明治天皇の東北御巡幸
明治元年(1867年)に始まった戊辰の役は、薩長土肥ら新政府軍の圧倒的勝利に終わり、奥羽列藩同盟として闘い壊滅した東北地方の人々は、それ以来、大変厳しい生活を強いられました。
しかし、そんな厳しい生活を強いられながらも、
東北の人々は皇室を慕い続け、戊辰の役で荒れた東北地方の発展の契機にしたいからと、「明治天皇の行幸」を新政府に請願します。
明治天皇は、この要請を快諾。
辛酸を舐める東北の人々を慰撫して、激励するために、明治9年(1876年)、東京を出立されて東北地方へと御巡幸なされました。
福島、宮城、岩手、そして青森を経て、北海道の函館までの長い行程の折々で、明治天皇は東北の人々を激励し、特に産業の発展や教育の振興に心を砕かれ、訪問の先々では、功労者や学生らに褒賞(金)を賜りました。
戊辰の役の後10年も経たずして、東北の人々の請願を快諾し、御巡幸を決意された明治天皇の御心には、
「心ならずも朝敵となり、辛酸を舐めた東北地方の人々とも、君主として深い絆でつながり、この国を一つにまとめたい」という強い御意志があったのでしょう。
6月2日に東京を出立された明治天皇は、東北地方を1カ月半ほど御巡幸なさって、7月20日に「明治丸」(現在も東京海洋大学キャンパスに展示)で、無事に横浜港へ帰港されたのです。
「海の日」
この明治天皇が横浜港へ帰港された7月20日は、戦前から「海の記念日」と呼ばれて、大切にされてきました。
そして、平成7年(1995年)の法改正によって、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」ことを趣旨として、7月20日を「海の日」として祝日にしました。
現在は、ハッピーマンデー法によって第3月曜日が「海の日」となり、今年は(7月)18日、昨年は19日、来年は16日と、年ごとに日が変わってしまい、その由来が分かりづらくなってしまっています。
しかし、7月20日は、
『明治維新という未曾有の大改革を経て、新生国家「日本」が誕生し、内戦を経ながらも、明治天皇(皇室)をリーダーにして国家が一つになっていく、貴重な歴史の息吹を感じられる』
大切な日です。
そして、くしくも明治天皇による御巡幸の地は、先日の大震災の犠牲の地、「東北地方」です。
東北地方と明治天皇との深い絆は、現在もなお、今上天皇陛下と東北の人々との深い絆へと繋がり、今上天皇、皇后両陛下のたび重なる被災地訪問となって結実しているのですから、明治から現在にも渡る大切な記念日なのです。
ですから、この7月20日に由来する「海の日」の意義を、しっかりと次世代につないでいきましょう。
家庭でも、学校でも、しっかりと教えたいものです。
それは、東日本大震災からの復興の為にも、とても大切です。
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