こころの時代

企業研修のファシリテーター、日々の雑感、徒然に

思考の三原則

正月は数冊の本を読んで過ごした。
読み終わるとAmazonのレビューで、
他の読者の感想などを読んでみる。

そうすると「☆一つ」みたいな極端に
評価の低いレビューに出くわすことがある。

読んでみると、必ずしもいい加減なもの
でもなく、むしろ文章は熱感を帯びている
ことが多い。「なるほどな」と思わせる
部分もあり、興味深く読めたりもする。

ただ、そうは言っても、やはり「☆一つ」の
評価と同様、主張それ自体も極端な観点から
述べられているものが多く、それは、真理の
一面を捉えているものの、一方でその主張が
明らかに見落としている観点、あるいは、
故意に?触れずに切り捨てている観点もある。

それ故、結局は、主張に説得力を欠いていると
言わざるを得ず、要は「好きか、嫌いか」に
独自の理屈をつけているだけのように思える。

思考

さて、「思考の三原則」なるものがある。

① 全体を俯瞰して考える
② 長期的な視点に立って考える
③ 根本に遡って考える

学生のときに読んだ安岡正篤先生の本で
知った。この時も少し利口になったような
気分になった。

しかしこれだけでは抽象度が高く、
この原則を実際に活かせるようにするには、
この3つの観点を意識しながら、日常的に
思考のトレーニングを積まねばならない。

「知っていること」と「できること」には
大きな開きがある。

特に③の「根本」に遡って考えるは難しい。

これに関して思い起こすのは、今は亡き
渥美東洋先生の刑事訴訟法の講義である。

盗聴イラスト

確かそのときのテーマは、
国家権力が盗聴器を個人のプライベートな空間に
設置し、盗聴(傍受)することは許されるか?

許されないという結論自体に反対する人は
いないのだが、問題となるのはその法的根拠
である。

渥美先生は、憲法35条1項の規定が根拠になる
と主張されていた。

【日本国憲法 第35条1項】
何人も、その住居、書類及び所持品について、
侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、
第三十三条の場合(注:現行犯逮捕の場合)を
除いては、正当な理由に基づいて発せられ、
且つ捜索する場所及び押収する物を明示する
令状がなければ、侵害されない。

ところがこの主張に対しては、
憲法35条1項には、「盗聴」を禁止する文言は
なく、憲法は盗聴行為を想定していなかった
のだから、これを禁止の根拠条文にはできない
とする反対説が、当時は有力だった。

渥美先生は、そのような反対説に対し、
次のような論拠で一刀両断、否定された。
(以下、記憶が正確ではないが、おおよそ
次のような論拠であったと思う。)

そもそも憲法35条の規定は、プライべートな
空間での個人の自由(プライバシーの自由)
を保障したものである。

確かに規定の文言は物理的な国家権力の侵入、
捜索、押収だけを排除対象にしているように
読めるけれども、物理的な侵害行為と盗聴行為
を比較した場合、後者の方がプライバシーの
侵害の程度として大きいことは明らかである。

なぜなら盗聴行為の場合は、本人が自由を侵害
されている状態にあることに気づかないため、
防御的行動をとることができないからである。

そうだとすれば、プライバシーの侵害程度が
大きい盗聴行為について、憲法35条1項が、
それを容認していると解するのは不合理である。
むしろ本条項によって禁止されると考えるのが
妥当である。

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この話は、
私が大学3年の春に初めて渥美先生の講義を
拝聴したときのことで、鮮明に覚えている。

そして、物事を「根本から考える」とは、
まさにこういうことを言うのだなと、
至極納得したのを憶えている。

NHK BS1 欲望の資本主義 2018

2018年、
明けましておめでとうございます。
本年も気の向くままに継続して参ります。
引き続きどうぞ宜しくお願い致します。

さて、1月3日放映のNHK BS1
『欲望の資本主義2018』、
私も興味深く観ておりました。

この分野に関わる方にすれば、
ごく常識的な内容だろうと思いますが、
私などは日常業務とは異なる観点で、
もろもろ考えさせられるテーマでした。

以下、番組後半の内容を抜粋してみました。


Ulrike Herrmann_01

まずは、
ウリルケ・ヘルマン氏。
Ulrike Herrmann
経済ジャーナリスト(ドイツ)

