国民教育のススメ ~教育正常化の風~

「愛国心こそが教育再生のキーワード」 現職公立中学校教諭が、左傾化し続ける教育現場の危機感から、教育正常化を通して日本再生を考えるブログ。保守ブログ相互リンク募集中!

皇室教育論

vol.157 今こそ、皇室教育を公教育に!~山本議員の私書手渡し問題から考える~

山本太郎参議員の行動は「政治利用」「不敬行為」?

 

 秋の園遊会で山本太郎参議院議員が、参加者と懇談中の陛下に対して、私書を手渡した件が大きく報道され、「政治利用にあたる」「不敬行為だ」などの指摘がなされています。その行動は、軽率極まりなく、全く肯定できるものではありません。

ましてや、国会議員という公の立場にあるものが取った行動ですから、「政治利用」との指摘も的を得ていますが、私たちは慎重にこの問題の本質を見極めて、二度と同じことを起こさないだけでなく、我が国の根幹ともいえるご皇室をお護りすることを考えねばなりません。

 

陛下のご存在

 ここで最も大切なことは、陛下のご存在を、私たちが正しく理解しているかということです。現行憲法では第1条で、天皇の存在を「国民統合の象徴」として規定していますが、これは現行憲法以前の悠久の歴史の中で形作られてきた我が国の在りようです。

陛下は、いかなるときも国民と我が国の安寧を祈られる存在ですし、そのことは皇室の歴史そのものです。

ですから、福島原発事故の被災者に対しても、山本議員以上に御心をくだかれ、我がことのように御心を痛められていらっしゃることでしょう。被災当初から、被災地へ何度も足を運ばれ、被災者を元気づけられてきた陛下の行動が、そのことを物語っています。

 

 陛下にとっては、反原発も、脱原発も、原発推進もありません。それは、あくまで為政者や国民が決めることです。その国民の議論がいかような結論になろうとも、陛下は、ただただ日本国の発展と、国民の幸せを祈られる存在なのです。

 然るに、今回の山本議員の行動は、まだ国民的議論が熟さず、方向性さえ見定められない問題を、惨状を伝えるためとは言え、そのような立場にある陛下に直接訴えようとしたのですから、非難されて然るべきです。

 その背景には、山本議員の、陛下や皇室理解の未熟さ、あるいは意図的な皇室軽視の姿勢があると指摘せざるを得ません。

 

皇室への理解

 しかし、今回の件を山本議員個人の左翼思想による不敬問題とだけとらえると、この問題の本質は見えません。(そもそも左翼思想では、「天皇制打倒」(天皇制という表現そのものが左翼思想です)なのですから、彼の直訴行為はその趣旨にも反します。)

山本議員の公人としての責任は、もちろん問わねばなりませんが、彼も、そして彼を国会へ送った人々も、彼の行動を容認する人々も、戦後教育の産物であることを考えると、皇室への不理解を拡散してきた戦後教育界の責任も問われて然るべきでしょう。

 

 戦後教育の中では、皇室や陛下のご存在に触れることはタブー視されてきたのは、以前から指摘しているとおりです。戦前の教育全てを否定し、個人の自由や権利を過重に重視してきた戦後教育では、当たり前の結果とも言えるでしょう。

 それは、皇室や陛下のご存在が、公のものであるからです。公のもの(存在)をできる限り否定することで、個人の自由や権利を浮き立たせてきたのが戦後教育です。そこに、日教組らによって左翼的なイデオロギーが注入されてきたのです。これでは、皇室について教育することなどできるはずはありません。

 

 しかし、個人の自由や権利を保障するのは国家そのものですし、その象徴が天皇陛下のご存在であることを深くとらえれば、個人の自由や権利と皇室とは相反するものではありません。ましてや、先述したように国民の幸せを祈られる陛下のご存在を正しく理解することは、子どもたちのアイデンティティーの確立や、日本人としての誇りを育む上で、とても大切な教育です。

 先日お会いした八木秀次高崎経済大教授(日本教育再生機構理事長)も、「教育再生を期するにあたって、これからは天皇教育が大切である。」旨を指摘されていました。

 

このまま皇室を無視して公教育を進めていては、日本人のアイデンティティーが育たないばかりか、皇室への理解が更に薄まることで、国家の背骨が腐り、国の在りようさえも変わってしまいます。それは我が国の歴史が断絶するだけではなく、国家そのものの断絶となり、世界最古の歴史を誇る日本国が消えてなくなることを意味します。

 

今回の山本議員の行動は、我が国の皇室継続の危うさ(国民の皇室への不理解)が身近にあることを私たちに教えてくれました。

今後、民間の方々とも連携をして、公教育に皇室教育を根付かせることが急務です。




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vol.152 寛仁殿下とともに闘った男子バレーボール 日本人の心がそこにあった

バレーボールのオリンピック最終予選が終わりました。
残念ながら男子はオリンピックへの参加資格を手にできませんでした。

しかし、その闘いの中で多く日本人が心を揺さぶられました。
それは、選手・監督が身に着けていた小さな喪章です。
(写真 時事通信 6月10日付)
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皇位継承順位第6位で、今上陛下の従弟にあたられる寛仁親王殿下が薨去された後のことです。
日本を代表して闘う彼らの身には、小さいながらも喪章がありました。
選手たちのユニフォームの国旗(日の丸)の横に着けられていたのです。

彼らの身にある喪章は、まさに皇室とともにある私たち日本人の心を示していました。

大手マスメディアは、殿下の薨去を大きく報道することもなく、ご生前のご活躍さえ十分に国民に伝えることはありません。
有名芸能人が死去すると特番を組んでまで報道をくり返すのに、今回は私の住む地域では特番が放送されることはありませんでした。

あえて皇室に列する皇族方の薨去を無視するかのような報道姿勢には、日本人として甚だ疑問を感じます。


そんな中で喪章を身に着けて、弔意を胸に世界と闘う男子バレーボールの選手・監督の姿は、私たち日本人の心を、皇室との絆を世界中に示したのです。

わたしたち日本人は、心の奥深く皇室を慕い、皇室とともに生きています。
そして、世界最古の皇室を心から誇りに思っています。
その姿を世界に示した彼らの姿に多くの日本人が感動したのです。

戦後教育は、戦前の教育を否定することで国民と皇室との距離を意図的に拡げてきました。
日教組を中心として「皇室を敬うことが、戦禍を繰り返すことになる」と教えてきたのです。
そして、未だ学校では歴史上の天皇や上皇のことを教えても、今上陛下や現在の皇室の方々のことについて教え、敬愛の念を育むことはタブー視されています。
タブー視する法的根拠は全くないのにです。

しかし、わたしたち日本人の内には、神話から続く皇室との2000年を超える深い絆の歴史があります。
それは、DNAとして日本人の内に確実に息づいています。
わずか70年足らずの戦後教育で、消え去ることはできません。

子どもたちには、彼らNipponチームの日本人としての雄姿と心意気を、きっと目に焼き付けておいてほしいと願います。



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番外編 全国の学校で「天皇陛下ご誕生祝賀式典」を!

