国民教育のススメ ~教育正常化の風~

「愛国心こそが教育再生のキーワード」 現職公立中学校教諭が、左傾化し続ける教育現場の危機感から、教育正常化を通して日本再生を考えるブログ。保守ブログ相互リンク募集中!

2010年06月

vol.63 異国に眠る英霊の遺骨 ~大切なものを見失う日本~

英霊の顕彰ができない日本

前volで「英霊の顕彰は国家の責務」ということを書きました。
それは、先の大戦の英霊の顕彰すらできていない、今の日本の在り方に疑問があるからです。

厚生労働省によれば、平成21年(2009年)3月現在、先の大戦において海外で戦死した旧日本軍軍人・軍属・民間人約240万人のうち、日本に送還された遺体は約半数のわずか約125万柱だけとなっています。
海没したとされる約30万柱を含めて、残り115万現在もなお海外に残されたままです。


この現状を知っている国民は、決して多くありません。
国会やマスコミで取り上げられることも稀ですし、もちろん、学校でも、教えることはほとんどありません。
先人の功績に思いを馳せ、その亡骸を丁重に葬ることは、人間として当たり前のことですが、戦争美化につながると、その遺骨収集の不備な現状についてさえも、教えることが避けられてきたのです。
学校現場では、兵隊が死してもなお、日本軍が悪であったとのレッテルを貼ったままにしておきたいのです。


私たちに繋がる命

亡骸よりも、魂の存在を大切にする感覚が日本人には染み着いていますが、遠く南方や北方で故郷を夢見て命を終えていかれた英霊の思いを考えると、この現状には納得できない気持ちになります。

その御霊(みたま)は、遺骨の放置に縛られることなく、九段の地に帰りついています。
しかし、遺骨に宿った英霊たちの想いは、心身ともに故郷の地へ帰ることを望んでいるに違いありません。
アルピニストの野口さんは、自分が異国のヒマラヤで命を落としそうになった経験から、英霊の帰郷の念に気がつき、今は遺骨収集活動に没頭されているそうです。

私たちに野口さんの真似はできなくても、我が国の独立を保ち、東亜の解放と独立に命を捧げた英霊の方々の遺骨に関心を持ち続けることが大切です。
英霊の方々の尊い命の犠牲は、現代の日本を形作り、そして確実に私たちに繋がっています。

参議院選挙が近づいていますが、どの政党からも、どの候補者からも、遺骨収集について語られることはありません。
本当に大事なものを見失って、目の前の生活のことばかりが争点になる選挙には失望してしまいます。
税金の使い道を云々(うんぬん)言うならば、現在の私たちの繁栄に繋がる英霊の遺骨収集に、もっと税金を使うことがあっていいはずです。
この国の国柄を守り、先人の偉業を正当に評価して、先人の慰霊を真っ当にできる、そんな真の保守思想が広がることを願っています。

番外編 日本は独立国家になりえるか ~ソマリア沖で起きた悲劇~

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ソマリア沖で起きた悲劇

アフリカ・ソマリア沖で海賊対処活動に当たっている海上自衛隊の護衛艦「ゆうぎり」で9日、乗組員が艦内トイレで倒れ死亡したのは、し尿タンクの浄化装置の異常により、トイレ内に有毒ガスが充満したことが原因とみられることが22日までの海自の調査で分かった。
 海自は特異な事故とみており、同様の浄化装置を持つ護衛艦を点検する。
 関係者によると、ゆうぎりのトイレは、タンク内にたまったし尿をバクテリアで分解し、浄化した水分を海中に投棄。発生したガスは排気管で艦外に排出する仕組みになっている。
 ところが、ゆうぎりの浄化装置はバクテリアによる分解が不十分だったほか、排気系統がうまく作用せず、有害ガスがトイレ内に充満したとみられるという。                      (6月22日時事通信)


6bf7d8b42c8d647a護衛艦「ゆうぎり」は、本年5月10日に第5次派遣海賊対策水上部隊に参加するため、横須賀基地からソマリア沖へ向けて出航しました。
トイレの浄化装置の異常という、非戦闘中の死亡事故ではありましたが、亡くなられた隊員のご冥福を心からお祈りします。


