国民教育のススメ ~教育正常化の風~

「愛国心こそが教育再生のキーワード」 現職公立中学校教諭が、左傾化し続ける教育現場の危機感から、教育正常化を通して日本再生を考えるブログ。保守ブログ相互リンク募集中!

2011年05月

vol.115 教育正常化の芽を発芽させよ!(代表挨拶から)

教育正常化団体

わたしは、日教組らによって歪められた教育を正そうと、「教育正常化」を目指す教職員団体の地方代表を務めています。

昨日は、年に一度の総会が行われ、同じ目的を持った教員たちが集いました。

そのときの挨拶を紹介します。

 

≪これは、国民のみなさんに、こういった活動をしている教職員団体があることを知っていただくために公開するものです。≫

 

代表挨拶

本日は、第49回定期総会を開催しましたところ、多くのご来賓の皆さまにご参列いただき、誠にありがとうございます。

 

さて、311日午後246分に、東北地方を中心に起きた東日本大震災は、大津波を伴って、関東から東北地方の沿岸部を襲い、2万人を越える人命を奪いました。

避難者は最大時で40万人を越え、福島原発の事故も相まって、未だに慣れない土地で避難生活を余儀なくされている人々や、無念にも命を落とされた方々のことを思いますと、同じ日本人として、心が引き裂かれる思いです。

 

しかしながら、この大震災の影にも、われわれ日本人としての矜持を示す出来事がいくつもありました。

例えば、「震災直後に止まった電車の駅で、整然と1列に並んで座り、電車の再開を待つ」姿や、避難所で「空腹と寒さに耐えながらも、救援物資に、我慢強く列をつないでいる」日本人の姿は、世界中の国々から高く評価され、称賛されました。

 

また、津波が襲い来る最後の最期まで、現場に留まり避難放送をし続けて命を落とした役場の若い女性職員や、家族に別れを告げて、消防車に乗り込み、住民へ避難を呼びかけ続け、消防車と共に命を落とした消防団員、中国から受け入れていた研修生を高台に避難させて後に、会社に戻って命を落とした会社役員など、自己犠牲を惜しまず、人の為に最期の最期まで命をかけた日本人たちがこの現代にも多くいたことを、私たちは誇りに思うと同時に、決して忘れてはなりません。

 

今後、我が国は、どれ程の年月がかかろうとも、国民が一丸となって、復興に向けて前を向いて歩んでいかなければなりません。

その復興へ向けての、長い年月の一翼を支えていくのは、今、私たちの目の前にいる子どもたちです。

 

震災の4日後に行われた卒業式の日、3年生の担任をしていた私は、クラスの子どもたちに「我が国の本当の復興を支えていくのは、君たち若い世代です。だから、まずは、この国を愛してほしい。そして、この国を支える人材に育ってほしい。その為に、高校へ行ったら、自分だけのためでなく、この国や、人の為に、しっかりと勉学に励んでほしい。」と話しました。

彼らは、堂々と顔を挙げ、今までにない真剣な眼差しで、私の話を聞いてくれました。

そして、真正面から「国を愛すること」「国のために自分の将来を捧げること」を話しては、反発もあるのではないかとの、私の心配をよそに、保護者たちも、頷きながら私の言葉に耳を貸してくれたのです。

 

あの震災は、我が国に多くの犠牲を強いましたが、同時に、私たちに、「日本人であること」、そして「それが如何に素晴らしいか」ということを、改めて教えてくれました。

だからこそ、「祖国」への、国民の意識に変化がみられたのです。

そんな今だからこそ、その「国を愛することの大切さ」や「日本人であることの素晴らしさ」を、子どもたちに、しっかりと教えていかなければなりません。

 

私たちは、長年に渡って、「美しい日本人の心を育てる」ことを目指して、教育正常化の為に闘って参りました。

その半世紀に渡る長い闘いの中で、やっと先輩方が巻いてきた正常化の種が、今、芽を出そうとしています。

 

今からの私たちの務めは、実践です。

子どもを無視した不毛な議論を捨て去り、ただ、ひたすらに子どもたちの真の幸せを願いつつ、「美しい日本人の心」を育て、そして「我が国の伝統・文化を継承する」実践を積み重ねるのみです。

 

みなさん、どうか学校で、現場で、小さな実践から始めてください。

終りの学活の5分の訓話からで、いいのです。

子どもたちの内に眠る、日本人としてのDNAに火を灯してやってほしいのです。

 

