国民教育のススメ ~教育正常化の風~

「愛国心こそが教育再生のキーワード」 現職公立中学校教諭が、左傾化し続ける教育現場の危機感から、教育正常化を通して日本再生を考えるブログ。保守ブログ相互リンク募集中!

vol.130 大阪「教育基本条例案」に反対する知識人は、学校の組合支配を肯定することを知れ!

大阪府の地域政党「大阪維新の会」が、府議会などに提案する「職員基本条例案」と「教育基本条例案」では、
「政治が適切に教育行政における役割を果たす」ことを前文で明文化しています。

そして、

○同一の職務命令に3回違反した場合は免職とする
○府立、(条例案が可決された)市立校の全小中高校長も教員や民間などから公募する

などの改革案が示されています。

大阪の教職員組合らは、この条例案に強く反発しています。
なぜなら、これらは「学校を組合支配から開放」するためのものだからです。


中でも、全小中高校長の公募は彼らにとっては驚異です。
学校教育が組合支配から開放され正常化するには、彼らと毅然とした態度で対決できる学校長のリーダーシップが不可欠です。

しかし、日教組や全教など偏向した教職員組合が強い地域では、
「組合出身でないと管理職(校長・教頭)になれない」
「組合幹部をすると管理職になりやすい」など
組合と管理職を登用する教育委員会が馴れ合いで学校を支配しています。

そんな地域では、教育委員会内に学校現場から組合員が多数入り込んでいますから、組合の御用達になっていることもしばしばです。

ところが、公募制となって組合員が学校長に登用されなくなれば、組合と教育委員会の馴れ合い体制に風穴を開け、学校を組合支配から開放する手立てとなる可能性があるのです。

そのためには、教育委員会から組合色を排除しなければなりません。
ですから「政治が適切に教育行政における役割を果たす」ことが必要なのです。


この条例案に反対する一部の知識人たちは、「政治による(良い)関与」さえも、さも危険なことのように煽って反対します。
それは、組合による学校支配で子どもが犠牲になっている姿を知らないが故か、知っていてあえて偏向教育を是とする確信犯です。

教育は、政治的中立を守ることが必要ですが、
「政治の適切な関与」が遠ざけられた結果、学校が組合支配の温床となり、反日教育や左翼思想が蔓延った歴史をしっかりと見なければなりません。

国民は、それを隠して反対する彼らのうさん臭さをしっかりと見極めなければなりません。





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vol.129 高校文化祭で従軍慰安所を再現!? 子どもの人格を踏みにじる反日教育を許してはならない

Twitterで、ある情報が流れています。
大阪府の私立高校文化祭で戦時中の「従軍慰安所」を教室に再現したというものです。


まさか…
ソースの出どころを疑うほどの衝撃でした。


思想的偏向を別にしても、高校生に慰安所を教室で再現させる…その異常さは同じ教育者として信じがたいものです。
当時、慰安婦になった理由はそれぞれ千差万別でしょうが、そこで行われる(商)行為を抜きにして慰安所について語ることはできません。
その慰安所を高校生に再現させる、それも教室で…。


この学校の教師の報告書には、「より現実に近い慰安所をつくる」ことを是とし、創意工夫する生徒たちの姿や、それを取材して持ち上げる「朝日新聞」や「赤旗」らマスコミの姿が赤裸々に描かれています。
https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=explorer&chrome=true&srcid=0B0ou7nUQ9_VeMWQ3OWMwZjUtODBhZi00NDI0LThjOWUtZjVlZDZjNDM2NzRi&hl=ja&pli=1


このように教育とは名ばかりの異常さに気づかずに、「平和教育」と称するのですから恐ろしささえ感じます。


この私立学校は、教員の組合組織率が100%で、全国私立学校教職員組合連合に加盟しているようですが、その上部組織は全日本教職員組合(全教)です。
彼らは、日教組が平成4年に分裂したときに、共産党を支持する一派が組織した「第2日教組」とでもいうべき組織です。
その体質は、現在の日教組よりも左翼的だと言われています。
ですから、今回の慰安所再現も彼らが推進する「平和教育」という名の反日教育の一環なのです。