問われる国民の姿勢

海上自衛隊は、憲法違反にあたるなどの反対もあり、十分な法律整備もされないまま、日本の関連船舶保護を使命としてソマリア沖で海賊対策に従事しています。

だからでしょうか、マスコミの扱いは大変小さく、ソマリアで殉難された隊員への関心は決して高くありません。
戦闘行為中の事故でなかったから、扱いが小さい訳ではありません。
マスコミの派遣に反対してきた姿勢へのこだわりや、国や職に殉じた事実を大きく扱いたがらない姿勢からでしょう。

マスコミの扱いがこのようなものだからこそ、殉職者やそのご家族への国民の姿勢が今、問われています。
どんな理由にせよ、海外で我が国の為に働いていて起きた事故ですから、国民が高い関心を抱くべきですし、国葬とまではいかずとも、政府葬、防衛省葬などで、丁重に弔うべきです。
少なくとも、対岸の火事のように、受け止めてはなりません。

英霊の顕彰は国家の責務

かつての日本は、国難に殉じた英霊を靖国神社という、聖地で丁寧に御まつりしてきました。
それは、日本が用意した英霊への最大級の弔いであり、その偉大な功績への顕彰でしたし、日本国家がつくりだす壮大な「物語」でもありました。

その思いを、現代の日本人が再び思い起こさない限り、今回の殉職隊員の本当の意味での弔いはできません。
隊員を靖国神社に合祀することは叶わないにしても、それに代わる物語を準備するべきです。

国家は、国家の為に命を懸けた英霊に何らかの形で、応える責務があります。
弔慰金や年金などの金銭面はもちろんですが、その功績の顕彰を国家事業として行う必要があります。

国際社会では、海外での日本の自衛隊の活躍に、益々大きな期待が寄せられています。
だからこそ、今後も不測の事態に備えつつ、国家として、その功績を後世に伝える術を持つことが、真の独立国家として、最低限必要なことなのです。

そういう意味で、管首相のこの事故への姿勢、そして国家観が問われています。
 

vol.62 ソフトバンクCMは日本家庭の崩壊を狙っている!?

白戸家の人々

ab5db658fbff3fe2CM総合研究所発表のデータでは、
『昨年度にオンエアされた全1971社の中で、CM-Branding評価・No.1企業に輝いたのは、ソフトバンクモバイルとなった。』そうです。
ソフトバンクのCMと言えば、白い犬をお父さんにした「白戸家」シリーズが有名です。
白戸家は、父親が犬で、兄が黒人、母と妹、祖母が日本人という奇天烈な家族構成ですが、この家族構成が人気だと言います。


犬とは蔑視の代名詞

近年のペットブームで、「ペットも家族の一員である」と思う人が増加しているとは言え、犬と言えば、世界共通で蔑視の際の代名詞として使われます。
日本でも、「〇〇の犬」と言えば、命令には従順だが、自ら考えることのできない単細胞のことを表す言葉です。
イスラムの世界では、「犬よばわり」することは、何よりも最大の侮辱とされています。
昨年には、米国のコメディー映画の中で、エジプトの故サダト大統領(イスラエル和平の功績でノーベル平和賞を受賞)にちなんだ「アンワル・サダト」と名付けられた犬が登場することに、サダト大統領の娘ロカヤさんが「侮辱だ」と激怒して、エジプトで訴訟ざたにすらなりました。


パロディーは、その対象に権威があってこそ

日本では、犬を父親に模したCMが高感度が良いというのですから、驚きです。

このCMには、明らかに、男性を貶めて、かつ父親の権威を揺るがし、家庭崩壊を企む意図が見えているようです。
ちなみに、お父さんの職業は、中学校教師だそうですが、その学校の校長先生は、母親で、学校でも、家庭でも頭が上がらないのです。
この設定にも、フェミニズムに毒された黒い意図があると思えてなりません。

家庭の中の父親の存在がゆるぎない時代であれば、パロディーとして面白いという感覚は分かります。
しかし、戦後の家庭での父親の存在や威厳は、明らかに低下していますし、その影響で日本の家庭が崩壊している現状は、以前にも書きました。
その結果、子どもが育つ環境が、悪化しているのです。

