して飾りの桂を受け、数十人の甲冑武者の集合を待ったあと、神輿の渡御を行う。 神輿は西本宮・東本宮・宇佐・牛尾・白山・樹下・三宮の順に出御し、下坂本の七本柳から乗船して唐崎沖に着御。 このとき、粟津(あわつ) の里膳所(ぜぜ) から御供船が神輿船に参って大幣束を捧げ、神供を献じて船内で楽を奏す (粟津の御供という)。
夕刻、船は比叡辻に渡り、そこから陸路を大社に還御する。


 ☆ 「にんげん学」 新年度初の東京講座は、19日(金) 御馴染み秋葉原会場で行います。 pm6:30受付。



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