そもそも彼らの言う「従軍慰安婦」「強制連行」という図式は、近年の資料研究で完全に否定されつつあるものです。
小林よしのり氏の著書でも有名になったように、ほぼその論争は終結しています。
にもかかわらず、このような悪質な洗脳教育がなされているのですから、驚愕と同時に怒りさえ覚えます。

ただ、この教育を受けた生徒が小林よしのり氏の「戦争論」を読んで、正気に戻る場面が前述のレポートには書かれています。
このように正しい知識が、子供たちを救うのです。



いつも書きますが、反日教育で間違った歴史を教え込まれ、祖国への憎しみを抱えなくてはならない最大の犠牲者は日本の子供たちです。
公立学校ばかりでなく、一部の私立学校でも反日教育がまかり通っているこの恐怖を、多くの国民に知ってもらい、国民の手で我が国の子供たちを守ってほしいと願います。


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vol.128 ソウル日本大使館前に慰安婦記念碑が!  日本の子どもを守れ!日本政府

韓国閣僚の関与が判明

ソウルの在韓日本大使館前の路上に「慰安婦」記念碑を建てようとする団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」の申請が許可されました。

当初は、外交問題化する懸念から韓国政府内では慎重な意見もあったようですが、国内の反日感情の高まりが後押しとなって今回の許可になったようです。
また、審査過程で韓国の保健福祉相が設置を推奨する文書を認可する区側に提出して団体を後押しするなど、審査が政治的な色合いが強いものだったことも判明しました。


歴史捏造の最大の被害者は子どもたち

歴史検証が進む中、日本軍が強制連行したという「従軍慰安婦」の存在は完全に否定され、日本の歴史教科書への記載もなくなりつつあります。

韓国には韓国なりの歴史認識があるとしても、歴史事実を捏造して他国を誹謗する行為は世界の常識からも認められませんし、百歩譲って内政不干渉を遵守してきた我が国が口をはさむ必要がないとしても、在韓日本大使館前となると話は別です。

外交上最も大切にされるべき「礼節」を欠き、我が国を挑発するがごとき行為を韓国政府が許可することはあってはなりません。
我が国としても、きちんと懸念を表明して抗議の意思を示すことが、未来への真の友好関係には必要です。

間違った事実がこのような形で既成化されることは、未来への禍根を残します。
そして、その嘘によって最も被害を被るのは、これから歴史を学ぶ子どもたちです。
そのことを大人がしっかりと考えて、抗議すべきは抗議することが大切です。
日本国民を代表する日本政府には、毅然とした態度で子どもたちを守って欲しいと願います。

学校現場にあるものとして、隣国韓国を正当に評価して友好関係を推進しなければならない立場にあるからこそ、今回の韓国側の軽挙に強い懸念を表明します。


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vol.127 伊勢神宮参拝記2 公教育の忘れ物「復興を神々に祈れ!」

さて、今回はいよいよ正宮のお参りです。


瀧祭宮を過ぎて鬱蒼とした林を抜け石段を上ると、正宮です。
なんと厳かな雰囲気でしょう。
心の折り目がピンと立つような思いがします。


本宮は、式年遷宮といって20年に一度、隣接地に立て直されています。
これは、今から約1300年前の持統天皇の時代から続いてきた習わしで(戦国時代には一時途切れていましたが)、現代まで受け継がれており、平成25年が62回目の式年遷宮の年にあたります。
正宮の隣接地ではすでに遷宮に向けて工事が始まっており、石段が新しく組み直され、正宮を造営するための足場が組まれ、白いシートで覆われていました。


式年遷宮という生きた歴史のなかで、実際に工事されている一旦に触れると、1300年前にタイムスリップしたような不思議な感覚になり、「古きものを新たに生まれ変わらせる」という古代人の叡智とロマンに脱帽しました。

さて、正宮は皇祖神をお祀りしているのですから、さぞかし煌びやかかと思いきや…その建物は掘っ立て柱、藁葺き屋根の素朴な建物です。


式年遷宮の習わしが始まった時代には、現代に残るようなお寺を建てる技術力がすでにあり、国家事業としての習わしですから、技術的や経済的に素朴な建物しかできなかった訳ではありません。
なのに、なぜ素朴な佇まいなのでしょう?
ガイドさんの
「漢文化や仏教が流入する以前の、原始的な日本民族の建物様式を色濃く残しています。これは、持統天皇の夫である聖武天皇が、日本人の古の文化を未来永劫残そうとしたからでしょう。」という説明に、大いに納得しました。


正宮の参拝の次に案内されたのは、荒祭宮(あらまつりのみや)という別宮です。
驚くことに、このご祭神は、天照大御神です。
天照大御神は、正宮に祀られているはずなのに…なぜ?