パロディーで、父親を犬と表現して笑いが起こるほど、日本の父親の威厳は確固たるものではありません。
むしろ、このようなCMを見た子どもたちが、まだ僅かに残る父親への畏敬の念を失墜させる危険性があるのではないかと、教育者としては懸念するのです。

マスコミが画策する「家庭崩壊」

こうやって、意図するかどうかに関わらず、マスコミは、戦後の日本の家庭を壊してきました。
家庭の崩壊は、子どもの安住の地の崩壊を意味しますし、学びの場の崩壊に繋がってしまい、成長の場を阻害されることになります。
表現の自由が担保されている日本社会ですが、家庭や社会秩序に反するような表現を、何でも垂れ流してよいと言う訳ではありません。
まずは、こういった表現に
親として、大人として、「No!」の意思を明確に示しましょう。
大切なものを守るには、時として闘う意思も必要なのです。

vol.61 国歌を歌えない子どもたち

きみがぁ~よぉ~にぃ~♪

音程も違い、歌詞も間違っている国歌を、教室で2人の男子生徒が歌っていました。

ワールドカップで日本代表が歌ってきた国歌を思いだして歌っていたようです。何度か繰り返し歌っているうちに、私が気付いたのは、最初のワンフレーズだけ歌うことです。
どうやら、それ以降は、全く分からないようなのです。
歌わないのではなくて、歌えないのです。

早速に傍に行って、
「歌詞が間違っている」「正確には、こうだ」と歌って聞かせました。
すると…

そんなん習ったことない…

私が勤務している市内の小中学校では、もう何年もの間、卒業式の国歌斉唱率、国旗掲揚率は100%です。
なのに、国歌を教わったことがない…という事実は、矛盾すると思いませんか?
教わったのに、忘れているのではありません。
小学校時代から、音楽の教科書には載っているはずなのに、意図して教えていないのです。

卒業式の中では、歌詞入りのテープで国歌を流しますから、起立はしても歌う必要がないのです。
教育が正常化されている地域では、ピアノ伴奏で斉唱という形がもっとも多いのですが、わたしの地域では、ピアノ伴奏をしている学校を知りません。

ですから、歌詞を教えることも、曲を教え、歌わせることもしていません。
わたしたちの地域の子どもたちにとって、国歌とは、残念ながら聞き流すもので、歌うものではないのです。


「国歌は嫌いではない」菅首相

15歳にもなって国歌を歌えない子どもたち。
TVでは、オリンピックやワールドカップ、ボクシングのタイトルマッチやプロレスなど…様々なシーンで耳にしているのに、自分で歌うことができない悲しさは、測り知れません。

100歩譲って、公式の場で、歌う歌わないは個人の自由としましょう。
しかし、習ったことが無い、一度も歌ったことが無い…本当にそれでいいのでしょうか?
この子たちは、将来世界に羽ばたく人材です。
その人材が、自国の国歌すら歌えなくて、国際社会で信用されることはありません。
子どもたちの本当の幸せを願うなら、正しく国歌を教えることは、最低限の教育のはずです。

菅首相は、以前には国歌は歌わないと明言していたと聞き及びます。
首相になってからは、「嫌いではない」「今は斉唱している」と国会で答弁したらしいですが…。
国歌に、「好き」「嫌い」などと個人的嗜好を持ち込むのは、
「米国の国歌の方がカッコいい」と言う、未熟で無知な中学生なら許せる話です。(ただし、指導はされますが…)

しかし、国家の代表である首相の言としてはいかにも軽いと言わざるを得ません。
どうか、国際社会で、首相として恥ずかしい態度にならぬよう、子どもたちの見本となるよう、今後は堂々と国歌斉唱していただきたいと思います。

私は、今年も、この子どもたちに、堂々と国歌を歌わせようと思いますし、しっかり教えようと思います。




vol.60 日本人にとって皇室とは何か?

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自分の番(いのちのバトン) 相田みつを 

父と母で二人
父と母の両親で四人
そのまた両親で八人
こうして数えていくとゆくと

十代前で、千二十四人
二十代前では―?

過去無量の
いのちのバトンを
受けついで
いま、ここに
自分の番を生きている
それがあなたのいのちです
それがわたしのいのちです



この詩は、中学校でもよく道徳の授業で使われます。
実際に私も何度かこの詩で授業をしましたが、子どもに命のつながりを実感させ、命の大切さを教えるには、実に分かり易く、よい教材です。


〇〇に繋がる「いのちのバトン」

今日は、命について書きたい訳ではありません。
表題の〇〇に、何が入るかお分かりですか?