遅れてしまいましたが、12月23日の天皇陛下の78歳のお誕生日を心からお祝い申し上げます。

ご高齢にもかかわらず、東日本大震災の被災地へ度重なるご行幸賜り、被災民を力づけてくださる陛下のお姿に国民のひとりとして心から感謝しておりますし、そのお姿に国民として勇気をいただいております。

学校では、本年も生徒たちとともにお祝いすることはできませんでした。
いつの日か、全国の学校で陛下のお誕生日を盛大にお祝いできる日が来るように、わたくしも微力ながら今後も精進してまいりたいと思います。

それが我が国の教育改革の本丸であり、それを実現した時こそが、我が国の教育正常化がなされた日であると信じております。

今上天皇陛下、万歳!


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vol.126 与党系参院議員が陛下を写メ撮影。 戦後教育の歪がここまで…

無所属で民主党会派に所属する平山誠参院議員が、国会開会式にご臨席になるために国会を訪れられた天皇陛下を出迎えにでた際、こともあろうに自身の携帯電話のカメラで撮影するという信じられない行動が報じられました。

国民の代表として国会にあるものとしては、あまりにもお粗末な行動です。
携帯電話のカメラで撮影するなど、陛下になかなかお会いできない一般国民から見ると、とても考えられない不敬行為です。

この議員の個人的信条は知りませんが、国会議員として最低限身に付けておくべき「陛下に対する礼節」すら持ち合わせていないのは情けない限りです。

もし、仮に皇室に否定的な立場の者なら(その時点で日本人ではありませんが…)出迎えに参加しなければよいのですから、出迎えに立った平山議員の場合はそういう立場ではないのでしょう。
ならば、礼を失さない程度の最低限の節度を持つのが国会議員としては当然です。

それを、いたって個人的な携帯電話のカメラで撮影したというのですから、礼節を知らないばかりか、陛下への敬愛の念など持ち合わせていないのでしょう。
「ひどく非常識で、日本国民と皇室の歴史も知らず、不見識で軽薄である」とのそしりを受けて仕方ありません。


先の東日本大震災では、陛下の被災地訪問やビデオメッセージが国民をどれほど勇気づけたか…。
そして、そのような陛下を多くの国民がいかにお慕い申しあげているか…。

そんなことも分からずに、国会議員のバッジをつけ、何が復興であろう。

今の我が国の復興のためには、陛下のご存在がいかに大切か。
陛下のもとにしか、日本国民はひとつにはなれません。

いつもぶれ続けている政府や、政党に国民をひとつにまとめる力などありはしません。
我が国の悠久の歴史の中で、陛下の信任の下「わずかな時期だけ政権与党にあり、国政をとっているだけ」という謙虚さを持ち合わせなければ、国民の信頼など得ようはずがありません。

陛下を蔑ろにするような不敬行為を、多くの国民は絶対に許しません。


ここにも、日教組らに歪められ左傾化した戦後教育の弊害がみてとれます。
この不敬議員も戦後教育に蝕まれた犠牲者のひとりです。

彼らマルクス主義者は、我が国の皇室を廃止することが最終的な目的です。
そのために皇室軽視の教育を続け、我が国を自虐史観で縛り続けて、国旗・国歌を否定して子供たちを洗脳し続けているのです。


しかし、今日の「復興」を早め、世界から尊敬される国家になるには、陛下のもとに国民がひとつにならなければなりません。
そして、日本人が日本人らしくあるためにも、ご皇室やその歴史について正しく教育することが今の公教育には絶対に必要です。

その道筋を付けるのが、立法府である国会の役割です。

戦後教育から脱却できず、それを果たせぬ議員など必要ありません。

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vol.125 伊勢神宮参拝記1 日本人の信仰の原点とは?

保守思想に目覚めて以来、念願だった「お伊勢参り」をする機会を先週末に得ました。
私の住んでいる地域からは、高速道路を走っても、6時間以上ほどもかかる遠方です。

お伊勢さんと言えば、皆さんご存知のとおり、ご皇室(もちろん今上天皇陛下)の祖先にあたる皇祖神「天照大神」をご祭神とする、日本の総氏神とも言われる格式高いお宮さんです。

このお伊勢さんは、式年遷宮という、20年に一度本宮(ほんぐう)を隣地に建て替えるという作業を1300年以上も続けながら、未だ縄文時代の掘っ立て柱の社をお祭りしています。
世界にはお伊勢さんよりも古い遺跡は多々ありますが、お伊勢さんは「遺跡」ではなく、式年遷宮という特別なお祭りで幾たびも再生しながら歴史をつないできた生きた信仰の地です。


ガイドさんに案内をしていただきながら、参拝をしました。

まず、過去の式年遷宮で取り壊された本宮を使ってつくられた宇治橋鳥居をくぐり、五十鈴川を渡ると、もうそこは内宮の地です。
平成25年度には次の式年遷宮が迫っており、あちこちでその準備が始まっているので、重機の音が静かな森に響いています。
喧噪な感じがして少し残念ですが、それを超えて 「ピーン」と張り詰めた雰囲気があり、やはり日本一の聖域にふさわしい感じです。
前夜の雨のせいか、玉砂利が濡れていて、打ち水をしたかのようにますます神聖さをましています。

第一鳥居を抜けると、五十鈴川御手洗場で手を洗い清めます。
清流五十鈴川の水は透き通り、とても冷たく一瞬の涼を与えてくれます。

そのすぐそばの森の中に、滝祭神(たきまつりのかみ)という質素な祠があります。

ガイドさんの説明で
「この神様は、この場に天照大御神がご鎮座する以前から、この地域の先住民が五十鈴川の守護神としてお祭りしてきた水の神様です。」
「神社に、まだ立派な社を建てるようになる以前の原始的な信仰が伺えるんですよ。」
と言われて、祠の中を覗いてみると、そこには畳2帖ほどの大きさに、小さな石が積まれただけの小山状のものがありました。
これが、実に素朴な中に神々しい雰囲気が漂っているのです。

「ああ我々日本人の先祖たちは、こうやって自然を愛し、敬い、恐れ、そして祀ってきたんだなあ…」
わたしに、2000年以上前のそんな姿を目に浮かぶように想像させたその祠は、わたしの心に想像以上の感動を与えました。

