2016年07月23日

DSC_0051 お目当ては新世界東映。1967年制作、小沢茂弘監督の「博奕打ち」をスクリーンで観ました。
 いきなり冒頭、小池朝雄さんが賭場を仕切ってます。それだけで、もうねこの心はわしづかみにされました。
 舞台は昭和初期の大阪、一匹狼の博徒海津銀次郎(鶴田浩二)が、弟分の花沢(待田京介)を連れて現われ、各賭場を荒します。まさしく、さすらいのギャンブラー。その見事な打ちぶりに、女郎屋錦楼の主人新吉(山城新伍)が黒田一家に博奕で借りた大金を、期日に返せないと錦楼が差し押さえられると銀次郎に泣きついてきました。銀次郎は新吉の妻・おときから預った金を賭場で十倍にして新吉に渡しましたが、新吉はさらに増やそうと、それで素人賭場を開いた。縄ばりを荒された黒田一家は、新吉から金をまき上げ、錦楼を手にしてします。悲観したおときは自殺し、通夜の日、新吉は香典を元手に、黒bakuchiuchi6[1]田の賭場にいき。錦楼を取り返そうとしたのだが、逆にすってしまいます。それをみた花沢は、銀次郎に内証でイカサマ札を使ったのですが、黒田の子分大関に見破られて指をつめる破目に。その夜、銀次郎は身を清めて黒田の前に現われ、総ては博奕で決着をつけようと申し出、勝ちます。一方、花沢が女のことで、黒田一家の大関(若山富三郎)に殺されてしました。それを聞いた銀次郎は錦楼に乗り込んで大関を倒し、さらに黒田を斬るのでした。
 今回のワカトミは悪役でしたが、やはり見かけが見かけなんでかなり怖いです。コミカルな役で見慣れてただけに。そして、ヒロインは桜町弘子さん。大阪城でデートというのが、地元民がみても微笑ましい。結局は、上海に売り飛ばされ、鶴田も救出に間に合わずに行ってしまうのですが。桜町さん、いい女優さんなんですが、加藤㤗作品と小沢作品とは印象が違いますね。加藤作品の方が、自我があるというか。監督の女性観の違いなんでしょうね。
 博奕、ねこも嫌いではないのですが、自分が弱いのが分かっているのと、人生そのものが博奕打ってきたようなもんで、それ以上に更に博奕をしようとは思いません。


2016年07月22日

DSC_0039 ここはまだ営業していました。新世界国際。洋画と地下があって、洋画は名画座、地下はポルノです。手書きの看板が味わいあります。通常三本立てなのですが、なぜかその1本にミニシアター系の映画が混じっています。それと、普通の娯楽とで、プログラムに一貫性がないのがいいところ。
 ふと見ると、観たかった韓国映画「国際市場で逢いましょう」がかかっていました。すごく観たいけれど、さすがのねこも一人ではよう入ることができませんので、見送りました。
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 惹句とかも、手書きで、内容とかも館主が考えてるのかなぁ。外国にも金融やくざはいるのだろうか。大企業はぶちかまして痛い目にあわせてほしいもんです。
DSC_0040 建物も洋風でレトロな映画館です。新世界の映画の灯、頑張ってともし続けてほしいもんです。



2016年07月21日

DSC_0047 実は新世界にやって来るのは、今年初めてなのだけれど、なんと新世界日活がなくなってるではないか。昨年の9月末で閉館したそうです。また、1館、映画館が消えたのですね。別に観に行くことはないのですが、なんか庶民の娯楽として残してほしかったなぁ。経営者が高齢ということもあって、やめたそうです。
 昭和20年代は、新世界は一大映画街で、東宝、松竹、大映、そして日活の封切館、洋画など10軒以上あったそうです。ねこが子どもの頃でも、何軒か名画座はありました。行ったことはなかったのですが。こちらも、昭和29年に開館してから、日活がロマンポルノに移行してからも、旧作のロマンポルノ作品を上映していました。でも、いまはAVやネット動画でもっとかげきなのを見られるので、にっかつもなんか物足りないかもしれません。それより、露出狂の客などがいて、治安が悪くて一般客が観に行きにくい印象はありました。
 それに、ロマンポルノも評判がいいので何本か、ビデオで観てみましたが、ねこはそんなにいいなぁとは思いませんでした。ねこが一応女性だからかもしれませんが。
 今度はなんのシアターかは知りませんが、ときおり吉本の芸人の舞台があったりするそうです。新世界まで吉本進出か。ちなみに、昔は新世界花月というのがあったのですが、花月といっても吉本とは関係がなかったそうです。吉本に移る前の、若井こづえ・みどりさんとかが舞台に立っていたそうですが。
 時が止まっていそうで、ちょっと来なかっただけで、移り変わりもあるみたいですね。観光客も減っていましたが


