和歌は我が国固有の文化であり、1000年をゆうに超える歴史を宿しています。
その中でもっとも古い文献はご存じのとおり「万葉集」であり、短歌・長歌合わせて4,500首が収められた世界最古の詩集です。
しかし、万葉集の稀有さは、その古さばかりにあるのではありません。
万葉集に収められた歌い手を見てみると、上皇や皇族、貴族はもちろんですが、防人(軍人)や農民、歌い手が分からないものまで大変多様で身分の別はありません。
また、男女ともに素晴らしい歌が収められており、その別もありません。
そして、歌は畿内(大和地方)に限らず、東国、九州など日本各地から集められており、地域の別もないのです。
これこそが、信じがたい奇跡です。
なぜなら、撰者は大伴家持など朝廷において重要な位置を占める貴族です。
国家的事業として宮廷文化を誇るためならば、宮廷にかかわる高貴な人物の歌だけを集めればよいのです。
むしろ、そうすることが、世界の宮廷文化では自然でしょう。
なにも庶民の歌などに耳を貸す必要はないのです。
このことについて、上智大学名誉教授の渡部昇一先生は
「一つの国民が国家的なことに参加できるという制度は、近代の選挙の拡大で現れたと考えるのが普通である。選挙に一般庶民が参加できるようになったのは新しいことであるし、女性が参加できるようになったのはさらに新しい。しかしわが国においては、千数百年前から、和歌の前には万人平等という思想があった」とその著書『日本史から見た日本人 古代編』で述べられています。
わたしたちは、このような古代日本人の公平性をもっと誇るべきです。
そして、その血が現代の私たちに流れていることを知るべきです。
しかし、現代の公教育では万葉集の存在を教えても、こういった視点を生徒たちに与えることはありません。
中学校の歴史の教科書には、
「から衣 すそに取り付き 泣く子らを 置きてぞ来ぬや 母なしにして (防人の歌)」という、遠方(九州)の任務に出向く防人の歌が載せられています。
この歌は親心の深さを歌った素晴らしいものですが、勅撰とも言われる国家的事業の和歌集に、名もなき防人の歌を撰んだ和歌文化の公平さが生徒たちに語られることはありません。
遠方に任務として防人を送るのは、皇室を中心とした貴族社会です。
取りようによっては、この歌は社会の不条理さを非難する意味さえも込められています。
このように、宮廷社会への非難さえ公平に後の世に残そうとした日本人の清らかさを、子どもたちにしっかりと教えなければなりません。
この文化の公平性こそが、世界に誇れる我が国の伝統なのです。
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