「現代資本主義の世界では、
巨大コンツェルンが原料から販路まで
すべてをコントロールしている。
コンツェルン同士は競争関係になく、
時に協力関係すら築いている。
どんな産業でも、売り上げの大半が
数社の巨大企業に偏っている」

「『競争』というものは、実際には
存在していないのよ」

「例えば、ある経営者が複数の企業を
渡り歩くことが多いでしょう。あるいは
執行役員の後に監査役になったりね。
さらに複数の企業の監査役を兼任する
こともある。監査役同士が同大学出身の
旧知の仲だったりもする」

「そうした状況では競争原理など
働くはずがないわ。いわば『村』のような
狭いところで意思決定がなされる。
『エリートのお友達集団』なのよ」


Schumpeter

ここで、
シュンペーターの言葉を引用。
Joseph Alois Schumpeter

資本主義はその成功ゆえに
土台である社会制度を揺さぶり
自ら存続不能におちいる
社会主義へと向かう状況が
「必然的」に訪れるのだ


Ulrike Herrmann_02

再び、
ウリルケ・ヘルマン氏。

「資本主義が非常に魅力ある
システムなのは明らかよ。
人類が初めて発明した経済成長を
生み出すシステムだものね」

「でも資本主義は成長を生み出す
けれど、残念ながら永久に成長し
続けることはできないのも事実よ」

「いずれ資本主義が崩壊するのが先か、
私たちが資本主義から抜け出る道を
見つけるのが先か、どちらかね」


Markus Gabriel_01

ここでは、最後に、
マルクス・ガブリエル氏。
Markus Gabriel
哲学者(ドイツ)

「かつて私たちは資本主義の代替案が
あるだろうと考えていた。モノの生産と
消費に関する理論がたくさんあった。
だが、そのすべてが誤っていたことが
技術の進歩の歴史にっよって証明された」

「資本主義は
さらに多くの矛盾を生み出し、
人類を滅ぼしかねない」

「現在起きていることについての
マシな理論を立てないと、人間世界の滅亡は、
いつか本当にやってくるだろう」


WALL Street


さて、以下は感想。

どんなに素晴らしいシステムであれ、
所詮人間が創り出すものは、「他よりマシ」
というレベルにしかなりようがない。

ただ「他よりマシ」なはずだった
資本主義というシステムが、
もはや、あるいはもうすぐ確実に
「他よりマシ」とは言えない代物になって
しまうということだ。

そしてそうした「今よりマシ」なシステムを、
人類が滅亡する前に、構築できるのかどうか。

今、人類はその瀬戸際にいる、
ということなのだろう。

こうした歴史的見地に立ちながら、
一方で今ある日常と向き合いながら、
その間を、行きつ戻りつ思考しながら、
私自身は、残された時間を、
どう生きるのかについて、
考え続けなければならないと思う。




HBR マネジャーの教科書② 第3章

Harvard Business Review
マネジャー論文ベスト11を集めて編集された
『マネジャーの教科書』から、今回は、第3章
「新人マネジャーを育てるコーチング技法」。

HBR マネジャーの教科書

ここでは、新任マネジャーを抱えた上司が
どのように育成すべきかについて、
「コーチング技法」の観点から論じようと
試みている。

具体的には、新任マネジャーの特徴を大きく
5つに分類し、これに関連づけて上司の役割を
論じている。

【新任マネジャーの特徴1】
「部下への権限委譲をためらいがちである」

このようなことがおこりがちななのは、
多くの新任マネジャーが昇進前の業務スタイル
として、課せられた要求に対しては、
「とにかく成し遂げる」という態度をとって
いたからだとする。