相田さんの計算式を、もう少し先に進めてみると、24代前で自分と直結する先祖の数は1,500万人を越えます。
1代の長さを単純に、親と子どもの年齢差の25年と計算して、24代で約600年間と仮定します。

600年前頃(室町前期:南北朝時代のころ)の日本の人口(正確には分かりませんが)は、おおよそ1000万人程度だったとの研究があります。すると、自分から24代遡ると、すでに人口を越えてしまい、先祖の数は飽和状態になります。
ということは、その時代に生きていた日本人全てが自分の祖先ということです。
この時代にも、もちろん皇室は連綿と続いていた訳ですから、誰でも24代以上遡れば、天皇が先祖の一人であるという不思議なことが起きてしまうのです。

例えば、武家の全ては、源氏か平氏に分かれますが、その出自は皇族からの臣籍降下ですから、もちろん皇室とは深い関係があります。
これは、家という形から、皇室との関係を明らかにできる一例ですが、個人単位で考えても、自分の祖先が、いずれかの時代の皇室とつながっているということを、相田さんの計算式は証明してくれるのです。

ですから、現代の私たちには、遠く遥かな繋がりであっても、皇室の血が流れているのですから、〇〇に繋がる命のバトンの〇〇とは「皇室」のことなのです。


民法改正が皇室への意識を変えた

戦前の民法では、家長相続が当然でしたから、本家や分家など家の系譜が大切にされました。
武家で言えば、本家の本家が源氏か平氏、そしてその総本家が皇室だと考えれば分かり易いでしょう。
我が家の系譜と皇室とのかかわりも(真偽は別として)、家を通して明確でした。
ですから、皇室を敬うことと、自分の祖先を敬うことは同義語でしたし、皇室を通して国家観を形成していたのです。

しかし、戦後の民法改正で、個人相続が是となり、本家、分家と区別する必要もなくなり、家と個人の関係が薄まったように、皇室と国民の関係も薄まりました。
GHQは、天皇という伝統に裏付けされたカリスマのもとに、日本国民がひとつとなることを最も恐れましたから、彼らが仕込んだ日本国家解体の陰謀は今もなお、確実に進んでいるということです。

渡部昇一上智大学名誉教授も、その著書で、
「戦後の相続制度の転換は日本に連綿としてあった国家観を壊してしまった。現在の皇室制度の問題も、大本はすべてそこにあると言っていいかもしれない」(日本史百人一首)と指摘されています。

国家観を問い直す

このように、私たち日本人は、私たち一人の存在を通してさえも、皇室を肌で感じることができる幸せな国民です。
そして、皇室を通して、国家観を形成できるほどに、歴史に裏打ちされた民度の高さを有しています。
しかし、現在は、皇室の存在を軽視し、時には皇室不要論さえも平気で耳にする時代になりました。

これらの行為は、皇室の否定ではなく、自らの存在を否定する愚行であることを、日本人は知るべきです。
私たち日本人が、日本人としてあるのは、世界史に残る歴史を誇る皇室があり、私たち一人一人が天皇の子孫であるからこそです。
もう一度、この事実をしっかりと見つめることが必要ですし、次世代の子どもたちにきちんと伝え、教えるべきです。

vol.59 相撲と武士道 ~琴光貴の野球賭博問題~

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大相撲の大関琴光喜関(34)らが野球賭博をしていた問題で、日本相撲協会は15日午後、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、琴光喜関の師匠、佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)が出席、琴光喜関の謹慎を申し出て了承された。7月の名古屋場所は休場する。(時事通信)