長い年月をかけて、先輩方が巻いて下さった正常化の種を、しっかりと受け取って、現場で発芽させてください。

その芽が、やがて樹木となり、林となって、森となります。

 

たった一人の実践では、林にも、森にもなりませんが、

教育正常化の芽が発芽する現場が増えれば、ひとりひとりの実践は小さくとも、必ず森となります。

 

この高知の子どもたちを、しっかりとした「日本人」に育てること。

それが、東北の被災者を救い、尊い犠牲者の魂の供養になるのです。

 

私たちの組織が、みなさんの実践をつなぎ、林や森にしてくために、懸命に努力してまいりますことをご約束して、挨拶とさせていただきます。

平成23528



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vol.114 キャリア教育の前に、天皇陛下の御田植のお姿を教えよ

天皇陛下が田植え

20110524-00000067-jijp-000-view 天皇陛下は24日午後、皇居内にある水田で毎年恒例の田植えをされた。
 茶色の開襟シャツ姿の陛下は、長靴を履いて水田に入り、うるち米のニホンマサリともち米のマンゲツモチの苗計100株を1株ずつ丁寧に植えていた。
 植えられた苗は9月ごろに陛下が稲刈りをし、米は新嘗(にいなめ)祭などに使われる。(2011/05/24-18:29)時事ドットコム



今年
も、天皇陛下が皇居内の水田で、田植えをなされました。

記事にある新嘗祭は、日本書紀に、【天照大神(あまてらすおおみかみ)が自ら神田を営み、新嘗の祭りを行った】とあるように、古代から大切にされてきました。


現代でも、我が国の祭祀を司る最高責任者である天皇陛下が、国民を代表して農作物の恵みに感謝するという、とても重要な宮中祭祀です。


このように、国民にとっても大切な祭祀で使われる米を、毎年毎年お手植えになられ、刈り取られる今上天皇陛下のお姿に対して、国民の一人として、心からの尊敬と感謝の念を持たずにはいられません。


キャリア学習の前に

ところで、学校教育では、「ニート」や「フリーター」など若者の就業問題を受けて、平成15年(2003年) 文部科学大臣らが取りまとめた「若者自立・挑戦プラン」に基づいて、将来を担う若者たちに勤労観、職業観を育み、自立できる能力をつけることを目的として、キャリア教育が行われています。

しかし、最近の子どもたちは、「勤労は対価(報酬)を得るための手段」としか思っていませんから、中学生くらいになると、「将来は、働かなくてもいいくらいの金持ちになりたい」「少しでも楽して大金を稼ぎたい」と言い、健全な勤労観を育むことは容易ではありません。

日常生活の中でも、子どもたちは、家庭の手伝いや学校での役割分担などでさえ、「いくらくれる?」と対価を求め、自分の成長のための学習でさえも、「成績があがったら、いくらくれる?」と対価を望む姿は珍しくありません。

ですから、仕事が対価(報酬)と釣り合わないと思えばすぐにやめてしまったり、不平不満ばかりを言うことになります。


そんな子どもたちには、キャリア教育の前に、まず「日本人としての勤労観」をしっかりと教えなければなりませんが、今日の天皇陛下のお姿は、まさしく、それを後ろ姿で教えてくださっています。

 

陛下のお姿から学ぶ「勤労観」

ご高齢にも関わらず、長靴を履いて田に立たれる天皇陛下のお姿は、勤労の尊さをわたしたちに教えてくださいますし、国家元首である天皇陛下御自らが勤労に従事するお姿は、我が国の「勤労観」をまさに体現してくださっています。

 

我が国の神話では、天照大神が自ら神田を営み、機織りをするように、神話の神々さえも生業(職業)を持っていました。

それほどに、我々日本人は勤労を尊び、「労働を美徳」となしてきた勤勉な民族です。

 

しかし、戦後教育で、神話や皇室を軽んじてきたがために、2000年紡いできた「日本人としての勤労観」が、次世代につなげなくなってきています。

このままでは、「労働を美徳」としてきた、私たちの文化が滅んでしまいます。

 

だからこそ、まずは、日本の伝統・文化の核(コア)である天皇陛下がなさる田植えの意義や意味をしっかりと教えることから、キャリア教育は始めなければなりません。

それが、子どもたちの健全な勤労観を育むためには絶対的に必要なのです。


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vol.113 「夫婦別姓って何?」と問う中学3年生。教科書に記載する必要があるのか?

