「はじめましょう」「終わりましょう」は、授業の挨拶とは言えない

以前に拙ブログ「vol.34授業の挨拶にも混入する左翼思想」で指摘しましたが、

「始めましょう」「終わりましょう」
という、授業の始めと終わりに生徒と教師の間で交わされる挨拶の裏には、日教組ら左翼勢力が、長年推し進めてきた、過度な「子ども尊重主義」、「子ども尊重主義」のイデオロギーが隠されています。

 

本来、授業にある「教えるもの」と「教わるもの」という、当然の立場の違いを意図的に破壊して、「教師と生徒は、平等でなければならない」という思想のもと、生徒だけでなく、教える立場の教師すら洗脳してきたのです。

 

もちろん、教師も生徒も人としては平等です。

しかし、「教える立場」と「教わる立場」と言う厳然たる立場の違いがあってこそ、正常な教育は成り立ちます。

子どもから、「教えていただく」という謙虚さが喪失すれば、我が儘を助長させ、学ぶ姿勢や態度の崩壊を招きます。

それでは、学力などつくはずはありません。

 

「学級崩壊」「学力低下」へつながる危険思想

このような教育の成立そのもの(根幹)を揺るがすような危険な思想で、子どもを教育してきた結果が、現在の「学級崩壊」であり、「学力の低下」です。

 

新学習指導要領に準じた教科書検定では、小学校の教科書の内容が3割~4割程度増やされましたが、学習内容を増やしただけで学力が向上するわけではありません。

授業で、どう教え、どう学ばせるのか、といった根幹を見逃していてはなりません。

 

学校には、気づかないうちに、確実に学びを阻害して、子どもを蝕む「日教組的思想」が確実に混入しています。

そして、もっと恐ろしいことは、組合員ではない多くの教師までもが、「学び」を崩壊させる危険な思想を、知らず知らずに受け入れ、疑問を感じていないことです。

 

「挨拶」など、本当に些細なことかも知れませんが、これらの小さな事実を見逃さずにひとつひとつ正していく地道な取り組みがあってこそ、公立学校に本来の「学び」が取り戻され、子どもの学力は向上します。

ですから、教師一人ひとりが、これらの危険思想の本質を見抜いて、本来の「教育」の原点に立ち返らない限り、「学級崩壊」や「学力低下」に歯止めはかからないのです。

 

 

「お願いします」「ありがとうございました」で、脱「日教組」教育へ

私の勤務する学校では、本年度から、学力向上を目指して

「(よろしく)お願いします」
「ありがとうございました」
という、本来あるべき挨拶の形に変更しました。

 

「挨拶を変えたくらいで、学力が向上するはずはない」との批判もあるでしょう。

もちろん、本校でも挨拶を変えるだけではなく、授業改革や補習授業の充実、学習タイムの創出など、多くの取り組みをしていますが、教育の有り様を正すという、根本的な意識改革なくして、学力向上などありえません。

 

「ものを教わる」という謙虚さを持ち続けることが、「自分の能力や可能性を大きく伸ばすことになる」ということを、子どもたちの心に涵養するために挨拶を変更したのです。

 

そして、この些細なことが、学校を「脱日教組」させ、本当の学び舎にするスタートになると確信しています。




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