現代の日本人は、自然を愛し、恐れ、そして神として崇めてきた信仰心を失ってしまったのではないか…。
その信仰心を失ったことで、「日本人の心」を喪失してしまったのではないか…。
「科学力」や「経済力」で、何でもできると過信して、信仰をないがしろにしてきた「つけ」を払わされたのが先の大震災ではなかったか…。

そんなことを考えながら、
この小さな石山を祀った先人たちのように、素朴でも純粋な信仰をもち、自然を愛して謙虚に生きていくこと…そんな日本人の心の持ちようを思い出させていただいたのです。

日本人として、子供たちに教えたいことがまたひとつ増えました。

この続きは、次号で。
いよいよ本宮へと進みます。




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vol.124 小学校教科書も 「皇室を貶める」  皇室を取り巻く黒い闇

小学校教科書に見える皇室軽視
本年度から、小学校で完全実施されている新学習要領は、平成18年に改正された教育基本法に則って行われた改定版です。

ですから、「我が国の伝統や文化の尊重」や「我が国と郷土を愛する心」が明記された新教育基本法の趣旨に沿って、本年度から小学校教育がなされているはずです。
しかし、昨年度採択された「小学校社会」の教科書には、未だにトンデ記述がまかり通っています。



~する天皇!?
「天皇」に対する敬称は、陛下です。
歴史上の天皇を呼んだり、法律上の天皇の地位などを表す場合は敬称は用いませんが、今上陛下ご自身の活動を表現する場合は、「陛下」をつけてお呼びするのが一般的です。


ところで、陛下という敬称は、長い歴史の中で天皇にのみ使用されてきたもので、その長い歴史は律令法(大化の改新のころ)にまで遡ります。
明治以降は、「皇后、皇太后、太皇太后」の三宮にも使用されるようになりましたが、いずれにせよ特別な意味があって使用されてきた「特別な敬称」なのです。

隣国の朝鮮国王は、歴史的に「国王殿下」と呼ばれ、支那王朝の皇帝陛下に臣従する立場をとっていました。

それと比して、我が国では支那の皇帝と同等の敬称である「陛下」を使用しました。
陛下という敬称は、我が国が支那の冊封体制から抜け出した(国際的な)独立の歴史を表す大切なものなのです。


このように、私たち日本人にとって「陛下」という敬称は、陛下への敬愛の念を表すだけでなく、特別な意味を持つのです。
ですから、通常は「~なさる天皇陛下」と表記するのが当然ですし、「陛下」という言葉の歴史的な意味についても子どもたちに教えてしかるべきです。



しかし、小学校の新教科書(6年生社会科)の中には、
「インドの首相をむかえた天皇」や「文化勲章を授与する天皇」などと、敬語や敬称を使用しない表記がなされているものがあるのです。
このように表記するのは、明確に皇室を蔑める意図があると言わざるをえません。
この教科書を使って、皇室廃止を目論む左翼教師が授業をすると考えただけで恐ろしくなります。



そして、見逃してならないのは、この教科書を検定して合格させたのは「文部科学省」であることです。
適切な指導をすることもなく、このような我が国の「国体」を揺るがす記述を合格として、子どもたちに与えたその罪は非常に重いと言えます。

このように、皇室を快く思わない左翼勢力は、教師と教科書会社ばかりでなく文科省の一部までも巻き込んで、子どもたちを偏向思想で洗脳し続けているのです。


この子どもたちを守れるのは、健全なる教育だけです。
我が国の将来の発展のためにも、家庭でも、学校でも、世界に冠する我が国の皇室に敬愛の念をいだく子どもを育てなければなりません。
わたしも、学校現場で頑張ります。



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vol.123 皇室を「王家」と呼ぶNHK ~皇室を貶める歴史歪曲を平気でするNHKはいらない~

皇室を「王家」と呼ぶNHK

 

平成24年(2013年)のNHK大河ドラマは「平清盛」に決定したようですが、その公式HP http://www9.nhk.or.jp/kiyomori/ の記述は目を疑います。

 

まず、主演の松山ケンイチが演ずる平清盛の紹介文では、平氏と対立する(?)皇室を「王家」と表記し、文末は「王家との長い闘いが始まる。」と結んでいます。

 

また、後白河天皇(松田翔太)の紹介では、

「王になるはずのない男が、この国最強の王になった。」


鳥羽上皇(三上博史)の項では、

「この王の死をもって、全ての秩序が失われた」


と、天皇や上皇を「王」と表記しているのです。


また、その「闘い」「最強」「秩序(の崩壊)」などの表記からは、平清盛を(現代の)国民に見立て、その前に立ちはだかる「(悪役)王家」像をつくり出そうとしている意図がうかがえます。

我が国の歴史を真摯に見つめると、権力闘争があろうとも、国民と皇室がともに支え合って国をまとめてきた「君民共治」の伝統は明らかです。

しかし、このHPには、その伝統を否定しようとする意図が満ち満ちているのです。
 

 

NHKは、「日王」と呼ぶ韓国マスコミと同列か?

 

我が国の「天皇」を「日王」「王」と呼ぶのは、韓国や北朝鮮マスコミの専売特許です。

 

アジアでの「王」とは、中国皇帝の「冊封体制」に組み込まれた周辺諸国の統治者という意味で、その地位は中国皇帝の臣下です。
すなわち、「王」であると言うことは、支那王朝を宗主国として戴く国家体制(国体)であることを表します。

 

歴史的に支那王朝に朝貢し、属国に甘んじてきた朝鮮の李氏王朝の呼称は間違いなく「朝鮮王」です。

しかし、我が国は、7世紀ごろには「天皇」という称号を対外的にも使用し、支那の「冊封体制」から独立しました。

有名な「日出處天子致書日沒處天子無恙」という当時の国書や、日本独自の元号(大化)の使用がそれを表しています。



韓国や北鮮は、かつての宗主国支那の皇帝と同格を意味する「天皇」という呼称を日本が遣うことを嫌い、彼らは我が国の歴史を貶める蔑称として「日王」と呼びます。

 

 ちなみに、日本で「日本国王」と言えば、時代が下がって室町幕府の三代将軍足利義満が名乗ったことで有名です。

あくまで武家政権の長が、対外貿易の権益独占のために使用した呼称でしかないのですが、あくまで「天皇」の臣下である征夷大将軍が「日本国王」なのですから、「天皇」が「王」であるはずがありません。


それを、素人でも分かるような時代考証を抜きにして、皇室を「王家」、天皇や上皇を「王」と表現する
NHKには、公共放送としての資格などありません。
そればかりか、中国や韓国に媚びへつらい、我が国の歴史を冒涜し、我が皇室を蔑視する意図があるとしか言いようがありません。

 
 

それも、国民から受信料を徴収していながら、そのお金で国体を辱めているのです。
ましてや国民的関心が高く、生きた教材として家庭で子どもたちが歴史を学ぶことができる「大河ドラマ」でそれをしようと言うのですから、その悪質さは測り知れません。