ガイドさんに聞いてみると
「こちらには、天照大御神の荒々しい魂(荒魂)をお祀りしています。古来、日本人は、神様には和魂(にぎたま)と荒魂(あらたま)があると考えていました。荒魂は、神の怒りです。天変地異を起こしたり疫病を広めたりする魂ですから、神の怒りをおさめ荒魂を和魂にするためにお祭りをします。和魂とは神様の優しい魂で、人々に多くの恵みを与えます。正宮には、天照大御神の和魂がお祀りされているのです。」とのことでした。


かつての日本人は、天変地異や疫病さえも神々の意思(荒魂)として受け入れ、その怒りを鎮めようと祈りを捧げてきたのです。なんという健気さ、そして強さでしょう。

古来から、日本人の生活とは「神々との共生」だったのです。


これを迷信と切り捨てて来たのが戦後教育です。
日教組の綱領にあるように「科学的真理」などという、実は共産主義の無神論に類する思想が教育に入り込み、「特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。」という教育基本法の規定もあって、日本人が古来から大切にしてきた神に祈ったり、神に誓ったりという、人間の成長には根源的に不可欠なものが公教育では否定されてしまいました。

学校ばかりか、家庭でも神々のことを教わる機会が激減し、
それによって日本の子供たちは、自らを超える存在を感じることができなくなってしまい、情緒が貧困になり傲慢になってしまいました。


今、学校現場で起きている様々な問題は、ここに根源的原因があるように思えてなりません。


先の東日本大震災の際に、石原東京都知事が「日本人への神の怒り…」という発言をして批判されましたが、それはまさに日本人として正しい考え方だったのです。
今こそ、我々日本人が日本人の原点に立ち返り、神々と共生してきた歴史を学び、早期復興のために神々に祈りを捧げるときです。
そして、子供たちに神々に祈ることの大切さを教えなければなりません。


そんな日本人の原点に立ち返らせていただけた伊勢神宮参拝は、終わりに近づきます。
続きは、次号で。



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vol.126 与党系参院議員が陛下を写メ撮影。 戦後教育の歪がここまで…

無所属で民主党会派に所属する平山誠参院議員が、国会開会式にご臨席になるために国会を訪れられた天皇陛下を出迎えにでた際、こともあろうに自身の携帯電話のカメラで撮影するという信じられない行動が報じられました。

国民の代表として国会にあるものとしては、あまりにもお粗末な行動です。
携帯電話のカメラで撮影するなど、陛下になかなかお会いできない一般国民から見ると、とても考えられない不敬行為です。

この議員の個人的信条は知りませんが、国会議員として最低限身に付けておくべき「陛下に対する礼節」すら持ち合わせていないのは情けない限りです。

もし、仮に皇室に否定的な立場の者なら(その時点で日本人ではありませんが…)出迎えに参加しなければよいのですから、出迎えに立った平山議員の場合はそういう立場ではないのでしょう。
ならば、礼を失さない程度の最低限の節度を持つのが国会議員としては当然です。

それを、いたって個人的な携帯電話のカメラで撮影したというのですから、礼節を知らないばかりか、陛下への敬愛の念など持ち合わせていないのでしょう。
「ひどく非常識で、日本国民と皇室の歴史も知らず、不見識で軽薄である」とのそしりを受けて仕方ありません。


先の東日本大震災では、陛下の被災地訪問やビデオメッセージが国民をどれほど勇気づけたか…。
そして、そのような陛下を多くの国民がいかにお慕い申しあげているか…。

そんなことも分からずに、国会議員のバッジをつけ、何が復興であろう。

今の我が国の復興のためには、陛下のご存在がいかに大切か。
陛下のもとにしか、日本国民はひとつにはなれません。

いつもぶれ続けている政府や、政党に国民をひとつにまとめる力などありはしません。
我が国の悠久の歴史の中で、陛下の信任の下「わずかな時期だけ政権与党にあり、国政をとっているだけ」という謙虚さを持ち合わせなければ、国民の信頼など得ようはずがありません。

