国民教育のススメ ~教育正常化の風~

「愛国心こそが教育再生のキーワード」 現職公立中学校教諭が、左傾化し続ける教育現場の危機感から、教育正常化を通して日本再生を考えるブログ。保守ブログ相互リンク募集中!

靖国神社について

vol.140 靖国放火事件に思う。日本人の忘れ物がそこにある

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昨日の1226日午前45分ころ。

東京九段北にある靖国神社の「神門」が放火されました。

幸いにも警備員らによって早期消化されて大事に至りませんでしたが、何とも心が痛む事件でした。

 

twitter上では犯行声明が流れていたとの情報もあるようですが、その真偽はともかくとして、警察の徹底捜査による被疑者の検挙と厳正なる処分を期待します。

 

 

ところで、靖国神社は明治2年に明治維新において命を捧げた人々の霊をなぐさめるために建てられた東京招魂社を前身として現在まで続いている社です。

 

我国の 為をつくせる人々の 名もむさし野に
    とむる 玉かき(明治
7
年 明治天皇御製)

 

明治天皇もお詠みになられているように、靖国の玉かき(神社・神域との境の垣根のこと)の奥には、我国のために命を捧げられた2466千余柱の英霊が護国の神として祀られています。

今回の行為は、これら250万余柱の英霊の想いばかりか、幕末以降の「日本人の歴史」を侮辱する蛮行であると断罪しなければなりません。

 

 

この年の この日にもまた 靖国の 
      みやしろのことに うれひはふかし
(昭和61815日 昭和天皇御製)

 

この御製が作られた前年に靖国神社を公式参拝した中曽根首相(当時)は、その後に起こった中国からの「靖国神社参拝阻止」の外圧と、それに同調したマスコミによる内圧に敗れ、この年の公式参拝断念を余儀なくされました。

その状況をお憂いになられた昭和天皇が詠まれた歌です。

 

あれから20有余年、未だ我が国民(政府)は、靖国神社に対する外圧による内政干渉やマスコミが作り出す内圧に屈したままです。

昨年は終戦記念日に閣僚が誰一人参拝しない体たらくですし、先日は与党政調会長がA級戦犯分祠に言及するなど、国民・政治家の無知・無関心は進む一方です。


そんなことですから、今回のような不届きな犯罪行為が起きてしまうのです。

 

今こそ、わたしたちは靖国に祀られる英霊の御心に触れ、私たち日本人が命を懸けて守ろうとしてきたものを再確認して、まずは私たち日本人が靖国神社を大切に想う必要があるのです。
そう、それこそが日本人の忘れ物です。


 

そして、学校でも、子どもたちに靖国神社とそこに祀られる英霊の神聖さや崇高さを教えなければなりません。

 

それが、真の日本人を育てるためにはどうしても必要な教育です。




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vol.79 アジアの声を聞け!教育的中立性とは…

異例の終戦記念日

 

今夏も終戦記念日がありました。靖国神社 009

先の大戦中の先人の苦労を思い、その偉業に思いを馳せるには、日本人にとって一年中で一番大切な日です。

 

しかし、今年は首相のみならず、閣僚の誰一人も靖国神社へ参拝しなかった異例の終戦記念日となりました。

現政権の主義主張や周辺諸国への配慮から、閣僚参拝を自粛するというのでしょうが、先人の慰霊を疎かにするその姿勢には、日本人の一人として忸怩たる思いがあります。

 

2006年(平成18年)リチャード・アーミテージ米国前国務副長官は、

「主権国家である日本の総理大臣が、中国に限らず他の国から靖国神社に参拝してはいけない指図されるようなことがあれば、逆に参拝すべきだと思います。なぜなら内政干渉を許してはいけないからです。

もう一つは、全ての国が戦死者をまつりますが、それぞれのやり方で良いのだと思います。」
と、述べています。

国際社会では、この意見がもっともでしょう。

 

 

アジアの声を聞け

 

更に言えば、「周辺諸国への配慮」と言う文言には、靖国神社には、かつてアジア侵略の片棒を担いだ軍人が神として祀られていると言う認識があるのは明らかです。

その認識があればこそ、私たち日本人は、内政干渉を忸怩たる思いを持ちながらも受け入れてしまっています。

             

しかし、私たちは本当のアジアの声を聞いていません。

インドネシアのモハメッド・ナチール元首相は、
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私達アジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」
「大東亜戦争というものは本来なら私達インドネシア人が、独立のために戦うべき戦争だったと思います。もしあの時、私達に軍事力があったなら、私達が植民地主義者と戦ったでしょう。大東亜戦争はそういう戦いだったんです。」

と、語っています。

また、タイのククリット・プラモード元首相は、
「日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、生まれた子どもはすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に対話ができるのは一体誰のお陰であるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあった為である。」

と語っているのです。

 