 

健全な日本国民は、我が国の国体を辱めるNHKの悪質さを見逃してはなりません。
宮内庁や政府には、NHKの悪質さを見逃さず、表現を訂正させる「厳しい指導」を求めなければなりません。

それだけでなく、スペシャル番組 japanデビューで「反日台湾」像を捏造するなど、同じようなことを繰り返すNHKそのものの「解体」を、真剣な国民的議論にするべきです。






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vol.121 「海の日」の意義を教えよ! ~ご皇室と被災地東北の深い絆~

明治天皇の東北御巡幸

 

明治元年(1867年)に始まった戊辰の役は、薩長土肥ら新政府軍の圧倒的勝利に終わり、奥羽列藩同盟として闘い壊滅した東北地方の人々は、それ以来、大変厳しい生活を強いられました。

 

しかし、そんな厳しい生活を強いられながらも、
東北の人々は皇室を慕い続け、戊辰の役で荒れた東北地方の発展の契機にしたいからと、「明治天皇の行幸」を新政府に請願します。

 

明治天皇は、この要請を快諾。

辛酸を舐める東北の人々を慰撫して、激励するために、明治9年(1876年)、東京を出立されて東北地方へと御巡幸なされました。

福島、宮城、岩手、そして青森を経て、北海道の函館までの長い行程の折々で、明治天皇は東北の人々を激励し、特に産業の発展や教育の振興に心を砕かれ、訪問の先々では、功労者や学生らに褒賞(金)を賜りました。

 

戊辰の役の後10年も経たずして、東北の人々の請願を快諾し、御巡幸を決意された明治天皇の御心には、

「心ならずも朝敵となり、辛酸を舐めた東北地方の人々とも、君主として深い絆でつながり、この国を一つにまとめたい」という強い御意志があったのでしょう。

 

62日に東京を出立された明治天皇は、東北地方を1カ月半ほど御巡幸なさって、720日に「明治丸」(現在も東京海洋大学キャンパスに展示)で、無事に横浜港へ帰港されたのです。

 


「海の日」


この明治天皇が横浜港へ帰港された
720日は、戦前から「海の記念日」と呼ばれて、大切にされてきました。

そして、平成7年(
1995年)の法改正によって、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」ことを趣旨として、7月20日を「海の日」として祝日にしました。

現在は、ハッピーマンデー法によって第3月曜日が「海の日」となり、今年は(7月)18日、昨年は19日、来年は16日と、年ごとに日が変わってしまい、その由来が分かりづらくなってしまっています。

 


しかし、7
20日は、
『明治維新という未曾有の大改革を経て、新生国家「日本」が誕生し、内戦を経ながらも、明治天皇(皇室)をリーダーにして国家が一つになっていく、貴重な歴史の息吹を感じられる』
大切な日です。

 

そして、くしくも明治天皇による御巡幸の地は、先日の大震災の犠牲の地、「東北地方」です。

東北地方と明治天皇との深い絆は、現在もなお、今上天皇陛下と東北の人々との深い絆へと繋がり、今上天皇、皇后両陛下のたび重なる被災地訪問となって結実しているのですから、明治から現在にも渡る大切な記念日なのです。

 

ですから、この720日に由来する「海の日」の意義を、しっかりと次世代につないでいきましょう。
家庭でも、学校でも、しっかりと教えたいものです。



それは、東日本大震災からの復興の為にも、とても大切です。




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vol.114 キャリア教育の前に、天皇陛下の御田植のお姿を教えよ

天皇陛下が田植え

20110524-00000067-jijp-000-view 天皇陛下は24日午後、皇居内にある水田で毎年恒例の田植えをされた。
 茶色の開襟シャツ姿の陛下は、長靴を履いて水田に入り、うるち米のニホンマサリともち米のマンゲツモチの苗計100株を1株ずつ丁寧に植えていた。
 植えられた苗は9月ごろに陛下が稲刈りをし、米は新嘗(にいなめ)祭などに使われる。(2011/05/24-18:29)時事ドットコム



今年
も、天皇陛下が皇居内の水田で、田植えをなされました。

記事にある新嘗祭は、日本書紀に、【天照大神(あまてらすおおみかみ)が自ら神田を営み、新嘗の祭りを行った】とあるように、古代から大切にされてきました。


現代でも、我が国の祭祀を司る最高責任者である天皇陛下が、国民を代表して農作物の恵みに感謝するという、とても重要な宮中祭祀です。


このように、国民にとっても大切な祭祀で使われる米を、毎年毎年お手植えになられ、刈り取られる今上天皇陛下のお姿に対して、国民の一人として、心からの尊敬と感謝の念を持たずにはいられません。


キャリア学習の前に

ところで、学校教育では、「ニート」や「フリーター」など若者の就業問題を受けて、平成15年(2003年) 文部科学大臣らが取りまとめた「若者自立・挑戦プラン」に基づいて、将来を担う若者たちに勤労観、職業観を育み、自立できる能力をつけることを目的として、キャリア教育が行われています。

しかし、最近の子どもたちは、「勤労は対価(報酬)を得るための手段」としか思っていませんから、中学生くらいになると、「将来は、働かなくてもいいくらいの金持ちになりたい」「少しでも楽して大金を稼ぎたい」と言い、健全な勤労観を育むことは容易ではありません。

日常生活の中でも、子どもたちは、家庭の手伝いや学校での役割分担などでさえ、「いくらくれる?」と対価を求め、自分の成長のための学習でさえも、「成績があがったら、いくらくれる?」と対価を望む姿は珍しくありません。

ですから、仕事が対価(報酬)と釣り合わないと思えばすぐにやめてしまったり、不平不満ばかりを言うことになります。


そんな子どもたちには、キャリア教育の前に、まず「日本人としての勤労観」をしっかりと教えなければなりませんが、今日の天皇陛下のお姿は、まさしく、それを後ろ姿で教えてくださっています。

 

陛下のお姿から学ぶ「勤労観」

ご高齢にも関わらず、長靴を履いて田に立たれる天皇陛下のお姿は、勤労の尊さをわたしたちに教えてくださいますし、国家元首である天皇陛下御自らが勤労に従事するお姿は、我が国の「勤労観」をまさに体現してくださっています。

 

我が国の神話では、天照大神が自ら神田を営み、機織りをするように、神話の神々さえも生業(職業)を持っていました。

それほどに、我々日本人は勤労を尊び、「労働を美徳」となしてきた勤勉な民族です。

 

しかし、戦後教育で、神話や皇室を軽んじてきたがために、2000年紡いできた「日本人としての勤労観」が、次世代につなげなくなってきています。

このままでは、「労働を美徳」としてきた、私たちの文化が滅んでしまいます。

 

だからこそ、まずは、日本の伝統・文化の核(コア)である天皇陛下がなさる田植えの意義や意味をしっかりと教えることから、キャリア教育は始めなければなりません。

それが、子どもたちの健全な勤労観を育むためには絶対的に必要なのです。


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vol.109 日本人の心は、両陛下とともにあることを、今こそ教えよ!