そして、自身が前線でガッツを見せる
こうしたスタイルが染みついている一方で、
権限委譲には常に恐怖心を抱いているという。

例えば、部下に目立つ仕事をさせると周囲からの
評判は部下に集まってしまうのではないか。
また、権限委譲して任せると自身のコントロールが
及ばなくなってしまうのではないか。
さらには、部下への負担が重くなり過ぎてしまい、
遠慮する、あるいは反発を買う恐れもある。

このような新任マネジャーに対して、
上司としては、まず、新しい役割においては、
個人的に成果を上げることとは根本的に異なる、
という認識を植え付けることが必要だという。

次に、会社・上司の期待は、チームの定量的目標の
達成だけでなく、昇進に値する人材の育成であり、
その努力もきちんと評価されることを理解させる。

その上で、新任マネジャーを育成する上司自身が、
範を垂れることが必要だと述べている。

お悩み_01

【新任マネジャーの特徴2】
「上司の支援を仰ごうとしない」

前回紹介した第1章にも同様の内容が
述べられていた。すなわち、新任マネジャーは
上司に「昇進させたのは失敗だった」とは
思われたくないが故に、自らの弱点を知られない
ように振る舞う。その結果、上司の支援を仰ごう
とはしなくなるのである。

こうした考えに対して上司は、
新任マネジャーの成功が自分(上司)の成功だと
説明し、忌憚のない対話が目標達成には不可欠
であることを理解させるべきだという。

また、そもそもミスは避けられないものであり、
ただ、それを隠そうとすることの方が罪深い
ことを納得させるべきだとする。

【新任マネジャーの特徴3】
「意識的に自信があるように装うことができない」

新任マネジャーは、目前業務への対応で精一杯、
自身が周囲にどのように見られているか、
どのような印象を与えているか気づかないでいる。

しかし、部下に対しては、仮に自信がない場合で
あっても、意識的に自信があるかのように
振る舞わなければならない。そうしなければ、
チームを刺激し、活気づけることは難しい。

こうした意識的な振る舞いをしていない
新任マネジャーに対しては、上司から忌憚のない
フィードバックをする必要があると述べている。

そして重要なことは、部下(新任マネジャー)は
上司のことを子細に観察しているので、そこに
プロフェッショナリズムを感じられれば、
部下も同様に振る舞うようになると論じている。

お悩み_02

【新任マネジャーの特徴4】
「部分ばかりに拘泥し全体が見えない」

新任マネジャーは目前の業務に目を奪われる
ために、問題が発生した場合の火消し役に
自ら乗り出し過ぎるきらいがある。そして、
火消しの成功によって、自己の達成感が満たされ、
マネジャー本来の存在価値を見失ってしまう。

すべての危機にリーダーは自ら対処すべきか?
リーダーの部下たちは、リーダーから複雑な問題
であっても対処するように任されているか?
リーダーが火消しに忙しいとすれば、一体誰が
部門の戦略を描くのか?

このような新任マネジャーに対しては、
上司が「昇進には戦略思考が欠かせない」
ということを諭すことが必要だという。

そして上司が答えをあれこれ並べるのではなく、
新任マネジャーに質問を投げかけつつ、
戦略思考のプロセスをなぞらせるべきだ説く。

【新任マネジャーの特徴5】
「部下へのフィードバックをためらう」

他人の言動を変えさせるために、本人に、
「当該言動が問題である」ということを
直接伝えることは、誰しもためらいを感じる。
それによって感情的な対立が起こる可能性が
あり、そうした対立は誰しも避けたいからだ。

これは新任マネジャーにとっても同様で、
個人の評価に関わる業績のことも含め、
部下に大事なことを言えずにいることが多い。

これについては、上司から、
建設的なフィードバックが、批判ではなく、
権限委譲のもととなることを理解できるような
雰囲気を醸成すべきだという。

そしてそのためには、まず、上司自身が、
自分の部下である新任マネジャーの成長に
ついて、フィードバックを示すことから
始める必要性があると説く。

お悩み_03



ここまで、第3章のポイントを述べてきたが、
本書では、ここにまとめた内容の先に、
いくつか派生する問題を取り上げ、そこへの
対処法が記されている。

そこでは
本章のタイトルにある「コーチング技法」
としての質問の具体例も載せられている。

しかし、全体を読んだ感想からすると、
新任マネジャーには、コーチングによる対処
よりも先に、上司からのフィードバックの
方が必要であり、効果的だという印象である。