陛下を蔑ろにするような不敬行為を、多くの国民は絶対に許しません。


ここにも、日教組らに歪められ左傾化した戦後教育の弊害がみてとれます。
この不敬議員も戦後教育に蝕まれた犠牲者のひとりです。

彼らマルクス主義者は、我が国の皇室を廃止することが最終的な目的です。
そのために皇室軽視の教育を続け、我が国を自虐史観で縛り続けて、国旗・国歌を否定して子供たちを洗脳し続けているのです。


しかし、今日の「復興」を早め、世界から尊敬される国家になるには、陛下のもとに国民がひとつにならなければなりません。
そして、日本人が日本人らしくあるためにも、ご皇室やその歴史について正しく教育することが今の公教育には絶対に必要です。

その道筋を付けるのが、立法府である国会の役割です。

戦後教育から脱却できず、それを果たせぬ議員など必要ありません。

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vol.125 伊勢神宮参拝記1 日本人の信仰の原点とは?

保守思想に目覚めて以来、念願だった「お伊勢参り」をする機会を先週末に得ました。
私の住んでいる地域からは、高速道路を走っても、6時間以上ほどもかかる遠方です。

お伊勢さんと言えば、皆さんご存知のとおり、ご皇室(もちろん今上天皇陛下)の祖先にあたる皇祖神「天照大神」をご祭神とする、日本の総氏神とも言われる格式高いお宮さんです。

このお伊勢さんは、式年遷宮という、20年に一度本宮(ほんぐう)を隣地に建て替えるという作業を1300年以上も続けながら、未だ縄文時代の掘っ立て柱の社をお祭りしています。
世界にはお伊勢さんよりも古い遺跡は多々ありますが、お伊勢さんは「遺跡」ではなく、式年遷宮という特別なお祭りで幾たびも再生しながら歴史をつないできた生きた信仰の地です。


ガイドさんに案内をしていただきながら、参拝をしました。

まず、過去の式年遷宮で取り壊された本宮を使ってつくられた宇治橋鳥居をくぐり、五十鈴川を渡ると、もうそこは内宮の地です。
平成25年度には次の式年遷宮が迫っており、あちこちでその準備が始まっているので、重機の音が静かな森に響いています。
喧噪な感じがして少し残念ですが、それを超えて 「ピーン」と張り詰めた雰囲気があり、やはり日本一の聖域にふさわしい感じです。
前夜の雨のせいか、玉砂利が濡れていて、打ち水をしたかのようにますます神聖さをましています。

第一鳥居を抜けると、五十鈴川御手洗場で手を洗い清めます。
清流五十鈴川の水は透き通り、とても冷たく一瞬の涼を与えてくれます。

そのすぐそばの森の中に、滝祭神(たきまつりのかみ)という質素な祠があります。

ガイドさんの説明で
「この神様は、この場に天照大御神がご鎮座する以前から、この地域の先住民が五十鈴川の守護神としてお祭りしてきた水の神様です。」
「神社に、まだ立派な社を建てるようになる以前の原始的な信仰が伺えるんですよ。」
と言われて、祠の中を覗いてみると、そこには畳2帖ほどの大きさに、小さな石が積まれただけの小山状のものがありました。
これが、実に素朴な中に神々しい雰囲気が漂っているのです。

「ああ我々日本人の先祖たちは、こうやって自然を愛し、敬い、恐れ、そして祀ってきたんだなあ…」
わたしに、2000年以上前のそんな姿を目に浮かぶように想像させたその祠は、わたしの心に想像以上の感動を与えました。

現代の日本人は、自然を愛し、恐れ、そして神として崇めてきた信仰心を失ってしまったのではないか…。
その信仰心を失ったことで、「日本人の心」を喪失してしまったのではないか…。
「科学力」や「経済力」で、何でもできると過信して、信仰をないがしろにしてきた「つけ」を払わされたのが先の大震災ではなかったか…。

そんなことを考えながら、
この小さな石山を祀った先人たちのように、素朴でも純粋な信仰をもち、自然を愛して謙虚に生きていくこと…そんな日本人の心の持ちようを思い出させていただいたのです。

日本人として、子供たちに教えたいことがまたひとつ増えました。

この続きは、次号で。
いよいよ本宮へと進みます。




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番外 日教組が国の教育行政をのっとる日が来る!? 日教組出身文科省政務官の誕生