皇居では東日本大震災によって、祭祀を司る宮中三殿でも、耐震補強していない場所で一部、柱がずれるなどの被害が出た。

 震災発生から10日後、3月21日の春分の日に行われた祭祀(さいし)「春季皇霊祭・春季神殿祭の儀」。余震が続いていたことから、宮内庁内では「今回は天皇陛下ではなく、儀式を司る掌典の代拝にすべきではないか」という声が出た。

 だが、両陛下の希望があり、結局陛下はモーニング、皇后さまは洋装で祭祀に臨まれた。通常は着物で臨むが、万一緊急に避難する必要性が出た場合のことを考え、殿上には昇らずに拝礼される「異例の措置」(宮内庁)が取られた。「普段から祭祀にはご熱心だが、震災のこともあるので、ご自身で拝礼されたい思いが特に強かったのではないか」と祭祀関係者は語る。

 宮中祭祀は主なものだけで年間20回余り。通常、祭祀の関係者以外はその場におらず、撮影された写真や映像が国民の目に触れることはない。両陛下は皇居の森の中で、ただ静かに祈られている。(327MNS産経ニュース)

 

 

記紀に残る神話の時代から続く我が国のご皇室には、神によって日本の永遠の統治権が与えられて(天壌無窮の神勅)います。

しかし、歴代の天皇陛下と国民(臣民)の歴史は、決して富の搾取や封建的結びつきの歴史ではありません。

親が子を慈しむように国民(臣民)を愛する天皇陛下と、親のように天皇陛下を敬い慕う国民(臣民)の関係は、相思相愛の共存の歴史です。

 

東日本大震災後の、今上天皇、皇后両陛下のビデオメッセージや災地訪問のお姿からは、国民を慈しみ、被災民を労わるお優しい御心が感じられ、涙がこぼれる思いでした。

そればかりではなく、天皇陛下は、自らの危険さえも顧みることをなさらずに、国民の幸せを願って、宮中において静かに祈っていらっしゃいます。

この御姿こそ、現代まで続く、皇室と国民の姿です。

 

「ご皇室の素晴らしさ」や「宮中祭祀」を教えよ!

戦後教育では、ご皇室の伝統や宮中祭祀について学ぶ機会は薄れてしまい、天皇陛下と国民の距離が遠く離れてしまいました。

しかし、今回の未曾有の大災害は、改めて天皇陛下、皇后両陛下のもとに、日本国民がひとつになる機会を与え、私たちの傍には、常に両陛下がいらっしゃることを肌で感じることができました。

これこそが、まさしく「君民共生」の本来の日本の姿でしょう。

この美しい日本国家の在りようを、学校でも、天皇陛下の国民への深い祈りと、深いご愛情と一緒にきちんと教えていかなければなりません。




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vol.84 天皇誕生日に想う ~皇室を敬愛する子どもを育てるには~

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今上天皇ご誕生日

昨日は、第125代天皇であられる今上天皇陛下77回目の生誕日、国民の祝日でした。

まずは、今上天皇陛下のお誕生を国民としてお祝いするとともに、更なるご健康を祈願してやみません。

 

tennouheika今上天皇は、昭和天皇の第5子にして初の男子(第一皇子)として、昭和8年にお生まれになり、昭和6417日にご即位なされました。

皇太子時代はもちろんですが、ご即位後も、沖縄やサイパン島、硫黄島など、日本国民が先の大戦で悲劇的な運命をたどった地を精力的に行幸なされ、日本国民だけでなく、現地住民や交戦国の米国兵士をも含んだ慰霊や世界平和への祈りに努めてこられたことだけ見ても、陛下のことを日本人として大変誇りに思います。

 

皇室を敬愛する教育

さて、以前にも書きましたが、戦後教育で左傾化した公立学校では天皇や皇室について教えることは長年タブー視されてきました。

天皇や皇室を敬愛する思想は、「戦前回帰」「軍国主義復活」と言って敵視し、歴史を捻じ曲げてでも皇室を貶めてきたというのが事実です。

しかし、教育基本法が改正され、日本の伝統・文化を継承すべき土壌ができた今こそ、日本が世界に誇れる伝統・文化の中核である皇室や無私の精神で国民とつながってこられた歴代天皇について、子どもたちに正しく学習させることが必要です。

その為には、皇室の伝統そのものをその身の内に宿らせ、現在もご存在されることが奇蹟とも言える今上天皇のお人柄や国民への祈りを教えることが大切です。

子どもたちには、皇室の歴史や日本国憲法の中の象徴天皇の在り方を学ばせることも大切ですが、折に触れて今上天皇のお言葉を、ありのままに素直にそのまま受け止めさせたいものです。教師が、政治的思想や歪曲された歴史観を差し挟まないことが大切です。

 

陛下の有りのままのお言葉の中に宿る無私の精神に触れ、国民や世界の人々を労わるお気持ちを素直に受け止めさせれば、それだけで素直な子どもたちの心は揺さぶられますし、2000年以上紡いできた日本人のDNAのスイッチが入るのです。

 

今上天皇のお言葉

陛下からのお言葉は、様々な場面で国民の労苦をねぎらい、幸せを念じ、勇気を与えてくださります。そして、日本人のあるべき姿や望むべき社会の形をお示しくださっています。

「今日、日本では高齢化が進み、厳しい経済情勢と相まって人々の暮らしが深く案じられます。そのような中で高齢者や介護を必要とする人々のことを心に掛け、支えていこうという人々が多くなってきているように感じられ、心強く思っています。皆が支え合う社会が築かれていくことを願っています。平成が20年となり、多くの人々がお祝いの気持ちを表してくれることをうれしく思い、感謝しています。この機会に、我が国の安寧を願い、国民の健康と幸せを祈ります。」(ご即位20年にあたっての記者会見)

 

本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。終戦以来既に65年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。ここに歴史を顧み,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。(平成22年 戦没者追悼式典

 

昨年は,引き続く厳しい経済情勢の下で,多くの人々がさまざまな困難に直面し,苦労も多かったことと察しています。新しく迎えたこの年に,国民皆が互いに助け合い,励まし合って当面の困難を克服するとともに,世界の人々とも相携え,平和を求め,健全な未来を築くために力を尽くすよう願っています。本年が,我が国の人々,また,世界の人々にとり,良い年となることを祈ります。(平成22年 年頭にあたり)

 

