国民教育のススメ ~教育正常化の風~

「愛国心こそが教育再生のキーワード」 現職公立中学校教諭が、左傾化し続ける教育現場の危機感から、教育正常化を通して日本再生を考えるブログ。保守ブログ相互リンク募集中!

2013年08月

vol.156 「はだしのゲン」問題の本質とは…

松江市教育委員会の「はだしのゲン」閉架問題が、世間を騒がせています。

その判断には賛否両論あるようですが、主にマスコミは「表現の自由」を盾に否定的に報道しています。
中には、戦前の検閲制度を引き合いに出し、民主主義の根幹を揺るがす野蛮行為だと強い口調で非難している向きもあるようです。

しかし、このような「表現の自由」を盾に民主主義の根幹であると危機感を煽る報道には、教育現場にあるものとして釈然としません。
この「はだしのゲン」の閉架問題は、本当に「表現の自由」の問題でしょうか?


学校は、子どもたちの人格形成の場です。
そして、子どもたちは様々な価値観や情報に触れて成長していきます。

しかし、世の中のすべてのものが、子どもの健全育成に有益であるわけではありません。
表現の自由が保障された世間には、子どもの心身の発達に害を及ぼしかねない情報や価値観が散在しています。

その害を及ぼしかねない情報や価値観を子どもたちから遮断したり、(触れさせるにしても)発達段階に応じた適切な時期に、適切な方法で触れさせるように導くのは大人の責任です。

ですから、今回の閉架問題を議論するとすれば
「子どもの成長にとって有益なのか、それとも有害なのか」という一点です。
決して「表現の自由」などという無責任な議論であってはなりません。


その一点で「はだしのゲン」を見るときに大切な観点は以下の通りです。

〇 間違った事実や誇張された描写がないか
〇 極度に凄惨な状況描写がないか

これらの問題が多くあるのであれば、子どもの成長を害しかねません。
子どもたちは真実を見極める判断が不十分です。与えられた図書から読み取る内容は、すべて事実として受け止めてしまう傾向があります。
それでは、真実を見極めることができないばかりか、間違った事実を刷り込まれてしまう可能性があります。


そして、もう一点大切な視点は
〇 偏ったイデオロギーが全編を通して描写されていないか
という点です。

学校が公教育の場であり、中立的な教育で子どもを育てる義務があることを考えれば、これも大切な視点です。


再度言いますが、決して「はだしのゲン」という作品を否定しているわけではありません。
どの描写も、どの表現も、作者にとっては必要なものです。
そのことは、(我が国では)表現の自由で保障されています。

ただ、それが子どもの成長にどのような影響を及ぼすのかということを熟議しない限り、今回の問題はその本質が見えてきません。


子どもの健やかな成長のために
大人が責任ある選択と、決定をなすことを
政治的対立から躊躇する社会であってはなりません。



にほんブログ村 政治ブログ 保守へ

vol.155  国防なくして教育なし  ~自衛隊と学校の絆~

自衛隊と学校の交流はできる

 

本校では、昨年度から防災教育に自衛隊の協力を得ています。

 

地元の陸上自衛隊普通科連隊に協力を願い、避難所体験の一環として(生徒の)テント張り体験で指導していただいたり、東日本大震災の災害派遣活動について、実際の写真を交えながら講話をしていただいたりしています。

 

学校に自衛隊を招くことに対しては、賛否両論が激しくなることを予想しましたが、結局は、校内はもちろん地域からもまったく否定的意見が聞こえてくることはありませんでした。

 

少し以前なら、偏ったイデオロギーを振りかざして

「人殺し(軍隊)を学校へ入れるとは何事か!」

と保護者だけでなく、日教組ら教職員組合や地域・市民団体などからも反対意見が続出したことでしょう。

 

しかし、現実には全くなかった。

その理由を考えたとき、東日本大震災での自衛隊員の献身的活動に触れないわけにはいきません。

彼らは被災地において数多くの命を救い、そして多くの遺体を回収しました。その中には、自らが被災し、家族を失った隊員もいたと言います。

 

来る日も来る日も遺体回収や生活道路復興など、過酷でつらい任務に就きながらも、温かい食事は被災者に回して、隊員たちは冷めた缶詰を食し、風呂も被災者優先で入らないなど、自らを犠牲にしても被災者のために活動するその姿は、被災地の多くの人々を助けただけではなく、その心まで癒して、勇気づけたのです。

 

 《自衛隊にしかできないなら、危険を冒してでも黙々とやる》

《国民を守る最後の砦。それが、われわれの思いだ》

 

そういう彼らの思いは確実に国民の心深くに届き、自衛隊が学校に立ち入ることへの違和感や反感も一気に溶けてなくなってしまったのでしょう。

 

国防なくして 教育なし

 

学校では東日本大震災以降、自衛隊との距離が近くなったことを実感していますが、彼らの災害派遣活動だけがクローズアップされている感は否めません。

災害派遣は立派な任務なれど、彼らの主務は専守防衛…そう国防です。

 

しかし、学校で国防について教えることはまずありません。

国民の生命・財産などを守るという崇高な任務であるにもかかわらず、授業では国防という概念さえも(ほとんど)触れられることはありません。

戦後教育では、国防について教えることはタブー視されてきました。

 

しかし、家族を守り、愛する人を守ることと、国を守ることは同義であること、国防なくしては、人間らしく生きることさえできなくなることを教えないで、どうして子どもたちを「幸せ」にできると言えるのでしょうか。

 

拉致被害者救出に無関心なままで、「平和教育」にばかり熱心な戦後教育は既に破綻しようとしています。その欺瞞に子どもたちも気づいています。

国防とは、我が国の領土を守るだけでなく、国民の生命と財産はもちろんのこと、人間らしく生きる権利を守ることであるという本義と、国防には国民による多大な努力が必要なことを子どもたちにしっかりと教え、その崇高な任務に携わる自衛隊に尊敬の念を与えられる公教育であらねばなりません。

プロフィール

代表者

アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

応援お願いします
記事検索
最新コメント
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
RSS
Twitterボタン
Twitterブログパーツ
意識調査1
意識調査2
意識調査3
お問い合わせ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