今日は、「昭和の日」国民の祝日です。昭和天皇の御生誕日であり、その御偉業に思いを馳せるにはとても感慨深い日です。
ところで、先日「日韓歴史共同研究委員会」による日韓両国の歴史のすり合わせが不調に終わったことを書きました。
無論、歴史のすり合わせに国益はありませんから、それでよいのですが、我が国の子どもたちに両国の歴史をどう教えていくのかについては、まだまだ課題があります。
特に、両国間には「韓国併合」という歴史が横たわっています。本年は、日韓併合条約締結100年に当たる年ですが、昨今の若者はその事実すら知らないようです。
ここにも、日本人の国史離れが進でいる姿があり、「自らの歴史を喪失した民族は滅亡する」という言葉が重くのしかかります。
近年、日韓両国の歴史学者から、韓国併合を単純に「日本による植民地化」として定義することに疑問が投げかけられるようになりましたが、教育界では主流ではありません。
人権教育とリンクさせて、「創氏改名」を朝鮮人民の氏名を奪った単なる愚策のように教えるなど、戦前日本の軍国主義の代名詞の如く、日韓併合を扱う教育がなされてきたことも事実です。
このままでは、日本の子どもたちにとっては祖先を卑下することになってしまいます。
日韓両国の未来的な建設的協力関係にとっても、決して良いはずはありません。
昭和59年(1984)年に韓国の全斗煥大統領が、歴代大統領として初来日したときの宮中晩餐会で、昭和天皇は次のように発言をなされました。
「今世紀の一時期において、両国の間に不幸な過去が存在したことは、まことに遺憾です。このようなことは、二度とあってはいけません。」
このお言葉が、日本国民の象徴であられる昭和天皇の歴史認識でしたし、当時の国民はそのお言葉に胸を撫で下ろしました。
昭和天皇のご認識の様に、韓国併合とは、韓国のみならず、日本にとっても不幸な出来事だったのです。
詳細な歴史的事実は割愛しますが、日本が韓国を併合せざるを得なかったのは、国防上致し方なかったからです。東アジアの政情安定やロシアのアジア進出を食い止めるためには韓国の近代化がどうしても必要でした。また、日清戦争後の大韓帝国の日和見外交も問題でしたし、日韓併合に反対する伊藤博文が暗殺されたこともそのきっかけになりました。
我が国が独立を守り、東アジアが西洋列強国による植民地化から脱するためには不可避な選択だったのです。
ですが、いくら大義があっても、道義的には韓国人民の自存自立(独立)を妨げたことは苦渋の判断でした。
事実、併合後の朝鮮への支出は、日本にとって大きな負担になりました。
ですから、日韓併合は日韓両国にとって不幸な出来事だったのですし、二度とあってはならないのです。
学校教育では、せめて昭和天皇のお言葉を教えて、「両国にとって不幸な歴史であった」ことを指導すべきです。
そして、日韓両国民が同胞(同じ日本人)として力を合わせ、白人至上主義やアジアの植民地開放に立ち向かった歴史があることを、両国の子どもたちに肯定的に教えることが、日韓の未来的協力関係の構築には必要です。

もう一点は、戦前教育の全否定の上に戦後教育が生まれたという矛盾からです。