これまで,交通事故による一年間の死者の数が5千人を割っていたのは,57年前,昭和27年のことです。昭和27年という年は平和条約が発効し,我が国の主権が取り戻された年です。当時は高速道路はなく,舗装された道路も少なく,自動車台数も限られたものでした。したがって,自動車交通が著しく発達した今日の交通事情の下で,交通事故による死者の数が当時とほぼ同じ数値になったことは,永年にわたって交通安全の活動に携わってきた関係者の非常な努力によって達成された賜物であります。ここに,本日の表彰受賞者を始め,関係者の労苦に対し,深く敬意を表します。(第50回交通安全国民運動中央大会)

 

このような陛下のお言葉には、常に国民を案じ、国民の幸せを願って、無私の精神で祈りを捧げてくださっている陛下のお人柄や深い願いが込められています。

偏った政治的思想からは見てとれない陛下と国民の心のつながりを感じ取らせ、子どもたちに皇室への敬愛の念を育てていきたいと思うのです。

そして、皇室の安寧と我が国の発展はともにあることを教えたいのです。

vol.60 日本人にとって皇室とは何か?

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自分の番(いのちのバトン) 相田みつを 

父と母で二人
父と母の両親で四人
そのまた両親で八人
こうして数えていくとゆくと

十代前で、千二十四人
二十代前では―?

過去無量の
いのちのバトンを
受けついで
いま、ここに
自分の番を生きている
それがあなたのいのちです
それがわたしのいのちです



この詩は、中学校でもよく道徳の授業で使われます。
実際に私も何度かこの詩で授業をしましたが、子どもに命のつながりを実感させ、命の大切さを教えるには、実に分かり易く、よい教材です。


〇〇に繋がる「いのちのバトン」

今日は、命について書きたい訳ではありません。
表題の〇〇に、何が入るかお分かりですか?

相田さんの計算式を、もう少し先に進めてみると、24代前で自分と直結する先祖の数は1,500万人を越えます。
1代の長さを単純に、親と子どもの年齢差の25年と計算して、24代で約600年間と仮定します。

600年前頃(室町前期:南北朝時代のころ)の日本の人口(正確には分かりませんが)は、おおよそ1000万人程度だったとの研究があります。すると、自分から24代遡ると、すでに人口を越えてしまい、先祖の数は飽和状態になります。
ということは、その時代に生きていた日本人全てが自分の祖先ということです。
この時代にも、もちろん皇室は連綿と続いていた訳ですから、誰でも24代以上遡れば、天皇が先祖の一人であるという不思議なことが起きてしまうのです。

例えば、武家の全ては、源氏か平氏に分かれますが、その出自は皇族からの臣籍降下ですから、もちろん皇室とは深い関係があります。
これは、家という形から、皇室との関係を明らかにできる一例ですが、個人単位で考えても、自分の祖先が、いずれかの時代の皇室とつながっているということを、相田さんの計算式は証明してくれるのです。

ですから、現代の私たちには、遠く遥かな繋がりであっても、皇室の血が流れているのですから、〇〇に繋がる命のバトンの〇〇とは「皇室」のことなのです。


民法改正が皇室への意識を変えた

戦前の民法では、家長相続が当然でしたから、本家や分家など家の系譜が大切にされました。
武家で言えば、本家の本家が源氏か平氏、そしてその総本家が皇室だと考えれば分かり易いでしょう。
我が家の系譜と皇室とのかかわりも(真偽は別として)、家を通して明確でした。
ですから、皇室を敬うことと、自分の祖先を敬うことは同義語でしたし、皇室を通して国家観を形成していたのです。

しかし、戦後の民法改正で、個人相続が是となり、本家、分家と区別する必要もなくなり、家と個人の関係が薄まったように、皇室と国民の関係も薄まりました。
GHQは、天皇という伝統に裏付けされたカリスマのもとに、日本国民がひとつとなることを最も恐れましたから、彼らが仕込んだ日本国家解体の陰謀は今もなお、確実に進んでいるということです。

渡部昇一上智大学名誉教授も、その著書で、
「戦後の相続制度の転換は日本に連綿としてあった国家観を壊してしまった。現在の皇室制度の問題も、大本はすべてそこにあると言っていいかもしれない」(日本史百人一首)と指摘されています。

国家観を問い直す

このように、私たち日本人は、私たち一人の存在を通してさえも、皇室を肌で感じることができる幸せな国民です。
そして、皇室を通して、国家観を形成できるほどに、歴史に裏打ちされた民度の高さを有しています。
しかし、現在は、皇室の存在を軽視し、時には皇室不要論さえも平気で耳にする時代になりました。

これらの行為は、皇室の否定ではなく、自らの存在を否定する愚行であることを、日本人は知るべきです。
私たち日本人が、日本人としてあるのは、世界史に残る歴史を誇る皇室があり、私たち一人一人が天皇の子孫であるからこそです。
もう一度、この事実をしっかりと見つめることが必要ですし、次世代の子どもたちにきちんと伝え、教えるべきです。

vol.53 昭憲皇太后と女子教育

磨かずば 玉も鏡も なにかせむ 学びの道も かくこそありけれ
(玉も鏡も磨かないと役にはたちません。人を磨くための学びの道というのもそれと同じです。)

明治8年(1875年)、東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)の開校式に行啓された昭憲皇后が贈られた御歌です。
この御歌は、現在も同校の校歌として現在も歌い継がれていますが、戦前には尋常小学校の唱歌として全国の子どもたちにも歌われました。
学びについて、端的で的確な比喩が加えられ、私たちにも分かり易く、教育者として心に留めておきたい歌です。

昭憲皇太后は、明治天皇の皇后で、五摂家の一つである一条家から皇室へ嫁がれました。
明治時代には、国民からだけでなく、世界中から尊敬される女性でした。

この昭憲皇太后は、我が国の女子教育の発展に大変ご熱心でした。
東京女子師範学校創立の際には、設立費用として御内庫金から5000円を下賜されていますし、その後も第1回卒業証書授与式や授業参観などへ行啓され、その際には学生への学用品や反物、御菓子ばかりかt当学校へ下賜金を下されました。
後に、その下賜金は恩賜奨学金として、教育環境整備に充てられました。その行啓回数は、11回にも及んだと言います。

明治18年(1885年)には、皇太后の(皇室や公家の)女子にも独自の教育を施すとの方針で、宮内省所管の華族女学校(現学習院女子中・高等部)が設立されました。

この際には

「水は器に従いてその様々になりぬなり 人も交わる友により良きに悪しきにうつるなり  己に勝る良き友を選びもとめてもろともに 心の駒に鞭打ちて学びの道に進めかし」
という御詩を贈られました。