それもそのはずで、新任マネジャーの問題は、
ほとんどが経験不足からくるものである。
だとすれば、経験をもとに自ら答えを導く
コーチングより、先に必要な情報を提示する
という意味で、フィードバックが先行するのは
当然のことである。

この論文が掲載されたのは2002年であり、
今から15年も前に遡る。そして、その頃は、
(表現は悪いが)「コーチング」が必要以上に
もてはやされていた時期でもある。

その反動もあってか、最近では、
フィードバックスキルに関する書籍の反響が
高まっており、部下指導のスキルとして、
ようやくコーチングとフィードバックが、
バランスよく認識されるようになってきた。

その意味で、ざっくりまとめると、
本章においては、指導する上司自身の
振る舞いと、フィードバックスキルの重要性を
再認識できることが、総論的な学習ポイント
だといえるだろう。


※フィードバックスキルに関する参考書籍

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HBR マネジャーの教科書① 第1章

Harvard Business Review
マネジャー論文ベスト11を集めて編集された
『マネジャーの教科書』から、第1章
「新任マネジャーはなぜつまづいてしまうのか」。

HBR マネジャーの教科書

ここでは、新任マネジャーが抱きがちな
誤解を5つに整理している。

【誤解1】
「管理職の権威は絶対的なものである」

新任マネジャーになると、権威が高まり、
自由と自律性が高まると思い込む。
しかし現実には、権威を手にするどころか、
いつの間にか複雑な人間関係にからめとられ、
自由どころか、むしろ束縛を感じる。

ここで大事なことは、権力者になったという
幻想を捨てること。そして、部下だけでなく、
チームを支える関係者と交渉しながら、
相互依存関係を深めることだという。

【誤解2】
「管理職の権威を過大視する」

階層組織である以上、管理職は確かに権威
であることは間違いないが、新任の
マネジャーは、自分の権限がその権威に
よって保証されていると誤解する。

実際には上意下達の命令に部下がそのまま
従うとは限らない。往々にして優秀な部下
ほど従順ではなく、そこで不快な思いを
することはままある。

重要なことは、部下、同僚、あるいは
上司からの信頼を勝ち得ること、権威は
その後についてくると考えることだという。

そして信頼を得るすべとして大切なことは
次の3点だとする。

① 自身が「まっとうに行動する意思」の
持ち主であることを示すこと。

② 自身が「まっとうに行動する能力」を
持ち合わせていることを示すこと。

③ 自分には社内的にも対外的にも
「影響力」があるということを示すこと。

LEADER_01

【誤解3】
「統制しなければならない」

新任マネジャーほど部下の服従を望む傾向が
あり、部下の勝手な行動を阻止しようと統制
しようという気持ちが先立ち、権威に訴え
がちになる。

しかし権威に頼る方法ではありきたりな勝利
しか望めない。部下たちが自発的に考え、
行動することが無い限り、望むような成果は
獲得できない。

統制的でなく、部下の主体性を引き出すことは
まさにリーダーシップの核心的な部分だが、
本書では、権威に頼って操るのではなく、
チーム内に「質問する文化」を定着させる
ことで影響力の行使に成功した女性管理職の
事例を紹介している。

【誤解4】
「部下一人ひとりと良好な人間関係を
築かなければならない」

新任マネジャーにありがちなのは、
「チームを管理するには、まず部下から」
という考えの下で、部下一人ひとりと良好な
関係を築くことこそ自身の仕事だと誤解を
してしまうことである。

