国民教育のススメ ~教育正常化の風~

「愛国心こそが教育再生のキーワード」 現職公立中学校教諭が、左傾化し続ける教育現場の危機感から、教育正常化を通して日本再生を考えるブログ。保守ブログ相互リンク募集中!

2010年12月

vol.84 天皇誕生日に想う ~皇室を敬愛する子どもを育てるには~

ブログネタ
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今上天皇ご誕生日

昨日は、第125代天皇であられる今上天皇陛下77回目の生誕日、国民の祝日でした。

まずは、今上天皇陛下のお誕生を国民としてお祝いするとともに、更なるご健康を祈願してやみません。

 

tennouheika今上天皇は、昭和天皇の第5子にして初の男子(第一皇子)として、昭和8年にお生まれになり、昭和6417日にご即位なされました。

皇太子時代はもちろんですが、ご即位後も、沖縄やサイパン島、硫黄島など、日本国民が先の大戦で悲劇的な運命をたどった地を精力的に行幸なされ、日本国民だけでなく、現地住民や交戦国の米国兵士をも含んだ慰霊や世界平和への祈りに努めてこられたことだけ見ても、陛下のことを日本人として大変誇りに思います。

 

皇室を敬愛する教育

さて、以前にも書きましたが、戦後教育で左傾化した公立学校では天皇や皇室について教えることは長年タブー視されてきました。

天皇や皇室を敬愛する思想は、「戦前回帰」「軍国主義復活」と言って敵視し、歴史を捻じ曲げてでも皇室を貶めてきたというのが事実です。

しかし、教育基本法が改正され、日本の伝統・文化を継承すべき土壌ができた今こそ、日本が世界に誇れる伝統・文化の中核である皇室や無私の精神で国民とつながってこられた歴代天皇について、子どもたちに正しく学習させることが必要です。

その為には、皇室の伝統そのものをその身の内に宿らせ、現在もご存在されることが奇蹟とも言える今上天皇のお人柄や国民への祈りを教えることが大切です。

子どもたちには、皇室の歴史や日本国憲法の中の象徴天皇の在り方を学ばせることも大切ですが、折に触れて今上天皇のお言葉を、ありのままに素直にそのまま受け止めさせたいものです。教師が、政治的思想や歪曲された歴史観を差し挟まないことが大切です。

 

陛下の有りのままのお言葉の中に宿る無私の精神に触れ、国民や世界の人々を労わるお気持ちを素直に受け止めさせれば、それだけで素直な子どもたちの心は揺さぶられますし、2000年以上紡いできた日本人のDNAのスイッチが入るのです。

 

今上天皇のお言葉

陛下からのお言葉は、様々な場面で国民の労苦をねぎらい、幸せを念じ、勇気を与えてくださります。そして、日本人のあるべき姿や望むべき社会の形をお示しくださっています。

「今日、日本では高齢化が進み、厳しい経済情勢と相まって人々の暮らしが深く案じられます。そのような中で高齢者や介護を必要とする人々のことを心に掛け、支えていこうという人々が多くなってきているように感じられ、心強く思っています。皆が支え合う社会が築かれていくことを願っています。平成が20年となり、多くの人々がお祝いの気持ちを表してくれることをうれしく思い、感謝しています。この機会に、我が国の安寧を願い、国民の健康と幸せを祈ります。」(ご即位20年にあたっての記者会見)

 

本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。終戦以来既に65年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。ここに歴史を顧み,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。(平成22年 戦没者追悼式典

 

昨年は,引き続く厳しい経済情勢の下で,多くの人々がさまざまな困難に直面し,苦労も多かったことと察しています。新しく迎えたこの年に,国民皆が互いに助け合い,励まし合って当面の困難を克服するとともに,世界の人々とも相携え,平和を求め,健全な未来を築くために力を尽くすよう願っています。本年が,我が国の人々,また,世界の人々にとり,良い年となることを祈ります。(平成22年 年頭にあたり)

 

これまで,交通事故による一年間の死者の数が5千人を割っていたのは,57年前,昭和27年のことです。昭和27年という年は平和条約が発効し,我が国の主権が取り戻された年です。当時は高速道路はなく,舗装された道路も少なく,自動車台数も限られたものでした。したがって,自動車交通が著しく発達した今日の交通事情の下で,交通事故による死者の数が当時とほぼ同じ数値になったことは,永年にわたって交通安全の活動に携わってきた関係者の非常な努力によって達成された賜物であります。ここに,本日の表彰受賞者を始め,関係者の労苦に対し,深く敬意を表します。(第50回交通安全国民運動中央大会)