これらの御歌(詩)は、明治天皇の「教育勅語」とは比べようがありませんが、女子教育発展のために皇太后がつくられた「(女子)教育令旨」とでも言うべきものでした。

昭憲皇太后は大正3(1914)年4 月11 日に崩御されますが、その遺品が教育機関としては学習院女子部と東京女子高等師範学校(後に改名)にのみ下賜されます。
明治天皇の崩御に当たって、東京女子高等師範学校では特に哀悼の儀式は実施されませんでしたが、昭憲皇太后崩御の際には、一周年に当たる大正4 年に御一周年祭儀式が挙行されるなど、皇太后の女子教育への思いは確実に人々に浸透していったのです。

このように、昭憲皇太后は我が国の女子教育の発展に多大なる貢献をなされました。
それは、明治という新しい時代を迎えた皇太后が、女子教育によって我が国発展の礎と成すという決意の表れでもありました。
子どもを育てる女性だからこそ、
「この国の未来を造るのは女性の役目である」
「だから、女性が無学であってはならない」
きっと昭憲皇太后はそうお考えだったのでしょう。

現在を振り返るに、昭憲皇太后の目指された女子教育の環境は、十分に満たされ男子と幾分も変わらなくなりました。
一昔前までは、「女性が学歴をつけてどうするのか」といった価値観もありましたが、今ではそんな価値観は過去の遺物です。


しかし、このような昭憲皇太后から受け継がれた皇室からの物心に渡る援助や支援があってこその今日の女子教育であることを、私たちは忘れてはなりません。
学びには、謙虚さがあってこそ、己が磨かれます。
現在の女子教育を考えるに、まずは昭憲皇太后のこの御心に触れることから始めてはどうでしょうか

vol.41 皇室を敬愛する心や態度を育てる教育

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皇室を敬愛する心や態度を教えることは、学校ではタブーになっています。

日本国憲法第一条で、
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 」と規定されているのですから、
学校で皇室や天皇を敬愛する心や態度を育てることは、何らタブー視されることはありませんから、むしろ学校による「自主規制」です。

 では、なぜ「自主規制」しているのでしょうか?

 その理由の一点目は、戦後教育の代名詞とも言える「平等主義」「平等教育」です。
この「平等」という物差しで皇室を測ると、わたしたちにとって国民統合の象徴であり尊き特別なご存在が、国民と比して「不平等」な特権的立場という恐ろしいことになってしまうのです。
 むしろ、職業選択の自由もなく、婚姻すら国民や政府に干渉され、日常も気ままな行動もできずに、皇室典範という特別な法律によって縛られている皇族の方々の方が、国民にある自由や権利を与えられていない御自身の立場に「不平等」を感じていらっしゃると思うのですが、「平等」とはいかに浅薄な思想でしょう。
もちろん、この思想には、GHQや革命政権樹立を目指して皇室撤廃を望む左翼思想が混入していることは、明明白白です。


 b32022e6a448f42aもう一点は、戦前教育の全否定の上に戦後教育が生まれたという矛盾からです。
 戦前は、学校も「国体」を重んじて、御真影や教育勅語が大切にされて、皇室中心の諸行事が行われるなど、教育の柱の一つに皇室への敬愛な態度が国民の規範として重要視されていました。
 これらは、世界が混迷する時代背景の中、我が国が西洋列強と伍する近代国家として短期間に生まれるために皇室や天皇の権威が必要だったからです。
誤解を恐れずに言うと、国民(政府)が天皇の権威を、国民融合の旗頭として、富国強兵に当たるために利用させていただいたとさえ言えるのです。


 しかし、戦後教育は当時の教育を全否定して存在しています。
GHQの指導のもと戦後教育がスタートしたので、当然と言えば当然です。ましてや、皇室中心の「国体」を認めませんから、
「天皇を現人神(あらひとがみ)と教えた国家体制的な教育が、数々の戦争を起こして国民の命を奪った」という幼稚な考えから抜け出せていません。
「教え子を再び戦場に送るな」というGHQに与えられたとしか思えない美辞麗句を並べて、戦前教育を否定して左翼思想に染まっていった日教組が、戦後教育界を牛耳ったことも、学校が皇室を軽視する原因になりました。

 このような現状を、狭山ヶ丘高等学校の小川義男校長先生は、
小、中、高等学校における教育においても、皇室の尊さ、そのご存在の重さを伝える教育はほとんど為されていない。かえって、皇族を国民と同じレベルに位置づけて親近感を抱かせようとする傾向が強まりつつある。中には天皇を民主主義とは対極にあるもののごとくに位置づけ、皇室に反感を抱かせようとする教育さえ行われている。卒業式、入学式等に際し、国旗、国歌に異常な反感、抵抗を示す傾向は、その典型的な例である。」
と痛烈に非難されています。

 非難を顧みずに述べると、戦後教育は「皇室や天皇を絶対君主制や封建制度の象徴であるかのような、また差別問題の根底に横たわる非合理な制度であるかのような偏った印象を、子どもたちに植え付けてきた」と言えます。そして、「開かれた皇室」という美名のもと、皇族のプライバシーを暴いたり、親近感のみを強調して、その荘厳さや尊さを伝えてこなかった左翼マスコミがその流れを補ってきたのです。

 以前にも書きましたが、3年前に改正された教育基本法には、
「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」が明記されました。
 先人の叡智の結晶として、2600年に渡る長い年月をかけて連綿とつないできた我が国の皇室こそ、我々が擁護し、次世代につないでいくべき「伝統と文化」の根幹です。
ですから、教育基本法には直接的な表現はありませんが、皇室擁護の精神が脈々と流れていると思います。
 
 今こそ、文部科学省も教育基本法の精神に則って、道徳だけでなく教科全般の広範な分野で「皇室を敬愛する心や姿勢を育むこと」を学習指導要領に明記して、教科書などに反映するべく努力を惜しまないでほしいと思います。
 そして、世界最古で、国民との融合王朝である我が国の皇室を次世代につなぐためには、戦後60年以上放置されてきた「皇室制度の課題」が「国民の課題」であることを、子どもたちにも教え、長い年月がかかっても確実に課題を解決し、世界に誇る皇室を守る態度を持つ国民を育てていく必要があります。

皇室の伝統を守る国会議員の会(超党派)が指摘した戦後の「皇室制度の課題」
?皇位継承問題をはじめとする皇室典範の改正にあたって、皇室のご意向を反映させることが制度上できないこと。
?現行皇室典範の規定のままではいずれ廃絶せざるを得ない宮家があるにもかかわらず、伝統に則ってその存続・拡充のための方策が検討されてこなかったこと。
?天皇のご公務をお助けしている皇族方のご公務やご教育に関する法律的根拠がないこと。
?皇室に対して、その経済に関する制約がある一方で、一般国民と同様の住民税や相続税を支払う義務が課せられていること。
?皇位継承儀礼や皇室祭祀など、皇室の伝統にかかわる祭儀に関して根拠法がない状態が放置されていること。
?皇室尊厳を守ることに関して疎かであったこと。
 

vol.22 「皇室」をいかに教えるか(2)