教師から見た「夫婦別姓」

わたしは、以前から夫婦別姓については、教師の立場として反対です。

理由は、拙ブログ「vol.10」を参照していただければ分かりますが、

簡単に説明すると、子どもたちの生活環境がこれ以上劣悪にならないためと、家庭崩壊を食い止めるためです。

家庭教育が機能しなくなり、公教育すら「学級崩壊」や「学力低下」など、多くの問題を抱えている現状で、これ以上子どもたちの生活環境が悪化して、家庭が崩壊してしまえば、まさに国家百年の大計である教育そのものが、根幹から揺るぎかねません。


「夫婦別姓」賛成論者たちは、

「別姓になると家庭崩壊につながると言うのは、夫婦同姓が浸透しているために引き起こされる錯覚に過ぎない。」

「選択的夫婦別姓を導入している国で離婚が増加しているのは、別姓が原因では無く、経済的に独立している女性が多いため、夫婦間に愛情が無くなれば婚姻関係を続ける意味が無いからである。」

「別姓だと、必要以上の親戚付き合いや嫁としての責任を免れることができて、個人対個人としての関係を作っていくことができる。」


などと言っていますが、そもそも家庭とは、深い愛情によって形作られている運命共同体ですから、「経済的自立」や「個人対個人」といった(我が儘な)「個人重視」の考え方が浸透してはならない聖域のはずです。

 

子どもたちの健全育成のためには、家族という「共同体の一員としての責任を持った個人」を育てなければなりません。

ですから、やはり「夫婦別姓」は、子どもたちの教育環境の悪化にしかつながらないとしか思えないのです。

 

「先生、夫婦別姓って何ですか?」

定期テストの補充学習をしていたときです。

「先生。夫婦別姓とは何ですか?」

彼女は、中学3年生。「公民」(中学校社会科)の問題を解いていました。

「どうしたの?」と問うと

「テキスト(問題)に載っているので、意味を知りたくて…」

 

私は、愕然としました。

未だ、国民的議論が決着を見ず、国会でも結論が出ていない問題が、中学校3年生の学習テキストに載っているのです。

もちろん、テキストに載っているということは、教科書に載り、「重要語句」の一つとして取り扱われているのでしょう。

「夫婦別姓って何?」という、中学校3年生の素朴な疑問に、誰が政治的(思想的)意図を排して、公平・公正に教えることができるのでしょうか?

 

15歳の中学生の両親は同姓なのに、「別姓に変える」ことを、制度として確立していないにも関わらず、教える必要があるのでしょうか?

甚だ疑問ですし、このような問題について、教科書に載せるべきではありません。

 

テキストに見える「政治的意図」

テキストには、男女共同参画社会の項の最後に

「男女別姓を求めている人たちがいます」と書かれていました。

 

テキストの流れから見ると、男女共同参画社会 → 男女の歴史的立場の変化(女性の社会進出)→ 夫婦別姓 とあたかも、男女共同参画社会を構築する為には、夫婦別姓が必要であるかのような記述です。

 

百歩譲って、中学3年生に夫婦別姓について教える必要があるとしても、「反対意見も多くあり、国民的議論は決着を見ていない」こと、そしてその理由を併記すべきです。

そうすれば、中学生として、中学生なりの答えの出しようもあるでしょう。

それが、教育ですし、学問的中立です。

 

彼らの常とう手段はいつも同じです。

社会的議論やその結論を待たず、教科書に載せて子どもたちを洗脳する。

左翼勢力や日教組による、偏向的な歴史教育の実態も、この[構図]と全く同じです。

 

私たち国民が、このような不正な手段を見逃してはなりません。
公教育が偏向しないためにも、子どもたちの教科書に興味をもってみてください。


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vol.112 皇室抜きの愛国心教育などない!

