こころスィート空間

クリスチャン心理カウンセラー(臨床心理士)・レミントンのブログです。 心に悩みや課題をかかえておられる方、特に同じ信仰をもつ兄弟姉妹がたのお役に立てれば、と願いつつ運営しています。 無料のメール相談もしています。悩んでおられることや困っておられることがありましたら、つぎのメアドを☆マークを@に変えてお送りください。 cocoro☆peace.nifty.jp (自動巡回の迷惑メールを避けるため、あえて@を☆に変えていますが、送るときは☆マークを@に変えてお送りください。) また、地域はかぎられますが(大阪府、兵庫県と和歌山県の一部など)出張の心理相談もしています。同じメールアドレスにまでお問い合わせください。

~自己紹介~
私はイエス・キリストを自分の救い主として証するクリスチャンで、とあるプロテスタント教会に教会員として所属しています。教会では教会学校の成人科で奉仕しています。平日は、公立小・中・高等学校でスクールカウンセラーをしています。
カウンセリングのスタイルは、心の課題や直面しておられる問題について、来談者様のお話をじっくりとうかがいつつ、いっしょに考えていく、というスタイルです。
大阪府臨床心理士会、日本心理臨床学会、日本宗教民俗学会に所属しています。
心理学のほかに、宗教民俗学を研究しています。

あなたのこころのなかのもの

あなたのこころのなかのもの

 あなたのこころのなかに、自分を傷つけたり、他人を傷つけてしまう、だけど自分ではどうしようもないものがあったとして、それを私には話していいんですよ
 これまで誰にも話せなかったり、話したとしてもわかってもらえなかったようなことでも、私には話していいんですよ

 たとえそれがこころの闇のようなものでもいいです
 信じてもらえなさそうだとあなたが思うものでもかまわないです
 あなたがしたことを私は良いとか悪いとか言わないし、「こういうことがあったのだ」とあなたが言うのなら、私はほんとうだと思うから

 なぜこんなことを言うのかというと、話さない限り、あなたはたぶんそれを乗り越えられないからです
 ひとりで背負うのはやめてほしい
 話してもむだだと思うのはやめてほしい
 ためしに、どうか信じてほしいのです

 それにこころのなかには、あなたにもわからないことがあります
 だから助けがいるのだし、
そのために私がいるのです
 
ひとりで苦い思いをするのはもう終わりにしましょう
 あなたのこころのなかのものをどうか私に話してください

やさしい聖書入門『ルカの福音書1:46-56』

やさしい聖書入門『ルカの福音書1:46-56』

7.
 今回のかしょは教会では『マリアの賛歌』と呼ばれているかしょです。もともとこの『ルカの福音書』は、人びとの詩のように美しい賛美やあかしがあちらこちらにちりばめられています。その中でもこの『マリアの賛歌』はもっとも美しい賛歌といえるかもしれません。

 マリアは最初に言います。「私のたましいは主をあがめ、私の霊は私の救い主である神をたたえます(46-47)」と。信仰者にとって、いや、人間にとって、神さまをたたえることは実はごく当たり前のことのはずです。神さまは賛美されるにふさわしいお方だからです。なおさら、信仰深いマリアにしてみれば口を開いて出た最初の言葉が神さまへの賛美であったとしても、何も特別なことはなかったかもしれません。

 でもこの時のマリアの賛美の言葉は特別なものでした。それはつづく言葉をみればわかります。「この卑(いや)しいはしために目を留(と)めてくださったからです。ご覧ください。今から後、どの時代の人々も私を幸(さいわ)いな者と呼ぶでしょう(48)」と。マリアは神さまに特別な恵みを個人的に与えられました。それをよろこんで出た賛美だからこそ、この賛美は特別なものだったのです。

 私たちは苦難のなかでもヨブのように(ヨブ記1:21)神さまを賛美することができるかもしれません。でも私たち人間が本当によろこびに包まれて神さまを賛美できるのは、他でもない自分に神さまがよくしてくださったことを知るときです。マリアもそうでした。マリアはこのときザカリアの家に行き、天使のおつげが本当だったことをザカリアの妻エリザベツによってリアルに確信したのです(1:41)。

 このよろこびには時代の影響もあるでしょう。当時は暗い時代だったのですから。国は外国に占領され、宗教はオママゴトのような戒律主義(かいりつしゅぎ)か、人間は死んだら終わりなのだという考えに二分(にぶん)されていました。そのなかを人々はまるで「羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れて(マタイ9:36)」いたのです。外国の勢力や一部の国内の権力者や宗教家たち、そして悪魔など「心の思いの高ぶる者(51)」に、いいようにされていたのです。

 でも天使が伝えたおつげによって、マリアは自分の子が大いなる者となり、永遠の王国をたて人々が解放されることを知っていました(32-33)。それは神さまが世の人々をあわれまれたからです(54-55)。このことは何重にもマリアにとってよろこびでした。

 そしてそのよろこびはまた私たちのよろこびでもあります。このときマリアがあかしした神さまのあわれみが私たちにも向けられているからです。

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もしもあなたが

もしもあなたが

もしもあなたが少しだけでも
「さびしい」と感じるなら
もしもあなたが少しだけでも
「つらい」と感じるのなら

話してくれるといいんだよ
むずかしく考えなくていい
さびしいときは「さびしい」と
つらいときは「つらい」とだけでも

むずかしく考えなくていいから
心配しなくていいから
大事なことは話すこと
ほかでもない
あなたが話すことだから

だから

もしもあなたが少しでも
「さびしい」と感じたり
「つらい」と感じるなら
どうか話してほしい
ぼくはいつでも
いつでもここにいるよ

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