2007年01月16日

1がつ15にち。

久々に家のことでイカリングしました。
家、と言っても彼のことではなく。
彼のことではほぼ毎日ケンカしてイカっています。
「家のこと」とは大きな声じゃ言えませんが
彼を生んでくれた人のダンナさんのことです。
「彼父」と言えばそれまでですが、何となく遠まわしに
言いたかったのです。

彼父はほぼ毎日やって来るのですが(仕事でね)、
その時、悪気がないのはとっっっても分かっているのですが、
勝手に「ゴミ」と判断されて「捨てて欲しくないモノ」を
捨てられてしまうことがあります。
または「見られたくない」と奥の部屋に置いてあったモノが
「どうやら見られた様な気がする」ということもあります。
が。
その辺のことはもうイカらないように
「ゴミと判断されるように置いていたわたしが悪い」
「目に付く場所に置いたわたしが悪い」と思う込むように
しているのでそんなことではなく。

今回は「灯油タンク(中身なし)が持ち去られた」という
一件でした。
おそらく「空の灯油タンクが玄関先に置いてある」→
「ヨシ、持ち帰って入れてきてやろう」という
思考回路ではないかと思うのですが、
わたしはこれを断固として拒否しました。
なぜ「断固として」拒否したのか?

これ以降、あれこれと長くなります。
愚痴っぽい表現も含まれるかもしれません。
そしておそらく何のオチもありません。
なのでここで読むのを止めてくださって構いません。
では、ここで読むのを止める方々、おやすみなさい☆

(以下、わたしの言い分)
毎週、火曜と土曜に灯油販売車が地域を回ります。
なので明日、灯油を買う予定だったのです。
別に灯油を買ってもらうこと自体に抵抗があるわけじゃ
ありません。
そして灯油販売車でどうしても買わなくてはいけないという
理由もありません。
じゃあ何でか?
その行為のウラには「自分たちで生活出来ないまだまだ子供」
という思考が大きく入っている気がしてならないからです。
ゴミの件も同じです。
「ゴミを片付けてないな」→「自分達の生活をキチンと
出来ないなんてまだまだ子供だな」→「捨てておいてやろう」
今回も「灯油タンクが空だ」→「買えないのか?」→
「生活資金のやりくりが出来ない子供だな」→「入れてやろう」
ということだからです。
そして後から「灯油入れておいてやったぞ」と言われるのです。
わたしはそれに強い拒否反応があるのです。

彼父は彼を「まだまだ世間を知らない子供」という目で見ています。
親から見たらいつまでも子供は子供ですが、
30を越えたいい大人がそんな見方をされているのもどうか?と
わたしは思います。
だからこの一軒家に住んでいるのも「家賃分を貯蓄できるから」
という名目で住まわせてもらっているのですが
「要は目の届くところに置いておきたい」という思惑が
あるのではないかとわたしはずっと思っています。
だから、仕事では用のない生活空間である部分の部屋を
見られた形跡があるのではないかと思います。
そしてゴミを捨てられたりするのだと思います。
が、監視されている当の本人(彼)は反抗するでもなく
「もうあの人(父)に何を言ってもヒステリックに怒鳴るだけで
 疲れるから、もう勝手にさせてる」というあきらめ状態。
向かい合うつもりもありません。
これでは「されるがまま」で、ということは「いつまでも子供扱い」
ということです。

子供扱いされて、部屋をあれこれ見られるくらいなら
わたしは家賃を払ってどこかに引っ越したいと真剣に思っています。
それか彼父の過保護をやめて欲しいと思っています。
なので「明日、灯油を買うので灯油タンクを返して欲しい」と
わたしが彼父に電話しようとしたら
彼が「彼母に」電話をしました。「オトンに伝えて」と。
確かに用件は彼父に伝わるでしょう。
でも彼は彼父とは向かい合っていません。
完全なる「逆ファザコン」です。
「直接言うとまた面倒に怒鳴られる」→「オカンに言ってもらおう」
これじゃ「子供扱い」されても仕方ありません。
対峙してないから。
だからわたしが彼父に「直接」言いたかったのに。
「チキンと生活できていないように見えるかもしれませんが
 わたし達なりに生活しています。灯油も置きっぱなしに
 していたのではなく『明日購入するから』置いていたのです。
 いつまでも子供に見えるかもしれませんが、
 もう30越えた人間なので言ってくれたら直しますので
 あれこれ世話をしてくださらなくても結構です」と。
おそらく彼が言うよりは冷静に聞いてくれたのでは?と
思うのだけれど。

この「親子問題」は「兄弟問題」同様、しばらく続くでしょう。
そして今週末は奈良の予定です。
おそらくこの事も話題になるでしょう。

・・・この親子関係はどうしたら修復できるのでしょう?
彼父だけではなく彼にも問題はあると思うのだけれど
この話題になると一気に不機嫌になるのでなかなか話せません。
不機嫌になること事態、問題だけど。
わかりません。
関係ないけれど、わたしは26歳で父親との関係をぶち壊し、
29歳で修復しました。
26歳の春、泣きながら手紙を書き、2年合わず1年もがいて
29歳で完全なる「父親離れ」を終えました。
反抗期を20代半ばで終了しました。
この期間の記憶が一番ありません。
一番もがいていたからです。


以上、言い分&愚痴おわり。
予定通りオチなし。



おやすみん☆

Posted by komachi_pinky at 02:30│Comments(0)