震災直後の両陛下

 

平成23311日に起きた東日本大震災は、東京でも震度5の揺れを観測しました。

丸の内の中心にある皇居でも、相当の揺れを感じました。

このとき、両陛下は皇居の清掃活動に従事していた奉仕団へ労いの言葉をかけた後に奉仕団の皆さんとお別れをされた直後だったそうです。

 

両陛下は、揺れがおさまると直ちに、奉仕団のみなさんを心配されて、侍従に命じてその安否を確認されました。

奉仕団は、大きな混乱には陥らずに済みましたが、その後東京都内の交通網は大混乱になり、帰宅できない帰宅難民が都内に溢れました。

 

そんな状況をお知りになった両陛下は、「これでは、遠くから来た奉仕団の人々は帰ることができない。」「なんとか皇居内に人々を泊められるように検討」するよう指示され、実際に奉仕団の人々は、窓明館という休憩所に数十名が宿泊しました。

 

これだけでも大変異例のことでしたが、そればかりか、翌朝の7時過ぎには、皇后陛下がこの休憩所に泊まった人々をお見舞いされたのです。

 

震災直後に、ご自分のことよりも奉仕団の安否をご心配される両陛下のお姿に日本人として目頭が熱くなる思いです。

 

その後、東京電力福島原発事故による計画停電の際には、天皇陛下自らが支持されて、皇居でも自主的に停電なされたと言います。

被災地の厳しい環境にある国民と、辛苦を共になさろうとするお姿は、まさに国民の父母の如くです。

 

宮内庁は24日、天皇、皇后両陛下が福島第一原子力発電所事故に伴う東京電力の計画停電に合わせ、皇居・御所で15日以降毎日、自主節電を続けていることを明らかにした。

 羽毛田信吾長官らによると、御所では計画停電の第1グループに合わせて自主的に電源を切っている。17、18、22、23日は1日2回実施。東電が停電を見送った場合も実施しているという。

 羽毛田長官によると、天皇陛下からは「大勢の被災者、苦しんでいる人たちがおり、電源すらない人もいる。私の体調を気遣ってくれるのはありがたいが、寒いのは厚着をすればいいだろう」「いつこういう事態があるかわからないし、こういうことはやってみないとわからないから、学ぶ機会ではないか」という趣旨の発言があったという。(asahi.com

皇室への敬愛の念を育てる

このような両陛下のお姿は、皇室が国民を「大御宝」と呼び、とても大切にされてきた伝統を体現されたものです。

このような両陛下のお姿や、皇室が永年に渡って国民を想い労り、辛苦を共にされてきた素晴らしい歴史を、私たち日本人は誇りに思わなければなりません。

そして、子どもたちに伝えていかなければなりません。

 

しかし、学校現場では未だ皇室について触れるのは、タブー視されたままです。

学習指導要領でも、「天皇への理解と敬愛の念を深める」ことが明記されているのにです。

ですから、戦後教育を受けてきた親たちも皇室については無知なままですから、いよいよ子どもたちは皇室について無知で、何も知りません。

知らされていないのです。

せっかく日本人として生まれてきたのに、とても残念なことです。

 

皇室は、我が国の国体そのものであり、建国の神話に遡って我が国が我が国である由縁そのものです。

そう考えたときに、皇室を抜きにした「我が国や郷土を愛する心」などありはしません。

皇室のことを教えずして、真の日本人を育てることはできないのです。

今こそ、天皇皇后両陛下のお姿から、皇室を敬愛する念を深める教育を学校教育でもなすときです。



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vol.111 震災から学ぶ日本人の道徳授業「責任をまっとうする」

東日本大震災で、世界から称賛された日本人の道徳心。

その真実を、次世代につないでいきながら、子どもたちの中に日本人の美徳を育んでいく授業をするために、資料づくりをしています。

子どもたちの魂を揺さぶり、「日本人であることに誇りを持てる」資料をつくるのは困難ですが、日教組により公教育が左傾化して壊れた子どもたちの心は、公教育で立て直すしかないと志を立てて地道に取り組んでいます。

 

今回は、「責任感」を育てることを目的にした資料を紹介します。

 


責任をまっとうする(中学生道徳資料)


日本を襲った大地震

平成23年(2011年)3月11日午後2時46分。

この日、東北など各地で起きた「1000年に一度」と言われる大地震と、その後発生した大津波は、決して忘れられない深く悲しい記憶として、私たち日本人の胸の奥に刻みつけられました。

地震と津波による犠牲者は、現在もまだ増え続けており、死者だけでも1万4千人余り。行方不明者を加えると、3万人になろうとしています。

しかし、今回の震災の犠牲者は、まだまだ多くなっていたかも知れません。

自分の命をかけて、最後まで犠牲者を救おうと責任をまっとうした人たちに、救われた多くの命があることを、私たちは忘れてはなりません。

 

