2009年03月04日

人が死んで笑う人、命を数で考える人

私は、人の命を数で考える人を基本的に信用しません。
また、いかなる人が死んでも笑う人を基本的に信用しません。
私は以前、死刑制度を肯定していましたが(死刑制度があった方が殺人率は減ると思っていた。不勉強)その時も、冷酷な殺人者に「死刑」が執行されても喜びはしませんでした。
「死刑」にしなければいけない程の残虐な犯罪が行われた事、「死刑」でしか償えない人の愚かさにむなしさや、悲しみを感じていました。
いくら加害者を「死刑」にしたところで失われた命は返ってこないのですから。
だから、今の「死刑」に歓喜の声をあげる人を見て「ぞっ」とします。
グロテスクだと思います。
人が死ぬ事がそんなに嬉しいのか?と。
「人の命を奪う事は最低の行為である」
と言っている人が、どうして命を失われる事を喜ぶのか?
それでは
「私は「いじめ」は許さない。だから「いじめ」を行った奴がいじめられるのを喜ぶ」
のと同じではないですか。
「いじめ」を許さないのではなかったのか?「いじめ」をこの世からなくしたいのではないのか?「いじめ」を認めないのではなかったのか?何故
「「いじめ」を行った奴をいじめるべきだ」
と言うのか?
「死刑廃止」に反対を唱える人が
「どんな人間でも生きる権利がある。その権利を奪った奴の生きる権利をどうして認めなければならないのか」
と言っていました。
この人は自分が
「生きる権利をどうして認めなければならないのか」
と言っている時点で、自分が人の命を奪った加害者と同じ
「他人の生きる権利を認めない」人間
になっている事に気付いていません。
「どんな人間でも生きる権利がある」と言っているのに、何故自分が「生きる権利を認めない人間」になるのを許すのか?
自分は特別な人間だとでも言うつもりなのか。
「犯罪を犯した人間に生きる権利などない」
というつもりなのか?
では「どんな人間でも生きる権利がある」と思っていない事になります。
「生きる権利を認めていない」人が同じく「認めていない人(犯罪者)」を裁く権利があるのか?
「いじめを認める」人に「いじめを行った」人を非難する権利があるのか?
が、「死刑肯定」派の人は、「自分の事は棚上げ」な人が多いです。
「死刑肯定」派の人すべてを私は否定しません。
すべての人が「死刑廃止」になる必要はない、と思っています。(私は「命の大切さ」を皆が知り、自分で考える事こそが大切だと思う。今のようにテレビの過激報道に煽られ、「死刑制度」について知識もないのに単に「死刑にしろ!」と叫ぶだけの人の多さに危機感を感じている)
私はどうしても(むなしさを感じるならともかく)「人が死んでも笑う人」が、命の大切さを知っているとは思えません。
某様のブログで、『裁判所の前で「そいつを死刑にしろ!」と言っている人が殺人者になった事件がある』と書かれているのを見て、私の思いは、あながち「的はずれ」でもないかも。と思いました。
「死刑」に対し、抵抗感がない人は「命が奪われる」事に対しても、抵抗感が少ないのではないでしょうか?
「犯罪を犯した奴を死刑にするのが何が悪い」
が、場合によっては
「私を苦しめる最低な奴の命を奪って何が悪い」
「私を苦しめる奴に生きる資格はない」
に切り替わってしまうかもしれません。
なんといっても、基本「自分の事は棚上げ」ですから。
先日、某ハリウッドアクション映画の予告を見ましたが
「1人倒して100人の命を救う」
などの宣伝文句に呆れました。
まあ、つまるところ
「テロをしようとしている悪人を殺して、善良な市民を救う正義の人の映画で〜す」
って事でしょう。
私は命を数で考える人を信用しません。
命を救うのに、何故命を犠牲にするのか?
それでは「命」に優劣をつけている事になります。
救う価値のある「命」と奪っていい「命」です。
アメリカの言う事は結局
「1人のアメリカ人を救う為に100人の外国人の命を奪っていい」
なのでしょう。
救う価値のある「命」はアメリカ人で、価値のない「命」はそれ以外なのでしょう。
9.11事件があった時「テロ戦争」をぶち上げるブッシュ大統領を、アメリカ国民の8割は支持しました。
反対した議員にヤジを飛ばしました。
反対するアーティストを批難しました。
「アメリカを攻撃した奴に制裁を加えるのが何が悪い」
と言い、何故アメリカが攻撃されたのか?
理由は考えようとしない。
「アメリカ人を殺した奴を殺すのが何が悪い」
と言い、相手がアメリカ人に家族を殺されているかどうか、は考えようとしない。
関係ない一般市民(女、子供を含む)が巻き添えになる事などおかまいなし。
私はこういった「アメリカだけに価値がある」とするアメリカの気質を認められません。
これと同じ考えを認められません。
「死刑」に歓喜の声をあげる人に、同じ気質があるのを感じるのです。
「善良な市民にだけ生きる権利がある。犯罪を犯した奴に生きる資格などない」
と言い、何故、犯罪者になったのか?
理由は考えようとしない。
冤罪だった場合、無罪だった場合は?
を考えようとしない。
そのうち、アメリカ人の命だけを尊ぶのと同じように「善良と判断された日本人」にだけ生きる権利がある、と言い出しかねません(北朝鮮人や中国人の命は日本人の命より価値が低い、とか言い出す)
「死刑肯定」派の人は、「自分の事は棚上げ」な人や「命に優劣をつける人」が多いですが、そういう人に限って
「私は命の大切さを知っている」と言います。
「アメリカ人の命」だけ大切にするアメリカと同じく、
「私は、自分の命の大切さ、だけ知っている」
と言い直した方が正確だと思うのですが…

トラックバックが一部、通りにくくなっているようです。申し訳ありません。(後日承認制なので分かりにくくてすみません)

●ttp://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-532.html
死刑FAQ「村野瀬玲奈〜」様のブログ

http://palestine-heiwa.org/choice/list.html
イスラエル支援企業の一覧

http://www.aseed.org/ecocho/
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http://mscience.jp/index2.htm
フェアトレード情報室

http://no-saiban-in.org/
裁判員制度はいらない!大運動

http://www.news-pj.net/index.html
「NPJ News for the People in Japan」

http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/
『「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク』

http://stop-du.jp/
ストップ!劣化ウラン弾キャンペーン

http://www.magazine9.jp/
マガジン9

http://www.hanchian.org/
共謀罪を廃案に!

http://www.horae.dti.ne.jp/~snzk/index.html
消費税反対

http://www.geocities.jp/y_20_06/index.html
無期懲役刑に関する誤解の蔓延を防止するためのホームページ

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