琴光貴の野球賭博関与が発覚し、相次ぐ相撲協会がらみの不祥事に国民はあきれるばかりです。

そもそも日本相撲の歴史は神話の時代に遡るほど古く、「古事記」の中で、建御名方神(たけみなかたのかみ)と建御雷神(たけみかづちのかみ)が出雲の国をかけた力くらべをして、建御雷神が勝ったという記述が起源とされています。
その後、豊作を願う神事として発展した相撲は、たびたび天覧相撲などの形で、古より皇室との関係も深いものでした。
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戦国時代になると、武術のひとつとして武士に奨励され、力士が武士(もののふ)とされた由縁がここにあります。
江戸時代に入り、寺社への寄付を目的とした勧進相撲が盛んになり、庶民の娯楽としての相撲の原型が形作られましたが、有名力士は、大名お抱えとなって、藩士の資格や俸禄を与えられました。
幕末には、ペリー来航に際して、力士らは、攘夷への協力を番所に申し出たり、翌年のペリー再来日の際には、米国へ贈られた米200俵を江戸相撲の力士たちが軽々と運び、米軍人を驚嘆させたりもしました。
高杉晋作が率いた奇兵隊とともに闘い、国事に奔走した諸隊の中に「力士隊」がいたことは有名です。


このような歴史を見てみると、その流れをくむ現代の相撲協会所属の力士たちは、現代に生きる武士(もののふ)そのものです。
ですから、力士たちは、今も髷を結い、着物を着ていますし、弓取り式や土俵入りの太刀持ちなど、伝統的な文化を色濃く残しています。

12d56そして、十両に昇進すれば、関取と呼ばれ、大銀杏の髷が結え、紋つきの羽織袴が着れたり、白足袋や雪駄が履ける(それまでは、丁髷、着物、黒足袋、下駄など)など、待遇面でも実力次第の階級社会です。
困難に打ち勝つ強い精神を形作るには必要な、保守色の強い実力社会です。
その中で、若者たちは、明日の横綱を夢見て日夜稽古に精進するのです。

しかし、大学相撲出身者と外国人力士の増加などにより、宗教的思想と長い歴史で培われた伝統的な武道というよりも、一般スポーツ競技の一種としか捉えていない力士が多くなったことが指摘されています。

また、近年の相次ぐ不祥事からか、力士になりたいと思う少年が次第に減少し、平成19年(2007年)の名古屋場所では新弟子検査の受検者は0人になってしまいました。

そんな中での、大関琴光貴の野球賭博発覚でした。
大関一人を責めても仕方ありませんが、こういう体質が相撲協会の中に連綿とあったということでしょう。

今、相撲協会の在り方が問われていますが、もう一度「日本文化としての相撲」を見つめ返す時期がきているのではないでしょうか。
「勝てばいい」という勝利至上主義や、「儲かればいい」という拝金主義は外来のプロスポーツ思想です。
日本文化としての相撲道では、かつて新渡戸稲造が世界へ紹介して絶賛された、世界に誇る「武士道」を具現化することが必要です。

そのためには、日本武士がそうであったように、文武両道が本道ですし、高い道徳心と力士としての高い矜持(プライド)が求められます。
そのためには、力士への「日本の伝統・文化の教育」と「心の教育」が肝要です。
そして、その両者をつなげるのが「武士道教育」です。

そういう意味では、今日の学校教育が抱える問題と、相撲協会が抱える問題は、「力士」育成と「日本人」育成の違いはあっても、根幹は同じだと言えます。
学校や家庭で、「日本人として育てられた子ども」が、始めて「真の力士」と成りえるのかも知れません。

これからも、学校教育で、世界に誇れる「日本人」を育てながら、
世界に誇れる「力士」(武士:もののふ)であれと、相撲協会の若者たちも応援していきたいと思います。

vol.58 歴史教育に貫かれる反日思想 ~「万葉集」から~

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ある中学校の3年生で実施された実力テスト(社会:歴史)の問題です。

 

(設問)
光明皇后の死後に完成した、次の和歌がおさめられている歌集の名前を漢字で答えなさい。


から衣 すそに取り付き 泣く子らを

置きてぞ来ぬや 母なしにして (防人の歌)


【口語訳】
裾に取り付いて泣いている子どもたちを置いたまま、(九州に)赴任することになった。この子らには母もいないのに。

 

 

正解は、もちろん「万葉集」です。

父親が、可愛い吾子を郷里に残して、防人(武人)として九州へ赴任していくときの寂しさを歌った、素晴らしい歌です。

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万葉集とは、7世紀~8世紀ごろに編まれた和歌集で、天皇などの皇族や貴族から、下級官吏、防人など、様々な身分の人々の歌が204500首も収められています。

