前volで「英霊の顕彰は国家の責務」ということを書きました。
それは、先の大戦の英霊の顕彰すらできていない、今の日本の在り方に疑問があるからです。
厚生労働省によれば、平成21年(2009年)3月現在、先の大戦において海外で戦死した旧日本軍軍人・軍属・民間人約240万人のうち、日本に送還された遺体は約半数のわずか約125万柱だけとなっています。
海没したとされる約30万柱を含めて、残り115万現在もなお海外に残されたままです。
この現状を知っている国民は、決して多くありません。
国会やマスコミで取り上げられることも稀ですし、もちろん、学校でも、教えることはほとんどありません。
先人の功績に思いを馳せ、その亡骸を丁重に葬ることは、人間として当たり前のことですが、戦争美化につながると、その遺骨収集の不備な現状についてさえも、教えることが避けられてきたのです。
学校現場では、兵隊が死してもなお、日本軍が悪であったとのレッテルを貼ったままにしておきたいのです。
私たちに繋がる命
亡骸よりも、魂の存在を大切にする感覚が日本人には染み着いていますが、遠く南方や北方で故郷を夢見て命を終えていかれた英霊の思いを考えると、この現状には納得できない気持ちになります。
その御霊(みたま)は、遺骨の放置に縛られることなく、九段の地に帰りついています。
しかし、遺骨に宿った英霊たちの想いは、心身ともに故郷の地へ帰ることを望んでいるに違いありません。
アルピニストの野口さんは、自分が異国のヒマラヤで命を落としそうになった経験から、英霊の帰郷の念に気がつき、今は遺骨収集活動に没頭されているそうです。
私たちに野口さんの真似はできなくても、我が国の独立を保ち、東亜の解放と独立に命を捧げた英霊の方々の遺骨に関心を持ち続けることが大切です。
英霊の方々の尊い命の犠牲は、現代の日本を形作り、そして確実に私たちに繋がっています。
参議院選挙が近づいていますが、どの政党からも、どの候補者からも、遺骨収集について語られることはありません。
本当に大事なものを見失って、目の前の生活のことばかりが争点になる選挙には失望してしまいます。
税金の使い道を云々(うんぬん)言うならば、現在の私たちの繁栄に繋がる英霊の遺骨収集に、もっと税金を使うことがあっていいはずです。
この国の国柄を守り、先人の偉業を正当に評価して、先人の慰霊を真っ当にできる、そんな真の保守思想が広がることを願っています。
護衛艦「ゆうぎり」は、本年5月10日に第5次派遣海賊対策水上部隊に参加するため、横須賀基地からソマリア沖へ向けて出航しました。
CM総合研究所発表のデータでは、



この国の為に命を捧げた英霊たちは、こんな私たちの歪んだ社会をどう視るのでしょうか。