その結果、もっぱら部下一人ひとりの業績に
ばかり目を奪われ、組織文化や部門の業績に
無頓着になってしまう。従って、チームで
議論し、問題解決や原因の究明にあたると
いうチームの協力行動が起こらなくなる。

これ以外にも、協力的に振る舞う部下と
密着しすぎたり、1対1の関係を重視しすぎる
ために限定的な情報に基づいて意思決定する
傾向に陥るなどの問題が生まれる。

新任マネジャーがマネジャーとして重視
しなければならないのは、健全な組織文化の
形成であり、それはすなわち、
「規律と価値観」を定めることだという。

そしてこれに基づくマネジメントによって、
さまざまな才能の持ち主の問題解決力を
発揮させることができるという。

【誤解5】
「何よりも円滑な業務運営を心がける」

ここに掲げられた「誤解」も、ある意味正しい。
しかしすべての業務を円滑に運営することは
信じられないくらい難しい。つまり信じられない
くらい難しい業務を進めていくためには、
マネジャーはチェンジエージェント(改革者)
としての自覚をもたなければならない。

ところが、現実には大半の新任マネジャーが
その自覚に欠け、上から指示された改革プランに
従うだけであり、自身の責任範囲をあまりに
狭く限定してしまうのである。

これは管理職の役割についての誤解が前提に
あるといい、次のように記している(P.34)。

「マネジャーたる者、その職掌範囲内で
あろうが、よしんばそれを超えていようが、
自分のチームの成功に向けて改革を起こす
義務を負っている。そこまでの権限が与え
られていないことなどは無視してでも、
チームの改革に取り組まなければならない」

LEADER_02

ここまで新任マネジャーのつまづきの原因
となりがちな5つの誤解について述べた上で、
本書は「上司が新任マネジャーの不安を理解
する必要性」についても説いている。

つまり、新任マネジャーにとって、直接的に
自己の評価者にあたる上司は、必ずしも
全面的に自分にとっての味方と認識する
ことは難しく、上司の言動によってはむしろ
脅威にさえなる。

従って、本当は上司の助力や支援を求めたい
場合であっても、上司からの救いの手に背を
むけることさえある。

本書では、組織全体の成功を考えれば、
言うまでもなく、新任マネジャーの成功を
手助けすべく、初めてマネジャー職に踏み出す
時の難しさを、上司が理解すること(思い出す
だけでもよい)が重要だと結んでいる。

