2008年11月13日

知人の「あだ討ちを復活させろ」という理論

こちらにトラックバックを送って下さった「死刑肯定派」の方へですが、私のPCからあなたのブログのコメントに書き込みは出来ません。
前にコメントした時はPCの置いてある喫茶店へ行き、PCのある席があくのを待って、それから書き込んだのです。えらく手間がかかるのです。
「殺されない権利」うんぬん、などに対する私の意見は
「この国で「死刑廃止派」を名乗るのは勇気がいる」
という記事で、書いていますのでそちらをご覧下さい。
あなたに対しては以上です。

私は「死刑肯定派」の人達が
「私は無実の罪で死刑になる覚悟がある。私の大切な人(家族、友人、恋人)が無実の罪で死刑になっても諦める。日本国民は全員それを覚悟しろ。それでも死刑制度を存続させるべきだ」
とまで言いきったなら、まだ納得できます。
しかし、実際はそうではありません。「死刑肯定派」の人も
「私は無実の罪で死刑になりたくない」
でしょう。
今の日本の警察における有罪率は99.9%です。
こんな数字はありえません。
冤罪が確実にある数字です。
今の日本は「犯人を警察が捕まえる」のではなく「警察が捕まえた奴が犯人」
という状態です。
この状態で死刑が執行されています。
(国連が日本に対し、警告するのはこれが大きい。ちゃんと理由がある)
それなのに
「無実の罪で死刑になる人がいる」状況を支持するのは何故なのか?
明日には、あなたも私も、あなたの大切な人も、私の大切な人も
「無実の罪の死刑囚」
として逮捕される可能性があります。
何十年間も拘束されたのち、死刑になるかもしれません。
そんな可能性のある状況をどうして肯定し、支持するのかまったく分かりません。だって
「私は無実の罪で死刑になりたくない」
のでしょう?私はここに
「自分の命」を棚にあげる自惚れを感じます。
「自分の命」だけは別。
自分だけは無実の罪で死刑にならない、と言い切る根拠のない自信。
そこには「自分以外の命」は無実の罪で死刑になっても仕方ないと言うごう慢さ。
「自分以外の命」を「自分の命」より下だ、と考えている無意識の差別を感じます。
私の知人で
「死刑は廃止して「あだ討ち」を復活させればいい」
という奇抜な意見を言う人がいました。
「死刑に値するような罪を犯した犯人に対して、被害者遺族が犯人を心の底から憎み、殺してやりたいと願い、それを実行しなければ精神的に立ち直れない、というならさせてやればいい。死刑の変わりにあだ討ち制度を復活させてやればいいんだよ」
というのです。
知人の論は
「遺族の気持ちを考えろ!遺族の方が犯人の死刑を望んでいるのだ」
と言うだろ。犯人の死を一番望んでいるのが遺族の方なら、その遺族の方が犯人を自ら殺せばいい。犯人に対し恨みもない死刑執行人が手を下す必要はない。
実際、死刑執行人が精神を病む事がよくあるが「あだ討ち」ならこの問題が解消される。そして
「命を奪った者に対し、命でもって償わさせる事が一番望んでいる事なのか?自分も加害者と同じ「命を奪った者」になるが、それでも命で償わせる事を望むか?」
を、遺族に問える。
と、言う。
私が「それでは復讐ではないか?」
と、問うと
「そうだ復讐だ」
と答えました。
「死刑はどう綺麗事並べようが復讐なのだ。それを認めたうえで支持するべきだ。間違いを犯した者は命で償わなければならないのなら、法相も自分が許可して「死刑」(あだ討ち)で死んだ者が、後で無実だと分かった場合は自分も遺族の手で「死刑」(あだ討ち)になる、という法にすればいい。その覚悟で「死刑」(あだ討ち)を許可しろ。無実の者を「死刑」(あだ討ち)にしろと支持した者も例外ではない。遺族が望むなら、遺族の手で「死刑」(あだ討ち)になれ」
「命を命で償う」という事は、ここまで徹底させなければ意味がない、という知人の論。
この意見は残酷で強烈すぎですが、少なくとも「自分の命だけは別」とした棚上げはありません。
「命」に対し、平等であろうとする姿勢があります。
だが、知人のいう制度が存在する社会はあまりにも殺伐としている。
人間が間違いを犯す生き物なのに、その間違いを許してはならない、という考えです。
人間は間違いを犯す生き物なのだから、冤罪は無くならない。
どこまでも「死刑」(あだ討ち)が続いていく可能性があります。
なにより、被害者遺族への精神的、肉体的負担が大きすぎます。
そして、命は命で償えない、というのが私の考えです。
これらの理由から、私は知人の意見には反対です。
しかし、稚拙な「死刑肯定理論」をぶちかます人達よりは、まだ納得出来ました。
「死刑執行人が死刑を執行するから自分の手は汚れない」
と安心して「死刑にしろ!」と叫んでいる「死刑肯定派」の人達よりは「棚上げ感情」を感じませんでした。
「死刑肯定派」の人達の中で
「子供には将来、死刑執行人になってもらいたい」
「死刑執行人はヒーローだ」
「私も将来は死刑執行人になる」
と言ってる人を見た事がありません。
私は「死刑肯定派」の人達に
「無実の罪で死刑になった人の命は誰に償わせるのですか?」
と、聞きたくなる時があります。
無実の罪で死刑になった人の遺族は被害者遺族ですよね。
その人達の為に、今度は誰を死刑にするんですか?
人間は絶対に間違いを犯す。
それを理解した上で、それでも「死刑」を支持するなら
「私は無実の罪で死刑になる覚悟がある。私の大切な人(家族、友人、恋人)が無実の罪で死刑になっても諦める。日本国民は全員それを覚悟しろ。それでも死刑制度を存続させるべきだ」
とまで言うべきでは?
もちろん私は反対ですし、突っ込みどころは満載ですが(外国人が犯人だったら?など)少なくとも「棚上げ感情」は感じません。
もちろん私は「無実の罪で死刑になりたくない」です。
だから、誰にも「無実の罪で死刑になってもらいたくない」のです。

トラックバックが一部、通りにくくなっているようです。申し訳ありません。(後日承認制なので分かりにくくてすみません)

http://palestine-heiwa.org/choice/list.html
イスラエル支援企業の一覧

http://www.aseed.org/ecocho/
エコ貯金ナビ

http://mscience.jp/index2.htm
フェアトレード情報室

http://no-saiban-in.org/
裁判員制度はいらない!大運動

http://www.news-pj.net/index.html
「NPJ News for the People in Japan」

http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/
『「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク』

http://stop-du.jp/
ストップ!劣化ウラン弾キャンペーン

http://www.magazine9.jp/
マガジン9

http://www.hanchian.org/
共謀罪を廃案に!

http://www.horae.dti.ne.jp/~snzk/index.html
消費税反対

http://www.geocities.jp/y_20_06/index.html
無期懲役刑に関する誤解の蔓延を防止するためのホームページ

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