普段は、政治的発言をしないことにしています。
それは、このブログの趣旨があくまでも教育について掘り下げるものだからです。
そして、教育公務員として思想的には保守であっても、政治的中立を保つためです。

しかし、今回は、日本の教育を憂うものとしてどうしても書かずにはいられません。

野田新総理は、与党内の融和を目指し幹事長として輿石 東氏を指名。
そして、文部科学省政務次官とて、神本美恵子氏を指名しました。

この両者の共通点は、ともに日教組出身者であること。
与党の幹事長についてはまだしも、直接的に教育行政に日教組関係者を関与させるという愚を、野田総理は起こしてしまったのです。

神本美恵子氏は、福岡県の出身で現在参院2期目。
かつては、小学校教諭として勤務しながら、日教組の加盟団体である福岡県教職員組合組織部執行委員・女性部長などを勤め、平成8(1996)年からは、日本教職員組合中央執行委員を務めてきたバリバリの日教組出身の政治家です。

彼女が所属していた福岡教職員組合は、現在もなお組合としての「交渉権」をちらつかせて、法に則った学校長による学校運営に抵抗して、「教職員による民主的な運営」を目指す組合組織です。
「教職員による民主的な学校運営」とはなんでしょうか?

それは、職員会を学校の最高意思決定機関に位置づけ、学校長の権限を貶めて「気に入らないことや、嫌なことはやらないですむ」学校運営です。

そんな学校で、まともな子供が育つでしょうか?

日教組は、過去自分たちの権利を主張するために違法なストや政治活動を行い、道徳教育を否定して、偏った平和教育や人権教育を推進して子供たちの心を歪めてきた張本人です。

国民は一昨年、政権交代を選択しましたが、こんな女性活動家を国の教育行政に直接携わらせる恐ろしさを分かっていたのでしょうか?

党内融和を目的に、輿石幹事長に気を使ってなされた人事だとすれば、国民をないがしろにする、あまりにも悪質な人事だと言わざるを得ません。

日本国民は、民主党を政権与党として選びはしましたが、日教組を選んだのではありません。
どうかそのことを胸において、自称「保守政治家」の野田首相には、国民の教育を守っていただきたいと切に願います。


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vol.124 小学校教科書も 「皇室を貶める」  皇室を取り巻く黒い闇

小学校教科書に見える皇室軽視
本年度から、小学校で完全実施されている新学習要領は、平成18年に改正された教育基本法に則って行われた改定版です。

ですから、「我が国の伝統や文化の尊重」や「我が国と郷土を愛する心」が明記された新教育基本法の趣旨に沿って、本年度から小学校教育がなされているはずです。
しかし、昨年度採択された「小学校社会」の教科書には、未だにトンデ記述がまかり通っています。



~する天皇!?
「天皇」に対する敬称は、陛下です。
歴史上の天皇を呼んだり、法律上の天皇の地位などを表す場合は敬称は用いませんが、今上陛下ご自身の活動を表現する場合は、「陛下」をつけてお呼びするのが一般的です。


ところで、陛下という敬称は、長い歴史の中で天皇にのみ使用されてきたもので、その長い歴史は律令法(大化の改新のころ)にまで遡ります。
明治以降は、「皇后、皇太后、太皇太后」の三宮にも使用されるようになりましたが、いずれにせよ特別な意味があって使用されてきた「特別な敬称」なのです。

隣国の朝鮮国王は、歴史的に「国王殿下」と呼ばれ、支那王朝の皇帝陛下に臣従する立場をとっていました。

それと比して、我が国では支那の皇帝と同等の敬称である「陛下」を使用しました。
陛下という敬称は、我が国が支那の冊封体制から抜け出した(国際的な)独立の歴史を表す大切なものなのです。


このように、私たち日本人にとって「陛下」という敬称は、陛下への敬愛の念を表すだけでなく、特別な意味を持つのです。
ですから、通常は「~なさる天皇陛下」と表記するのが当然ですし、「陛下」という言葉の歴史的な意味についても子どもたちに教えてしかるべきです。