LEADER_03



さて、詳細は本書をお読みいただくとして、
「5つの誤解」については、要領よくポイントが
整理されていると思う。

とは言え、実際にはそれぞれの「誤解」につき、
決定的に有効な対処方法は述べられていない。
いずれも方向性を示しているだけである。

しかしそれは当然のことであって、
新任マネジャーのつまづきの克服は、
実務の中で磨かれる能力によってのみ可能である。

マネジャーとしての体験とそこから得られる
再現性ある学び、そしてそれを反復して試す
実践の繰り返しによってのみ成長できる。

どんなにプレーヤーとして優秀であっても、
マネジャーとして有能であるということを
保証することにはならない。

「新任マネジャーになる」ということは、
別の会社に「転職」し、まったく新しい
「職種」に就いた、という、そのぐらいの
心構えで向き合うべきことなのである。


リーダーの発言の重み

NHK・BS1スペシャル
「原爆投下 知られざる作戦を追う」を
観て、徒然に思ったこと。

トルーマン大統領

番組の中で、米大統領トルーマンは、
明確な原爆投下の指令を発しないまま、
軍の思惑が先行して原爆投下された、
そんな歴史研究の結果を伝えていた。

とは言え、
原爆投下後、トルーマン自身は、
その結果を自身の責任と痛感し、
想像を絶する悲惨な結果に
胸を痛めていたという事実も
明らかにされていた。

しかし表向きは、「原爆投下は戦争の
早期終結のためにやむを得なかった」
という発表をし、これを正当化した。

その結果、米国民の80%は原爆投下を
支持し、長崎、広島が地獄絵図となった
惨状を伝えられることもなかった。

そしてその後、米国は核開発に一層力を
注いできたのは言うまでもない。

hiroshima

トルーマンが原爆投下に待ったをかける
明確な意思決定を、明確に下していれば、
長崎、広島の惨状を生まないで済んだの
かもしれない。

その意味で、トルーマンの
リーダーとしての責任は大きい。
しかしさらに残念なのは、その後の
大統領の振る舞いである。

「あれはやむを得ない選択だった」
「むしろ米国民を救った決断だった」
という保身のために正当化理由を発し、
「原爆」、「核開発」というものについての
誤った見方を世の中に浸透させてしまった。

リーダーも神ではない。
それ故、不作為というかたちも含めて、
誤った決断をすることもある。

しかしむしろリーダーが
「リーダーとしての器」について
真に試されるのは、誤りを認識した後の
振る舞いにかかっているのだろう。


貴乃花親方問題、八代氏の正当性

takanohana

横綱・日馬富士の傷害事件に端を発した
貴乃花親方の処分に関する問題。

まったくの部外者である一市民からは、
やはり事実関係が確定していない以上、
この問題自体について、
コメントする気にはならない。

ただ、事実関係が確定していないことを
前提にしたマスコミの議論のなかで、
もっとも信頼できるコメントをしているのは
おそらくTBS「ひるおび」に出演している
八代英輝弁護士である。

yashiro_hideki

法律論を振りかざしているのではなく、
法律論の前提にある、漏れ伝わる情報を
事実と推論、伝聞と非伝聞を的確に区分けし、
そのうえで、公平性の観点から、
極めて論理的に弁を進めている。

その結果として、八代氏の主張は、
全体としては明らかに相撲協会に批判的で、
貴乃花親方よりのコメントになっている。

マスコミの論調とは違って、
ネットでは八代氏の主張の正当性を
支持するコメントが確実に多いと感じる。

何故このような明確な差が生まれるのか?

普通に考えれば、
利益関係を背後にもって情報を発信する
マスメディアは、一定の意図をもった
情報発信をしている、つまり、
情報コントロールをしているからだろう。

八代氏の発言には、かなりのインパクトが
ある思われ、そこで嫌な予感としては、
氏の主張に反対する人々から、
ネガティブキャンペーンがなされる
可能性がある。

八代氏と貴乃花親方には、
そもそも親密な関係性があるとか、
八代氏が貴乃花親方寄りの発言をする
それ相応の利害関係がある、というような
情報が意図的に流されるのではないか?

ひょっとすると、私が知らないだけで
すでにそのような情報は発信されている
のかもしれないが。


エル・クラシコはランチ前

火野正平氏の「こころ旅」は
ここ最近の息抜きになっているが、
4~5年前から続くWOWOWでの
スペインサッカーリーグの深夜観戦も
同じように密かなる息抜きである。

とは言え、時間帯が深夜・早朝なのと、
サッカー観戦はそれなりに時間の拘束が
あるので、「こころ旅」ほど気楽に
観られないのが残念である。


エルクラシコ_01

さて、先日クリスマスイブの日に、
スペインサッカーを観る者なら
間違いなく血沸き肉躍る、
レアル・マドリッドとFCバルセロナの対決、
エル・クラシコが行われた。

エルクラシコ_04

日本時間で夜の9時から、
現地時間では昼の1時にキックオフ。

聞けば、アジア市場の拡大を目指して
アジア地区でのTV観戦がしやすい時間に
試合を組んだのだという。

しかし昼の1時というのは、現地では
昼食前の時間帯。現地ファンからは、
この時間帯にクラシコが行われることに
大ブーイング。

そりゃそうだろう。
プロ野球の日本シリーズが午前11時から
始まりますって話と同じなんだから。
高校野球じゃないんだから、って話。

実際、
昼飯前に世紀の一戦が終わっちゃって、
その日の残りは一体何して過ごす?

