教育正常化団体
わたしは、日教組らによって歪められた教育を正そうと、「教育正常化」を目指す教職員団体の地方代表を務めています。
昨日は、年に一度の総会が行われ、同じ目的を持った教員たちが集いました。
そのときの挨拶を紹介します。
≪これは、国民のみなさんに、こういった活動をしている教職員団体があることを知っていただくために公開するものです。≫
代表挨拶
本日は、第49回定期総会を開催しましたところ、多くのご来賓の皆さまにご参列いただき、誠にありがとうございます。
さて、3月11日午後2時46分に、東北地方を中心に起きた東日本大震災は、大津波を伴って、関東から東北地方の沿岸部を襲い、2万人を越える人命を奪いました。
避難者は最大時で40万人を越え、福島原発の事故も相まって、未だに慣れない土地で避難生活を余儀なくされている人々や、無念にも命を落とされた方々のことを思いますと、同じ日本人として、心が引き裂かれる思いです。
しかしながら、この大震災の影にも、われわれ日本人としての矜持を示す出来事がいくつもありました。
例えば、「震災直後に止まった電車の駅で、整然と1列に並んで座り、電車の再開を待つ」姿や、避難所で「空腹と寒さに耐えながらも、救援物資に、我慢強く列をつないでいる」日本人の姿は、世界中の国々から高く評価され、称賛されました。
また、津波が襲い来る最後の最期まで、現場に留まり避難放送をし続けて命を落とした役場の若い女性職員や、家族に別れを告げて、消防車に乗り込み、住民へ避難を呼びかけ続け、消防車と共に命を落とした消防団員、中国から受け入れていた研修生を高台に避難させて後に、会社に戻って命を落とした会社役員など、自己犠牲を惜しまず、人の為に最期の最期まで命をかけた日本人たちがこの現代にも多くいたことを、私たちは誇りに思うと同時に、決して忘れてはなりません。
今後、我が国は、どれ程の年月がかかろうとも、国民が一丸となって、復興に向けて前を向いて歩んでいかなければなりません。
その復興へ向けての、長い年月の一翼を支えていくのは、今、私たちの目の前にいる子どもたちです。
震災の4日後に行われた卒業式の日、3年生の担任をしていた私は、クラスの子どもたちに「我が国の本当の復興を支えていくのは、君たち若い世代です。だから、まずは、この国を愛してほしい。そして、この国を支える人材に育ってほしい。その為に、高校へ行ったら、自分だけのためでなく、この国や、人の為に、しっかりと勉学に励んでほしい。」と話しました。
彼らは、堂々と顔を挙げ、今までにない真剣な眼差しで、私の話を聞いてくれました。
そして、真正面から「国を愛すること」「国のために自分の将来を捧げること」を話しては、反発もあるのではないかとの、私の心配をよそに、保護者たちも、頷きながら私の言葉に耳を貸してくれたのです。
あの震災は、我が国に多くの犠牲を強いましたが、同時に、私たちに、「日本人であること」、そして「それが如何に素晴らしいか」ということを、改めて教えてくれました。
だからこそ、「祖国」への、国民の意識に変化がみられたのです。
そんな今だからこそ、その「国を愛することの大切さ」や「日本人であることの素晴らしさ」を、子どもたちに、しっかりと教えていかなければなりません。
私たちは、長年に渡って、「美しい日本人の心を育てる」ことを目指して、教育正常化の為に闘って参りました。
その半世紀に渡る長い闘いの中で、やっと先輩方が巻いてきた正常化の種が、今、芽を出そうとしています。
今からの私たちの務めは、実践です。
子どもを無視した不毛な議論を捨て去り、ただ、ひたすらに子どもたちの真の幸せを願いつつ、「美しい日本人の心」を育て、そして「我が国の伝統・文化を継承する」実践を積み重ねるのみです。
みなさん、どうか学校で、現場で、小さな実践から始めてください。
終りの学活の5分の訓話からで、いいのです。
子どもたちの内に眠る、日本人としてのDNAに火を灯してやってほしいのです。
長い年月をかけて、先輩方が巻いて下さった正常化の種を、しっかりと受け取って、現場で発芽させてください。
その芽が、やがて樹木となり、林となって、森となります。
たった一人の実践では、林にも、森にもなりませんが、
教育正常化の芽が発芽する現場が増えれば、ひとりひとりの実践は小さくとも、必ず森となります。
この高知の子どもたちを、しっかりとした「日本人」に育てること。
それが、東北の被災者を救い、尊い犠牲者の魂の供養になるのです。
私たちの組織が、みなさんの実践をつなぎ、林や森にしてくために、懸命に努力してまいりますことをご約束して、挨拶とさせていただきます。