 

このような陛下のお言葉には、常に国民を案じ、国民の幸せを願って、無私の精神で祈りを捧げてくださっている陛下のお人柄や深い願いが込められています。

偏った政治的思想からは見てとれない陛下と国民の心のつながりを感じ取らせ、子どもたちに皇室への敬愛の念を育てていきたいと思うのです。

そして、皇室の安寧と我が国の発展はともにあることを教えたいのです。

vol.83 教育力再生のカギ 「家庭崩壊と子ども手当」

6日に1

「6日に1人」の割合と聞いて何を想像するでしょうか。

なんと全国で児童虐待によって亡くなった子どもたちの数です。

平成12年(2000年)に児童虐待防止法が施行されて10年になりましたが、虐待は増加の一途を辿っており、児童相談所を中心とした関係機関挙げての懸命の取り組みにも関らず、残念ながら改善の糸口が見えてきません。

 

最近の虐待の中で際立っているのが「ペット虐待」と言われるものです。子どもをまるでペットのように扱い、「しつけ」と称して虐待するのです。ストレス解消の手段とするかのように虐待を繰り返してしまうのですが、子どもに対して罪悪感を持たないという特徴があると言われています。

虐待の原因として、様々な要因が挙げられていますが、貧困と孤独という問題が大きな影響を及ぼしていると考えられています。子供を虐待している家庭の多くは、近所付き合いもなく孤立していることが多く、虐待は見過ごされてしまっているのです。

 

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警視庁によると、昨年の65歳以上の万引き摘発件数は全国で約27千人、20年前の7倍になっています。

警視庁は昨年、背景を探るため、約1千人の万引き容疑者に意識調査をしたところ、高齢者の動機として「孤独」「生き甲斐の無さ」が上位を占めました。

息子と同居し、年金などで月収24万円の収入があるにも関わらず、400円の飴玉を万引きした80歳の男性は、「生き甲斐が無い。近所に相談にのってくれる人もいなかった」と警察官に話をしたそうです。

 

孔子曰く「50にして天命 を知る。60にして耳順(耳にしたがう)、70にして心の欲するところに従って矩( のり)をこえず」と言います。

その年代の高齢者が、家族と同居していても、「孤独」や「生き甲斐の無さ」に苦しみ、万引き行為におよんでいるのです。

その行為そのものは決して肯定できませんが、その背景には家庭や地域の共同体の破壊が進んでいる現状が見え、個人の責任だけではありません。

 

「社会で育てる=子ども手当」ではない

戦後教育と経済発展の中で、かつてあった多くの共同体が破壊されてきました。

その共同体破壊の風潮には、左翼イデオロギーが充満してきたことはすでに書いてきた通りです。

その病魔は着々と家庭や地域に忍び寄り、現在は「互いに干渉し合わない」ことが、「無関心」となって、すでに大人の心まで壊してしまっているのです。

仕事をリタイアして社会との関係が途切れてしまい、誰の役にも立てないと生き甲斐を無くしてしまっている高齢者は、その被害者だとさえ言えるでしょう。

 

しかし、それは子どもの世界も同じです。

問題を抱える子どもたちが、いかに「孤独」であるか…。家庭が崩壊し、大人からの愛情に飢えた子どもたちにとって、高齢者までが「孤独」に苦しんでいるこの国は、とても住みづらい国になってしまいました。

 

「社会で育てる」という理念のもので、「子ども手当」が支給されるようになりました。

しかし、あくまでも子供を養育する者に対しての支給ですから、教育を家庭に丸投げしていることに変わりはありませんし、その理念は素晴らしくとも、「社会で育てる=お金の負担」ではないでしょう。

今、その家庭が対外的に「孤立」し、家族内では「孤独」の中で苦しみ、教育力を発揮できなくなっているのですから、家庭に教育を丸投げしていたのでは、健全な子どもは育ちません。

 

「社会で育てる」のならば、各々の家庭に多額の税金を投入するのではなく、子供たちの命や家庭を守る地域コミュニティー再構築のためにお金を使うという発想こそが必要だと思うのです。