本当なら、
その日は朝から試合に向けて
ワクワクしながらもろもろ準備して、
試合開始直前まで、あーでもない、
こーでもないって言いながら盛り上がり、
ようやく試合を迎える。

で、試合が終わってからは
そのまま夜の街に繰り出して、
勝っても負けても、みんなで試合を
振り返って、そこでまた盛り上がる。

エルクラシコ_02

確かに、私は
今回の試合時間の変更で
大いに恩恵にあずかった。

クリスマスイブのプライムタイムに、
世紀の一戦をライブで、ぬくぬくと
TV観戦できたのは至福の時間であった。

しかし、現地のサッカーファンが
一年にたった1度、2度の
心待ちにしていた貴重なイベントを、
こんなかたちで奪ってしまうのは
とても心苦しい。

スペインサッカーなのだから、
まずは現地でリアルにスペインサッカーを
支えているファンを尊重すべきである。

現地のファンが支え続けているからこそ、
スペインサッカーが育ち、ここまで
発展してきたのだから。

「いやいや、もはや今我々に必要なのは
生身のファンよりも、マネーなのだ!」

そんな、リーガのお偉い方々の声が
聞こえてくるようで・・・・。


アジアにいる私たちの
TVやネットのライブ観戦が
多少ツライ時間帯になったとしても、
現地ファンの心行く楽しみ方を
奪うようなことはしないでほしい。
そう願う。

Fun !




仕事帰りの夜散歩

年末、
仕事もひと段落ついた感じになり、
多少気分も軽くなっている。

妻は韓国の人気アーチストの
ライブに出かけており、
深夜にならないと帰宅しない。

疲労感は相変わらずあるものの、
妙な解放感もあり、
代々木のオフィスから
大久保の自宅までのんびり
歩いて帰ることにした。

代々木駅から新宿駅方面へ。

IMG_1740

小田急線の踏切を超えて、
サザンテラスにでる。

IMG_1729

以前はよく立ち寄っていたフラン・フラン。

IMG_1742

サザンテラスをさらに新宿駅南口方面へ。

IMG_1743

イルミネーションがきれい。
冷たい空気を感じながら、
1人でふらふら歩いているのが気持ちいい。
昔は青だったよなーなどと思いつつ。

新宿駅南口が見えてきた。

IMG_1745

右側は、新宿バスターミナル、バスタ新宿。

IMG_1744

左側には、パン屋。
コンビニスイーツにも飽きたな~などと
おもいながら、ふらふらと入ってしまった。
http://boulange.baycrews.co.jp/

IMG_1746

買ったのは、一番人気のクロワッサン、
フィナンシェ、クリームチーズ入りのいちじくパン。

IMG_1751

IMG_1749

IMG_1748

パン屋の袋をぶらさげながら、
新宿駅の西口ターミナルをぬけ、
大ガード交差点の方にくだる。

IMG_1730

ウチまであと15分くらい。

家についたらコーヒー淹れて、
フィナンシェかじりながら、
一人で「こころ旅」のDVDでも観よう。

ささやかな至福の時間だ~。(実際はDVDを
観始めてすぐに眠りに落ちました。)




横審の滅茶苦茶な苦言のせいで

横審会見

20日の午前中、
臨時の横綱審議委員会が開かれ、
その後、北村委員長の会見があった。

傷害事件を起こした日馬富士には
引退勧告相当、その場に同席しながら
暴行をすぐに止めなかった白鵬、鶴竜の
両横綱に対しても「厳重注意」の
決議がなされたと発表した。

そしてこれを受けてこの後、
相撲協会理事会が下した正式な処分が
八角理事長から発表された。

その内容の是非については
コメントしない。
日馬富士の傷害事件については、
事実関係において曖昧なことが
多すぎるからである。



それよりも私は、北村委員長から
横審の意見として呈された
白鵬の取り口に対する苦言について、
強い違和感を抱いた。

白鵬が立ち合いに見せる
「張り手、かち上げ」が横綱らしくない、
という内容のものだった。
「最後には白鵬の自覚を期待する」
というような趣旨であった。

白鵬VS遠藤 かちあげ

なんで、
日馬富士の傷害事件と絡めて
ここでこの話を持ち出すのだろうか。
どういう筋でこの話になるのか?