他国の政治家が、あの大戦をこのように冷静に分析し、世界史の流れの中で評価をしています。

その評価が正しいかどうかは、個々人の判断に委ねるとしても、そうした評価があることをきちんと次世代につなげていく作業を怠ってはなりません。

 

靖国神社 006自虐史観からの脱却が言われ始めて随分と時間が過ぎましたが、学校教育は未だ自虐史観から脱却できないままにいます。

このような主張をすると、「靖国史観」と言って非難する人もいます。

 

しかし、アジアの声を子どもたちに伝えることは、学問としての中立性の立場からも憚られることではありません。

学問的中立性から言えば、両論併記の形としてでも伝えるべきことは伝えることが必要です。

なぜなら、我が国に誇りを持ち、我が国を愛する心を育てるには必要なことだからです。

番外編 日本は独立国家になりえるか ~ソマリア沖で起きた悲劇~

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ソマリア沖で起きた悲劇

アフリカ・ソマリア沖で海賊対処活動に当たっている海上自衛隊の護衛艦「ゆうぎり」で9日、乗組員が艦内トイレで倒れ死亡したのは、し尿タンクの浄化装置の異常により、トイレ内に有毒ガスが充満したことが原因とみられることが22日までの海自の調査で分かった。
 海自は特異な事故とみており、同様の浄化装置を持つ護衛艦を点検する。
 関係者によると、ゆうぎりのトイレは、タンク内にたまったし尿をバクテリアで分解し、浄化した水分を海中に投棄。発生したガスは排気管で艦外に排出する仕組みになっている。
 ところが、ゆうぎりの浄化装置はバクテリアによる分解が不十分だったほか、排気系統がうまく作用せず、有害ガスがトイレ内に充満したとみられるという。                      (6月22日時事通信)


6bf7d8b42c8d647a護衛艦「ゆうぎり」は、本年5月10日に第5次派遣海賊対策水上部隊に参加するため、横須賀基地からソマリア沖へ向けて出航しました。
トイレの浄化装置の異常という、非戦闘中の死亡事故ではありましたが、亡くなられた隊員のご冥福を心からお祈りします。


問われる国民の姿勢

海上自衛隊は、憲法違反にあたるなどの反対もあり、十分な法律整備もされないまま、日本の関連船舶保護を使命としてソマリア沖で海賊対策に従事しています。

だからでしょうか、マスコミの扱いは大変小さく、ソマリアで殉難された隊員への関心は決して高くありません。
戦闘行為中の事故でなかったから、扱いが小さい訳ではありません。
マスコミの派遣に反対してきた姿勢へのこだわりや、国や職に殉じた事実を大きく扱いたがらない姿勢からでしょう。

マスコミの扱いがこのようなものだからこそ、殉職者やそのご家族への国民の姿勢が今、問われています。
どんな理由にせよ、海外で我が国の為に働いていて起きた事故ですから、国民が高い関心を抱くべきですし、国葬とまではいかずとも、政府葬、防衛省葬などで、丁重に弔うべきです。
少なくとも、対岸の火事のように、受け止めてはなりません。

英霊の顕彰は国家の責務

かつての日本は、国難に殉じた英霊を靖国神社という、聖地で丁寧に御まつりしてきました。
それは、日本が用意した英霊への最大級の弔いであり、その偉大な功績への顕彰でしたし、日本国家がつくりだす壮大な「物語」でもありました。

その思いを、現代の日本人が再び思い起こさない限り、今回の殉職隊員の本当の意味での弔いはできません。
隊員を靖国神社に合祀することは叶わないにしても、それに代わる物語を準備するべきです。

国家は、国家の為に命を懸けた英霊に何らかの形で、応える責務があります。
弔慰金や年金などの金銭面はもちろんですが、その功績の顕彰を国家事業として行う必要があります。

国際社会では、海外での日本の自衛隊の活躍に、益々大きな期待が寄せられています。
だからこそ、今後も不測の事態に備えつつ、国家として、その功績を後世に伝える術を持つことが、真の独立国家として、最低限必要なことなのです。

そういう意味で、管首相のこの事故への姿勢、そして国家観が問われています。
 

vol.56 「親孝行」こそが、日本再生の道標!