天使の声(命に代えて、まっとうした責任)

今回の津波で、1万7000人の人口の内、8000人もの行方不明者が出た宮城県南三陸町では、大きな揺れの後に来る津波の襲来を予測して、高台への避難をひたすら呼び掛け続けた、ひとりの若い女性がいました。

町役場の防災放送の担当職員だった遠藤未希さん(24)です。彼女は、昨年7月に結婚したばかりで、この秋に披露宴を挙げることを楽しみにしていた町役場の職員でした。

「6メートルの津波が来ます。高台へ避難してください」。

防災庁舎の2階の部屋から流される、冷静で落ち着いた彼女の声は、大地震の大混乱の中でも人々が慌てないように、一語一語はっきり分かるように、丁寧に何度も何度も繰り返し呼び掛けられました。

やがて、予想をはるかに超えた大津波が南三陸町を襲い、未希さんが放送を続けていた防災庁舎も大津波に飲み込まれ、庁舎に残っていた職員と一緒に3階屋上部分まで押し流してしまいました。後に、未希さんの母親は、「(大津波に襲われて)放送が途中で切れた」と避難した知人から聞かされました。最後の方は声が震えていたといいます。

彼女は、襲い来る津波の恐怖と闘いながら、最後の最後まで町民の命を救うために力を尽くしたのです。

無残にも、大津波に飲み込まれてしまった未希さんは、他の20人の職員らとともに、そのまま行方不明になってしまいましたが、その後、捜索隊の懸命な捜索の結果、震災後2カ月近く立って、沖合の海で遺体となって発見されました。

彼女の必死の呼びかけを聞いて高台へ逃げて助かった町民たちは、

「防災無線がなかったら、逃げていなかった」

「あの声ははっきり覚えている。あれがなかったら、もっとたくさんの人が亡くなっていた」

「自分の命と引きかえに町民を助けた。天使の声だと思っています」

と、町民のために最後まで責任を全うした彼女の声を、「天使の声」と呼んで、彼女の責任感の強さとその勇気ある行動に心から感謝しました。

このようにして、彼女は自分の命と引き換えに、多くの町民の命を救いました。それは、彼女の責任感の強さと、町民を思いやる優しさが成し遂げた奇跡です。だからこそ、未希さんの「天使の声」は、今もなお復興を目指す町民の心深くに留まり、生きる勇気を与えているのです。

最期まで果たすのが「本当の責任」

 明治43年(1910年)4月15日、瀬戸内海の岩国沖の海中で、故障を起こして、どのように手を尽くしても浮上できなくなった潜水艇がありました。この潜水艇は、初の国産で性能も悪く、「ドン亀」とさえ言われた操縦困難なものでした。

 その艦長を務めていたのは、佐久間勉(海軍大尉)です。彼は、どうすることもできなくなった潜水艇の中で、艦長としての強い責任感から、潜望鏡から薄くもれてくるかすかな光を頼りにして、手帳に遺言を書きつけます。

艦内の酸素が急速になくなって息苦しくなり、鼓膜が避けんばかりに気圧が高まって、意識が朦朧としてく中で遺書を書くことは、簡単なことではありませんでしたが、渾身の力を込めて39ページもの遺書を残しました。

 遺書には、潜水艇の事故の原因や沈んでからの艇内の様子などと一緒に、この事故によって潜水艇の将来が絶たれることがないように願うことが書きつけられていました。また、乗組員全員が持ち場を離れずに最後まで職務をまっとうしたこと、その部下の遺族がこの後に困らないようにしてほしいことも記されていました。

自分の死が迫りくる中で、潜水艇の将来を案じて、部下の家族のことまで気遣う佐久間艦長の大きな優しさと、上官としての責任感の強さには、心を深く打たれます。

佐久間艦長の旧制中学時代の恩師である成田鋼太郎先生は、彼のことを「温厚にして沈勇(落ち着いていて勇気がある)。小心(細かな気配りができる)にして大胆、純忠(いちずに主君につくす)にして不惑(ものの考えに迷いがない)。」と評しているように、彼は、ただ勇猛なだけではなく、責任感が強く人間味溢れる温かい人柄だったからこそ、このような遺書を残すことができたのでしょう。