そして、そこには「次世代を育てる」という高齢者の最高の生き甲斐があることも見落としてはなりません。

vol.82 「学び」を忘れた日本人 ~学力向上の鍵は日本の文化にある~

学びを忘れた日本人


今から
10年程前、「分数ができない大学生」(岡部恒治・戸瀬信之・西村和雄編 東洋経済新報社 平成116月)という本が出版されて、学力低下が大学生にまで及んでいる現状が話題になりました。


その原因は多様ですが、分数は小学生で習い始めることを考えると公教育の質の低下が関係していることは明白です。
その公教育で、子どもへの「教え」を「支援」へとすり替え、ミスリードしてきたのが日教組の「ゆとり教育」です。

「教育の主体は子どもであり、その学びの主体である子どもを教えるのではなく、支援する」のが教育であるという思想です。
ですから、基礎基本の徹底の為の繰り返し教育を「教え込み、詰め込み主義」「偏差値偏向教育」と非難してきました。
そして、「子ども自身が自ら学ぶ」ことに過度な重点が置かれ、教科指導の内容軽減(例 円周率を3とする など)を進めて、大人による「技能や価値観の押しつけ」が極端に避けられてきたのです。

教育の主体が子どもであることに異存はありませんが、しかし、そこには決定的に日本人にとっての「学び」とは何か?、本当の「学び」は何か?という視点が欠落しています。

そのような風潮の中で、日本人は「学び」を忘れてしまったと言えるでしょう。

「学びの忘却」こそが、学力低下の主因なのです。 

 

伝統に息づく日本人の「学び」


かつての日本文化は、悠久の歴史のなか紡いできた「学び」の姿を明確に持っていました。

「守・破・離」という言葉があります。

これは、茶道の大成者「千利休」が茶道の心得を説いた言葉です。(提唱者については諸説あるようです)
「守」とは、基礎基本の法を徹底的に型として身につけることです。頭ではなく、身体がその動きを完全に覚えるまで、徹底して法を繰り返して身につけるのです。
「破」とは、繰り返すことで自然とできるようになった師匠から受け継いだ技を磨き、それに工夫改善を加えることです。ときには、他流の教えを学んだりもします。
そして、「離」とは、師匠の型を離れ、独自の世界観を新たにつくりだすまで、技や心を昇華させることです。
ここへ至って始めて、「学び」は完結し、文化の伝承から、新たな文化の創造へと大きく発展するのです。

この「守破離」の考え方は、武道の多くにもつながっています。
捉え方は少し違っても、現代につながる剣道連盟居合道などでも重要視されている「教え」です。

 

これは、まさしく日本人の「学び」の基本形です。

基礎基本が身に着くまでは、徹底した繰り返しが重要で、身体が覚えるまで繰り返すことが、次の段階への大切なステップになるのです。
この基礎基本ができずに、自己流で学んだのでは、やがて行き詰まり、破や離の境地へ到達することはできませんし、大成することがないのです。
そのことを日本人は経験則として知っていましたし、その「教え」そのものを文化としてつないできたのです。

 

「支援」は教育のネグレクト

小学生や中学生は、まさにこの「守」の段階です。
基礎基本を徹底しなければならないときに、「教え」を避けて「支援」に堕してしまい、繰り返しや詰め込みを否定することは、むしろ子どもの可能性を狭めてしまい、子どもの将来の成長へ禍根を残すことになります。

「守」の段階は、自由が認められない人にとって辛い時期と見ることもできるでしょう。
しかし、この時期を経ないと本当の学問の「自由」は手に入れられないのです。
まさに、大学生になっても分数ができないという状態は、学問の「不自由」を強いているのであって、「教育のネグレクト(養育放棄状態)」と言わざるをえません。

極端に言えば、子どもへの虐待行為なのです。

基礎基本を徹底するべき「守」の段階では、その子どもの将来の成長のために、繰り返して詰め込んで、しっかりと「教え込む」ことが一番の課題です。
その段階で、「自ら学ぶ」ことを過度に求めて、「守」のない者に「破」を越えて「離」を求めるごとき教育は、この国の教育を根っこから腐らせることになりかねません。


今やっと、「ゆとり教育」の是正が始まろうとしています。

来年度からは小学校で、再来年度からは中学校で、「脱ゆとり教育」と言われている新学習指導要領が始まります。
私たち教師は、教育者として「学び」の姿を見つめなおす必要があるのです。

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