しかし、小学校の新教科書(6年生社会科)の中には、
「インドの首相をむかえた天皇」や「文化勲章を授与する天皇」などと、敬語や敬称を使用しない表記がなされているものがあるのです。
このように表記するのは、明確に皇室を蔑める意図があると言わざるをえません。
この教科書を使って、皇室廃止を目論む左翼教師が授業をすると考えただけで恐ろしくなります。



そして、見逃してならないのは、この教科書を検定して合格させたのは「文部科学省」であることです。
適切な指導をすることもなく、このような我が国の「国体」を揺るがす記述を合格として、子どもたちに与えたその罪は非常に重いと言えます。

このように、皇室を快く思わない左翼勢力は、教師と教科書会社ばかりでなく文科省の一部までも巻き込んで、子どもたちを偏向思想で洗脳し続けているのです。


この子どもたちを守れるのは、健全なる教育だけです。
我が国の将来の発展のためにも、家庭でも、学校でも、世界に冠する我が国の皇室に敬愛の念をいだく子どもを育てなければなりません。
わたしも、学校現場で頑張ります。



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vol.123 皇室を「王家」と呼ぶNHK ~皇室を貶める歴史歪曲を平気でするNHKはいらない~

皇室を「王家」と呼ぶNHK

 

平成24年(2013年)のNHK大河ドラマは「平清盛」に決定したようですが、その公式HP http://www9.nhk.or.jp/kiyomori/ の記述は目を疑います。

 

まず、主演の松山ケンイチが演ずる平清盛の紹介文では、平氏と対立する(?)皇室を「王家」と表記し、文末は「王家との長い闘いが始まる。」と結んでいます。

 

また、後白河天皇(松田翔太)の紹介では、

「王になるはずのない男が、この国最強の王になった。」


鳥羽上皇(三上博史)の項では、

「この王の死をもって、全ての秩序が失われた」


と、天皇や上皇を「王」と表記しているのです。


また、その「闘い」「最強」「秩序(の崩壊)」などの表記からは、平清盛を(現代の)国民に見立て、その前に立ちはだかる「(悪役)王家」像をつくり出そうとしている意図がうかがえます。

我が国の歴史を真摯に見つめると、権力闘争があろうとも、国民と皇室がともに支え合って国をまとめてきた「君民共治」の伝統は明らかです。

しかし、このHPには、その伝統を否定しようとする意図が満ち満ちているのです。
 

 

NHKは、「日王」と呼ぶ韓国マスコミと同列か?

 

我が国の「天皇」を「日王」「王」と呼ぶのは、韓国や北朝鮮マスコミの専売特許です。

 

アジアでの「王」とは、中国皇帝の「冊封体制」に組み込まれた周辺諸国の統治者という意味で、その地位は中国皇帝の臣下です。
すなわち、「王」であると言うことは、支那王朝を宗主国として戴く国家体制(国体)であることを表します。

 

歴史的に支那王朝に朝貢し、属国に甘んじてきた朝鮮の李氏王朝の呼称は間違いなく「朝鮮王」です。

しかし、我が国は、7世紀ごろには「天皇」という称号を対外的にも使用し、支那の「冊封体制」から独立しました。

有名な「日出處天子致書日沒處天子無恙」という当時の国書や、日本独自の元号(大化)の使用がそれを表しています。



韓国や北鮮は、かつての宗主国支那の皇帝と同格を意味する「天皇」という呼称を日本が遣うことを嫌い、彼らは我が国の歴史を貶める蔑称として「日王」と呼びます。

 

 ちなみに、日本で「日本国王」と言えば、時代が下がって室町幕府の三代将軍足利義満が名乗ったことで有名です。

あくまで武家政権の長が、対外貿易の権益独占のために使用した呼称でしかないのですが、あくまで「天皇」の臣下である征夷大将軍が「日本国王」なのですから、「天皇」が「王」であるはずがありません。


それを、素人でも分かるような時代考証を抜きにして、皇室を「王家」、天皇や上皇を「王」と表現する
NHKには、公共放送としての資格などありません。
そればかりか、中国や韓国に媚びへつらい、我が国の歴史を冒涜し、我が皇室を蔑視する意図があるとしか言いようがありません。

 
 

それも、国民から受信料を徴収していながら、そのお金で国体を辱めているのです。
ましてや国民的関心が高く、生きた教材として家庭で子どもたちが歴史を学ぶことができる「大河ドラマ」でそれをしようと言うのですから、その悪質さは測り知れません。

 

健全な日本国民は、我が国の国体を辱めるNHKの悪質さを見逃してはなりません。
宮内庁や政府には、NHKの悪質さを見逃さず、表現を訂正させる「厳しい指導」を求めなければなりません。

それだけでなく、スペシャル番組 japanデビューで「反日台湾」像を捏造するなど、同じようなことを繰り返すNHKそのものの「解体」を、真剣な国民的議論にするべきです。






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vol.122 新教科書に巣食う「自衛隊違憲論」 偏向イデオロギーに染まる教科書たち

自衛隊は違憲か?