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教育勅語と親孝行

1890(明治23)年10月に山縣有朋内閣の時代に明治天皇が発布した「教育勅語」は、国民の徳目の第一として、「爾臣民父母ニ孝ニ」と親孝行を挙げています。
その言葉通り、かつての日本人は親を敬い、大切にすることが子の本分でした。

kid0026-009_m現代を振り返ってみてどうでしょう。
親が子を虐待して殺してしまいばかりか、子が親に手をかけてしまう暗黒の時代です。
「親孝行」という言葉さえも、死語になりつつあります。

本当は、親が子を慈しむ心が本能であるように、子が親を想う心も本能です。
その本能が崩れているのは、唯一本能を制御できる教育が歪められているからです。
個人の権利ばかり振りかざし、伝統的な家族や親の在り方を否定する左翼思想が教育界から排除されない限り、この暗黒の時代に終わりはきません。

戦後教育は、この教育勅語を国会で否定することから始まりました。
その結果が、今のこの日本です。
凄惨な事件が相次ぎ、日本人の道徳心や公共心、規範意識の低下が叫ばれる昨今、この教育勅語の復権を願うのは、あながち的外れではありません。


靖国の英霊の親孝行

ここで、かつての日本人の親への想いを見てみましょう。
先頃の大戦において、我が国を守るために散華された英霊の方々の遺書(家族への手紙)にも、親への想いは切々と語られ、今の私たちの心に響いてきます。

「父、母上様
今まで長い長い間、お世話になりました。父母の恩は、山よりも高く、海よりも深いことわざの如く、遠く遠く懐かしい故郷を離れ、戦ひの中にあつても、父母のことは寸時も忘れたことは御座居ませんでした。(抜粋)」
(陸軍伍長 鈴木三郎 フィリピン・ルソン島にて戦死 27歳)


「お母さん、やさしいお母さん、今日までのいろいろなお心遣ひまことに有りがたう御座居ました。お体をおいとひあつて長生きをして下さい。私は先に参りますが、ただ一つ残念なことは孝養の一端も果たし得ずしてお別れする事が何より残念でなりません。どうかお許しください。(抜粋)」
(海軍二等兵曹 太田 暁 クエゼリン島にて戦死 19歳)


「私は朝、飛行服に着替へて学生舎を出ると、胸のこのお守り袋を手で触りながら、明け切らぬ東の空へ向ひ、「母上お早うございます。立派にお役にたちますやう、今日もお守り下さい」と口の中でつぶやく。(中略)いつ頃から、かういふ習慣になつたのか知らないが、何を忘れてもこれだけは忘れたことがない。女々しいとも思ひ、滑稽だとも思ふ。しかし、この習慣を止めようとも思わない。私は母の愛と祈りを片時も忘れたことがない。私と母とはいくら離れてゐても、このお互ひの愛と祈りでぴつたりと繋がってゐるのである。(抜粋)」
(神風特別攻撃隊 第二・七生隊 海軍大尉 千原 達郎 沖縄方面にて戦死 24歳)

「俺は今度休暇があつたならば、孝行の仕終わりとして、母上を善光寺にお連れしよう。世の楽しみも味ははずに御年を召したわが母上、俺が今後永生きをしたならば、必ず孝養致します。(抜粋)」
(陸軍准尉 鈴木清二 中支にて戦死 25歳)


「親孝行」こそが日本再生の道標

wmn0007-009_sこの国の為に命を捧げた英霊たちは、こんな私たちの歪んだ社会をどう視るのでしょうか。
この歪みを直さない限り、英霊の心に報いることはできません。

自分の親を大切に思う心は、他者を大切に思う心の源です。
自分の親さえ大切に思えない人間が、他者を思いやることができないのは自明の事実ですし、多くの偉人が、親を想う心が人並み以上に富んでいたという歴史的事実は、私たちに「親孝行」の大切さを教えてくれます。
教育勅語でも、最初に「爾臣民父母ニ孝ニ」と親孝行を挙げられているのは当然です。

そのことを考えたとき、日本人として育てるべき道徳心の根幹は、「親孝行」の心です。
「親孝行」というと、古臭い気もしますし、そんな当たり前のことを教える必要などないという人もいるでしょう。
しかし、公教育では、家族の崩壊を意図する左翼思想が混在し、「親孝行」を軽視しているのも事実です。
ですから、敢えて親の有難さや、親孝行することの意義をきちんと
教えることが必要です。

それこそが、この日本の教育再生のキーワードですし、日本再生の道標となるのです。





vol.50 日本人の心「靖国神社」をどう教えるか

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中国・韓国・北朝鮮外交問題 に参加中!

osn0020-039_m中国・韓国との外交を考えたときに、「靖国神社問題」を避けて通ることはできません。

数年前に靖国神社へ参拝したときのこと、私には運命的な出会いがありました。今思うと、尊き英霊のお導きによって、出会わされたと思います。

皇學館大學非常勤講師で、三重県公立中学校教諭に渡邊 毅(わたなべ つよし)という先生がいらっしゃいます。もちろんお会いしたことはありませんし、靖国神社へ参拝していなければ、今もって存じ上げることはなかったかも知れません。

靖国神社へ参拝後、神社脇にある展示館「遊就館」の売店へ足を運んだとき、書籍コーナーで一冊の本を手に取りました。
「道徳の教科書・実践編」  渡邊 毅 PHP
表紙には西郷隆盛の挿絵と一緒に 「善く生きる」ことの大切さをどう教えるか と書かれていました。