海外で賞賛された乗組員たち

潜水艇は、事故が起きてから2日後にやっと引き上げられました。遺体を回収するためにハッチを開いて艇内に入る際には、集まった乗組員たちの遺族たちは遠くへ遠ざけられました。それは、これ以前に英国で起きた潜水艇の事故の際、乗組員たちが助かりたい一心からハッチに向って折り重なって死んでいたことから、そんな姿を遺族に見せたくないという心配りからでした。

しかし、艇内に入った人たちは驚きました。乗組員の誰ひとりとして、ハッチの前にはおらず、それぞれの持ち場についたまま、最期の最期まで職務をまっとうしていたことが分かるような立派な姿で命を落としていたのです。

死を目前にしても、冷静であり続け、自分の持ち場を離れずに、責任を果たした彼らの姿は、国内のみならず、海外でも大きな賞賛を受けました。

英国の新聞は、「この事件でわかることは、日本人は体力上勇敢であるばかりか、道徳上、精神上にもまた勇敢であることを証明している。今にも昔にもこのようなことは世界に例がない」と最大の賛辞を贈ったのです。

事故後100年が経った今でも、佐久間艦長の命日に出身地の福井県で行わる慰霊祭では、英国大使館から大使館付き武官が参列して、彼の勇気と遺徳をしのんでスピーチが行われています。彼の偉業は時代を越えて世界中の人々に感動を与えているのです。

 このように、本当の責任感というのは、その人の生き方そのものに深くかかわっています。そして、自分の責任を最後までまっとうする姿は、世界中の多くの人々に感動を与え、人間の歴史の中でずっと生き続けていくのです。

参考資料 道徳の教科書(渡邉 毅著)、産経新聞、共同通信ほか


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vol.110 被災地に流れる「アンパンマンのマーチ」に学べ!

被災地に「生きる よろこび」を


今、人々の心を揺さぶりながら、一陣の風のように被災地を吹き抜けている曲があるそうです。

「アンパンマンのマーチ」

みなさんが良く知っている、あのアンパンマンの主題歌です。

震災後に、地元ラジオでリクエストが相次ぎ、You Tubeでも総再生回数が1300万回を越えたと言います。

 

そうだ うれしいんだ/生きる よろこび/たとえ胸の傷が いたんでも

なんのために生まれて/なにをして生きるのか

こたえられないなんて/そんなのいやだ!

いまを いきることで/熱い こころ 燃える

だから きみは いくんだ/ほほえんで

そうだ うれしいんだ/生きるよろこび

たとえ 胸の傷がいたんでも

ああ アンパンマン/やさしい 君は/いけ!みんなの夢 まもるため

作詞:やなせたかし 作曲:三木たかし

 

アンパンマンは、子どもたちに大人気のヒーローです。

震災後も、被災地の子どもたちに、生きる勇気と希望を与え続けています。

 

しかし、アンパンマンは、最初から人気があった訳ではありませんでした。

その理由は、ヒーローのくせに、バイキンマンにやられて弱音を吐いたり、お腹のすいた人に、自分の顔を食べさせたりするからだそうです。

その姿がヒーローに似つかわしくない…と敬遠されたのです。

 

でも、今は、そのヒーローに似つかわしくない姿が人気の源のようです。

そんな様子が、歌詞の中に謳いこまれています。

 

「たとえ 胸の傷がいたんでも」

 

アンパンマンの作者で、この歌を作詞したやなせたかし先生も、「アンパンというヒーローは他のアニメのヒーローと違い、いつも傷つくからなんです。バイキンマンに押しつぶされたりして、ジャムおじさんに「助けて」と弱音も吐いたりする。でも作り直してもらうとまた元気に飛び立っていく。そのアンパンが負う傷の全てを「胸の傷」で代表させました。苦しくても傷ついても、ヒーローは人を助けるために飛び立つのです。」と言われています。

 

この歌に謳われた、その自己犠牲の精神が、子どもを勇気づけるだけでなく、大人の心をも揺さぶっています。

そして、被災地だけでなく、困っている東北の人達の為に、胸の傷が痛んでも、また飛び立てるアンパンマンのようなヒーローになりたいと願う、多くの日本人たちの熱い心を燃やしているのです。

 

生きる意味を問うアンパンマン


なんのために生まれて/なにをして生きるのか

こたえられないなんて/そんなのいやだ!