 

 

あかねさす 紫野行き 標野行き 
                    野守は見ずや 君が袖振

額田王 (巻120

【口語訳】
紫草の生える 御料地の野にいらっしゃるあなた そんなに袖を振って私をお誘いになっては、野の番人に見られてしまいますよ 

 

我が背子は 物な思ひそ 事しあらば 
                 火にも水にも 我がなけなくに

安倍女郎 (巻4506

【口語訳】 

わたしの大切なあなた そんなに独りで心配しないで 何かあったなら、火にも水にも飛び込む私というものが一緒にいるじゃありませんか

 

このように万葉集には、古人の恋の歌が多くおさめられています。


また、次に挙げるような、現代の私たちに通じる、自然への豊かな感性を詠んだ歌も多くあります。

 

一つ松 幾代か経ぬる 吹く風の
            声の清きは 年深みかも

市原王 (巻61042

【口語訳】 

一本松は どれほどの時を経てきたのだろう
梢を吹く風の声が 清らかで澄み切っているのは 深く歳月を重ねてきたからでしょうか

 

我が里に 大雪降れり 大原の 
                  古りにし里に 降らまくは後

天武天皇(巻2・103)

【口語訳】 

あなたはうらやましがるでしょう
私の住む里には こんなに大雪が降りました
そちらの大原の古びた里に雪が降るのは しばらく先になるでしょうからね

 


ほんの一部紹介しただけですが、

これだけを見ても、先述の防人の歌が、他の和歌と比べて、ある意味で特異な情景を歌った歌であることが分かるはずです。

それを、万葉集を代表する和歌として、設問として使う(そもそも使用している教科書に載っているから、設問になるのですが)には、明確な意図があります。

 

それは、この歌が最も優れているからとか、万葉集を代表する歌だからではありません。

本当は、行きたくない戦場(九州)へ行かされる防人が、泣く吾子と別れている場面を際立たせ、古代の大和朝廷が個人の自由を奪う負の遺産であると教えたい意図なのです。

防人として九州へ行くように最終的に命令するのは、天皇です。
ですから、天皇は、私たち国民の自由を奪い、戦場へと駆り立てる存在であるというメッセージすら込められ、天皇への嫌悪感を育てるために、この歌が選ばれているのです。


 

これらの根っこにあるのは、反日思想、日本の伝統・文化や皇室の破壊思想です。
ですから、天皇が詠まれた歌は教科書では敬遠され、庶民の歌(防人や作者不明)が重宝されているのです。

 

これらの一つひとつは、大したことのないように見えます。

しかし、「たかが、和歌ひとつで…」と、看過していてはいけません。
これら反日イデオロギーは、歴史教科書全般を貫いています。

万葉集で、この和歌を教えるこで、近現代史で、昭和天皇の戦争責任や東京軍事裁判の肯定への反日線路が轢かれることになり、その軌道の上を子どもたちに走らせるのです。

ですから、教科書で歴史を学ぶと、「戦前までの日本を否定し、日本が嫌いになり、日本人としての矜持が持てなくなる」という、とんでもないことが起きてしまうのです。

 


「万葉集」の代表的歌と言えば、わたしは次の歌ではないかと思います。

短歌ではありませんが、実に古の日本の豊かさや日本人の心の豊かさが表現され、日本人としての矜持を育てるいい歌だと思います。

そして、それを天皇ご自身が詠われていることによって、わたしたち国民と皇室の在りようが伺える絶好の教材です。


このような歌が、万葉集の代表歌として教えられるようにならなければ、本当の日本人を育てることはできません。

 

大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ うまし国そ あきづ島 大和の国は

舒明天皇(巻12

 

大和にはたくさんの山があるけれど なかでもとりわけ美しい天の香具山の上に

登り立って国を見ると 広い平野にはかまどの煙があちこちから立ち上り

海原にはカモメが盛んに飛び立っている  ほんとうによい国だ この大和の国は

vol.57 深い愛情が子どもの心を燃やし、「大志」を育てる!