三重県は、伊勢神宮のお膝元であり、皇室との関係も深いのですが、日教組の中核団体である三重県教職員組合(三重教組)の組織率が日本一(98%超)で、日教組の牙城とも呼ばれる地域です。
学校長だけでなく、教育委員会や、各地域の教育長までもが、三重教組の出身者で占められており、組合の役員をしないと管理職に登用されないと言われるほど、教育界が日教組に牛耳られています。
もちろん、日教組の核として道徳教育を否定してきた地域でもあります。

その三重県の公立中学校の教諭である渡邊先生の本には、道徳教育を通して我が国を再建するという明確な先生の意思のもとに、先生の中学校での授業実践が詰め込まれています。周囲からの迫害や邪魔もあったのではないかと、勝手に想像してしまいます。

先生は、その著書で
「大人は道徳を教え示すことをためらうな」
「(教師が自分自身によって示せなくても)生き方の手本は歴史の中に豊富にある」
と、我が国の歴史に残る偉人・賢人の逸話や古今東西の賢人の箴言を紹介され、子どもたちに「善く生きる」ことを学ぶ為の方途を具体的に明示されているのです。

中でも、同書の資料版とでもいう「道徳の教科書」PHP文庫には、
『70究極の愛』と題して、フィリピン人画伯ダニエル・H・ディゾン氏の
「涙がとまらなかった。こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかった。同じアジア人として誇りに思います」
との神風特攻隊への感想を紹介した後、特攻隊の林 市造海軍少尉(昭和20年4月12日沖縄にて戦死。23歳)の母宛の遺書が紹介されています。
そして、隊員らの「究極の自己犠牲」という尊い犠牲の上に日本の威厳が世界に示され、今日の日本が築かれたことを子どもたちに教え、気高く勇気ある行為を後世に語り継ぐ大切さを示しています。

私も微力ながら、この本と渡邊先生との出会いをきっかけに、先生を見習って「より善く生きる」道徳授業の実践に取り組んでいます。


osn0002-003_mこのように、靖国神社に祀られる英霊は、私たち日本人の誇りです。
いくら左翼勢力や他国がその価値を貶めようとも、私たち日本人のDNAは、彼らの偉業の崇高さに共鳴します。

相手の思惑に乗って靖国神社を外交問題化し、中国や韓国からの非難を恐れる必要はありません。

それよりも、その偉業とその精神の尊さをを子どもたちに正しく教え伝えることが大切です。


vol.8 靖国神社を考える

 

yasukuni

 先日、東京で会議に参加したのですが、会議が予定より早めに終わり、飛行機まで少し時間が空きました。 会議内容が張っていて時間が取れない… と半ばあきらめていましたが、「靖国神社」へ参拝に行くことができました。
 
 靖国神社は、幕末以降に国のために殉じた英霊を御まつりしています。数年前には、小泉元首相が参拝するしないで世間を賑わせたので、記憶している人も多いことでしょう。
 本来、我が国のために命を捧げた英霊に対して、時の首相が参拝して、平和を祈ることが物議を醸すこと自体がおかしいのです。ましてや、近隣諸国からとやかく言われる筋合いはないはずです。
 それを、あたかも平和を脅かし、外交的混乱をきたすかのような報道はマスコミがつくり出した虚偽報道としか言いようがありません。記者諸氏は、偏ったイデオロギーを排して、純粋な日本人として参拝されたことがあるのでしょうか。この神聖さを感じ得ないようでは、もはや日本人ですらないと言えます。

 参道を抜けて、参拝のために本殿へと進みでると、凛とした雰囲気と英霊の鼓動が聞こえるかのような緊張感が自分が日本人であることを再確認させてくれます。
 この国のために捧げた命の犠牲があってこそ、今の日本があるのですが、参拝をしていつも思うのは「こんな国をつくるために英霊たちは命を捧げたのか。」ということです。

 学校では、靖国問題は謂わばタブー視されています。
戦後教育では、宗教教育ができない仕組みにされてしまい、一宗教法人にされてしまった靖国神社を教材にできません。そして、政治的思惑を持ってマスコミが騒ぎ、左翼的思想で戦前戦中の日本だけを悪者扱いにするので、「我が国のために命を捧げた英霊に敬意を払い、今の平和な日本に感謝する」という、日本人として当たり前の教育すらできないのです。

 我が国は、どうして死者に鞭を打つような国になり下がってしまったかと嘆くとともに、子どもたちの道徳心や規範意識の低下に歯止めを掛けることすらできない不甲斐なさに、英霊に申し訳なく心が震えます。

 「英霊よ。この国をお守りください。胸を張って、あなたがたのことを子どもたちに正しく教えることができる日本になるよう努力します。」
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