 

この豊かな現代に、生きる意味を見つけられずに彷徨っている日本人がたくさんいます。

子どもから大人までの家庭への「引きこもり」が、予備軍を加えると全国で300万人を越えると言う時代には、大人になっても、なんのために生まれて、なにをして生きるのかを、見つけられない人たちがたくさんいます。

そして、それは子どもたちも同じです。
「何の為に生まれ、そして、何の為に学んでいるのか」分からずに悩み苦しんでいます。
 

そんな生きる意味を失った日本人のために、

「アンパンマンのように皆のヒーローにはなれなくても、家族や友人、身近な人の小さなヒーローになって、大切な人を守ったり、助けたり…そんな生き方がとても大切なことだ」と、アンパンマンは教えてくれています。

 

学校で起きる学級崩壊やいじめは、自己中心的で、我が儘や身勝手な行動から生まれてくるものです。

そして、それを助長させてきたのは、日教組が推進してきた子ども中心主義の教育です。

 

ですから、それを糾せるのは教育でしかありません。

小さくても、勇気を持って、自己犠牲の精神で人を守れるアンパンマンが増えていけば、クラスの中のいじめも、学級崩壊もきっとなくなります。

 

今こそ、教師や親が責任を持って、子どもたちに、

アンパンマンのように「人の為に尽くす」「人の為に生きる」ことの素晴らしさを教えなければなりません。

そして、それは「胸の傷が痛むこともある」という自己犠牲の精神がなければできないことを教えなければなりません。

 

そして「アンパンマンになれ!」と。



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vol.109 日本人の心は、両陛下とともにあることを、今こそ教えよ!

皇居では東日本大震災によって、祭祀を司る宮中三殿でも、耐震補強していない場所で一部、柱がずれるなどの被害が出た。

 震災発生から10日後、3月21日の春分の日に行われた祭祀(さいし)「春季皇霊祭・春季神殿祭の儀」。余震が続いていたことから、宮内庁内では「今回は天皇陛下ではなく、儀式を司る掌典の代拝にすべきではないか」という声が出た。

 だが、両陛下の希望があり、結局陛下はモーニング、皇后さまは洋装で祭祀に臨まれた。通常は着物で臨むが、万一緊急に避難する必要性が出た場合のことを考え、殿上には昇らずに拝礼される「異例の措置」(宮内庁)が取られた。「普段から祭祀にはご熱心だが、震災のこともあるので、ご自身で拝礼されたい思いが特に強かったのではないか」と祭祀関係者は語る。

 宮中祭祀は主なものだけで年間20回余り。通常、祭祀の関係者以外はその場におらず、撮影された写真や映像が国民の目に触れることはない。両陛下は皇居の森の中で、ただ静かに祈られている。(327MNS産経ニュース)

 

 

記紀に残る神話の時代から続く我が国のご皇室には、神によって日本の永遠の統治権が与えられて(天壌無窮の神勅)います。

しかし、歴代の天皇陛下と国民(臣民)の歴史は、決して富の搾取や封建的結びつきの歴史ではありません。

親が子を慈しむように国民(臣民)を愛する天皇陛下と、親のように天皇陛下を敬い慕う国民(臣民)の関係は、相思相愛の共存の歴史です。

 

東日本大震災後の、今上天皇、皇后両陛下のビデオメッセージや災地訪問のお姿からは、国民を慈しみ、被災民を労わるお優しい御心が感じられ、涙がこぼれる思いでした。

そればかりではなく、天皇陛下は、自らの危険さえも顧みることをなさらずに、国民の幸せを願って、宮中において静かに祈っていらっしゃいます。

この御姿こそ、現代まで続く、皇室と国民の姿です。

 

「ご皇室の素晴らしさ」や「宮中祭祀」を教えよ!

戦後教育では、ご皇室の伝統や宮中祭祀について学ぶ機会は薄れてしまい、天皇陛下と国民の距離が遠く離れてしまいました。

しかし、今回の未曾有の大災害は、改めて天皇陛下、皇后両陛下のもとに、日本国民がひとつになる機会を与え、私たちの傍には、常に両陛下がいらっしゃることを肌で感じることができました。

これこそが、まさしく「君民共生」の本来の日本の姿でしょう。

この美しい日本国家の在りようを、学校でも、天皇陛下の国民への深い祈りと、深いご愛情と一緒にきちんと教えていかなければなりません。




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