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母の想い

雄々しくも 君に仕うる もののふの
      母ていふものは あわれなりけり  (有村連寿尼)

(男らしく、自らの命を懸けて君に仕える武士の母と言うものは、その意味が分かっていても 大変哀しいものです)

連寿尼とは、もちろん出家後の名で、本名は有村れんです。
彼女は、安政6年(1858年)に江戸城の桜田門外の変で、幕府の大老・井伊直弼を籠から引きずり出して首を撥ねた薩摩藩士・有村次左衛門の母です。

この有村次左衛門は、このとき彦根藩士の刀で重傷を負い、力尽きて自刃しています。
享年21歳でした。
そして、次左衛門の兄・雄助は、弟らの井伊直弼暗殺に呼応して仲間らと京都・大阪での挙兵を企てましたが、幕府に遠慮した薩摩藩に捕らわれて、帰郷させられた後、僅か26歳の若さで自害させられました。
その立会には、母れんの姿があったと言います。

このように、連寿尼は、ほぼ同時期に可愛い吾子を2人も失っています。
雄助の自刃には、武士の母として見事に立ち会いました。
この歌には、そんなれんの武士の母としての気丈さと同時に、吾子を失った悲哀さと、吾子への深い愛情が切々と込められています。


母の愛情が育てたもの

岩が根も 砕けざらめや 武士(もののふ)の
        国の為にと 思ひ切る太刀 (有村次左衛門)

(硬くて切れないと思える岩でさえも砕けろと、もののふである私は、国の為に太刀を振るって闘おう)

母の悲哀さとは裏腹に、彼の歌からは、国を思う強い想いと情熱が溢れ出ています。
この歌は、井伊直弼の襲撃に向かう直前に詠まれました。
きっと、彼は、我が身の危険を顧みることなく、国の為にと義憤に燃え、桜田門外の変へと突き進んでいったのでしょう。
そこには、一片の迷いも躊躇も感じられません。
ちなみに、この有村次左衛門の長兄は、薩摩の代表的な志士の一人であり、明治期に活躍した政治家の海江田信義(貴族院議員)です。

dappannomitiこのように三者三様でしたが、兄弟皆が国を憂いて活躍した有村家の息子たちを育てた母が、いかに偉大で愛情深い女性だったか想像されます。
吾子が国難に命を奪われようとは思わなかったでしょうが、母れんの中では、幼いころから、彼らへの溢れんばかりの深い愛情が注がれ続けられたのでしょう。
だからこそ、彼ら兄弟は、自分の信じる道を疑いもなく、ただ純粋に、真っ直ぐに歩んでいったのです。


豊かな愛情が「大志」を育てる

家族の深い愛情に包まれた子どもはすくすくと、おおらかに、のびやかに育っていきます。
そして、やがてその少年は、家族を越え、郷土を越えて、大海に乗り出し、国を想って、「大志」を抱くようになります。
それは、父や継母、兄や姉の深い愛情に育てられた坂本竜馬を見ても然りです。

家族からの絶対の愛情に支えられているからこそ、我が身を犠牲にしても、国の為に、人の為に命を懸けても尽くそうと思う、「大志」を抱くのです。
深い愛情を注がれているからこそ、その愛情に応えようと、家族のため、郷土の為、祖国の為にと奮起しますし、その気持ちが自らを高めるための「学ぶ」意欲となるのです。
大志を抱き、「学ぶ」意欲を育てるのは、父母はもちろんのこと、祖父、祖母、兄、姉など、家族からの深く豊かな愛情です。


戦後教育は、「進歩的家族」などという虚構を信じて、家族の絆を破壊し続けてきました。
その結果が、学習意欲や学力の低下であり、家庭崩壊であり、児童虐待の原因であるということは以前から指摘した通りです。

今こそ、我が国は、家族の絆を取り戻さなければなりません。
閉塞感に覆われた国家再建に為には、有村兄弟のように、憂国の志に燃えた有為な人材の育成が欠かせません。
「学ぶ」意欲に長けた生徒の育成が大切なのです。

そのためには、まず家庭再建こそが急務です。


vol.56 「親孝行」こそが、日本再生の道標!