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 今上天皇が田植えや稲刈りをされているご様子をご覧になったことがあるでしょうか。ニュースなどで報道されることもありますからご存じのことでしょう。

 皇居内には水田があり、天皇みずからが米作りを行われます。
この米は11月23日に行われる新嘗祭(勤労感謝の日)で神前に供えられます。
 新嘗祭は古くから我が国の重要行事で、祭祀を司る最高責任者である天皇が、国民を代表して農作物の恵みに感謝する式典です。日本書紀に、天照大神(あまてらすおおみかみ)が自ら神田を営み、新嘗の祭りを行ったとあるように古代から大切にされてきた宮中祭祀です。
 
 このような今上天皇の有りのままのお姿や祭祀王としての歴史的意義を子どもたちに教えることが大切です。以前にも書いたように、子どもたちは、ありのままの今上天皇のお姿から、「米を自らお育てになり、国民のために五穀豊穣を祈ってくださる広く深い祈り」に心から感動して、皇室を敬愛する態度を醸成することでしょう。 

 しかし、今上天皇の田仕事をされるお姿からは、もっと多くのことを学ばせることができます。
 神話の中の神々さえも、仕事(労働)をすると考える日本人は古来から仕事・労働の尊さを理解し、徳とする文化を紡いできたと言えます。
 ご高齢にも関わらず、田に立たれる今上天皇は、そのお姿で勤労の尊さをわたしたちに教えてくださいます。

「日本人の底力の一つは労働を美徳となすところなのです。」

 しかしながら、最近では、勤労は対価(お金)を得るためだけの手段となっている大人が少なからずいますし、子どもたちと言えばほとんどがそう思っています。ですから、中学生くらいになると、将来は「金持ち」になりたいとお金が全ての如く、臆面もなく言うのです。

 ですから、仕事が対価と釣り合わないと思えばすぐに止めてしまったり、不平不満を言うことになります。
 そもそも対価とは自分へのご褒美としていただくものなのに、当然の報酬として考えてしまっているのです。
 子どもたちは、家庭の手伝いや学校での役割などにすら「いくらくれる?」と対価を求めます。自分の成長のためにしている学習でさえも、「成績があがったら、いくらくれる?」と対価を望む姿は珍しくありません。

 このままでは、健全な勤労感など育つはずはありません。ニートやフリーターなども、もともとはこの健全な勤労感が欠落していることから起こる問題ですが、これらの問題を解決には、日本の神話や今上天皇のお姿などから、日本人の勤労感(勤労を尊ぶ伝統)を伝えることが必要です。
 そして、日本人としてのアイデンティティーを育て、日本の伝統文化の核(コア)である皇室を敬愛する心や態度を育てることが、より勤労感を豊かにすることにもつながるはずです。

 こうして考えると、皇室をいかに教えるかというテーマすら成り立たないのかも知れません。皇室をいかに教えるかというよりも、皇室を教えることで、皇室から何を学ばせるのかというテーマの方が、教育では本当のような気さえします。

vol.15 子どもたちに「皇室」をいかに教えるか(1)

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日本の伝統文化を子どもたちに教えていくときに、「皇室をどう教えるか?」という問題があります。

 我が国は、国民が万系一世の皇室を敬愛し、重んじることで2000年に渡る「国の歴史」を紡いできました。
 そのことを考えただけでも、日本の伝統文化とは皇室そのものであり、日本が日本たるべき唯一の理由であることが分かります。
 
 ですから、我が国の場合は、保守思想が保守すべきものは、皇室であって、皇室を保守しない保守思想などというものはあり得ません。以前はそれを「国体」と呼んでいました。
 それほどに、「皇室」と「国民」が長い年月をかけて築いてきた信頼関係があるのです。そして、この国民の至宝を次世代に確実につないでいくことが、現代を生きるわたしたちの使命です。

 しかしながら、戦後教育は、米国から侵入した「自由・平等・人権」などという、左翼思想に冒された薄っぺらな「人権教育」が幅を利かせてきました。
そして、「皇室」を結果の平等の光で照らして、「不平等」な社会制度であるかのごとき教育を続けてきました。
「天皇制が、差別の元凶である」などの【とんでも説】まで持ちだして、それを左翼学者が肉付けして子どもたちを洗脳し続けています。

 今までに何度も書いてきましたが、こういった教育を受けてきた子どもたちは、自らの日本人としてのアイデンティティーすら確立できずに、国際社会ばかりか、日本社会においても浮遊してしまいます。そしてついには、心を病んで生きる意味すら失ってしまいかねません。

では、どうやって「皇室」を教えていくのか、考えてみましょう。

歴史教育などで、安易に「皇室」の歴史を肯定すると、皇国史観の誹りを招いて、
「戦前回帰の教育である。」
「戦争を美化する教育だ。」
などと、内容もまともに精査しないで右翼のレッテルを張り付けられて、皇室について議論することすら封鎖されかねません。
そういった連中が、学校現場には大勢いることを忘れてはなりません。

 そこで、そういった難癖を受けずに、子どもたちに「皇室」を教えるには、今上天皇、皇后両陛下のありのままのお姿を教えることが大切です。例えば、全国の自然災害の被災者に行幸され、お見舞いされるお姿を子どもたちに伝えるのです。
 
 教える時間は、「道徳」です。
徳目としては、「思いやり」「相手の立場に立って行動する」など、いくらでもあります。ビデオなどで、実際に膝を交えて語られるお姿や、被災民との心温まるエピソードなどを映像から学ばせるのもいいでしょう。
 きっと、子どもたちは、両陛下の万民に分け隔てなく接される姿に感動し、その深い祈りに感謝するはずです。

 このように、皇室の歴史を語らずとも、心で感じることはできます。現代の子どもたちには、むしろ、こういった心の学びこそが必要です。

 「いじめはいけない」と教えることも大切ですが、このような深い愛情や祈りに触れて、日本人としての心を育むことが、本当にいじめを無くす(防ぐ)ことにつながるのです。いじめについては、後日に詳しく述べていきます。

 今から150年前、西洋列強の圧力で我が国が存亡の危機に面したとき、ときの日本人は幕府を倒す道を選び、「尊王」を掲げて国をまとめました。
 教育が混乱し、真の日本人が育たなくなった今、混沌とした時代を生きる我が国は、再び存亡の危機を迎えようとしています。だからこそ、わたしたち大人が、自信を持って「皇室」について、子どもたちに語る必要があるのです。




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