 

戦後、日本国憲法9条第2前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。】を楯に、

「自衛隊は、憲法で否定されている戦力そのものであり、違憲組織である。」と主張してきた市民団体や政党が数多くありました。

 

教育界では、戦後教育に大きな影響力を与えてきた日教組や全教(全日本教職員組合)がそうです。

彼らは、「反国家」「反日」であり、「反自衛隊」色の気配が強い組合組織で、「自衛隊違憲論」を信奉し、学校現場で子どもたちを洗脳してきました。

これらの組合員の教師が、自衛隊員の親を「悪者」扱いし、その子どもを差別するというような、卑劣な行為さえも起こしています。

 

「自衛隊違憲論」は、偏向イデオロギーでしかない!

そもそも、彼らの言う「自衛隊違憲論」は、イデオロギーに染まった偏向した考え方でしかありません。

国民の代表である日本政府は、一貫して「自衛隊は、憲法上、必要最小限度を超える実力を保持し得ない等の制約を課せられており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なるものである。」という立場をとっていますし、

最高裁は、自衛隊そのものの合憲性は判断を下していませんが、50年以上前の安全保障に関る上告審で、

「憲法9条によって、わが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではない」と、米軍の駐留を含めて、実質的な「自衛隊合憲論」を示しています。

そして、大多数の国民はと言うと、

平成18年(2006年)に行った日本政府の世論調査では、84.9%が自衛隊に対する印象が「良い」(「良い印象を持っている」37.9%、「悪い印象は持っていない」47.0%)と回答しています。

東日本大震災後の被災地で、自己犠牲を厭わない自衛隊員の雄姿を見た現在は、よい印象を持っている国民はもっと多数でしょう。

 

このような社会状況にあるにも関らず、彼らが長年に渡って学校現場で「違憲論」に固執してきたのは、遵法精神などという崇高なものではなく、「自衛隊違憲論」で子どもたちを洗脳し、将来に渡って自分たちの都合のよい国民世論にするためです。

 

 

新しくなった「教科書」にも巣くう闇

現在、各地方では、来春から完全実施される学習指導要領に伴って中学校で使われる、新しい教科書の採択がなされています。

 

今回の学習指導要領は、「公の精神」や「国や郷土を愛する心」が謳われた平成18年の教育基本法改正後、初の改定版ですから、教育基本法の精神を反映した教科書がつくられることを多くの国民は期待しています。

 

しかし、いくつかの教科書会社の「公民教科書」の中には、

「平和と安全を守るためであっても、武器をもたいないというのが日本国憲法の立場ではなかったのかという意見もあります。」

などと、時代遅れの政治的イデオロギーに染まった表記がされている教科書がまだまだあります。

圧倒的少数意見でありにも関らず、教科書という「子どもたちにとっての公文書」にどうどうと表記されているのです。

 

これらが、教育的中立を守った立場からの表記であると評価してはなりません。

なぜなら、このわずか数行の表記さえあれば、授業を「自衛隊違憲論」に染め上げることなど容易なことだからです。

そして、政治的意図を持って偏向した授業をした言い訳として「教科書に載っているから」と言えるのです。

 

「自衛隊違憲論」は、偏向した教科書の氷山の一角でしかありません。

「皇室の軽視」「伝統・文化の軽視」「自虐史観」「家族崩壊」など、偏向したイデオロギーが散りばめられています。

このように、いまだに教科書という公的媒体を通して、授業の中に政治的イデオロギーを持ち込もうとしている勢力がいます。

 

各地区では、教科書を展示して、一般住民に見せているところもたくさんあります。

どうか、偏向した教科書で、子どもたちが毒されていかないように、大人が子どもたちの教科書に興味を持って、脚を向けてみましょう。



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