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教育勅語と親孝行

1890(明治23)年10月に山縣有朋内閣の時代に明治天皇が発布した「教育勅語」は、国民の徳目の第一として、「爾臣民父母ニ孝ニ」と親孝行を挙げています。
その言葉通り、かつての日本人は親を敬い、大切にすることが子の本分でした。

kid0026-009_m現代を振り返ってみてどうでしょう。
親が子を虐待して殺してしまいばかりか、子が親に手をかけてしまう暗黒の時代です。
「親孝行」という言葉さえも、死語になりつつあります。

本当は、親が子を慈しむ心が本能であるように、子が親を想う心も本能です。
その本能が崩れているのは、唯一本能を制御できる教育が歪められているからです。
個人の権利ばかり振りかざし、伝統的な家族や親の在り方を否定する左翼思想が教育界から排除されない限り、この暗黒の時代に終わりはきません。

戦後教育は、この教育勅語を国会で否定することから始まりました。
その結果が、今のこの日本です。
凄惨な事件が相次ぎ、日本人の道徳心や公共心、規範意識の低下が叫ばれる昨今、この教育勅語の復権を願うのは、あながち的外れではありません。


靖国の英霊の親孝行

ここで、かつての日本人の親への想いを見てみましょう。
先頃の大戦において、我が国を守るために散華された英霊の方々の遺書(家族への手紙)にも、親への想いは切々と語られ、今の私たちの心に響いてきます。

「父、母上様
今まで長い長い間、お世話になりました。父母の恩は、山よりも高く、海よりも深いことわざの如く、遠く遠く懐かしい故郷を離れ、戦ひの中にあつても、父母のことは寸時も忘れたことは御座居ませんでした。(抜粋)」
(陸軍伍長 鈴木三郎 フィリピン・ルソン島にて戦死 27歳)


「お母さん、やさしいお母さん、今日までのいろいろなお心遣ひまことに有りがたう御座居ました。お体をおいとひあつて長生きをして下さい。私は先に参りますが、ただ一つ残念なことは孝養の一端も果たし得ずしてお別れする事が何より残念でなりません。どうかお許しください。(抜粋)」
(海軍二等兵曹 太田 暁 クエゼリン島にて戦死 19歳)


「私は朝、飛行服に着替へて学生舎を出ると、胸のこのお守り袋を手で触りながら、明け切らぬ東の空へ向ひ、「母上お早うございます。立派にお役にたちますやう、今日もお守り下さい」と口の中でつぶやく。(中略)いつ頃から、かういふ習慣になつたのか知らないが、何を忘れてもこれだけは忘れたことがない。女々しいとも思ひ、滑稽だとも思ふ。しかし、この習慣を止めようとも思わない。私は母の愛と祈りを片時も忘れたことがない。私と母とはいくら離れてゐても、このお互ひの愛と祈りでぴつたりと繋がってゐるのである。(抜粋)」
(神風特別攻撃隊 第二・七生隊 海軍大尉 千原 達郎 沖縄方面にて戦死 24歳)

「俺は今度休暇があつたならば、孝行の仕終わりとして、母上を善光寺にお連れしよう。世の楽しみも味ははずに御年を召したわが母上、俺が今後永生きをしたならば、必ず孝養致します。(抜粋)」
(陸軍准尉 鈴木清二 中支にて戦死 25歳)


「親孝行」こそが日本再生の道標

wmn0007-009_sこの国の為に命を捧げた英霊たちは、こんな私たちの歪んだ社会をどう視るのでしょうか。
この歪みを直さない限り、英霊の心に報いることはできません。

自分の親を大切に思う心は、他者を大切に思う心の源です。
自分の親さえ大切に思えない人間が、他者を思いやることができないのは自明の事実ですし、多くの偉人が、親を想う心が人並み以上に富んでいたという歴史的事実は、私たちに「親孝行」の大切さを教えてくれます。
教育勅語でも、最初に「爾臣民父母ニ孝ニ」と親孝行を挙げられているのは当然です。

そのことを考えたとき、日本人として育てるべき道徳心の根幹は、「親孝行」の心です。
「親孝行」というと、古臭い気もしますし、そんな当たり前のことを教える必要などないという人もいるでしょう。
しかし、公教育では、家族の崩壊を意図する左翼思想が混在し、「親孝行」を軽視しているのも事実です。
ですから、敢えて親の有難さや、親孝行することの意義をきちんと
教えることが必要です。

それこそが、この日本の教育再生のキーワードですし、日本再生の道標となるのです。





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