2016年07月20日

DSC_0033 本人は西暦で生きているので、あまり元号とか考えないのだけれど、周りから言わせるとねこは昭和のヒトらしい。
 時代が元号で区切られるとは思えませんが、新世界へ来ると確かに時は止まってるような気がします。
 通天閣のすぐ近くにある喫茶ドレミでカレーをいただきました。いまどき、こんなカレー入れにはいってるのも珍しい。少しずつ、ごはんにかけながら卵とまぜます。もちろん、ソースもかけるので、実はあまりカレーの味がよぅ分かりません。
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 外観もそうですが、ショーケースもレトロ。この日もなかなか暑かったのですが、冷房がついてません。窓をあけてるので、まだましかな。
 ドリンクは頼みませんでした。


2016年07月06日

 今月に入って厳しい暑さが続きますが、今度の日曜日は参議院選挙の投票日。立候補者の街宣はかまびすしいが、どこか有権者をなめているような軽さを感じます。といっても、有権者ですらないねこですが。
 外から立候補者の演説が聞こえるのですが、やはり、もうこの国には菅原文太兄さんはいないんだなぁとむなしくなります。この国のひずみが最も現れているのはどこか。それを抜きにして語る政治家の言葉が有権者に届く訳がありません。選挙権のないねこは、せめてそれを知っていたヒトの言葉をもう一度届けたく、一度載せた記事を再掲します。2014年の年末のことでした。

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 菅原文太兄ぃが亡くなりました。先月1日の沖縄県知事選挙の際に、翁長雄志氏の支援団体が主催した、那覇市での「オナガ雄志 うまんちゅ 1万人大集会」で、応援にかけつけていました。You Tubeでその様子と、応援演説を観て、その内容にねこは涙を流したのですが、それがそのまま遺言になってしまいました。そのときの言葉を、全文起こします。


今日は、自分から立候補して、ピッチャー交代、知事交代、ということで押し掛けてきました。


プロでない私が言うんだから、あてになるのかならないのかは分かりませんけど、政治の役割は二つあります。一つは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。


もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!


 私が小学校の頃、戦国(軍国)少年でした。小学校、なんでゲートルを巻いて、戦闘帽を被って、竹槍持たされたのか、今振り返ると、本当に笑止千万です。もう二度と、ああいう経験は子どもたちに、子どもたちだけじゃない、大学生も雨のなかを、大勢の将来大事な大学生が戦地へ運ばれて、半数が帰ってこなかった。


今の政府と、本土の政府ですよ、仲井真知事は、まさに戦争が起きること、戦争をすることを前提に、沖縄を考えていた。
前知事は、今、最も危険な政権と手を結んだ。
沖縄の人々を裏切り、公約を反故にして、辺野古を売り渡した。


古い映画だけど、『仁義なき戦い』に、その流れに言うと、『仁義なき戦い』の裏切り者の山守、覚えてらっしゃらない方もいるかな?憶えてるかー。


 映画の最後で、「山守さん、弾はまだ残っとるがよ。一発残っとるがよ。」というセリフをぶつけた。
その伝でいくと
、「仲井真さん、弾はまだ一発残っとるがよ。」
と、ぶつけてやりたい。


沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。
そこに住んでいる人たちのものです。


 辺野古もしかり!

勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。

まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。中国にもいる。韓国にもいる。
その良心ある人々は、国が違え、同じ人間だ。


みな、手を結び合おうよ。

翁長さんは、きっと、そのことを、実行してくれると信じてる。
今日来てるみなさんも、そのことを、肝に銘じて実行してください。それができない人は、沖縄から、日本から、去ってもらおう。

はなはだ短いけど、終わり。


 いまの政治家で、こんなこと言える人がいるのか。2012
年に国民運動グループ「いのちの党」を結成、まだまだ活躍する余地、必要性がありました。
 別に映画スターに社会的発言や活動をしろと言ってるのではありません。しかし、社会を変革しようとする人がいて、それがスターであるというのは、どんだけ人々にとって希望が持てることだろうか。弱者に対する逆風が強まる中、まさしくリベラルの一番星でした。
 
今日は衆議院選挙の公示日、保身ばかり考えて空疎な演説をしてる候補者らに「弾はまだ一発残っとるがよ」とぶつけてやりたいが、文太兄ぃさんと共に弾は切れてしまったのかもしれない、と不安にもなる師走です。


 一票を投じたいヒトなんかいないから、選挙にはいかないとしたり顔でねこに言うヒトもいますが、それは自分はバカだと主張しているのに等しい。それえを権利すらないねこに言うことにどういう意味があるのか。確かに人材不足感はいなめないけれど、選挙に通ってはいけないヒトを落とすという、消極的な意味でも一票は投じて欲しい。そんな、ねこの願いもどこまで伝わるかは、期待はできないのだけれど。



2016年06月30日

sim[1] 1955年制作、マキノ雅弘監督の「人生とんぼ返り」を観ました。
 大正末期、新国劇で売り出しの沢田正二郎(河津清三郎)は、舞台の剣戟に新らしい写実的な様式を導入しようとしていました。要はリアリズムということですが、殺陣師の段平には、理屈がいまいち把握できません。
 新国劇は東京の「明治座」へ出ることになり、段平も勇んで上京しましたが、その出しものは「桃中軒雲右エ門」、剣戟場面はなく、段平の役目はありませんでした。
 5年後、沢正は京都・南座に「国定忠治」をひっさげて好演、しかし失意の中、段平は中風で重態となり、晴れの舞台に殺陣をつけることが出来ないのでした。
yjimage[1] 開幕が迫り沢正が悩んでいた矢先、段平の髪結いをしているお春(山田五十鈴)の雇い娘のおきく(左幸子)が駈け込んで、教わった段平の型を伝えたのでした。舞台を終え、病床に駈けつけた沢正の手を握り、殺陣師段平は大往生をとげるのでした。
 1950年にマキノ監督で映画化されたもののセルフリメイク。妻のお春だけが同じく山田五十鈴です。
 前作は、沢正は市川右太衛門、段平に月形龍之介と、二人の芝居合戦みたいなところがあったのですが、今回は主役が森繁だけに段平が目立っています。芝居も油が乗り切っている時期で、動きもいいです。もちろんとんぼ切りはスタントでしょうが。
 しかし、今回は妻の山田五十鈴との上等な漫才以上のうまいかけあい、そしておきくの左幸子さんが、複雑な親子の情を表現しているのがすばらしい。
 段平が死ぬ間際に、亡き妻のお春が迎えにきて、どこへ行くんやと尋ねるのですが、「決まってるやろ、地獄や」。こんなセリフ、山田五十鈴さんじゃないと言えまへん。因果を感じるラストでした。




2016年06月20日

DSCN0635 天神橋筋商店街にある「グリル&ワイン クリームキッチン」で昼ごはんを食べました。
 店内は億ばっていて、レジで先払いのセルフ形式です。夜はまた違うのかもしれませんが。
 タコライスを頼みました。ミンチの上にマヨネーズ、相当カロリー高そうです。
 実はちゃんとしたタコライスを食べたことがないので、なんとも言えないのですが、レシピなどをみたら、香辛料が入っていてミンチが辛いそうです。このお店では、味はついてましたが、辛くはなかったです。タコライスもどきのような。
DSCN0636 外見が良さげで入ってみましたが、やはりお店は入ってみなければわからないもんですね。ボリュームはそこそこあったのですが。あんまし事前にお店調べたりしないもんで。


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