日馬富士の暴行をすぐに止めなかった
白鵬の責任と、白鵬の取り組みにおける
所作の問題はまったく別の話である。

傍から見ていると、この際だから、
白鵬に対するこれまでの不満も合わせて
言ってやろう、というような
筋の通らない滅茶苦茶な言いがかりの
ように映る。

臨時の横審の場で、「白鵬への苦言」
という括りでこの話になったとしても、
今日この会見の場でこの話を持ち出すのは
筋違いである。



しかも、
「白鵬の立ち合いの張り手、かち上げが
見苦しい」という批判は今に始まったこと
ではなく、それにも拘わらず、長きに渡り
この問題を放置してきたのは協会である。

そしてこの問題を放置している間に、
白鵬はすでに40回も優勝してしまった。
そしていつの間にか、大鵬の記録を
遥かに凌ぐ、稀有な大記録をつくった
偉大な横綱になってしまった。

白鵬優勝九州場所

今日の横審の発言を受けて、
白鵬の大記録、大横綱としての評価は
一体どうなるのか?

40回優勝の大記録も、その中身は
立ち合いの張り手、かち上げによる
こすっからい手口で勝ち続けた
「汚れた大記録」とでも言うのか?

そうだとすれば、
その「汚れた大記録」の樹立に
協会は野放しにするという不作為で、
自ら加担したことになるではないか。

今日の北村委員長の発言は、
白鵬についての評価を、
結果としてこのように位置づける
ことになってしまった。

しかも重ねて書くが、
今日のこの場は、日馬富士の傷害事件に
関する処分について発表する場だった。



白鵬を擁護する気持ちは全くないが、
こんな筋の通らない話を唐突に持ち出せば、
白鵬の立場からすれば、理不尽さを
感じるのは当然だろう。

そして、
自分が日本人でないから、
モンゴル人だから、外国人だから
このような理不尽な扱いを受けるのだ、
そういう被害者意識をもつのも
もっともなことである。

つまり、こういう筋の通らない
横審や相撲協会の対応が、
ことある度に手を焼かせる、
「制御できない横綱」を生み出した
要因になっているのだろう。



大相撲を愛する者としては、
底なしにやるせない気持ちである。



疲れて半休とりました

先週の仕事の疲れがまったく抜けず、
今日は午後に半休をとり、自宅で30分、
「こころ旅」の録画をぼんやり眺めた。

宮崎県宮崎市の自転車旅で、
子供の頃の遊び場だった古い神社が
目的地になっていた。

大きな木々に囲まれた古い神社の雰囲気が
昔懐かしい感じを思い起こさせ、
やわらかい木漏れ日を受けながら
手紙を読む火野氏の言葉が、なんとも染みた。

手紙をくれた方は70歳。
手紙を読む人68歳。
神社で遊んだ遠い昔の子供の頃のお話。

kyoudai

私の周りでは次々に親戚が亡くなっていく。

父方の兄弟姉妹は8人いたが、今は、
私の父も亡くなって、残っているのは
2人の伯母だけ。

父方の兄弟姉妹は、
情の絆は濃いが、自己顕示欲も強く、
ひとたび喧嘩が始まるとすごかった。

幼少の私などはその場にいると、
心凍るような気持ちで震えて見ていた。

しかし、そんな人たちも
既にほとんどがこの世を離れている。



青臭いようだが、
「人間の一生って何なんだろう・・・・」
なんて、ふと思う。

喜んだり、感動したり、
喧嘩したり、心を痛めたり、
苦しい想いをして努力して、
他人を傷つけたり、傷つけられたリ。



こんなことを思う今の自分は
まともなのだろうか?
それとも自分で気づかないうちに
どこか心が疲れているのだろうか?


その答えもでないまま、
この文章を書き終えたら、
また仕事である。



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